表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/22

(1324冬)亡霊たちよ何を問わんとするか

時を超えさせられた3人の物語。やっと終わりが見えてきた感じですな。

1324冬編:なおも浸食をやめることのない真の敵「地獄」。そして死人は帰ってくる。

 

 「は、橋本、くん、なの...?」

 「ああ、幸か不幸か、橋本理さ、時乃。」

 「ほ、ほんとに...?」

 「…時乃に存在を疑われたとなると、ちと怪しいか。」

 「あ、足つかめる、本物だ。」

 ったく、懐疑主義者に証明する方法として甘すぎるだろうが...まあ、時乃なら何の問題でもないか。

 「それで橋本、事情は分かるのか?」

 「もちろん。地獄から盗み聞きしてたぜ。」

 「…橋本くん、もしかして私のせいで、地獄に堕ちちゃった...?」

 あー、だから泣きそうな顔するんじゃない!罪悪感がひどいわ!

 「いや、まだ黎明期みたいでな、精神世界って感じだったからな。別に辛かったりは...」

 「…橋本理、勘違いしないでほしいわ。それは兄様がわざわざ手間をかけて保護したからよ。だから石垣時乃も、罪悪感は兄様にいだいてほしいわ。

 ...いや、罪悪感から恩返ししようとしたことをきっかけに急接近してしまう可能性も...」

 なんかコイツ、相変わらずヤバい奴だ...

 一野も、「登子に対して自分からの浮気だとか失礼な想定をしやがって」って顔だけど、百松寺兄妹怖さに口がパクパクしてるな...ヤンデレ、怖いな。

 「祈、安心しろ、天がひっくり返ったとて、祈以外に目を惹かれたりはしない。」

 「兄様...」

 えー...

 あきれるべきは、百松寺祈の姿だ。

 黒髪を腰まで伸ばしサラサラ流し、病的に細く白い身体(というかコイツらのパーソナリティが1000年代々同じなら、つまり近親相姦による遺伝病だろ)、キツく細めたにらむような目、それらはまあいいとして、驚くべきことに青のブレザーとプリーツスカート...つまり、2020年と全く同じ服装をしていやがる。

 北条登子もセーラー服を「発明」して以後、特に戦場ではセーラー服やブレザーの、つまり制服の再現品を常用しているという情報はあった。しかしコイツの制服は違う。そんなまがい物ではなく、マジの制服だ。

 ...コイツら、今起きていることを、学校帰りの寄り道程度にしか思ってないな...なんてやつら。

 「話を進めようか。

 橋本理、あの『接合面』について、君は物理学的にどう解釈している?」

 おい、わかってることを聞いて他人を試す癖、治してくれ。

 「『アインシュタイン・ローゼンの橋』、つまりまあ、二つの宇宙をつなぐワームホールみたいなもんだと解釈している。」

 「その心は?」

 「あの世界は空間の概念がメチャクチャで、亡霊なんてモンもいる。基本法則からしてこっちとずれてるのは明白。空間として分類するなら別宇宙・別次元とするのが妥当だ。

 さらに言うならば、それはこの世界から発生した。よって、インフレーション理論に言う『子宇宙』であるとすれば、両者の間にブラックホールとホワイトホールを出入り口に存在するワームホールであるとの定義づけは、充分に妥当な範囲内だ。」

 さらに言えば、アインスシュタイン、橋で、「アインシュタインの橋」、いくら言霊を疑ってかかろうとも、邪推しなきゃバカだろう。何者かがこの名前遊びに気づいて俺たちを過去に飛ばす人間に選びやがったのではと。

 ...待て、たかが名前でも、個人情報なんて簡単に手に入らない。あの老人は俺たちの名前を知ってたとして、教えたのはまさかこの兄妹じゃ...

 「では橋本理、君は、いかにしてその橋を崩す?」

 「アレが俺の知る理論上の『アインシュタイン・ローゼンの橋』と同一ならば、極めて不安定で、ナノ以下のサイズのまますぐにつぶれるはずだ。他の宇宙との路なんてモノ、長続きするはずがねえ。」

 「…でも、一週間以上たってるけど、むしろドンドン大きくなってるよ。」

 時乃、さすが。いい着眼点だ。

 「つまりは、中で支えているもの、ワームホールの物理学的理論で『負のエネルギー』と定義されてきたものにあたるもの…言い切ってしまえばあのクソなまぐさ坊主を倒せば、一気に崩壊する可能性が高い。」

 「…だけど、危険だろう?逆に一気に拡大する可能性もありそうだが。」

 「ああ、無理に安定させられているものの制御を外し、暴走させようってのが趣旨だからな。計算上、ワームホールを安定させられるだけの負のエネルギーを中和できなければ安全は保障できない...最悪、冗談抜きで宇宙が消し飛ぶ。」

 なにせあの空間、物質・反物質ってな、この世界の常識で推し量れる状態じゃなかったからな。この世界に、まったく異質な物理法則を許容する余裕はない。

 「だから、中和分のエネルギー源が用意してある。」

 「エネルギー源...?」

 今度は、しくじらないぜ。

 「過大なエネルギーを、一点に、わずかな時間のうちに一気に加えられる、人類の叡智の負の結晶。そんなもん、一つしかねえだろ。」

 「…え、それってまさかと思うけど、富士の樹海に放置しちゃったアレ、じゃ、無いよね…?」

 残念、それだ。

 「…てめえ、なんてもんこの時代で作り上げてるんだ!」

 一野が、襟をつかみ上げてくる。死武者たちが武具を持てることといい、俺が面倒な暴力沙汰で被害を受けることといい、地獄から湧いてきた亡霊に実体が付与されるのは迷惑だな。

 「仕方がないだろう。タイムスリップのような全宇宙・全時空間に響くマクロな現象に干渉できるほどの物理現象を人為的に起こす手段なんて、粒子加速器はともかく、原子爆弾ぐらいしかないんだぞ。」

 

                    ー*ー

 「いいか、理論上の正解はこうだ。

 まず、なんとかしてあの球体ー地獄との接合部まで行く。そこで中に侵入するが、おそらく入れるのは精神体だけ、いわばバーチャルリアリティみたいな状況のはずだ。原爆を直接持ち込むには...」

 「私たちが情報化処理して、持ち込めるように便宜すればよいのでしょう?兄様の負担を増やそうという考えは気に食わないですが...」

 できるのかよコイツら。いや期待してはいたけどさ。

 「…橋本理、お前『なんだかチートそうな奴らだ、二人で勝手に解決してくれ』って思ってるのがバレバレだぞ。」

 「少なくとも私たちは、非物理空間での戦闘は出来ません。精神体ー魂が極めて壊れているので。」

 ...それは見ればわかる。というより、かかわりたくない事情抱えてそうだな...頼むからこれ以上俺たちのストーリーに混ざらないでほしい。

 ...まあでも、期待どおりか。

 「またしても失礼なことを...いいか橋本理、現在・過去・未来全てに、もっと言えばすべての時空間に汎次元的に存在できるようになるまで、そしてなってから、どれほどの苦心惨憺があったと...」

 「兄様、恨み言はそれぐらいにしておきましょう。」

 ホント、なんなんだ。

 「とにかく、そういうことなら、俺たちの役目は想定通りだ。

 『地獄』内部に侵入、件のなまぐさ坊主を倒し、同時に原子爆弾を起爆。その圧倒的なエネルギーで接合部を断ち切る。

 そうすれば、エネルギー、エントロピーに対して不安定な『アインシュタイン・ローゼンの橋』は消滅し、この世界から地獄の厄災は除去されるはずだ。

 ただまあ...

 どんな状態であろうと、原爆の効果を至近距離で食らわざるを得ない俺たちは、ジ・エンドだな。」

 「…橋本くん...」

 「心配するな。俺一人で行く予定だ。どうせ接合部が失せればそこからやってきたものは消滅する運命にあるしな。」

 「…それはだめだよ。」

 「悪いが時乃を危険にさらすつもりは...」

 「違うの。やっとわかったのー

 -文観が、誰なのか。」

 はい?文観は、文観じゃないのか?


                    ー*ー

 きっと、歴史研究によくあるミスだ、そう信じてきた。

 「あのね、」

 だって、それが真実なら、私たちの考えが、根底から覆りかねない。

 「立川流、文観、そして性行為を重視しドクロを祭る邪教。

 この時代の根底を流れるこれら3つはね」 

 でも、もう、真実から目を背けるときは終わったのだと、そう思う。

 「全く関係ないの、最新の研究では。」


                    ー*ー

 文観は、比叡山天台宗ではなく高野山真言宗の高僧である。

 立川流は真言宗のまともな弱小流派に過ぎない。

 21世紀になり行われた研究で、邪教極まる「立川流」には本来名前はなく、真言宗内部の抗争において文観を失脚させるため、ライバルが立川流を邪教の名前とし文観をそのリーダーとでっち上げたとわかってきた。

 登子トキが語ることは、つまり、今までの戦いの前提にかかわっていた。

 じゃあ、自分たちが知る文観は、いったい...

 「前に、私が、爆破犯の顔が誰かそっくりのガイコツに見えて恐怖で失明してたことがあったよね?」

 「それが誰か、わかったのか?」

 「うん…怖いわけだよ。」

 「…誰なんだ?」

 聞くべきか聞かぬべきか。橋本がうなるが、それでも、答えを知らなくてはこれまでの戦いの意義が消えてしまう。

 「…うーん、私たちが一番よく知ってて、一番知らない人、かな?

 ごめんね、私はこの仮説を、会って確かめるまで封印することにしたの。あまりにも...だし。

 そしてその人は私と高時の、敵だから。」

 あまりにも、なんだって...?

 「ああ、それがいい。でなくてはショッキング過ぎる。

 ...俺はますます、世界を信じきれないよ。」

 橋本が疲れ切った様子でそう言うのを見るに、自分以外は全員わかったらしい。

 -才能があるわけでも、何か特殊な力があるわけでもない。だけど、登子トキを守ることに関しては、誰かに負けるわけにはいかない。

 「とにかく、行かなきゃ、やらなきゃどうしようもないんだろ?

 わかった。今から何をすればいい?」

 「ああ、まず、樹海へ原爆を取りにいかなくちゃならん。防護用の機材もないから、鉛が必要だ。それから、あらゆる未来技術で、吉野まで突破する。」

 「私は橋本くんに協力して、鎌倉に帰って兵器をそろえる。だから高時、全体をお願い!」

 ああ。

 「わかった。美濃まででこらえて見せる。」

 「おけ!

 ...でも、この集まりって、(未来)の私たちと、おんなじだね♪」


                    ー*ー

 「-我が百松寺に伝わる文書によれば、この時代、れきしことわりを治める一人の凡人の愛が、流れに打ち勝ったという...-」

 「-あれだけ誰かのために尽くせたら、それはもう異常者よ。私たちみたいに。凡人じゃないわ。-」

 「-は、言うてやるな。時に偉人とは異常者なのさ。|時と理を治めた一人の科学者アインシュタインの一番有名な写真で、だいたいわかるだろう。ー」

 「-それでも私たちは、偉人にはなれないわね...彼らのように-」

 「-善意で百松寺が行動することなど、まずありえない。それでも、名前が残らなくても、祈が残ってくれれば充分だよ。-」


                    ー*ー

 1324年9月27日、美濃国、稲葉山城

 鎌倉へ登子と護良親王ー護良親王?何て呼ぶべきだろう...?ゴースト護良...いや実体あるから...いや、自分たち3人には未来の姿は橋本でしかありえない、橋本、そうしよう。

 とにかく、登子と橋本が鎌倉に戻るのに3日、防護機材を作るのに、鉛が充分に用意されていたとしても、いや、なければ禁断の一手だが...3日以上、それから先、キロって重さじゃないだろう原爆を、未成長の富士樹海から安全に運びだし...

 結局、一か月以上の間、自分たちは後退するわけにはいかない。後退すれば吉野山は遠のき、間違いなくこの時代の運搬キャパシティを超えるだろう原爆の持ち込みなど、まず不可能になる。

 百松寺兄妹は面白がって冷やかす素振り以外見せない。ならば今、ここで戦う未来人は自分だけ。

 遠き日には竹中半兵衛ら数十人、織田信長軍により2回も落城させられるが、基本は天下の要害、稲葉山城。まして両者ともに、大砲と戦ったわけではない。

 「楠木殿、本当に、なんとお礼したらよいか…言葉もない。」

 楠木正成が、この上なく複雑な心を表して顔をゆがめる。

 「貴殿の助力、発想がなければ、この山を難攻不落とすることはかなわなかった。」

 「…礼を、言わないでくれ。

 今でも、お前を恨まないわけじゃない。」

 「…そうか、いや、正直にそう言ってくれるなら、安心だけどなぁ…」

 覚悟は必要、そう、自分だってわかっている。切り捨て、切り捨てられる、覚悟は。

 それでも、すがりたい。

 「高時様、敵軍が、要塞砲の射程圏内に入ったとのご報告にございますわ。」

 「あや、ありがとう。じゃあ...

