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(1323春)巻き返せ、歴史!

1323春編:最後の北条家当主とマルコ・ポーロの孫娘が送る時代革新戦記松浦編、後半。

ーそして鎌倉でも、異変が...

 (「『もし自分が死ぬ時のことがわかるとしたら、知ろうと思いますか?理由も含めて300字で記述しなさい』?」)

 (「うん、3年前の国語の過去問。治くんはなんて書いた?」)

 (「知っても知らなくても一緒だって書いた。」)

 (「どういうこと?」)

 (「だって、自分の死ぬ頃が幸せなら満足するじゃん。幸せじゃなさそうなら幸せになれるように頑張るじゃん。」)

 (「そうだね。」)

 (「でも知らなくても、一生幸せであるように頑張るじゃん。一緒じゃない?って書いた。」)

 (「た、確かに...」)

 (「トキちゃんこそ、なんて書いたの?」)

 (「知りたくないな、って書いた。」)

 (「え?」)

 (「だって、もしそれで大事な人と離れちゃうなら、そんな悲しい別れのとこ見たくないなって、思うの。」)

 (「…それは、そうだね。」)


                    ー*ー

1323年1月4日~10日、越後国

 冬の日本海側は、雪深い。

 ナポレオンのロシア遠征失敗からわかるように、雪の中での戦は避けるべきである。

 -にもかかわらず、いやだからこそ、戦を起こそうとした者たちがあった。

 北陸をゆうゆう通過した征北大将軍世良親王と彼の守役でもあった北畠親房率いる征北軍3万。しかし鎌倉でのクーデター騒動で家がぐらつき出兵ままならなかった名越遠江守時有と嫡男名越時兼は、やっと謹慎を解かれて越中へ帰るや、城下を素通りされてメンツをつぶされたと激怒。特に登子に土下座し高時に登子への投剣の赦しをもらった直後にこれではと時兼は憤懣やるかたなく、初雪降りしきる中軍勢を走らせた。

 お互い、見通しが甘かったのだろう。

 征北軍は人二人分の背丈を誇る積雪の中で追撃などありえないと高をくくっていたし、名越軍は雪になれている自軍が圧勝するだろうとなめてかかっていた。おかげで彼らは、お互い想定よりも強い敵を相手にすることとなった。おまけに賢明な高時と護良親王は雪崩の原因になる火力兵器を使うことを厳に禁じていたから、生まれたのは白い泥沼だった。

 「突撃だ!今こそ御恩返しの時!地の利は我に在り!」

 「迎え撃て!賊軍を討伐せよ!天が味方ぞ!」

 陣を雪原に広げる親王軍。それに対して馬を走らせる名越軍。しかし両者ともに雪が深く、いっこうに進まない。

 塹壕も銃砲も飛行船もない銀世界で、遅々として戦が進む。

 弓が引かれるや、お互いの先頭が何人か倒れた。それを合図に馬を降りた名越軍は、大量の雑木を燃やしながら進軍する。雪が解けるとともにかき分け進む軍勢を、凍った雪の上から射かけ、夜には火元を少人数で襲撃する朝廷軍。お互い、戦死者と凍死者、どちらが多かったのだろう?

 数日に及びこれといって華々しいこともなかった雪戦だったが、終わりは唐突かつ劇的に訪れた。

 「「ぜ、全軍、退け!退けといったらわからんか!」」

 黒雲が北から迫り、あっという間に上空を覆いつくす。

 雪の中、必死に両軍が本陣へ戻っていく。

 「撤退、撤退だ!」

 「皆の者、炎の傍へ!かなわぬ者はできる限りひとところに集まりかたまれ!」

 あわててのたのたする兵士たちの頭上から、白い粉が降り注ぎ始める。

 やがて風も強くなり、次第に量を増す雪は、防寒をし過ぎるほどしていた名越軍をも蝕んだ。

 最初に、無理な行軍でかいた汗に湿っていた上着が凍り始める。

 次に、弓や刀を取り落とす者が現れる。

 さらには、顔を青くして、ふらふらと前へ進めなくなる者が現れる。まごうことなき低体温症だ。

 -そうなれば、両軍壊滅は早かった。

 気づけば降雪は吹雪へ、そして猛吹雪へ。

 刺すような冷たさに、あちらで、こちらで、人が倒れる。

 「天皇陛下万歳」?

