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(1315~1316)時代の変革を告げる鐘の音よ

 4月中休校なので、予定通り第一章(5週分?)を毎週土曜朝に投稿できそうです。第一章は、歴史を完全に正史から外す道のりです(逆に言えば、終わるまで新ヒロインが出てこれません)。

 (1315から1316編:二人は歴史を書き換えるため歩き出す。その先に待つ、3人の英雄とはー)

 「いよいよ、だね。」

 「ああ、今日で幕府の未来は…」

  -決まる。

                   

                    ー*ー

1315年1月9日、鎌倉、鶴岡八幡宮

 元旦に出会い、お互いの事情をおおよそ知った高時と登子だったが、いくら12歳と9歳といえども北条得宗家の後継ぎと分家一位の赤橋家の一人娘、そんなに暇でもないので、やむなく後日の再開を期して別れた。

 そして今日、二人は詳しい話をするため、長崎一族ら家来が警戒しないような場所で秘密裏におちあっていた。

 「え、えと…高時様?治くん?」

 「…どうしよう。うーん…

 あのさ、登子殿?いや、トキちゃん?未来を『知ってる』のはそうだけど、『感じてる』ってことでいいんだよね?今も。」

 「うん。この前言った通り。でも何もできないから、テレビみたいに再生されてるってことなんだと思う。」

 「あ、確かに。とにかくさ、だったらこっちの名前で呼んだほうがよくない?こんがらがるよ。今もなんか治くん治くんって呼びかけられてるし。」

 「そうだね…じゃあ『高時様』、でいい?」

 「なんかこそばゆいなぁ。」

 「じゃあ、『高時』とか、『高時くん』とか?」

 「うん、やめて。次の幕府トップをくん付けなんて、怒られるよ。『登子殿』でいいね?」

 「むー…」

 「それはそうと、どこまで、というか、いつまで知ってる?もし同じ感じなら、9歳の時点までってことになるけど。」

 「うん。そう。ちょっと前に歴史にはまって、鎌倉幕府の最期を知ったとこ。だからあのメモで、未来?を知らされた感じ。」

 「じゃあ…」

 高時はそこで、言葉に詰まってしまった。もしここで登子に見捨てられたら、感動の反動で死んでしまう自信がある。

 「うん…知ってる…足利尊氏って人と結婚するんだよね…将来、治くん…高時様を殺す人と。」

 「…そうだよ。」

 「それはかなりイヤだな。」

 「えっ…

 なんで?足利尊氏と結婚すれば、生き残って出世できるんだよ?」

  思わず聞いてしまってから、どうして墓穴を掘ろうとしているんだと自分にびっくりし、そしてすぐに思い至った。

 ああ、あんまり容姿は似ていなくとも、この女の子はやっぱりトキちゃんで、そして自分はー

 「高時様のことが、私より大切だからだよ。」

 ー登子のことが、自分より大切になってしまったからだと。

 しばらくお互い、顔を見合わせる。そしてどちらからともなく、あははと笑い出した。

 笑いが収まるまでしばらく待つ。そして二人同時に手を差し出した。

 「あのさ、あの時とおんなじだね。」

 どの時だと考え、すぐに思い当たる。初めて会った時だ。確か3歳の時、近所の公園で出会ったーそれが自分の覚えている一番古い記憶で、なおかつ治と時乃が忘れてしまったとしても、北条高時には羨望のあまり忘れられない記憶。あの時は、親に言われてお互いに右手を差し出し、握手させられたのだ。

 (「いちのおさむ、しゃんさ…さんさいです。」)

 「従五位下北条左馬頭高時、12歳です。」

 (「いしがきときの、さんさいです…」)

 「赤橋登子、9歳です。」

 今度は自分たち自身で握手する。

 (「よろしく、いっしょに、ともだちに、なろ?」)

 「よろしく、一緒に、北条と日本を、救おう」

 (「うん…」)

 「うん!」

                     

                    ー*ー

 「それで結局、どうしようか…まず気になるのはさ、今は未来のトキちゃんが歴史に興味あるからこそいろいろわかるわけだけど…興味をなくされると大変なんだけど、そうなると思う?」

 「全くあり得ないよ。家では『れきしがくしゃ』になりたいって本気で勉強し始めたみたいだし。」

 「…あー、だから急にテストで負け始めたのか…」

 一野治、我ながら情けない奴やもしれん。

 「それよりさ、未来のことを『忘れちゃう』のが怖いよね。」

 鋭い、さすが治よりずっと賢かっただけある。。確かに、今もこうして話しながら同時に700年後の自分の経験が感じられてくるから、大事なことは書きとめなければ現在の経験同様忘れてしまう。

 「一応一人の時に書きとめてはいる、というかそのために部屋にこもっているわけだし。けどもうすぐ執権になれば忙しくなるだろうし…」

 もう一年後には執権になることが決まっている。今の執権北条煕時は自分が執権になれる年までの中継ぎでしかも弱っているし、さらなる中継ぎ候補の普恩寺基時属する普恩寺家は、分流1位極楽寺流北条氏の中でも赤橋家より下の分家、どちらも意地を張って長崎や安達みたいな連中に逆らい執権に居座ったりはできなさそうだ。

「…それもあるけど」

 登子が不満そうに頬を膨らませている。かわいい。

 「そ、そうじゃなくて、時々情報交換しないとまずいよねって言いたかったの!」

 「それは確かに。…それだと、トキちゃんに教わったことを登子殿に教えるわけか。…やっぱり二人きりの時は呼び捨てにしよう。」

 「…そうだね。教え方、なんか二度手間だけど。それで、実際これからどうするか考えたの?」

 「もちろん。3年夜も寝れずに考えた!」

 メモ用の半紙を取り出して広げる。向かいで「兄上が高時のことを昼寝してばかりって言ってたのは、そういうことなの…」とつぶやかれた気がするけど、たぶん気のせい。

 「あら、ローマ字なんだ。…まだほとんど読めないけど。」

 「ごめん、でも覚えるのクラス一早かったから、たぶんすぐ読めるようになるよ。それに絶対この時代の人には読めないから、見つかっても安心だし。…まあ墨と筆で書くからメモまでローマ字に統一する余裕はないんだけど。」

 周りに人がいないか確認して、読み上げる。

 「一、火薬を手に入れること。そのために元から硝石を輸入すること。

  二、長崎円喜ながさきえんき高資たかすけ安達時顕あだちときあきといった、わいろばかり取るあくどい政治家を排除すること。

  三、足利尊氏、直義、新田義貞をどうにかし、後醍醐天皇の即位を阻止すること。

  四、悪党を取り締まる。

  五、北海道、沖縄を掌握する。

  六、元寇以来途絶えた貿易の復活。

  七、経済の立て直し。

  八、医療を発達させること。」

   トキちゃんが話してくれた「坂本龍馬の船中八策」に倣って8つにまとめた、3年間の集大成。この中で貿易、経済、医療については禅僧の夢窓疎石むそうそせきが美濃の山奥から時々やってくるときにそれとなく相談はしていたけれど、他は他人に明かすのはほぼ初めてだから、反応が気になる。

 「あのね、高時が決して暇じゃないのも、この時代でそこまで考えるのがどれほど大変かも、ちゃんとわかるよ。だから、これからは一人で抱え込まないで。私も一緒に抱え込むから。」

 意外だった。褒められるかけなされるかどっちか、そう期待していたのに。

 -自分は少し、この子のことを見くびっていたのかも、知れない。未来では守る側だった、年下だ、そう考えて、あるいはずっと心の底で臨んでいた幼なじみを見つけたから、失いたくなくて。

 あつかましいなと思いつつ、あえて言葉を選んだ。

 「もちろん!」

 

                    ー*ー

 「又太郎、高時様は、どのようなお方であった?」

 「…不思議な方、でした。」

「不思議、か?暗愚、意気地なし、そういう声ならばよく聞くが。高義、そなたは如何見た」

 「父上、私が元服しました折、ずっと高時様を観察しておりましたが…どうもあまりわれらに注意を払っておられなかったように思われます。」

 「ほう?集中力が足りないということか?」

 「いえ、何か別のもの、我々にはわからない何かを感じていらっしゃるように思えました。」

 「なんだそれは。」

 「あ、私も兄上に賛成です。誰か別の人の声を聴いてる人、という雰囲気であられました。」

 「ふむ…」

  

                    ー*ー

            1315年3月3日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 初めての、高時様とのひな祭り。今日のためにいろいろ苦労したけど、喜んでくれるかな?

