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(1323夏)その神威を欺け、その神意を生み出せ、あるいは神は本物か?

 これにて地方戦編は終了となります、奥州戦編です(ただし話のウェイトは鎌倉にあります)。イケメンメガネが歯噛みしそうな回です。

                    -*ー

1323年5月1日、陸奥国十三湊

 「おお、でかいもんじゃのう。」

 「津軽宮」守邦親王は、「秋津」をも圧倒する大船「宇治川」を見上げ、しきりに手をたたいた。

 「秋津」と違い「宇治川」は外輪ではなくスクリュープロペラで航行するため、全体的にすっきりして見える。それだけでなく木製である「秋津」と違い鉄製である「宇治川」にはさび止めが塗ってあり、真っ黒な船体が与える威圧感は半端なものではない。

 「どれ、一首。」

 しかしまあ、顔色一つ変えずに和歌を詠んだり手をたたいたりするこの親王だって、半端ではないが。

 「じゃがここの兵だけで征北大将軍とやらと戦うのも心もとないのう。ふむ...ま、悪いようにはされんじゃろ。」

 まったく暢気なものである。

 -実はこの時点で、守邦親王は帰趨を明確にしてはいない。

 前征夷大将軍という立場から、幕府よりであろうと思われている守邦親王。しかしながら、持明院統も大覚寺統も、守邦親王を腫物のように思っていた。

 その訳は、そもそも持明院統と大覚寺統の「南北朝(この歴史では西朝と東朝の趣だが)対立」の発端にある。持明院統の由来は御嵯峨天皇第2皇子後深草天皇であり、御嵯峨天皇がえこひいきして第3皇子の亀山天皇に譲位させたことで、亀山天皇の子孫大覚寺統との対立が生まれた。

 では、第1皇子はどうしたのか?

 足利家のように死んだわけではない。第1皇子宗尊親王は母の身分が低かったので即位はできず、鎌倉幕府に征夷大将軍として招かれていた。その後宗尊親王は影響力が増したことで北条氏に追放され、嫡男惟康親王が後を継ぐが、彼もまた強制送還の憂き目を見る。

 確かに守邦親王は後深草天皇第6皇子久明親王の嫡男であり、そして惟康親王の跡を継いで征夷大将軍となった久明親王は解任され京へ強制送還されたのちも宗尊や惟康と違い幕府とは平穏な関係を築いていた。だから久明の跡を継いだ息子守邦は、持明院統の血筋である。

 しかし同時に、守邦親王の母は惟康親王の娘であり、したがって守邦親王は男系で御嵯峨天皇第2皇子の血を引くと同時に、女系で御嵯峨天皇第1皇子の血を引いていた。

 正史では全く無視され、ロクに記録にすら残らなかった守邦親王。しかし鎌倉への第一次侵攻の戦後処理の手際と難治の奥州を治めアイヌともよろしくやっていることにより注目を浴び、本人のあずかり知らぬところで「津軽宮」守邦親王は皇位争いのダークホースと目されていた。

 もちろん、守邦親王自身、天皇になる野望などは、ない。

 「こんな地の果てまで来ても、人というのは戦わずにはいられないのかのう。」

 守邦親王は、白い息を吐きながら海峡を眺めた。

 「…釣りでもするか?」

 陸奥将軍府の者たちはすでに親王のマイペースぶりになれているのか、いそいそと釣竿を持ち寄って、「いいですな」「今晩は焼き魚にしましょうや」「殿下、夜一杯やりましょう」などと親王の隣で糸を垂らし始めた。


