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(1322年夏~1323年春)新たなる大地へ

 上下編の「松浦出陣編」です。政治・内政とか、「主人公=国王・貴族」でよく見る外遊編に若干インスパイアされました(史実、幕府も民間も普通に元と貿易していたので、はっきり言えばこの編はいらないかもです。とはいえ史実でも南朝は九州を制圧して明に朝貢するので、大覚寺統の国家正統承認を防ぐためには必要か?)。




 そろそろ自身で分からなくなってきたので、主要登場人物を一覧いたします。


ー幕府側ー


・一野治=北条高時 1303年生

 21世紀では、平凡で替えの利く男子高校生であった。爆発事故に巻き込まれ死亡。

 14世紀、鎌倉幕府執権となり最後の北条家棟梁となるはずだった北条得宗家跡取り北条高時は、「自分が、全く違うところで同時に存在している」と感じる。やがてもう一人の自分が未来にいて、その自分の感覚・経験を一方的に知覚しているのだと気づき、それとともに幕府滅亡の運命を知って、死を防ぐために歴史改変を始める。

 紆余曲折の末幼なじみと再会、結ばれた二人は、銃砲を以て反乱軍、朝廷軍を打倒。正史で敵になる足利・新田を味方につけ、分断された日本をまとめるために動く…

 セーラー服フェチ(だった)。


・石垣時乃=赤橋登子 1306年生

 21世紀では、中学生の時から学会に出入りするほどの歴女。委員長を務めるなど面倒見もよく、学校一の美少女として橋本理と付き合っていた。

 しかし14世紀には、未来で橋本理と出会うことを経験するより先に、未来で仲のいい幼なじみの一野治を好いてしまう。さらに石垣時乃が一野治に「何も見返りなく尽くしてくれて、全ての気持ちをささげてくれて当然と思う醜い独占欲」を持っていると気づき辛くなるが、北条高時に「それで幸せだから、幸せも辛さも独占してほしい」と認められ、付き合うことになる。

 北条政権では歴史知識と未来での彼氏の科学知識を生かし兵器開発を担当した。

 肩をちょうどなでるさらさらの黒髪が特徴(未来では寄付のため、鎌倉時代では覚悟を決めるため、腰までの長い黒髪を切った。)。貧乳。


・松浦あや 1302年?生

 九州の水軍松浦氏の娘。「ですわ」「かしら」を多用するが、京での宮仕え生活で聞いて身に着けた言葉遣いのため、どこかおかしい。

 投剣と毒を武器として愛用する

 元軍に誘拐され孕まされた女性の孫娘であり、幼いころから虐げられその上母と兄が元軍に恨みを持つ叔父に殺されたため、かなり屈折した感情を抱き、ゆえに自分を認めさらに自分と同じく異物である高時・登子をなみなみならず好いている。

 実はマルコポーロの孫娘。ヨーロッパ系の翠の瞳をするが、若干アルビノであるため、オパールのように瞳の色が赤と翠で移り変わる。太陽光には弱いが幼少の虐待・いじめのため虚弱ではなく泳ぎが得意、日差しにも耐えられる。

 どうしようもなく貧乳な胸に、マルコ・ポーロが託した十字架のペンダントが下がっている。


・赤橋守時(故人) 1295年生

 登子の兄。赤橋家当主として高時たちを支えていたが、六波羅探題に赴任中、朝廷の要求に対し足利高氏だけでも生き残らせ登子を救うため、自ら高氏に斬られた。


・赤橋英時 1298年生

 守時の弟、登子の兄、現赤橋家当主。

 人脈が広く、人脈作りが得意。


・長崎円喜、長崎高資

 北条得宗家に代わり実権を握っていた親子。わいろ政治が過ぎて安東氏の乱を招き、安達家とともに挙兵したが銃砲に討伐された。


・足利高氏 1305年生

 優柔不断な現足利家当主、征夷大将軍、陸軍総官。

 正史で妻となる赤橋登子に惚れていた。また守時を自ら斬り登子を託されたこともあり、登子にかける想いは強い。


・桃子内親王 1302年生

 護良親王の妹だが、あまりに石垣時乃奪還以外顧みずNBC兵器に手を染めた兄に嫌気がさし、裏切った。

 足利高氏に一目ぼれ、正室として彼を引っ張る。


・足利直義 1306年生

 高氏弟。武闘派。

 

・カムイシラ ????年生(巫女としての神秘性を保つため、生まれ年が伏せられていた)

 三つ編みおさげと額のティアラ様刺青が特徴の、アイヌの巫女。カムイの声を聴けるが、カムイに姉が身をささげたためカムイが嫌い。

 直義の妻に収まった。漢字では「神知」と書けるが神の一文字を抜き「知子」とあてている。


・新田義貞 1301年生

 新田家当主。海兵隊総官。足利へのライバル意識は解消された。武闘派。


・安達(新田)勾子 1301年生

 安達家最後の生き残り。義貞に預けられているうちに、ほっておけないと感じるようになり、ついに結ばれた。しっかり者だが、なぎなたをはじめ武芸では男に劣らない。


・安達時顕(故人) 1285年生

 長崎と手を組んで幕府の実権を握っていた。幼いころに高時の父によって一族を滅ぼされている。

 高時が勾子の嫁入りを拒否したころから決裂、反乱を起こすも、嫡男の死に、安達家存続のため高時に斬られようとした。

 家のこと以上に自らのことを考えてほしかった高時だが、時顕は安達家の新たな主君に箔をつけるため譲らず、登子に撃たれた。


・後伏見上皇 1298年生

 持明院統の元天皇。幕府の支援を受け鎌倉へ亡命、息子光厳天皇の上で院政を敷き、平安京奪還を目指す。


―大覚寺統側ー


・橋本理=護良親王 1300年生

 21世紀では、将来のノーベル賞科学者を確実視される世紀の天才。メガネのイケメン。一野治と同じ「おさむ」のため彼女の石垣時乃から名前呼びされないのが不満だった。

 皇太子として生まれた14世紀では、史実より8年も早く生まれた理由を探りつつ、石垣時乃=赤橋登子奪還のため鎌倉幕府打倒を企て、飛行船をはじめとする発明で幕府軍を苦しめる。

 彼を動かすのは、「俺は実際には存在せず、コンピューターシミュレーションとか、作品のキャラクターとか、誰かの夢とかではないのか。この世界は本当に実在するのか?」という問い。彼が生まれて初めて、唯一、架空の存在ではなく絶対に実在すると直感でき、ゆえに心の支えとなった人物こそ、石垣時乃だった。


・文観 ????年生(記録をさかのぼれず、本人も語らないため)

 怪僧。

 ドクロをあがめることと性行為によって悟りを得られるとする邪教「立川流」を率い、立川流の教えによって恋をかなえた人々を中心とした信徒軍で大覚寺統を支える。

 謎が多い。


・後醍醐天皇(別名:尊治) 1288年年生

 大覚寺統現天皇。明けても暮れても幕府打倒を目指している。


・楠木正成

 足利・新田が味方に付かないこの歴史において、大覚寺統一の武将。しかし正史より10年早い挙兵のため至らぬところも多い。


―百松寺家(※次次回作のネタバレ設定)ー


・百松寺歩

 1000年続く陰陽師家「百松寺」当主。一野治らのクラスメート。ウザったらしいのが特徴。さらに、妹を平然と恋人扱いし周囲に夜のことをにおわす極度のシスコン。

 一野らの「未来の自分の経験・感覚を過去で知覚させる」手法を呪術として発展させ、「時間・空間・世界を超えて兄妹の感覚・経験をお互いに知覚する」=「すべての時空間・次元において、同時に同じ存在である」という存在となり、さらにそれを応用し、異なる世界で自分が得たものを使用する術を多用する。


・百松寺祈

 歩の妹で、当主。時乃と校内での人気を二分した美少女だったが、兄に触れた女子を脅そうとするなどの黒髪ロングヤンデレブラコンという素顔が露呈し人気は去った。しかしどこ吹く風でいつでも兄様とのイチャイチャを阻害する者に殺意を向ける。

 実のところ、時空間超越術式と魂がいびつであることは不可分であり、ために百松寺兄妹は代々ラブラブで、その子供同士も必ず兄妹で当主…と近親相姦を繰り返しつつ、魂・情報としては同一の存在であり続けている。