 -いや、彼らはこう言い残した。

 「火をよこせ」

 半数以上を戦闘不能とした名越軍は、歯噛みして越中に撤退した。越前方面からの圧力も無視できなかった。

 一方で敗残兵同然の状態であった親王軍は、何とか越後、出羽の土豪を味方につけて、奥州入りを果たした。

 鎌倉では一度は出羽の尊良親王軍討伐へと光明天皇(光厳上皇の弟)の宣旨が下るところまで行きかけたが、越後での悲劇を耳にした登子が必死でいさめた。

 その後、冬将軍の恐怖を思い知った持明院統ー鎌倉幕府と大覚寺統はともに雪解けまで完全に動きを止めた。

 しかし誰もが知っていた。雪解けの季節に雪崩が起きるように、力を蓄えている両朝廷が、ただで済むはずがないと。


                    ー*ー

1323年3月3日、鎌倉、赤橋家屋敷

 心なしか、雛飾りが色あせて見えた。

 冬をまたいで、未だ高時は帰ってこない。

 考えられる可能性は3つ。

 1つ目は単純に、天候が荒れて動けなくなったという事態。

 2つ目は、何らかの罠にかかったという事態。

 3つ目は、戦の準備をしている事態。

 ...ってどれも最悪だよね!?

 「登子殿もおかわりなく。」

 「桃子殿下?」

 「京でも8段構えの雛飾りなど見たことはないわね。新鮮。」

 「てへ、特注してよかったかも。」

 「…高時殿が心配?」

 「そりゃそうだよ。」

 「…ご自身のことは?」

 「ふえ?私は...」

 -桃子殿下、私だって、わかってるよ。高時が早く帰ってこないと、私が「あの出来事」でどうにかなるのが怖いからそばにいてほしい、なんてことはさ。でも、自分勝手でもいいみたいだから、うん。

 「それはそうと、もたもたしている間に世良親王軍は力を蓄えてしまったようだけど...」

 「ああうん、きっと大丈夫...だけど一応、砲艦一隻ぐらい十三湊に送っておこうか。」

 「『宇治川』に命じておくわ。それと...」

 「どうしたの?」

 桃子殿下がおなかをさすってみせる。

 「…おめでただね!」

 「…はい」

 まだ誰も気づいていないとしても、高氏と出会ってから1年たってないのに、殿下早いなあ。

 「んー?」

 「何か気にかかることでも?」

 さすがにこんな細かいこと、私の記憶が間違ってるかもだけど...

 「足利登子わたしよりも7年早い!愛だね!」

 確か正史では足利高氏の嫡男義詮誕生は1330年なんだよね。

 「そ、そんな、大げさなことでは…」

 「とにかく、私もちゃんとここを守らなきゃ、高時が帰ってくるまで。」

 高時ヘタレに言うことが1つ増えた気がするよ。その結果が出るまで、お互い息が抜けないね♪


                   ー*ー

1323年3月3日、肥前国松浦

 「へくちっ!」

 「高時様、大丈夫かしら?」

 「いや、誰かに噂されてる気がした。」

 「天下の執権であり、『賊軍』の頭目なのですから、相模守様のうわさが絶えることなどございませんて。それはそうと、この文、いかが返事なさるおつもりですか?」

 綱殿は、自分に肩を寄せるあやを見て、自分をにらんだ。いや自分悪くないよね?

 「…少し気になってたんだが、聞いていいか?」

 「なんでしょう?」

 「綱殿は、自分が、覚悟もなくあやを側室にしようとしてると思ったから、勝負を挑んだりしたんだよな?」

 「はい。」

 「で、…なんでそんな、覚悟もなく女子を傍に置く男、みたいな評価になってるんだ?」

 「…2年前の護良親王綸旨に書いてありましたよ。」

 「おいおい。」

 橋本のやつめ、私怨で「女たらし」とか書くからとんだとばっちりを受けたじゃないか。

 「わかりやすいウソに騙されないでくれ。」

 こんなへき地にも伝わってるなら、それこそ日本全国に広まってるんだろうな...こんな評判、歴史に残したくはないんだけど。

 さて、〈そのほうでかくまっている賊軍の軍船2隻を引き渡し申し上げられたし。〉か。

 「引き渡すからって言って博多まで引っ張ってって一発ぶっ放したら降伏させられたりせんかな?」

 「大宰府は射程外だと思いますわよ。それにこれだけ我らが大砲を戦場へ引き出せば、心構えぐらいはしているのではないかしら?」

 「…じゃあ、まだまだまとまってるとは思えないこの松浦の地で防戦するか?」

 さすがに綱殿は優秀で、「2隻の軍船が松浦を離れれば解決する」などとは言いださない。もしそうしたのちに言いがかりをつけられれば松浦は滅ぶ、不安定かつ弱小な寄せ集まりの水軍に最後に残された手札が「和賀江」「石橋山」だと理解しているようだった。