 「それでは守時兄上、高時様にご挨拶して参ります。」

 「登子、あまり無礼を働くんじゃないぞ。」

 「兄上、そのことでしたら大丈夫でございますから、どうかご心配なさらず…」

 守時兄上の、私が高時様の不興を買わないかという心配はもっともだけれど、実際には同い年の幼なじみでもあると考えると、ちょっとおかしな感じ。

 「それにその、薄着だ。はしたないぞ。」

 「…そうですか?」

 「ま、いつかのごとく引きこもられては困るからあまり言いたくはないが…どうも今年に入ってからお淑やかさに欠けるぞ。そんなで嫁にもらわれにくくなれば、赤橋、ひいては幕府を弱めることになるぞ。」

 うーん… もしこれではしたないんだとすると、700年後の日本人はみんな怒られちゃうんだけど…

…大丈夫だよね?

 その場でクルッと回ってみて確認してみる。

 「…登子、目回るぞぉー」

 「英時兄上、茶化されると余計目が回ります…」

 うん、下着見えない、今日もかわいい、おけ!

 「では、行って参ります!」

 「高時様をとりこにしてくるんだぞー!」

 「あ、兄上っ!」

 「こら英時!」

 正直兄上たちにまともに返事してたら心が削られるから、逃げる。

 しばらく歩いていると、周りの人々が何事かと見ているのに気づく。そんなに笑うなら、今度女房たちの制服にしてやろっと。

 ひな飾りは8段ある豪勢な奴が広間に一つ。時乃がうらやましかったから、わざわざ京都の職人にずっとすごいのを頼んだ。この時代にこんなのないと思うから、なんかどうでもいいことで歴史を変えてしまったかもしんないけど。

 と、広間の端っこで、壁にもたれかかってひな飾りを眺める男の子がいた。せっかくだからこっそり忍び寄ってみる。

 「高時様♪」

 「うわっ… ええっ…!」

 「どう?似合ってる?苦労したんだよ、セーラー服作るの。」

 ひらひらとえりを動かしてみせる。黒のスカートって好みじゃないけど、布を鮮やかな青に染める方法がないから濃いめの紺色で妥協するしかなかったのが心残り。あともしかしたらベルトの発明者かも。

 「…そういえばセーラー服好きだっけ。セーラーの中学がないからって私立受けちゃって、トキちゃんほど頭よくないから大変だったよ。」

 「その分未来のことが勉強できるんだし、悪く言っちゃだめだよ?」

 「想像してみて。自分の日常にはなんも影響しないのに、こっちのコントロールを受けずに毎日猛勉強させられる状況。」

 「未来の私の代わりにごめんなさい。」

 ところで制服の好みとかは完全に時乃のわがままなのに、ちゃんと同じ学校に来ようと猛勉強してくれたんだ。まあよく考えると別人の話だけど。

 「…あれ?」

 「どうした?」

 「私さ、記憶こそ『石垣時乃』の記憶を持ってるけど、別に『石垣時乃』ではないんだよね。でも性格とか似てるし同じ人だって意識してる。決して同じ人じゃないのに、高時のこと「治くんだ」ってすぐ思えたし。なんでなんだろう?」

 「あ、それはずっと考えてきたんだけどさ、まあ生まれ変わりとかである可能性もあるんだけど、それだと前世の記憶が最初からあるんじゃなくて再生されている理由がわからないし、全くの同一人物がなんでか二つの時代にいる、とかも考えはしたけど、結局、シンプルなことなんだよね、たぶん。」

 「どういうこと?」

 「きっと、性格って生まれたときはみんなほぼ一緒なんだよ。それが経験で作られて育っていくなら、全く同じ経験を常時再生されていたら似たような人間になるんじゃない?」

 「じゃあ私は…『石垣時乃』のニセモノ?」

 「うーん… 全く同じ経験をして同じ記憶を持ってたら、それってもう同じ人間だと思う。だから魂の半分は確かに『石垣時乃』なんだよ。」

 「え、えと、どういう、こと?」

 「別の言い方すると、登子が『石垣時乃』のニセモノだったとしても、登子は立派な一人の人間だし、登子の半分を作ってきた『石垣時乃』としての記憶はニセモノなんかじゃないとっても大事なものだって意味。」

 うーんなんか深刻に考えられてる…。しかもいいこと言ったつもりみたいだけど、ちょうど時乃ちゃんが治くんをしかりつけてるのが聞こえるのがなんとも…

 「あ、そうじゃなくて!似合ってる?」

 「かわいすぎ。…その服、女房衆の制服にしない?」

 「じゃあやっぱしない。」

 というか好みなんだ、セーラ服。時乃ちゃん、だからセーラー服の学校に行こうとしたんだよ、きっと。

 「で、本題は?」

 「ああ、トキちゃんがこの前、硝石を作り出す方法を教えてくれたから、どこかでできるあて知らないかって。」

 「得宗家のほうではできないの?協力的な御内人みうちびともいるんだよね?」

 「そりゃいるけど…平禅門の乱のこともあるし。」

 平禅門の乱。前の得宗家当主貞時様の時代、貞時様より強くなってしまった家来の内管領平頼綱が貞時様に攻められて殺されてしまった事件で、今みたいに幕府の中がギスギスして北条得宗家の権力が弱まってしまった原因。守時兄上も、北条氏が力を持ちすぎることを内管領や御内人のような家来たちが警戒するようになってしまったと嘆いていた。

 「それにちょっと方法がさ…頭おかしくなったと思われそうだし。」

 高時様はそう言って、丸めた紙を私の袖口に入れようとしてー固まった。

 「えっ… そりゃそうだ!」

 慌てた様子で手をひっこめーようとして、こけた。怪我でもされたら大変だから、抱えて支える。

 「あの…ごめん。」

 高時様は私に抱き着かれたまま、セーラー服のスカートをまさぐり、ポケットに紙を入れた。くすぐったかった。

 「いや、別に抱き着かれてみたかったとかじゃなくて、って言い訳すると嘘っぽい!ああ!」

 私から離れて恥ずかしそうにしながらわたわた慌てている。

 「んーと、小袖とかと違って袖にスペースがないから困ったの?」

 「そう、それ!じゃあ!」

 そう言い捨てて高時様は走って行ってしまった。あああ、もっとデートしたかったのになぁ。

 でもなんか心がポカポカするから、いっか。

                   