 -本来は、この世界に手を加えるつもりは薄かったらしい。

 「お早い仕込みね。さすが兄様。」

 「あるはずの歴史ものがなく、無いはずのものがある。むしろ当然の帰結だったよ。」

 「それだけ事態は悪化している、そういうことかしら。」

 「どうであれすべきことは一つ。しょせん数ある一つに過ぎないのだから。我々はただ通り過ぎるだけだよ。」

 「それもそうね。けれど、どちらかといえばいたずらに事態を複雑化させているような気もするわ。」

 「それこそが百松寺ひゃくしょうじの使命であり運命だから、どうしようもないよ。」


                    ー*ー

1322年6月8日、三浦半島

 巨大な煙突から、白い煙が立ち上る。

 入り江では、砲艦モニター「和賀江」が木製台座の上で磨かれた甲板を輝かせている。

 「陛下、ここが我が幕府が誇る、海軍横須賀工廠にございますわ。」

 あや姫が一つ一つ指さす先には、建造中の2隻の改和賀江型砲艦「石橋山」「富士川」の竜骨キールや搭載用の艦載砲、さらに製鉄所の屋根、防御設備の塹壕が所狭しと並んでいる。

 「すごいものじゃのう。かように大きな船、おとぎ話の蓬莱の船のようじゃな。」

 「上皇陛下や帝にもお乗りいただきたいのですが、大きさの割に乗り心地は劣悪でございまして。」

 「ほう?重い鉄では安定しないのかの?」

 「いえ、大砲を支える台座が重いのです。普段は全く揺れない船ですが、海の上に出ている高さが低いためひとたび波高く海荒れれば、海水が即座に侵入し乗員総出でかき出すありさま、そのため常に潮臭く、また汚れやすい船なのでございます。」

 「あくまでも戦のための船か...」

 「そうですわ。」

 同時に砲艦外交のための船でもあるわけだ、高時はつぶやいた。

 「陛下」

 「おお、相模守。何用かな?」

 「あの2隻の強さ、ご覧になりたくはありませんか?」

 「もちろんじゃ。」

 雅人でありながら、後伏見上皇は大きくうなずき、乗り気のようだった。

 「承りました。

 目標、『石橋山』主砲は射程最大、『富士川』主砲は沖合の標的船を狙え!」

 高時が命令すると、色とりどりの旗が近くで掲げられ、旗を確認した兵士たちによって、石造りの台座の上に置かれていた2門の大砲が砲身を上下させ始める。

 「てーっ!」

 ドゴゴオォーーーーン!

 天地を揺るがす大轟音に、思わず誰もが耳をふさぐ。

 水しぶきが大きく上がる。

 もう一度、遠くに水しぶきが見える。

 しぶきが晴れると、標的のボロ船は消え去っていた。

 「す、すさまじいのう。これで大覚寺統の馬鹿どもも、絶対に討伐できるというものじゃ!」

 さすが飛行船飛ぶ平安京を六波羅探題の残党とともに脱出しただけのことはあり、はるか東の地へやってきても、上皇は意気軒高だった。

 

                    ー*ー

 「改めて、自分と登子の事情を知ってる人だけで、報連相をしようと思う。」

 「ほーれんそー?なんだそれは。」

 「報告、連絡、相談のこと。」

 「いいなその言い方。使わせてもらうぞ。」

 「義貞、何も考えずに他人の考えをまねるのは悪いことよ。」

 「…まず、個人的なことからな。それと高氏、直義の行方だが、だいたい予想通りだった。」

 誰もが、ああやっぱり、という顔をする。

 「あっちのことはあっちに任せよう。二人も目付け役がいるんだし、悪い結果にはならないと思う。」

 「というより、疑うほうも疑うほうよ。鎌倉にも京にいるような心の探り合いとはかりごとにしか能のない輩がこんなにいるだなんて。」

 桃子が呆れ果てている。

 「それで、勾子ちゃん、何か言うことは?」

 登子の問いかけで、勾子の頬が赤く染まった。

 「え、えと... 

 はい、この度私は、新田家に嫁入りすることになりました...」

 義貞のほうをちらちら見ながら、強気さを失って恥じらう勾子。かわいい、そう誰もが思った。もちろん自分も。

 この歴史では、すでに敵である新田義貞の助命嘆願を後醍醐天皇が受け付けるわけはない。ならば改めて、義務として自分は彼らを負けさせられない。

 頑張らないとなぁ。

 「桃子殿下もだよね?高氏のこと、好きだから鎌倉まで来たんだよね?」

 「…」

 「そっか、話したくないか。」

 なぜ恋バナしようとしてるんだ!

 女子的な女子との付き合いがないだけに、女子的なことに飢えているのかもしれん。

 「登子、頼む、そういうのは女子会で...」

 「殿下、ちょっと来て。」

 「はい?」

 抵抗する間もなく、桃子殿下が登子に引きずられていく。

 ...そんな助けを求める目で見られても、もう無理だ、止められん。

 「…高時、登子を止めたくないだけだろ。なに『あいつには好きにやらせたいんだよ』って雰囲気出してやがる。」

 「義貞様、本当に登子様のかわいさを分かっておられないとは、人生を無駄していますわ。」

 「んだと。」

 「高氏様、盗み聞きしてみられるとよろしいかと。」

 

                    ー*ー

 「登子殿、いきなり何!」

 「桃子殿下、まじめに答えて。

 ...高氏のこと、好き?」

 「はい?何のために私が兄上を...」

 「だって護良親王嫌いだよね。」

 「何をおっしゃって?」

 「それとも、皇子なのに、都を焼き尽くすことにためらいがない、護良親王のこと、好き?」

 「馬鹿にしないで!」

 「だから、皇女として兄を裏切ったんじゃない?そうでもなければ一目ぼれとしか思えないよ。だって高氏の話を聞く限り、最初ぶつかったとき、すでに『貴方のとうし』って書き残してたんでしょ?」

 「…もっと前。」

 「え、前?」

 「高氏が京に参られたとき...

 はしたない?」

 「あー、貴族受けしそうだよねあの容姿。武家が光源氏じゃまずいんだけどさ。」

 「どこがよ!」

 「あとさ、また盗み聞き?今度は高氏かな?」


                    ー*ー

 「失礼し申した。」

 「いいのいいの。英時兄上、あや姫、どっち?」

 「あや姫殿です...」

 「そっちかー。」

 あの二人には永遠に勝てない気がする。

 「あの、聞いてたので?」

 「ああ、全部。すまぬ。」

 そうか、京入りした時の視線は、桃子殿下か。

 「で、高氏はどう思ってるの?」

 ...桃子殿下を?それは...

 「きれいだけど強引で、決断力があって...」

 こういう時にまとめられない、決められないのが悪いところだって言うのは知っている。だけども、癖というのはなかなか...

 「…やっぱり、私には桃子殿下はもったいない。」

 登子殿まで、ため息をつかれてしまった。

 「私は...私は、ずるい人間だ。」

 登子殿と桃子殿下を比べてなぞらえて重ねてしまうような。

 「それは知ってるわ。だから私に、情けないあなたを、これからも引っ張らせてはもらえない?」

 それはつまり...

 「いい、のか?」

 「むろんよ。」

 はは、直義といい桃子殿下といい、支えてくれる人間がたくさんいて、幸せだな。

 

                    ー*ー

 「…登子、なんでいちいち間を取り持たないと気が済まないんだ?」

 「そっちのほうが幸せそうだから?ほら、未来でも委員長やってたし。」

 「クラス全員の面倒見ながら学会にも出入りして、みんなや御家人たちの中を取り持ちながら兵器開発をしながら政治をやって、どこからそんなエネルギーが出てくるんだ...」

 さてと、実際、現状が楽観できない中、義貞と勾子、高氏と桃子殿下をめあわせて安定を図りたかったのはわかる。だけどもちろん、ソフトだけではなくハードもきちんとしておかなくてはならない。いやむしろ、(女遊びを喪が明けてからまた再開している英時除く)全員が結ばれた今、再びハード面に目を向けるべきだろう。

 「もう充分だから、改めて、お互いの成果を報連相しようと思う。」

 「では、まず私の海軍からにいたしますわ。」

 -前回の戦においての「和賀江」や気球の活躍により、陸軍、海兵隊に加え、海軍、空軍の創設が決定されていた。海軍は水軍出身のあや姫が、空軍は少数精鋭主義という共通点を持つ海兵隊総官の義貞が預かっている。

 「海軍はこの地横須賀を拠点に整備を始めておりますわ。北条得宗家の縁者ということで、三浦氏も渋々この地を譲っていただけましたし。」

 ...いつの間にか自分の側室のような立ち位置で公認されつつあるぞこの姫!

