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(1322春)守るべきものに、その命を燃やせ

 そしてここから、終わらない戦いが、始まったー!

 ※第三章から、軍事革新の流れが加速します。もう、鎌倉時代でも何でもないです。

 (1322春)何かを得るために、何かを失わなければならないことは、ある。彼ら、彼女らは、歴史を捨て、どこへ向かい始めるのか...

                    ー*ー

〈賊徒、正二位山城守征夷大将軍足利高氏、従四位下武蔵守赤橋守時、以上の首を献上せよ。

 もし明晩日没までに返答なくば、この飛行船『飛電ヒンデンブルク号」は、京全体はおろか、鎌倉までも完膚なく焼き払うであろう。〉

 高氏、守時は、すっかり青ざめていた。

 民の騒ぎ声が聞こえる。もはや拾うなと命ずるわけにもいかない。

 「明晩..鎌倉に使いを出しても、一週間だぞ...」

 焼き払う...まさか、あの、地獄の業火で?

 「撃ち落とすことはできないのか!」

 「高氏様、もし焼き払うために油を積み込んでいるならば、被害はさらに拡大します!」

 「しかしそれでは、帝の御座所を燃やすことになってしまう!」

 いや、それだけじゃ、すまない...

 

                    ー*ー

1322年2月11日、平安京上空

 「おはな殿、そなたが桃子の侍女で、陰陽師と称し間諜を働いて居る者だというのは、まことか?」

 「あくまで間諜は添え物にございます。陰陽師として、桃子殿下のお役に立ち申し上げているのですわ。それともー

 -陰陽道のような、証明に基づかない(QEDできない)ものはお嫌い?」

 「…そういうやつだったか?それともー

 -兄と離れているからか?」

 「…離れていても、心は一つ、そうでないとしたら、兄妹の愛を甘く見ておりますわ。」

 「証明できない因子は考えたくないたちでね、百松寺ひゃくしょうじいのりさん。」

 「今の橋本理君こそ、その代表例みたいなものでしょ。」

 「…歴史に紛れ込んだ異分子扱いか?ならば君はどうなるんだ?」

 「私はただ、ご先祖様に憑依しているだけ。本質的に同一な貴方とは...いや、むしろ貴方たちの前例に基づいての術という点では、人のことは言えないわね。」

 「なるほど。君たちはこの現象を、タイムパラドックスをどうしたか知らないが、解明したんだな。」

 「百松寺の1000年は橋本理の10年かという話。馬鹿にしてるわ。『時空間とその構成情報が無関係ならば、観測者の制御にある場合に限り、同一情報が全く違う時空間で連動しうる』、別に差しさわりある解釈じゃないけど...」

 「どうやって俺の思考を...あっ、飛び降りるな!」

 「しょせん完全な魂を持つホモ・サピエンスの一人が理解するには、世界はロマンチックかつファンタジックに過ぎるわ!

 全機構システム再始動リスタート傀儡化パペット『天狗』、有効化アクティベート!」

 「天狗、だと!?」

 護良は、背中から羽を生やした百松寺華が徐々に透明になってゆくのを、ただ見送るしかなかった。


                    ー*ー

1322年2月11日、平安京、六波羅 

 とりあえず、鎌倉に使いは出した。

 -もう、私のすべきことは決まっている。

 「桃子殿下、大覚寺統に使いを出す方法はございませんか?」

 「…のろしを上げるか、それともおっきく文字書いてみてもらうか。どちらにせよよほど降りてはこないわ。」

 「…守時殿、大津の上皇陛下を人質とすれば...!」

 「無駄よ。兄上は自分以外一切顧みないし。執権殿と未来で何かあったの?とっても恨まれているわよ。」

 ...未来で高時様と因縁?まさか...

 「橋本理、そういうことか。」

 「…執権殿の未来での恋敵ね。そういうことなら、兄上は皇族が死に絶え関八州を灰にしても止まらないわよ。」

 「おいおい...」

 やはり、そうするしかないのか。

 私は、刀を、高氏様に差し出した。

 「高氏様、私を、お斬りくだされ。」

 「何を、言い出す!?」

 「…守時殿、兄上が求めているのは、第一に将軍の首なのよ。」

 「桃子殿下、私どもの、味方であられますか?」

 「私は誰の味方にもならないわ。強いて言えば京を燃やさないほう。」

 「ならば、万全を尽くしていただけるのでございましょう?」

 「…仔細理解したわ。好みのやり方ではないけれど。

 『足利高氏は北条を裏切った。』そういう物語ね。」

 「…守時殿、それならば私こそ!」

 「高氏様、無意味です!北条を恨んでいるだろう護良殿下が納得されないし、なによりまず、高氏様と私では、命の重さが違う!」

 「守時殿、むしろ、武家のためにも、貴方こそ生き残るべき!」

 「違います!赤橋には登子もいれば英時もいる!ですが将軍は高氏様、貴方だけなのです!」

 いや、そんなことではない!