                    -*ー

 「登子、お前高時様に抱き着いていたそうじゃないか。女房たちが噂していたぞ。好きなのか?」

 「え」

 「とっても満足そうだったと、聞いているぞ。油断しているとお前もなかなか。ませたなあ。」

 「英時兄上!からかうのはいい加減にしてくださいませ!そもそも女たらしの兄上が」

 「登子、そんなに高時様が好きなら、この英時、逢瀬を重ねる手伝いをしてやろう!」

 「守時兄上には秘密になさってくださいね。」

                   

                    -*ー

 火薬が日本に初めて持ち込まれたのは元寇の時ではあるが、この時は「てつはう」として持ち込まれ、日本人は製法を知りえなかった。その後中国や朝鮮は倭寇を警戒し火薬・硝石を日本へ輸出しないようにしたうえ、水に溶けやすい硝石は雨の多い日本では手に入らないので、日本人が火薬を使えるようになるには南蛮貿易の開始とポルトガル人による鉄砲伝来を待たなければならない。

 むろん、黒色火薬以外の火薬なら硝石は必要でない。ただ、ダイナマイトやTNTをはじめとする黒色火薬以外の火薬は化学工業の発展が不可欠だし、どちらにせよ一野治が高校生までに火薬の作り方を習うとは思えないので、高時は硝石を使わないことをあきらめていた。

 では鎖国中、日本はいかにして火薬を入手したのか?

 ずっと石垣時乃が歴史雑学としての黒色火薬の作り方を一野治に教えるのを待っていた高時だったが、12歳になってしばらくして、五箇山に行った時乃がそれを語ってくれた。

 (「黒色火薬はね、木炭と硫黄、それに硝石を混ぜて作るんだよ。ただ硝石だけは日本では手にい入らなかったから、作ってたんだって。五箇山と白川郷は江戸時代、火薬の秘密工場でもあって、草と石灰、カイコの糞を床下に埋めて、数年放置することで硝石を作ってたって、見学の時教えてもらったよ。」)

 いつも時乃の歴史雑学を話半分にしか聞いていない治だったが、何を思ったかこの時はすぐに火薬について調べ始めた(きっとテレビ番組で鉱山を特集していたため、発破にあこがれたからだろう)。

硝石など火薬の原料を作るためには、いかにして空気中の窒素を分解、化合物として固定するかがカギとなってくる。ハーバー・ボッシュ法により触媒による工業的窒素固定ができるようになるまでは、生物によって既に固定された窒素から硝石を作ることは世界中で行われていた。代表的な手法としては、古民家の床下を掘ったり、人畜の糞尿を数年埋めておいたり、といった手法がある。

 高時が登子に依頼したのは、屋敷の床下とか馬小屋の周りとか、そういうところの探索だった(むろんもっと汚らしい手段もあって、だから高時は口にはせず紙に書いて渡した)。

 登子はいやそうな顔をしたが、それでも、なんでもいうことを聞く家来の一人ぐらいいるので代わりにやらせることにした。

                      -*ー

                1315年4月1日、鎌倉、赤橋家屋敷

 高時はこの日、赤橋守時・秀時兄弟の誘いを受けて赤橋家にやってきた。

 お供の人々が、赤橋家の女性たちの服装に驚いている。なんとーワンピースとしか思えない服の人がちらほらいるのだ。高時は頭を抱えた。

 「あ、高時様。こちらです!」

 とテトテと歩いてくる登子も、白のワンピースだった。背中まで伸びた髪と相まって、石垣時乃そっくりの、かわいいと評判の優等生が完成している。

 「登子殿、久方ぶりだな。ところで、どうしてこんなことに…」

 登子はにやっと笑って見せた。

 背伸びしようと体を伸ばす登子のために、高時は立ち止まって体をかがめる。

 「前から練習してはいたけど、助けてくれる人を見つけたから、鎌倉時代の服装を全部変えてしまおうと思って。」

 原因の一端が自分だったと気づかされ、高時はため息をついた。

 「…いいけど、疑われないようにしてくれよ。」

 自信満々にうなずく登子。

 「高時様、お待ちしておりました!」

 北条守時が直立不動であいさつする。しかしこの男は1295年生まれ、1303年生まれの高時より8歳も年上の20歳であるから、21世紀の価値観をも持つ高時はいまだに違和感を抑えきれなかった。

 「それで、火薬ができたって本当か!?」

 「火薬…?が何か存じませんが、火をつけると炎のしぶきをあげるものならば一応できました。」

 「よっしゃあ!エイプリルフールとかじゃないのか!」

 「…よっしゃあ?えいぷりる、ふーる?難しい言葉を御存じですね…」

 「「あ」」

 高時と登子が、しまったという顔をする。

 「あ、兄上、サンスクリッド語の経文の言葉でございます!」

 「登子、お前も知っているのか…」

 「「あ」」

 「兄上、それぐらいに。

 あ、高時様、お久しぶり、赤橋英時と申します。人を集め徒党を組ませ操るのが得意です。以後お見知りおきを。」

 変わり者ばかりで、いつの間にか苦労性になってしまった気がする、と守時は気づかれないようにそっとため息をついた。

                   

                    -*ー

 英時が中庭の中央に皿を置き、茶色がかった黒い粉を盛る。

 お供は下がらせ、馬も人も周りにはいないことを確認し、高時、登子、守時、秀時は縁側に立った。

 英時が火のついた枝を投げる。

 枝は皿に、落ちた。

 4人が息をのむ。

 一拍。

 ドン!

 炎が周りにはじけ飛び、皿が3つに割れた。

 「よし!」

 高時と登子が笑顔でうなずきあう。

 「しかし、これが、『てつはう』のからくりか…よくご存じでしたな?」

 守時の言葉に高時と登子は苦笑いした。

 「兄上、他人に情報源を聞くのは悪しきことと存じますよ。」

 「お前はむしろ教えなさい。時々思いもかけないところで英時の名を聞いて私が如何に驚くか知らんだろう。」

 そんな会話を背に、高時は刀を抜き、竹柵の竹を一本切って戻った。

 「高時様?」

 「ごめん、後で払うから。それより、火薬はまだあるよな?ここに詰めてくれるか?」

 「…ああなるほど。」

 「登子、何に気づいたのだ?」

 「兄上、我々もやればわかるんでしょう。とってきます。」

 いくつかに切った竹をこよりで結び、ひもを油につけておく。

 「こんな時、武士は刀を持ってるから便利だなぁ。」

 英時が戻ってきて竹筒に火薬を入れ始めたころには、守時もそれが何か気づいていた。

 「これは、爆竹か?」

 「正解。」

 本来竹に火をつけて爆ぜさせるものである爆竹は、南北朝時代にはすでに一般に普及していた。高時はだから、最初火薬が使われているのではと思って爆竹を使っている人を訪ねて回ったものだ。後世には火薬が使われるようになり紙製に置き換えられてしまったが。

 ひもを一本ずつそれぞれの竹筒に差し込み、もう一端をよじって束ねる。

 ひもに着火し、庭の中央に置く。

 火はひもをみるみる伝って、よじっている部分でそれぞれの竹筒へ分岐してゆく。

 「登子」

 高時が耳打ちすると、登子は「おけ」とうなずいた。

 二人、小声で声をそろえる。

 「「スリーツーワン」」

 すべての火が竹筒に入って見えなくなり、

 「ゼロ!」

 パチパチパチ… ドドン!ドドン!ドドン!

