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(1324冬)すべては閃光と闇のコントラスト

鎌倉時代に送り込まれてしまった3人の運命は、陰謀の終極点ー世界を変えるほどの愛憎の力とタイムパラドックスによる時空のゆがみから生み出された「地獄」へと…いよいよ、結末へと至る吉野編開始です。

1324冬吉野編:幕府軍本隊が平城京で過去の亡霊と戦う一方、南では海兵隊の精鋭が動く。そしてついに、諸悪の根源こと文観へ、北条高時は手を伸ばすー!

 「いつだったか、祈さんに聞かれて、議論したよね。」

 「…死んだらどうなると思う?だっけ。」

 「ああ。まさかこうしてよみがえるだろうとわかって言っていたとはね。まったく、笑われた気分だ。」

 「あのとき橋本くん、明らかに頭に来てたもんね。」

 「『生きている間のこともわかりはしないのに、どうして死後のことに話を広げられるんだ』。さすがにひねくれすぎだろ。」

 「失礼な。だいたい、陰陽師なんてオカルトに強そうな奴らと、誰が好き好んで死後について語りたがるんだ。」

 「治くんとか?」

 「…一野」

 「なんだよ。」

 「馬鹿だ馬鹿だと思ってきたが...馬鹿だなお前!」

 「なっ…」

 「…まあ、私も、死後の世界は否定したんだけどね...」

 「ただアレはあくまで、俺たちのゆがみも込みの代物だからな。アレを以てQEDにはならねえよ。」

 「…橋本くん、それって、『地獄』がもともとあったとは限らないってこと?」

 「そうだ。

 そもそも、まだ謎が多い。

 文観は『地獄』『天国』とつながるほど世界をゆがめたエネルギー源が『人間の愛憎』だと言った。奴の『最も強い感情である愛憎のみは物理法則を超えうる』というアイデア自体はともかく、いくら俺たちが三角関係に近い状況にあったとて、ずっと愛憎のひどい関係なんていくらもある。」

 「それは、トキと橋本ぐらいの頭脳でないと生き残れないとか、言霊がどうとか、そういうのじゃないのか?」

 「言霊は、あくまで、未来の俺たちの理由だ。この時代、この3人であった理由が、わからん。『北条高時』『赤橋登子』『護良親王』で、『時』と『橋』はともかく、俺には護良親王である理由が見当たらん。」

 「…未来の私たちが素体として選ばれた理由だけじゃなく、今の私たちになるように選ばれた理由があるってこ…と…」

 「…登子、どうした?」

 「…橋本くん、量子力学って、重ね合わせを規定してたよね?」

 「…前に言ったように、『シュレディンガーの猫』はたとえに過ぎないぞ。『猫が死んでいながら生きている』わけじゃない。」

 「それでも、例えば、光が波であり同時に粒子である重ね合わせの状態で、観測方法によって違った結果になる、そういうのは正しいんだよね?」

 「…ちょっと待て、時乃、何を言おうとしている...?」

 「橋本くん、波と粒子、みたいな二つの状態じゃなく、3つの状態の重ね合わせって、あり得る?それで、3人によってその状態が違って、それ以外の観測なら判別できない、なんてことは?」

 「…登子、橋本、自分にもわかるように説明してくれ。」

 「……前さ、爆破犯の顔が透けてガイコツに見えて、それが知ってる誰かの顔かもしれないって、怖くなって、目が見えなくなったよね?」

 「…ああ。」

 「知ってる誰かでありながら、通常、その顔を見ることがかなわない。…誰のことだと思う?」

 「……自分自身!?」

 「そうだよ、きっと。それも文観の正体は...」

 

                    ―*―

1324年12月13日、大和国、橿原南方

 冬の季節風に吹かれて、20を超える白い気球が、白い雲の中から降りてくる。

 平家の旗や源氏の旗が揺れ、そのただなかに、灰色の飛行船から、無数の樽がばらまかれていく。

 広がる黄色いもや。倒れ行く武者、鬼。

 牛頭が牛の顔を上にあげて槍を掲げ、馬頭がいかにも馬らしい鳴き声でヒヒーンといなないている。

 そこへ、気球から、炎の筋が奔った。

 ロケット弾の直撃を受けた牛頭馬頭が、爆砕されてゆく。

 爆風で、徐々に塩素ガスが散ってゆき、そこへ気球が次々降りてゆく。

 錨で地面すれすれにとどまったままの気球から飛び降りる兵士たち。

 上空の2隻の飛行船からも、何かがゆらゆら下りてくる。

 花?