 「ほかの分家はともかくとして、それがし自身はもはや得宗家と運命を同じくしているので...」

 「…ここで自分を斬って差し出せば出世は間違いなしだぞ?」

 「御冗談を。あやを悲しませるつもりなどございません。」

 「となれば戦か。あや、準備はどんな感じ?」

 「2隻ともに万全ですわ。台座から降ろすために大潮を待ちたいところかしら。」

 「なるほどね。鉄砲と要塞歩兵砲はそれなりにそろったし、籠城戦しますか。」

 「しかし、それではじり貧では?」

 まあ確かに、年貢納入を実際に見れば、平地に乏しく農業が厳しい松浦の民は倭寇に頼らざる負えないほどの状況であり、籠城に耐えるほどの備蓄がないことはすぐわかった。 

 「だから、館は囮だよ。」

 「囮?」

 「決戦において親王軍を叩きのめし、ぎゃふんと言わせる。どうせ九州の諸将なんて日和見だ、そうすれば一気に形勢が逆転する。」

 「…して、決戦の場所は?」


                   ー*ー

1323年3月26日、肥前国松浦

 〈我らの認める正統朝廷は持明院統の光明陛下であり、皇位を僭称する大覚寺統よりの要求は受け入れがたい。死人が出るのを望まぬゆえ戦は控えたいが、万が一一戦交えようというならば、最初の流血を宣戦布告と認めあらゆる反撃を敢行するので覚悟されたし〉

 〈皇位を僭称する尊治親王が第二皇子尊良親王及び悪党楠木正成が、偽勅もて皇軍を恫喝せり。志ある九州武士は直ちに帰趨を明らかにされたし。〉

 わかりやすいこけ脅しと、幕府執権の名で発行された九州全武将への決起命令。当然これを手に入れた尊良親王と楠木正成は激怒し、一方で執権という大物を倒すチャンスに狂喜した。

 兵力をまとめ、菊池、大友、少弐3将を引き連れ、土着武士の1つや2つ一ひねりぞと松浦群へ赴いた親王軍。途中からは松浦党の寝返りもあり、極めて順調に本家の所領へ、いや、本家の館の傍にまで到達した。

 「誰一人死ぬこともなく、楠木様、あっけないものでしたな。」

 「…うむ、しかし、いくら何でも手ごたえがなさすぎはしないか?」

 ーすでに肥前国に幕府方の松浦党の拠点は数か所しかない。いくら内紛騒ぎで不和だからとはいえ、手ごたえがなさすぎはしないか?

 「楠木様、松浦党は水軍で名をはせております。」

 「少弐殿は、松浦武士が海上に逃れた可能性を心配しておるのか?」

 「しかし少弐殿よ、人はおかにてくるもの。いつまでも音沙汰がないわけも...」

 「では大友殿は、賊軍はすべてあそこに立てこもっていると申されるか?」

 はげ山となっている小高い山。あちらこちらに櫓が建っている。だがそれだけだ。石垣もないし、取り立てて斜面が急というわけでもない。それに山頂付近まで丸見えの状態では、たいていの策略は見抜かれてしまう。

 「陸戦は素人、ということか…?」

 山の向こうに見える海には、2つの島も見える。

 ...島?

 「まあ良い、様子を見てみよう。」

 〈勅命下る 軍旗に手向かうな〉という、もはや大覚寺統の前線では恒例となりつつある旗がなびく。

 すると矢が飛来した。

 「すわ、攻撃か!?」

 「いえ、矢文でございます!」

 「読め!」

 〈兵に告ぐ

 すでに勅命が発せられたのである

 今からでも遅くないから所領に帰れ

 抵抗するものは全部逆賊であるから殲滅する

 お前たちの祖先は国賊となるので皆草葉の陰で泣いておるぞ〉

 大覚寺統の旗やビラと同じく、矢文もまた、1936年の二・二六事件において戒厳軍がばらまいたビラや放送のパロディであった。

 「うぬぬ...

 全軍、かかれえー!」

 楠木正成は、罠があるだろうと確証しながらも、突撃を命じざるを得なかった。そうしなければ士気の揺らぎが抑えられないのは明白と思われたからである。

 馬が、侍が、一気に突っ込み、一斉に馬上から射かける。

 堀もなく中腹まで登って見せた親王軍は、最初の一射ですでに山頂まで弓を届かせていた。

 あと山頂の本丸まで200メートル。誰の目にも、松浦本家の滅亡は決まったかに見えた。

 -櫓から、赤い旗が上がった。

 ドゴオォン!