 登子がオパール色の瞳をにらんでいる。こわ。

 「難点としては、建造中の2隻の資材が足りないことですわね。」

 「資材が足りない?得宗家の金は好きに使っていいんだぞ?」

 「高時、逆ヒモ化してない?」

 いやだって、康家自刃後、得宗家少ないし、長崎たちが寄生していた分が直接入ってくるようになって潤ってるし。

 「そうではなくて、高品位の鉄と、さび止めに塗るやにが足りないのですわ。」

 「…それはこの時代の工業生産力の限界だから、工夫で何とかしてくれ。それと、樹脂あるいはピッチと呼んでくれ。」

 やにって、それじゃたばこだろう!

 「それと義貞様、これを如何思われるかしら?」

 あや姫が、船の三面図を差し出す。

 「これは?」

 「未来では、『上陸用舟艇』というそうですわ。」

 「なんだそれは?」

 一見、何のことはない漁船(ただしこの時代、まだ軍用船そのものが一般的ではなく、有事には漁船や商船を転用するのが普通)だが、少し一辺がカクカクしていた。

 「この、前の部分は一枚板で、浜に乗り上げた後にパカッと開くようになっているのですわ。」

 第一次世界大戦で登場し、日本の「大発」などが名高い上陸用舟艇。積み荷の船からの積み下ろしを必要とせず、後部の扉を倒してそのまま中の戦車などを上陸させられる。しかし...

 「人にしても馬にしても小舟なら船べりを乗り越えられる。本当に必要か?」

 英時の意見はもっともすぎる。この時代、わざわざ楽に揚陸させるほどのものがそもそもないのだから。

 「いや、ものは使いようかもな。」

 「それならすぐ作れるから、一応整えてはおくわ。」

 「陸軍のほうはどうなのかしら?」

 「火薬が圧倒的に足りない。高時、交易で手に入れるという話はどうなっている?」

 高氏が息せき切って問う。

 「元へ渡航できるような港はすべて大覚寺統に取られてる。ちょっと後に回してくれないか。」

 非常にデリケートな問題だから。

 「それ以外には、美濃より東に問題はない。」

 「美濃より西については、機をみて攻めるしかないからなぁ。」

 関ヶ原での毒ガス戦後、日本国は東西に分裂したままだ。どうにかしろと言われてはいどうにかしましょうと答えられる問題でもない。

 「それにもう一つ、飛行船を落とす方法は考えてあるの?」

 桃子殿下までも、さらなる問題を提示する。

 「結局、工業水準も物資の量も話にならない!

 そこでだ。一つだけ、解決策がある。」

 あや姫と練り続けた、計画。実のところ、今日の報連相も、大した問題がないことを確認して計画を実行に移せる保証を得るために過ぎない。

 「登子、聞いてくれー

 

                    ー*ー

1322年6月11日、近江大津宮

 湖上に浮かぶ銀色の骨組み。

 電球が照らす水力発電所。

 石油がないために燃料がほとんど手に入らないという逆風の中で極めて近代的な発明を次々成し遂げたことは、もっと褒められてよいと思う。ただ、ハンググライダーだけは作り直すまで絶対にもう二度と飛行船から飛び降りられない。

 関ヶ原を境に分裂してしまった日本。もちろん幕府と大覚寺統朝廷のパワーバランスのせいもあるが、どうも鎌倉時代人の迷信深さを甘く見ていたために塩素ガス使用地の通過が困難になってしまった感がある。

 絶対に一野に負けるわけにはいかない。そして、アレをどうにかせねば。

 「お悩みのようだね?」

 「…歩か。何の用だ?」

 「ここでは百松寺武だけども。」

 「どちらにせよウザい奴だ。」

 「それはもちろん、君たちのような不完全さを持ち合わせないからね。」

 「生物として不完全だと思うがな。」

 「そうすることによってここにたどり着いたんだから、祈とのことに文句をつけないでくれるかい?」

 「別にそんな怖いことをするつもりはない。確かめたかっただけだ。」

 「文観?クロと言いたかったけれど、彼本人ではないな。」

 「違う?」

 「君は霊的現象を信じてたかな?」

 (「君は霊的現象を信じているかい?」)

 「(『この物質世界ですら『水槽の脳』である可能性を否定できないのだから、霊的現象も同じく信じることはできないな。』)と答えたはずだが?」

 「今はどうなんだい?」

 「アホなタイムスリップモドキのせいで、ますます『水槽の脳』の可能性は高まったな。これは何かのバグか実験ではないか、そう疑うよ。少なくともいくつかの物理法則はアウトだ。」

 「ならば終了次第バグフィックス、まとめて消去される可能性もあるな。」

 「もったいぶるな。今の俺には、時乃以外にもう一つ信じられることがある。」

 「『お前らはすべての答えを知っている』だろ?教えてもらった立場で偉そうなことを言えないし、タダで白状するのも嫌だね。」

 「…ならば、お前たち兄妹は、敵か?」

 「味方であることにしておいてほしいね。少なくとも敵味方で割られるような単純な存在に甘んじたくはないな。ただ、君が考えているよりも事態は深刻でご都合主義であることは、忘れないでいてほしい。」

 聞き直そうとしたときには、百松寺武の姿は消えていた。

 全く、何も教えるつもりがないのならば、文観についてはこちらで調べるよりほかないな。何せ俺を正史より8年早く、祈祷だけで生まれさせた男だ。シロクロにかかわらず重要参考人には間違いあるまい。

 

                    ー*ー

1322年7月1日、三浦半島、横須賀

 「高時、無事に帰ってきてね!」

 登子の手の、温かいこと温かいこと。

 「あや姫!高時の貞操は、とっておくように!」

 「ふふ」

 ...目の、怖いこと怖いこと。

 今自分たちは、新造砲艦(モニター)「石橋山」の上甲板にいた。まだ波をかぶっていない木板は香ばしい香りを放っている。

 別れのテイストになっているのも、当然理由がある。

 累積する問題を解決するためには、大陸への玄関口であり資源地帯である九州を掌握するべきである。しかるに現状九州北部で幕府に最も縁があるのは、あや姫の実家である松浦氏であり、彼らの助力を得ることこそ九州攻略の近道であるから、やはり何よりあや姫と幕府をつなげる現執権北条高時が行って交渉をすべきである、そういう論法だったけど、当然全員に心配された。

 「危険すぎる」

 「執権が、高時が抜けた穴が大きい」

 「いてくれないとメンタルが持たないし、あや姫に奪われないか心配」

 などなど、不安の声は相次いだが、結局、硝石が国内では足りないことの埋め合わせにはなりえなかった(元に直接交渉に行かないようにという誓約書を書かされたぐらい、火薬火薬とうるさかったらしい)。

 結局、2隻の改和賀江型が完成し、その量産が軌道に乗った段階で、砲艦2隻を護衛にするようにと、御家人たちと登子に怒られてしまった。

 かくして今日、「石橋山」「富士川」完成と「宇治川」「一野谷」「屋島」「壇ノ浦」一斉起工をもって、あや姫と二人九州に赴くことになったわけである。

 「本当はいかないでほしい、というか私だって新婚旅行行きたいけど、許してあげるから二人とも無事帰ってくるよーに!」

 「もちろん!」

 「おけ!」

 「登子様こそ、寂しくても人前で泣いてはいけませんわよ?」

 「…あや姫、怒るよ。

 じゃあね高時...」

 名残惜しそうに何度も振り返りながら、そしてもう涙をこぼしながら、登子が梯子ラッタルを降りていく。

 まもなく先導艦である「和賀江」が錨を巻き上げ、煙を煙突から吐いて沖へと進み始める。

 「『石橋山』、抜錨!」

 錨が巻き上げられ、舷側と鉄同士でこすれあう嫌な音が響く。

 煙突から煙が吹き上がり、滑るように海へ進みだす。

 船体が小刻みに揺れながら、波をかき分けていく。

 登子が、いつまでも手を振っている。

 「機関停止!帆を上げよ!」

 煙が少なくなり始め、艦橋を貫いてそびえるマストに、白い帆がはためく。

 風を受けて膨らむ帆により、船体はグングン沖へ押されてゆく。

 登子の姿は、まもなく見えなくなった。


                    ー*ー

 1322年7月15日、大阪湾、難波津

 改和賀江型は、いちおうは外洋での長期航海を前提に設計された船ではある。遣唐使船や江戸幕府最大の軍艦「安宅丸」ですら30メートルほどなのに、全長60メートルを誇る巨艦が航行に不自由したら嘘だろう。