                         ー*ー

1323年5月1日、筑前国門司

 「綱殿、確かにここまで松浦氏に協力してもらって、何も見返りがないのは申し訳ないと思うんだ。」

 「はあ」

 高時は、関門海峡の向こうを見つめながら言った。

 「だから、この地を送ることにする。これと一緒にね。」

 折った紙をいくつも渡され、松浦綱が困惑する。

 「それはね、鉄の作り方だ。」

 「鉄?」

 「鉄。ここ門司は筑前筑後の石炭を活用できるし、対岸の本州へ運び出すのも簡単だ。

 幕府の持つすべての兵器の作り方も教えるよ。綱殿には鉄武具と元からの火薬輸入を通し幕府軍を支援してもらいたい。がんばってくれ。」

 「…承りました。しかしなぜそれがしに?」

 「これだけ無茶やってもついてきてくれたから、かな?」

 綱が、顔を背ける。

 「…もうそれがしは、昔のように、あやの涙をこらえる姿を見たくない。それだけですよ。」

 「それだけで充分だって。

 ...そうだ。ここの名前だけ。」

 「名前?地名ですか?普通に『門司たたら場』とかでもよいのでは?」

 「いや、どうせだからこうしよう。」

 高時は、いたずらっぽい笑みを浮かべ、最後の一枚を読み上げた。

 「『幕営八幡製鉄所』」


                    ー*ー

1323年5月11日、安芸国厳島

 突如として、大船団が島を包囲した。

 船団の先頭で煙を上げていたのは、砲艦「石橋山」「和賀江」。

 この上陸により、関ヶ原毒ガス戦ののち完全に大覚寺統に占領されていた中国地方に、持明院統ー幕府軍の橋頭保が築かれた。


                    ー*ー

1323年5月15日、淡路島沖

 この日、鳴門海峡の西と東から、それぞれ数百隻の小早船が集結した。

 東から現れた熊野水軍がロケット砲攻撃を行ったが、西側にいた塩飽・忽那水軍は渦潮に入って巧みな操船で攻撃をかわし、下流の熊野水軍の船へ飛び乗る。

 たちまちに、弓矢や太刀、銛、刀、なぎなたが交わる。

 しばらくして、小早船の一部が南へ逃走する。すると群れは2つに分かれ、大きな船団はやにわ北条の旗印を上げて難波津を強襲した。


                    ー*ー

1323年5月18日、出羽国南部

 いっこうに討伐されない世良親王ー北畠親房軍の動向にしびれを切らした後伏見上皇は、光厳天皇に命じて督促の宣旨を下していた。

 院宣と宣旨両方がついた督促は出羽国の地頭たちに決断を迫り、一方で世良親王も後醍醐天皇宣旨と自身の綸旨を出羽・陸奥中に送っていた。

 -そのため、疑心暗鬼が加速した地頭層が集まり宴の席で合議を図った。

 しかし世良親王寄りとみられたとある地頭が嘔吐したことをきっかけに斬りあいとなり、結局、3人の死者と5人の重傷者を出す惨事となった。

 以後、出羽は幾度かの小競り合いを経て世良親王の勢力圏となってゆく。


                    ー*ー

1323年5月27日、鎌倉、由比ガ浜

 ー約一年の時を経て、ついに「黒船」が帰ってくるー

 戦時下にある鎌倉では、駿河あたりで2隻の大船が目撃された2日後には、うわさが燎原の火のように広がっていた。

 「箱根の守備兵が見たらしい」

 「三島で補給したらしい」

 「伊豆修善寺で高時様が下船して参詣したそうだ」

 「下田の漁師が真水を献上して年貢を免除されたというぞ」

 高氏たちはうわさを聞くとすぐに、「屋島」「壇ノ浦」の改和賀江型砲艦2隻を筆頭とする捜索艦隊を出した。そして間もなく、4隻に増えた黒船が、湘南沖に現れた。

 早馬が鎌倉に駆け込むと、鎌倉市民は騒ぎだし、由比ガ浜の海岸に列をなした。それだけではなく屋台が出だした始末で、幕府は慌てて制限をかけて己ら首脳陣のスペースを予約せねばならないありさまだった。

 そして今、ついに、和賀江島の埠頭に、黒船のうち一隻が横付けする。

 梯子が降ろされ、何人かが小早船に乗り移る。

 小早船が浜へ漕ぎ出すと、4隻の黒船がゆっくり艦首を翻して沖へ、横須賀めざし去ってゆく。

 小早船が、浜辺に乗り上げた。

 「「高時!」」

 高氏と義貞が全身で喜びを示す。

 「心配したんだぞ!」

 「す、すまない...義貞」

 「冗談ではありませんよ。義貞ったら、私すらやいてしまうほどでした。」

 「勾子、本当に、ごめんなさいっ!」

 高時が、刺すような勾子の瞳を見て慌てて頭を下げる。

 「そうじゃぞ。余はそなたらがそろって初めて安心できるというものじゃ。」

 「へ、陛下!」

 輿の中から後伏見上皇までもが現れ、高時は久しぶりの再会に感激しきりであった。あったのだが...

 「それで、登子は?てっきり船まで飛び込んでくるんじゃと思ってたんだけど...」

 誰もが、少し空元気ぎみだった。それに何より、登子が見当たらない。

 「どこにも見当たりませんわね。もしかして刺されるのではと思っておりましたのに...」

 「あの、高時様、あや姫殿...」

 「英時、登子に何かあったのか!?やっぱりなのか!?」

 「やっぱり?」

 「登子はどこだ!?」

 「得宗家にいる!高時様、もうこのさいだ、すぐ来い!」

 「ああ!」

 「私も行きますわ。報告は書状にまとめましたので、これを!では!」

 高時とあや姫が、紙束を押し付け、高氏と義貞の馬に飛び乗り、走り去ってゆく。

 武士も町民も騒ぎを呆然と見つめていた。

 

                    ー*ー

 -わかってはいた。

 -わかってはいたんだ。

 未来で、一野治が死亡するだろうあの工場爆破が起きた時、自分たち3人は同い年、高校2年生だった。

 赤橋登子の生まれは1306年、自分より3年遅い。もし帰るのが遅れたら、登子は一人で「もう一人の自身」である石垣時乃の死に直面する羽目になる。その時、登子はどうなるのか?

 「大丈夫だと思いましたのに...」

 女房たちがひそひそと行き交う、まるで通夜のような雰囲気の中、案内された部屋へ向かう。

 襖をがたがた蹴ると、部屋の真ん中で登子が、布団をかぶせられてあおむけになっていた。

 「だれ...?」

 布団の中から顔をこちらに向けた登子が、か細い声で問いかける。

 だ、だれって...!