 爆竹が火の粉を無数に吹き出し、次の瞬間何度も吹き飛んだ。

 高時と登子がこぶしを握って喜びをかみしめる。

 「ふむ…馬を驚かせるぐらいならできそうか。」

 「柵に仕込んでおけば、敵が柵を超えようとした瞬間に火矢で火をつけ、まとめて落馬させることもたやすいかと。」                

 「いっそ矢につけて飛ばしたら?」

 「高時様、うまく飛ばないかと存じますが。」

 「とにかく、『てつはう』の仕組みはわかった。あとは使い方だ。頼める?」

 「「はっ!」」

 高時は、ふと青空を仰いだ。

 歴史の歯車がずれだす音が、どこかで響いた。 

                       

                        -*ー

                1315年8月11日、鎌倉、得宗家屋敷

 この日、そうなるんじゃないかと方々でささやかれていた通り、執権北条煕時が辞職、同日付で出家した。病にかかって先は長くないと7月ごろから言われていたから、予定通りに普恩寺基時が執権に就任した。ただし、北条師時、大仏宗宣、北条煕時、普恩寺基時と北条貞時の執権辞職から4代中継ぎを置いており、これ以上の引き伸ばしは貞時の息子であり本家つまり得宗家当主の高時の相続に響くと考えられ、高時の執権就任に向けた根回しが始まった。

 「いつぶりですかな、高時様。」

 高時の前に座る太ったおっさんは、頭を下げずにじっと高時を見つめ、それから一言、

 「が高いとは申されぬのですかな。」

 「わかってるなら言わせるなよ、円喜。」

 よくないと知りつつむっとしたのでイヤそうに返すと、家来筆頭の内管領長崎円喜はがっはっはと笑った。

 「おそらく来年には執権となられるのですからな、もっと威厳を持てるようなさいませ。」

 「心配だなぁ。」

 「大丈夫、まつりごとはすべて私どもが執り行って差し上げます。高時様はただおられるだけでよいのです。」

 それが心配なんだよ、と言うと警戒させてしまう。もし長崎ら家来たちから実権を取り返すのに難行すれば、このおっさんとも戦わなければならないので、油断させるに越したことはないと高時は黙っていることにした。

 「それからこちらが、わが嫡男、高資です。来年には内管領の座を譲る予定でございます。」

 「長崎高資と申します。」

 「あい分かった。今後とも日の本のために働いてくれ。」


                    -*ー

 長崎親子が去ってやっと、ふっと息をつく。

 やはり権力を手放そうとは思わないらしい。ただ、北条を自ら裏切ることもなさそうだ。

 「高時様、秋田城介あきたじょうのすけ様がお見えです。」

 秋田城介… 安達時顕か。長崎親子とともに一応は自分の後見役でもあるけれど、一族のほとんどを父上が滅ぼしてしまったから、恨んでいる可能性は否定できない。トキも安達時顕について話していないからなぁ。

 「通せ。」

 安達はすぐに入ってきた。そして開口一番、

 「高時様、わが娘を嫁にもらうつもりはございませぬか。」

 「いきなり!?」

 いかん、声出た。

 「執権になられたあかつきには、正室とご世継ぎが必要でございます。得宗家の力が弱まり分家の赤橋や大仏、長崎のような家来どもが取って代わろうとする中、対等な御家人であるわれら安達と手を組むことは決して損にはなりませぬ。」

 「いやいや、そんな決め方…」

 「何をおっしゃる。高時様には他に好きな女子でもいらっしゃるか。そうであれ、側室にでもすればよろしいのです。

 よろしいですか、高時様は人である以前に北条家の棟梁でございます。よもや忘れられたわけではございますまい!」

 それがうれしくないのだと言いたい。

 そもそも、だとしたら、この心はどうすればよいというのだ。

  -「一野治」の。

   -「北条高時」の。

    -「石垣時乃」を慕うこの心は。

 「まだそれについては考えられない。後日改めてにしてくれ。」

 「絶対ですぞ。引き延ばしなどすれば付け込まれる隙となりますからな。」

 「失礼した。」と安達が去ってゆく。

 「『人である以前に北条家の棟梁、か。』」

 安達が常々口にする言葉をつぶやく。

 この時代において、10代前半での結婚は珍しくない。未来の記憶との兼ね合いから12歳と意識してきたが、数えでは13歳、ちらほらと「初体験」の話が聞こえてくるような年。実際性教育を施そうと(そしてあわよくば「お手付き」になろうと)する女房もいる。21世紀の倫理観ですべて断ったけど。一夜の過ちをむしろ自慢したりする奔放な性的観念は、生足すら見せようとしない時代の教育も経験している自分には刺激が強すぎる(ただし昼間の露出は未来と違い全くないが)。

 ただ、やはり知ってる同世代で一番かわいくて愛せそうなのがトキであることは事実で。

 「そのうえで、この時代から2番目を選ばないといけないんだから…」

 辛い。

 -待て、この時代にもトキがいなかったか?

 赤橋登子。彼女は石垣時乃とは別人だけど、でも確かに石垣時乃だ。

 (「トキ、百松寺ひゃくしょうじさんあふれちゃったからうちの班に入れといたぞー…って、なんで最近機嫌悪いんだ?」)

 (「それ…」)

 (「どれ?」)

 (「…恥ずかしいのはわかるけど、たまには前みたいに、ちゃんって呼んでほしい。」)

 (「でもみんなからかうし…」)

 (「二人の時に、たまにでいいから。」)

 (「わかったよ。」)

 どうして昨日、石垣時乃は拗ねていたのか。二重の視点と早熟教育のおかげで、その訳が分かる。たぶん、百松寺祈って女の子をーそれも中学入学するや否や時乃と学園内の人気を二分した美少女(まじめな時乃とクールないのりでキャラが微妙にかぶるが、とんでもないヤンデレブラコンであると発覚して支持率が急落した)をー遠足の班に誘ったからだ。つまり、嫉妬。

 石垣時乃は、一野治が好きらしい。

 では、赤橋登子は?

 本音は、聞かなければわからないだろう。ましてや相手はまだ9歳。

 何度も幕府のために顔を合わせないといけないのに、個人的なことで気まずい雰囲気にしてしまうのはまずい。

 -これもまた、「人である以前に北条家の棟梁」、ということか、嘆息せざるを得ないな。 


                    ー*ー

 1315年11月23日、鎌倉、七里ヶ浜

 「ヒデ、例のものは?」

 「すでに完成しております。どうぞこちらを」

 「よろしい。良くやった、礼を言おう。」

 「…さすが英時兄上、いきなりの無茶ぶりにほぼ正解の答えを...」

 「英時、アホやってないでとっとと撃て。」

 「え、いや高時様もう少し続けたいですよね。」

 「もちろん」

 「「こら二人とも」」

 「さて君に、次の任務を与えたい。ついてはこの設計図を授けよう。

 なおこの設計図は機密保持のため数刻後には焼き捨てなければならない。」

 「了解」

 「「いいかげんにせんかい」」

 「そう、それ。敬語なしで、呼び捨てでいいから。」

 「「まさかそのために!?」」

 「やはり。」

 英時がうなずいてみせる。交友関係が広いことで有名な英時であったが、人の心を読むスキルといい、底の知れない男だ。

 英時が、砂浜の上の物体にかぶせられた布をはがした。

 出現したのは、黒い臼のような物体。穴には木の球がはまっている。

 「始めますよ。」

 英時は火打石を臼の横口の穴のあたりで数回たたき、飛びのいた。

 「伏せろ!」

 そのまま何事もなく数十秒。

 「失敗?」

 「いや前はうまくいったんだけ」

 ボーン!!