 けれど、それでもなお、1度か2度は港によらなければならない。梅雨時であるから真水は充分すぎるほど降ってくるが、食糧は逆に日持ちしないからだ。保存食という概念はすでにあったし、釣りもできたが、壊血病という病気の存在をわずかにでも知ってしまえば、そうも落ち着いてはいられない。

 古代から船乗りの病気として知られる病気、壊血病。歯や皮膚から出血し、貧血や体力減退、古傷が開くなどの症状とともに身体がボロボロになっていく病気だ。700年後ではビタミンCの欠乏によっておこることが知られており、そのため新鮮な野菜さえ食べていればまず発症しないし、そもそも数か月くらいたたないとビタミンCが欠乏することなどない。そのため日本ではめったに見られなかった。

 しかしこの航海においては別だ。道中ばかりか松浦そのものまでも敵対するならば、九州まで味方なしで往復せねばならない。おまけに野菜はすぐに腐り、鉄製モニター艦は重いので畑など作ると転覆しかねない。つまり敵地で奪うしかないのが結論となっていた。

 赤の戦闘旗が上がる。

 帆が巻かれ、錨が投げ込まれる。

 即座に対応できるように「和賀江」が煙突から煙を吐き、砲に仰角をかける。

 難波津の港は、にわかに現れたけた違いに巨大な船の姿にパニック状態のようだった。

 渡辺水軍のものと思われる10メートル足らずの小早船数隻が漕ぎ寄せてくる。

 「和賀江」が蒸気機関と帆をいっぱいに使い、スクリューの航跡を引きながら小早船に近づいていく。

 お互い停船して、しばし。

 小早船から、炎が一つ瞬いた。

 「和賀江」に赤と黄色の「敵の攻撃を受く」の旗が上がる。

 「おいおい、こんなとこにもロケット配備済みか!

 あや姫!」

 「了解ですわ!

 主砲、弾種榴弾!装填!」

 ガコンという音で、装填されたことがわかる。

 「目標、『和賀江』と難波津の中間!」

 艦橋の手前で旋回する木製の円筒。さすがに砲塔ではなくただの雨よけ波よけに過ぎないが。そこから突き出す一尺砲の砲身が、ゆっくりと上下する。

 「総員、上甲板退避、耳をふさいで!

 発射!」

 あや姫の声は、雨よけのおかげで直接主砲には届かない。しかし伝声管を通じて伝わり、30,5センチの巨大なカノン砲が、火を噴く。

 ドゴオォン!

 何度聞いても慣れない音だ。

 白い煙が吹き込み、むせる。

 遠くで、爆音が聞こえる。

 煙が晴れた時には、明らかに小早船が減っていた。爆風と波で転覆してしまったのだろう。

 「和賀江」が、港へ入ってゆく。今度は、攻撃を受ける様子はなかった。

 ー数刻後、野菜をはじめ食糧を満載した「和賀江」は、錨を上げた「石橋山」とともに、黒い船体を宵闇へ紛れ込ませていった。


                    ー*ー

1322年7月27日、瀬戸内海、小豆島沖

 島が並び、あちこちに暗礁や渦がある航海の難所、瀬戸内海。

 「取舵!」

 私は、一時も緊張を抜けない状況に、疲れ切っていました。

 「『和賀江』に伝えて!もう少し右!」

 行きでじっくり潮を観察していなかったら、2隻とも沈んでいたに違いないわ。

 「あや姫!後ろ!」

 「っ、もう追いついたんですの!?

 副砲、射撃用意!」

 難波津襲撃で目を付けられることはわかっていたけれど、本当にしつこい!

 ドン!ドン!

 両側に取り付けられた要塞歩兵砲の音が聞こえてきます。

 みるみる迫る小早船。ロケットこそないみたいだけど、カンカンと矢じりが当たる音が...やにがはがれると錆びるからやめてほしいのだけれど。

 そろそろと進みながら、精いっぱい副砲で威嚇させます。撃ち続ける必要はなくただ上ってこられないようにすればいいのだけれど、それでもうっとうしいのは変わりがないです。塩飽諸島の手前からどんどん小早船が増えてるし、引き離したいところね。

 「どうにかできないものかしら?」

 「…確か登子は正史では塩飽水軍は足利尊氏に味方したって言ってたけど...10年以上ずれがあるからなぁ。

 ...遠くから主砲を撃ち込んでまとめて沈めるとか?」

 「…そんなに引き離せないですわ。それに主砲は一度止まらないと撃てないし。」

 結局、逃げ続けるしか...

 「全く、戦いから逃げるのも戦いだなぁ。

 いや待て?砲弾は残りいくつある?」


                    ー*ー

 夜半。

 黒船と化した「和賀江」「石橋山」だが、さすがに大きさが大きさ、海の男たちが見逃すはずもない。

 「よっぽと操船がうまい奴が乗っていやがるな。とっくに座礁するか俺たちに飛び乗られてもおかしかねえだろうに。」

 「けどこれで終わりっすよ。ほとんど進んでねえし。」

 「ああ、櫂がない船なんて、アホもいいとこだからな。ほとんど止まってるのと...

 ボン!

 炎!?

 ボン!

 「ああ!船が!」

 「ありゃ叔父上の船だ!助けに行くぞ!」

 ボン!

 これは、攻撃、か?

 しかし、敵は何もしていないのだぞ!

 「おい、なんだありゃ?」

 「どうした?」

 「いやなんか丸いのが流れてんでさあ」

 「…?」

 確かに、丸い球?が流れているが、これは何だ?

 ボーン!!

 球が、すさまじい音と炎を散らしてはじけ飛んだ!

 船がひっくり返る。

 「まずいぞ!」

 泳ぎながら俺は叫んだ。

 「退くぞ!」

 「はい!?」

 「ありゃあアイツらが流してんだ!全滅すっぞ!」

 俺は2隻の船をにらんだ。

 「操船も船戦も、無茶苦茶な奴だ。もう一度会いたいもんだ。」


                    ー*ー

 「やっと去ったか。」

 「みたいですわ。」

 高時様が、額の汗をぬぐっていらっしゃる。

 「砲弾そのものに導火線をつけて流そうなんて、よく思いつきますわね。」

 「…似たような兵器は未来にもある。機雷って言って、船が触れると爆発するんだ。」

 「…このような船や兵器があふれる未来...あまり行きたくはないかしら。」


                    ー*ー

1322年8月9日、肥前国松浦

 最初にその船に気づいたのは、沖で漁をしていた者たちだった。

 明らかに、松浦党はおろかどんな船よりも3倍は大きい。

 海に住めば、不可思議な現象はままあることだ。いさり火や不知火、また小島のようなクジラ。だから彼らは真っ先に、目をこすった。そして幻影ではないとわかると、すぐさまにパニックを起こした。  

 「蒙古再来じゃあ!」

 「愚かもん!蒙古の船はこげな大船じゃなかと!」

 たちまちに小早船があちこちの島影から湧き出す。

 一方で巨大な黒船も、水平線のあたりからもう一隻出現する。

 そのころになると、海男たちにも巨船の上で翻る旗の紋様が判別できるようになってきた。

 「あれは、源氏の笹竜胆!」

 「北条の三つ鱗もあるぞ!」

 翻る旗は、その2隻が鎌倉幕府の船であることを示していた。

 「御屋形様にお伝えだ!」

 「急げ!」


                     ー*ー

1322年8月10日、肥前国松浦

 「しかし大きな船だなこれは。」

 ちょびヒゲオヤジといった風貌の男が、目を点にして2隻の巨艦を見上げている。

 「驚いていただけたなら、一日がかりで停泊させたかいがありますわ、父上。」

 「父上?ということはあなたは...」

 「申し遅れました。それがしは松浦党首領、松浦まつらすえと申す者。」

 「自分は幕府執権、得宗家当主、北条相模守高時と申します。」

 「北条相模守...え!?」

 時ならぬ執権の登場に、季と部下たちが口をあんぐり開ける。

 「…な、何用でございましょうかな?」

 「松浦党に、畏れ多くも天皇陛下より宣旨が下されております。『京大津を牛耳る偽帝尊治を追討せよ』と。季殿には九州肥前にて先陣を切っていただきたく。」

 「は、はあ。そのような余力があるならば微力なりとも...」

 頭を申し訳なさそうに下げながらも、季はあや姫をいぶかしそうに眺めていた。

 「…して、何故なにゆえそれがしの娘を?」

 「何故って...」

 いやアンタが篭絡しろとか言ったんじゃないのか。

 「それはもちろん側室だからですわ。」

 「そ、側室...?それは、本当なのか…?」

 季が卒倒しかけている。

 「あや姫、息をするように嘘を吐くな」

 「…知っておられるかしら?誰もが信じている嘘は真実なのですわよ?」

 「…いやいや、それでいいのか?」

 「登子様はいいみたいですわ?」

 じゃもういいや。

 ...それにしても、どうして季は動揺しているのだろう?