 ……全軍、全砲門開け!!!!!!」


                    ー*ー

 正史において、大砲は、中世にモンゴル人が中国から持ち込んだ火薬技術でイスラムが発達させたものがヨーロッパに伝わったものとされている。

 当初は大きな石弾を打ちだすだけのものだったが、やがて石は金属に、炸薬入りの金属球に代わり、砲弾を前ではなく後ろから装填するようになり、機械装填、回転・移動の簡易化…と進歩していった。

 しかし、この歴史においては、違う。

 大砲は、執権と皇太子がほぼ同時に偶然火薬を発明したすぐ後に生まれ、急速に発展を遂げた。

 幕府では、最初に範囲攻撃用の文保二年式曲射七寸砲、その次に要点スナイプ型の文保三年式直射三寸砲、続いて歩兵用の軽迫撃砲である(試製)元亨元年式2寸半砲ー通称「要塞歩兵砲」、さらに余りの命中率の悪さを改善した元亨二年式曲射七寸砲改、そうやって、たった6年にして、中小口径砲はだいたい出そろっていた。さらに艦載砲として、元応元年式長射一尺砲というチートレベルの破壊兵器も完成している。

 一方の大覚寺統では大砲生産は完全に一本化され、五寸砲のみが量産されていた。頑強な作りで、七寸砲弾の直撃を受けた鹵獲品でも砲身は使えるからと幕府軍では五寸砲弾の生産が検討されたことすらある(もちろん、「暴発したらどうするの?」の一言で一蹴された)。

 両者の砲熕技術と、未来の科学と歴史の知識が、二人の天才によって合わされば、なにが生まれるか。

 答えは簡単だった。

 「装填完了!」

 「発射用意!」

 「退避ぃぃ!!」

 ズグガゴオオオォォォォ―――――――――――――――――ン!!!!!!!!

 それは、まるで冗談のような大爆音。

 それは、まるで溶鉱炉のような赤。

 それは、まるで火山の噴火のような煙。

 死者たちにもう一度死をもたらす魔弾は、衝撃波で何本もの木をへし折り、稲葉山城全体をビリビリふるわせてから、はるか遠くへ駆けた。

 着弾地点の武者たちも、何かが起きると理解はしていたらしい。慌てふためき、走って、あるいは馬で、逃げようとする。

 だが、意味はない。

 意味はないのだ。

 魔弾は、あくまで彼らをあざ笑う。

 上空でいくつものかけらに爆発し、それぞれが、それぞれが、爆発。

 夜空に浮かび上がるのは、満天の星をぼやかす、全天を覆う花火。

 -もし、正史620年後の大日本帝国軍人がこの花火を見たら、こう判別しただろう、「三式弾」、と。

 それは、つまり、一尺五寸(46センチ)砲弾-戦艦「大和」の主砲弾だった。それも、中に、焼夷弾を詰め込んだ子弾がいっぱいに詰まっている。

 乱雑に製造されたために一個一個の焼夷弾の威力はまちまち、それどころか不発弾も多い。それでも、傷ついた鎧兜しかつけていない武者の群れなど、何十万いようが、敵にはならない。

 花火は地上へ降下、敵のすべてを包み込む。

 一種、荘厳な光景だった。

 炎の幕は、下りた。

 そして、戦の幕が、開けられた。


                    ー*ー

 1224年9月28日、富士山麓

 「登子様、アレではございませんか?」

 「橋本、あってる?」

 私は、はっきり声に出して尋ねた。

 最初彼を鎌倉に連れて行った時、誰もが何事だと思ったらしい。「あの登子様が高時様以外の男と帰ってくるなんて」と愕然とされた。

 今も、愛人、浮気相手、そう考えている者は多い。まあもっと複雑な関係だけど、高時以外にわかってもらう必要もない。

 「そうだ。アレが、世界初の核反応兵器、原子爆弾『壊2号』だ。」

 二重に鉛板の服を着こんでるだけあって、重い。一歩一歩が、重い。

 -思えば、ここまで来るのも大変だった。

 鉛が当然のように足りなかったから、鎌倉大仏を丸ごと鋳つぶして。

 移動手段に馬を徴発しようとしても、使える馬はすべて西へ行っており。

 仕方がないので牛を徴発するも武家の健常でない男子までも関東には残っておらず、やむを得ず百姓を徴用し。

 さらには樹海の探索には空軍を使うも、いくら若木とはいえ樹海、埒が明かず。

 私自身が気球に乗って三日三晩探索し、やっと、原爆の所在が分かった。

 そうして今、目の前で鎮座する物体は。

 黒塗りで、黄色の放射能ハザードのマークが描かれ。

 形は、卵型で一方には4つの羽のようなものが付き。

 頭上で、茶色く朽ちかけた布と金属の灰色をブラブラさせ、その下で、古代遺跡の祭壇のように、厳かに在った。

 けっして、原子爆弾の威力の計算などできない。だけどアレが、人の範疇を超えたとんでもないモノだということだけは、一見で分かった。

 まがまがしすぎた。

 「…あのさ橋本くん、飛行船「飛電ヒンデンブルク号」にこれを積んだってことは、鎌倉に原爆を投下しようとしてたってことで、いい、ん、だ、よ、ね...?」

 そんなはずない。だって橋本くんは、知ってたはず。私も殺すことになるって。

 「あの頃は、文観についての考察が足りなかった。

 あくまで情報を送信する主体は、未来のあの瞬間の、俺たち。それなら3人が接近すれば、時空の曲率が上がって、極大なエネルギーでそれを時空からたたき出せる、その可能性があった。」

 「じゃあ、もしかして橋本くんは、私たちを、未来に返そうと...?」

 「ああ。まあアレのエネルギーぐらいでたたきだすには、少なくとも100キロのオーダーで異変がなけりゃまずかった。それ以上近づいて何もなければ、たとえ3人寄り添ってそこで起爆しても、エネルギーに対して曲率が足りない。

 実際には至近距離でもマクロな異常はなかった。だから、文観による情報遡時の仮説の正解を確信したんだよ。実際、二つの歴史を紡ぎ合わせていたからこそ、刺激で異界の出現を可能にするほどの曲率があったわけで、途中まではあっていたわけだ。」

 「…橋本くん、私が思うほど、下衆じゃなかったんだね。」

 「いや、俺は下衆だよ。時乃にそう思われるなら。」

 ーごめんね、橋本くん、ごめんね。

 原子爆弾に綱や滑車がかけられ、鉛の台車に乗せ換えようと綱が曳かれる。

 「…治くんに同じこと言われたら、どう思う?」

 「反論する。

 反論するさ。

 反証をこれでもかと見つけ出し、徹底的に、真理の底に至るまで論破する。」

 「そっか…」

 「でも、そうしてみたところで、俺は、一野には勝てないんだろうな。」

 「えっ...」

 「俺は、自分の実在を確信できない。

 こんなの、学者の気まぐれ、ゲームのバグ、そう言った類のものかもしれない。

 ステージ:『地獄』

 アイテム:『原子爆弾』

 そういう空想が、ますます強くなるばかりだ。

 だから、俺は、存在を直感できる時乃に、すがった。」

 ...

 「時乃を中心に、自分を再定義したんだ。

 自分は、実在しないかもしれない。

 『水槽の脳』の実験は、明日にでも中止されるかもしれない。

 コンピューターでの世界と人生のシミュレーションは、今にでもバグフィックスで俺を排除するかもしれない。

 どんなに理性を発達させ世界の謎に迫ろうとしても、死ぬことすら、俺にはできなかった。

 だから、唯一、『これは本当に実在するんだ』って直感できた、時乃に、すがった。

 俺は、時乃に、何もしていないのにな。

 最初から時乃に、見返りなくすべてをささげる、そんな一野(勝てないやつ)が、俺には恨めしかった。

 なあ、時乃は...」

 「ううん、いいよ。私は、石垣時乃は、確かに橋本理を愛している。」

 だけどそれは、ここにいる私、北条登子の心じゃない。橋本くんも充分、それを理解できるはず。 

 「そうか。

 ...初めから、無意味だったのかもしれないな。」

 橋本くんが自嘲するところなんて、初めて見た。


                    ー*ー

 1324年9月30日、美濃国、稲葉山城

 「七曲の登山口、破られました!」

 「火力集中投入!登山道ごと粉砕せよ!」

 戦況は、ひどいの一言だった。

 牛頭馬頭、鬼、そう言った連中はもはやレア中のレアとなっている。今相手にしているのは、少なくとも200万はくだらないであろう、亡霊たちだった。

 むろん、幽霊だからどうということはない。呪いがあったりはしない。数が多いだけで、実態がちゃんとあり、ちゃんと戦える兵士である。むしろ武具が痛んでる分、弱いかもしれない。

 しかしいかんせん、数が異常だった。

 平家の赤旗だけではなく、確認された旗からすれば、院政期の源平の乱の死者、元寇の死者、さらには壬申の乱の死者までもいることになる。つまり、今までの日本での戦争すべてでの戦死者が、よみがえったことになる。

 説得できるのではという意見もあったが、内部で内乱が確認されないところから見るに、何らかの合意の下に行軍しているのだろう。説得でどうにかなるとは思えない。

 こちらは範囲殲滅兵器として、三式弾運用の46センチ砲ー大和型戦艦の主砲ーを持ち出したが、これは火薬を馬鹿食いする。とても、補給線が細い山城で乱用できる兵器ではない。

 簡単な話だ。

 幕府軍は今、亡国の危機に対して東日本の全兵力を振り絞った。

 元寇の時、幕府軍は九州で25万、六波羅で6万集めたらしい(700年後に不正確な資料があっても、なぜか執権の力で以てもたった50年後でまともに資料が見つからなかったのが、この時代のずさんさ)、一方の元軍は15万だった。

 一方で今幕府軍は、関東・中部・奥州・近畿から御家人も朝廷武士も招集し、必死こいて70万集めた。空軍によれば西日本では50万集めたらしい。

 しかしそれでも、地平線まで埋め尽くす敵軍に、到底及びそうもない。

 こんなに日本人は、戦で戦死者を出してきたのか...

 寒気だけで凍死できそうな感じだった。

 前線は、つまるところ稲葉山城を境に停滞している。

 東進しようとする地獄軍に対して、幕府軍はあらゆる方策で対抗していた。

 砲撃、塹壕、地雷原、空爆...

 白兵戦を許すわけにはいかない。数に呑まれればおしまいだ。これだけの母数では生身の人間にはスタミナが持たないし、局所的な兵の精強を確立演算が勝ってしまう。

 まったく、とんでもないにもほどがある。

 ーそれでもなお、これ以上の撤退は許されない。

 幕府軍の物資的な拠点は、尾張熱田の港となっていた。

 量産される火薬、砲弾、ロケット、すべてが熱田工廠を経由する。横須賀からの海輸であろうと、八幡からの空輸であろうと。

 飛行船、飛行機、さらに開発中の重爆撃機...大覚寺統系統の兵器の運用・開発も、熱田に集約されている。

 もちろん、懸念がないではない。それでもなお、熱田を放棄すればそれより東のまともな港(砲艦停泊可能な港)はいきなり鎌倉の和賀江島だし、今さら放棄できるものでもない。

 だから幕府は、飛行船までも動員して、元から最大限の硝石を輸入し、火薬にし、稲葉山の周辺を穿っていた。

 すでに長良川の流路は大きく変わり、砲身を交換しなかった砲はほとんどない。それでもなお、戦は終わらない。

 「高時、アレ、確実に生き返ってるよな...?」

 「高氏...ああ、間違いはないな。いっかな数が減らないし。まあ亡霊を倒しても地獄に戻るなら、また湧いてくるのも仕方ないが...」

 「それでは敵は事実上無限ではないか。」

 「…ああ。

 だから、出どころから止めなきゃ、こんなの徒労だ。しょせん時間稼ぎに過ぎないんだから。」

 また、煙が上がる。

 また、爆弾が落ちてゆく。

 また、数千本の矢が一斉に奔る。

 -戦は、終わらない。

 死兵と生兵の狭間に、稲葉山城は、在った。

 

                    ―*―

1324年10月15日、尾張国、熱田港

 停泊するのは、砲艦「壇ノ浦」。しかし、その上甲板には、砲艦を砲艦たらしめる巨大な大砲が見当たらない。

 その代わりに、やや沈み込んでいる艦首には、黄色地に黒で描かれた印ー放射能危険の印ーが大きくデカデカ塗られた、直方体の箱が、綱でがんじがらめになっている。

 「兄上、本当にまた、業火を、使われるの?」

 「ああ。それしかもう手段はない。」

 「…本当に、最初からそのつもり?」

 私は、兄上ー護良親王(生き返った今風貌は異なるけど)ーを、どうしても問い詰めたかった。

 「ああ。まさか残留放射線や放射性降下物の測定装置もないのに、死の灰を降らせるわけがないだろう。」

 ......??? 

 とにかく私は、怖かった。生理的に。

 ピカッ!

 ドン!

 あの光が、音が、怖かった。

 だから私は、兄上を、裏切った。

 日本のどこにも、あの業火を、現出させないために。

 「地獄」の闇を目にしてからは、その思いは、反転した。

 吉野山を呑み込む、闇。

 土佐沖で太陽をもくらませた、白光。

 人の分に勝るまがまがしさをぶつけ合ったら、あるいは、光と闇は、相殺できるのではないか。

 恐ろしい考えだ、そう震えたけれど、知子カムイシラが認めるなら、できるのだと思う。

 「桃子、俺は、確かに余計な感情で動くが、余計な感情だけで動いてるわけじゃないぞ。」

 「それが余計でも何でもなく直接にまつりごとにつながっているお二人のほうが、やっぱり私には、政治に向いているように思うわ。」

 「…そうか?

