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(1323年冬~1324年夏)万物は流転し新たな時代へ

 だんだん時代物でも何でもなくなってきました...

(1323年冬~1324年夏):護良親王以後、なおも戦は続く。そして文観との対決が、ついに始まる...!

 「ー伝わるとおり、護良親王は鎌倉で自害した。ならば、いよいよ我々は、抹消された歴史的瞬間に立ち会うことになるんだろうね。ー」

                    ー*ー

 1323年10月25日、鎌倉、若宮大路御所

 自分は、久々に足利や新田の面々とともにいた。治天の君、後伏見上皇に謁見するためである。

 しかし隣に、登子はいない。

 「おお相模守殿、そちの顔を久々に見たのう。」

 「陛下、申し訳ございません。」

 「良い良い、わしにも覚えがあることじゃ。

 して、登子殿の様子はいかがかな?」

 「いえ、やはり万全とはいかないようで…」

 「当たり前じゃ。もっと気遣ってやれ。

 …いや、月のものがこないのに気づかないほど忙しくさせたわしらが、いえる義理ではないかの。」

 「いや、自分が気づくべきでした。戦場に出たことでつわりが遅れるとは...」

 「私も、気づくべきでしたわ。京では幾度か身ごもりなさった方を見申し上げて来たというのに。」

 「これこれ高時殿、あや殿。あまり己を責めるでないぞ。わしも皇子が生まれた時など同じことを思ったものじゃ。

 それで、京は陥ちそうかの?」

 最近、登子にかかりきりで、実は政治・軍事から遠ざかりすぎだった。それに登子とあやが抜けると、仕事が進まない。思ってきた以上に二人に頼っていたらしい。

 「難しゅうござります。何より一度退いた兵を寒い中再び畿内まで動かすのは士気にかかわりますゆえ。」

 「ならば春まで待とうぞ。高氏、義貞、きちんと準備を進め、高時殿と登子殿の仕事を減らしてやるのじゃぞ。」

 「「はっ!」」

 いやほんといい仲間と君主たちだなぁ。 

 「それでは高時殿、あや殿、身重の登子殿によろしくと伝えておいてたもれ。」


                    ー*ー

 長篠での決戦が幕府の勝利に終わり、護良親王=橋本理が死んでからひと月以上が経った。

 幕府軍ほど撤退を成功させられなかったために、楠木正成率いる大覚寺統軍継戦派は、帰京までに火力兵器をほぼ全損していた。

 一方の幕府軍も、陸上兵力を撤兵させてしまうともう一度動かすのも難しく、結局、空海でのにらみ合いだけが続けられていたが、幕府空軍総官である北条登子が妊娠し、海軍総官の北条あや、執権の北条高時がかかりきりとあっては、それすら下火であった。。

 幕府側はたびたび講和を持ち出し、一方後醍醐天皇側近の吉田定房よしださだふさなどの公家たちもまた、講和交渉を始めた。そのために箱根要塞関所は日に2度3度と敵味方の使者を通していた。

 幕府は民衆への情報公開政策を進めていたから、民草の隅々まで、平和の機運に期待しなかったかといえばウソになる。特にここまでの戦争が、持明院統と大覚寺統、武家と公家の対立によるものというよりは護良親王と北条高時の恋の争いに依っていたと知る者たちは、早くも戦後処理を始めていた。

 ーしかし、世の中、そんなにうまくはいかないものである。


                    ー*ー

1323年12月2日、鎌倉、若宮大路御所

 俺はですな、あの日は上からの命令で、琵琶湖にあるっていう飛行船の基地を偵察しに行ったんでごぜえまさあ。

 え、何、その命令の出どころは奥方様。ああ、身重なのに精の出ることで。

 それででさあ、湖にでっけえ卵みたいなやつが3つも並んでたのにも驚いたがよ。もっと俺たちが驚いたのは、湖の上からなんか飛んできたことででなあ。

 まったくありゃたまげた。最初クジラの隣に鳥がおる思うたが、なんか頭に回ってんもんでなあ。羽も上と下にあって、背中に人がのっちょん。

 こりゃあかん、カラス天狗じゃ、妖怪変化じゃ、親王の御霊じゃ言うてみな騒ぐもんで、わしも胸騒ぎがして逃げることにしたんでさ。わしか?わしは怖がってなど...

 高時様?絵を見てほしい?そりゃ仰せのままで…

 こ、これ!これでごぜえます!なんでこれを!?


                    ー*ー

 「登子」「登子様」

 「あ、高時、あや姫、どうしたの?」

 「どうしたって、お見舞いに決まってますわ。」

 「ふふ、一日何回来てるのさ。」

 私は、半分照れ隠しで言った。二人とも3回以下だったことないし。

 「ねえ高時、この子、名前どうする?」

 おなかをさすってみせる。うん、まだ17歳だからちょっと怖いというか、悪いことのような気が…ってこの時代じゃ別に珍しくないけど。

 「…時行ときゆき?」

 「うーん、それがちょっと複雑なんだよね。正史じゃ、確かに幕府再興を目指したってことで北条時行が北条高時のもっとも有名な子供だけど、実は長男じゃないんだよ。」

 「え?」

 「うん、学校じゃ中先代なかせんだいの乱習うからややこしいんだけど、長男は北条邦時(くにとき)。裏切られて義貞に斬られちゃうんだけどね。」

 ま、今となってはその未来に行きつく心配はないんだけど。

 「ではなぜそうなされませんのかしら?」

 「…邦時は庶子だから...」

 「あー…」

 私は別に、私の子供もあや姫の子供も区別しないだろうけど、ちょっと正室(1番)としてのプライドがね。

 「まあ難しいことはゆっくり考えよう。何も正史にこだわることもないし、よく考えれば、女の子である可能性もイーブンだ。」

 ま、そりゃそうよね。ついつい考証不可だから脳裏に追いやってた。

 「で、他になんかあるんでしょ?それも私に尋ねたい心配事が。」

 気を使ってくれるのはうれしいけど、そうも言っていられる情勢じゃないし。隠された方が心配だし。

 「あら、自分が必要でないではとご案じなされますのかしら?」

 「あ、うーん、私は存在そのものが必要とされてるから。別に仕事で必要とされなくてもいいんだけど...

 逆に周りが必要としてるからね...

 で、どうなの?」

 「…負担にならない?」

 「むしろ何もしないのも負担なの。別に周りにとっては悪いことじゃないってわかってるけど、未来人としては10代の妊娠ってまずいから、罪悪感みたいなのがちょっとね。」

 「…ほんとごめん。」

 「いいのいいの。

 …察するに、飛行機でも出てきた?」

 「正解。橋本は、まさか自力で部隊化は無理だろうって言ってたのになぁ。」

 「複葉?」

 「らしい。気球乗員の目撃談を総合すると、一人乗りの水上飛行機、機首にプロペラを備えフロートは二つの複葉羽布張り。少なくとも5機以上いる。」

 …橋本くん、ほんとに鎌倉時代をガリガリ変えてるね...

 「飛行船も3機浮かんでたらしい。」

 「てことは、2基は追加か...」

 もう橋本くんはいないのに、コピーとはいえよくやるよ。

 「どうする?こっちも飛行機作ってほしい?」

 「航空機用エンジンとか作れそうか?」

 「うーん、蒸気機関じゃ重いし、私は機械工学は全くわからないから...

