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(1324秋)ならば来たれよ末法の教え

 いよいよ、SFともつかない世界観に突入していきます。

(1324秋):歪んだ時空のエネルギーは常軌を逸した状況を生み出す。未来から(?)の援軍を得て、絶望との戦いが始まり…

 「-そもそも、なんで、俺たちなんだ?ー」

 「-君ともあろう人が、気づかないのかい?

 言霊という物は、意外に実際の効果を持つ。呪術的な効果は、呪術的な手段に効くからね。

 君も気づいていないわけではあるまい?ー」

 「-一野治の治は政治の才。

 石垣時乃の時は歴史、時代の意。

 橋本理の理は理科的な天賦の才。

 まさか、それだけか?それならば、言霊などという意味不明なものにすがるより、実際に仲の良い政治家、歴史家、科学者を探したほうが早いだろう。-」

 「-…それだけじゃない。一野、石垣、橋本…

 君なら知っているだろう?ドイツ語で、一と、石、それをなんと呼称する?ー」

 「-一はEINS(アインス)、石はSTEIN(シュタイン)

 …ちょっと待て!?ー」

 「-やっとわかったようね。すべては決まっていたのよ。-」

 

                    ー*ー

 1324年8月14日、大和国、金峯山寺、吉野行宮

 その話の出どころは、桃子内親王だった。

 「和平の交渉ならば、私が行くわ。直接交渉することができるのは、まがりなりにも皇族である私だけ。他の者では問答無用で斬られる。」

 「…しかし」

 「大丈夫。私とて一人ではないから。

 …どこかにいるんでしょう?出てきて。」

 「おやおや、バレておりましたか…」

 その瞬間、場が凍り付いたのを覚えている。

 どうやって、将軍などがいる警備万全の最重要会議に、得体のしれない二人組の男女が入り込んだのか。

 そもそも、この、内親王殿下の知り合いらしい、見慣れぬ服装の人物は一体だれなのか。

 -いや、この嫌味な存在は、間違いなく…

 「お初にお目にかかります。いや、高氏様は御存じか。」

 高氏がのけぞる。

 「あー!お前、いつぞやの陰陽師!」

 「あのおりは名乗ることができず、申し訳ございません。

 陰陽師、百松寺家当主、百松寺ひゃくしょうじたけし

 「並びに同じく当主、百松寺ひゃくしょうじはなと申します。

 以前は報せもせずに去ってしまい、申し訳ございません。」

 百松寺、だと...?

 あの、すべてを知っていそうな兄妹、橋本に、未来からやってきてると太鼓判を押された兄妹…

 自分たちが知る、700年後の百松寺兄妹に、そっくりじゃないか!

 「あなたたちが私なんかの手におえる存在じゃないことは、重々知ってるから。

 それで、ついてくるのよね?」

 「もちろん。そうでなければ役者がそろいませんからね。」

 やたらと場慣れした様子で、しかも芝居がかった調子で、「百松寺」は告げた。

 「…私も行く。いいよね、高時?」

 登子が、一緒に行こうと目で語る。

 「ああ、自分たちが行かなきゃ交渉にならんしな。山ほど確かめたいことがあるし。」

 「ま、待て高時!何言ってるのかわかってるのか!?」

 「そうだ!桃子も、親族だから手加減される保証はないのに!」

 「大丈夫、高氏、この二人なら万が一はないわ。」

 「大丈夫って...何を!」

 「私は高氏と出会う前から、というか出会うのにこの家を使ったから、知ってるの。

 この二人は、『本物』よ。」

 「…そんなわけは...」

 いや、そうとも限らない。

 「…シスコン」

 「馬鹿を言わないでくれ。兄妹愛は宿命だよ。むしろそうでない方があり得ない。」

 あ、これは本当にあゆむだ。シスコンなんて未来語を知っているのもさることながら、開き直るのはもうアイツぐらいだ。

 「…高氏、本当にコイツ、『本物』だよ。まことに残念ながら。」

 到底自分たちじゃ手の届かない、すべて知っていそうな、(お互いのためなら)何でもできてしまいそうな、そういう『本物』

 「…はあ?

 まあ詮索したらまずそうだからしないが、本当に大丈夫か?」

 「ああ、大丈夫だって言うからには大丈夫なんだろう。それに...この兄妹が、自力で何とかできない危険なところへお互いを連れていくはずがない。」

 「…よくわからないなりに、信じることにする。高時、登子殿、妻を頼む。」

 「ああ」

 「おけ」

 「-これで、役者は出そろった。さて、いよいよ、この物語の終着点へ向かうとするか。-」

 こうして、自分たちは、和平使者として、桃子内親王の付き人に成りすまし、吉野山で後醍醐天皇と対峙した。

 正直、差し出す条件は何でもよかった。この状況が本当に文観の手のひらの上ならば、多少の悪条件であっても、事態の根源を断てるならばおつりがくる。

 もはや両統の勢力差は明白。もし和平が禍根になれば、その時に叩き潰せばいいだけの話。そのうえでなるべく争いを避けるならば、もう一人の天皇がいても問題ない環境、例えば国をもう一つ作るとかをするのが上策。そのうえで、この時代の外国には、まだまだ未開の地がいくらでもあった(未来人が聞いたら怒るか気絶するかしそうな方法だけど、まだ鉄製船舶もない時代に飛行船や飛行機を発明してしまった国には、人類の発展にそれだけの責任があるのは確かだと考えた)。

 代わりの条件は簡単。文観を差し出し、ついでに吉野山を去ってもらえるならば言うことはない。百姓への指導力を失えば、もはや土豪と化した大覚寺統にかまう必要などないのである。

 だから、今日で戦は終わるかもしれないーそんな期待をした自分が、甘かったのかもしれない。

  「そこにいる怪僧、文観を、我ら幕府に引き渡していただきたい。そうすれば直ちに幕府軍は吉野山の包囲を解き、もし望むのならば新天地を治めるため最大限の助力を惜しみませぬ。」

 「…信じられるかっ!」

 「そうです陛下、このような若武者の申すことで、よもやこの文観を売り渡しなど、してはなりませぬぞ...」

 この、暗い顔の坊さんが、天下の怪僧、文観か。…誰かに、似てないか?

 「このような若武者?

 …幕府執権を、なめたものね。」

 「執権、だと...?!」

 後醍醐天皇が、心底驚愕していらっしゃる。まさか本当にバレないだなんて。

 「そうだ、文観。

 いや、十中八九お前ならわかるはずだけどなぁ。

 護良親王(橋本理)から、遺言を預かってる。『怪僧文観に気をつけろ』ってね。」

 登子もまた、頭にきているらしい。自分に続いて口を開く。

 「年貢の納め時よ。何をしたか、何が目的か、みっちり吐きなさい。

 …それと百松寺兄妹、記憶があるなら、解説を頼まれてはくれない?」

 「わかった。万事仔細に入って教えるよ。その余裕があればだけど。」

 「…相変わらず、すべてお見通しといわんばかりの言い方だなぁ。

 それはともかくなまぐさのスケベ坊主、戦争犯罪って知ってるか?