 

                    ー*ー

1322年8月13日、肥前国松浦、松浦宗家館

 得宗家の屋敷をはるかに超える広い館は、城郭を兼ねて曲輪くるわや掘を巡らせ、場内への水路を擁する船着き場を備える、山際の海城となっていた。もっとも建物は本丸以下数棟しかなく、寂しい感じもする。

 船着き場の外側では、2隻のモニター砲艦「和賀江」「石橋山」が、主砲を持ち上げ目を光らせている。ひとたび火を噴いたならば、この館にも海上にも抗し得る者などいないだろう。

 ーだから、決して周囲が味方とは決まらない複雑な事情で状況の相手なのにもかかわらず、自分たちは余裕を保っていられた。

 「あなたが、北条相模守ですか?」

 背後から声が掛けられた時も、肥前各地から集まる松浦党の武士の挨拶だろう、そのくらいにしか思わなかった。

 「何のつもりであやをめとったのか、聞かせていただけませんか?」

 「は?」

 いきなりあや姫の話?なぜだ?

 「申し遅れました、それがし、松浦党次期首領、松浦綱と申します。...松浦あやの、従兄です。」

 なるほど、あや姫の親族か。あのちょびヒゲオヤジと違って、あや姫のことを気にかけるんだなぁ。

 「従兄君か。どうしてそのようなことを?」

 「どうしてとは異なこと申されます。一族を気にかけるのは当たり前でございましょう。」

 「当たり前、ね。」

 あや姫から聞いた話も、ここでのあや姫への腫物を触るような待遇も、その当たり前を逸脱しているけど。

 「むしろ相模守様こそ、あやのどこを気に入られたのですか?こう言っては何ですが、強引でございますし、それにあの容姿では…」

 「ああ、きれいだと思うけどな。」

 「…本気で言っておられますか?よもや夷人の血が混じっているからだと御存じないわけではありますまい。」

 「もちろん。」

 「…そうですか。」

 

                    ー*ー

1322年8月15日、肥前国松浦

 屋外に居並ぶのは、一人一人が領地と水軍を有する松浦党の有力者たち。棟梁の季といえども、彼らの支持なくしては年貢を集めることすらままならない。

 縁側に出た自分は、期待に満ちたまなざしの男たちを一致別し、ため息をつかざるを得なかった。

 まったく、見通しが甘いっちゅうの。

 「さて、各所より願いのあった、元への報復としての海賊行為の公認だがー

 -まかりならん。」

 「なんですと!」

 「そんな!」

 「それでは我らに、いかように仇を取れと申される!」

 「ですから仇など取るなとおっしゃられているのがわからないのかしら?」

 自分の後ろから聞こえてきた声に、騒ぎだした男たちが、完全にフリーズした。

 「だれ、だ...!?」

 「誰とは叔父上、冷たいではございませんか。」

 「叔父...?」

 「私をお忘れになられるだなんて。まああの日死んでいる予定だったのですから無理もないのでしょうけれど。」

 「…まさか、あや殿...!」

 叔父上と呼ばれた人物が、目をさまよわせ、驚愕を表す。

 「あや姫、話がそれてる。」

 「…この話をせずに終われるわけもございませんわよ?」

 「それはそうだけど...」

 その時、誰かがガチャガチャ鎧を鳴らして立ち上がった。

 「相模守様、あや殿と仲睦まじいご様子ですが、よもや、だからその父祖の地を攻めたくないなどということではございませぬでしょうな!」

 「…全くそんなことはないんだけども、そう見える?」

 見えるわけがない。私怨だろ。

 「見えますとも!

 仇の孫娘とともにいるなど吐き気がする!

 まして指図など受けん!

 それがしはここで失礼させていただく!」

 その男が踵を返すと、皆周りを見回し、徐々に出て行った。

 あや姫の叔父が、あや姫と自分を交互に見つめてから吐き捨てる。

 「相模守様...

 目を覚まされることですな!」

 誰もいなくなり、季が呆然と立ち尽くす。そしてそれから、やにわあや姫に迫った。

 「あや!何ということを!」

 「父上、お言葉ですが、私がなくては鎌倉からここまで知らぬ海を漕いでは来られませんでしたし、私が在ればいつか火種になることはわかっておられたでしょう?」

 「だとしても...なぜ、なぜ!

...いっそお前がいなければ!」

 それは、父親がもっとも言ってはいけない言葉だろ。

 しかし、オパール色の瞳が揺らぐ気配はない。そのことすらもあや姫のつらい過去と摩耗した心を示していて、まるで見てはいられない。       

 「季殿、口を慎まれよ。」

 「しかしですな、われらがあやに抱く複雑な感情を少しはご理解いただければ...」

 「季殿こそ、ご理解いただきたい。あや姫は今や、得宗家の身内であるということを。」

 ーあれ、何もそこまで言わなくてもよかったんじゃ。

 「あや、そのようなことは頼まなかったはずだぞ!」

 「…え?」

 「そなたに頼んだのは、松浦家を代表し、幕府に海賊を認めさせ、成しえるならば朝鮮へ侵攻する用意をつけさせることまで!余計なことをしたわりに務めを果たさないとは、使えないやつめ!」

 季は頭も下げずに去っていった。

 「…やはり、あれが父上の本性でしたのね。」

 「…いいのか?」

 「言い返してどうなるというものでもございませんわ。私の祖父は彼らの祖父君や祖母君を殺め、犯し、連れ去った。そういうことになっておりますから。」

 「…そんなことないんだろ、だったらちゃんと言って...」

 「理屈ではないのですわ。」

 ーあや姫の泣くのをこらえる顔を、初めて見た。

 あや姫、昔は、ずっとこんな顔で我慢していたのか...?

 「…これは手こずりそうですわね。」

 「ああ、そう、だな...」

 あや姫、今は、自分のことを心配しろよ。

 

                    ー*ー

1322年8月23日、鎌倉、若宮大路御所

 「高時、どうしてるかな...」

 「どうしてるかなって、それはもちろん、交渉してるんじゃないの?」

 「そうだけど...そうじゃなくって。」

 「なに、あんた正室でしょ。もっと堂々としなさいよ。」

 「…あのさ勾子ちゃん、想像してみて?義貞が側室と実家へ数か月...」

 「なんだろう、モヤモヤするわね。」

 「でしょ?」

 「途中で腹壊さないかとか、銭落として一文無しにならないかとか…」

 「…それはただの過保護だね。聞いた私が間違ってた。」

 「失礼ね。」

 「でもそれ以上にさ、高時って、面倒に巻き込まれやすいんだよね。しかも一度怒ると私以外じゃ手が付けられないから...ややこしいことになってそうでさ。」

 「もう少し、あや姫を信じなさいよ。」

 「えー」

 「きっと彼女にも、何かできるわよ。」

 

                    ー*ー

1322年8月30日、肥前国松浦、「石橋山」艦橋

 「本当に、ここまで何もできないと落ち込みますわ。」

 私は、真っ黒に塗りつぶされた空を見上げ、腕を窓の外に垂らしていました。

 「あや姫...」

 「誰一人として私に近づこうとなさらないのでは、丸め込もうにも...」

 吹き抜ける風が痛いです。

 「あや姫、大丈夫か?」

 「あや、で、ようございます。」

 「え?呼び捨ては...」

 「いえ、なんでもございませんわ。」

 きっと気の迷いですわ。私、こんなに弱い女子だったかしら。

 「それはそうと、もうすぐ嵐が来る。早く降りたほうが...」

 「存じておりますわ。それでも、もう少し、ここにいさせてくださいませ。」

 「ダメだって。この船は水が入ってきやすいんだから。あとは乗組員に任せよう。」

 高時様が、私の腕をつかんで、窓から引きはがしなさる。

 松浦で、京で、鎌倉で、さまざまな人々に会って、無理やりいろいろされてきたけれど、私のために無理やり何かしようとする人なんて、いなかった。

 だから今くらい、抵抗せずにされるがままになってあげますわ。

 ガツン!