 耳か聞こえなくなりそうな音が鳴り響く。

 黒煙が上がる中、木の球が海へ向かって飛んでいき…

 …沖合で、大きな水しぶきが吹き上がる。

 登子が、口をぽかんと開けて呆けて、煙を吸ってせき込んだ。

 「すごいなぁ。弾のほうの発火装置までは頼まなかったはずなのに。」

 「あ、いえそれは、火薬と陶器のかけらを入れた球に小さな穴をあけて、爆発の火で着火してるから、正直危ないし、いつもうまくいくとは限りませんよ。」

 「油を詰めて、球で油をばらまき火矢で着火したら…」

 「高時様、火薬が少ないのにそれは難しいかと。」

 「様いらないのに。」

 「そういうわけには。」

 「まあ火矢の射程的にも難しいか。この前の爆竹を束ねて飛ばせたらいいけど、まっすぐ飛ばすのは骨か。」

 「それでもいろいろに応用が利きそうですね。」

 登子が感無量といった顔でつぶやく。なにしろ鎌倉時代の日本に火砲が発明されたのだ。戦争史がガラッと変わってしまうかもしれないことは、4人全員が理解していた。

 「それと、こいつと弓矢を組み合わせたら、塹壕戦術ができるな。」

 「ざんごうせんじゅつ?」

 「あ... 穴とか小さな堀に隠れて、越えようとする敵を狙い撃ちにできるのではということで。」

 「なるほど。穴の中に攻撃する方法はございませんからな。」

 「敵が同じことをしたら今度こそ油を撃たなくちゃならんけど。」

 「とにかくも赤橋の者には試させてみます。

 それにしても高時様といい登子といい、次から次にすごいことを思いつきますな。誰かの助言でもあるのですか?」

 「守時、誰にでも明かしちゃまずい秘密の1つぐらいあるよ。」

 「でしたら疑われないようなさってください。二人とも言葉づかいがおかしゅうございます。」

 「気をつけるけど、でも…                    

  守時、英時、今の鎌倉をどう思う?」

 「あまり芳しくない状況ですね。将軍の権威は失墜し、その代わりに政務をとるはずの執権も、内管領をはじめとする御内人らに操られている有様。ですから高時様の如き風変わりなお方でもなければどうにもなるまいと私などは思っているのですが…」 

 「誰もが兄上のように考えてるわけじゃない。俺や兄上が執権になろうとしたらたやすく仲間が集まるだろうよ。」                    

 「人望ないなぁ。とにかくそんな訳で…これから幕府をぶっ壊す。」  

 「こ、壊す!?」

 小泉純一郎の「自民党をぶっ壊す」を知っていた登子は、「壊して1から作り直すほどの覚悟…」と青い顔で呟いた。

 「だから、変化とか、おかしなことに寛容になって欲しいんだ。赤橋だけはー君ら兄弟だけは、敵になってほしくないから。」

 守時と英時は、大きくうなずいた。


                    ー*ー 

「どうしてあの時、私の方を見てくれなかったの?」

「そりゃ、登子は敵にならないから。」 

「どうしてそう断言できるの?」

「12年で、登子が自分を裏切らないことは、自分が登子を裏切らないことと同じぐらい知ってるから。」  

「そっか♪」 


                    ー*ー

1316年1月1日、鎌倉、若宮大路御所

 「守邦親王様、今年はお世話になります。」

 そう言うと、征夷大将軍守邦親王はフフッと笑った。

 「お互い、世話になることなどあるまいに。」

 さすがにこの皮肉には高時も苦笑せざるを得ない。この15歳の少年は、高時と違い、自分の存在意義すら見失っている。

 征夷大将軍の役所であるはずの幕府だが、源実朝が暗殺されて以降、将軍を藤原氏、天皇家から招くようになったために、その権力は執権に奪われざるを得なかった。万が一にも将軍が権力を持たないように、子供のうちに将軍にしてある程度大人になったら解任し京都へ強制送還するということが行われ、守邦親王の父の久明親王も今はそうやって京都にいる。

 自分が征夷大将軍である意味、自分である意味を見失っているなということが、その半ばうつろな目からすぐにわかってしまった。

 「それでも、いずれ…」

 「高時、そのおりには余を...都へ送れ。」

 「と、申しますと?」

 「もう俗世にはいたくないのじゃ。自分から戻れば争いのもとやも知れぬゆえ頼まぬが、出家して極楽浄土へ参りたいのが、余の本意じゃ。」

この2歳上の将軍に期待できることなど、何もない。高時は少しでも早くここを離れられないかと考え始めつつ、顔を上げ、そしてー危うく叫びそうになった。

 自分の姿が、この少年と被って見えたのだ。

名ばかりの役目と、先細る未来。そして、輝かしい世界を知っている。もし自分があの日幕府を変えようと決意しなければ、もし幕府が滅ぶ未来を知らなければ、このあきらめきった姿は、北条高時のものでもあっただろう。

 だから高時は、気づけばこう答えていた。

「必ずやその願い、かなえて差し上げましょう。」


                    ー*ー

 若宮大路の幕府御所から去ってのち、得宗家屋敷に帰ってきた高時は、大きくため息をついた。

 だらしないどころの騒ぎではないが、あえて横に寝そべる。

 実際、周囲の人間の「無気力人間」という評価と違い、高時は常にすごい勢いで気力を消費している。同時進行で二つの人生を生き、経験をするというのは、かなりの負担となるのだ。なにしろ常にながら作業をしているようなありさまで、テレビ二つを横に並べて全く違う番組を見ることを考えるとわかりやすい。まして両方は完全に重なり、見分け聞き分けることを要求する。きっちり話を聞いておかないと、将来の命にかかわる(だけでなく、刀や弓矢、乗馬の練習をさせられることも多いので、現在の命にもかかわる)。いつも命がけの緊張感の中でマルチタスクさせられては疲れきるのも当然で、よく昼寝しているのもむべなるかな。

 そのまま高時は寝入ってしまった。

 夢の中で、いや、寝ている時でも感じている未来の中で、一野治が教科書を見ている。おや、中学日本史の教科書だ。隣にいるのは石垣時乃。

 (「いい、最澄が、比叡山で天台宗だよ。というか小学校でやったよね?」)

 (「ってもこんがらがるもんはこんがらがるんだからしゃーないだろ。」)

 テスト勉強、というやつか。それにしてもその程度のことも幼なじみに教えてもらわなければ忘れるとは、情けない奴!と思ったが、700年後には比叡山も高野山も今のように政治権力を持っていないし仏教自体さほど重要視されていないのだと思い至った。

 そのまま、資料集のページをめくっている。その時時乃がお茶を飲もうとコップを持ち上げーこぼした。

 お茶がページにちょっとかかり、急いで、ハンカチでぬぐおうとする二人。手が触れ合う。

 (「あ、トキ、ごめんっ!」)

 (「? 謝るのは私だと思うけど…」)

 時乃が治と違い照れていないことを不思議に感じる余裕が、高時には、なかった。

 「あっ!」

 ゴン!

 「いったあ!高時、危な」

 「紙、紙は!」

 「え、えと…はい!」

 横合いから差し出された紙を手に取り、すっかりさえた目で、記憶があやふやになる前に急いで「それ」の絵を描く。

 「高時ー…」

 「静かに!」

 女の子の声がするが、無視!