 -洗いざらい、吐いてもらおうじゃないか!」

 「ふふ、陛下、どうやら、拙僧の首一つで、本当に四海が収まりそうですな。」

 文観が、ニタニタ笑っている。その全身から、生理的に許容できない雰囲気が漂う。

 「文観殿…?」

 「ふむ...

 わざわざ危険を冒して自ら乗り込んでくるとはのう。」

 「それだけ、許せなかったし、終わりにしたかったの!」

 登子が、嫌悪感をあらわにしていた。

 「ほう…しかしまあ、返り討ちに合うとは思わなかったのか?」

 だけども、登子の気持ちはよくわかる。大体散々迷惑かけておいて、今さら心配するな。というかお前に言われるまでもない。

 「登子がいて、自分がいる。間違ってもそんなことにはならないよ。」

 「…己らがお互いを守り切ることを、毫も疑わない!

 これぞ愛憎の力!」

 愛憎…たしか、爆破犯もそんなことを...

 「何を...」

 「ところで、タイムパラドックスは御存じかな?」

 「やはり、お前!」

 こいつ、未来知識を持ってる...あの爆破犯か!

 「ではなぜそれが生じておらぬか、説明は...いや、あの皇子でも、完全には出来なんだ。わかるかの?

 -強引に二つの歴史をねじ合わせて、わしが止めているからじゃよ!」

 文観が、小太刀を懐から取り出した。

 「全員、伏せろ!祈、飛ばすぞ!」

 百松寺武―いや、百松寺歩が、叫びながら、紙の札を取り出した。

 「ええ!

 傀儡憑依パペット複数技能者混合ミックスドタスク技能名タスクネーム空間転移テレポート有効化アクティベート!」

 英語?何の呪文だ...?

 その時だった。

 文観が、小太刀で自らの首を、何の躊躇もなく―

 -斬り飛ばした。

 生首が、宙を舞うー

 -いや、生首は徐々に様子を変えー

 ―ガイコツ!?

 目も口も耳もない、骨だけの頭が、ケタケタ笑う。

 そのあごとあごの間から、何かが落ちる。

 -アレは、巻物…!?

 何が起きるか瞬時に理解し、自分は、登子に覆いかぶさった。

 -登子トキ、今度は、守るからー

           ドーン!!!

 火炎、いや、その奥の白光が、自分たちを呑みこー

 「「実行エグゼキューション!!!」」

 

                    ー*ー

1324年8月14日、大和国、吉野山山麓

 何が起きたのか、一瞬わからなかった。

 ついさっき巻き込まれたはずの爆発が、百松寺兄妹の叫びとともに、視界が切り替わって、全く影も形もない。

 そうだ、登子は!?

 「高時...」

 よし、大丈夫だ!

 周りで、後醍醐天皇の近臣たちがしりもちついてひっくり返り、桃子内親王殿下が、冷や汗を垂らしている。

 「…さすがに、時代が違う中で飛ばすと、勝手が違うな。」

 「それでもきちんと呪符で発動できた。満点といっていいわ。」

 「おい、百松寺歩!何がどうなってる!」

 いきなり、見覚えのないお堂にいたら、誰だってパニックになる。おい、説明してくれ!

 「どうなってるって...ああなってるさ。」

 武、いやもういい、歩が、朽ちて破れたお堂の屋根の隙間から、上を指さす。

 見えるのは、吉野山。するとここはずっと麓…おいおい。

 「高時、アレ…何?」

 登子が指さす先、吉野山の山頂に、黒く輝く球体が生まれていた。

 山頂付近は完全に消滅しているとみてよさそうだ。

 思わず、そんなわけはないが、未来人ならだれでも知ってるあの天体の名を口にしてしまう。

 「ブラックホール…」

 「似たようなものね。どっちかというとワームホールだけど?」

 華ー祈が、歩に腕を絡めながらも言った…て、状況わかってるのか? 

 球体の陰になった崖面から、飛行機がおろおろ飛んでゆく。

 何かが球体から飛び出し、飛行機がそれにぶつかられて砕け散る。

 「もはやここも危ない、か...

 祈、もう一度飛ぶぞ!」

 百松寺歩が叫んで、おふだをまくと、またもや景色が切り替わった。


                    ー*ー

1324年8月14日、大和国、穴生あのう、総福寺、持明院統ー幕府軍本陣

 突然として、ヒュンと音をさせて出現した人々に、誰もが声を上げた。

 百松寺祈が、愚か者を見下す目をして幕府軍首脳陣を眺める。

 「な、なんだお前ら!?鬼か?天狗か!?」

 新田義貞が、血相を変え刀を抜く。

 「…兄様に対して刀を抜くなんて。後悔しなさい。」

 祈の手から、ケーブルが飛び出し、義貞の刀をはたき落として消滅する。...ケーブル!?

 「えっ」

 「…お前らほんとなんなんだ。」

 高時のあきれ声で、幕府の諸将は我に返り、そして、異口同音に叫んだ。

 「「「「「「「「「「高時様!?」」」」」」」」」」

 「…ああ。」

 「ちなみにそこにいるのが、わが父上よ。疲れていらっしゃるので、高氏、何とかしてあげて。」

 「…へ」

 敵の頭目が突然真ん中に現れて、誰もが言葉を失う。

 「…父上、しばらくお休みください。」

 「あ、ああ、そうする…

 正成…あとは任せたぞよ...」

 頭を押さえてどこかへ去ってゆく後醍醐天皇。期せずして戦が終わってしまった。

 「して、高時、この状況は一体...」

 「…自分にもよくわからない。ただ…」

 高時が、東に見える吉野山の山頂を指さす。

 「どうも、アレをほかっておくとまずいらしい…」

 そこには、山頂を覆い隠す、球形の闇があった。

 

                    ー*ー

1324年8月15日、大和国、穴生、総福寺、幕府軍本陣

 「球体は一晩にして吉野山を中腹まで呑み込んだ。その様子は南都平城京でも見え、人々は不安に駆られた。

 幕府軍は14日、海兵隊を中心とする部隊2000を派遣。しかし部隊は非常事態を告げるのろしを麓で炊いたのち、帰還せず。

 一方で15日昼から避難民が穴生に到達。また異変を察し避難した大覚寺統軍の飛行船のうち「強兵ツェッペリン5号」が引き返し、吉野山に接近。そのおかげで、事態の深刻さが発覚し始める。

 彼らは一様に、2,3人分の背丈で赤または青、あるいは黄色の肌を持ち、そして、信じがたいことには頭に二本の角を生やす、まさしく『鬼』の姿の物の怪に襲われたと証言した。

 ここに至って幕府首脳部は、吉野山に発生しているのがある種の『異界』と断定。穴生も危険だとして平城京への撤退を決定するとともに、大覚寺統首脳陣に全軍一時譲渡を含む講和条項を突き付け、本拠地を喪失した後醍醐天皇はそれを受諾、事実上無条件降伏した。