 「なんだ!」

 「何かがぶつかったのですわ。」

 「ち、やっぱり早く降りたほうがいいなぁ。」

 風が強く吹き付ける上甲板を引っ張られていきます。

 台風、そう未来では呼んでいるそうですわ。「神風」の正体でもある秋の嵐のことを。2年前の戦では台風で塹壕線が全滅して困ったと語っておられました。

 「とはいえ世界一の大船なのでございましょう?この程度では沈みませんわよ?」

 「…そうだといいけど、鉄だから万一穴が開くと危なそうだし。」

 それもそうですわね。私も鉄船についてはあまり存じ上げませんし。

 「ただ、修理しなくちゃならんとなるとなぁ...」

 「登子様が心配なのかしら?」

 「ああ...」

 もう、登子様はそんなに弱い方では…

 「ここにいるのは私なのですから、もう少し私のことを考えてくださいまし。」

 「そういうわけにはいかないって。」


                    ー*ー

1322年9月1日、肥前国松浦

 台風一過の青空の下、2隻の黒船は、だいぶ高さを減じた印象を与えながらも、厳然と浮いていた。

 「かなり水が入ったなぁ。」

 「あ、姫様に高時様!」

 「どうかしら?」

 「内側から見る限りどこも破れてはございません。だいぶ水は入りましたが砲と火薬は無事です。」

 「動かせる?」

 「やってみます。旗艦『石橋山』より『和賀江』、我に続け!

 機関始動!

 抜錨!」

 ゴトゴトと蒸気機関が動き出す蠢動が足元から伝わってくる。

 艦首に2つ、艦尾に2つある錨が引き上げられ、振り返れば煙突の排煙が見える。

 「石炭も九州で調達したかったんだけどなぁ。」

 「そのころには私たちは九州を離れているのが理想ですわ。」

 まあそれは...

 「…と、言うわけにもいきそうにありませんわね。

 そこ!どうして右に廻っているのかわかるかしら!?」

 「わかりません!機関はどちらも正常です!」

 あや姫と二人、顔を見合わせる。

 「『和賀江』に停船を命じて!本艦も機関停止!

 高時様、お待ちくださいな!」

 あや姫が、艦橋の扉を押し開け、セーラー服を秒で脱ぎ捨てると同時に上甲板を蹴り海面下に消える。

 ひらひらと手元に脱ぎたてほやほやのセーラー服上下が残され...いやどうしろと。

 とりあえず拭くものでも用意してやるか。


                    ー*ー

 「高時様、やはりでございましたわ。」

 ああそうですか、やはり下着は何一つつけてはいませんでしたか。そりゃあ肌襦袢はセーラー服に合わないし、西洋的な水着も下着もあるわけないもんね。

 「あら?どうしてそっぽを向いておられるのかしら?」

 「他人ひとに尋ねる前にまず自分が身を隠すとか人払いするとかしてもいいのでは!?」

 ほら、みんなあや姫見てる!

 「いえ、いちいちそんなこと...高時様と出会うまで、松浦でも京でも日常茶飯事でしたわよ?」

 そりゃあ肌が白すぎるからねぇ!

 「それとも何でございましょう、他の人には私の裸を見せたくないとか?、あるいは人払いして、二人きりで...」

 -忘れてた、最初のころからコイツこんなやつだ。

 「はあ、で?」

 「スクリューシャフトが曲がっていましたわ。それにスクリュープロペラも変形しておりますわね。」 

 「…陸揚げしないとどうにもならない感じか。

 修理しないで帰れそうか?」

 「無理。瀬戸内海を暗礁と海賊をよけながら案内なしで進むのには、小回りが利かない帆だけでは…」

 「外海回りでは?」

 「これからの時期、海が荒れやすくなるわ。万全でない状態で進むのは...」

 「しかし、冬にもなれば本格的に海が荒れるだろ?」

 「ええ。だから春までにここで直して、春に帰ることになりそうかしら。」

 春...それじゃ、遅いんだ!

 「登子様がご心配なのはわかってございますわ。それでも高時様が亡くなられては意味がございませんもの。」 

 「わかってるさ。だからこそ恐れてるんだけど...」

 あや姫がやめとけと言うならそうなのだろう。

 それでもなお、間に合わないのは...大丈夫だといいけどなぁ。

 「…信じるしかない、か。」

 「それよりもまずは協力を取り付けませんと、修理を始めることもままなりませんわ。」


                    ー*ー

1322年9月15日、近江大津宮

 「そなたらには、再び幕府を討伐するため、ぜひとも奮闘してもらいたい。」

 だてに時乃の彼氏をしてはこなかった。南北朝時代に名将として有名な武将の名は全て押さえている。

 深く頭を下げた粗野そうな男が楠木正成。正史では日本にゲリラ戦術を生んだ「悪党」だ。

 目をつぶっている色白の男が北畠親房。正史では後醍醐天皇亡き後の南朝を支え続けた。

 「楠木殿には、九州に逃げたと思われる幕府の大船を討伐し、九州を制圧してもらいたい。」

 「合点承知!」

 「北畠殿には、奥州を圧倒し幕府を北から圧迫してもらいたい。」

 「は、身命にかえましても。」

 「これは幕府討伐の準備、序章に過ぎない!」

 ...神など持ち出すのは好みではないが...

 「我ら朝廷には、畏れ多くも皇祖神天照大神以下八百万の神々がついておられる。

 陛下の御心と神意に従い、逆賊を討伐せよ!」

 楠木と北畠に続く諸将が、おー!と声を張り上げた。

 ブーン!

 「これこそ、神意の証である!」

 白地に赤丸の複葉飛行機が、頭上を飛び去って行く。

 プロペラの音はあくまで高く、巻き起こす風は髪の毛をかき混ぜてゆく。

 演出効果は絶大だろう。

 「えいえい!」

 「「「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」」」

 「えいえい!」

 「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おー!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」

 

                    ー*ー

1322年9月15日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 中秋の名月。

 十五夜、あるいはこの時代には重陽の節句と呼ばれる日には、一年で最もきれいな月が見られるらしい。

 惜しむらくは、高時とともにこの月を...

 「今頃、二人も一緒にお月さま見てるのかなぁ...」

 「あら、嫉妬?はしたないわね。」

 「桃子殿下、そう思う?」

 二人も「とうし」がいて紛らわしいことになってきたので、連名で高氏のほうの「とうし」は桃子「殿下」と呼ぶようにお触れを出した。

 「ええ、京では夫に不満を遠回しに訴えるのが美徳であり、直接に正室が側室に嫉妬を表すなど...いや、あや姫殿相手なら仕方ないか。」

 桃子殿下が筆を紙に走らせる手を止めてつぶやく。

 「和歌?花より団子よ?」

 勾子ちゃんがお団子をむしゃむしゃほおばっている。うん、ただ月を眺めて物思いにふけりたい人はいないみたい。

 そのとき、月のふちに影が差した。

 丸い点が月に現れる。その下に、四角い影も。

 「もののあはれを解さない東人あずまびとはこれだから...」

 「桃子殿下、一応今戦時中なのよ。気球の夜間訓練ぐらい許容しなさい。」

 まあ確かに邪魔だよね。

 夜空へ目を細めると、いくつもの四角いかごを下げた丸い球ー気球ーが飛んでいる。

 「まあいいじゃない。こんな日まで訓練してるんだから、桃子殿下も多めに見て?」

 「戯れに言ったまでよ。」


                    ー*ー

1322年9月18日、肥前国松浦

 「とにもかくにも、浦を一つ、お貸し願えないだろうか?」

 「ふん、勝手になされませ。」

 日に日に季殿とは険悪になっているような気がするが、幕府執権が頭を下げてはいいえとは言えなかったらしい。

 「あとは人足だが...」

 ザンッ!

 野外でいきなり目の前に突き出された刀には、いくらここ数年で物騒なことになれたとはいえたまげた。

 「相模守様!」

 「えっ...! って、綱殿、何を...」

 「人足が欲しいようでございますな。」

 いやいや、刀を向けたままそんな悩み相談担当みたいな聞き方されても...