 綿毛?

 否。それは、パラシュートである。

 続いてハンググライダーが、空に出現する。

 未だ立っている死武者たちに、矢も届かない上空から鉄砲弾が送り込まれる。

 一人が、旗を手に気球から飛び降りた。

 「義貞、これを!」

 受け取った人物は、旗を大地に突き刺し、叫んだ。

 「新田上野介義貞、推参!」

 

                    ―*―

 「突撃ぃー!」

 義貞は、自ら先頭に立ち、太刀を振るって走った。

 なぎなたを両手で持つ勾子が続き、その後ろには100人ほどの武士たちが駆けてくる。

 その先にいるのは、10メートルの頭身を持つ牛頭馬頭や、それに比べれば小さくても見上げなければ顔が見えない棍棒片手の鬼たち、100以上。

 -勝ち目はないかに思われたが、しかし義貞たちに、負けるなどという思いはない。

 赤鬼青鬼が、4メートルはある背丈と同じ長さの、木のような棍棒を振るう。

 一人が、太刀で棍棒を受け止める。

 頼りなさそうな刀が、刃先をこぼれさせてゆく。

 棍棒のとげが、刀の持ち主に迫る。

 さらに鬼が、棍棒を持っていない方の腕を、刀の持ち主へと振り上げる。

 その時だった。

 武士がもう一人、なぎなた手に棍棒に飛び乗り、とげの横腹を足場に鬼の腕まで上り詰める。

 なぎなたが、まごつく鬼の首を貫く。

 鬼がふらつくその勢いで、鬼の肩を蹴って後ろへと飛び出し、後ろにいた鬼の目になぎなたをぶっ刺す。

 一体めの鬼が灰になって吹き消され、二体目は目を抑え、なぎなたを抜こうともがく。

 二人の武士がかがみ、塹壕歩兵砲の小さな砲声が響く。

 二体目の鬼も、煙が晴れると、消滅していた。

 「遅いわ!何してるの!」

 勾子が叫ぶと、二人は慌てて顔を上げ、鬼の消滅で落下したなぎなたを回収し、走り出した。

 勾子もまた、戦っている。その服装は、到底鎌倉時代の女性のものとは、思われなかった。

 翻るのは、血のような赤。

 ひざ丈のプリーツスカートに、足を完全に隠しているタイツ、そして汗で肌が透ける薄着の上で舞う、2枚のコート。外側のコートとスカートの赤が疾走する影は、まるでダンスするドレスであった。

 「勾子、右!」

 -もともと肉を食べないので背が低い鎌倉時代の、しかも女性、その中にあって、勾子は人一倍すらりと、他の女性陣はおろか高時よりも背が高い。その勾子の、スカートのすそまである大柄の2重コート。目的がなければ嘘である。

 勾子が、走りながらも一回転する。

 コート2枚が翻り、その瞬間、なぎなたを持たない左手が、コートとコートの間に差し込まれ、次の瞬間には、取り出された短矢ダーツが手から宙へ放たれている。

 ーもともと投剣ダガーは、せいぜい勾子が最初に高時にしようとしたような不意打ちの暗殺用、それも刀で心配な非力な者の武具である。護身用とはいえ懐剣でも投げずに斬りつけたほうが成功率は圧倒的だし、女性ならば男が油断する隙を作ることもできる、懐剣は小さくても安くなく、投げて使い捨てにはしづらい、そのため投剣術は本来、忍者が跋扈し手裏剣が登場する戦国時代までは発展しないはずだった。