 現状狙われるような大きな目標も少ないし、Bー29みたいなやばい奴が出てこないなら放置でいいんじゃないかな。一応もし部品が手に入ったらコピーを試すよう言っとく。」

 「ごめんな。」

 「だから、むしろ仕事したいんだってば。気になるし。」

 「じゃあ単刀直入に聞くぞ。

 史実通りになると思うか?」

 「うーん、橋本くんはそうなるように言い遺したって言ってたけど、文観とかがなんて言うかはわからないし、それに奈良は山がちだから、あそこで戦うのは本意じゃないんだよね…」

 箱根要塞見て「俺がいなくてもこれ以上のものができる」って言ってたしね、橋本くん。だったら難攻不落に等しいだろうし。

 「まあ史実通りになったらひたすら攻城戦にするから、鎌倉でできることはないな。どちらにせよ春まではゆっくりしよう。」

 うん、優しいね。

 「じゃあ、代わりに橋本くんが託した品々、見てきてもらえる?」

 「ああ」


                    ー*ー

 「ー高時夫妻が期待したとおり、こちらの資料でも、冬の間、小規模な戦闘こそ頻発したものの、それが全面再戦につながることはなかったとされているね。

 しかし、静寂は破られるためにこそ存在する。平和とは、女神が剣を携える時代のことなんだ。理系でも文系でも、それぐらいの自然の摂理はわかるだろう?

 そのうえで、護良親王が遺した遺産が、状況を加速させることになる。

 ああいや、君たちにはもう、そんなことは常識、だったっけ?ー」


                    ー*ー

1324年3月3日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 ひな祭りの会場とされても、屋敷には奇妙な静けさが漂っている。

 「みんな、私に気を使ってるんだね。」

 妊娠9か月ともなれば、 本人がいくら遠慮しなくていいといっても誰だって静かにする。それに今は戦時中で、どこか「欲しがりません勝つまでは」の自粛ムードもあった。

 「…もう少しイベントごとに盛り上がってくれないと、経済が回らないんだけどなー」

 「それはしかたないって登子。700年後みたいな盆とクリスマスと初詣を全部楽しむ国民性が、まだ育ってないんだからさ。」

 「うーん、じゃ、勝手にあや姫の十字架でも祭ってみる?」

 「そんなもんに祈るな。」

 側室が持つ謎のシンボルに祈る正室とか、ホラーだぞ。

 「あはは…

 でも実際さ、この時代の人ほど神仏を信じてないし、かと言っていくら医療改革を進めても未来並みの信頼性には到達しないし、しかもどうも敵の神様いるみたいだし、私はいったい、何に祈ればいいんだろうね?」

 それはどうしても、自分たちや事情を知る人たちに、多かれ少なかれ付きまとう悩みだからなぁ…

 「…ちょっとアホなこと言うから、笑ってくれよ?」

 「おけ」

 「その子が生まれてくるだろう。」

 「うん。」

 「孫が生まれ、ひ孫が生まれるだろう。」

 「うん…?」

 「やがて2020年に、自分たちがもとで本来よりはるかに発達した医療技術を使って、あの爆発のあと子孫が自分たち3人を生き返らせる。こんなのどうだ?」

 「…その時は私、独り身だよね?

 今度こそ、ちゃんと、私からこくは」

 「高時様、今、お手すきでございますかしら?」

 襖を限界まで静かに、うるさく開けたあやが、自分の袖を引いた。

 「どうした?」「どうしたの?」

 「…あまり聞かせたくはなかったのですが...

 …開戦は必至にございます。」

 「何?」

 ちょっと待て、開戦が必至って、それはつまり、もう後には引けない、現場レベルでは開戦してる状態じゃないか…!

 「本日、元から兄上が帰ってこられたのでございますが...」


                    ー*ー

 それは、元からの帰路、大阪湾(難波湾だが)でのことだったそうだ。

 元との交渉も、倭寇の元締め自らが倭寇を停止すると皇帝の前で宣誓し光厳天皇と足利高氏の名の(北条高時に書かれた)全権委任状で交渉したことが功を制し、硝石の買い付けに成功した。

 元の使節を連れた船団に硝石を満載し、過酷な冬の日本海を乗り越え、やっと瀬戸内海に到着。そこで塩飽水軍の護衛を得た松浦綱は、穏やかな内海を、あと一息と鎌倉めざし航海していた。

 そこで、お互いに大砲を撃ち合う2隻の黒船に出くわしたのである。

 片方は幕府海軍(つまり北条と松浦)の旗、もう片方は例の「勅命下る 翻る軍旗に手向かうな」を掲げていた。

 使節も漢字は読めるから、大覚寺統の旗の意味を読み解くかもしれない。そうなれば、幕府の旗を掲げている自分たちが、賊軍と判断されてしまう。

 こんなところで元に要らぬ疑いを持たれたくはない。だから綱は、使節が砲声に驚いている間に、すべてを終わらせてやることにした。火薬を積んだ空舟を、大覚寺統の黒船へと流したのである。

 狙い通りに空舟は、黒船の副砲射撃を受けて炎上し、接舷とほぼ同時に火柱を上げて轟然大爆発した。

 大覚寺統の黒船は、その一撃で大穴を開けられ、炎上しながら傾き、転覆、沈没したのだが、救出された沈没船の乗組員に話を聞いて、綱は自分の決断を航海した。

 船の名は大覚寺統水軍総旗艦「雨鳥船」。日本神話に出てくるイザナミとイザナギの子神の名というだけでも畏れ多いが、この船は、四国方面の督戦に向かう親王一名を乗せた機帆両用巡洋艦だった。

 皇子を乗せた、虎の子である、神の名の船。それを沈めてしまったことは、大覚寺統との決裂を意味することに他ならない。

 「実際、水軍や飛行船に追われる中、嵐の助けを借りて命からがら鎌倉へたどり着いたそうですわ。

 これは、高時様のおっしゃる「飛行機」とやらからの攻撃の跡にござりますわ。」

 あやが、大きな穴の開いた木片を差し出した。

 裏の穴は小さい。つまりこの穴をあけた物体は、木を貫通しながら内部で広がっていったことになる。

 矢や槍の仕業ではない。銃弾、それも鉛弾による攻撃だ。

 「飛行機の搭載機銃って結構手間かかりそうなんだけどなぁ…」

 「あや姫、これってどこの板?」

 「船の、船底だそうですわ。」

 「ねえ高時、穴が、ほぼ垂直に抜けてる。

 これってつまり、飛行機は垂直に降下できるってことだよね?」

 「下向きに取り付けてる可能性も...いや、狙いが付けられないか。

 ってことはかなりアクロバットなことができる、高性能な奴だってことになる。目撃談をまとめないと詳しいことは断定できないけど、こりゃ向こうの航空技術は相当のもんだぞ。」

 登子と目を合わせ、ため息をつく。何しろそれに比べてこちらの航空技術ときたら地を這うようなもんだ(いや飛んでるけど)。

 「まさか高射砲でどうにかできる相手じゃない。対策は考えておくけど...」

 自分は、それに続く言葉を発するべきか、というよりそれが正しいのかどうか、わかってはいてもなお悩んだ。

 登子が、自分の手を軽く握る。

 「…高時?