 

                    ー*ー

 「第二射用意!」

 まったく、ちゃんと「最初の流血をもって宣戦布告と認め」と書いたはずですのに、こちらが読んだとおりの絶好のタイミングで弓矢を放つだなんて。

 海の男たちが、後部上甲板を覆う草木を次々と取り払っていきます。次第に、磨き上げられた木の板があらわになり、さらにはツタや落ち葉が絡められたアミが両舷から引き上げられて、黒く塗られた船体も目に入ってきました。

 「第一射、弾着!」

 本家館の向こう側で煙が舞い上がります。

 「私は容赦はしないたちですのよ。」

 容赦が泥沼と悲劇を生むことぐらい、よーく存じておりますわ。

 「第二射、少し右!」

 艦首を館へ向ける「和賀江」「石橋山」2隻の前部上甲板の主砲が、上に被せられた筒型の覆いごと、じっくり見ていなければわからないくらい少し回転します。

 「撃てえ!」

 ドゴオォーーーン!

 ドゴオォーーン!

 艦橋の木壁がびりびり震えます。

 爆風が吹き込み、ぽにぃているを揺らします。

 「第三射用意!」


                    ー*ー

 ズガアン!ズガアン!

 やぐらから見下ろせば、親王軍はぐっちゃぐちゃになっていた。

 2門の大口径砲が撃ち据える中を、馬と人が右往左往している。

 しかし鈍いったらありゃしない。そもそも事前に演習しているのだから、館の周りのどこにいようとも照準方法は知られているというのに。

 「とはいえ砲弾も限られる。そろそろ限界かな?」

 「相模守様、如何なさります?」

 「撃ち方止め、戦わせてやれ。」

 「はっ!」


                    ー*ー

 「…止んだ、か?」

 突如として炎が吹き上がり、一時は潰走もやむなしかと思った。あの護良殿下が「散開しろ。それしかない」とのたまった大砲攻撃だ、どうしようもない。しかし難波での戦からそうだろうと思ってはいたが、やはり2隻の軍船には大砲が載っていたか。

 「草木を被せ島に見せかけていたとは、おのれ卑怯な...

 しかしなぜ止んだのだ?」

 「楠木様、今が好機!一気に攻めかけましょうぞ!」

 「あれだけの威力ならば味方と入り乱れているところへは攻撃できないはず!」

 「う、うむ...

 総攻撃じゃ。海の見えぬ所より、全軍で攻め立てよ。」


                    ー*ー

 高時だって、何も考えなしに館の周りの木を切り倒したわけではない。

 一見ただの、そこかしこに切り株が並ぶはげ山。しかしもし航空写真があったならば、網目のごとく塹壕が張り巡らされていることに誰もが驚倒したであろう。

 緩い斜面を駆け上り、今度は砲撃に邪魔されることもなく、中腹まで登って館へ射かけながらなおも走った少弐軍と菊池軍は、ある瞬間一斉に落馬した。

 どんな駿馬でも足元へ矢が殺到してはたまらない。そして、塹壕から頭だけ出して射かけると、ちょうど馬の足元に当てられるのである。

 前のめりに倒れた馬に放り出された武士たちも、弓矢の第二射でそろって絶命する。

 騎馬隊というものは、先頭が止まると後続も止まらざるを得ない。そうでなければぶつかってしまう。実際、先頭の全滅により第2列以降は渋滞に陥った。

 ここで打って出れば戦果は大きかっただろうが、後がない籠城戦であるからそうはならない。

 その代わり、高時の戦術は徹底していた。

 「撃て、撃て、撃て!」

 言われるまでもなく、木製の塹壕歩兵砲の発射音と硝煙が山のあちこちから噴き出す。

 渋滞した状態では、前に進むのも後ろへと方向転換するのも簡単なことではない。そして、塹壕歩兵砲はすべてが、だいたい敵を落馬させる予定のラインより少し奥に照準されていた。

 いくら射程が短い軽迫撃砲とはいえ、弓矢並みの射程はある。そして今回、火薬ではなく油が詰められた木の砲弾は、火矢や火弩と組み合わされたことで火事を引き起こした。

 やけどを負った武士たちを見て、楠木正成と3将は撤退を命じた。


                    ー*ー

1323年3月27日、肥前国松浦

 「うおらーあ!」

 まだ夜も明けていないというのに、塹壕の松浦兵は叫び声にたたき起こされた。

 目前に迫る徒歩の武士たち。

 しかし寝込みを襲われているにもかかわらず、守備兵たちは笑い出しそうになっていた。

 夜になると同時に作られた竹矢来に、武士たちがとりつく。

 バシャ!