 放つ動きに連続して、翻ったスカートの中に左手が入り、そこからも短矢ダーツが飛び出す。一本目は既に、牛頭の右目に埋まりこんでいた。

 ―しかし、その流れは、あや姫らの出会いをきっかけに、変わってしまった。水軍では重い武器を持っていては泳げない、一方で弓矢や槍、銛は、アルビノであり数々のいじめがなければ虚弱であったはずのあや姫には扱えない。そもそも腕っぷし自慢の海男どもの中にあって、方向性を変えなければ自衛すらままならず、一方でかすり傷からでも瞬く間に死に至らせる毒を持っていたあや姫が、投剣にたどり着いたのは当然であった。そして、銃砲のあおりも受けて飛び道具はやる鎌倉で、あや姫を中心に投剣術が異常な発達を見せたのも。

 金属製短剣では高価すぎてひもをとりつけるなどのリユース手段が求められるが、しかし、羽がついた短い矢に過ぎない木製・石製短矢(ダーツ)ならば、多少使い捨てしても問題にならない。そして短剣と違い回転せず真っすぐ飛ぶために、鍛錬すれば習った通り、牛頭の左目に深々と突き刺さる。

 舞うような動きの中で、無理なく自然に放り投げられ、確実に急所を貫く攻撃。

 自然に気付かれず攻撃する暗殺術と、敵により大きなダメージを与える武術が、高度に融合し、牛頭に膝をつかせる。

 その時にはすでに、勾子は、短矢をコートやスカートから取り出す動きの中で行った回転の遠心力で、なぎなたを牛頭の頭に打ち付けていた。

 図体と牛の形にふさわしく、分厚く硬い頭蓋骨。しかし、勾子のなぎなたはそこらのなまくらではなく、幕府第二の御家人、安達家の家宝である、豆腐のように牛頭の頭を両断してしまうのも道理。

 化け物の身体と、大きな牛の上頭。それがゴロっと横倒しに転がり、灰となって消えてゆく。この間、走りながらのたった一回転。そして彼女は、振り返りもせずに走り去る。

 義貞もまた、負けてはいない。

 弓矢を次々つがえては放ちつがえては放ち、馬頭の目をつぶし口や鼻にも射こむ。

 振り回される両腕をかいくぐり、馬頭の両足を太刀で切断、たまらず倒れる馬頭の心臓のあたりを、槍で思い切り突き刺す。

 灰と化して吹き消えつつある馬頭を踏み荒らして蹴散らし、先へ。

 後方から、塹壕迫撃砲の砲弾が飛び越えてゆく。

 爆発音。

 どこからか死武者の一団が、生気のない目で現れた。しかし、強弓の者たちが、弓を数本同時に放ち、あるいは目にもとまらぬ速さでつがえ放つ。たちまち、死武者は消え去った。

 最前線への少数投入で全体の流れを変えられる存在、海兵隊。その精鋭力が、図体からして圧倒するはずの地獄獄卒軍を、殲滅していった。


                    ―*―

1324年12月15日、大和国、穴生

 「義貞、勾子…

 やばいな。」

 さすがに、語彙力がもたない。

 せいぜいが数百人の海兵隊+幕府空軍の半分。それだけで、砲兵の援護もなしに、穴生までの道がつながった。

 「一野…素手で瓦割る某国工作員じゃあるまいに、なんなんだそいつら、人間やめてるとしか思えないぞ。」

 「…実際鬼を殴って昏倒させてた奴いたわね。」

 「…正直、まさか穴生までたどり着けるとは思ってなかったよ。どこかで砲撃支援を要求されると思ったからこそ、平城京を急いだんだが。」

 初期の作戦計画では、平城京を陸軍で焼いて拠点を確保し、一方で橿原付近に空挺降下させた海兵隊にできる限り進撃させ、啓開させたルートを陸軍で進撃、一気に吉野まで到達する…

 むろん、賭けではある。すべての作戦は現状「都市から都市へ」「(拠点都市)()の戦い」という、戦略家からすれば愚策でしかない手にのっとっている。「吉野にたどり着ければあとはどうでもいい」という考えに基づいてとにかく敵中突破に焦点を絞っているから、手順を一回しくじればただの敵中孤立四面楚歌だ。

 進撃が遅くなれば、敵を引き寄せてしまい突破は難しい。しかし進撃を速めれば防御がおろそかになる。このジレンマを解決する手段として、陸軍が防御を固めながらも高速移動できるように海兵隊が仮進撃するという方法がとられた。ここまでうまくいくとは信じてはいなかったけど。

 さすがに、敵の主力(本当に人外が主力なのか知らないけど)に圧倒的寡勢でぶつかっただけあって、誰もが意識を失うほど疲れ切っている。

 「…義貞、勾子、大丈夫か?」

 「本当言うと、倒れそうだ。」

 「義貞、贅沢言わないの。」

 「すみません。」

 ええ...高氏といい、尻に敷かれてるし...