 同日夜には球体領域の山麓到達が確認され、幕府軍30万は包囲網の別動隊への撤退命令を伝達するとともに撤退を始めた…

 これで、あってるかな?」

 歩が、閉じていた目を開いて、尋ねてきた。

 「ああ…全くな。」

 しかしここ一晩百松寺兄妹は姿を消していた。どうやってここまで微に入り細に穿って…聞くのも野暮か。

 「祈、教えてくれないの?」

 「教えるわ。でも、二つ約束して。」

 「約束?」

 「一つ目。未来に関係ない者は口を挟まないこと。どうせわからないだろうし。

 二つ目。今から私が何を言おうとも、信じなさい。あ、兄様の言葉は、いつであろうと、信じなかったら殺るから。」

 「…お、おけ。」

 高氏やあやたちに、黙るように目くばせする。

 「はあ…

 じゃあ一野、聞きたいことを聞け。」

 「じゃあまず聞く。お前ら、なんでこの時代にいる?そして、なんで事情を知っている?」

 「…いきなり核心に迫ってきたな。

 簡単に言えば、君たちの、おかげだよ。」


                    ー*ー

 「君たち3人、一野治、石垣時乃、橋本理が不完全ながら時間を越えて二つの時代で同期できたことは、当時すでに陰陽師としてもかなりオカルトな研究を行っていた百松寺家の察知するところとなった。

 だから当時の当主である武は、南朝の皇女を通して3人に接近。その解析を進め、700年の時を経て、そのプロセスを完全なものとすることに成功した。」

 「完全なもの…?」

 「あなたたち3人は、時代を超えて、700年後の自分が得る記憶や経験、つまり情報を得ることを可能にしていた。だけどそれはリアルタイムで勝手に送られてくる再生データでしょう?

 もし、自分の情報を、経験や記憶に限らず、容姿も思考もすべて他の時代の自分から得られたら?

 もし、情報を再生する速度をいじって、一生の経験や記憶を一瞬で得られたら?

 自分のすべての情報を持つ別の時代の人間。それはもう、タイムスリップでしょう?」

 「だけど、元の本人の経験や記憶もあるだろう。」

 「ああ。

 だから我々兄妹は、そのプロセスが出来上がった時点で、強制的に初代までのすべての当主に、情報同期のやり方を含むすべての情報を受信させたよ。それで、すべての時代がそれに呼応し返信した。

 だから、百松寺家の当主兄妹は、1000年間ずっと、全く同じ経験・記憶・思考回路を有する、同一人物なんだよ。」

 「…だから、何もかも知ったかのような…!?

 ちょっと待て、自分たちのもともとの歴史では、鎌倉幕府は1333年に後醍醐天皇らに滅ぼされるはず!

 それこそ、タイムパラドックスはどうなってるんだ!?」

 「…人の話を最後まで聞きたまえ。

 いいか、すべての時代で、双方向、かつ任意に情報を共有できる、それだけではまだ、不完全なんだ。」

 「本当に完全な状態はつまり、すべての世界で、情報を共有できる状態。

 もちろん時空間はそんなに簡単なものではないけれど、平たく言えば、私たちは、すべての世界に、もちろん『鎌倉幕府が滅んだ世界』にも『鎌倉幕府が北条高時夫妻により救われた世界』にも、完全に同一に存在するのよ。」

 「は...?」

 「信じてって言ったでしょ?

 とにかく私たちには、タイムパラドックスも何も、意味がないの。私たちは、平行世界パラレルワールドのすべてに同一人物としていて、事態に完全に客観的な視点を持っているのよ。それだけの事を成しえるヒントが、あなたたちの存在そのものなの。」

 「それでありながら主観的に行動する立場にもなりえる…それだけではなく人物の立ち位置も流れも完ぺきにわかるから、都合がよかったよ、はは…君たち(モルモット)のおかげだ。

 ある世界には、剣と魔法があった。

 ある世界では、異世界から現れた転生者が、好き放題していた。

 ある世界では、超能力バトルが繰り広げられていた。

 ある世界では、時間を操る集団がいた。

 …いや、この事情の解説は、おこがましいな。

 とにもかくにも、それらの力を手に入れることに成功し、我々はここに帰ってきた。

 すべての始まりであるこの世界が失われては、我々は根無し草だからな。この世界の祈が死ぬのも忍びないし。」

 「…ちょっと待って理解が追い付かない。

 え、世界が、失われる?」

 「ええ。私が知るこの世界の歴史では、それを止めたのはあなたたちよ。そしてそれを私と兄様が助ける。」

 「…いや、止めるって...」

 「君も気づいているだろう?

 吉野山の山頂に現出した闇、アレは通常の物質じゃないって。異界、そう考えたそうじゃないか。

 アレは性質上、領域を外部へ拡大し、さながらビッグバンのごとく急速に完成する。

 いやもう、内部の広さはこちらの宇宙と同じだけあるはずだ。接合部が安定しないだけで。

 しばらくは接合部の拡大と、そこからの流出入は止まらない。その後どうなるかは、少なくとも我々が知らない以上、我々をもってしても死ぬよりない状況に達したとしか思えない。」

 「…で、アレは何なの?」

 「地獄さ。」

 「じ、地獄?」

 「もっと言えば、天国もあるけども。」

 「つまりは、死後の世界ー天国、そして地獄と現世との、接合部なのよ。」

 「は?いやいやいや…」

 「いわゆる立川流の教えの中には、ドクロ、つまりガイコツを祭るものがある。僧侶は伴侶と共にドクロに8年祈りをささげ、その間に愛をはぐくむことで悟りを得る。

 祈りをささげられたドクロは、言ってみれば人の愛をためこんだ本尊、荼枳尼天そのもの。つまるところこの状態を生んだ首謀者、怪僧文観とは、邪教の神様とその力そのものだよ。

 君たちも、祭られていた本体であるところのガイコツ、見ただろう。

 そんな奴だ。仏教に登場すれど死ぬ以外に行く方法もない地獄や天国に、行き来できるルートを生み出したっておかしくはないんじゃないか?」

 「で、でも...」

 「時乃さん、あがくのはやめなさい。でてきたのがこの世ならざる鬼である傍証から、事態は歴然よ。

 伝わるとおり、地獄の獄卒は、地獄と現世の区別もつかないのか無秩序に拡散して人を襲っている。

 この次には、亡霊が湧き出して、私たちは死者と戦う羽目になる。そうなる前に事態を把握できなければ、あなたたちの物語は三流ホラーに転落よ?」

 

                    ー*ー

 「ちょっと考えさせてくれ」そう言って、高時と私は、屋外に出た。

 夜空の星は未来と違って満天の星空。でもそこにぽっかり丸く、星がない暗闇がある。あの闇、「地獄」の陰になっちゃったとこだ。

 だけど、あんまり荒唐無稽だった。

 何より、前々から意味が分からない兄妹だったけど、久々に会ってみたらもう訳が分からない存在だった。

 ホント、ロクな話じゃない。

 だけど、信じるほか道がないのも事実で。

 「まるで、歴史みたいですわね?」

 「れ、歴史?」

 あや姫、なにを...