 まあ、俺は政治家じゃないからな。」

 箱を開けることはかなわないけれど、高時殿が整備した「くれえん」を3つ全部使って、骨組みにギシギシ軋み音をあげさせながら、巨大な台車に移し替えられた木箱は、それだけで、人の手を離れるべき代物に思えた。

 「…桃子様、アレならば、確かに可能やもしれないです。」

 知子が、耳を抑えながら、そう言う。

 「あれ?知子ちゃん、どうしたの?」

 「登子様...実は、近頃、声が聞こえるようになりまして。」

 「声...?」

 「はい。地獄の兵が仏典の者だけではなくなった時から、少しずつ...『八百万の神』とは、よく言ったものですね。」

 「…神様の、声?」

 「はい。付喪神に道祖神、妖怪の類までも、まあよくもこんなに...しかも皆、元からいた者だと主張してます。」

 「訳分かんないよ。だって、前は、北海道でしかカムイの声を聴けなかったんだよね?」

 「…こりゃ文観、かなり無茶苦茶だな。

 その八百万の連中を現出させたのも、武者たちと同様、あのなまぐさ坊主だろう。地獄と天国、そう百松寺の奴も語ってたしな。」

 今さら神様が出てきても、私だって驚かない。だけど、これ以上無茶苦茶にはしないでほしい。

 「知子殿、どう思う...?」

 「…もはや、捨て置けませんね。

 私は、カムイを生み出したのも、文観だと考えています。」

 え...?

 「仕組みはわかりません。ですが、とにもかくにも、神を忌避させるこの物体が、カギになる。」


                    ―*―

1324年10月16日、美濃国、稲葉山城

 「高時!落城寸前だぞ!」

 城内は、あわただしい喧騒に包まれていた。

 ー基礎技術水準に合わない背伸びがたたって、46センチ砲が暴発したのは、つい昨日のこと。それから一晩のうちに、戦況は完全に変わってしまった。

 よりにもよって、夕方から深夜まで降り続いた大雨で、塹壕は冠水。

 塹壕を水堀として踏みとどまった塹壕歩兵たちは、本当によくやった。

 それでも、ただでさえ自らの戦場である塹壕から引きずり出され、その上火薬が湿ってしまう銃砲は一切使用できず、悪視界のため砲撃支援は受けられず、横殴りの風で弓矢もまともに使えず。

 飛び道具を主体とした彼らが消滅ー文字通り、100パーセント消滅だーしたとの報告が入ったときには、もう戦況は、坂道を転がる石だった。

 重砲温存命令により、足の遅い砲兵隊が撤退。昔ながらの騎馬・歩兵戦を強いられた幕府軍は、劇的に消耗した...らしい。

 戦線崩壊。それを留めたのは、ひとえに、屈指の名城として歴史に名を刻まれるであろう山城、稲葉山城が、絶え間ない敵の突撃にも耐えしのんだからに間違いない。

 崖を登る敵あらば、崖上を爆破して埋め尽くしてやり。

 道なき道を登ろうとする敵あらば、雨の中でも問題なく燃える白リンロケット弾を撃ち込んで森ごと焼却処分し。

 燃やし、吹き飛ばし、まるで城を、山を敵ごと削ってゆくかのような攻城戦。

 それでもなお、死武者たちは、次から次へと湧いてきた。

 倒した武者は、そのままよみがえったりはせず、再び吉野の「地獄」から出てくるのだ、そう航空偵察でわかっている。ならばこれは、敵の、地獄軍の、素だ。

 敵は、過去の戦死者。

 敵は、過去のすべての戦争そのもの。

 ならば、いかにして勝てるというのか?

 答えはまだ出ないまま、朝、雨が完全に降りやんだそのタイミングで、自分たちは、火薬の備蓄を失った。

 決して、備蓄をおろそかにしたわけではない。昨晩から派手に使った自信はあるが、それでも、だいぶ残る計算だったはず。

 -そう、弾火薬庫が、吹き飛んだり、しなければ。

 もちろん、自然発火ではない...大雨で湿度が高いのに、いくらダイナマイトとはいえ誘爆したりはしない。

 事故でもない。

 もう一つの厳然とした事実ー夜明け直前から、楠木正成の姿が、無い。

 やられたか、その思いだけが残る中、自分たちは、白兵戦による防御を余儀なくされた。

 それでもなお、そう簡単には敗北するわけがない。しかし、さすがに、相手の数が悪かった。

 百曲がりの登山道は死角も多く、残り僅かな弾薬による砲撃は行えない。

 自然戦いは、曲がり角一つずつをめぐる熱戦になった。

 敵が角の向こうから現れれば、一斉に前から、断崖の上から、集中的に射かけて殲滅する。

 敵が道をショートカットしてハゲてしまった山を登ろうとするならば、燃えるもの―当然味方の死体すら―に火をつけ、焼き尽くす。

 それは、かなり一方的な戦いだったといってもいい。確実に彼我の撃破比率キル・レシオは1:10を超えていた。

 それでも、結局のところ、麓東側の味方軍と分断されてしまった時点で、籠城側は詰んでいたのである。  

 そして今、稲葉山城は、わずかな山頂部をも、陥落しようとしていた。

 「おい、高時、逃げるぞ!」

 「だがな...!」

 高氏は、高時の右腕をつかみ、気球指差し怒鳴りつけた。

 「私は守時殿から、登子殿のことを頼まれた!

 今度ばかりは、味方を見捨てることにはなるが、守時殿に成り代わって、登子殿のためにもお前を逃がす!

 それなのに、高時、お前があきらめて、どうする!」

 「…勘違いするな、、足利高氏!

 自分はまだ、信じている!」

 「何をだ!夢か!願望か!

 そんなこと言ってないで...」

 「おや、どうやら、一野治の勝利に終わりそうだね。」

 どこからともなく、百松寺歩が、面白がって笑いながら、現れた。

 「我々の知る歴史の通りだとしても、アレは、引くよ。」

 「…」

 「な、なんだ?」

 歩は、黙って空を指さす。

 未だ灰色の空、その中から、轟音が響いて、何かが、下りてくる。

 灰色のそれは、太い胴体の両側に、長大な翼をもっていた。

 胴体から、何かが落ちてくる。

 いくつも、いくつも。

 「橋本…おせえんだよ!」


                   ―*―

 高時が、命がけで信じた甲斐があったというべきだろう。

 重爆撃飛行艇、「瑞昇」。それは、4基もの大出力のエンジンを積み込み、5トンに及ぶ可載重量を誇る、完全なオーパーツ。

 その大きさは幅約40メートル、長さ約30メートルにも及び、とても木製飛行機とは思えない。

 胴体の上に取り付けられた翼には、左右2基ずつ、力強くプロペラを回す筒型エンジンが、細く排気ガスを出している。

 あらゆる意味で、ナンセンス。時代錯誤。

 「見てろよ、一野。恩返しぐらいはわけないさ。」

 橋本は、操縦レバーを前後左右に動かしながら、微笑した。

 「…兄上も、そんな笑顔が、できるのね。」

 「意外そうに言うな。俺だって人だ。人でなしだがな。」

 「それを人といっていいのか...」

 飛行艇の腹が、左右に割れた。

 バラバラと、稲葉山城の周辺に、いくつもの樽が降り注ぐ。

 「塩素ガスを生産する電気分解には、2種類ある。」

 樽は砕け、中身は周囲、雨上がりの地面に飛散する。

 「一つは、水酸化ナトリウムを副産物とする食塩水の電気分解。

 もう一つは、金属ナトリウムを副産物とする、融解した食塩の溶融塩電解。

 わざわざ難しい方を採用した甲斐があったよ。」

 完全にひしゃげた樽から周囲に飛散した銀色の塊-金属ナトリウムは、雨上がりの大地に触れ、煙を上げ始めた。

 「非常に反応性の高い金属であるナトリウムは、水とも爆発的に反応し、水素爆発を起こしながら強アルカリ性の水酸化ナトリウムを発生させる!

 焼け焦げ、腐食されて帰れ!」

 橋本理の言葉通り、発火するナトリウムは、周囲に爆発しながら飛散し、その火災範囲を拡大。同時に飛び散る水酸化ナトリウムが、死武者の肌を侵す。

 もちろん、これは、ほんの挨拶に過ぎない。

 次に投下されたのは、油ーナパームに近い樹脂燃料の樽だった。

 雨に濡れた地面でも、ナトリウムの発火力で点火されれば、延焼を止める手立てなどない。

 非常に反応性の高いものが延焼する場所では、近づいただけでも燃え移る危険性があった。そのために、犠牲は増えていく。

 そして、嵐が過ぎてもまだまだ吹き荒れる風と、「コ」の字に樽を落として着火した橋本の恣意性が、さらなる被害を生んだ。

 炎が生む上昇気流は、地球の自転によるコリオリの力によって回転する。回転は炎と可燃物を巻き上げ、たまたまいくつもの上昇気流がベストポジションーコの字型ーに収まれば、それらは中央で合わさって、一つの上昇気流として回転を始める。

 -火災旋風。それは、燃料尽きるまで死の火焔を運ぶ、炎の化身。それが、戦場に複数発生した。

 地獄からよみがえった死武者たちにも、実体化したため、驚くほど厳格に物理法則が適用されている。

 彼らは巻き上げられ、もみくちゃに燃やされ、それによる熱エネルギーは、火災旋風を新たな犠牲者へとかきたてる。

 いくつもの炎の柱が、戦場を席巻した。

 「高氏、ほらな。」

 「あ、ああ...」

 「さあ、逆襲だ。これからは、逆襲しかないぞ!」

 高時は、声を張り上げた。


                    ―*―  

1324年10月25日、美濃国、稲葉山城

 一面の焼け野原が、ずっと西まで続いている。

 橋本理は、容赦がなかった。飛行船、気球、飛行機、重爆「瑞昇」...幕府軍が投入可能な全航空戦力を投入し、西濃を石器時代に戻す勢いの戦略爆撃を実行した。

 当然、それで火薬が足りるはずはない。技術レベルでは一品物として原子爆弾や重爆撃機を製造できても、それは多大な手間をかけたからこそであって、そうした兵器を量産できるかといえばそれは違う。エンジン以上のものは簡単には作れないし、火薬だって基本は国内での硝石生産と元からの硝石輸入に依存し、それは結局、数年前に埋めた発酵原料と元行きの船団の積載量に制限される。現状、幕府は使用可能なすべての船舶を八幡からの鉄輸送と元からの硝石輸入に当てていたが、この時代には20メートル越えの船すらまともに存在しないため、カツカツで輸送量は頭打ちとなっていた。

 彼は、ここでもまた、未来技術に頼った。

 液体性の燃料が、気化しながら爆発すると、爆発物の半径の関係で、非常に強力な爆風を発生させる。これを、燃料気化爆弾と言う。

 橋本の知識と才能を以てすれば、燃料気化爆弾の再現もたやすい。さすがに燃料の精製ができないので2007年にロシアが実現したような核爆弾並みの威力こそ再現不可能だし、あくまで巨大な爆発なので核爆弾と違って量子レベルの高エネルギーで「地獄」にダメージを与えることもできないが、半径0,5キロほどをまとめて吹き飛ばすには何の問題もない。

 この燃料気化爆弾「焦1号」が、2桁で西濃に投下された。そしてそれは、地域そのものから敵を滅亡させるには充分...というか過剰だった。

 焼け野原に敷かれているのは、頑丈に固められた道路である。その上を、車輪付きの台に乗った大砲がゾロゾロと移動していく。

 「橋本…礼を言うよ。」

 「なに、時乃のためだ、礼はいらない。」

 この場にそろっているのは、自分たちが未来人(?)だと知っているメンバー全て。

 得宗家から、自分、登子、あや。

 赤橋家から、英時。

 足利将軍家から、高氏、直義、桃子殿下、知子。

 新田家から、義貞、勾子。

 陰陽師、百松寺家から、オブザーバーとして、歩、祈。

 桃子殿下は大覚寺統の代表として、知子はアイヌの全権として、あやは松浦家筆頭としてもいる。

 さらに微妙な立場なのが橋本理で、死んだ護良親王と紹介するのは当然許されるはずもなく、彼が何かしようとするには誰か事情を知っている者が助けてやらねばならないのが現状だった。   

 ともあれ、キーパーソンはそろった。  

 「改めて、これからの作戦を説明する。

 一、あらゆる手段を尽くし、吉野山へ向かう。

 二、地平線まで破壊しかねない核爆弾を、安全に吉野山まで運び込む。

 三、自分と登子、橋本が『地獄』内部に侵入し、百松寺家が核爆弾を内部へ転送。

 四、文観を打倒し、核爆弾を起爆。天国と地獄を現世から切り離す。」

 「…高時、本当に、いいのか?死ぬんじゃないか?」

 義貞が、心からの心配を伝えてくれる。本当、自分にはもったいない仲間たちだ。

 「登子が良ければ。」

 「…登子、どうなんだ?」

 英時が、登子にきついまなざしを向けた。

 現状、守時が死んだ今、英時の縁者は登子ただ一人。どうしても、「良くない」と、言ってほしいのだろう。

 「ううん、方法は見つからないし、状況は悪化してる。私は...もっと生きていたいけど、高時と一緒なら、本望、かな...」

 「そうか…」

 高氏と英時が、目を伏せた。

 「高時様...」

 「あや、得宗家を頼めるか?」

 「…はい。このような時に備えて得宗家や幕府内での支持を増やしてきたわけではございませんのですが...」

 しかし、子供のことを思えば、自分たち亡きあと、あやが最後の頼みだ。きっとあやなら、登子の子であっても己の子のように育ててくれるだろう。

 「良かったな、仲いい奴が増えて。」

 橋本が、乾いた笑いをした。未来では学会やらなにやら忙しかった橋本やトキにしてみれば、比較的近い年齢の仲間がたくさんいる状況は、結構目新しいものらしい。

 誰もが、無謀、というより文字通り必死な作戦を、他に手はないと言われつつも、引きとめようとしてくれる。

 けれども、もう、引き返せない。

 「…兄上も、本当に、良いの?」

 「なんだ桃子。これは俺が証明した解法だぞ。」

 「…そこの執権正室のために、兄上は戦ってきたんでしょ?だったら、自らのみならず、登子殿までも犠牲になるような作戦を、許容できるの?」

 「できるわけないさ。でも、自身で納得していることを否定できるほど、俺は今の時乃に権利もないし、何より時乃に従うさ。

 そんなことより、お前らこそ、いいのか?