 「と、登子様!高時様ですわよ!」

 「…ん、きのせ、い、?」

 非常にたどたどしい声が、危なっかしくさまよう。

 -見ていられなかった。

 ふらふらと歩み寄り、いまにも消えてしまいそうな登子を抱きしめる。

 「…だれだの?」

 「高時だ!いや、治だ!トキ!」

 「おさむ、くん...?」

 「そうだ!お前の幼なじみの、一野治だ!」

 「生きてる、の?」

 「ああ、ここにいる!」

 「うう、良かった、よお...!」

 登子が、胸にすがり付いて泣き出す。

 ーまるでちっちゃな子供のようだ。

 「あんね、とーし、めが、見えないの...」

 え?

 「耳もあんまりだし...思い出せないよ...」

 今、なんて...?


                    ー*ー

1323年5月28日、陸奥国十三湊

 〈勅命下る 軍旗に手向かうな〉

 旗を持った使者が、陸奥将軍府を訪ねてきた。

 「津軽宮守邦殿下、殿下にもぜひとも、我らが主世良殿下とともに皇軍に加わっていただきたく...」

 「いやじゃ」

 「は、と申されますと...」

 「世良殿下に告げよ。わしは隠居同然の身。したがって平安を乱す輩は嫌いじゃ。」


                    ー*ー

 「早いの。」

 「は。駐陸奥将軍の地位を保証するとの仰せにござります。」

 「…ほう?本当に陸奥国が欲しくないのかの?」


                    ー*ー

1323年5月31日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 春のある日のことだった。

 執権代理として執務中だった登子は、突然目をつぶって両手で押さえ、「え?」とつぶやいたきり、意識を失ったのだという。

 三日三晩うなされていた登子だが、ぴたりと泣き止み、起き出した。

 はじめは様子がおかしかったので周囲も困惑したが、数日で気づいた。

 -この娘、目が見えていないし、耳も聞こえていない、だからうまくしゃべれないんだ、とー

 耳のほうはだんだん良くなってきたらしいが、目はいまだ、昼と夜が区別できる程度にしか回復していないのだという。光厳上皇自ら侍医を派遣したが、どうすればいいのかすらわからなかったそうだ。

 ーそりゃそうだ。きっと感覚を失ったのではなく、感覚を拒絶しているのだろうから。気持ちはわかる、彼女が感じたのは「自分が焼け死ぬ」感覚だろうから。

 記憶が正しければ、最期に自分は橋本と、トキに覆いかぶさろうとしたはずだ。ならばもしかしたら、トキはほんの少し長く、焼け死んだはずだ。

 高層ビルから飛び降りるとき、落下前に恐怖心で心臓が止まるという。鞭でたたいたと感じさせることで、あざが生まれることがあるという。であれば、爆発に巻き込まれたときも、全く身体的にダメージを受けなくても感じることで心にはダメージを受け、感覚を閉ざしてしまうことがあり得る。

 しかし、触覚、痛覚は正常なようだった。味覚も正常なようだ。なぜ聴覚、そしてとりわけ視覚だけがほとんど閉ざされてしまっているのだろう?そんなショックなものを、見聞きしたのだろうか?

 「幸いにも何とか幕政は、回ってる。」

 「高時、お前がこれだけの計画と情報を書きとめていてくれなければ、かなりヤバかったぞ。」

 高氏と義貞が、床下にしまっておいた未来情報と今後の計画メモの山を探りながら言う。

 「…あれ、読めるのか?」

 計画メモはローマ字で書いたはずだぞ?

 「…登子が、夜な夜な大量の紙に何か書いていた。わかるだろ?」

 英時の一言に、心の奥に針が千本突き刺さったような気がした。

 -登子はきっと、自分が死ぬ時を感覚することにより、計画メモを誰も読めなくなる事態を恐れて、事前にかな文字に変換していたのだろう。登子がそうやって最悪の事態に備えている間に、自分は...

 「…高時、どうすりゃいいんだ?未来の知識でどうにかできないのか?」

 「これはちょっと...いや、心の問題だから、逆効果ってことも...ああくそ!」

 自分のふがいなさに腹が立つ。

 「とにかく、本当にめくらになったわけじゃないのよね?」

 「ああ、いや、完全に否定はできないけど...でもたぶん『今を感じるのと同時に同じように未来を感じる』感じ方が全く同じなら、今の自分の目や耳を通してみてるわけじゃない...目をつぶっても見えたからな。だとしたら経験上、未来での感覚が直接目や耳にダメージを与えることはないな。」

 ーあくまで「脳内で再生されてる」だけで、実際に知覚してはいない。だから影響を受けるのは心でしかありえない。

 「おそらく、言うなら『心が引きこもってる』状態なんだと思う。」

 「引きこもりか…」

 「たたきだしゃいいんじゃないか?」

 「義貞、それでひどくなったらどうするのよ。」

 「逆にやさしくしたほうがいいんだろうけど...」

 「…なるほどですわ。」

 「あや姫、何かわかったのね?もしかしてだけど、耳貸してくれる?」

 「あ、承りますわ。」

 桃子殿下が、あやの耳元で何かしゃべる。

 「ですから...

 だとすれば...

 ...如何で...」

 あやもまた、うなずきながら自分を一瞥して、ひそひそ話に戻ってゆく。

 「ちょっと...だけど...

 でも確か...」

 「あ、あや、桃子殿下、何か気づいたことが?」

 「秘密よ。」

 「おまかせくださいですわ。」

 なぜだろう、そのドヤ顔に不安しか感じない...