 行っておいで。」

 「…いいのか?一人にして。」

 「大丈夫。あや姫も、行っておいでよ。

 今度こそ戦争を、終わらせるんでしょ?」

 「本当によろしいのかしら?必ずしも私たちが全線に赴く必要は...」

 「あるよ。

 だって知識が違う。

 飛行機、まして航空戦なんて、この時代にあっては誰もまるで分らない。だから、シューティングゲームや歴史の教科書レベルの知識があるかどうかで、全く違う。

 しかも再び開戦するかどうかって局面で、今度は敵を追い込めるかもしれないって局面で、歴史を、外交を見聞きしてきた私たちの視点があるかどうかで、すべて変わってくる。」

 「…そういう理屈じゃなくてだなぁ」

 あと一か月で出産というときに、そばにいられないことに納得できるわけもない。というか、医療現場で手を洗いすらしないこの時代、いくら事前に言いつけておこうと危険なものは危険だ。

 「…大丈夫だって。私女の子だし、医療衛生出産の未来知識なら絶対3人の中で一番だよ?」

 「登子様、高時様は、そういうことではなく、登子様のお気持ちを聞いておられるのですわ。」

 「…あや姫、言わせないでよ。」

 登子の目じりに、涙が伝っていた。

 「私たちとて、頭では行かねばならぬと理解してございますわ。これは戦争なのですから。

 それでもなお、離れたくないお気持ちは、ご一緒ではございませんかしら?」

 「…うん。」

 「…ごめん、登子。」

 考えてみれば、妊娠が発覚した9月の時点で、もっと打てる手はあった。事態の責任の半分以上が、交渉において、再戦時に不利になるまいと小細工を繰り返した自分にある。今回の巡洋艦撃沈事件だって、大宰府まで連絡をつけ情勢を遣元使に伝えるよう命じなかったこちらの落ち度だ。

 とまれ、起きてしまったことは、仕方がない、か。

 「おけ。

 …この子の一歳の誕生日プレゼントは、『平和』にしてあげよ?」

 …ほんと、登子トキは、強いなぁ。

 「ああ」「お任せくださいませですわ。」

 

                    ー*ー

1324年3月6日、美濃国土岐郡

 その夜、美濃国守護宇都宮公綱は、美濃国一の大勢力を誇る豪族、土岐氏の館に招かれていた。

 後の世には斎藤道三に一代にして滅ぼされ、庶流の明智光秀までも羽柴秀吉に討伐されて消滅する土岐氏だが、この時代には美濃国中に分家を広げ縁戚関係を結び、家紋の桔梗キキョウに基づき「桔梗一揆」のあだ名で恐れられていた。

 1324年当時の土岐氏当主は土岐頼貞ときよりさだ(51)。母は北条得宗家の出身であり、さらに土岐氏じたい源氏一族であるというサラブレッドであった(もっとも公綱とて立場は同じであるが)。

 大覚寺統の本拠地がある近江大津宮は隣国近江国にあり、従って土岐氏の態度は天下の趨勢すら決めかねない。だからこそ公綱も、開戦必至が伝わるこの時期に、守護所を空けて東へやってきたのである。

 「いやあ、公綱様、ご壮健のようで何よりでございますな。」

 「頼貞様こそ、この大変な時期に変わらぬご様子で、うれしき限りにございます。」

 「なんの。公綱様や鎌倉の方々のような若人に比べれば、それがしのごとき老人、枯れ木にも劣りますわ。」

 「ご謙遜召されますな。何を隠そうこの公綱、未だ関ヶ原での傷が癒えておりませぬ。再び戦となれば、敵味方双方から笑いものとされることは必定にござります。」

 「ほう?我らも関ヶ原で何があったか、存ぜぬではございませぬが、瘴気にやられた者の後遺症がそこまで続くとは存じませなんだ。」

 「…まともに吸えばまず助かりませぬからな。死ぬか無傷か、といった塩梅でございまして、負傷してなお生き残っておるのは私くらいのものです。」

 「『大砲』といい、世は動いておるのう。それがしらも変わっていかねばならぬ。」

 談笑しながらも、公綱は、警戒を忘れることがなかった。

 未だに左目の視野が若干ゆがみ、そのため完全に距離感をつかむことができない。先手を取られるわけにはいかなかった。

 -すでに後醍醐天皇の宣旨は、美濃中、守護所にすら何通も届いている。高時様に「大覚寺統からの勅命に安易に従うなよ、賊軍にはならないから。」と忠告されなければ、自分すら余りの剣幕に朝敵にならないように寝返ってしまうところだった。

 -では、この、自分の親ほどもある男は?

 「ですな。そろそろ、己の行く道は己で決めるべき時かもしれませぬ。」

 「やはりそう思われますか。」

 -軽い牽制のつもりだったが、乗ってきたか。

 「この美濃は天下の枢要。私たちの胸先三寸に、畏れ多くも皇統の行く末がかかってございます。」

 「…して、公綱様はいかがなされるのですか?」

 -来た!

 「どちらに転んでも、武家が大きく変わらねばならぬは必定。ならば、このように憂き戦は早く終わらせ、疾く鎌倉にて政務に戻るのが私の夢にございます。はは。」

 -少し、本音過ぎたか?いやしかし...

 月が、雲に隠れる。

 「…捕らえよ。」

 頼貞が、短くはっきりと告げた。

 公綱が、すっと刀…ではなく、鉄砲を抜く。そして、振り返って一発。

 銃声の後に、叫び声が

 「謀ったな!」

 「公綱様もお読みになられたであろう!我ら土岐源氏は、賊軍にはなれぬ!

 この時代が大きく変わる時が、歴史に残らぬわけがあるまい!賊徒などという不名誉を残すことは、家中かちゅうが納得せぬ!」

 「京方では、武家は生き残れぬぞ!」

 「何故言い切れる!」

 「百姓までもがコレにより戦えるようになった今、タダ飯喰らいの武家は、なさけなくば必要とはされまい!」

 「…何を愚かな!」

 -ああ、高時様に、同じことを申し上げ、笑われ申したからな。

 「これ以上話しても埒が明かぬ!

 宇都宮公綱、尋常になされませい!」

 とたん、左右の襖が開かれ、太刀や槍を持った刺客数人が飛び出してきた。

 銃穴空いた背後の壁も蹴破られ、外からも武士が乱入し、公綱はあっさりと包囲された。

 だが、公綱は勝機を一つだけ見出していた。

 銃口を、頼貞に向ける。

 それだけで、場が凍り付いた。

 「そなたらが斬りかかるより、私が指一本引く方が早うござる!」

 -ハッタリだ。口論の前に一発放ち、弾は込められていない。だが!

 じりじり下がりながらも、狙いは維持する。

 刺客も主の命がかかるとあっては動くことができず、公綱の背に押されるように下がってゆく。

 その時、ニワトリの鳴き声が響いた。

 ニワトリ?いや、今は朝ではない。では何の鳴き声ーいや、誰の(合図)

 公綱が、走り出す。

 「追えーっ!」

 「公綱様をお守りしろーっ!」

 頼貞の刺客が公綱を追って走り出すが、庭から走ってきた武士たちが、的確に刺客たちに刃を向け、公綱を襲う隙を与えない。

 武士の一人が、要塞歩兵砲を上に向け発射した。

 撃ちあげられたのは砲弾…ではなく、大輪の花火。花火から発展したともいわれる迫撃砲であるから、当然先祖返りも余裕であり、天高く上がり割いた炎の花は、東濃地域、つまり土岐郡全体から見えた。

 雄たけびが聞こえてくる。

 次々と宇都宮家の手勢が現れ、土岐家の手勢が館に入れまいと戸口で戦闘を繰り広げる。

 宇都宮家が関東から連れてきたのは、正史で楠木正成をして「坂東一」「己の命をちり芥同然にしか考えない」と称され決戦を避けせしめた「紀清両党」。幕府の最強戦力として重用され、中核を海兵隊に引き抜かれてなお精強を誇る彼らは、主の危機を悟るや、一夜で土岐氏をつぶす意気込みで攻め寄せた。

 一方の土岐氏も、黙ってはいない。天皇家の血を引く土岐源氏としてのプライドを持ち、そして戦国時代には「兵は甲州か濃州」と呼ばれることになるほどの精鋭ぞろい。信用度が低く今まで大規模な戦に参加できなかったことが、余計に彼らを掻き立てていた。