 俺には、なぜ楠木正成が裏切ったかわかる。お前ら、大丈夫か?

 俺がよみがえれたように、お前らの因縁の相手もまた、よみがえっている公算が高いんだぜ?」

 そんなことは、とうの昔に、覚悟しているさ。

 「…橋本くん、貴方が私たちのことを心配してくれてるのはわかる、だけど...」

 私たちの間にひびを入れないでほしい。そう、登子は言いたいんだろう。そして、人類一の頭脳を持つ男は、察してかそれ以上言うことはない。

 「…とにかく、今はこれしか手段がない。脱出の見込みは...」

 「ないわ。兄様も私も、あの中では保有する空間系の能力すべてが使えないし、第一私たちは向後のためにも消えるわけにはいかないから。」

 「そうか…」

 改めて事実(?)を突き付けられると、辛いものがあるな。それに何より、百松寺兄妹が「すべての時空間に同一に存在する」と言ってるのが正しいなら、彼らの中では、自分たち3人がこの作戦でいなくなることは、歴史上の規定事実に過ぎないんだろう。

 「なら、仕方ないな。」

 とうとう勝利への道筋がついたというのに、雰囲気はさながらまさしくお通夜。

 -いや、お通夜そのもの、なのかもしれない。

 けれどそれでも、やらなくてはならない。人には、人によっては、死ななくてはならない時が、在るのだから。

 「-これはあくまで、歴史を変え、多くの人の運命をもてあそんだ、贖罪だ。

 だから、関係各位には、この話を美談にはしないでほしい。

 くれぐれも、自らを犠牲にして、世界を救った男、などと、俺のことを記録に残さないでくれ。」

 -それは、橋本の、たぶん最初で最後になる、反省の言葉だった。

 橋本、やっぱ3人、似た者同士だったな。

 「…自分からも、頼む。」

 「私も。こんな、世界のために誰かを犠牲にするなんてこと、もうあってはならないから。」

 3人、頭を下げた。

 全員、呼吸が止まるような静寂とともに、うなずいた。


                    ―*―

1324年11月8日、山城国、山科

 かつて、六波羅探題に大覚寺統軍が奇襲をかけた際、京を脱出した探題軍は、山科の地で楠木軍に背後から襲撃されて全滅した。

 そして今、山科の地を満たすのは、楠木正成率いる死武者軍30万。

 ここのところ敵の数のインフレがひどいのでついつい少なく思ってしまうけれど、もちろん時代錯誤の非常識な敵兵数だ。そしておそらく、敵の全体数の1割に満たない。

 さすがに旧大覚寺統軍を差し向けるわけにもいかない。だから今回は、ある意味では最後の、幕府勢力と大覚寺統勢力の合戦ということになった。

 そして今回、あきれたことには、合戦は、陸上だけでは、終わらなかった。


                    ―*―

 「おい幕府空軍、何してやがる!」

 橋本くんが、見てられんと言って怒鳴る。

 「もういい、俺が指揮する!」

 「え、し、しかし...!」

 「符丁は覚えてる、時乃、いいな!?」

 「…おけ。私が許可するよ。」

 「と、登子様!?」

 「早く!」

 私だって、怒鳴らざるを得ない。だって、西の空に浮いてるのは、どう見たって、飛行船、なのだから。

 死武者たちの武具が傷ついていることから、私たちは、彼らの武具は持ち主が死んだ時点の状態で持ち主とともによみがえる、そう推測していた。だから、持ち主の護良親王が死んだ時点では自沈して大破していたはずの飛行船「飛電ヒンデンブルク号」については、飛べる状態でよみがえることはないと楽観視していた。

 その他の強兵ツェッペリン型飛行船については、軽くは見ていけないとはいえ、制空権を確保できる代物でもないし、飛行機も撃墜時にしか乗員が死んでいないなら飛べる状態で残ってはいないだろう、だから、空を独壇場に空地同時侵攻で圧倒することが可能だ、そう、私たちは踏んでいた。幸い「地獄」の世界観は仏教のそれで、キリスト教のように天使や悪魔が自由自在に空を飛び回りはしない。だから、空において慌てるべき事態にはなるまい、と。

 「橋本くん、どうなってるの?」

 「ありえるのは、持ち主ではなく、その武器に関係する人間が死んだ瞬間の状態、か。どの時点で被爆の死者が出ていたのか知らないが...」

 「…それか、実は全く関係ない、むしろ恣意性の賜物って可能性もあるよ。」

 「だとしたら、考えたくない事態だぞ。ラスボスは、人3人の情報を17年間700年前に送信するだけの力があるんだからな。

 まだ直接に介入しないでほしかったんだが...

 しかし、文観は原爆の存在を知らないはず...『壊一号』の洋上核実験は口外を禁じたし...」

 「橋本くん、あそこには、私たちが持ってるのと同じ、原爆があるんだよね?」

 「ああ...俺の仮説通りなら、全く物理学的に同一な...」

 橋本くんが、「ああ、質量保存の法則どうなってんだよ」と頭を掻きむしってる。

 へー、橋本くんでも分かりそうにないことがあるんだ...

 「とにかく、だ!アレが墜ちちゃみんなお陀仏だ!

 対空砲、対空機銃、全照準!

 気球部隊、飛行機部隊、急行せよ!」

 橋本くんが、叫びながらも手旗信号を送っている。

 「何か、方法はないの?」

 「…飛行船の飛行高度では核爆発の巻き添えは避けられない。本来の搭載目的はあくまで、敵の攻撃を受けずに輸送すること。

 仮説上、鎌倉上空に到達した時点で時空間に相当なゆがみが生じ、核エネルギーの全量が俺たち3人をこの時代からたたき出すのに使われるはずだったから、『飛電ヒンデンブルク号」においては投下後爆発から逃げる方法は考えなかったし。

 でも、あの飛行船の目的は違う。純粋に制圧目的で原爆を使うなら、味方に地上の安全を確保させるわけにいかないし、空中で爆発させたら飛行船が耐えられない...

 ありゃ、味方の被害を顧みないでやろうとしてやがるな。ああいう手合いは打つ手が少ないぞ。

 正面から撃ち落とすしか...」

 引火が怖い水素飛行船のはずなのに、「飛電ヒンデンブルク号」からは幾筋もの白い筋が伸び、気球や飛行機へと向かってゆく。

 複葉飛行機が、機体を斜めにして、右へ反り返るように、ロケット弾をよける。

 黒い気球が、上の風船部分に穴をあけられたのか、一気に墜落していく。

 なかなか、空軍機は、飛行船に近づけないでいる。

 「さすが、原爆輸送機は簡易版の量産『強兵《ツェッペリン』型とは訳が違うな。」

 ...感心してる場合?

 「ロケット弾で弾幕を張るか...だがロケットには限りがある。さて、どうする?」

 ...手ずから設計したものとの戦い、楽しそうだね。

 「飛行船『強兵ツェッペリン五号」、上を取れ!

 爆弾投下!」

 何人もの協力を受けて構成される手旗信号によって、私たちの上空で爆撃準備を整えていた飛行船が、敵飛行船を目指して前進していく。

 汚れた日の丸を船腹に目立たせる2機の飛行船が、徐々に上下に重なっていく。

 「ちょっと待って、誘爆したらあの五号船が巻き添えにならない?」

 「…少なくともその程度では爆発しないだろ。俺を誰だと思って...あ」

 「…どうしたの?」

 「…アレ、何事?」

 

                    ―*―

 何としても、正季の仇は、取る。それが、あの長篠以来の、決意だった。

 最初は、無理にでも、幕府が悪いんじゃないかと思いこもうとしていた。

 それでも、護良親王の霊を見かけたとき、合点がいってしまった。

 霊は、北条登子殿とともにいた。

 そういえば正季も、登子殿が現れたために...

 だいたい、事情が分かるー

 -最初から、護良殿下、高時殿、登子殿は、グルだったに違いない。この事態を招いてしまったことからすれば、幕府の中心人物と大覚寺統の中心人物が裏で手を組んででも文観の対策を取らざるを得なかったことはわかる。

 けれど、理性ではないのだ、感情なのだ。赦せないのは。

 ーだから、稲葉山で正季を見た時、すべてを投げ捨てた。

 麾下の部隊の砲兵隊を闇夜に紛れて逃がし、弾火薬庫と一尺五寸砲に火を放って、腹心とともに下山、砲兵隊を引き連れ、正季に合流する。

 日本を捨てても、正季を、一族郎党を取る。一択。

 悪党と呼ばれ、さげすまれた日々。

 荘園領主からの訴えで幕府軍に攻められ、山に隠れて木の根をかじった日々。

 ともに、護良殿下の誘いに乗るか悩み、乗った以上は一蓮托生と酒を酌み交わした。

 それが今や、目の前で、片や生者、片や死者。

 -もう、日本が鬼や牛頭馬頭や亡霊に滅ぼされようと、世界が地獄に押しつぶされて消滅しようと、どうでも、良かった。

 そして今、護良殿下自らが作り、土佐沖、はるか海の向こうで見せてくれた、業火、地獄の業火で、仇を取る時が来た。

 殿下、執権殿、奥方殿…

 「兄上、敵の飛行船が、上に!」

 「何!?」

 まずいな、何か落とされたら迷惑だが...

 -その時、声が、聞こえた。

 「おや、大分、苦労してるようだね。」

 だ、誰だ!?

 「兄上、前!」

 前?前には、何も...!

 目の前に、なんだこいつは!?いつ!?誰!?どこから!?

 「兄様を、ぶしつけに睨まないの。るわよ。」

 こ、今度は、後ろ!?

 「やあ、突然失礼するよ。ちょっと、こんな簡単に核兵器が手に入るとは思わなかったものでね。」

 「感謝するのよ。この百松寺と兄様に目をつけてもらえるなんて、めったにないことなんだから。」

 「祈、スキャンは?」

 「びっくりよ、まさか、完璧なウラン原爆を14世紀でお目にかかれるなんて。広島型の3倍は出せるでしょうね。こんなもの独力で完成させる頭脳...ほしくない?」

 「そんなもんは後でお駄賃にでもいただいておくとして、とりあえず、まさしげクン、まさすえクン、火遊びは危ないよ。没収だね。」

 男が、いつの間にか男の後ろにあった、あの地獄の業火、「壊二号」、卵型の巨大な黒を、右手で撫でた。

 男も、「壊二号」も、もやのようにぼやけて、消失した。

 振り返れば、女も姿かたちもなく、正季が腰を抜かしていた。

 「う、奪われた、のか…!?」

 妖術?呪術?幻術?鬼術?

 いったい...

 その時、腹に、冷たい感触がした。

 ...刀?なぜ、腹から突き出て...

 「正季…?お前、いったい何を...!?」

 正季の目が、冷たい。

 「兄上、兄上には、もう少し、期待していたのに...

 しかたない、これも文観様のため。

 こちら側に来て(死んで)もらおう。」

 腹の刀が、回っている。

 正季、まさか、殺すというのか、この兄を...!

 

                    ―*―

 「正成…そうか。

 ロケット『天龍1』、あの飛行船に向け、発射。」

 「…えっ」

 きっと、橋本くんの超人的頭脳が、わずかな変化から、AからBCDをすっとばしていきなり解Zを算出したんだと思う。こういう時の橋本くんは、もうほとんど、未来が見えているのと同じような状態だから、絶対に邪魔しない。定期テストの予想問題だって、心理分析・誘導その他で全問当てて見せたし。

 V1ミサイルが、爆炎噴き上げ、戦場の空を真っすぐ飛んでいく...相変わらず、音がひどい。まあパルスジェットエンジンだから、ボンボン断続音が響くのは仕方ないんだけど...

 ...ホントに、大丈夫?原爆に誘爆しない?

 「天龍1」ミサイルは、飛行船の頭に突っ込んだ。

 飛行船「飛電ヒンデンブルク号」が、頭から、横腹から、上から、赤い舌のような炎をのぞかせた。

 そのまま、敵兵の頭上へ落下していく巨大飛行船。

 -最後まで、私が心配した、核爆発は、起きなかった。

 飛行船が墜落して敵軍にひときわ大きな爆炎が上がったのち、味方の飛行船からの空爆も始まって、私たちは、勝利できた。

 -いくら調べても、核爆弾は見つからなかった。


                    ―*―

 1324年11月19日、山城国、宇治

 「父上...」

 私は、川向うに無限に広がる敵陣を、きつくにらみつけた。

 ...あの護良親王が、覚悟を求めたのも、道理だったともいえる。

 いつか、父上と、話したことがあった。

 「どうして父上は、幕府に尽くされるの?」

 「…家を、守るためだ。」

 「家...?でも父上は、おじいさまの仇を、取りたいのではないの?」

 「…そう思わなかったかと思えば、うそになる。しかし我が父上は、元寇のおりより、幕府に尽くされることにより、武家のため尽くされることにより、安達の家を守ってこられた。それはご先祖様皆同じ。

 勾子、これだけは忘れるなよ。家というのは、代々の人々が、子供たちを守り、次へ続いていってほしいと願った、想いなのだ。」

 「うん、わかった!