 「せっかくの一周年なのに… これって!」

 女の子が、息をのむ気配がした。ほぼ同時に、「それ」を書き終わる。そして気づく。

 -見られたら、まずい。

 「誰!?」

 慌てて後ろを向く。

 女の子はー赤橋登子は、ちょっと泣いていた。

 「せっかく、あれからちょうど一年だからお祝いしに来たのに!」

 さすがにひどすぎることをした、そう思って高時は土下座した。ただ、ちょっと前、「土下座しろ!」とやるドラマが2013年に放送されていたのも影響していた。

 「あ、あの…や、やめてよ。誰かに見つかったら大変だよ。」

 1316年現在、土下座は身分が下のものが恐縮の意味を表すためのもので、恥ですらある。天地がひっくり返ったとて、分家の娘に次期執権が土下座するなどありえない。

 慌てて土下座をやめた高時は、わざわざ廊下に出て誰もいないのを確認し、それからやっと、登子に向き合った。

 「いいや、で、何のみらいを見たの?その絵、鉄砲の設計図だよね?」

 「ああ!資料集に乗ってた、火縄銃の構造だ。トキが偶然お茶をこぼしてくれたおかげで、見る必要のないページをじっと見ることができた。」

 「喜んで、いいの?」 

 登子が、首をちょこんとかしげながら絵を手に取る。しばらくじっと見つめて一言、

 「ネジなんてない。」

 「あー…そういやトキ、日本でネジが作られるようになったのは、1543年に種子島に伝来した鉄砲をパクる段階だって言っていたような気が…」

 そこで二人、声が合う。

 「「ネジ、作る?」」

 「この時代で作れるのかなぁ。」

 「ドライバーもいると思う?」

 「「無理かねぇ」」

 それからしばらく、ネジについての議論が交わされた。

 「でも、これから鉄で物を作ることが増えるのに、いつまでも釘とくさび、ほぞだけじゃいられないよね。」

 「いつか工業の発達をやらなくちゃならないのは正直分かってたものね。」

 「「やっぱ、ネジ、作ろっか。」」

 文明発達史を(17歳の石垣時乃のように)詳細に知っているものならば、ここが時代の分かれ目だとほめたかもしれない。精密に物を作るにはネジが不可欠であり、また回転の力を進行方向の力とすることで弱い力をもって物を固定できるようにしたネジの発明は、幕末に「西洋文明の原動力」と評した日本人がいたぐらいの偉業である。

 何かやり遂げたような気で、登子に絵を描き写させ、それからふと二人、最初の目的を思い出した。

 お互い、じっと見つめあう。

 「高時、治くん、数え14歳おめでとう。」

 「登子、トキちゃん、数え11歳おめでとう」

 「「今年もよろしく」」


                    ー*ー

1316年6月24日、鎌倉、北条得宗家屋敷

「高時様、何度お勧めしてもお気に召さらないようですので、わが娘を連れてまいりましたぞ。」

 高時は、目の前に座る安達時顕とその娘を見つつ、頭痛を感じていた。

 確かに美少女といえるかもしれない。しかし気が強そうな瞳でにらみつけてくるのが気に食わない。

 いけないと感じつつ、今ももう一方で見えているセーラー服姿の石垣時乃と見比べる。

 後ろの大きなえり(セーラーカラーというらしい)がパタパタ揺れている。あ、振り向いた。

 さらりと流れるような黒髪に、満開の笑顔。うん、断然こっちだな。

 「お断りいたします」

 「はい!?なんですと!?」

 「お断りいたします。私は、自分のことを家族と考えてくれる相手でなければ、相手のことを家族と考えようとは思えませんので。」

 「ならば十分でございましょう。高時様にとつげば、わたくしも北条の一員でございます。」

 登子よりちょっと年上なだけなのに強いこと言うな、と思ったが、しかし今の一言で、やはりこの娘では話にならないと確信した。

 「北条の一員として、か。それじゃだめだ。」

 「はい?それで得宗家の力が増すならば」

 このおっさんも、娘も、自分のことを「北条高時」という一人の人間だとはみじんも思っていない。むろん鎌倉時代なら当然の価値観だ。だけどその価値観じゃー

 「秋田城介、すまない。私はあなたの教えを充分生かせない。」

 この時代に、自分が「一野治」である存在意義がない。そんなことではー

 「な…」

 あの征夷大将軍守邦親王と同じだ。そうじゃない、自分はー

 「『人である以前に北条家の棟梁』ではいられないんだ。」

 ー「石垣時乃」に恥じない「一人の人間」でなくてはならないんだ。

 「なんということを!」

 それこそ、自分が「一野治」で「北条高時」である存在意義だろう!

 「北条家の棟梁だからこそ、人であることを大事にしたい。」

 その一言は、北条家に次ぐ大家である安達家の当主、安達時顕との決別を意味していた。


                    ー*ー

 「くそっ!あのガキ、そんなに赤橋の娘が好きなのか!?」

 「おや、秋田城介殿、荒れていらっしゃいますな。」

 「円喜殿!?いや…」

 「問題ありませぬ。高景殿への輿入れの件は予定通り進めます。」

 「ああ... 安達家を代表して例を申し上げます。」

 「いえこちらこそ。かくのごとき得宗だからこそ、ともに幕府を支えましょうぞ。」

 

                    ー*ー

1316年6月30日、箱根山

 執権就任が7月に内定し、高時は前から楽しみにしてきたことをできる最後の機会だと、わざわざあれ以来気まずくなった安達時顕に頼んでまで、箱根に出てきた。

 むろん、700年後よりずっと人の少ない箱根温泉をタダで楽しむためではない。

 「高時/// 入るよ///」

 「えっ、登子なんで」

 ...ないったらない。

 湯気立つ中、登子がそろりと露天風呂に入ってくる。

 「なんでって、未来でも家族一緒の旅行の時みんなで温泉入ってるじゃん…」

 「い、いや、ずっと前にそれはやめたよ。」

 「というか、お風呂に入る文化あんまりないけど、温泉基本混浴だし… ぅぅ、英時兄上に騙された...」

 「そういえばこっちも英時に先に入れって言われて…」

 赤橋英時、やはり人間関係に関することでは底の知れない男だ。

 目を背けようとする高時だが、しかし顔が勝手に登子のほうを向いてしまうのは避けられなかった。

 「あ、白い」

 「セクハラ?」

 「違う違う!ってかセクハラなんて訴えてたら、幕府から男が消えるよ。」

 「やっぱりこの時代嫌い。」

 「それは正直同意。それでもごめん。ただ、トキと違って全く日焼けしてないから。」

 「体育の授業でしか運動してないあの時乃ちゃんより!?」

 「そう。あんまり着物だと肌が見えないし、登子が未来の服を着てくるときって、たいていこっちも何か用事があるからさ。」

 「…だから日焼けもしないのかも。でも、一応武士のはずの高時も、治くんとそう変わらないよ。」

 「…執権は軍人じゃないから、役人だから。」

 「…それでいいの?」

 「命あっての物種だし。もし張飛や関羽のような万軍に値する強者つわものになっても、それで幕府滅亡を防げはしないから。」

 「ん? 一人で軍隊を倒せたら、もしかしたら何とかなるんじゃない?」

 「それがそうじゃないって、20世紀になってから言われてるんだ。トキが教えてくれたんだけど、日本が太平洋戦争に負けた理由の一つに、飛行機とパイロットをたくさん用意するんじゃなくて、強い飛行機とパイロットをちょっとずつ育てようとした事があるんだって。」