 土岐頼貞自らがなぎなたを手に戸口での戦いに出向き、宇都宮公綱自らが鉄砲で頼貞を狙撃する。

 戸口が爆破されて館に宇都宮の武士たちがなだれ込み、頼貞がひとなぎでその足を斬り飛ばす。

 腹ばいの姿勢の公綱が、長い狙撃銃で頼貞へ発砲する。銃弾は狙いを少し外れて、頼貞の左耳を奪う。

 しばらく、その調子で戦いが続いた。

 公綱たち宇都宮勢が、逃げながらも体勢を立て直し、狙撃、突撃、はたまた迫撃砲砲撃と、多彩に反撃する。

 ガリガリと先頭集団を喪失しながらも、続々と一族郎党を集め、土岐勢が追いすがる。 

 やがて双方が峠道で向かい合うことになると、宇都宮勢はその場で塹壕を掘った。

 土岐郡一帯から味方が集まるのだから、いくら峠をふさがれたところでそのさらに後方から襲撃できると高をくくった土岐勢。

 しかし夜が明け、塹壕にこもるわずかな宇都宮勢を排除した頼貞たちは、その向こうにとんでもないものを見た。

 「多治見国長殿?どうされた?」

 「どう、とは?」

 「そちらに公綱がいるはずだ。」

 「いや、見ていないが...」

 峠の下にいた味方の言葉に、頼貞が唾を吐く。

 「くそ、奴ら味方を捨て石に逃げよったか!」

 

                    ー*ー

1324年3月7日、美濃国土岐郡東端

 「…そなたらの死、無駄にはせん!」

 遥か東を振り返り、宇都宮公綱は手を合わせた。

 「御屋形様、ここまでくればもう安全でございます。」

 「よし、すぐ鎌倉に使いを出せ。これは大きい戦になるぞ。」

 「やはりでございますか!」

 「ああ、この機を見逃す楠木とは思えん!」

 

                     ー*ー

1324年3月16日、尾張国津島

 美濃国での戦は、あっという間に主戦場を尾張国へと移した。東の土岐氏と西の近江国大覚寺統軍本隊に挟まれた紀清両党は、漸減邀撃を図り時間稼ぎしながら徐々に東へ撤退していった。そして木曽三川地帯において、熱田から救援に来た熱田衆が宇都宮の紀清両党に合流。一方ひたすら遅滞戦術を取り続ける幕府軍に業を煮やしたか、畿内から兵力を集め膨れ上がる大覚寺統軍は焦土戦術を採用。徐々に焼け野原を西へ広げながらも、時は過ぎていった。

 そして今日、公綱が待ちに待った幕府の援軍が、現れた。

 北条高時率いる幕府軍先遣隊10万と気球8基は、先の長篠での戦を生き残った精鋭砲兵隊を引き連れていた。

 三寸砲、七寸砲が猛威を振るい、反撃される前に気球部隊が五寸砲や機関銃を焼夷弾で焼きつぶす。

 大覚寺統軍は、たった一本の小川を渡ることすらできない。

 「叩き潰せ!一人も生かすな!」

 高時が叫ぶ。

 硝石の供給が安定したために、幕府軍砲兵隊にはもはや遠慮がなくなっていた。

 大砲を早期に失った大覚寺統軍は、撤退して体勢を立て直そうとする。

 しかし戦を早く終わらせたい高時は、容赦を忘れていた。

 無数にも思えるロケット弾が、大覚寺統陣地にまんべんなく降り注ぐ。すべてが、護良親王が高時と登子に譲った情報をもとに作られた、幕府バージョンの白リンロケット。白い煙幕で空間を満たし、焼夷効果で肌を焼く。

 「一斉射撃!」

 鉄砲隊と弓矢隊が、冬の間に蓄えた銃弾と矢をこれでもかと解き放った。

 白煙が、血で赤く染まる。

 そこへすかさず騎馬隊が突撃。視界を奪われている大覚寺統軍は、残らず討ち取られていく。

 統率を乱して東海道を西へ逃げてゆく敵兵たち。しかしそれにすら、苛烈な攻撃が加えられる。

 気球が焼夷弾や白リン弾を投下し、さらには街道ごと砲撃により殲滅されてゆく兵たち。

 「さ、さすがにやりすぎでは?」

 宇都宮公綱が、あまりの虐殺に顔を青くしながら言った。

 「ああ、やりすぎかもしれない。

 でも、誰かがやるしかない。ここで敵を生かして、後悔するのは未来の自分たちだ。」

 -思い立ったが、即日。

 高時とて、情け容赦なく敵軍を消滅させるのは好みではない。それでもなお、「優勢であるうちに攻め切らなければ、敵は何度でもよみがえる」という思いがあった。

 鎌倉まで攻め上ろうとした回数だけでも、長崎の乱後、飛行船、そして長篠戦の時と3回。どれも接戦、いや、危なかった。もういい加減に繰り返したくはないー登子との子供のためにも。

 「追撃だ!一週間で大津宮を陥とす!」

 

                    ー*ー

1324年3月22日、近江国、近江大津宮

 「陛下、ここはもはや危のうございます!」

 「しかし、このわしが都から動くわけにはまいらぬ!正成、おぬしが賊軍を退けよ!」

 「不可能にございます、陛下。」

 「な、わしの言うことが、聞けぬと申すか!」

 陛下は、いつも強情でいらっしゃる。もはや討ち死によりほか、時間を得る手立てはない、か...

 (「正成、父上が動かないで危険にさらされるならば、縛ってでも吉野山までお連れしろ。

 いいか、絶対に言いつけを聞くんじゃないぞ。俺がいないところで帝の言いつけで防戦しなきゃいかんような事態なら、お前は絶対死ぬ。

 帝の代わりはいくらでもいても、楠木正成の代わりはいねえんだ。」)

 「陛下、どうしてもこの正成の忠告が、聞けぬ、そうおっしゃいますか?」

 「正成殿、無礼でござ」

 「私は今、陛下に、お聞き申し上げている!」

 -必要ならば、刀さえ抜いてやる。

 「正成殿...

 この北畠親房、畏れながら正成殿に、賛成で、ございます。」

 「な...」

 「都などまた取り返してやればよいのです。」

 「しかし...

 護良が、いろいろ遺していったではないか?勝てぬのか!?」

 陛下、まだそんなことを!

 「賊軍は破竹の勢い、平地で決戦すれば、手薄なところから戦線が崩壊いたしまする。

 飛行船はもはや不利であり、飛行機の滞空時間がきれたとたん、あるいは天候が崩れた途端、賊軍はこの内裏までも土足で踏み荒らすでしょう。

 もはやいとまはございませぬ。早く、全軍を南へ!」

 右手で触れる刀の鍔が、カチカチ鍔鳴りを起こしている。これ以上長引けば、焦燥感から刀を抜いてしまいそうだ。

 「陛下、拙僧は、都を捨てようとも汚点とはならぬものと存じます。そもそも平安京から移ってきた者たちばかり。急なこととはいえもう一度遷都するだけの話。致し方ないことならば道理にかなうと思いまする。」

 「う、うむ、致し方あるまい。」

 親房殿が、大きくうなずく。

 「親房殿、陛下を吉野山へお連れ申し上げよ!」

 「正成殿は!?」

 「私はこれより、しんがりとして、航空隊を撤退させねばならぬ。」

 「…事態が事態ゆえ、あまり兵を残せぬ。厳しい戦いだと思うが...」

 「なんのこれしき!」


                    ー*ー

1324年3月23日、近江国、近江大津宮

 夜の間に、敵兵が激減している。

 そう連絡を受け、自分の失敗に、反吐を吐きそうになった。

 正史では、京に足利軍が迫ったとき、近臣の讒言にもかかわらず後醍醐天皇は京を離れようとはせず、そのために迎撃に出された新田義貞と楠木正成は死を覚悟せねばならなかった。そして実際、正成は戦死する。