 遠慮なく長柄のひしゃくで注がれたものは、沸騰するまで熱せられた熱湯。

 さらには、糞尿などの汚物をひしゃくごと投げつけるやつもいる。

 たちまちにして、またもや火傷者が続発した。

 太陽が昇ったころには、侮辱と火傷の身を戦果として大友軍は撤退した。


                    ー*ー

1323年3月30日、肥前国松浦

 「竹矢来か…ならば、熊手もて引き倒せ!」

 さすがにこりていた楠木正成は、盾を前にみっちり隙間なくつなげ、その後ろから熊手で竹矢来を引き倒し、弓矢や投射物をはじき返しつつ塹壕へ斬り込むよう命じた。

 一列につながった長い盾が、ひたひた迫る。

 塹壕から射かけられた矢も、盾に当たってはじかれる。

 ついに竹矢来にとりつき、盾の上から熊手を伸ばした少弐軍の武士たち。

 竹矢来は、あっという間に引き倒される。

 -同時に、盾持ちが全滅した。


                    ー*ー

 「正成め、知らんだろうなぁ。基本的には10年後に自分が赤坂城や千早城で使うはずだった戦術だなんて。」

 籠城戦、山岳戦の名手、楠木正成。1000に足らない兵力で100万の幕府軍をほんろうした男、楠木正成。そう、南北朝時代について記した歴史書「太平記」にはあるらしい。トキから聞いただけだけど。

 (「でもほんと、天才なんだよ。山城にこもって、1000倍の兵相手に一歩も引かなかったんだって。垣根の向こうから熱湯や油を注いだり、石や大木を崖の上から落としたり、休憩中を狙って奇襲したり、わら人形で誘い出したり。」)

 悪いね、丸パクりして。でもこっちも、いろいろかかってるんだ。

 竹矢来が引き倒される瞬間だけは、力のかかり方が不安定になる。盾持ちも熊手に全力を入れているから、盾を持つ手から力が抜けるし、斜面ならば足が滑っているはずだ。そして、山がはげるまで刈りつくした木が、こちらにはある。見計らって塹壕から放り出してやれば、矢をはじく重い盾を巻き込んで盾持ちを圧死させた大木が、後続の武士もろともふもとまで転がって行ってくれるはずだ。

 「一人じゃ火薬も銃砲もできなかったからね。登子に出会うまで3年、たった一人であらゆる戦術を研究させてもらったよ。」

 正成の悔しそうな顔が想像できる。いや会ったことないけど。

 「相模守様、次は?」

 「綱殿か。そうだなぁ...もう少し粘れる?楠木正成がこちらの思うとおりの男ならば、引っかかってくれるはずなんだけど。」


                    ー*ー

1322年4月2日、肥前国松浦

 広さと松浦党の離反者の証言を総合すれば、松浦本家館に籠城する兵は多くても1000以下とみられた。

 一方、阿蘇氏、秋月氏、蒲地氏を糾合した親王軍は10万を大きく超え、そうなれば前線に出ることなき数合わせのような兵力が発生する。そうして彼らが、数を頼みに遊びだすのはもう世の常というか人間のさがだった。

 「こら貴様ら!何をしておる!」

 正成は、秋月の陣から女が出てきたのを見て激怒した。

 「貴様、さっきの女は何だ?」

 「い、いえ...」

 「遊女であろう!」

 コクコクうなずいた武士を、正成は一刀のもとに斬り飛ばした。

 「博奕に女遊び!貴様ら最近たるんでおる!」

 「ひいっ!」

 「戦というものを教えてやろう!」


                    ー*ー

1323年4月4日、肥前国松浦

 あーやっぱり。対応が早いけど、短絡的というかなんというか。

 「放っておかれるのですか?」

 「三寒四温だしねぇ。」

 「はい?」

 山頂のやぐらから見れば、蛇のように曲がりくねりながら、山腹を塹壕が何本も這い進んできているのが目に入る。

 地面より低いところに兵がいるために、一方的に地上の兵を攻撃できる。それが塹壕の強みだ。しかし、塹壕から塹壕を攻撃することはできない。むろん弓矢と違い山なりに飛ぶ塹壕歩兵砲なら敵塹壕を攻撃できるが、それ以前に塹壕から敵の塹壕を視認するのが至難で、しかもかなり細いそこへ砲弾を飛び込ませるのが困難であるし、塹壕内では人は一列に並び、一発の砲弾で死傷できるのはせいぜい3人となってしまう。