 「え? 特別に強い豪傑のほうが、雑兵の群れより強いのは常識だと思うんだけど。」

 「たとえば今幕府が動かせるのは30万いくかどうかだけど、これが全部普通の下っ端なら、1000人分の強さの武将300人分とどっちが強いと思う?」

 「えー…一緒じゃない?」

 「最初の1人の武将が1000人と戦うとすると、1000人と同じなら結局1000人死んだときには死ぬ。けど、1000人の途中で死んでくれたら、雑兵のほうはいくらかは生き残れるかもしれない。それに、どう考えても、いくつかに分けたりくっつけたりできる雑兵のほうが便利だ。まして、新兵器ー例えば大砲ーが登場したなら、しばらくその腕前はみんな同じだから、命中率だけで考えても雑兵が999門だけ強くなっちゃうし、ずっと高い確率でうまい人が現れる。」

 「1000人の一般人のほうが、臨機応変に使えるってこと?」

 「正解。まして、いくら強くても、世の中の動きを変えられはしないし。」

 「だから、強い人を育てるより、普通の人がより有利になれるような戦い方を目指してるんだ。」

 「そう。」

 「だけどそれって、武士の世の中そのものを揺るがすんじゃない?普通の人をちょっと集めて鉄砲や大砲を持たせたら豪傑に勝てちゃうようにしたいんだよね。それって、武士の存在意義をなくさない?」

 「…それは、仕方ないよ。豪傑が何人いても大砲一発で全員死んでしまう、そうなれば、軍隊そのものが日本から消えてしまうかもしれない。

 だけど、今日本の人口はたぶん1000万ない。なのに武士は数十万いる。人口一億の国で自衛隊が23万人、しかもその時の食料自給率は40ちょい。輸入がないのにこんなにごくつぶしが内輪で戦ってばかりなんて、明らかにおかしい。」

 登子は、明日の実験の影響の大きさに恐怖を覚えた。

 だが、高時の頭の中には、この話の続きがあった。

 「最悪のシナリオは、敵にー後醍醐天皇方にも火薬兵器が渡る状況だ。」

 「え、ど、どうなるの…」

 「そうすれば、戦の時、百姓でも武士を倒せる可能性が出てきて…」

 鎌倉方が勝てなくなるという予想ではないのかと思った登子だが、畏れすら含む高時の口調に、知らず姿勢を正していた。

 「お互いの武士が消えても終わらない、百姓を駆り出し、女子供さえも動員して、死人の山が築かれ、農地は荒れ果てて飢饉になり...日本人が消滅するまで終わらない。」

 国民の多くが戦える民であった場合、かえって戦争で壊滅することは珍しくない。アメリカインディアンら先住民は侵略者との総力戦で人口を削ったし、女性も軍に入れていたソ連はナチス戦で2000万の犠牲を出した。アフリカ諸国の衰退の理由の一つに、少年までも兵士にしたことがあり、その陰には簡単に使える傑作銃カラシニコフの存在がある。決して杞憂ではない。

 ーもし、しょっちゅう内戦、内乱が起きる鎌倉時代で、だれでも兵士になれる仕組みが生まれたら、南北朝の乱は日本を滅ぼしかねないーそれが、登子に会うまでの3年間の思索で高時が至った結論だった。

 「それでも、生き残るためにはほかに手段は…うわっ、何を!」

 突然しがみついてきた登子に、高時はびっくりするやらドキドキするやらで大声を出すしかなかった。

 押しのけようと思っても、お互い裸だから変なところに触れると結果が怖いし、剣道も弓道も馬術も結構さぼってきた高時と違い長刀なぎなたをさぼりはしなかったらしく、力が相当強い。

 「ごめん。でも...温泉につかってるはずなのに、寒くてたまらないんだよ......」

 高時は、声を震わせる登子を、ずっとちっちゃい生き物のように感じて強く抱きしめ頭をなぜた。

 -明らかにもう片方の世界で見える13歳の時乃より大きい胸については、考えないようにした。


                    ー*ー

1316年7月1日、箱根山

 高時の顔が見られない。

 温泉で裸なのに抱き着くなんて、何を考えてたんだろう。いくら怖かったとはいえ、あと少しでとんでもない過ちを犯すところだった。

 とんでもない過ち?高時のことが嫌いじゃないなら、まだ数年早いけど、別に問題は…

 いや、絶対ダメだ。時乃ちゃんは、きっと気づいてすらいないけど時乃ちゃんは、とんでもないことを治くんに隠してる。

 (「治くん好きだよ♪だっていつも困ったとき助けてくれるし。」)

 -時乃ちゃんは治くんが好きなわけじゃない。それどころかー

 なのに、それを気づかれないままに、高時の、治くんのお姫様に、私が、時乃ちゃんが成っていいはずがない!

 だけど、そのことがいつ言えるのだろう?

 -言ったら絶対に、治くんは、そして高時は、時乃ちゃんを、そして私を嫌いになってしまうのに。

 「登子、昨日は高時様を押し倒せたか?」

 「英時兄上… まだそうならよかったのに...」

 「いやあ、ませたことを言うようになったなあ。 って、いてっ!兄上なんてことを」

 「英時、次似たようなこと言ったらみね打ちにしないぞ。」

 その高時は、向こうで、木の取っ手がついた鉄の筒を持っている。

 「さすがに引き金は無理か。」

 導火線として端のあたりから出ているひもに火をつける。

 数秒後。

 バンッ!

 日本初の銃声は、ドアを思いっきり閉めたような音だった。

 同時に、200メートルは離れたところにあった扇の的が姿を消す。

 「よっし!」

 高時が、左手を高く掲げて喜びを表してる。

 「しかし高時様、この『鉄砲』を撃つ間に走って斬ったほうが早いのでは?」

 「それでも守時、敵陣に入らずして敵を倒せるなら、逃げたり暗殺したりするのにも使えるし、何より武術に優れていなくとも使えるぞ。」

 「それは...」

 「お払い箱にならないためには、赤橋は高時様のおっしゃることに従ったほうがいいってことか。兄上、図られましたよ。高時様はやはりー日の本を変えてしまわれるお方だ。」

 兄上二人がうなずいている。どうやら「新兵器に熟達しておかないと、いくら刀をうまくふるえても百姓に勝てないからとクビになりかねない」事実に気づいたらしい。

 「ただ、何度も撃って筒が弱ったら爆発しかねないから、何か手を打たないと。竹筒にはめ込むとか?」

 「そもそも、鉄の筒にしろ、例の「ネジ」にしろ、簡単には作れませんからねえ。」

 「それは鉄の生産力を上げないとどうしようもないから。」

 それと工業そのもののレベルも。高時は蒸気機関を作って産業革命を400年早める気はあるのかな。そうすれば、戦国時代まで戦乱の遠因になり続ける地球の寒冷化による食糧不足を改善できるかもしれないんだけど。

 「守時様!全軍配置につきました!」

 「よし、ごくろう。」

 「守時、続きはやらせて。」

 「はあ。」

 「一度やってみたかったんだよ。

 全軍に伝達!勝利条件は敵旗の奪取または8割の敵兵の死傷判定!なお判定は竹刀あるいは矢が4回触れた時点で死傷とする!ただし実際に大けがを負わせたならば罰があると思え!

 なお、勝者側には箱根温泉で豪遊させてやろう!ふるって鍛えろ!