 正史から推測すれば、後醍醐天皇は近江大津宮にこだわり、瀬田川で一線交えて、航空戦力と厳しい戦いになるだろう。そう予想していたが。

 「まさか、予想が崩れるとは。橋本、いろんなところに影響与えてたんだなぁ。」

 敵が迫る中、帝の御在所から兵を減らすはずがない。つまり今回、帝は兵とともに何処かへ逃げたのだろう。

 「それでどうするんだ、高時?」

 直義が、板に貼った地図をにらみながら聞いてくる。

 「…現時点では何も言えないが、散らばらないよう注意しつつ、敵の飛行機が出現するまで、都を攻め落とすしかないな。」

 「しかし、都は空っぽじゃないか?守る楠木勢と一線交えてまで得られるものがない。」

 「そりゃそうだ。きっと楠木正成の狙いは、琵琶湖に浮かぶ飛行船と飛行機を逃がす時間稼ぎだろうな。」

 それに、研究成果一式も。

 「なるべく多くのものを持ち出したいのだろうが、こちらが逃げられまいと急いたところで、向こうは作業を切り上げ飛び立つのみ。実のない戦だが...」

 しかし、都を攻め落とすということは、字面以上のインパクトがある。

 自分が最初の鎌倉侵攻で鎌倉を放棄した時、御家人からの裏切りが相次いだ。作戦のうちであってなおそうなるなら、ましていわんや敗走によるものならば。

 「それと、大砲は使用禁止だ。仮にも都、大砲を向けるわけにはいかない。どうせ向こうも、しんがりに残してはおかなかったはずだしな。」

 「了解。周知させておく。」

 赤い旗を掲げると、気球がふわふわと飛び立ってゆく。

 「さて、敵の飛行機とやら、どれぐらいのレベルのもんか…」

 

                    ー*ー

 最初に気づいたのは、音だった。

 頭上から、「ブオォーーン!」という、カの大群のような音が響いてきたのだ。

 これは高時様直々に注意のあった「飛行機」とやらか?

 そう思って見上げると、青空に黒点が混じっていた。

 そいつは、風切る音とともに落ちてきた。

 ビシッ!

 強く頬をはたくような音がした。

 そいつがなおも一気に降りてきて、目の前を通り過ぎていく。

 灰色の背中に、やけに鮮やかな赤丸。長細い角の丸い四角い板二枚に挟まれた、魚のようなカタチの部分に見える黒い頭。

 なんだったんだ、今のは...?

 ビシッ!

 「げほっ!」

 ...血?

 …撃たれた!?

 「げほっ、げほげほっ!」

 …腹に、大きな穴が開いている。

 俺は、もう、ダメか...


                    ー*ー

 予想通り、こちらの気球に対抗し、飛行機が登場した。

 -それも、圧倒的な強さで。

 登場したのはわずかに5機。しかしそれだけで、こちらが出した気球8基は、瞬殺された。

 その姿は、なかなか様になっている。

 細長い胴体の、上下に幅広い羽根。

 機首ではプロペラが回り、胴体から両斜め下へと支柱が伸びてその先に船型のフロートがついている。

 飛行機は、まず最初に高空から現れて気球を殲滅し、そのまま降下しながら爆弾らしきものをこちらへ投下、その後ぎりぎり鉄砲が届かない高度からこちらを見下ろし、飛び回っている。

 弾が少ないのだろうか、攻撃はしてこない。しかし我が物顔で飛び回られるだけでも、充分にストレスがたまる。

 「多少士気は下がるが、ごり押し一択だな。」

 無茶は承知だが、しょせん5機、何ができるでもない。

 「将に、目立つ格好をしないように伝令せよ。狙い撃ちされる危険がある。」

 「はっ!」

 「伝令!金沢様、名越様、大内裏に突入なさるも無人!」

 「三寸砲を運び込め!飛行船を砲撃だ!」


                    ー*ー

 自ら進言したこととはいえ、発展の兆しを見せ始めていたこの都が陥落するのを眺めるのは、忍びないものがある。

 ゆっくり、足元が浮き上がる不安定な感覚。

 窓から、周りを飛び回る「飛行機」の姿が見える。

 見下ろせば、大津宮のあちこちを、武士が闊歩している。アレは、全部、敵だ。

 「正季…」

 必ず、この無念は...

 「正成様、奴ら、内裏に大砲を…!」

 「っち!浮上急げ!」

 神聖な内裏に、無人であるとはいえ武具、それも大砲を持ち込むだと!どこまでも不遜な奴らめ…

 その時、内裏の庭で、確かに、赤い炎が上がった。

 どこかから、かすかに水音が聞こえる。これは、撃たれている...!

 急げ!

 いよいよ飛行船が浮かび上がる。

 ふと右を見ると、隣の飛行船との間の水面に、水柱が上がっていた。

 お互いの船体からの波が、体を揺らす。

 飛行船のすぐ横でしぶきが上がる。

 -次は、当たるー!

 ぐらぐらと揺れがひどくなり、水から離れた感触が伝わってくる。

 ガスン!!

 「当たったか!?」

 「いいえ、いや、はい!」

 「被害は!」

 「問題はなさそうです!」

 前方の視界が、みるみる上昇していく。

 「離水!」

 -よし、逃げ切ったか!

 「限界まで高く!進路吉野山!」

 「了解!」


                    ー*ー

 「…逃げられたか。」

 「はっ、面目ございません。」

 「気にするな。もともと大砲はそんな単純なもんじゃないはずだ。一発当てられただけでも褒められてしかるべきだよ。」

 連日の火力戦で消耗しているはずの砲兵隊をねぎらうと、叱られると思ってたのか、スキップせんばかりの様子で帰っていった。

 「高時、どうするんだ?」

 「大津宮は陥落。平安京は一両日中に陥ちるだろう。

 なら、目指す場所は一つ。吉野山だ。

 だがその前に、畿内一帯を制圧し、敵を抑え込まなきゃならない。」


                     ー*ー

 「-まもなく、40万の幕府軍本隊と20万の中国・九州地方の御家人たちが近畿地方に集結。

 東からの本隊は、赤橋英時隊5万が琵琶湖北から若狭、丹後に侵入。山城へ入り平安京を制圧した北条高時ら先遣隊とともに、のちに京都府と呼ばれることになる地域を掌握した。

 新田義貞の海兵隊は、比叡山延暦寺へ進駐。1万を超える僧兵を有して中立を保っていた比叡山といえども、軍門に下るほかなく、正史では織田信長による焼き討ちを受けてなお存続した比叡山僧兵は、この歴史において1324年4月末には武装解除され消滅した。

 5月には『月末までに武装解除に応じない畿内の寺社は、例え勅願寺や親王門跡寺院であろうとも、御仏の不殺生の教えに反するものであるから破却する』という勅命「全国悪僧排除令」が発布された。ー」

 「-そんなことしたらもめるに決まってるだろう。何考えてんだ。ー」

 「-宗教についての価値観の相違よ。

 皆が、寺社が大名を兼ねることについて、何とも思わなかった。

 彼らは、寺社が人々に死をもたらすことに、我慢がならなかった。

 その結果6月4日、大和国一国の支配権を軍事的に確立していた興福寺の急進派僧兵が、信徒・国衆10万余で上洛しての強訴を試みた。

 実際のところ、白河法皇が「余の思うがままにならぬのは、鴨川の水と賽の目と荒法師」といった時のように、春日大社の神木(の神霊を移した榊)を担ぎこむことで、神威に訴えて自らの主張を押し通すつもりだったのでしょう。

 だけど、今度ばかりは相手が悪かった。ー」


                    ー*ー

1324年6月6日、山城国、宇治、平等院鳳凰堂

 神木が入っているという神輿が、極楽浄土の価値観を表しているというお堂の真中に、デンと置かれていました。

 向かいには、ゾロっと厳めしい武士たち。確かに普通の武士と違って、頭を白布で包み、高下駄を履いているけれど、それだけですわね。風体の異様さならば、一歩も引かない自信がありますわ。