 「で、どうするのです?高時様。

 …すでに、この付近は普段と違う状態だと私は思いますが。」

 知子カムイシラが、耳を抑えながら告げる。

 「…八百万の神々(カムイ)とは難儀なものです。正直うるさいとまで思います。今後何が起きるか、わかったものではありません。」

 「…そうか、やはりか。」

 橋本が、自作の鉛筆で計算式を書き連ねながらうなずく。

 「…すでに世界がゆがんでいると見たほうがいい。最悪、俺たちが『地獄』に接近することがより強大な敵の出現のトリガーになりかん。さーて、どうするか…

 …百松寺兄妹、そこにいるんだろ?」

 「兄様のことをストーカーのように言わないでくれる?」

 「祈にならストーカーみたいなものだけどね。」

 背後から、突然声がした。

 「原爆の持ち込みだが、空中投下は可能か?」

 「兄様をなめてるの?今からでも可能よ。」

 「ただ、内部の時間も空間もゆがんでる以上、同時でなければまず見つからないだろうし、それ以前に君たちの持ち物として紐づけるから、君たちが自らの意思で自ら侵入した瞬間でなくてはアウトだけどね。」

 「すると輸送の手間は省けた、か。

 俺たち自身は、足で行かなくちゃならないんだな?」

 「ああ、まあ二人までならいけるが...3人も1人も一緒だろう?」

 「まあそうだ。

 …一野、これを踏まえて、どうする?」

 「…道中の敵は航空偵察の結果、僅少だということになっている。だけどいかんせん山だから、安心はできない。

 一方で大軍を連れて行くのは危ない。」

 「ああ。それに崩壊時に爆発の危険がある。南都まで退いたほうがいいな。」

 「戦力は飛行船で退避させられる人数、か...

 決めた。

 『天龍1』ミサイルを全投入して、山ごと焼く。」

 「またそれか。環境破壊だな。」

 「橋本くん、どうせほかっておいたら呑み込まれちゃうんだよ?」

 「ホントひどい話だな。気化爆弾も投入するか。

 …これで、幕府軍から弾薬が払底するな。」

 「別に今さら反乱もないだろ。

 まとめるぞ。

 まず、ミサイルと爆弾で道中を殲滅する。

 全兵力を南都平城京まで退かせ、少数で吉野まで到達。自分と登子、橋本が、『地獄』内部へ突入。

 同時に、百松寺兄妹が原爆を持ち込む。

 歩、内部はどうなってるんだ?」

 「精神世界に近いからな。説明はしきれないが、まあ、針山だとか血の池地獄とかあるんだと思ってくれ。」

 イメージ通り、か。それとも、ステレオタイプなイメージを反映してるのか?

 「そんなところに観光ツアーに行く必要はないんだけどね。

 地獄に入ると、最初に、罪の重さを図る裁判官『十王』がいる。菩薩・如来の類だから洒落にならないが、基本仏典の救う側の人物だから甘いし、かわすだけならできる。

 その中に、閻魔大王がいる。それこそが文観だ。」

 「そいつを倒し、原爆を起爆する…予定だったが、倒せるのか?」

 「…仏典の通りなら、浄玻璃鏡で死者の生前の行いを見て、死者を裁く冥界の王。しかしまあ、迫撃砲の敵にはならないでしょうね。でも、文観はそういう敵じゃない。

 言ってしまえば、貴方たち自身にそれはかかっているわ。けっして、実力云々で勝敗が定まるような相手じゃない。」

 「…わかんないけど、なんかわかった。」

 「…石垣時乃、貴女が最大の障害なのだけどね...」

 「えっ?」

 「…先走ってネタバレしたわ。忘れて。」

 いやいや…

 しかし拷問しても何も教えないだろうし、その前に触れることすらかなわないだろうから問い詰めはしない。

 「…とにかく、やれるんだな?」

 「君たちにその気があればだよ?その価値もか。」

 「…納得はできないが、了解した。」

 ーやっと、この戦の、終わりが見えてきた。


                    ―*―

 「-やあ、久し振り、なのかな?文観。-」「-それとも、別の呼び方のほうがお好みかしら?ー」

 「-…百松寺家には感謝している。何しろあの者たちを見つけてくれたのだからな。それにあの8月6日に広島に持ち込んでくれなければ、よみがえること叶わなかっただろう。-」