 「歴史もまた、正しいのかわからない。だけど信じなければ、教訓が得られない。

 忘れないでくださいませ。私だけは、高時様と登子様とお子様の、絶対的な味方でございますわ。」

 「…そうだよね。

 おけ!」

 うん、わかったよ。

 地獄の獄卒だろうと何だろうと、私たちのやることは一つー

 -高時と、あや姫と、そしてこの子で、幸せになることだもんね♪


                    ー*ー

 今さら、信じないわけにはいかなかった。

 百松寺兄妹が語ることは、つまり、自分たちのこれまでの戦争すべてが、人かどうかもだいぶ怪しい奴の策略で、目的たるや地獄を現出させることだった、ということだ。

 為政者としては、そんな妄言で人心を乱そうとするやからは取り締まる以外の選択肢がない。

 ただ、みずからテレポートを体験してしまうと、もうそうは言っていられない。

 ―橋本はよく言っていた。学問において何かを証明する方法とは、わかっていることから仮設の段階のことを証明することだと。

 わかっていることはつまり。

 -自分と登子、護良親王は、未来の自分たちから不随意に情報を送られてきていて。

 -吉野山に異界としか思えない球体が出現し、そこから鬼が現れ。

 -陰陽師百松寺家の当主兄妹は、700年前でも同一人物でしかもシスコン・ブラコン。

 まともじゃないな。

 提示された仮設はつまり。

 -百松寺兄妹は自分たちのタイムスリップの発展形を用いてほぼ全知全能で、それは元はと言えば自分たちの力。

 -異界の正体は天国と地獄への出入り口、と。

 自身タイムトラベラー的な立ち位置なのだから、状況の非常識さには、この際目をつぶろう。でも、いくらなんでも打つ手がなさすぎる。

 しかしあくまで為政者として考えると、どのみちあの闇にはお退きいただかねばならないし、大覚寺統と違って「出て行ってくれたらちょっとは助けるよ」とか話ができる相手には思えない。つまり、どうせ中に入って調べてどうにかしないといけないわけで、そしてその時レベルの高い考察・分析ができる人物は、この時代では自分と登子、百松寺兄妹の4人だけだろう。物の怪がどうとか言っている間は、傾向と対策など望めない。

 信じるにしろ信じないにしろ、戦いは避けられない。そしてもし戦ってあの闇に近づくなら、技能を自ら証明してくれた百松寺兄妹に、おんぶにだっこで行くよりほかに手がない。

 ただ正直、兄妹はまともに協力してくれない気がしていた。どこか楽しそうなのだ。

 彼らの言葉をそのままに解釈してよいなら、彼らは、すべての世界ーそれにあたる概念は、おそらく「平行世界パラレルワールド」ーに存在することになる。もしこの世界がしくじっても、他でうまくいけば、それでいいのかもしれない。

 -なればもう、自分と登子が、戦い抜くしかない。

 

                    ー*ー

 「-聞いてたみたいだね?ー」

 「-ああ、便利なもんだ。まるで理想の形だな。-」

 「-あなた、酔狂にもほどがあるわよ。ー」

 「-何を今さら言うことがある。そんなことは重々承知だ。ー」

 「あ、そう。-」

 「-ところで、お前の矛盾を指摘させてもらっていいか?ー」

 「-…兄様に矛盾ですって?消すわ。今すぐ。-」

 「-祈、そんなにムキになるな。ー」

 「-兄様がそうおっしゃるなら、もちろん。-」

 「-で、なんだ?ー」

 「-お前らは確かに、すべての世界に存在すると主張した。一方で、『地獄』とやらが拡大しつつけた場合について、死ぬしかない状況に陥るとも主張した。

 では、その場合、お前らがいない世界が生まれるんじゃないのか?ー」

 「-…どうだと思う?あるいは、君が心の中で恐れる通りかもしれないよ?ー」

 「-止めてくれ。いくらなんでも荒唐無稽に過ぎる。-」

 「-ふふ、やる気がなくなってもあれだからやめておくことにするわ。ー」

 「-それで、どうするんだ?というより、どうすればいいんだ?ー」

 「-はは、急いては事を仕損じるよ。-」


                    ー*ー

1324年8月23日、大和国、橿原

 しばらくは、急な終戦に、混乱が相次いだ。

 志摩半島では、何かの間違いではないかと吉野山を目指した大覚寺統軍が、現地の幕府軍と戦闘になったらしい。

 だけども、徐々に大きさを増してゆく闇色の球体は、次第に畿内全域から視認できるようになり、さすがに事態の異常性が明らかとなって、両統は終戦をのまざるを得なかった。

 再編された幕府軍は、近江大津宮をはじめとする大覚寺統軍の工廠・軍備を使えるようになった。

 そこですぐに、「平城京防衛線」の構築が始められた。

 絶対防衛線である第二線は、斑鳩、郡山のライン。これがそのまま、河内長野まで塹壕線としてつながる。

 そして第一線、橿原のラインでは、すでに、なし崩し的に戦いが始まっていた。

 情報という物は漏れるもので、吉野山を呑み込み今や雲の高さまである闇色の球体が、「地獄」、「黄泉」と呼ばれる代物であることはほぼ筒抜けといってよかった。そして兵や将の間では、「正統である後醍醐天皇が退けられたために、天罰が下ったのだ」という話が、まことしやかにささやかれていた。