 「して、将軍はどこじゃ?」

 「将軍?おりませんわ。あいにくお暇ではございませんらしいですわよ。」

 まったく、私とて早く戦を終わらせ登子様に会いたいのですから、余計なことをなさらないでほしいですわね。

 「では執権はどこじゃ?将軍か執権を出し、我らに謝罪を申すように求めているのを、知らぬではあるまい?」

 まったく、顔も見せずに、何をもったいをつけておられるのかしら。

 「高時様なら、今頃は伊勢か伊賀でございましょう。直義様は摂津、新田様は淡路。」

 「なんじゃと!幕府は我らを、御仏を馬鹿にしておる!」

 「「「「「そうだー!」」」」」

 何をうるさい。

 「そもそも先ほどから、おぬしはなんじゃ!ここは女子のいてよいところではない!」

 「あら?卑猥な話でもなされますのかしら?」

 「っーー!仏前、神前にて、何ということを申す!」

 「では神仏の前でなぎなたを振るうのはいいのかしら?」

 「毘沙門天のように、武器を持つ神仏はたくさんおられる!御仏の教えを守り、神国を悪神悪人からお救いなさるため、多少の小さな義を犯そうとも、大義のために行っているのじゃ!」

 ああ、そう。

 「女子!引っ込んでおれ!」

 「…将軍の名代に、何ということを申されますのかしら。」

 「は?」

 「申し遅れました。

 私、執権北条相模守高時が側室、あや、と申します。

 本日は私、将軍足利高氏様ならび執権高時様、すなわち幕府そのものの名代として、参りました。」

 「な…

 女子を出してくるとは、話にならぬ!」

 「女子女子と先ほどから申されますが、私が申すことはそのまま高時様が申されたこと。ここで話をなされてもなされなくても、『荒法師から武器を取り上げぬ限り、灰燼と帰させてでも南都を攻め落とす』、この方針は揺るぎませんわ。」

 「口にするだけでも畏れ多い!」

 「神仏宿る南都を、焼き討ちするじゃと!」

 「こ奴も平氏と同じ運命じゃ!」

 「祟ってやれ!」

 あーもう、うるさいことうるさいこと。

 「しゃべるのはお一人だけになさってくださいな。

 ...高時様はお優しい方ですが、なさると言ったらどこまでもなさる方です。極楽浄土したいならば、勝手になさってくださいまし。」

 「そなたら、地獄に落ちるのも覚悟の上と申すか?」

 「地獄のようなもの、信じるつもりは毛頭ございませぬ。

 …ご存じですかしら?この首飾り。」

 私は、そろそろ限界でした。

 高時様も、「心配はいらない。向こうが戦いたいなら、喧嘩を売りつけられる前に売ってやれ」とおっしゃったのです。遠慮は不要でしょう。

 数字の十の形の首飾り。着物の胸元から引き出します。

 「これは異国の、蒙古の神へ祈るものでございますわ。生まれたおりより身につけておりますが、神罰仏罰など受けたためしはございません。」

 嘘!どれだけつらい目にあってきたと...

 …それでも、そのおかげで高時様と登子様に会えたのですわ。

 「これでもなお、神罰仏罰が、実在すると申される。ならばもう、結構ですわ。」

 「女子!女子供は殺さぬつもりであったが、貴様だけは、殺す!」

 「そう...真っ白な肌に赤と翠で移り変わる目、よく目に焼き付けておいてくださいな。日の本に二人とおりませんわよ?

 それと...神木を押し立てるやり方が、いつまでも通用すると思わないことですわね。」


                    ー*ー

 1324年6月15日、山城国、平安京 

 近江大津宮はあくまで軍都であったため、統治機構としての朝廷は、大覚寺統の西日本制圧以後もずっと平安京にあった。当然、藤原氏を中心とする公家集団も、後醍醐天皇とともに吉野へ引き上げなかった者は健在であったし、また光厳天皇や後伏見上皇が返り咲く準備を進めるために鎌倉から移ってきた公家もいた。そして彼ら、特に藤原系の者は、氏社である春日大社の神木を以ての強訴に震え上がった。

 神木が京にある間、藤原氏は皆謹慎を強いられる。そのため朝廷の政務はストップし、さらに強訴を批判すれば氏社権限で藤原家から追放されてしまうために、数百年間朝廷は興福寺の要求を受け入れざるを得なかった。

 しかし、幕府の知ったことではない。

 15万という、強訴史上圧倒的な大軍が、神輿を先頭に羅城門をくぐり、宮中へ踏み込み、紫宸殿の前に神輿神木を置き、興福寺の勝利が確定したかに見えたその時、事件は起きた。

 「…なんですか?これは...」

 額に銀色の模様を輝かせ、三つ編みのおさげを左右で揺らす少女。どこからともなく現れた彼女が、何の躊躇もなく神輿を開けてしまったのだ。

 「…葉っぱ?大仰にまあ。本当に葉っぱだとは思いませんでした。」

 「な、なんじゃお前!」

 「お、畏れ多い!」

 「こら!その神木にふれるでない!」

 「神木…カムイの宿る木と聞いて、いかな大木かと期待したのですが...みすぼらしい。」

 「み、みすぼらしいじゃと!?」

 「女子に何がわかる!」

 「女子に何がわかる...?逆に、私にわからねば誰にもわからないかと...そもそもあなた方は僧侶でも何でもないのですから、偉そうなことを口にするのは控えていただきたいです。」

 「な、なんじゃ、知ったような口を!」

 「巫女、僧侶、神官…それは民の幸せのために祈りをささげる者たちのことであって、なぎなたを担ぐ者ではありません。」

 少女の言葉に僧兵たちは激昂したが、同時に、金縛りにあったかのように動けないでいた。

 少女の周りの空気が、あまりにも静謐過ぎたのだーまるで、神宿るかのように、否、神そのものであるかのように。

 「本当の神宿るものとは、あのイペタムのようなもののことを言うのですが...

 問答しても、埒が明かないようですね?」

 少女ー足利知子(カムイシラ)が、右手をさっと横に振る。

 瞬間、地面から、無数の人間の上半身が顔を出した。

 「速やかにお立ち去りください。」

 「な、何を...!我らを、神を脅すと申すか!」

 「はい。カムイもまた、それをお望みです。」

 神威を騙る僧兵と、カムイの意向を騙って退かない巫女。

 血を手に付けた僧に神威を語る資格はなく、処女でない巫女にカムイの声は聞こえない。

 それでも、彼らの奇妙なにらみ合いは、続いた。

 「-神に使える者と、神に苦しむ者、かー」

 「カムイの、声!?」

 「-なるほど、やはりそう聞こえるんだねえ。まあいいや、もっと戦ってよ。それだけ状況は面白くなる。」

 突然、何者かと会話しだした知子を見て、僧兵も武士も、あっけにとられた。

 「-大丈夫、勝つよ。歴史なんて、その程度さ。-」

 「だから何なのですか!?