 「ならばそれがしと賭けをいたしましょう。」

 「賭け?」

 「それがしと勝負して勝たれましたら、松浦本家の力を授けましょう。いかがですか?お答えなさらないのならばここをどきませぬが。」

 「負けたら?」

 「ここだけの話、我らには大覚寺統の陛下からも宣旨が届けられているのです。」

 ー命を賭けろ、と。

 「その賭けは、ある条件を付けなければ、乗れないな。」

 「…条件?武士に二言はないはずですが。」

 「残念ながら、鎌倉に、無事帰ってくると約束した妻がいるんだ。自分は弱っちいから、負ける勝負には乗れないな。」

 「情けない。

 ...条件?」

 「あの2隻、『石橋山』『和賀江』が、借り受けた浦に明朝入る。その時、浦のやしろにいるから、来ていただけないか?」

 「罠、ですか?あの浦ならそれがしもよく存じておりますが。」

 「まさか。応援が欲しいだけさ。」

 応援がな。


                    ー*ー

1322年9月19日、肥前国松浦

 波が穏やかで遠浅の浦。海辺には小さな社があり、その社を拠点として借り受けていた。

 遠くから、馬のひづめの音が聞こえる。

 ぎりぎりの深さのところで錨泊する「石橋山」「和賀江」。黒い船体が目立つ。

 「高時様、本当に勝負なさるのかしら?」

 「もちろん。」

 「武芸はさっぱりなのですわよね?勝算は?」

 「ありすぎる。」

 ジョーカーを、きるからな。

 「相模守様、それに、あや...」

 松浦綱が、真剣な面持ちで馬から降りた。

 刀を手に取ると、綱も刀の柄に手をかけた。 

 「参りますぞ!」

 綱が、走り出し、斬りかかってくる。

 刀を抜かず、鞘ごと両手で持ち、綱の刀を受け止める。

 -重い!

 「いかがですか相模守様!これが、戦場にある者の刀です!」

 -まだか!

 鞘がミリミリ音を立てる。って嘘だろおい。

 ドゴオォーーーーン!!!

 その時唐突に、雲一つない朝空に、雷鳴が響き渡った。

 一瞬力が弱まった隙に、鞘に添えた手を放し、柄の手を全力で回す。

 鞘に刺さっていた綱の刀が、鞘とともに飛んでゆく。

 振りぬかれた刀身の先が、綱の額に迫っていた。

 「勝負はついた!」

 「何がですか、雷鳴に乗じるなど、卑怯な!」

 「それは貴方には言われたくないですわ。」

 「はい?」

 あや姫が、きついまなざしで綱殿をにらんでいる。

 ヒュイッ!

 そのまま、セーラースカートのポケットから、あや姫が短剣を抜き放った。

 「あや姫、何を...!」

 短剣は社の軒下へ飛び込み、短く、「う」と声がする。

 とたんに、何人もの黒服の男が、軒下からはい出した。

 「「刺客!?」」

 背後の山からも、何十人という黒服が湧き出す。

 「しらじらしい...

 高時様、お下がりくださいませ!」

 あや姫が、先端に布がかぶされた短剣を何本も取り出す。

 「不意をつけると思ったのでしょうが、そうはいきませんことよ!悔やむなら幼いころから下衆なことばかり仕掛けてきた己が身を悔やんでくださるかしら!」

 布がついてるってことは、全部が、元軍由来の猛毒付きか。

 「ふふ、貴様の母君も同じことを言っていたか。」

 「母上...!叔父上、やはり貴方でしたのね!ここで母上と兄上の仇を取ることにいたしますわ。」

 あや姫の叔父...昔殺せなかったあや姫を、今ここで殺すつもりか!

 「待て、あや!」

 綱殿があや姫の腕をつかむ。

 「聞く耳を持ちません!」

 あや姫が綱殿を振り払い、短剣を5本同時に構えた。

 -ああもう、やっていられるか!

 綱殿が離れても下に向けたままだった刀を、まっすぐ上へ向けた。

 「叔父上、最期に一言、お聞きしておきましょうかしら?」

 「ふ、お前こそ謝ることがあるだろう。」

 ピシュン

 短剣が飛ぶ。

 カシン

 金属質の音とともに、短剣は黒服からはじけ飛んだ。

 「何!?」

 「言っただろうあや!父上が毒剣の対策を立てずにお前を殺しに来るはずはない!」

 「…綱?お前も、そこの夷人の血を絶やすのに協力しろ。」

 「それがしには、それがしにはできませぬ!」

 「何...?」

 -早く!

 「父上が蒙古をお恨みなさるのは当然です!ですが同じ理由で、それがしはあやを守る!」

 「ふ、ならばここで」

 ドゴオォーーーーン!!

 「「ら、落雷!?」」

 ズゴオォン!!

 「た、高時様、これは...」

 砲声に引き続き、今度は山から爆発音が響き渡り、森に穴が二つ空く。

 「刀を抜く男を見たら、『空砲を撃て』、自分が刀を上に向けたら、『支援砲撃の要あり』。全く大砲の威力を知らない人間からしたら、神々の鉄槌みたいに感じるんだろうね。」

 しかし発射命令から発射までのタイムラグがきつかった。もう少しタイミングを計るべきだったろうか。

 「あー、腰抜かしちゃってる。」

 「縛っておきますわ。それより綱殿、どうして私を守ろうと?私のことが嫌いなのでは?」

 「…あや...違うのだ。それがしは、ずっとあやのことを好いていた。」

 「信じられませんわね。」

 「別に信じてもらうつもりはない。

 相模守様、どうして父上があやを憎まれるか、知っておられますか?」

 「言うな綱!」

 「父上は黙ってろ!

 ...父上の父上、蒙古に殺された、季様の父上、その初恋の相手が、伝え聞くあやの祖母君、泉様だ。だからこそ、かえって恨むのだよ。どこかで道を間違い、蒙古におそらくは愛されたのであろう、あやの母君を。」

 「…もうすでにわからん。」

 しかし挨拶に訪れた諸将のおかげで分かってきた。人数が多く血縁が複雑なうえに同じ名前の別人物もいて元寇でめちゃくちゃにされた松浦一族は、その血縁関係を字面で推し量ることができない。親同士が兄弟でなくても従兄弟などということは、別に珍しくはなかったー情報が錯綜しているのだ。とにかくもそうだというならば「血縁が近い、父が愛した人物と敵との娘、孫娘を恨む」という動機は真実なのだろう。     

 「だからそれがしは恐れました。

 ...愛がゆがんで憎しみとなることなど、珍しいことではございませぬ。ですからそれがしは、あやのために相模守様が、己が身をなげうって後悔なさらない覚悟、憎しみを持たない覚悟をお持ちかどうか、試そうと思ったのです。」

 「…すると、本当に勝負をつける気は」

 「ございませぬ。ただ正々堂々勝負なされば、鞘から刀を抜いたら降参するつもりでございました。なのに...

 相模守様!本当に、あやという者がおりながら、あやを側室、めかけにしかなさらないおつもりですか!」

 妾て。一夫多妻は時代の慣行なのに、急にマヒしてた平成の価値観が戻ってきて、罪悪感がよみがえるな。

 「綱殿、君の気持ちはよくわかる。」

 そりゃ未来では橋本にトキを奪われたからな。

 「けれども、今から変えるには、もう、登子もあや姫も、存在が大き過ぎるんだ。」

 不誠実なやり方であることはわかっている。登子とあや姫に順位をつけ、そのうえで、あや姫もキープするようなやり方は。

 「だけども、あや姫には、夷人と蔑まれる辛い過去を、繰り返させはしたくない。そのためなら、登子が笑ってくれるなら、たとえどうなろうとも自分たちは後悔しない。あや姫も自分も、そして登子も、お互いが笑っているために欠かせない、だから、君が心配する、松浦で起きているような、憎しみの悲劇だけはー

 -起こらない!」

 「あや、それでいいのか?君は2番目でー

 -笑っていられるのか?」

 「はい、私は、必ずや、かならずやっ!」

 あや姫が、急に嗚咽を漏らし始める。

 あれ、あや姫の泣いてるところなんて...

 自分はだから、近づいてくるあや姫に、気づけば押し倒されていた。

 「うれしゅうございますわ、高時様と登子様が、私のことを想ってくださるのは。

 それでも、さびしゅうございます。ですからー

 -私のことは今後、『あや』と、お呼びくださいませ。」

 オパール色の瞳から、涙がこぼれて、落ちてくる。

 本能的に、涙に対し目をつぶった。

 唇が一瞬、温かくなる。

 え?