 もうほとんど、「鬼」「物の怪」と伝わる敵は、恐怖の対象でしかなかった。

 だから、道でも何でもない水田の真ん中を、赤肌の巨人3体が渡ってきたとき、部隊を指揮する武将は、思考を停止してただ全砲門開けを命じた。

 半ば恐慌状態で、五寸砲、七寸砲が1問ずつ交互に砲弾を発射する。

 一か月前ならば考えられなかった、両統の主力砲のコラボ。しかし、そう簡単に命中させられるものではない。

 やっと、一体が、爆発でひっくり返り、さらにもう一発が撃ち込まれた。

 しかし、2体は仲間を顧みる気配がない。

 右手に持つ何かを振り上げ、走り出す巨人ー鬼。

 弩、鉄砲が一斉射撃される。鉄砲は三段撃ちで、十数秒で次弾が発射され、ほぼ弾幕を提供する。

 しかし、鬼は止まらない。

 弓矢が一斉に放たれる。こちらも2段撃ちで、ひっきりなしに矢が飛ぶ。

 鬼の頭の、牛のような2本の角、それに右手に抱えるちょっとした木ほどもある棍棒が識別できるようになると、いよいよ敵は人外、「鬼」であることを確信させられる。

 鬼の体には何十本と矢が突き立っているが、こらえる気配はない。

 次第に悲壮感が漂う中、砲声、銃声だけが鳴り続く。

 とはいえいくら原始的な砲であろうとも、距離が近づけば命中率は飛躍的に上昇する。当然、やがては直撃弾が出る。

 鬼一体が、突如として砕け散り、爆発に呑まれて消える。

 それでも2体目は、同輩を気にはかけないらしい。

 発射に時間がかかる大砲が苦労している間に、鬼は兵に迫ってきた。

 兵が、慌てて塹壕に飛び込み、射撃を続行する。

 無数の矢・銃弾が命中したためか、鬼の動きは心なしか遅い。しかしそれでもなお、塹壕への接近を許してしまう。

 鬼が、棍棒を振り上げた。

 きっと、目の前にあるのは、小さな溝の中で大騒ぎする虫けらぐらいにしか思っていないのだろう。

 降り降ろされた棍棒は、地面を砕き、塹壕を一部分埋めた。

 土が、血に染まる。

 赤ら顔が、横に向く。そこで銃を構える兵を、一踏み。

 そのまま、棍棒を振り、足を踏み下ろし、下半身のふんどしのあたりまでしか隠れない塹壕を、進んでいく。そのたびに、阿鼻叫喚が広がっていく。

 このように塹壕内に敵が侵入した時、塹壕は両側から挟み撃ちできる利点がある。しかし棍棒で破壊されて切断された現状、それは望めない。

 「ああ、ここに塹壕歩兵砲さえあればっ!」

 誰もが、砲弾不足で使われていない迫撃砲のことを思った。

 そのわずかな塹壕歩兵砲の、特徴的な短い砲声が聞こえてくる。

 -他の場所でも、戦闘が開始されたらしい。

 「助けはこないのか!」

 「もう支えきれねえぞ!」

 戦線の崩壊は決定か、そう思われた、その時だった。

 「てめえ、よくもアイツをーっ!」

 一人の武士が、弾薬箱を抱えて、鬼へと突撃した。

 鬼は、小癪なといわんばかりに足を前へ振る。

 蹴りつけられた武士は、しかし血を吐きながらも鬼の足にしがみついた。

 鬼が、うっとうしいと棍棒を振り下ろす。

 武士の頭が砕け散ったが、しかしその時には、武士の右手は弾薬箱の中にあった。

 瞬間、弾薬箱が閃光と轟音を放ち、塹壕が完全に崩壊する。

 小さなキノコ雲が立ち上がり、それが晴れた時、鬼は影も形もなかった。


                    ー*ー

1324年8月25日、大和国、斑鳩

 「高時様!」

 「執権様と奥方様の御越しだぞ!」

 兵が、一斉に作業を止める。

 今日は、あやは来ていない。鍛え(いじめ)られて虚弱でこそなくなったものの、アルビノの彼女に真夏の日差しはきつすぎたらしい。今頃は平城京で自分と登子の子の相手をしているはずだ。

 「やっぱり、普通じゃないみたいだね。」

 元委員長が言うんだから、間違いなく兵の精神状態は悪いんだろう。

 それもそうだ。もうすぐここは、最前線になる。

 「皆、作業を止めずに聞いてくれ。

 橿原がほぼ全滅したことは、皆も知っての通りだと思う。」

 やはりか…そういった落胆、絶望の声が聞こえてくる。

 「だが、これ以上の犠牲を出すわけにはいかない!

 我々はいずれここも、南都も放棄せざるを得ないだろうが、ここで、一矢報いる!」

 幸いにして、橋本がいかに、いかように、「勝てそうに見せるか」に力を入れたかは知っている。

 北から、徐々に表れるのは、3基の巨大飛行船と、5基の気球と、10機の複葉飛行機。

 硝石輸入のおかげで、火薬の供給量は一年前の比ではない。さらには橋本が遺していってくれた知識や研究成果と、畿内あちこちに残る橋本監督の研究施設が、ニトログリセリンーダイナマイトの量産を可能にしていた。

 今から始まるのは、有史以来初めての、戦略爆撃だ。

 「明日の朝を迎えたい者!そのすべはただ一つ!

 撃滅せよ!」

 あおる。

 「そうだ!撃滅せよ!」

 サクラにもあおらせる。

 「撃滅せよ!」「撃滅せよ!」「撃滅せよ!」

 叫び声が、前線を包む。

 「うわぁ」

 登子が引いている。ごめん。

 「物の怪に、人の力を見せてやれ!」

 はるか南で空を圧する、闇の球体を指さして叫ぶ。

 「「「「「「「「「「「「「「「おう!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」

 

                    ー*ー

 斑鳩での戦は、結果は別として経過を見れば、圧倒的な蹂躙劇だった。

 橿原の第一塹壕線では各所の塹壕線と、その後ろの大砲で、吉野山から北上する「鬼」を迎え撃とうとした幕府軍だったが、出だしから目論見が外れた。

 まったく、効かなかったのだ、銃も、弓矢も。

 塹壕歩兵砲は多少効果があったが、一発で一撃というわけにもいかないうえ、狙ってもうまく当たらない。そして何より、塹壕歩兵砲用の7,5センチ砲弾の供給自体が止まっていた。

 潤沢になったとはいえ火薬は貴重。一方で相手は塹壕戦術が通用する相手なのか怪しい。上層部が供給を絞るのも、やむを得ないことではあった。

 そして、無数の矢弾に痛痒を感じていない様子の鬼たちは、そのまま塹壕に踏み込み、棍棒を振り、常人の2倍以上太い足で蹴り、暴れまわった。

 最終的にはすべてが大砲や肉弾突撃によって、あるいはついにダメージに耐えきれなくなって膝をついて、灰になって消えた。しかしその過程で無数の死傷者とPTSD患者を出した幕府軍は、斑鳩を引き払わざるを得なかった。

 この戦闘で幕府軍が得た教訓は以下の3つ。

 -鬼の戦い方は、棍棒などを振り回す、あるいは自らの身体による肉弾戦。お互いの個体についての感情はないようで、連携も取れない。

 -矢や銃弾では大して傷を負わないが、7,5センチ砲弾1発で大けが以上、9センチ砲弾ならばまず仕留められる。

 -鬼はやられると、灰になってから消滅する。何か遺したりは一切ない。

 それだけでも、大きな力になる情報だ。

 斑鳩に飛来した飛行船は、強兵ツェッペリン型の3号、4号、5号。万が一に備え、気球と飛行機が護衛につく。さらにこのうち3号には、塩素ガスが搭載されていた。

 高時は塩素ガスをはじめ、細菌兵器や放射性兵器の開発が大覚寺統で行われていた形跡を知って真っ先に封印しようと思ったが、天然痘患者の死体を投げる投石器や濃縮ウラン鉱石を材料とする暗殺用短剣はともかく、塩素ガス程度ならば鬼に使ったところで人間に害は及ぶまい、そう思ったうえでの全塩素ガス戦場処分だった。