 「-そんな殊勝なことを言っても、内心ー」「-私たちを疑っているでしょ?ー」

 「-…まさか。-」

 「-隠さなくてもいい。実際-」「-マッチポンプには違いないわねー」「-惨状の原因である文観復活とタイムトラベラー選定を行っておきながらー」「-惨状を解決しようとしてもいるんだからー」

 「-結局、百松寺は、どっちの味方だ?ー」

 「-歩き続けー」「-祈り続けるー」「「-方の味方だよ。-」


                    ―*―

1324年12月17日、近江大津宮

 小さな屋敷ほどもある木製台座から、数百人の人間が、慌てて離れていく。

 3台の台座は、ななめに立てかけられた巨大なハシゴのようなものの上に、先のとがった巨大な丸太のような銀色の物体をおんぶしている。

 丸太ーミサイル「天龍1」は、尾部から炎を噴き出したかと思うと、右側から順に、はるか高みへと飛び去って行った。


                    ―*―

1324年12月17日、大和国、吉野北方

 遥か上から、ボンッボンッというパルスジェットエンジン特有の爆音が聞こえてくる。

 南の方から、気化爆弾のバーンという無茶苦茶な爆発音が響いてくる。

 …今って、1942年のロンドンとかなの?

 私は橋本くんの頭脳に改めて恐れ入った…治くん、よく同じ学校の入試受かったよねー私のためか。

 プスプスとまだあちこちから煙が立つ山道を、100人いない軍勢で進んでいく。

 ヒュンっと直義のイペタムが飛び出し、焼けた切り株に引っかかっていた馬頭を突き刺して消し、戻ってくる。

 時折銃声が響くほか、一面焼け焦げて茶色の山に、戦いはない。

 そうして私たちは、そこへたどり着いた。

 山道の向こうに、世界を押しつぶすような雰囲気で前方視界をふさいでいる、黒い、青空まで届く球体。

 球という物は上下より中心の高さが横幅があって、中心が地面から中途半端に高い吉野山山頂にあるせいで、頭の上をおおわれているような圧迫感がある。

 「高時...」

 私、こんなに、怖がりだっけ…?

 最後の爆弾の爆発が、爆風で私の長くない髪の毛を吹きまぜる。

 赤い炎も、闇色の球体を照らすにはかなわない。

 「…そういえば、全く話に出てこないけど、『天国』って、どうなってるの?」

 私は、ずっと気になっていたことを口に出してみた。

 「…登子様...それは、人の業にございますわ。」

 「えっ…?」

 「…人間とは、残酷なものでございます。特に善悪の分からない子供は。

 私を逆さづりにし、獣の血をかけ、オオカミをけしかけ、海に突き落とし、全裸で門前に縛り付け、寝ている間に…ぐすっ」

 「あや姫、本当にごめん。」

 余計なことを口にして。

 「いえ、私など...

 とにかく、天国など必要ないのですわ。行く者がいるかしら?」

 あや姫が、真っ黒な笑顔を向けてくる。

 「あや姫...」

 「ですから心配はございません。どうせ私も、誰も皆、いずれあそこへ、地獄へたどり着くのです。待っていて、くださいな。」

 -ああ、やっぱり、この人には、勝てないな。


                    ―*―

 天空高くそびえ、影を落とす闇色の球体。

 「これが、『地獄』か。外側から見ると不思議そのものだな。」

 綱をつけた馬を、無理に尻を叩いて駆けこませる。

 黒い膜のように見える部分に、馬が突っ込んでいく。

 へこんだり波打ったりせず、手ごたえ無く馬を呑み込んだ「地獄」。そこで綱を引いてみると、綱だけがすっと戻ってきた。

 「お、生物のみ選別しているのか...」

 とはいえ生物と非生物の境はあいまい、ひもに結び付けた草はちゃんと戻ってくる。いったいどうなってる...?