 私も、強くなって、安達家守る!」

 ...あの頃は、平和だった。だけど、今とどちらが幸せなのかと言われたら...

 「義貞、私に新田軍の指揮を任せて。」

 「…勾子、あれ、安達の旗だってわかってるよな?」

 「義貞、義貞が気づいて私が気づかない物事なんて、今まであった?」

 「…大丈夫なのか?」

 「まさか。でも、手加減はしないわ。」

 「…やけになるなよ。」

 「なるわけないでしょ。いいから任せて。

 ...帰ったら、何かご褒美ちょうだい。」

 「わかったから、帰って来いよ。」

 「それは私の言いたいこと。」

 まったく、頼りないくせに、頼りたくなっちゃうじゃない。

 私は、馬に鞭打って駆けだした。

 郎党が続いてくる。すっかり、私になじんでしまったらしい。

 ーもちろん、白兵戦だけで勝とうだなんて、そんなことは思ってはいない。ただでさえ数が違うのに、父上たち安達の兵と戦ったら、まず負ける。

 だけど、私は一人ではない。

 旗を掲げる。

 すぐに、砲声が後ろから聞こえてきた。登子様は、私のこと、私の強さを、やはり信じておられる。

 登子様と高時様は、この作戦について、こう言っていた。

 「今、宇治川の向こうに、安達軍が布陣しているのは知ってると思う。それ自体は5000がせいぜいだから、あんまり問題じゃない。だけど、せっかくだから、確かめておきたいことがあるんだ。」

 「勾子、私たちが頼むことは、とっても残酷なこと。だから、いやなら断って?」

 「…最近、幽霊であるはずの死武者も、生きていたころのように統率が取れて、生きていたころの所属に合わせて行動している可能性が明らかになってきた。だけど、過去の死者もいるから、当然トップを決めるのも楽じゃない。その辺の統率はどうなっているのか、そして、幽霊であるからには成仏させることができるのか。そういうことは、これまで遠距離から火力で殲滅してきたから、ほとんどわからない。」

 「だから、あの中に白兵戦を挑んで、できれば御父上を成仏させられるか、試してほしいの。」

 お二人とも、本当に私が首を縦に振るとは思ってなかったみたいだし、護良親王なんかは露骨に「裏切るんじゃねえの?」とか失礼なことを言っていた。

 それでも、しっかり支援してくれる。今も他の渡河地点では、高時様やあや姫様の直卒軍が、私たちに邪魔が入らないよう戦っているのだから。ありがたいことだ。

 「渡河用意!

 援護班、構え!」

 要塞歩兵砲と弓矢の部隊が、その場で立ち止まり、弾幕射撃を始める。

 敵の弓兵がこういう時には向かい岸で待ち構えている、それが父上が生きていたころの定石だったけど、高時様によって戦のやり方は大きく変わってしまったから、古い定石に従って布陣した弓兵たちは人ひとり分の間隔で放たれる矢ぶすまと銃弾にくし刺しにされて見る影もない。

 「渡るわよ!」

 外側に銃兵、弓兵を配置した魚鱗の陣で、川へ馬を突っ込ませる。

 矢は、飛んでこない。

 あっという間に、川を渡ってしまった。

 「斬りこむわ!」

 号令に、一糸乱れずついてくる新田兵たち。安達の兵に劣る様子はない。

 弓兵、銃兵は敵の弓持ちを優先して攻撃、その上で、内側からかわるがわる出てくる太刀、なぎなた、槍持ちが、近づいてきた敵の兵を直接攻撃する。そういうつもりだったから、純粋に兵の強さが響いてくるんだけど...

 「右に弓兵!」

 「左、お前行け!」

 「おい、誰か援護!」

 ...うまくいってるって考えていいのか...

 ちょっと、身体がうずいてきた。

 「私も出るわ。」

 「あ、姐御!?」

 「…誰が姉ですって!?」

 父上の形見のなぎなたを構え、私は馬を前に出した。

 今さら、父上直々に手ほどきを受けた私が、雑兵に負けるはずもない。

 なぎなたをはじき返し、深々と突き刺す。

 太刀を受け止め、ひもがついた短剣を眉間に投げつける。

 ひもを引き抜く勢いで、横へと短剣を振り、右から槍で突こうとしていた兵ののどを刺す。

 なぎなたで短剣のひもをからめとり、今度はなぎなたをずっと下に下げて、馬の脚を殴りつける。前足が斬られた馬は、前のめりに倒れるしかない。一緒に倒れた武者ののどを、なぎなたの刃で掻っ切る。

 「姐御、かがんで下せえ!」

 背中の上を、矢が何本も飛び去る風圧。

 敵兵が崩れ落ちる音。

 「矢を無駄遣いしない!」

 「すいません!」

 貴方たち、謝っても遠慮なんかしないでしょ。

 私たちはそうして、砂塵舞う戦場を戦った。

 ...

 ...

 ...

 ...もう、何人、斬っただろう。

 「どう!?まだいける!?」

 「行けますぞ!」

 「先にへばるわけ...ぐはぁ!」

 ...質問が、ちょっと早かったみたい。

 「皆、下がって。」

 「あ、姐御!?」

 「奥方様、おあぶのうございますぞ!」

 うっさいわね。

 「あれ、父上よ。」

 「…え」

 仁王立ちして、こちらをにらむ、いかにも鍛えている風体の男。父上、安達秋田城介時顕に、間違いなかった。

 「…貴様...

 私は安達秋田城介時顕と申す者。一騎打ちを所望する。いざ尋常にこられませい!」

 ...一度一騎打ちを挑んで、騙し討ちに近いやり方で撃ち殺されたというのに、何考えてるんだか。

 「…私は新田秋田城介勾子!一騎打ち、受けて立つ!」

 わずかに、父上の顔色が、変わった。

 ...実際には高時様たちは違うことを頼みたかったのかもしれないけれど、父上と語るには、剣を以てするのがもっともだ。

 私は、新品の短剣を懐から取り出し、なぎなたを構えなおして、馬を降りた。

 父上が、なぎなたをブンと力強く振る。風が、ここまで届く。

 腕の長さ分、距離では少し不利。腕力ではさすがに及ばず、武芸も勝っているとはいえない。それでも、投剣がある分、有利なはず...

 ならば、相次ぐ戦いでの疲れが響いてくる前に、決着をつける!

 私は、両手でなぎなたを固く握り、一気に飛び込んだ。

 ガシッと音がして、なぎなたが受け止められ、その衝撃で、無理に動きを止められた袖から、勢いのままに短剣が飛び出す。

 カッ!

 父上は、短剣を、なぎなたの柄で受け止めた。

 「ふむ...勾子、そなた、投剣は大してできなかったはずだが、いつの間に忍びのごとく使いこなすようになった?」

 「…身近に、投剣しか使わない方(あや姫)がいるの。」

 「なるほど。

 …もう一つ、安達家は、どうなった?安達の旗を見ない。」

 なぎなたを離し、短剣を引き寄せる。

 「…安達家は、滅びました。」

 「滅んだ?」

 突きを入れてきたのをなぎなたの先でいなす。

 「顕高兄上は亡くなられ、私が新田義貞様に嫁いだことで、安達の家名はなくなりました。」

 「…勾子」

 低く切り払ってくる刃先を、上から突き降ろしたなぎなたで、地面にたたきつける。

 「すみません。私は...」

 「…そうか、時代は、変わったのだな。」

 地面から跳ね上がってくるなぎなたを、横に持ったなぎなたで受け止める。

 強い力に、だんだん、抑えきれない刃先が、のどもとに上がってくる。

 「…父上は、まだ、私に、『安達家』で、縛られていてほしい?」

 「むろん。家は、想いだ!」

 なぎなたを傾かせて、父上のなぎなたがその下を斜めに滑るようにする。

 「それは、父上のように亡くなられた方々の想いのために、私たちの想いを我慢すべきということ?

 私は、安達の想いも、私の想いも、一緒であってほしい。

 父上や祖先の想いは、本当に、家を続かせること?

 …私たち家の者が、幸せであることでは、無いの?」

 「…そうだ、な。」

 父上のなぎなたの刃先が右手に迫るとともに、なぎなたに添えていた右手を離し、右の袖の短剣を出す。

 短剣は、狙い通りに父上の右手へ。

 「…勾子、家を守らなくても、幸せを、守れるか?」

 なぎなたが、ゴツゴツした右手ごと落下する。

 「私一人では無理でも、義貞や、皆となら、楽勝よ。」

 「…そ、う、か…」

 父上の姿が、急にかすんでいく。

 灰のように細かくなって、風に散ってゆく。

 「勾子、強く、なった、な...」

 サラサラ…

 「…

 皆の者!まだまだ戦は終わっていない!ボヤっとしないの!」

 私は、過去を、振り返らない。

 ーだからせめて、誰も気にしない戦場ぐらいでは、泣かせてほしい。


                    ―*―

1324年11月28日、難波港

 私は、前方にあふれる小船の群れをにらんでいました。

 すでに、罠の用意は整っていますわ。ただ、心の底から気乗りしないだけで。

 ー勾子様のおかげで、地獄から来た死武者について、いろいろわかってまいりました。

 ・死武者にも、意思があり、極めて緩やかな指揮体系を持っているらしいこと。

 ・死武者を、「納得させる」などで、成仏させられる可能性があること。

 だから、私は、検証のためにも、そしてけじめをつけるためにも、難波に現れた大船団の討伐を引き受けました。水軍と言えば松浦、松浦の者がいないはずはないですから。

 とはいえ、いざとなると気乗りはしないし、それにまさか敵船が海を埋め尽くすほどの数とは思いませんでしたわ。

 明かに1000では利きませんが、、日本人はまさか、こんなにも海で戦を...それは私も白村江の戦いぐらい存じているけれど、どことなく人の愚かさを伝えているような気も致しますわね。

 髪の毛を瞳と同じ赤と翠のひもで結び、ポニーテールにくくって、真っ黒なセーラー服と履物ストッキングを確認し、私はやっと一息つきました。

 …まったく、登子様さまさまですわ。このすぐに痛くなる白い(アルビノ)肌を覆いながら、戦場で動ける身軽さを維持できる服装。これがなかったころ、私、どうやって野外で行動してたのかしら…思い出すのは楽しいことではないですわね。

 「旗艦『屋島』以下各艦!右一斉回頭!」

 ずらっと並ぶ砲艦「和賀江」「石橋山」「屋島」。今までの戦船など丸木舟とたいそう変わらなく見えてしまう、冗談みたいに大きな船。しかも、煙を吹く蒸気機関のおかげで、帆や艪じゃ叶えられない移動性を誇ります。

 布陣は、「和賀江」と私の「石橋山」が横並び、その先に「石橋山」がいて、3隻とも敵船団に腹を向けている状態。これだと実は主砲を撃つと傾いて転覆しかねないのだけど、小船相手ならそんなものいらないですわ。

 帆の力で敵の船団に近づきます。すごい数の旗に紛れて多くの船は見えなくなっていますが...気にする必要は薄そうかしら。

 「押しつぶせ!」

 おっと、京で身に着けた丁寧な言葉遣いが崩れてしまったかしら...まあ私の知っている方々はこの程度で今更幻滅なさらないでしょう。

 改和賀江型砲艦の力を知り尽くしている男たちは、微動だにしません。

 やがて、慌てて避けようとする小船たちに、黒く塗られた鉄の船体がぶつかり、小舟がきしむ音がします。

 カツ!カツ!

 かぎづめが甲板に引っかかる音…普通の船とは高さが桁違いなのに、よくとどくものね。

 私は、船べりまで近づいて覗き込みました。

 …なんだ、熊野水軍ですか。用ないですわ。

 爆竹を投げ込めば、かぎづめに付けた縄をよじ登る余裕などなく、あちこち燃え始めた船の中であたふたしているようです。

 それからしばらくは、私たちはただ、大きさに物を言わせてぶつかり、適当に燃えた油など注ぎ込むだけで、矢もロクに届かないところから小舟を沈めていました。

 ですが、気乗りがしないことほど、ちゃんと、実現してしまうものなのです。

 「…松浦の旗。

 『屋島』『和賀江』、全速前進。あの松浦の船団をはさんでくださいな!」

 煙をもうもう吹き、2隻の砲艦が、敵船の群れを正面突破していきます。

 少なからぬ敵船が舳先に砕かれているけれど、知ったことではありませんわ。

 船が後ろに波を引く様子は、黒船を預かって初めて見ましたが、ふと考えるとすさまじいものですわね。

 「姫様、挟みました!」

 向こうの「石橋山」との間に、ひしめく船。松浦家の、それも、元寇の時の軍船です。

 「巻き上げの旗を掲げてくださるかしら?」

 「はっ!」

 号令とともに、海上からの矢が届かないようにかがんだ兵たちが、船べりから垂らした網を巻き上げていきます。

 特注して、こうした際のためにずっと積みっぱなしにしていた大網。片側は「和賀江」、もう片側は「石橋山」で巻き上げ、海中深くにくぐらせていた部分を海上に出すことによって敵の軍船を魚のごとく捕まえるためだけの大網ですわ。結構冗談のつもりの装備だったのですが...

 セーラー服のスカートのポケット(慣れましたが、未来の言葉は独特な響きですわ)から文を取り出し、矢に括り付け、適当に近くの小船に射かけます。

 さて、吉と出るか、凶と出るか。

 蒸気機関を思い切り動かして大網を張らせると、小船たちが大網の上でちゃぷちゃぷしています。

 「おい、俺を呼んだのは、どいつじゃあ!」

 「私ですわ!佐志房様かしら!?」

 「そうだ俺が、松浦家当主、佐志房じゃあ!」

 大当たり。…なかなか、暑苦しいお方ですわね。

 「私は松浦家第一位、執権北条高時様が側室、あやと申しますわ!お話がしたく、多少失礼ながらも引き揚げさせていただきました!」

 「ほう、網で船を捕ろうとは、根性あふれてんじゃあ!