 飛行船から、今度こそビラを伴わず、無数の樽が投下される。

 鬼たちは右手を掲げて棍棒でそれらを殴ろうとしたが、巨体ゆえ反応が緩慢であり、すべての樽は地面で砕け散って黄緑色のもやを散らした。

 しかし、150はいそうな鬼の動きは一部が倒れるものの鈍らず、地面を荒々しく踏みつけながら北上していく。

 背丈の問題だろうが、しかしこれ以上前進させるわけにはいかない。

 気球から、幾筋もの煙の筋が殺到する。

 白リンロケットは、まんべんなく着弾して鬼たちの視界を奪った。

 その上から、飛行船2基が、次々と樽を落としていく。こちらはガスではなく、ダイナマイトの樽だ。

 白煙が爆発で払われ、空間を黒煙が満たしてゆく。

 遠く北の塹壕線では兵たちの歓声が上がっているが、爆音はそれすらかき消していた。

 次第に煙が晴れていく。

 強烈な熱で陽炎が揺らぐ底に、動くものはない。そして、大地は広きにわたってえぐれてしまっていた。


                    ー*ー

1324年9月5日、山城国、平安京

 「歩、どこほっつき歩いてたんだ?」

 「…いろいろあってね。それはそうと、何の質問かな?」

 「単純に聞く。あの鬼たちのエネルギー源はなんだ?」

 「エネルギー源?ああ、何も食べていないし、灰になって消えるなんて物理法則を無視しているからね。今さら気にするか…

 まあ、それも道理か。」

 「で、なんなんだ?」

 「いいかい、少なからぬ宗教で、悪魔とは人の負の感情から生まれ、あるいは負の感情を食い物にする。

 一方また、立川流は、人の愛欲をもって邪神にそなえる。

 だんだんわかってきたんじゃないのか?」

 「いや、まさか…」

 「頭が固いね。

 …我々は知っている。

 偉大なる物理法則は、確かに絶対に見える。

 しかし実際には、唯一物理法則を超えうるものがある。

 君が知らなくても良いことだがね。それすなわち、人間の心、魂だよ。

 時を超え世界を越えて、魂を再現することには成功した。しかし未だ、我々の1000年をもってして、魂の正体は、見えない。

 いいか、感情、極めて強い感情だけは、世界の理を虚ろにしえるんだよ。」

 「…鬼の話をだな」

 「待て待て。

 もっとも強い感情が何か、わかるか?」

 「…そうか、だから愛憎か…っておい!」

 「ああ、文観、彼が生んだものすべて、それらの源は、愛と憎しみだよ。ドクロに集められ、今や勝手に地獄の死者から吸収してる最強の感情が、君たちの敵の正体さ。

 …そして君が気づいたとおり、戦場においての、家族への愛、敵への憎しみ...

 いくら敵を倒そうとも、大和国、いや畿内全域を焼き尽くそうとも、出どころになる接合部には物理法則が通用しないまま。

 アレは、人間の業だね。」

 「…なぜそこまで知ってる?」

 「ちょっとはねぎらってほしいな。

 未来の我々が知るとおりに、自由意志で、地獄まで潜入して生還したというのに。」

 「…ど、どうだったんだ!?」

 「物理法則なんてない、夢幻の世界だね。まず距離の概念があやふや、さらに言えば時間の概念も怪しい。おそらく、生身の人間なら、入ったら帰ってこれないね。我々のような壊れた存在ならともかく。」

 「つまり、アレに入ってどうにかするなら、死ぬ覚悟が要求される、そういうことか?

 それで、外部から切り離す方法はあるのかい?」

 「現実的にはないよ。この時代の人ならば『祈祷、お祓いでどうにかできないか』というだろうがね、現に今もやっているようだが。」

 「ああ、それはそうだ。今まで神仏がかつていたこと自体はともかく、物の怪、鬼、そう言ったものはUMA程度の存在だったからな、効果はともかく人心の安定のためには。」

 「良かったよ妄信していなくて。まあ文観が化け物だと数十年気づけなかった日本の宗教界じゃ、今の文観はおろか牛頭馬頭一体の調伏も無理だろうね。我々の流派は陰陽道はむろんどんな思想からも完全に邪教だからそういう宗教本来の意義は退化してるし。

 むろん、物理的には選択的な事象の地平線である接合面に何をぶつけても、例え水爆をぶつけたところで、吉野山は消せてもアレは消えないだろうね。量子力学的にはあくまで現世と重ね合わせの状態にあるから、直接の通常攻撃はすり抜けるよ。

 まあ人間の愛憎、それもドクロが蓄えられるもの、理解できるものが源だから、日本全土灰にすれば収まるかもしれないけど。やりたいかい?」

 「いや、絶対やらない。しかし...」

 「大丈夫、解決手段を知る人間に一人、心当たりがあるんだ。」

 「だ、誰だ!?」

 「…そうか。

 予言しよう。

 彼と出会うとき、事態は不可逆な局面へと到達し、君は後悔してもしきれない。

 歩き続けよ。

 祈り続けよ。

 君たちが未来を欲するならば。」

 

                    ー*ー

1324年9月15日、近江国、近江大津宮

 結局私たち幕府軍は、平安京すら放棄せざるを得なかった。

 鬼、というより地獄の軍団は、戦略思想なんてちっともなく、同心円状に勢力を拡大しようとしているらしい。だけどどうしても海上には進出できず、反対に街道があれば速度が速いから、平城京放棄後は多数の街道でつながる平安京を放棄せざるを得なかった。

 戦線は徐々に東へ、北へ拡大し、畿内そのもの、近畿地方そのものの再放棄もやむなしというのが、幕府内の大勢となっていた。特にターニングポイントになったのが、仏典にも登場する地獄の獄卒「牛頭馬頭」の登場で、私も絵を見たけれど、もう笑うしかなかった。

 下半身は人、上半身は牛、あるいは馬。屈強な腕の片方に、背丈と同じ長さの細長い棍棒を持つ。証言によれば鬼の2倍の背丈があったらしく、鬼の背丈が一律で4メートルほどだと考えれば、身長は8メートルということになる。報告によれば、三寸砲でも直撃させなければ倒せないらしい。

 仏典と押収した立川流の経典を信じるなら、牛頭馬頭の上位個体はもう菩薩とかなので、まず前線まで出てこないと思う。その上にある閻魔大王は、荼枳尼天ー文観ドクロ自体ーだと考えるのが妥当。そいつらが幕府軍との交戦に至ることはないだろうけど、鬼や牛頭馬頭を一日1000体超相手にするだけで、50万の幕府軍はいっぱいいっぱいだった。百松寺兄妹が予言するところの「亡者の復活」もあるし。