 「たぶん正成は、お互いの塹壕をつなげて乱戦に持ち込むつもりなんだと思う。だけどそうなったら自分たちには勝ち目がない。なんといっても兵力が不足しすぎてるからね。」

 「ならばどう立ち向かうというのです?」

 「まあ見てなって。」

  

                    ー*ー

1323年4月13日、肥前国松浦

 毎日毎日、秋月はじめたるんでいた兵は、いやいやながらも穴掘りに従事した。

 しかし、お互いの穴がつながってしまったら勝ち目がないだろうに、どうするつもりなんだ北条相模守。しかもずっと囲んで水も食料も手に入らないはずなのに、どうなってるんだ?

 しかしすべての謎はもうすぐ、お互いの穴が交差した時に...

 ドン!ドン!

 大砲の発射音?どういうことだ?今さら攻撃に転じたのか?

 掘り進めた向こう側から、騒ぎが聞こえる。何が一体...

 ...足元に、水?

 -海!

 ドパア!

 一気に、水があふれだしてきた。

 「て、撤退だ!急げ!」

 

                    ー*ー

 海からくみ上げた水、それに雨水。三寒四温の天候もありそれなりに塹壕にたまる水は、すべて排水ではなく貯蓄されていた。

 敵も、塹壕を掘り進めている間は邪魔になるために山を攻め進むことができない。そのために、とっくに塹壕は撤兵されて水堀に生まれ変わっていた。

 開通直前に塹壕歩兵砲でぶち抜かれた壁から、親王軍塹壕へと一気に浸水。ぬかるんだ塹壕に田下駄と鉄砲の軽装歩兵が突入し、急には身動きが取れない親王軍の穴掘り隊をなぎ倒して塹壕を逆占領、麓の楠木正成本陣まで抵抗らしい抵抗もなく攻め下った。

 ーだが、突然の爆発音と出水に混乱した軍勢を見かね、正成はすでに陣をたたませ撤退しようとしていた。しんがりに軽装で斬りかかって全滅する愚を避け、幕府軍はずぶ濡れの錦旗とともに塹壕に引っ込んだ。

 1000弱の兵が15万の大軍を敗走させたこの「第一次松浦攻略戦」は、のちの時代まで長く語り継がれることになる。戦史家は、海と大量の木材を利用し幕府軍が潤沢な食料と蒸留水を得ていたこと、それに大砲という兵器が被害以上に親王軍に敗北感を与えたことが勝因だと分析した。


                    ー*ー

1323年4月14日、肥前国松浦沖

 大量の水が塹壕に流し込まれ、しかもわずかに塩辛い、そうなればさすがに誰もが、海が関係あると気づく。特に包囲によって干攻めを狙う楠木正成は、直ちに自軍に寝返った松浦水軍の人間に海上封鎖を命じた。

 その日のうちには小早船100艘弱が集結し、夜の闇に紛れて海上から館の港へ接近した。

 風も吹かないのに、波が小早船を揺らす。

 「突っ切れ!」

 闇夜のお中から、突然真っ黒な船体がぬっとせり出す。

 白い帆が翻り、灰色の煙が星影を隠す。

 全速で突っ込んでくる大船2隻を見て、さすがの海の男たちも心臓を凍らせた。

 「ぶ、ぶつかるぞ!」

 「いつもみたいに乗り移れねえか!?」

 「高すぎるわ!」

 「こ、漕げ!」

 「よけきれん!」

 ガシッ!

 バリバリ!

 大船のへさきが乗り上げると、竜骨キールを持つ鉄の船体は、横板をつなげただけの木製の小早船を、いともたやすく両断した。

 風力と蒸気機関で進む「石橋山」「和賀江」を、小早船は引き留めることも追いすがることもできない。

 小早船から弓矢が射かけられるが、斜め上にはうまく届かない。

 「撃て!」

 ドン!ドン!ドン!……

 20門近く配備されていた砲艦の要塞歩兵砲が、一斉に砲声を上げる。 

 十数隻もの小早船が、いちどきに穴をあけられ、浸水して沈み始める。海の男たちが慌てて、直撃を食らって血肉となった仲間を見捨てて海へ飛び込んだ。

 ドゴオォーーーーン!!