 「…もう少し実験を繰り返してなんか仮説が欲しいところだが...

 そうは問屋がDon't sell meか。」

 俺は一歩、二歩下がり、黒い膜から覗く杖の先をにらんだ。

 「おい、様子うかがってる暇があるなら出て来いよ、なまぐさ坊主(ラスボス)。」

 時乃や一野、その仲間たちの緊張が高まったのが、肌で感じられる…ったく、科学的に説明できないことを増やすんじゃねえよ、不安になるだろ。

 「ふっふ、貴方を選んだのは失敗でしたか、成功でしたか…?」

 プスーン!

 「げ」

 杖から何かビームが飛んできて、後ろにいた兵一人が、最初からいなかったかのように雲散霧消する。

 「灰にすらならないのかよ...

 おい、そんなチートがあるならなおさら姿を見せろや。」

 「拙僧はいつも思ってきましたぞ。橋本理、君、少しせっかちに過ぎる。」

 「8年早く生まれたことを含めてか?」

 -こいつは、許さん。

 「ははっ、今のは聞きましたぞ...」

 杖を突き出したまま。

 漆黒の中からしわだらけの右腕が現れ、ついで、これもしわだらけの顔が、そして僧衣を羽織った身体が現れる。

 プスーン!

 ビームは杖の指す方向とは関係なく真っすぐ飛び、避けた俺の後ろにいた馬に命中、馬はまさしく消去された、否、世界からデリートされた。

 「危なっ!」

 プスーン!

 え、俺!?

 すべてがスローモーションに見えー

 ーまずい、よけきれないっ!

 ー誰かの叫び声―

 -五感のすべてが分散して収束する、世界がゆがむような、奇妙な感覚ー

 「本当よ。手間かけさせて。」

 ー百松寺祈が、前に立っていた。


                    ―*―

 「-魂を削除するビーム?ー」

 「-パクリよね?ー」

 「-いやいや、複製コピーは可能でも削除デリートは不可能だろ。ー」

 「-どっちにしろ、相性が良すぎるな。ー」

 「-何しろ無いのと一緒みたいな攻撃だものね。…兄様が苦しむのなら、受けたくはないけれど。-」

 「-いや、それも含めて問題ないだろう。-」

 「-じゃあこのまま、任せた方がいいわね。-」

 「-ああ、自ら歩いてもらえそうだ。-」


                    ―*―

 百松寺祈は、ビームのすべてを受け止めていた。

 そのたびに、万象にノイズが走る感覚がする。どういう原理なのかーいや、見当はつく。あまりに途方もないが。

 「…百松寺、やはり、上位でしたか…

 これは拙僧の過ち。」

 ビームが、全く別のほうに向く。

 またも、人ひとりが消滅した。

 「直義様、イペタムを!」

 直義がイペタムを抜くと、次なるビームはイペタムへと真っすぐ吸い込まれていく。

 「長くはもちません!」

 「カムイシラ殿、あれはいったい!?」

 「地獄というところが死者の国ならば、死者の国にも現世にも置いておけないような者を消す方法がどこかにあるはずです。」

 「…そういうことね。」

 「桃子、どうした?」

 「いえ、カムイシラ殿が八百万の神々の声を聴きカムイとともにあるのに、皇族である私の前になぜ八百万の神々が現れないのか。

 徳が足りないからと思ってきたけれど…

 …文観、貴方、消したわね、天照大神も以下の神々も、そして古事記・日本書紀で黄泉の神とされる天地開闢の神、イザナミノミコトでさえも。」

 「すると私たちのカムイは軽視されたのですか。むしろ、現れるようになったのは、現れてもヤマトに影響が及びにくいから...

 そんなことで、姉は…!」

 いや、文観が大っぴらに「地獄」なんて作ってる時点で、神々は同時に出現できたにしても文観を抑えられずに全滅しただろうとは思ったが...改めて考えると、どうしようもなくヤバいな。

 「どうしました?大したことではないですぞ?あの程度の無能、烏合の衆でしたな。

 …にしても、そちらの刀は?」

 「アイヌの、全てを喰らおうとする生きた刀よ。」

 「ほう、なるほど、しかしいずれ、喰らいきれない法力が刀の魂を消しますぞ?」

 「そうだな!」

 直義が、イペタムを持たない方の手で鉄砲を撃つ。

 タアン!