 そして今、新たな切り札が、新都に姿を現していた。

 「高時、こんなの、弥縫策にもならないよね…」

 それでも、やらないよりはましだろうけど。

 「わからない。近畿地方を封鎖して火力で抑え込み続けるのは不可能ではないけど...」

 気象条件、天災、はたまた内乱。常に人外の敵を内包する国家なんて、維持できるはずがない。

 日本史、いや世界史のどこにも、人外、死後の世界の侵攻なんて載ってないし、教訓があるはずもない。私は、無力だった。

 「…最終的には、元軍に援軍を要請しなくちゃいけないかもしれない。それでもどうにもならないだろうけど。実際、火力兵器以外での対抗はほとんど不可能みたいだし。」

 わかりやすすぎる理屈だった。鬼も牛頭馬頭も仲間意識がなく仲間を助けたりはしないけど、救いはそれだけ。鬼ですら背が3倍近く違うせいで、槍以外の武具は急所に届かず、そして急所に届かなければ白兵戦距離ではまずやられる。もちろんリーチの長さの関係で槍で近づくのも自殺行為。

 後退しながら矢と銃弾で弱らせる、という手も検討されたけど、100発以上当てなければならない時点であきらめるしかなかった。それだけ撃ちながら後退するスペースを確保しようとすれば大砲の邪魔だ。というより砲兵隊が、味方を巻き添えにするしかない白兵戦の勃発を嫌がっていた。

 「…だったらやっぱり、中に入って源を退治するしかないんだよね。文観を。」

 「ああ...でも、戻れないのは...」

 「私は、高時が行くなら、行くよ?」

 「そっか。だったら、行けないな。」


                    ー*ー

 盗み聞き、手の者に探らせる、百松寺華おはなを呼び出す…

 私は、だいたいの状況を把握することに成功していた。理解はできなかったけど。だから理解できそうな人にも話を逐一伝えていた。

 「知子カムイシラ殿、貴女には、この状況の打開法が思いつきますか?」

 「…わかりません。

 あの闇も、そこから湧き出る者も、私には底知れないまがまがしさの塊に感じられます。

 ですが同時に、北海道のカムイと、同質のものを感じるのです。」

 「…人を超えたものだから、ではない?」

 「そうかもしれません。とにかく、普通の方法では完全に解決することは出来ず、かと言って祈りをささげてもどうにもならないのは、明白です。私には、カムイと違ってあの者の声は聞こえないのが僥倖でしかありません。」

 「…ねえ、他の、まがまがしいものをぶつければ、どうにかなると思う?」

 「毒を以て毒を制す、できないことでは…

 っ、桃子殿下、そこを動かないでください!」

 「な、何!?」

 「物の怪...

 全てのカムイの名のもとに告げます!直ちにここを去りなさい!」

 「-去れ、といわれても、俺は君たちに用があるんだが...ー」

 「…まずは名乗るのが常識でしょう。」

 「-…その前に、俺が出現出来たってことは、いよいよまずい戦況だってこった。出迎えの準備をしないと、大変まずいことになるぞ。-」


                    ー*ー

 短距離大型ミサイル「天龍1」。

 ついに鎌倉時代に、ジェットエンジンが登場した。

 文明の発展は、切羽詰まれば詰まるほど過激になっていくらしい。

 「天龍1」は、ななめの発射台から打ち出される、四角い翼をもつ、10メートル近いロケットだ。橋本の切り札になるかもしれなかった。

 構造はかなり簡単で、飛行機型の胴体の上に掲げたパルスジェットエンジンで、遠距離を飛翔する。残された資料いわく「要はナチスのV1ロケット」らしい。

 そんなもので鎌倉を襲おうとしてたのかアイツ、と今更ながら震え上がるが、今となってはむしろ感謝だ。

 どうせ紀伊半島は壊滅、どこに落ちようと問題ではないし、仏教の世界観の地獄なので空を飛ぶ敵がおらず、制空権だけは常時とれている。だから、実戦を兼ねた試射を決行する流れになるのはもう当然。

 発射台が南―吉野の方向に向けられる。

 「発射用意いいか!」

 指差し確認で手順が確かめられ、ついで安全装置が解除される。

 「点火っ!」

 背負われているジェットエンジンが、ボォという轟音を立てて炎を吹く。

 「発射ァ!」

 瞬間、枷を外された「天龍1」は、無茶苦茶な轟音を奏で、南へと飛んでいった。


                    ー*ー

1324年9月15日、大和国、吉野山近辺上空

 「天龍1」の効果のほどを観測するため、奈良・吉野方面には、幕府軍が動員できる全航空兵力が展開された。

 その中で、気球部隊の最も吉野山に近づいた1基は、もはや本来の目的を忘れて地上に見入っていた。

 地上に見えるのは、今となっては見慣れて麻痺してきた感のある赤鬼や牛頭馬頭たちではない。

 どこか異様な、鎧武者の群れ。

 確かに、空中から隊列を見ることもしょっちゅうとなってきた彼らにとって、それはただの兵列にしか見えない。しかしながらそれでも、違和感はぬぐえなかった。

 乗組員たちは勇気を振り絞って地上へ近づいた。そしてそうすることで、その武者たちの異様さの源を理解できた。

 皆一様に、生気がない。まるで、生と死、実在と非実在の狭間から湧いてきたかのようだ。

 持っている武具も、明らかにおかしい。まずここ5年で急速に広まった鉄砲の姿がないし、将らしき旗が掲げられ天幕が張られた部分に、敵の突撃を受け止める塹壕が見当たらない。

 なぎなたや太刀、弓矢のような武具を持っている者がほとんどだが、それにしても、折れていたり弦が切れていたり、いったい使えるのか怪しいものばかり。これではまるで...

 「落ち武者...いや、落ちられなかった武者のようではないか。」

 本能的なおぞ気に、怖いもの見たさとでもいうのか、かえって目が離せない。  

 そしてその中ではためく旗の色に気づいた時、乗組員たちは凍り付いた。

 赤旗。それは、今は亡き、平家の旗。

 遅まきながらも、異様な軍隊の正体に気づいた彼らは、いてもたってもいられぬと、最も大事なことー倒せるかどうかを試すことにした。 

 構えるのは、赤く塗られた円錐を飛び出させる太い竹筒。気球かごの側面に空けられた穴から突き出させ、後ろの導火線に点火する。

 支える一人以外は左右の壁に張り付き、支える一人もかがみこむ。

 火が、導火線を燃やし尽くして、円錐とは逆の側に到達する。

 ブオワッという音とともに、竹筒から炎が噴き出し、円錐とその後ろの細長い円筒が、煙を曳いて炎を吐きながら地面へと飛んでゆく。

 気球に気づかなかったとはいえ、さすがに武者たちも頭上から不穏な爆音が響けば気づく。

 見上げた武者たち。その一人に、炎の筒ーつまり、驚くべきことに、空対地ロケット弾ーが突入する。

 さすがにそんなふざけたもの相手とあっては、武者もどうすればいいのかわからなかった―いや、何が起きているのかすら理解できなかっただろう。

 ロケットは、武者の頭を兜ごと粉砕し、そのまま身体を引き倒して地面に衝突。ひしゃげるとともに一気に四囲に炎をまき散らした。

 周りの武者が、炎に包まれたかと思うと崩れていく。炎ごと、灰になって姿が掻き消える。

 武者たちが、一斉に上を見上げた。

 ビュン!ビュン!