 海上に大きな波が巻き起こり、爆音が耳をつんざき、しぶきが数隻を転覆させる。一尺砲の砲口から噴き出した炎に照らされた2隻の海の王者を見て、小早船たちはすぐさま降伏した 


                    ー*ー

1323年4月17日、肥前国松浦

 -冷静になってみれば、たかだか奇襲だ。なにも全軍を退かせる必要などなかった。

 「攻め寄せよ!もはや賊軍に力はない!」

 皆半信半疑のようだが、しかし間違いはない。そもそもこちらが掘っている間に打って出てこちらの穴に飛び込んできても、水の有無以上の差はなかった。なのに防御である自軍の穴に隙を作ってまで待っていたということは、一回で最大の効果を得ようと思うまでに追い詰められていたということ。もはや体力がつきかけているのであろう。

 穴に気を使っていた兵たちだが、様子がおかしい。もう、そこは山頂だぞ?

 まさか、気が付けば館を攻略していたというのか?そんな馬鹿な...!

 「まずいぞ!船はあるか!?」

 「…ございません!」

 ちくしょう、してやられたっ!

 「取って返せ!」

 「は、楠木様?」

 「いいから急ぐんだ!陣を退け!」


                    ー*ー

1323年4月23日、筑前国多々良が浜

 楠木正成からの早馬を受けて、尊良親王たち大宰府待機軍2万が、河原全体に広がっていた。

 海のほうから、黒い2隻の大船が現れる。

 大船の後ろから、無数の小舟が現れた。そのまま河口に侵入した小舟の群れは、砂浜に乗り上げると同時に前側の板がパタンと倒れ、10人以上の兵士を吐き出す。

 たちまちにして、1000人以上の兵が、多々良が浜の河口側に出現した。

 10倍以上を誇る親王軍は、悠々とその時を待っていた。

 「機関銃、発射。」

 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!

 猛烈な音とともに、火線が走る。

 それだけで、何十人という兵士が血しぶきを上げ倒れる。

 ガラガラガラガラガラガラ!

 機関銃だけで勝負がつくかと思われたその時、上陸軍から赤い旗が上がった。

 ドゴオォーーーン!

 沖の大船のうち若干太いほうが、爆音を奏でる。

 親王軍の前方に、ひときわ大きな爆煙が上がる。

 「魚鱗の陣、突撃!」

 後方にいた武将ー北条高時が、叫んだ。

 「あわてるな!すぐに機関銃が...」

  ーその時、強風が吹き荒れる。

 「目、目があ!」

 「埃が目に入りました!」

 「何!?」

 親王軍が目をこする間に、上陸してきた幕府軍が親王軍陣地へ突入し、乱戦となる。こうなれば機関銃を使うわけにもいかない。

 「斬れ!斬り捨てよ!狙うは親王殿下の身柄ただ一つ!」

 驚いたことには、幕府軍すべてが、似通った服装でしかも徒歩であった。そのため親王軍は大将首がどれがわからない。

 -こうなると、誰もが、敵味方の区別がつかなかった。まして朝廷軍は目が痛かった。

 あっという間に、戦場は混沌のるつぼとなった。


                    ー*ー

 「多々良が浜の戦い」

 これは、実在した戦だ。

 1336年、新田義貞に京からたたき出された足利尊氏は、落ち延びた先の九州で、2万の朝廷ー菊池軍を相手に、2000の足利ー少弐軍で立ち向かうことになる。

 「いっそ切腹するか」とまで尊氏は思いつめたが、強風が吹いて砂ぼこりが舞い、菊池軍の目に砂が入ったことで、足利直義の特攻が成功。九州武士を味方につけた足利軍は膨れ上がった大群で再び京都へ攻め上る...

 ー戦の流れを知っていたならば、たとえ味方が足利軍の半分でも、案ずることはない。戦の趨勢に影響するほどの砂ぼこりが舞ったのは、多々良が浜の砂地が乾燥していたから。そして時期特有の北風。ならば、砂を巻き上げることに成功すれば、人工的に同じ状況を生むことができる。

 一尺砲の砲弾の爆発で巻き上げられた砂が、爆風と北風で親王軍を襲っていた。ここまでは想定内。あとはただ、数に劣りすぎる状況をごまかすため、乱戦の中で寝がえりの連鎖を誘うか親王自身を捕縛するよりない。

 -親王はどこだ!

 余り鍛えていない身体が、悲鳴を上げる。

 ったく、慣れないことをするもんじゃないな。

 左手に銃、右手に伝家の宝刀。さながら二刀流でやたらめったら振り回す。

 刀を打ち合わせれば鎧の隙間から銃弾を撃ち込み、弓兵を見たら銃撃し...

 銃身が熱くなってきたころに、その音が聞こえた。

 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ!

 おそらく機関銃だと思われるものの乱射音。

 -まさかこの状況で、誰もが自分に近づく怪しい人物に太刀を向けるこの状況で、同士討ちをしない自信があるのか?