                    ー*ー

 その夜も、自分は登子の枕元にいた。

 湯船につかる行為が一般的ではないこの時代で、登子が肩をおおう程度の短い髪をサラサラに保つのにいかに苦労していたか、自分はよく知っている。

 その髪も、すっかり固くなってしまっていた。

 「登子、ごめん...一番つらい時に...」

 昔、登子は、トキが治にトキのみを支えることを求めながらも治を支えようとは思っていない、そう言って自責していた。だけど自分からすれば、今でも未来でも、登子に、トキに、支えられてばかりだ。

 すうすう寝ていると、もう子供と大して変わらない。

 頭を手ぐしでといてやる。

 「高時様」

 「なんだあや?」

 「そのまま襲っちゃってくださいですわ。」

 「は?」

 一瞬、何を言われたのかと思った。

 「いいかしら、登子様は苦しんでおられるのでしょう?」

 「だったら余計」

 「ですから愛を、耳や目を使わず伝える方法があるではございませんか。桃子殿下もお許しでございますわ。さあさ。」

 「『さあさ』じゃないっ!」

 一瞬納得しかけたよ!

 「…登子様は、高時様がどこかに行ってしまうのではと心配なのですよ。一度未来で死んだのでしょう?であればまたどこかへ失ってしまうかもしれない、あるいは私に奪われてしまうかもしれない、そう考えて心を閉ざしたのですわ。であればやはり...お互い一度しかあげられないものを...」

 「『やはり』じゃないっ!大切だからこそ、こんなものも見えない音も聞こえない状況で、無理やりできるか!」

 ダメだ、会ったときからぶっ飛んでたけど、改めて発想がひどい。というか桃子殿下、同じ発想って、宮中は一体...

 「あの、あや姫ちゃん、恥ずかしいから、やめてくれるかな...?」

 「と、登子、聞こえるのか!?」

 「うん、ごめん、心配させて...目はまだよく見えないけど、耳は昼くらいにはだいぶ...」

 「なんで目だけ?」

 「それは、ええと...」

 「話しにくいなら話さなくても...」

 「ううん、話すよ、話すけど、さ...その前にあや姫、一ついい?」 

 「何かしら?」

 「ちゃんと約束、守っててくれたんだね♪」

 「ええ、私はやはり2番目に甘んじようと思いますわ。初めてはどうぞ是非...」

 「我慢してる?」

 「私が高時様と登子様の間に加わるとは、そういうことでございますから。」

 「…ごめんね。

 高時、ちょっとこっち、手、つないで。」

 どうにも恥ずかしすぎる話に耳を背けていると、手をふらふら危なっかしく振ってきた。

 まだ見えていないのはホントらしい。

 手をつかむと、グイっと引き寄せられた。しばらくの戦続きで鍛えられたはずなのに、ふいっと引っ張られー

 -布団に引きずり込まれる。

 「あらら、やはり私の見立て通り、寂しがると女子は...」

 いやあや、それあや自身が寂しがると同じことするって意味に...あやだけはやりかねん、寂しくなくても。

 「高時、今夜、もらってくれない、かな?」

 「…いいの?」

 「今夜じゃなきゃ、怖いの...」

 なんだかわからない。

 ただ、何か事情があるんだろう。

 というかもう、ぬくもりが触れすぎて、限界だった。

 「ふふ、私は人払いしておきますわ。」


                    ー*ー

1323年6月1日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 朝、日が昇るころ。

 「おはよう。」

 …あ、人肌のぬくもり...

 「おはよ。あ、良かった、これで見えるようになったらどうしよっかって思った。」

 いきなりひどいことを...

 「あのね、心配してるみんなには悪いんだけど、絶対、見えなくなってるのは、怖いものを見たくない、私の心なんだ。聞こえなかったのも、しゃべるのも怖かったからだと思う。」

 「…そんなにショックだったか?そりゃ爆発は怖いけど。」

 なにも、すべてを見るのを拒否するほど...

 「違うの。確かに治くんが死んじゃったのはいやだけど、でもここには高時がいるから。」

 ?

 「そうじゃなくって、爆発の光で、最期に一瞬、老人の顔が照らされたの。

 ...ガイコツだった。」

 「え」

 「頭蓋骨だった。」

 「え、それは、光が強くて皮膚が透け...るわけはないか。」

 「ううん、そんなんじゃない。爆音でニタァって笑ったの。その顔が、首がつながってない、目も耳も髪の毛もない、ガイコツだった。」

 「ど、どういうこと?確かに巻物を持ってるときは、普通の老人だったぞ?」

 「だから言ってるとおりだよ。炎に照らされた顔が、胴体につながってないガイコツだったってこと。」

 「…なんかのマジックか?」

 例えば胴体の部分の服の中に背が低い人が入って、その上にお面をつけた骨格模型の頭を乗せるとか…いや、自爆テロでそれをする人の考えが全くわからないけど。

 「そうだったらよかったんだけど...あのね、そのガイコツの顔が、その...すごくリアルで、生きてる人っぽかったの。」

 「え?ガイコツなのに?」

 「うん、矛盾してるけど、知ってる誰かの、思い出せないけど誰かの顔が被って見えた。だから、たぶん、人間の顔、怖くて心が見ないようにしてるんだと思う。悪意たっぷりのガイコツに重ねちゃいたくないし、それに、もし自分の大切な誰かがガイコツの顔だったらイヤだから。

 だから、顔が見えないうちに、さ?」

 「…なるほど。」

 だから昨夜あんなに...うん、それについて考えるのはやめようか!いい思い出だけど!