 俺と話がしたいなら、顔見せいや女子!」

 はいはい。

 私が船べりまで行くと、ビュンッと音がして、髪の毛が少し、宙に舞いました。

 わあ、後頭部が軽い。…登子様が下さった高時様お気に入りのポニーテールを傷つけた罪は、重いですわ。

 やはり、得物は銛。上向きに、海へ飛び込むのにためらいを覚える高さまで投げて見せるとは、恐ろしいものですわ。

 短剣を右手で投げ、左手にかけたひもで回収。これを3度すれば、弓兵の弓弦は3本とも切断完了。

 「私は、話をしたいと言ったはずですわ!いいから銛と弓から手を放してくださいな!短剣で止められない以上、直に心臓を狙うしか思いつきませんわよ!」 

 いきなり、殺す気でしたわね...さすが元寇の時の松浦氏の総大将…

 大網は頑丈であっても、太刀で斬りつければ斬れてしまいます。あまり時間がないなら...

 「吉蔵、この船は任せますわ。私は、話をつけてまいります。」

 「いやいや、斬られないでくださいよ?」

 「…高時様、登子様とも残りわずかだというのに、斬られてどうするのかしら。」

 私は、適当に小船の一艘に狙いをつけ、鉄砲二丁と短剣、毒の確認をし、船べりを飛び降りました。

 ジャブっとしぶきが上がります。

 ...大丈夫、誰かに突き飛ばされたわけじゃない。

 「…女子、なかなかやるじゃあ!」

 「佐志房様こそ、よくもまあ上まで銛を飛ばせませたわね。」

 「これぐらい楽勝…

 ん?女子、その目…」

 …気づくの早い。

 「…そうですわ、私は...」

 「神の使いかあ!」

 「…馬鹿かしら!?」

 知り合いに神の使い(カムイシラ)様がいるだけに、反応しづらいですわ。

 …この男、筋骨隆々ではありますが、脳みそは綱様にずっと劣ってそうですわ。

 「…状況は御存じかしら?この目はあくまで、夷人のものにございますわ。」

 -佐志房様の顔色が、変わった。

 「夷人の血…か?そういえば、泉殿に似て…」

 「泉様は私の祖母君にございますわ。」

 …さすがに、気づくでしょう。  

 「…泉殿、そういうことになられたか…」

 「そうですわ。私の血の四分の一は、佐志房様たちの忌む、蒙古の血にございます。

 …佐志房様、いかが思われるのかしら?」

 「…女子、俺に、赦しを請うのか?」

 赦し…そうですか。

 「今さら、赦していただこうとは思いませんわ。私は松浦は嫌いにございます。」

 「ならば女子、何故、俺とはんそうと思ったんじゃあ?

 …俺は、こうして霊となっても、奴らが憎い。しかし女子は縁者。情も湧く。

 女子も、同じじゃあのうか?

 …愚かな子孫が、すまんのじゃあ。」

 …今さら

 「今さら、謝らないでっ…っ!」

 私は、なぜだか、佐志房様に、抱きよろうとしていました。

 …いや、私はきっと、佐志房様に、ご先祖様に、「父」を、見たかったのでしょう。   

 「…私としたことが、気の迷いかしら。」

 私は、左袖を強く振りました。

 佐志房様が右腕を回し、回転する銛で、私の短剣をはじきます。

 「…やはり女子、いかに夷人の血が流れようと、言葉を気を付けようと、嫌おうとー

 -そなた、『松浦』じゃあ!」

 「…誉め言葉と受け取りますわ!」

 「おどりゃ手え出すんなよ!」

 銛を再び両腕で構える佐志房様。

 隙は、一本目の銛を投げてから、二本目を手に取るまで…

 「受けてみい!」

 こぶのように腕の筋肉が盛り上がり、槍なんかとは比べ物にもできない、クジラほどの長さがある銛が、風をまいて飛んできます。

 「できるわけないでしょっ!」

 ブンと豪風を伴う銛を、身体を後ろに倒して足を前へ滑らせて避けます。すぐ上を銛が通っていく様子はぞっとしませんわ。

 のけぞるその勢いで、スカートの内側、太ももにかけておいた短剣が、ヒヤリ肌をなでて前へと飛んでいきます。

 「くっ…

 女子、やるじゃあ!」

 …短剣を投げる利点は、さりげない動作でも不意を突いて刺突を行えることだというのに、足を上げて2本同時に受け止めるとは、どういう目をしてらっしゃるのかしら。

 「…止めた止めた。おぬしの血(蒙古のこと)も、もう、忘れるべきじゃあ。もう、恨みは捨てるべきじゃあ。」

 佐志房様が、二本目の銛を投げ捨てられました。

 「…女子!これからは、おぬしらの想いに従い、前へ進む時代じゃあ!天より見ておるぞ!」

 輪郭からぼやけ、消えていく佐志房様と、配下の松浦軍の兵士たち、そして、小船までも...

 「漕ぎ進め、若人よ!

 広い海が、おぬしらをまっておるじゃあ!」

 

                    ―*―

1324年12月13日、大和国、平城京北部

 すでに、「地獄」は膨張を続けて、吉野山も周囲の山々も全く姿はなく、上側は雲の上に隠れてしまったためにもはや闇色の半球に見える。

 頭の中では、「地球というボールに食い込むように張り付いた、中身の見えないビー玉」のイメージが、常にちらつく。

 「…百松寺」

 「何?兄様を呼び捨て?」

 「百松寺祈」

 「…まあいいわ。あと、兄様以外の男とあんまり話したくないんだけど。」

 えー...コイツ社会性動物としての限度ってか限界ってもんがあるだろ…

 「アレ、『地獄』、どうなってるんだ?見たところ、地中にも食い込んでるし、どうやったって気流に影響与えるだろ。現世とは量子力学的な重ね合わせ状態なのかと思ったが... 」

 「確かに無生物、霊魂のないものには重ね合わせ状態だから、影響は軽減される。それでもなお、時空そのものの影響…SFチックに言えば時空震の影響までは抑えようがないから...」

 「…何か悪影響があるってことか?」

 「悪影響は既に出てるけどね。」

 …?はて、天変地異なんてあったか…?

 「時空震は、因果律に影響して、汎次元平面を通して他の次元に干渉する。だから、貴方たちが元いたところにも、1325年の正中地震震度7という形で影響は出てる。その他、科学では齟齬が出るような、あるいは被害の伝承に反して物証が見つからないような災害には、こうした他次元での時空震が関係することが多いけど、仕組み上つじつまが合ってしまうからなかなか誰も気づかないのよね。」

 「…おい待て、他の世界で大地震が起きるような悪影響があるなら、ここはどうなるんだ?それ以上の悪影響が...」

 「タイムリミットはあるわ。大丈夫、春、雪解けまでに消滅させれば、一般的な範疇で収まる…間違えた、収めてるから。」

 「お、収めてる...」

 …コイツら、ほんと違う世界観で生きてるな...今さらだが。

 「そうできなきゃ、とっくに私たちによって世界が消えてるわよ。自分が付けた傷ぐらい自分で治せなくてどうするの。」

 ...俺は、その言葉に、少しの違和感を覚えた。しかし、首を振って余計な感情をそぎ落とし、課せられたタイムリミットについて考えることを優先することにした。

 …膨張ではなく存在そのものが世界を揺るがす危険がある以上、万が一にも「地獄」を安定化維持させるわけにはいかない。

 …もって半年、期限付きのよみがえり、か。

 「…なら、今日からの作戦は、まさに天下分け目だな。」

 「…あら、貴方なら、突出バルジ作戦の危険性ぐらい承知のはずだけど。」

 「人生はハイリスクハイリターン。常にバックアップがある君たちにはわからないだろうけど。」


                    ―*―

 ずらっと並ぶ砲列。地上絵のごとく奔る塹壕線。

 …飽きない光景だ。この程度なら敵に回したことはあるが。

 「-兄様、橋本理が、気づいたようよ。-」

 「-当代最高の頭脳だ。祈の思わせぶりなヒントでも気づくだろう。むろんあのお二人には及ばないようだが。-」

 「-あのお二人は別格よ。いなければ私たちも、こんなに丸くはならなかったでしょうね。

 ...まあ、私も怒られたくはないし。-」

 「-そうだな。この物語をハッピーエンドに収束させる責務は、結局我々にある、か。ー」

 おっと、総攻撃が、始まるようだ。

 うるさくていけない。切るぞ。-」

 「-了解。接続遮断(カット コネクション)。ー」

 慣れることのない、脳天を突き飛ばされる感覚と、半身を失うような喪失感。これを、まだ異なる時空間で魂をリンクさせる方法すら不完全な状態でプロテクトなく「片方の死亡」というやり方で実行された一野治らのバイタリティは恐るべきものがある。我々が、幾度となく使いこなした実妹との魂の共有リンクですら切断に負担を強いられているというのに。

 …いや、今は些事か。特等席で誰にも気づかれず観戦できる特権に比べれば、大したことでもない。

 砲列が、一斉に発射を始める。今度こそ、平城京を焼け野原にするつもりだ。まあ、鬼やら獄卒やら亡霊やらにまとわりつかれた大仏など砲撃処分してしまいたい気持ちはわかる。

 とどろく砲声は天をも裂き、立ち上る砲煙は景色を覆い隠す。

 次々と降り注ぐ砲弾は、地獄軍ひしめく奈良の都を火葬していく。

 寺も、神社も、民家も、砲弾の前では存在意義が等しい―0だ。

 焼夷砲弾が地上で燃料をまき散らし、延焼がどこまでも止まらない。

 榴弾が無数の陶片、貝殻その他を爆風によって吹き飛ばせば、死武者の鎧と言えども紙切れと大差なく刻まれ、鬼も牛首・馬首の怪物も血を流し苦しむ。

 広がる炎、阿鼻叫喚。それは、真の地獄を表していた。

 「人の命など、乱世にあっては焚火の薪に過ぎず、憎しみは愛を悲痛にし、愛は喪失ゆえに憎しみを生む

 …これかな?君が目指していたものは。」

 …どれだけ、場数を踏んだと思っている。

 「-祈、再接続リコネクト-」

 再び、二つの身体、一つの魂の感覚が、戻ってくる。

 目の前にいるのは、宙に浮く僧衣の老人…その頭は透けて、ガイコツがうっすらと見える。

 右手には、片側が3つの向かい合わせの爪、もう片側が二つの向かい合わせの爪を持つ邪法具、「人形杵」。一説には人間をかたどっているそうだが、さて。

 「文観、君の戦うべき時は、今ではないよ。」

 「…裏切るのか。」

 「…裏切る?

 裏切る?

 裏切る?

 くっくっく、人に対してものをいう時は、もう少し立場を考えろ。」

 「貴様、誰に対して…」

 「わからせてやるよ、プロトタイプ。」

 あざけり以外に、何も浮かばない。

 ふん、どうせこれが、我々の本性さ。

 …さて、倒さずにお戻りいただくのが目標、ただし余計な戦力を出させてはならない、と。

 「百秒かかれば、反省文ものかな。」


                     ―*―

 平城京を陥落させ、これを前線基地として再び吉野へ攻め入る。

 -まとめてしまえばなんてことはなさそうな作戦だけど、実際に橋頭堡を築くのは簡単なことでは済まない。

 なにせ、自分たち幕府軍は、まだ周辺地域の制圧すら行っていないのだから。

 吉野の元栓を締めれば収まるのだということで、自分たちは、近江大津宮から平安京、宇治を経由して平城京へのルートを確保し、そこからさらに吉野まで突出する作戦を立てていた。

 むろん時間がたてば、無視してきた近畿じゅうの地獄軍に押しつぶされる羽目になる。だから、何としても今日、平城京に集結している敵を叩いて、そのままの勢いで吉野へ攻め上らなくてはならない。

 遠方からの「天龍1」ミサイル2基による準備攻撃。     

 飛行船2隻を用いての、南方への逃げ道への空爆。

 そうして誘い出した敵空軍への、水上飛行機5機による強襲、殲滅。

 安全を確保したうえで、気球10基を平城京上空に派遣し、隠れ家にされると厄介な興福寺・東大寺といった大寺院を中心に、原爆を輸送するため「壇ノ浦」から取り外した30,5センチ砲による弾着観測射撃。

 そこまでおぜん立てしたうえでの、平城京を更地以下まで戻す覚悟での掃討戦。後世の歴史家はやりすぎだと批判するかもしれないけど、都市一個陥とすのにこれだけの無茶が必要なのだから、むしろ同情してほしい。

 …いや、自分が同情されてうれしいだろう唯一の歴史家は、17歳にして自分とともに死んでしまうのか。

 五寸砲・七寸砲が、絶え間なく砲煙を吐き出す。

 「気球9号基より、トの3区画、完了!

 次目標、への2区画!」

 「14番、16番砲、照準を若干前方へ!」

 「7番砲兵小隊了解!」

 「22番砲故障!」

 「5番小隊へ追加弾薬急げ!」

 -この歴史では、正史で「古都奈良の文化財」として知られる日本の宝は、一つたりとて残らないんだろうなぁ。

 東大時大仏も。

 奈良公園のシカも。

 …仕方ない。

 …仕方ない。戦争だから、仕方ない。

 平家の東大寺焼き討ち?信長の延暦寺焼き討ち?