 ゴウ!

 文観の身体が、一瞬、閃光を発した。

 目がかすむーアレは、あの光は、土佐沖で見たー

 「-原子爆弾の光、だと!?」

 「兄上、どういうこと!?」

 「たぶん、こういうことよ桃子殿下!」

 勾子が短剣を投げる。

 とっさに目をつぶれども、なお目をくらませる閃光。それを実現できる光源は、人類史長しと言えどもそうはあるまい。

 「局所的に核爆発の爆心地の環境を再現している、か?」

 「なんだそれ!?」

 「考えてみろよ、俺たちの歴史では地獄とか天国とか現れたことも、死人がよみがえったこともねえ。なのにコイツはいた。

 …そういう、世界がゆがんで物理法則がないがしろになるような瞬間は、そうそうない...」

 例えば、100万度を超える業火と、量子力学的な側面を持つ現象である核分裂が、同時に存在する瞬間。

 ...だんだん、裏が見えてきたな。

 「で、ややこしいことはいい!どうしたらアレを倒せるんだ!?」

 義貞が、ヒステリックに叫んでいる。

 「…さあな。」

 当たれば一瞬で魂(?)が削除されるビームを任意の方向に放てる杖と、体表面に核爆発の爆心地の環境を生み出すオート能力。...いつからここは、異能バトルの世界観に…

 いや、待て…文観の正体は…!

 「一野、手が、一つだけあった。」

 「…なんだ、それは?何をすれば…?」

 「一野、お前にも、あのなまぐさ坊主の顔が、ガイコツが、見えるだろ?」

 「ああ...登子の予想がドンピシャとは...!?お前!」

 「一野、邪魔すんじゃねえぞ。これは、俺の仕事だ。すでに死んでいる、俺の。

 一野、あとから来い。

 …時乃を、頼んだ。」

 誰かのーたぶん一野のー手が、俺の袖を滑る。

 「橋本っー!」

 カッー!

 アルミニウム―酸化鉄のテルミット反応による閃光と、2段階の亜音速爆轟によって、人間の視覚・聴覚の限界を超えるほどのショックを与える、閃光音響手榴弾スタングレネード

 当然、炸薬の調整技術など期待できない時代。脳が、至近距離からの負荷ショックに耐えられるはずはない。事実上の自爆攻撃だ。

 …体が、五体満足で動かせるようになる、軽くなったかのような感覚。視覚・聴覚が復活する。

 -これが、一度死んだ幽霊がよみがえるってことか。

 周りで、時乃はじめ誰もが気絶している。

 「-文観、これで、お前を観測しているのは、俺だけだ。

 撃ってみろよ。」

 俺が一歩迫ると、文観が、一歩下がる。

 二歩迫ると、三歩迫る。

 周りで気絶してる連中が、起き上がる前に…!

 「それとも、俺を殺せない理由でもあるのか?妨害しに来たにもかかわらず、殺せない理由、いや、違うな、魂とやらを、消せない理由が。」

 俺の仮設が正しければ。

 -いや、こんなもの、仮説でも何でもない、か。

 むしろこれは、願い。

 「やっと、俺が何でこの世界が何なのか、つかめそうな気がするんだよ。

 -付き合ってくれるか?存在の証明に。」

 銃口を、俺自身の頭に突き付ける。

 文観のあとずさりが、止まった。

 「もう、逃げるなよ?」

 何の武器もいらない。

 「消えろ。」

 「-これで終わりだと、思うかな?ー」

 右手を、伸ばす。杖を、はたき落とす。

 「…お前の仕事は、終わったんだよ、護良親王…俺!」

 「-これで、終われると、思うかい?」

 文観にー俺の顔、俺の姿のラスボスに、触れる。

 ピカッ…

 ドーン!!!!!!!!!!   

 吉野編が後2話、エピローグ1話で終了になります。諸事情から来週はPCを操作できずに再来週土曜朝2話同時投稿になるかもしれません。

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