 「で、どうする?」

 「…何を?」

 「いや、見えなきゃ不便だろ?」

 「うーん、精神的なものだから、私の中の私が解決しないことにはどうしようもないし...」

 「悔しいけど、橋本なら何とかしそうだけどなぁ。」

 「ちょっと、あれだけした後でよりにもよって元カレの話出す!?ってそれについては言及しない方向でおけ?」

 登子が顔を赤く染めて同意を求めてくる。うなずいて、昨夜のことについての言及禁止の条約が結ばれた。

 「おや、昨夜はお楽しみでしたかしら。」

 「「こらっ!」」

 二人して、涙目だった。


                    ー*ー

 「なるほど。はあ、見えるようにはなりませんでしたかしら。それは申し訳ない。」

 「でも私も、歴史学にも必要だから心理学かじってたんだよね。」

 トキといい橋本といい、改めて考えると知識チートぞろいだなぁ。

 「だからたぶん、時間が解決すると思う。もしかしたらどうしてもって場合に必要がストッパーを超えて見えるようになるかもだけど。

 だからそれまで、離れないでね♪」


                     ー*ー

 「で、そうやって引っ付いてるのか...まろもあの飛行船そらとぶクジラを見て以来驚いたぞよ?」

 光厳天皇は和歌用の細長い半紙を手に取り、「いとしさやー」などと口ずさみながら筆を揺らしている。…羞恥プレイじゃねえんだぞ。

 「なにあれこれで鎌倉のさむらいがそろったことになるのう?父上もさぞかし...」

 「陛下、直義殿のことをお忘れでございますよ。」

 「おお、そうじゃの登子殿、思い出させてもらい、礼を言おうぞ?」


                     ー*ー

1322年6月1日、陸奥国十三湊

 〈勅命下る 軍旗に手向かうな〉

 アドバルーンの下で、旗が翻る。

 度重なる協力要請・懐柔をのらりくらり交わされ、さらに暗に「陸奥国を大覚寺統に安堵されても陸奥国は大覚寺統に派兵しない」とメッセージを送られたことで、北畠親房は態度を徐々に硬化させた。

 あくまで守邦親王は厄介ごとにかかわりたくなかっただけだが、世良親王と北畠親房はその「不干渉・中立」という態度を皇位争いのダークホースの独立志向とみて警戒したのだ。

 みるまに集まった出羽国・陸奥国の武士は、各地で幕府方の武士と争いながらも、十三湊につながる街道を封鎖していた。その数20万。

 一方で厳密には幕府機関ではない陸奥将軍府は、この段に至ってなお大きな反応を見せてはいなかった。ただし塹壕線などの十三湊の防御施設の再点検を行ったところ、やはり守邦親王は正史に比べ「化けて」いたのかもしれない。

 にらみ合いを続ける両者の火ぶたを切ったのは、突如として十三湊から歩いてきた、赤と茶色の服をまとった30人ほどの奇妙な一団だった。

 弓矢がうなり、錦旗が柄をへし折られ倒れる。

 世良親王は、激昂した。

 「畏れ多くも皇祖神の御旗を!おのれ、敵は小勢、踏みつぶせ!」

 -こうして、若き二人の親王軍が、北の果てで激突した。


                    ー*ー

 北畠親房もまた、楠木正成に並ぶ忠臣であり名将である。凡庸な守邦親王がかなうはずもない。むろんとして、高時以後現れた塹壕の対策もばっちりであったー塹壕は、守邦陣営だけではなかったのだ。

 日本では初めての光景だろう。戦場で馬が見当たらないのは。

 お互い何重にも並行に掘った塹壕から、時々顔と弓矢が出てきて、矢が相手の顔に飛ぶ。

 そして親房には、奥の手があった。

 「『神風連しんぷうれん』発射!」

 シュゴオォーーーーーーー!!!

 やたらとうるさい音とともに、世良軍塹壕の後ろの本陣から、無数の炎が飛び出す。

 煙を吹くそれは、それぞれふらふらと左右に揺れながらも次々と守邦軍塹壕に落下し、真っ白な煙を充満させた。

 次々と走る煙は、あっという間に守邦軍に白煙と火災を運び、手元すら怪しくなった守邦軍の兵士は、斬りこんできた世良軍の兵士に次々斬られていった。

 あっという間に2本の塹壕線が陥落し、陸奥将軍府落城も待ったなしかと思われた。

 しかし、どこの組織にも似たようなことを思いつくやつはいるのである。

 「頃合いです。『連龍口アぺ・オヤウカムイ』、どうぞ。」

 戦場に、神秘的な声が響いた。

 同時に、白煙が赤く輝いた。

 3本目、最後の塹壕に斬りこもうとした世良軍兵士たちが、いきなり噴き出してきた炎に焼かれ、あっけなく焼け死んでいく。

 塹壕から噴き出す炎は徐々に方向を変えながらも、地面とその上の兵士をなめてゆく。白煙が晴れた時、地上に兵士はいなかった。

 アぺは炎、オヤウカムイは龍を表すアイヌ語である。まさしくドラゴンの口から吐かれる炎が、守邦軍を助けた。


                      ー*ー

 戦の泥沼化を喜ばないのは、どちらの親王も同じである。世良親王は関東の幕府や未だ奥州にも多い幕府方武家が気になって仕方がないし、守邦親王は封鎖下の十三湊の兵は減りはすれど増えはしないうえに、正直面倒で投げ出したく思っていた。