 それでは、第一回箱根要塞演習、初め!」

 同時に、100メートル上にある広い尾根に建てられた砦から、鬨の声が上がる。それを合図に、周りの兵士の群れが駆け出す。(つまり砦側に高時の声は届いておらず、内容も開始時刻も事前に打ち合わせ済みの茶番)。

 赤橋家の兵を、砦の籠城方100と攻城方600に分けた演習。高時は関東平野の入り口である箱根の峠に山岳要塞を築いて、あるかもしれない後醍醐天皇との戦に備えるつもりらしい。そのための試験であり、そして同時に、塹壕戦術訓練の集大成でもある。

 鉄砲に引き続き、塹壕戦術と、演習終了の合図に使う予定のアレまでも実用性が証明されたら、戦争の歴史が完全に変わっちゃう。

 兵たちは砦の外側でもたついているみたい。

 7尺=2.1メートルしかない板塀だけど、外側にはは深さ1メートルちょいの堀が二重に彫られている。二つ同時には馬でも飛び越えられない位置だから、無理に外側を飛び越えると内外の堀から弓矢で狙い撃ちされるし、外の堀を攻め落とすのも簡単じゃない。何せ刀で斬ろうにも相手は足元にいるし、弓矢や槍で近くから狙おうとすると二つの堀両方からの弓矢と槍の攻撃をされる。堀の外から攻撃できないならと堀に飛び込んでも、二人の人間が切りあえるほどの幅がないから横へ攻撃するしかないのに、堀自体がカーブを描いているせいで弓矢も槍も大して堀の中での射程が確保できないし、刀だと挟み撃ちにされやすく、右を向けば左になった背を、左を向けば右になった背を斬られることになる。

 あーあっという間にぞろぞろと死傷判定者が下山してくる。旧日本軍みたいに味方の死体で塹壕が埋まるのを待つわけにもいかない。

 実戦では塹壕の両側に逆茂木を植えようなんて提案した人はひどい人だと思うの。私だけど。

 「しかし、堀は広くて深いほどいいという常識を、見事に打ち破られましたな。まさか堀に兵士を入れてしまうなんて。」

 「那須与一のごとき弓矢上手や、畠山重忠のごとき武辺者でも、雑兵が槍で一突きできるほど近くでなければ敵が見えないし武器が届かないのでは、勝ちようがないでしょう。何のために武芸を磨いてきたのか。」

 二人の兄上が、「「恐ろしいお方だ」」とつぶやく。

 あっ、攻城側があわただしそう。旗が動いてる。

 「やつら、総突撃したな。」

 「合図の準備をしますか。」

 6倍の兵力で攻めて堀の一つも落とせなきゃ、うっぷんがたまって当然か。だけど…

 パチパチ…ドドン!ドドン!

 籠城側から、火薬爆竹がいくつか投げられ、爆発する。

 ヒヒン、ヒヒーン!

 馬が暴れだして、手が付けられなくなり、武士たちは慌てて馬を降りて駆け出すしかない。そして、二重の堀と砦の狭間の内側からの弓矢の一斉攻撃を受けー

 「頃合いだなぁ。登子、撃ってみる?」

 「た、高時様、はい!」

 慌てて駆け出す。ちなみに今日は汚れるから黒のセーラー服。あんまり好みの色じゃないんだけど。

 高時が、火種を渡してくれる。うわ、手、おっきい...って3歳上なんだよ、当たり前でしょ!

 火を、油を塗った縄につける。縄は勢い良く燃えて、それが取り付けられた、車輪付きの台の上に乗っかる、私の座高ぐらいの長さの黒い筒の中へ炎が入っていく。

 ドゴゴーン!!   ドーンッ!

 天雷の音を響かせて、筒が火を噴き、空中へと黒い物体を打ち上げ、そして、遥か山の山頂近くから再び轟音が聞こえてくる。

 結局英時兄上(の友達?)は、信管はともかく、何らかの発火装置を砲弾に組み込むのをあきらめていなかったみたい。着弾個所の周りの木々がぽっかりとなくなってる。

 轟音に気づいた兵たちが、塹壕への敗北を悔しがりながら次々戻ってくる。

 こうして鉄砲、大砲、塹壕戦術が、ひとまず実用化されてしまった。

 -私の心に、不安と秘密を抱えたまま。

 

                    ー*ー

1316年7月10日、鎌倉、若宮大路御所

 「従五位上、但馬権守及び左馬頭、北条高時、そなたを執権及び政所別当に命ずる。今後も天下のために励まれよ。」

 「は。ありがたき幸せ。」

 守邦親王が、つまらなさそうな顔で、じっと高時を見て、ふっと目をそらす。

 一方の高時も、意識の半分は脳内再生中の未来に割いているので、この歴史的イベントにあまり興味がない。時乃と同じ経験をしてきた登子ならば喜んで眺めたかもしれないが、この広間に女性はいない。

 いくつもの家の棟梁が、お祝いの言葉を述べていく。その中に、足利貞氏の姿もあった。

 「高時様、執権就任、おめどとうございます。」

 「貞氏殿、これも御家人一同の支えあってのこと。私など、数ある御家人の一人にすぎません。」

 それから高時は、小声でつぶやいた。

 「明後日、又太郎殿と弟君を、新田義貞殿とともに、赤橋の屋敷まで。内密に」


                    ー*ー

 「高資殿、内管領相続、おめでとうですぞ。」

 「こちらこそ、来月より妹が世話になります。」

 「ともに武士を率いて参りましょうぞ。」

 

                    ー*ー

1316年7月12日、鎌倉、赤橋家屋敷

 「守時、英時、君たちには席を空けてもらえるかな?」                   

 「しかし相手は足利と新田ですよ。まかり間違って斬られでもしたらどうなさるのです。まして、申し上げにくいことですが高時様は武芸が著しく劣っておられます。」

 「じゃあ、もしそうなったら、登子の仇は君たちがとるんだよ。」

 「高時様は?」

 「罪をなすり付けてくれるといい。」

 幕府と運命を共にするのを嫌がる高時が、自分が死にかねない方法など取るはずはない。この冗談は、高時がこの会見自体には死の危険を感じていないことを示していた。

 「登子、高時様をよくお助け申し上げるのだぞ。」

 「もちろん」

 「では、我らはこれにて。」

 「お気を付けください。」

 守時と英時が、そう言って心配そうに去ってゆく。

 そのまま、登子と二人、落ち着かないながらも向き合って過ごす。

 「どういう予定?何かすべきことはあるの?」

 「打ち合わせの時間はない。というか、ぶっつけ本番だから、そっちも言いたいことは勝手に言ってほしい。」

 「それで、本当に、あの3人を説得できるの?歴史にはまって1年ぐらいの時乃ちゃんでも詳しく知ってる、英雄3人だよ。尊氏はともかく、あとの2人は血の気多いだろうし…」

 「一年『ぐらい』...?まあそれはともかく。

 無理でもやるしかない。長崎も安達も、絶対に貸しを作るわけにはいかないんだから。」

 複数の人間が歩いてくる足音が聞こえる。

 登子が息をのむ。

 「いよいよだね。」

 「ああ、今日で幕府の未来はー」

 -決まる。

 「足利又太郎並びに如意丸、参ります。」

 「新田義貞、参上する!」

 次週分校正以外完了。

 正直ついていけないので、「鎌倉風の言葉遣い」、「未来年齢と数え年、実年齢の関係」については、大目に見てください。

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