 いや違う、これは...

 「綱殿!あのうるさい奴の傍だ!止められるか!?」

 「むろん!」

 綱殿が、背中に縛り付けていたモノを手に取り、走り出した。

 見失う寸前だった供廻りを集め、援護に当たらせる。

 綱殿が、両手に持ったそれを、投げた。 

 ってアレ、もりだよね!?届くの!?

 ガラガラガラガラッガッ!

 ゴン!!

 爆発音と、煙が吹き上がる。

 まさか本当に銛で機関銃を破壊するなんて...さすが海の男…

 -機関銃で味方を誤射してでも守るべきもの、それは総大将である尊良親王殿下その人しかありえない。

 「突っ込め!あそこに大将がいる!」

 「「「うおらあー!」」」

 10人ほどで突貫をかける。

 人数は、見る間に膨れ上がり始めた。優勢そうなのを見て、どうせ乱戦だからと味方する者が現れたのだろう。

 緋色のきれいな鎧をしている男がいた。煙を噴き上げるゴツイ鉄の塊の傍で、十数人の武士とともにうろうろしている。あれかな?

 その場で座り、弾込めを済ませてある鉄砲を頬に当てる。

 風は収まった。

 引き金を、ゆっくり引く。

 タアン!

 そんなはずはないのに、無数の足音の中で、カン!という金属のはじける音が聞こえた。

 銃弾が鎧のどこかに当たった尊良親王らしき人影が、慌てて馬に乗り走り出す。

 「綱殿!こっちも退くぞ!」

 「ああ!」


                    ー*ー

 -こうして、彼らの歴史でも、多々良が浜の戦いは持明院統の勝利に終わった。総大将の逃走が原因で裏切りが多発し、寝返りが多発した親王軍は大宰府を放棄、菊池氏の本拠肥後国まで引っ込んだ。

 -半月後、南九州の雄、島津氏が満を持して北上、日向から豊後に迫るに及び、大友氏が保護を求めて幕府軍に帰順。少弐氏までもがこれに続き、九州の大覚寺統勢力は肥後の菊池氏のみとなってしまった。

 幕府執権北条高時は、肥後を無視して、少弐氏に北九州北端、門司の町を譲らせ、代わりに少弐に筑前筑後、大友に豊後、島津には薩摩大隅日向の守護職を与えた。

 かくして、北条高時はついに元への玄関口を手に入れたー

 「で、良かったのか?」

 「ええ、まさかあの執権にそこまでの度胸があるなんてね。」

 「いやいや、人間修羅場じゃやるもんだよ。」

 「それもそうね。で、どうするつもり?」

 「そろそろ思い出すはずだから、そうなったら状況はさらに動くんじゃないかな。」

 「原始的な方法だからまどろっこしいわね。もっとパパっと終わってくれたら手が出しやすいのに。」

 「まあまあ。最後には面倒なスペクタクルが待っているから。」

 「それで兄様にいさま、次はどこを見にいくの?」

 「なるべく今回みたいに助太刀なしで勝ってほしいけど...北かな。」

 「北?なるほど、それは確かに、進捗を見るには最適ね。」

 「じゃあ行くか。」

 何事か彼がつぶやくと、空間に白い球体が現れた。

 球体は二人を包み込み、ぱっと二人ごと消え去った。


                    ー*ー

1323年4月28日、鎌倉、若宮大路御所

 時乃ちゃんは、また週末デートするらしい。橋本くんともども忙しいのに、よくやるよね。

 たわいもない、でも橋本くんが好きではない私にとっては苦痛な時間。だから、時乃ちゃんが治くんへの醜い満足や橋本くんへの恋慕以外の注目ー歴史資料への注目をしたことに、私は安堵した。

 老人が、巻物を持っている。古そ...

 あれ、僧衣の巻物を持つ老人っ!

 私はとっさに、目をつぶった。だけど今感じていることは記憶とか体験であって実感覚じゃない、だから老人が巻物を投げるのが、はっきり見えた。

 橋本くんに手を引かれる私。

 治くんが、私を押し倒す。

 ドーーーーーン!

 瞬間、治くんと橋本くんの下から見える世界が、真っ赤に染まった。

 -一瞬だけ、炎影で、笑う老人の顔がくっきり見えた。

 -え?ー

 やっと最終話まで書き上げましたのでここにご報告申し上げます。これで毎週金曜投稿のペースがとりあえず維持できる(1000字レポートとか500語英語エッセイとかの課題から目をそらし)...

 

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