 しかし世良軍の「神風連」、守邦軍の「連龍口」が、お互いの脅威となっていた。

 白煙を吐きはるか遠くから飛来する100連装ロケット砲「神風連」を防ぐ手立てはなく、一度飛来したら周りになかなか消えない炎をばらまくのみならず煙を充満させ視界を奪う。

 突如として灼熱の炎を十数メートルも放つ火炎放射器「連龍口」に近づけば、方向を変えながら噴き出す炎はすべてを焼き尽くそうとする。

 しかしながら、この二つの秘密兵器はそれぞれ、自軍でも限られた者しか正体を知らず、あとは「神威」と喧伝されていた。そのために意気盛んな守備側が怖がる攻撃側に一発秘密兵器を使うことで、士気のバランスが変わり、すべての攻撃が開始前に挫折することになってしまっていた。

 さらには、港にはいまだ砲艦「秋津」「宇治川」が錨泊していた。この2隻は発砲しなかったが、いるだけでも数字上はるかに強い世良軍を圧倒していた。

 ーだから、誰一人としてこれほどの短期終戦など予期しなかった。


                    ー*ー

 「カムイはおっしゃった、意地汚き和人の偽王とその眷属をとらえよと!」

 闇夜に、日本語とは思えないわめき声が響く。

 「われらの大地を守れ!」

 突然どこからともなく塹壕線に殺到した軍勢に対し、塹壕の後ろから「神風連」が放たれ、敵味方かかわらず煙に飲み込む。

 「そこだっ、討ちとれっ!」

 「こいつだっ!」

 親王軍の兵士が、続々斬りかかる。

 しばらくして、煙が晴れていく。

 ―倒れていたのは、親王軍の兵士のみだった。

 

                    ー*ー

 「イペタムという物を、知っていますか?」

 「イペタム?アイヌ語か?」

 「そうです。和人の言葉に直せば、妖刀、魔刀といったところです。」

 そう言って知子カムイシラが指さした先には、岩に突き刺さった刀があった。

 「…まさか、あれか?」

 どう見ても、誰かが刺したって感じじゃない。どちらかと言うと、びくともしなさそうな大岩から刀が生えている感じだ。

 「昔々あの刀は、まず作られたときに鍛冶師がけがをして死に、そのあと手に入れた若者が首長を斬り、その後も持ち主がわけもなく人を斬ること3度、固く封印されたのにもかかわらず消え失せ、山へ行っていた老婆が刺されて死んでいるのが見つかり、ついにあの山のカムイに祈りクマをささげ、あの大岩の下に置いたところ、大岩に食べられた...ということです。

 直義様、あのイペタムをお取りください。」

 「は?」

 いやいや、人を斬らせたり勝手に斬ったりする妖刀だぞ?

 「イペタムは『生きた刀』と呼ばれている代物です。ならば持ち主を選ぶのでしょう。

 貴方がこの刀に選ばれる人間だと、信じております。」

 いやいやいや、期待が重いぞ...

 とはいえ断りたくもなかった。

 刀に近づくと、柄がカタカタ音を立てた。

 「あ、人を斬りたがっています。」

 怖っ!

 柄に触れると、その気がないのに身体が動いた。

 すっと身体が前に倒れ、音もなく大岩が両断される。

 「うわっ!」

 ゴロっと音がして、屋敷ほどもある大岩が真っ二つに割れて、いくつもの木をなぎ倒した。

 刀身が、紫にぬらぬら輝いていた。


                    ー*ー

 「あんなヤバいもの、よくもまあ。」

 「あれでも将軍弟、歴史に残る人物だったってことだろう。」

 「若干マッチポンプな気もするわね。」

 「さあ、次行こうか。」

 「ええ♪」

 ヒュン!!


                   ー*ー

1323年6月2日、十三湊、世良親王軍本営

 -実に恐ろしい妖刀だ。わざわざ冬の北海道で手に入れたコレは。

 斬ろうと思っただけですっと思うように体が動いてすっと斬れる。

 白煙の中でも、ためらいなく塹壕を突破できた。

 「貴様ら、この私に、刀を向けるのか!」

 ともに突撃したアイヌの軍勢が、錦旗翻る敵の本陣を踏み荒らしている。

 「まずいですね、親王を殺しては。」

 何事かカムイシラが叫ぶと、アイヌ兵たちは刀を収め彼女にひさまずいた。

 「…よもや守邦、蛮族と結託したか!」

 「その蛮族だからこそ勝てたんだよ。」

 お互いの兵が「皇威」を信じ自信を持ちながらも胡坐をかき、心の奥底でとどめをためらっている、そんな状況で決着がつくはずもない。

 「もともと、二人の親王の争いなんて、皇威を信じない者にしか止められないんだよ。」

 世良親王が、ガクッと頭を垂れた。


                    ー*ー

 「どうして幕府方につくようわしを説得したのじゃ?まだそなたの兄が幕府の味方のままとはわからなかった時点で。」

 「いえ、俺は、真っ先に守るべくは北海道だと思ったもので。」

 「ほう、妻の故郷を守ってやろうと、か。確かに持明院統のほうが異物に優しいからのう。」

 「いえ、そうではなく、殿下に味方しようと思ったまででございます。」

 「ふむ、やはり仕事はしないに限るようよのう。」  

 