 弓から鳴っているとは思えないような風鳴とともに、かごに何本もの矢が突き立った。

 さすがに危ない、そう判断した気球は、火をいっぱいに焚いてみるみる上昇していく。

 その時、北の空から、ボウッ、ボウッという特徴的なリズミカルな轟音とともに、何かが現れた。

 背中から後ろへと炎を吐き出し、摩擦熱でほんのり赤く染まるそれーすなわち短距離大型ミサイル「天龍1」が、パルスジェットエンジン特有の断続音を伴って、武者たちの群れの中央へ突っ込む。

 しょせんは鎧武者、冗談のように時代錯誤なものに対抗する手段などありはしない。

 「天龍1」が、衝突の衝撃で、ひしゃげる前に大爆発する。

 炸薬と残燃料による大爆発は、ほとんどクレーターのごとき跡をのこし、広がる爆炎と爆風が、武者たちを吹き飛ばして呑み込んでいく。

 灰となって消え去る武者たち。しかし気球で見ていた側は、のんきに眺めていられる気分ではない。

 「早く、ご報告せねば...っ」


                    ー*ー

1324年9月15日、山城国、宇治

 戦線の崩壊は、突然だった。

 それは敵の前線でも後方でも、ほぼ同時に起きたらしい。

 牛頭馬頭や赤肌の鬼たちに紛れて、無数の鎧兜の武者が現れたのだ。

 実のところ、武者たちは大して強くなかった。鬼たちと違って銃撃が効いたようで、一斉射で灰になった。

 しかし、拍子抜けするには早すぎた。

 武者たちは、次から次へと現れたのだ。

 鬼はせいぜい一度に数十体、牛頭馬頭など十体以上相手にすることはない。しかし、武者たちは無数にいて、濃密にひしめき合うようになるのに大した時間がかからなかった。

 当然、銃弾も矢も足りるわけがない。塹壕にこもったところで高が知れている。

 それでもなお奮戦した幕府軍は、さすがだった。

 三寸砲で牛頭馬頭を狙い撃ちし、七寸砲改や五寸砲を地形が変わるまで連射し、塹壕歩兵砲を弾幕同然に乱射した幕府軍。しかし弾薬が不足していた辺りからほころびが生じ、矢がきれて塹壕に武者たちが侵入するともう駄目だった。

 塹壕をそうそうに放棄させられた幕府軍は、しかし敗走を良しとはしなかった。

 撤退しながらも、手榴弾を投げ、余裕があれば立ち止まって弓矢、銃砲で反撃。敵に出血を強いた。

 それでも、敵の数が圧倒的だった。さらに困ったことに、今まで鬼や牛頭馬頭とされた怪物は徒歩で侵攻速度が遅かったが、武者たちの中には一定数、騎乗の者が混じっていた。

 自然、塹壕兵がほとんどの幕府軍は追い付かれ、数を減らしていった。

 そこへ飛行船が到着したが、そういつもいつも爆撃を繰り返せるほど弾薬が余っているわけではもちろんない。

 油樽などの発火物の投下では武者たちを止めるには足らず、歯噛みしながらも飛行船は見守るしかなかった。

 この日、幕府軍は宇治、伊賀の防衛線で壊滅し、また難波の港町には避難命令が下された。

 決して幕府軍に怠慢があったわけではない。しかし彼らは、3日後には畿内五カ国(山城・大和・摂津・河内・和泉)の喪失を認めざるを得なかった。

 さらに同日近江大津宮からの撤退が行われ、幕府が播磨国以外の近畿地方全域をあきらめたのは明白となった。


                    ー*ー

1324年9月19日、美濃国、稲葉山山麓

 戦況は、悪化の一方だ。

 いくら戦っても埒が明かない武者たち。

 矢弾の損耗を強いる鬼、牛頭馬頭といった獄卒勢。

 地獄と戦争しているという意識が、ほとんど、地獄の中で戦争している意識に切り替わりつつあった。

 「やあ、お困りのようだね。」

 後ろから、百松寺歩の声が聞こえてきた。好きな時にだけ現れるコイツに若干腹が立たんでもないが、言ってもせんなきこと。それにきっと自分たちの知りえないところで戦っているのだろうし。

 「で、君たちはあの『武者たち』とか呼んでる連中の正体に、結論は出せたのかい?」

 「ああ。」

 「なるほど、秘匿したか。まあ隠してもみんな気づいている、というより察しているだろうけどね。

 『武者たち』の正体は、過去に死んだ武者の亡霊そのものだって。」

 「…それがわかっても、できることは変わらん。結局は火力で押し切るしかない状況は。」

 「いや、そんなことはないはずだよ。現に君は今、期待と不安に胸を膨らませている。」

 「…何を根拠にそんなことを。」

 「いーや、けして暇ではないはずの君が、わざわざ時間を割いて、将軍正室の『物の怪にとりつかれたからどうにかしろ』なんて呼びつけに応じるとは、到底思えないからね。」

 「ホントに何でも知ってるなぁ。一言一句同じで、言葉遣いが乱暴すぎてビビってたんだぞ。」

 「いやいや、驚いたよ。まさかこちらの原稿と一言一句同じにメッセージを送るなんて、彼も丸くなったね。」

 「…どこまで手の内にすれば気が済むんだ。でもまあ、そういうことなんだな?」

 「期待してくれたようで何よりだよ。」

 どうしようもなくほとばしる、百松寺歩という人物のウザさ、うっとうしさ、うさん臭さ。この兄妹は容姿は優れ文武両道なのに、あらゆるゆがみを隠し切れなくて結局スクールカーストから隔絶されたところにいたんだよなぁ。

 と、セーラー服の美少女(18)-登子が向こうから歩いてきた。赤ん坊がいないところを見ると、隣で歩く百松寺祈という存在の幼児教育への悪さを心配したらしいー賢明な判断だと思う。

 「高時!」

 若干の心の揺れがうかがえる瞳は、明確に、登子の考えが自分と一致していることを示していた。

 近畿地方自体を、人外、地獄に明け渡さなければならないほどの戦況悪化への不安。

 過去の武者の亡霊などという得体のしれぬモノと戦わねばならない不安。

 そして、まさに今から起きようとしていることへの不安。

 二人で、手を、重ねる。

 ああ、反省しているさ。でも、後悔はする必要がない。

 お互い、すべての手段を尽くしたんだろ?ー

 -トキのために。

 なあ、なら、もうひと頑張りしてくれたっていいんじゃないのか?

 「橋本よ。」

 同じ名前なのに、一人サボりはずるいと思うぞ。

 「一野、俺に失礼なことを考えるのはやめてくれ。シャーロックホームズですら目を見れば言わんとしていることがすべて類推できるんだからな。

 久しぶり、時乃。」

 虚空から抜け出すように現れたイケメンが、手をさらに上に重ねつつ、そう、言った。    

 結局、次作の人物はちょい出しのつもりだったのに準メインになってしまうのは、習作の悲しいところ...

 明らかに前回、切るところを間違えた気がします。

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