 …まあ、あなたがカムイとは決定的に違うものだということは理解しました。」

 「-光栄だね。-」

 「全軍、射よ!」

 横にまっすぐ伸ばしていた腕が、垂直に上がる。

 瞬間、上半身たちが、一斉に弓矢を射た。

 「な、は、反撃だ!」

 なぎなた構えた僧兵が、突撃する。

 後ずさる知子の姿が消え、代わりに地表から、無数の矢と鉄砲弾が飛び出した。

 同様のことは、京中で発生した。すなわち、塹壕に隠れていた幕府兵が、僧兵の殲滅に動いたのである。

 あっという間に市街戦が発生したが、空き邸宅に塹壕を掘り尽くしていた幕府軍が、負けるはずもない。

 僧兵と幕府軍は、一区画、一邸宅の奪い合いを繰り返し、鴨川は徐々に血にまみれていった。

 「本当に、神というのは、どうしようもない…」

 知子が、神木である榊の枝を火にかける。

 枝は、みるみる燃え、枝が投げ込まれた神輿ごと炎上していった。


                    ー*ー

1324年6月26日、伊賀国、上野

 「高時様、鎌倉より、奥方様からの使者が参っております!」

 「使者!?やっとか!どこだ!」

 高氏が苦笑いしているが、到底知ったことではない。

 -ホントは、祟りが怖いのだ。

 もちろんあやとカムイシラを僧兵対策に配置したのは彼女たちが神威を畏れない出自であるからだけど、それと同時に、罰当たりなことをする場合に、キリストや北海道のカムイたちの加護に期待したかったからだ。

 織田信長の登場まで、待ってはいられない。僧兵問題は、誰かが解決せねばならなかった。神威をかさに着て強訴を繰り返す僧兵を抱えて、戦などしたくはなかった。

 しかし、存分にやれと伝え、覚悟していた結果といっても、10万以上の興福寺門徒を戦死させたことは、心に重くのしかかる。さらに軍勢は奈良、平城京へ進駐、興福寺を占領し、東大寺をはじめとする南都七大寺を投降させた。建物や文化財を焼いたり壊したりしないように注意を払わせたとはいえ、罰当たりなことは比類がない。

 -登子に影響しなければいいが...

 「奥方様、無事、元気な後継ぎ様をお産みになられました!体調が落ち着き次第、上皇陛下とともに上洛なされます!」

 「そうか!あやにも伝えてやらんと!」

 「あや姫様にはすでに使者がまいっております。」

 さすが元万年学級委員、手際が早い!

 「高時、良かったな!」

 「ああ!」

 「桃子殿下もともに上洛なさりますよ。」

 「おお!」

 高氏と二人、狂喜乱舞した。


                    ー*ー

 「-同じころ、少弐、大友、島津、大内の西日本4家を中心とする幕府軍別動隊は、播磨国を併呑して河内にて幕府軍海兵隊の指揮下に入る。

 これにて、大覚寺統により東西に分断されていた日本国は再び一つとなり、大覚寺統勢力は近畿地方南部、紀伊半島に押し込められる。

 土着の大覚寺統勢力が根を張る伊賀・伊勢に進駐した幕府軍本隊は、飛行船に妨害されゲリラに悩まされながらも、徐々に占領区域を拡大、大和国へ続く道を封鎖していく。

 一方で難波の港町を掌握した海兵隊は、砲艦「和賀江」「壇ノ浦」を足に上陸強襲を繰り返し、住吉大社・熊野水軍をはじめとする和泉・紀伊の大覚寺統勢力を掃討。

 さらに松浦綱の遣元船団も、由比ガ浜ではなく難波津を起点とできるようになったことで硝石輸入量を飛躍的に上昇させ、本格操業を始めた幕営八幡製鉄所からの質の良い鉄、鋼鉄が大量に海上輸送されるようになったことで、大覚寺統軍の不利は決定的になった。

 やがて幕府軍は原始的な地雷を熊野街道に敷設、大覚寺統軍は吉野山に押し込められる結果となる。-」


                    ー*ー

1324年8月1日、大和国、平城京

 「たーかーとーきー!」

 「登子ーっ!」

 牛車の中から手を振る登子を見て、心が跳ねあがった気がした。

 そのまま走ってきて飛びつかれるイメージがあったが、今度はそうじゃない。その訳は、膝の上に載っているものを見れば、誰だってわかる。

 今度は自分が走る段か。

 「登子、身体は大丈夫か?」

 「うん、一軍率いて上洛して、それから奈良まで来れるぐらいには、元気だよ。」

 「しーかし、あれだけ大声で呼んだらこの子、泣き叫んだりするもんじゃないのか?」

 赤ん坊のほっぺたを、ぷにぷにつまんでみたい衝動に駆られる。いや、手も洗ってない戦場の不潔な手で触っていいわけないけど。

 「あ、それは大丈夫。毎日刷り込んだから♪」

 「す、刷り込んだ?」

 「生まれる前から、高時の素晴らしさを語り聞かせてました♪」

 …それは、恥じないようにしなくちゃなぁ…

 「あや姫とラブラブしてた?」

 「あー、うん、えーと…」

 「ひとところにいるときは、いつの夜であっても、どこからともなく空き時間と空き場所を見つけ出していましたわ。」

 「おけ。でもこれからは平等だよ♪」

 いや、この会話、どんな顔で聞けばいいんだ...というか赤ん坊の教育に悪いわ!

 「で、どこまで進んだ?一応聞いてないわけじゃないけど、状況は刻一刻と変わってるみたいだし。」

 登子が、御付きの者たちを下がらせながら、聞いてきた。

 「一応、今現在の集計でよければございますわ。」

 リアルタイムで戦況報告をまとめてくれているあやが、資料を差し出す。

 「うんうん、予想通り…」

 登子が左手で赤ん坊の頭をなでながら、右手で器用に資料の紙束をめくっていく。

 にしても、自分と登子の子供かぁ…まだ21歳と18歳、現実味がやっと湧いてきたなぁ…

 「とりあえず、ほぼ全部制圧して、大和国南部、紀伊山地のあたりから潮岬までのあたりを孤立させてる、そういうイメージでいいんだよね?」

 「ああ、それで、その向こう側を攻めあぐねてる。どこを攻めても飛行船がやってきて兵力を補充されるし、山がちで大砲を投入しにくいのに、向こうは大砲を要所要所で照準してるから、なかなか吉野にたどり着けない。」

 「うーん、山岳要塞が硬いのは当然だけど、50万集めて陥とせないのはさすが…

 ねえ、なんで吉野山が南朝ー後醍醐天皇の本拠地になったか、わかってる?」

 「山がちで、なおかつ尾根道が南朝勢力圏の大和・伊勢・伊賀・河内・紀伊へ続いているから、でいいよな?」

 「おけ。まあ高時は押し込めて行った結果としてその5カ国に大覚寺統勢力を集めて、それで今はほぼ紀伊山地内まで追い詰めた。正史よりだいぶいい線行ってるんだけど―…」

 「いくら尾根道をふさいでみても、飛行船と飛行機が出てきたらお手上げでございますわ。」

 「…燃料ってどうしてるんだろ?まさか松根油とかじゃないよ、ね...」

 「…煙からいい匂いがしたそうでございますわ。」

 「…なにそれ。」

 大戦末期じゃあるまいし、松の根の油で飛行機飛ばすって...

 「気球偵察は無理?」

 「空軍は全滅だ。地上待機中に飛行船から空爆された。」

 「あちゃー...となるともう、地道に攻め落とすしか陥とし方がないね...」 

 そうつぶやく登子の顔は、しかしまったく残念そうでなかった。

 「なんか、腹案でもあるのか?」

 「もちろん。

 戦争の終わらせ方は、常に外交なんだよ。

 見ててね、私の復活劇♪」 


                    ー*ー

1324年8月14日、大和国、吉野山、金峯山寺、吉野行宮

 登子が言及したとおり、今や名実ともに南朝となった大覚寺統本拠地、吉野山は、そうなるに足るだけの防御力を誇っている。

 まず、のちには世界遺産となる熊野街道をはじめとして尾根道に作られた街道で、紀伊半島中につながっている。とてつもない兵力でもって幕府軍はすべての街道をふさいだが、それでもなお、人ひとり行き来させるぐらい何の支障もないし、飛行船からの支援があれば軍勢を通すことすらたやすい。

 さらに、急峻な山々の中にあるから、細い尾根道―というより稜線以外を通っての攻略は不可能だ。

 そして、いくつもの山々に砲台を設置することで、どの稜線を敵が昇って来ようとも、相互の火力支援をして速やかに消滅させられる。

 大砲時代にふさわしい、天然の要害。

 付け加え、人為的要因もプラスに寄与する。というのも、吉野山に鎮座する金峯山寺は修験道の総本山。全国にネットワークを持つ修験者たち、それを通じての南都の大寺院との連絡も可能であった。実際、北畠親房の指示の元実行された興福寺僧兵と幕府軍を戦わせる策こそ失敗したが、「悪僧排除令」で僧侶に戻れずあぶれた元僧兵たちが、吉野に集結していた。