                   ー*ー

1323年6月13日、肥前国

 西から反攻作戦を行った幕府軍は、周防守護大内氏を加え、八幡製鉄所で作られた鉄武器を手に、厳島の先遣隊との合流を果たしてなおも進軍した。

 一方で大覚寺統も黙ってはいない。

 「そろそろお灸の据え時だ。」

 草原の端にズラリ10台並ぶ、巨大な棚。5段の上下に10基ずつの大きなたたんだ傘のようなものが取り付けられたそれが、完成版の「神風連」多連装ロケットである。

 護良親王は、まっすぐ突っ込んでくる馬の群れを見つめ、鼻で笑った。

 「点火」

 ガチャ!

 ヒュウ――――――――!!!!!!!!!!!

 空気をも引き裂くような甲高い音とともに、柄のない傘のような物体が、煙を吹きながらふらふらと殺到する。その数1000本。

 ほぼ同時に、1000本の弾体がまんべんなく落下した。

 白リンが発火し、もうもうと白煙をまき散らす。また、その粉末の焼夷効果が、触れた発火物を着火する。あっという間に、草原も、馬も、人も、猛火に包まれた。

 「助かる者はないだろうな。」

 

                    ー*ー

1323年6月22日、鎌倉、若宮大路御所

 「ほう、そなたがアイヌの姫か。」

 うーん、ちょっとすごい光景だ。正装の衣冠束帯に身を包んだ後伏見上皇と、茶色と赤の民族衣装に額のティアラ刺青で彩られた知子カムイシラが、同じ目の高さで向き合っている。

 「あなたが和人の王の父上ですね。」

 お互い、堂々としたものだ。

 「すごいね、見えないけど、雰囲気がすごいよ。」

 腕に張り付く登子も、感激しているみたいだった。

 「どっちも神様をつかさどってるからね、自信にあふれてるなぁ。」

 「それは言っちゃだめだよ、あれで知子ちゃん神様嫌いだから。」

 -実際、日本人とアイヌ人のトップが対等に会談するなど、考えられないことだった。それを実現せざるを得ないほど切迫した情勢は困ったことだけれど、内戦状態に陥った奥州を平定し帰ってきた直義とカムイシラには、感謝してもしきれない。やはり二人は北海道へ行っていたようで、何やら恐ろしい妖刀イペタムを持ち帰ってきた。

 「確認ですが、我々アイヌは和人の争いに必要以上に干渉するつもりはございません。奥州ではいまだ残る同族と北海の大地の保安のため参戦いたしましたが、私以外のアイヌが陸奥国・出羽国より南に向かうことは禁止されています。」

 「ほう、ならば日の本になんの欲もないと申すか。なかなかに話の出来る。」

 「こちらこそ問答無用でなくてうれしい限りです。」

 何かの合意に達したらしい。二人とも笑顔だった。

 「良かったね。差別の歴史を変えられて。」

 高時、やさしいから。そう登子がつぶやいた。


                    ー*ー

1323年6月30日、中国大陸、寧波

 日の丸を掲げた船団が、沖合からやってくる。

 すわ倭寇かと、元の水軍が動き出し、船団を包囲した。しかし様子がおかしい。

 船団から矢文が射られる。

 矢文を広げた水軍の人間は、顔色を変えて港の役人のもとへ走った。

 

                    ー*ー

 1323年7月4日、遠江国

 九州・東北は陥落し、四国は内戦で収拾がつかない。山陰山陽は安芸で分断され、いまだに我ら大覚寺統は東山陽と近畿、西中部しか掌握できていない。

 だからこそ、もう一度箱根、その向こうへ進撃しなければならないのだ。

 「馬列は下がれ!自走砲隊、撃ち方用意!」

 あまり泥臭いやり方は好きではないが、しかしまあ事ここに至っては、時乃のためだ、やむを得ない。

 曳いていた綱が、馬とともに後方へ下げられる。

 迫ってくる騎馬隊。

 4つの車輪を持つ鉄の車体の前のスリットから突き出した砲身が、ゆっくり持ち上がる。

 「てーっ!」

 瞬間、12輌の自走砲が、直径15センチの焼夷榴散弾を吐き出す。

 人が一人と長射程の五寸砲一門が、鉄と木で作られた箱に収まり、2頭の馬に曳かれる自走砲。この時代、この機動力と火力に正面から対抗できるものなど、本来はない。

 敵の頭上で炸裂した花火が、丸ごと騎馬隊を包み込みながら発火する。

 炎の中から飛び出してくる往生際の悪い奴がいるな。

 手元のレバーをくいっと引く。

 カラカラカラカラカラカラ!!