 否。

 今行われているのは、平城京、すなわち都市一個の焼き討ちだ。本来国内では、太平洋戦争まで見られることのない。

 「高時…」

 時乃が、手を握ってきた。

 「…時乃。大丈夫。」

 ああ、わかるさ。歴史が好きなトキの罪悪感が、自分以下のはずがない。

 仕方ない。

 仕方ないんだ。

 -そうやって自分たちを納得させようとしていたからかもしれない。

 二人して、突然の異変に、不意を突かれることになったのは。

 「高時様!登子様!アレを!」

 あやが、宙天、気球よりも上の空を指さした。

 「どうした?」

 「アレ、人、ではございませんかしら!」

 は?いったい何を…

 顔を上げ、天を見上げ、目を凝らす。

 …人だ。

 人っぽい何かが二つ、青空をバックに、戦ってる。

 ビーム?

 驚いた。ビームだ。

 普通に考えて、人はビームなんか撃たない。

 …普通じゃない人間…百松寺兄妹があやしいけど、とうてい兄妹ゲンカをする二人じゃない。すると片方は、人外…文観かその手下、仏典に従えば菩薩の類か。

 「あの二人…ちゃんと、味方だったんだね。」

 「…今の言葉、効かれたら消されるなぁ。」

 「…そだね。」

 現実的ではない身の上ながら、現実的とは思いたくない空中バトルを見上げる。

 「…あれ、何か、落ちてきていませんかしら?」

 「…確かに。」

 落ちてきているというより、下りてきている、と言うべきだが、とにかく、二人のあたりから、金色の光がこちらへ向かってくるのが見える。

 「…高時、アレ、ヤバい奴だよね。」

 「…たぶんな。

 散開!間隔を開けろ!」

 登子の手を引き、とりあえず比較的人が少ないほうへと走る。空から降ってくるものに対してはどうしようもないのだから、無様だなんだと言ってもいられない。

 その時、目の前に、金色の光が、スーっと下りてきた。

 光りの形は、最初ダンベルのようだったが、だんだん膨らみ、大きくなり、やがて、人の形をとり…

 「…守時…」

 「…守時兄上...!」


                    ―*―

 質実剛健を身体ににじませる、鉄砲を左に、太刀を右に持つ、ハンサムな男。

 -私の、兄、亡き、赤橋守時だ。

 「…高時様。」

 「守時...」

 しかし何でだろう。決定的に、歯車がかみ合っていない気がするのは。

 「…妹が世話になっているようだが...

 高時様、妹を、どうなさるおつもりだ。」

 …間違いない、兄上は、激怒している。

 「…守時?」

 「…私が、どんな想いで妹を高時様に託したのか、わからぬではないだろう。

 高時様、妹を、どうするつもりだ!」


                     ―*―

 それは、前線で御家人たちの指揮を執っている最中のことだった。

 「…そなたが、足利高氏か。」

 急に目の前に、金色の光がさして、そこから現れた人影が、話しかけてきたのは。

 光りは薄れ、人影は、白い装束で腹から血を流した男ー自分と似た顔つきの、年上の男―に変わった。

 「…あなたは?」

 「わしは、八幡太郎義家様より7代 ー」

 あ、これはまずい…

 「ー足利家時なりぃ!」


                    ―*―

 「桃子、来るぞ。俺は行く。」

 「はい?」

 私は、そう伝えたきりスタスタとどこかへ歩き去ってしまった兄上に、呆れ果てた。

 「…はあ、変人は死んでも治らなかったのね…」

 「桃子殿下か。その変人は、何処にいる?」

 私は、さっきまで何もなかった、目の前からの声に、のけぞった。

 「楠木公…!」

 「そうだ、殿下の兄上に捨てられた、楠木だ。

 護良殿下の元へ案内してもらおうか。死んでなお裏切ろうとは、度が過ぎる。」

 …答えはもう、決まっている。

 「できないわね。」

 「ふん、高氏殿を呼べば、どうにかなるとでも、思っているのか?」

 

                     ―*―

 正直なところ、ここまでてこずるとは予想だにしなかった。

 「兄様、大丈夫...?」

 「ああ、見ての通りなんとか追い返したが...禍根は残ったな。」

 まさか人形杵を3つも投げさせる隙を与えてしまうとは。

 ケーブルを戻し、ため息をつく。

 「あれは...強いわね。」

 「反則かもしれないな。法力、というやつなんだろうが...何をしてくるのやら予想もつかん。孫悟空の輪っかが出てきたときにはビックリした…」

 「…その時の顔、写真に撮っておきたかった…

 それはそうと、どうするの?あの、切り札の幽霊たち。」

 「…ま、まさか、やられはしないだろ。人生は試練さ。死者と話せる機会なんて、ねえ?」

 美しい偽善だ、我々は二人、笑って口づけを交わした。


                    ―*―

 「私が、選ぶのならば登子の幸せだ、いや、登子と高時様の幸せだ、そう決めたのは、間違いだったのか?」

 「いや、守時、それを間違いだとは言わないでほしい。」

 「ならば高時様は、何をなさろうとしている?

 我らの来る所へ来ようとされている…まさか、それが自殺であるとわからぬではないだろう!」

 「…わかっている、わかっているさ。」

 -私でなければ、わからなかったと思う。

 -高時は、軽くキレている。

 「ならばなぜ、生きようとする道を選ばない?捜さない?」

 「見つからないからだ。自分たちを含めた世界すべてと自分たちか、自分たち。天秤に乗せてどっちが軽いかなんて、自明だろ。」

 「高時様は、不可能を可能にされるお方だ。

 銃や鉄砲、大砲、火薬をおつくりになられ。

 長崎や安達といった、深く取り付いてどうしようもなかったガンを、取り除かれた。」

 「…守時兄上、何が言いたいの?」

 「私は、高時様は、いかな不可能であっても登子と二人あるためならば可能になされると信じていた!それがなんだ!あきらめてどうする!」

 「…御託はそこまでか、守時。」

 -「おせっかいを焼くな」、高時は、そう怒っていた。

 「なんだと?」

 「御託はそこまでかと聞いている。」

 「御託…?私は心配して...」

 「…守時、自分と登子は、この結末に同意している。それ以上、何が要るんだ?」

 「それでー」

 -止めて、聞かないで、兄上ー

 「-納得しているのか?」

 「…」

 「…登子、お前はどうなんだ?

 …世界のために、死ねるのか?」

 …まさか。私は、ずっと高時と一緒にいたい…

 「登子、お前の覚悟は、高時様だけ死なれるなら心中しようというものだろう。」

 「…守時兄上…それでも私は...」

 「登子。私は、そんなことのために、死んだわけじゃないぞ。」


                    ―*―

 「英時殿!」

 「ん?親王殿下!」

 「親王殿下はやめてくれ。橋本でいい。」

 「いや、いいって言っても」

 「そんなことよりだ、英時殿、全軍の指揮を任せたい。」

 「は?今指揮を執っておられるのは将軍様と執権様だぞ。」

 「…今頃俺の計算では、その辺は機能不全だよ。」

 「機能不全って、何やったんだてめえ」

 「うんその口調、じゃなくてだな、ともかく、平城京がこんがり焼けて、もう陥としてもいいかって段になって、大きな動きがある、これはもう定理といってもいい。証明《QED》は省くぞ。」

 「…信じられんが、それで、俺にやれと?」

 「ああ、義貞殿がいない今、英時殿を頼るよりない。

 まったく、俺がやれたら文句はないんだが...」

 「じゃあやれよ。」

 「…英時殿、そんなに妹の強さを信じられるか?」

 「それは、橋本殿にこそ、言われたくないな。登子の何を知ってんだ?」

 「…そりゃ、元カレだからな。

 さて、もたもたしてると殴るぞ。じゃ。」

 「…ほんと、理不尽で強引だなおい!」


                    ―*―

 「わしは言い遺したはずだ。高氏《三代後》、北条に代わり、天下は取れたか?」

 「…なんとも。」

 「嘘をつけ。そなた、北条の傀儡であろう。」

 「…それは」

 「『わが命数を縮め、その代わりに3代後の子孫に天下を取らせよ』、忘れたわけではあるまいな。」

 「…家時様、しかし...」

 

                    ―*―

 「…そう、貴方たちはそうやって、剣で脅すのね。」

 「黙って案内してもらおうか。」

 「いやよ。百害あって一利なしだし。

 …まさか、ここで私の首を斬り飛ばす?」

 強がってみても、私は、幕府首脳陣の中では最弱。武芸はもちろん、鉄砲も一番かかわっている時期が短いから下手だし、あや姫殿や勾子殿のように投剣が上手なわけでもない。

 …よもや私の前に敵が現れることはあるまいと思っていたのが、裏目に出たわね。

 「…はあ、どうして兄上を恨むわけ?」

 「誰のせいで、正季の仇が取れなかったと思っている?」

 「まあ仇にされる方もされる方ならする方もする方だけど...

 正季殿、そこにいるじゃない。」

 「幽霊だが。」

 「で?正成殿も幽霊、正季殿も幽霊。それでいいでしょう。仇を取る必要、ある?」

 「…あの兄にしてこの妹在り、か。正季!」

 「は!」

 楠木正季殿が、太刀を手に迫ってくる。...さーて、困ったわ。

 「桃子殿下ぁ!」

 カキンッ!

 私の目の前を、風が通り過ぎていく。風は、正季殿の太刀をはじいた。

 風が、静止したことで、その正体を現す。

 …刀?

 誰の支えもなく浮かぶ一本の刀が、太刀を受け止め、押しとどめている…

 「なんだいったい!?!」

 「兄上、この刀、尋常じゃ…!」

 後ろから駆け寄ってくる、足音。

 「直義殿、カムイシラ殿、さすが神剣、魔剣ね。」

 イペタムの持ち主が、鉄砲片手に、会釈を返してくる。

 「アレ、どれぐらい持つ?」

 「…一時的に、北の大地のカムイの力があらゆるところで現実になっています。おそらく、あの『地獄』ある限り、イペタムのカムイも永続的に力を持つのでしょう。」

 「…ちょっと待って、その言い方だと、カムイの力はあの『地獄』がなきゃ、無いって聞こえるんだけど。」

 「その可能性は高いです。実際、信頼できるカムイの力、声の記録は、私が知る限り、文観が現れてからで、それより前のものはすべて遠くまたはずっと昔の伝説・伝聞に過ぎません。

 …もしかしたら、ヤマトの神々もまた、現れているのかもしれませんが。」

 「それにしては、天照大神の子孫であるはずの私には何もないけど。

 …何か知ってるの?」

 「…知らないし、知っていたとしても教えん。」

 「そう。

 ところであなたたちは、どういう力でよみがえったの?」

 「それはもちろん、文観僧正の…」

 「私にも興味あります。地獄から湧いてきたとされる亡霊武者たちが、いかなる力でそれを可能にしたのか。

 …仏典に聞くところの、閻魔大王、ですか?」

 「…ああ。」

 「…正成殿、正季殿、いかな理由があろうとも、その力は悪だと思うけど。」


                    ―*―

 「…じゃあ、言いたいこと言わせてもらっていいか?」

 私は知っている。

 「自分と登子も、死んだ人間のために生きているわけじゃない。」

 高時は、治くんは、普段は温厚平凡を絵にかいたような男の子だけど、キレると喋りながらヒートアップし、次第に手が付けられなくなるって。

 「守時、もちろん、登子のためを思って斬られたのはわかってる。だけどそれを恩に、負い目にしないでくれ。なにも死んだ後に条件にするために死んだわけじゃないんだろ?

 …ありがたいとは、思ってるさ。これが、守時の、死んだ意味を、ふいにするようなことだってことも、わかってるさ。

 それでもなお、自分と登子がやらなくちゃならない。

 橋本が、自分と同じくらいにトキのことを考えられる奴が、宇宙一の頭脳でそうだって言ったんだ。破滅の阻止は、紛れ込んだタイムトラベラー3人の命と、引き換えだって。

 それとも守時、自らの死の意味を大事にしろと頼みながら、自分の友の真心は踏みにじろうって言うのか?

 …そんなのは許されない。いくら登子の兄でもな、踏み込んじゃいけない領域ってのがある。

 守時、確かに、自分だってまだまだ登子と一緒にいたいさ。だけどそれは、けしてトレードオフじゃない。

 自分と橋本のトキへの想いを、甘く見過ぎだ。」

 明らかに高時が、きてる。それも、私と高時の決意を揺るがそうとしたことを、怒って。

 「…信じていいのか?高時。

 それで、後悔しないか?」

 「守時、こ」

 「高時、待って、私が言う。

 …兄上、ほんとはね、納得はできないし、怖いよ。

 でもね、後悔してもね、こうするのが一番、幸せだから。

 私は、高時と一緒にいられるなら、それでいいの。」

 「…地獄に堕ちる覚悟は、できているというのか?」

 「ううん、『高時と一緒なら、今度こそどこにでも行く覚悟』だよ♪」

 「そうか…

 取り越し苦労、か…」

 守時兄上が、徐々に細かく、砂か灰のようになっていく。

 風に吹かれ、消え去ろうとする兄上。

 「とう、し...

 っ!」

 -その風の灰が、巻き戻しボタンを押したように、人型に戻ってゆくっつ!

 「登子、退れっうわっ!」

 灰の人型が突っ込んできて、高時を突き飛ばした。

 「た、高時っ!」

 「大丈夫!」

 大丈夫って、血、吐いてるのに...

 「守時兄上、引きさがるのではないの!?」

 私が呼び掛けても、灰が固まって再び現れた守時兄上は、返事をしない。しないどころか、刀を抜いて突っ込んでくる。

 タアン!