 「うふ」


                    ー*ー

 それからの意思統一と実行は早かった。

 損傷していない「和賀江」は警備のためにいただけであり、したがって短期間浦を離れることには問題がない。「和賀江」に乗り込んだ北条軍は全速で本家館の船着き場へ向かい、松浦綱もまた、兵をかき集めて本家館へ駆けた。

 再び、雷鳴ーいや、砲声が響く。

 何事かとぎょっと青空を見上げる武士たち。  

 「刀を捨てろ!」

 その瞬間、躍り込んできた武士たちが、松浦季以下を拘束する。

 完全なクーデターに対し、季は打つ手を考える暇すらなかった。

 「な、何奴じゃ!」

 「何奴とは...無礼にもほどがありますわ。」

 「あ、あや...?それに、綱、相模守様も...」

 「ちょっと聞いておきたいことがあってな、季殿。」

 「であればかくのごときご無理は...」

 「今回、いや前回もか?あやを殺そうとした黒幕、お前だろ。」 

 「は、何を...」

 「とぼけるなよ、綱殿はあやを襲う計画を知らなかった。ならば手勢は彼自身の者ではなく、兄のお前、本家が出したんだろ。」

 「な、何を...証拠は!」

 「ない、無いけどな、でも、見て見ぬふりをした、あやを守らなかった、それだけでも看過するつもりはないけどな。」

 あまりに冷たすぎる高時の目に触れて、誰もが、あや姫本人ですら、震え上がった。

 「娘だろうが。あんたが守んなくてだれが守るんだよ!」

 「な、何を申される...」

 「…綱殿、勝負をつけてほしいんだったよな?」

 「え、いや、まさか...」

 「ああ、こいつが代役でもいいな?」

 「い、いや、ちょっとまず...

 あや、相模守様って、こんなにすさまじき方なのか?」

 「私の過去の話、松浦で冷たい扱いを受けていた話に、ずっと我慢ならなかったのでしょうね、噴き出した感じですわ。それにー

 -同じような境遇だと、ご自分や登子様を重ねておられるのかしら?」

 「え?」

 「いえ、忘れてくださいまし。」

 「立てよ。」

 「相模守様!?」

 「立てよ!刀を持て!」

 得宗家や綱の手勢が止めようと手を伸ばし、季とともにいて刀を突き付けられていた武士たちもどうなっているのかと目を丸くした。

 季がふらふらと立ち上がり、刀を手に取る。

 「かかってこい。そんなにあやをりたいなら、自力で何とかして、覚悟を見せろよ。」

 高時は、刀を振りかざそうとする季をにらんだ。それから、手を腰に延ばす。

 「執権ぐらい斬れるだろ?それとも元に復讐したいっていう思いは、憎しみは、それくらいのものか?」

 季の家臣たちが、刀を突き付けられながらも歯ぎしりする。

 「そうだ、俺は、仇を...!」

 「そうだ、元と和解しようとする仇の孫娘の、仇の夫なら、ここにいる。」

 「うわああー!!」

 季が、全力で斬りかかる。

 スッ

 カッ

 タアン!

 刀を受け止めたのは、腰から抜かれた鉄砲の銃身だった。

 乾いた音とともに、季の右手から刀が吹き飛ぶ。

 「あ、あれは...?」

 「鉄砲、だそうですわ。」

 「…正々堂々勝負しても、それがしは負けていた、ということか…」 

 「…生半可な心で、惰性で人を傷つけるなよ!アンタらが遊び半分であやをもてあそんでた間にも、あやは必死に耐えてたんだぞ!」

 「高時様、おやめください!」

 なおも鉄砲に弾込めしようとする高時を抑えながらも、あや姫は季をにらみつけた。

 「季殿」

 父上、とは、もう呼ばない。

 「私はもう、貴方を、松浦を恨むなんて無駄なことは致しませんので。」

 「あ、あや...」

 「あや様、と、お呼びください。これでも得宗家の側室ですわ♪」

 -この日、肥前国の広域に根を張る水軍土豪、松浦党は、北条得宗家の軍門に下った。当主松浦季は呆けてしまい、隠居。跡目は甥の松浦綱が継いだが、家内序列では得宗家一門となった松浦あや改め北条あやが1位となり、松浦一族は「仇の孫娘」とその夫に制圧されることになる。

 もちろん大多数の分家が騒然となったが、「和賀江」「石橋山」の一斉射撃を見せられ、すぐさま悄然と高時に従った。


                    ー*ー

1322年12月3日、大宰府

 高時が松浦の地に火薬文明をもたらし「石橋山」も修理しようと試行錯誤を重ねていたそのころ、大宰府では三人の武将が招集されていた。

 古来より難治の地である九州。しかも幕府の九州統治機関である鎮西探題は、孤立によって機能不全を起こし崩壊していた。高時ですら状況がわからず接触をあきらめたほどであるー本来この時期には赤橋英時が探題として優秀さを発揮していたはずなので、鎮西探題の崩壊は英時を留め置いた高時たちの自業自得ではあった。

 ー半ば自治状態、無法状態に陥りかけていたからこそ、かえって〈勅命下る 軍旗に手向かうな〉のアドバルーンと「天照大神」の文字が書かれた日輪の錦旗は、効いたのかもしれない。

 北部九州の3大有力地頭、菊池武時、少弐貞経、大友貞宗。3人が平伏する前には、まさにその勅命が置かれていた。

 「畏れ多くも宣旨にあるとおり、我らには全力をもって謀反人とその軍船を討つよう御大命が下っている。」

 楠木正成を従えるのは、未だ数え15歳の少年、後醍醐天皇第2皇子、尊良親王。しかし彼の滑らかな声に、3人衆は顔を上げることができない。

 「正成、武時、貞経、貞宗。身命を賭して御大命を尽くされよ。」

 「「「「は!」」」」

 「ならば謀反人の居場所を言うてみよ。」

 「は、居場所、でござりますか…?」

 武時が首をひねると、尊良親王は上品に笑った。

 「なんぞそんなことも存ぜず安請け合いを...

 肥前国松浦郡ぞ。」

 「松浦?いやしかし、かの地からはすでに、帰順するとの文が我らに...」

 「たばかられておるぞ正成」

 「は?」

 「と伝えよと、兄上がおっしゃられておった。」

 「護良殿下が...ならばそうなのでございましょう。

 いずれにせよ未だこの九州の地は賊軍の者、皇威に服さぬ者の多き地、まずは足元を固めることこそが寛容かと。さすれば松浦党がごとき野蛮人、一ひねりにござりまする。」

 「うむ、そうじゃな。」

 話がひと段落すると、どうしても3人衆の目は、尊良親王と正成の軍が持ち込んだ物体に、目を奪われた。

 「宮様、これは、何でございましょうか…?」

 「おお、正成、皇威を見せてやれ。」

 「は」

 銀色に輝く、細い筒を何十本も束ねて馬がひく台座に乗せた何か。それに正成は片手を乗せ、もう片手であちこちを操作した。

 「絶対に動かないことですな。」

 そう言って正成が手を放す。

 タカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカッ!

 筒先から次々火花が走り、生垣も植木も、はじけ飛んでいった。

 「これが、馬も人もなぎ倒す、皇威の力、『機関銃』であるぞ!」 

 今回改めて生年月日を調べました。ウィキペディアでは北条高時の生まれ年が1304年になっているけれど、何を見たんだろう...

 どのみち生年月日は当てにしないでください。数え年やら太陽暦と太陰暦やら、突き詰めるときりがないです。あくまでおおよその年齢と年齢差の把握程度に。

 …しかし、正史では後醍醐天皇は後伏見上皇の息子の光厳上皇をライバルとしたわけだが、後伏見ですら10歳年下...

 

※当然と言えばそうですが、松浦あや、桃子内親王、カムイシラは完全にオリキャラであって歴史上の人物ではございません。本編の松浦季・綱、またアイヌの人々も同様。さらに義貞の愛した女性勾当内侍は記録に残っていますが、当然それが安達の娘にして北条高時の正室であったわけはありませんので、新田勾子も実在しない人物です。

 そのほかの人物は極力歴史上の人物です。

 ...あーあ、本来解説キャラのはずの百松寺兄妹が、見せ場でも何でもないのにがっつり絡み始めて全部持っていこうとたくらんでいる...

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