 たちまちにガトリング式の機関銃が、火線を走らせて敵の武士も馬もなぎ倒す。

 これで、遠江制圧、か。

 特に、感慨はわかなかった。

   

                    ー*ー

1323年7月9日、鎌倉、若宮大路御所

 浜名湖以東への護良親王軍の侵攻、遠江陥落、駿河でのあいつぐ敗退と離反。

 この期に及んで人質は取らないし大兵力を動かす様子もない幕府上層部の静けさに、御家人たちは困惑していた。もはや2度の鎌倉侵攻による痛手から大覚寺統軍が復活し日に日に強くなっているのは、誰の目にも明らかであったからである。

 そんな中、天皇、上皇の仮御所となりさらには将軍御所でもある若宮大路御所に、在関東の全御家人が招集された。

 この場にいるすべての人間が、何が言われるか、おぼろげながら確信していた。

 そして、征夷大将軍が現れる。

 「皆の者、良く、聞いてほしい。」

 そわそわが収まり、呼吸すら静止する。 

 「畏れ多くも本日、やんごとなき方々から、勅命が下された。」

 高氏が、紙を広げる。

 「これは光厳帝、後伏見院、そして大覚寺統代表者として桃子内親王殿下がそれぞれに下された宣旨、院宣、綸旨である。

 〈大覚寺統親王尊治から、大覚寺統長者の地位を剥奪し、即位礼の日文保2年3月29日にさかのぼり廃帝とする。後醍醐廃帝とそれに連なる朝敵勢力を討伐し、またこれに味方し国家をむしばむ邪宗をかたく禁ぜよ。〉」

 かなりキツイ文面であり、さらにはいまだに草の根にはびこる立川流の弾圧を内容として含んでいた点は特徴的であった。この時代では、民衆のサボタージュ、レジスタンス行為の危険性が良く理解されていなかったのである。執権夫婦のねじ込みがうかがえた。付け加えるならば持明院統だけでなく大覚寺統からも同じ内容の綸旨が出ることが、この勅命の説得力と大覚寺統の不安定性を喧伝していた。

 「これは皇祖神アマテラスに始まり神武以来96代続く万世一系の皇統に対する反逆である!全軍はこれを神威ととらえ、無心に朝敵を討伐せよ!」


                    ー*ー

 「どうしてあれほど、正当性を主張し、神威に訴えたのですか?」

 「あ、知子ちゃんが疑問に思うのも仕方ないか。日本の神話に思いがないもんね。」

 私は、この際だから幕府の窮状を明かしてしまうことにした。

 「ずっと戦と軍備で、実は幕府財政はボロボロなんだ。」

 最近は書類なんか読めないけど高時が教えてくれるし、1年執権の代行をやってこれば今の幕府の状況は容易に想像がつく。

 全国に散らばる幕府領はもとから多くはない。加えて一御家人に過ぎなかった足利と新田も、平時であってさえ幕府財政を支えるほどの余裕はない。そして北条が持つ日本の半分に及ぶ守護・地頭領年貢は代官の離反や陥落、音信不通といった事態で入ってこない。そんな状況で臨戦態勢の中、モニター砲艦の連続建造、銃砲の生産に開発、蒸気機関に気球、鉄に火薬にその他資材の量産...いくら各家が私費を持ち出しても足りるわけない。

 「なるほど、恩賞が少なくてでも戦わせられるように忠義を強調した、と。」

 「うーん、神様を騙るようで気分が悪いんだけどね。」

 「心配無用です。私も、いえ皆、神職についていればよく使う手です。」

 

                    ー*ー

 「でも、正面からぶつかって勝てるかわからんぞ。」

 「そんなときのために海兵隊があるんじゃないか。」

 「うえ。で、どうするんだ?」

 「楠木と北畠が抜け、今の大覚寺統は護良親王一人で動いてる。だから挟みうちして彼を捕縛すれば、かなり状況は良くなる。」

 それに橋本には、聞きたいことに言いたいことがいくらでもあるしな。

 「なるほどな、どこに行けばいい?」

 「陸軍が、正攻法で東海道を西へ進む。何とか三河までは押し込みたい。その近くで大砲を揚陸できるところは...ここだ。」

 

                    ー*ー

1323年7月17日、富士山麓

 草原を埋め尽くすように、大軍勢が広がっている。

 上空には飛行船の襲来を警戒して熱気球が数機飛んでいる。

 「今度は、一緒だね、高時。」

 登子が袖を引き、嬉しそうに言う。

 ー絶対に、負けるもんか。

 「ああ、絶対守って、橋本あいつに言いたいこと言ってやる!」

 「おけ!」   

 ゆっくり二人、息を吸った。

 「「全軍、前進!」」


                    ー*ー

 「ついに、けりがつくわね、兄様。」

 「何はともあれ、これで本番が始まるんだろうな。」

 「北条高時は、どう出るのかしら?」

 「さあ?すでに彼の目的は、北の大地でカムイ出現を以て果たされかけているからね。まあ最終的にはつぶすんだけど。」


                    ー*ー

 「いよいよ、悲願が叶うとき...

 護良はしもと殿下、せいぜいあがきなされ。

 必ず恨みは晴らしますぞ。」 

 次話、橋本理との、決戦の時が訪れます(が終わりません)。

 ※ずっと見返して気づきました。一度もルビ振ってませんね。女子じょしではなく、女子おなごです。

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