 兵数・火力・地形ともに申し分ない、航空兵力付きの山岳要塞。それが今の、吉野山の状態であった。

 しかしそうはいっても、ほぼ完全に包囲されてしまった今、食糧問題のみはいかんともしがたい。 

 航空燃料は足りないし、いくら強兵ツェッペリン型飛行船が大きくとも飛行船である以上全体比重を空気以下にしなければ浮かぶことは出来ず、そのため空輸は現実的ではない。

 現状潮岬付近は勢力圏内であったが、いつ陥ちるかわからないうえ、海上は松浦海軍の独壇場。海路も現実的ではない。

 国内にはまだまだあちこちに大覚寺統の支持者がおり、特についつい幕府軍が後回しにする四国地方は、瀬戸内海沿岸部を除けば比較的大覚寺統の天国であった。しかしだからといって、彼らが束になろうとも、食糧輸送部隊に幕府軍の吉野山包囲網を突破させるのは無茶である。

 では自給自足するかと考えても、山でしかない吉野山一帯では耕作地がほとんどなく、過酷な修行に耐える修験者ならともかく、一般兵に耐えうるだけの生産は見込めない。

 事実上の八方ふさがり。だからこそ後醍醐天皇の近臣衆は、なぜ幕府軍の攻め手が緩まないのか、ずっと疑問だった。待っていても食料が尽きるのだから、無理攻めで尾根を登り律義に砲撃される必要が見当たらないのである。

 今日もまた、幕府軍出現の報が入る。

 どこから伝ってきたか、向こうの尾根に隊列が見える。

 境内に置かれたその尾根方向の五寸砲に、砲弾が装填される。

 ほぼ崖のような急斜面のほぼてっぺんに空いた洞窟から、複葉飛行機が飛び立っていく。さらに谷間から、飛行船がふわり浮き上がる。

 今度も楽勝か。そう思った後醍醐天皇だったが、意に反して、飛行機が隊列の上空で黄色の旗を掲げた。

 「攻撃は中止、だと...?」

 飛行船もまた、黄色の旗で攻撃するなと伝える。

 「なぜだ...?」

 その答えは、すぐに、目の前に着陸した飛行機からもたらされた。

 「陛下!和平の使者が、参っております!」


                    ー*ー

 「お久しゅうございます、父上。」

 「…桃子、今さらどの面下げて、余の前に参った。」

 「おや、実の娘に何ということ。」 

 「おぬしなど、もはや娘とは思わぬ。」

 「-険悪な雰囲気。まさかこれが、記録通りの結果を生むとは...さすがにこの俺も不安だが...-」

 「-兄様、大丈夫よ。むしろ仲が悪いほうが話が進むかと。-」

 「ならば、私も後醍醐天皇皇女としてではなく、足利高氏正室として話を進めることにするわ。」

 「ならばますます話すことなどない。斬られぬうちに帰れ。」

 「やせ我慢を。そうやって無理を通し、兄上に頼り続けてきた結果、兄上がいなくなったとたんこれですか。

 おわかり?

 何もせずとも吉野山が一年持つとは思えない。」

 「何を申すか!余にはまだまだ味方が…!」

 「特別に、今後の幕府軍の作戦予定をお教えするわ。

 このまま封鎖を続ければ、頻繁に物を飛ばすには不利な季節である冬が訪れる。そうなったら全国に『吉野山は陥落せり』のうわさを飛ばす。

 その噂を払しょくする方法が、おあり?ないならば、大覚寺統は日の本でここだけになるわ。」

 「ぐぬぬ...

 何を求める!?三種の神器はやらんぞ!」

 「それはもう知ってるわ。要らないそうだし。」

 「-はは、目が点になってる。-」

 「私が預かった条件は一つ。それを呑むならば…

 そこの者、代わりに万事説明しなさい。」

 「は。

 まず陛下、この地図をご覧ください。」

 「地図?…おおこれは...」

 「これは日の本とその周辺の地図にございます。」

 「ここが京、ここが鎌倉、ここが北海道でここが九州にございます。」

 「…陛下がこの日の本にあらせられては、国に二君なく、日の本が荒れるは必定。なれど、ご退位いただくのは忍びない。

 そこで、陛下には、この国にお移りいただきたく。」

 「…は?」

 「何を…」

 「この広大な地は、シベリアと呼ばれる地にございます。ほとんどは森林にて、狩りを生業とする民が、王の徳も知らず暮らす、日の本の30倍の広さを誇る地です。」

 「-あらためて、信じがたい交渉だな。『日本から出て行ってほしい。見返りに、ウラル山脈以東は切り取り次第』なんて。ー」

 「-当時のシベリアが未開の地同然であることを考えると、詐欺ね。-」

 「ふざけたことを…!」

 「お待ちください。条件は一つだけ。」

 「なんじゃ!どうせろくでもない...」

 「そこにいる怪僧、文観を、我ら幕府に引き渡していただきたい。そうすれば直ちに幕府軍は吉野山の包囲を解き、もし望むのならば新天地を治めるため最大限の助力を惜しみませぬ。」

 「…信じられるかっ!」

 「そうです陛下、このような若武者の申すことで、よもやこの文観を売り渡しなど、してはなりませぬぞ...」

 「このような若武者?

 …幕府執権を、なめたものね。」

 「執権、だと...?!」

 「そうだ、文観。

 いや、十中八九お前ならわかるはずだけどなぁ。

 護良親王(橋本理)から、遺言を預かってる。『怪僧文観に気をつけろ』ってね。」

 「年貢の納め時よ。何をしたか、何が目的か、みっちり吐きなさい。

 …それと百松寺兄妹殿、記憶があるなら、解説を頼まれてはくれない?」 

 「-もう、しかたない。-」

 「-兄様に花を持たせますわ。華、ですし。ー」

 「わかった。万事仔細に入って教えるよ。その余裕があればだけど。」

 「…相変わらず、すべてお見通しといわんばかりの言い方だなぁ。

 それはともかくなまぐさのスケベ坊主、戦争犯罪って知ってるか?

 -洗いざらい、吐いてもらおうじゃないか!」

 「ふふ、陛下、どうやら、拙僧の首一つで、本当に四海が収まりそうですな。」

 「文観殿…?」

 「ふむ...

 わざわざ危険を冒して自ら乗り込んでくるとはのう。」

 「それだけ、許せなかったし、終わりにしたかったの!」

 「ほう…しかしまあ、返り討ちに合うとは思わなかったのか?」

 「登子がいて、自分がいる。間違ってもそんなことにはならないよ。」

 「…己らがお互いを守り切ることを、毫も疑わない!

 これぞ愛憎の力!」

 「何を...」

 「-ついに、かー」

 「ところで、タイムパラドックスは御存じかな?」

 「やはり、お前!」

 「ではなぜそれが生じておらぬか、説明は...いや、あの皇子でも、完全には出来なんだ。わかるかの?

 -強引に二つの歴史をねじ合わせて、わしが止めているからじゃよ!」

 「全員、伏せろ!祈、飛ばすぞ!」

 「ええ!

 傀儡憑依パペット複数技能者混合ミックスドタスク技能名タスクネーム空間転移テレポート有効化アクティベート!」 

...ロシアの皆さん、本当にごめんなさい(とはいえこの時代のシベリアは元の勢力圏ですが)。※そもそも実在の国・地域・人物とは関係ありませんが!

はい、タイトル的に終わってもおかしくないのに、まだ6話あります(そして百松寺にとってはプロローグに過ぎません)。

 …本当、いろいろとごめんなさい。

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