 守時兄上の額から、銃声とともに血が噴き出した。

 「時乃、距離をとれ、撃つんだ!」

 橋本くんが、硝煙上がる鉄砲片手に叫んでいる。

 撃つ?守時兄上を?

 「今の守時は、自我がない!」

 倒れた守時兄上が、灰になって吹かれ、すぐに逆再生するように復活する。

 「うそ...」

 「このタイミングで出てきた切り札だ...おそらく攻略法は、殺したくないと思ってる人が殺すこと、ただ一つ!」

 

                    ―*―

 「楠木公がなんて考えてるかは知らないし、ましてかたき討ちだとかはどうでもいい。でも、それはもう、悪で、貴方たちが一番大切にしてきた忠孝をかなぐり捨てること。

 いいの?私情で、民のすべてを苦しめても。」

 「…桃子殿下こそ、陛下を裏切ったではないか。」

 「そうね。でもあなたには、そのための大義もない。

 …だいたい、裏切る私も私だけど、裏切られる理由を作る兄上も兄上よ。」

 「大義?大儀だと?」

 「楠木正成、正季、もう大人しく眠ってくれ。お前がもし、今の俺たちみたいに天下のために戦っているなら、俺の刀は勝手に動いたりしない。」

 「何をっ!」

 「正季、お前はその刀を抑えてくれ。」

 正成が、太刀を抜きながら俺の方へ走ってくる。

 俺はとっさに、鉄砲を横に構えて、振り下ろされる太刀を受け止めた。

 火薬の爆発に耐える銃身が、ぐにゃり曲がってほとんど断ち斬られる。

 引き金を引いて飛び退く。

 鉄砲が暴発する轟音。

 さらに、手榴弾を投げ込む。

 ボン!という爆発音で、辺りが見えなくなる。

 風が吹いて、吹き飛んでゆく煙。その中から、煙が戻ってきて、人間の形になり…

 「っち!」

 「楠木公…」

 俺の目の前に、寸分たがわず、楠木正成が出現した。


                    ―*―

 「…家時様、しかし...

 天下を取る意味とは、なんなのでしょうか?」

 「意味、だと...?」

 「私には、北条が天下を握っていることの差しさわりはわかりませぬ。家時様のころがどうだったか存じませんが...

 私が天下を取っていれば、未来を描けなかった。私は、北条高時の治世に文句を言うことは出来ません。

 …義家様も、足利の天下より、北条の天下を望むだろう、それはひとえに、私の至らなさです。

 それでもなお、高時は私を将軍にし、支えてくれた。私は、家時様より、高時たちを選び、守時殿に託された登子殿の願いを、叶えたい。」

 「…わしと、義家様の願いは、どうなる?」

 「…この戦が終われば、お二人はもう...」

 「…もしそうならなかったら、如何する?」

 「そうであっても、もはや、我が国は戻りませんよ。

 …武士の世すら危うい。本気で高時が平和なこの国を変えようとするなら、幕府も、将軍も、もたない。だから…」

 「わしらの願いは叶えられぬ、そう、申すか。

 …ならば、わしを、わしの願いを倒して、あらためて、未来を語ってみよ!」


                    ―*―

 「英時様、戦況は?」

 「…あや姫殿。依然有利ではあるが、しかし...」

 「仕方ないですわ。突然投げ出されて、対応できるわけもありません。」

 「では、あや姫殿、どうなさる?きっと高時様たちは...」

 「いえ、存じませんわ。私、そもそも指示を受けて参ったのではございませんので。」

 「…は?」

 「それより、時は今ではないかしら?」

 「いや、だが、勝手に突入命令を下すわけには…」

 「指揮系統の混乱は、高時様と登子様のみならず、桃子殿下と直義様、知子様、橋本様、さらに高氏様にまで何かあったことがうかがわれますわ。」

 「何があったのだ?」

 「…高時様と登子様の前には、守時様が現れましたわ。おそらくは、心を揺さぶるような幽霊が現れ妨害する、そういう仕組みになっているのかしら。」

 「嫌味なやり方だぜ…」

 「それはもう、今さらかと。

 それより、そうした妨害がまたもや起こる可能性を考慮すると、できるうちにできることをやっておくしかございませんわ。でないと義貞様と勾子様が孤立してしまいます。」

 「…では、今が最後の機でないかと?」

 「…むろん、先に高時様をお助けする手もございますが...

 しかし向こうが本気で嫌がらせを試みているのならば、私たちが介入できるか…

 なにしろ霊的な存在ですわ。いつ何が起きるかわからないなら、手早く有利を積み上げなければ。ただでさえ後からすべてひっくり返される可能性を秘めているのですから。

 責任は私が負います。私の名で命令を出してくださいですわ。」

 「…いや、命令は、俺が出す。」

 「…わかりましたわ。私も戦おうかしら。」

 「あや姫殿...

 全軍、進撃用意!

 ロケット砲『神風連』、斉射!

 気球部隊、味方の進撃を順次報告!

 七寸砲改、撃ち方止め!

 火炎放射部隊、三寸砲部隊、進撃!

 塹壕部隊、塹壕延伸及び防備に努めよ!

 平城京を陥とせ!」

 

                    ―*―

 「楠木公…

 残念です。貴方が、堕ちてしまうとは。」

 私は、それが正しいという不思議な直観に導かれて、右手を前へ伸ばした。

 正季殿の太刀としのぎあっていたイペタムが、こちらへ飛んできて、右手にすっぽりなじむ。

 ...やはり、私たちの神とアイヌのカムイに、本質的な差は何もない。勝手に私たちが見下してきただけで…実は神は、どこにもいなかったのかもしれない。

 「楠木公、私が相手です。かかってきなさい!」

 何か吹っ切れたように向かってくる正成が、ゆっくり、止まっているかのように見える。

 私の身体が、イペタムに無理に引かれて、だんだんと、正成と交差する。

 シュン!

 正成の業物が何の抵抗もなく切断されて、そのまま、目を見開いた正成の腹を、すっとイペタムが抜けていく。

 そうしてやっと、私の身体から力が抜けた。

 …私、人を斬ったの?

 振り返ると、正成が、驚いた顔で振り返ろうとして、胴体の真中から上を、血のりごと地面に落とすところだった。

 「あ、あにうえーっ!」

 正季殿が、灰のようにサラサラ風に消えてゆく。そして、正成殿も。

 私の手から、イペタムが転がり落ちた。

 嘔吐感に堪えられず、うずくまる。

 ...情けないわ。なにが内親王よ、将軍正室よ、何も、できないじゃないの。

 

                    ―*―

 タアン!

 私はただ、銃を、撃った。

 死んでいる家時様より、自ら殺した守時殿。

 死んでいる義家様より、殺した守時殿から託された、死んでしまう登子殿。

 タアン!

 -自分の無力が、恨めしかった。

 「高氏…っ、なぜだっ!なぜ、なぜ、北条をかばう!」

 後ろから、二つの足音が、聞こえる。

 「高氏、お前、立派になったな...

 さあ、お前が、お前の決意を示せ。」

 タアン!

 「兄上…」

 高義兄上の声が、あの、登子様たちの秘密を知るきっかけになった高義兄上の手が、肩を叩く。

 タアン!

 -家時様の眉間から、血が噴き出した。

 家時様がのけぞり、倒れ、ぼやけ始める。

 「そうか…

 ...これが、天下人の、一撃、か…

 ……これが、新たな、時代、か…」

 家時様が、灰のようになって、崩れ去り、うすらいで消えていく...

 「高氏…」

 「兄上…」

 私は、私の後ろにいつの間にかたたずんでいた、高義兄上を見つめた。

 「兄上、私は…」

 「高氏、くよくよ悩むな。お前は、お前が信じた通りにやればいい。それを正してくれる仲間がいるのなら。

 お前は、この高義には絶対にできないことを、やって見せた。それで、充分じゃないか。」

 兄上の姿が、まるで幻であったかのように、消えていく。

 「兄上、私は…」

 「高氏。」

 後ろから、父上のがっしりした手が、肩をつかんだ。

 「高氏よ。足利の当主は、お前だ。お前が、お前のやりたいように、やろうとすればいい。」

 父上が、笑いかける。

 私は父上とともに、しばらく、涙を垂らして呆けていた。


                    ―*―

 「う、撃てないよ!」

 「時乃…それでも、撃たなくては始まらないぞ!」

 守時兄上が、太刀片手に迫ってくる。

 「ひう...」

 なんでだろう、私のために死んでくれた人、そのはずなのに、怖くてたまらない。

 -赤橋守時は、正史でも、人質の赤橋登子()を足利千寿王とともに鎌倉から逃がして新田軍と合流させるために、一人奮戦して死んだ。

 そして、幽霊となってなお、守時兄上は私のことを考えてくれていた。

 だからこれは、私たちの、そして正史の赤橋守時の、反撃なんだ、私は、そう、思った。

 太刀が、振り下ろされ…

 ザシュッ!

 「ぐああ!」

 私の顔に、血が降り注いだ。

 「は、橋本くん…」

 私に覆いかぶさる橋本くん。その腹から、刃が突き出ている…  

 橋本くんが、姿を薄れさせて、粒のかたまりのようになってゆく。 

 「やめて、橋本くん、そんな…」

 「っく…っ!」

 風に外側から吹き散らされつつあった橋本くんが、集まって、また、はっきりとした、人に戻ってきた。

 刺さったままの刃の先へと血を滴らせ、つらそうに顔をゆがめて、ぼやけてははっきりするのを繰り返し全体にノイズを走らせながら、 橋本くんはそれでも踏ん張っている。

 「なんで、私のために、そこまでするの...

 私は、守時兄上にも、橋本くんにも、そんなこと頼まなかった!

 ねえ、なんで?

 私は、他人を犠牲にして、生きていきたいなんて言ってない!」

 「だったらなおさら、時乃、撃て!

 コイツはもう、お前の兄じゃない!

 撃つんだ時乃!」

 橋本くんが、崩れ落ちる。

 刃先が、顔のすぐ近くに迫っていた。

 「守時...おもちゃにされやがって!」

 もう一本の刃が、刃を跳ね飛ばす。

 「高時っ!」

 「…登子、頼まれなくても身をささげたくなる、それが、愛ってことなんじゃないか?

 -登子トキが何も返してくれなくても、自分たちは登子トキを支えたい。」

 そんなの、そんなの...

 「そんなの、未来と変わらないじゃない!」

 -私が、治くん《大事な人》が見返りなく何でも尽くして心を捧げてくれるのを、当然だと思ってた、忌まわしいころと。

 「変わらなくたって、いいんだよ。

 生きたいように生き、死にたいように死ぬ。他人のそれに気を遣って自分のそれを変えることなんてない。」

 「…え?」

 「守時殿が時乃のために死んだから、その願いをかなえるために自分の生きたい生き方を変える、そんな必要はないってことだろ、一野。

 残念ながら同意だね。俺たち人間は、時によって他人の死を踏みにじらなくては生きてゆけないし、死んでゆけない。」

 「だから逆に、トキの生き方に自分たちの生き方は関係ないし、だから自分たちが何をしようとも、負い目に感じる必要はない。

 まだ、独占欲のことを後ろめたく思ってるのかもしれないけど、別に、気にしないでくれ。守時も、橋本も、自分も、そうしたいからするんだ。それを引け目にして、引き金を引くのをためらっちゃ、ダメだ。」

 本当に、本当に、私が、守時兄上がしてくれたことに、応える必要は、無いの…?

 「…おけ。」

 タアン!タアン!

 銃声が2回。

 守時兄上の姿が、見る見るうちに、ホログラフィック映像のようになって、暗室で照らされる埃のように輝き、風に吹きさらされて、消えていった。


                    ―*―

 「結局、石垣時乃は、守時を、彼女を生かすために死んでくれた守時を、彼女自身が死ぬために殺した。

 死者の願いは踏みにじられ、生者もまた、いずれは死にゆく定め。

 この想いの先にあるのは…」

 「…兄様、ここから、百松寺《百生持》は始まったのよ。」

 「うつし世に理想なし、全ては穢れ行く…か。」

 「…それでも、私たちが捨てた理想は、拾えないわ。」


                    ―*―

 南都平城京は、もはや月面と大して変わらない惨状ではあったが、無事に確保できた。

 -ここから先は、海兵隊の支援を得ての、一本道だ。

 「一野、もう戻れないぜ。」

 吉野は、運命の時は、近い。

 「ああ、わかってる。お前がQEDしてトキが決めたなら、言うことはないよ。」

 上る太陽の朝焼けが、地平線まで血に染める。だけど南の方を見れば、そちらの朝焼けだけが、大きく丸く欠けている。

 「アレをどうにかできるのは、同じくらいに異質なゆがみであり言霊でもつながりがあり文観の最初の改変でもある自分たちだけ。そして文観は、自分たちと関係が深い。」

 「だから俺たちが、地獄に入って核でこの世とのつながりを吹き飛ばす。

 まあ、命かけて仮説を証明できるなら本望だぜ。」

 「橋本くん、早死にする生き方だね♪」

 「ははっ、うまいこと言うなぁ。」

 自分たちは3人、手をつないだ。

 本来ならば生きられたはずの人。

 自分たちを殺したかった人。

 自分たちに、生きていてほしかった人。

 ー幾多の想いを踏みにじって、自分たちは、地獄に堕ちる。

 「さ、おけ?」

 「ああ。」

 「いつでも。」

 「高時」

 「一野」

 「「号令を」」

 「…さあ、行くか!」  

後4話です。8月末までにはすべて投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