 「高氏様、登子と高時様には、貴方が必要なのです。」

 どんなにずるい一言か、わからないわけではない。

 「…わかった。守時殿、その命、拝領する。」

 「必ず無駄にはしないと、皇女の誇りをかけて誓います。」

 それでも、これが真実だ。

 どうせいつか果てる命なら、11年早く死んだとてー

 ...登子、大きく、なったよな...

 -どうか、お二人、笑顔でー


                    ー*ー

 「守時殿...」

 「登子を、頼み申し上げる。」

 震える腕を掲げる。

 涙が滴る。

 腕が動かない。

 誰かが、腕に手を載せてきた。

 やあー!

 自分の声が、遠く聞こえる。

 バシュッ

 「…絶対に、忘れはしない。」

 「さあ、参りましょう。」

 -守時殿の、ぶんまで、私はー


                   ー*ー

 1322年2月15日、鎌倉、北条得宗家屋敷

 「平安京に空飛ぶ白鯨出現、将軍足利高氏が大覚寺統に寝返り探題を斬首、後醍醐上皇が平安京から近江大津宮への遷都と退位の無効化を宣言」

 ー一瞬、気が遠くなった。

 空飛ぶ白鯨?まさか橋本、飛行船なんて作っていやがったのか!?

 足利高氏が寝返った?正史と同じになったじゃないか!

 遷都?いったい何を...まさか橋本、自分たちがあきらめた水力発電を、琵琶湖でやるのか!? 

 「すでに幕府討伐の宣旨も出ているだろう。それに、飛行船が動力船ならば、向かってくるソレを撃破するすべが、この時代にはない。」

 「ど、どうするの、高時...」

 登子が、書状を握ったまま縋り付いてくる。

 「…まだ一つだけ、手はある。」

 「手?でも、届かないんじゃあ、こっちも飛ぶしか...まさか」

 「ああ、軍用気球、それならば、向こうが水素で飛んでいれば、引火はさせられる。」

 「…ヘリウムはないとしても、熱飛行船だったら?」

 「お手上げ。」

 「もしそうなったら、もう、私だけ生かそうとはしないでね。」

 「え?」

 「…きっと、守時兄上は、私と高時を信じて、命を捨てたんだと思う。高氏も...私もう、どうすればいいのか...

 ねえ高時、私は、本来の夫と実の兄、どちらのために泣くべきなの?

 それとも私がー」

 ーやめてくれ、自分も全く同じことを思ったからー

 「-この時代に来たことが、間違いだったの?」

 

                   ー*ー

1322年2月15日、竹生島

 「高氏殿、わざわざ部下の首持参で参られたのは驚きだが、俺は不確定因子は嫌いでな。どうして首で参られなかった?」

 「それは...」

 「私がそうさせたからよ。」

 「ほう?」

 「高氏殿を大覚寺統へ宗旨替えさせられないかとおっしゃったのは、兄上でしょう。篭絡してでも、と。」

 「桃子殿下!?」

 なるほど、行き違いになったと言いたいわけか。

 「それですでに我らの、というよりは桃子の味方ということだな。

 ...俺は石垣時乃以外の人物について、言葉はおろか存在だって怪しいもんだと思っている。だが、時乃を取られた仲という意味では、貴殿とは気が合いそうだ。」

 まあいい。しょせん征夷大将軍など、使い捨ての駒にすぎん。この空中要塞に閉じ込めておくならば、別に偽りの裏切りとしても害はない。宣伝効果として見るならメリットは計り知れんだろうしな。

 QED、今はここにいてもらおうか。

 「…父上より、一文字を分け、『尊氏』と名乗るようにとの宣旨が出ておる。足利尊氏、今後は頼むぞ。」

 

                   ー*ー

1322年2月16日、鎌倉、若宮大路御所

 空席の将軍の座の脇には、代理将軍として、軍事的に同じ階級の新田義貞様が座っている。

 幕府トップである征夷大将軍自らの裏切りという驚天動地の事態に、御家人たちの動揺はすさまじいものがあった。

 「皆の者、静まれ!」

 義貞が怒鳴ってもなお、若造(21歳)と侮る向きが多いのか、いっこうにざわざわが収まらない。

 「皆さん、守時様の死を、無駄になさるおつもりですか?」

 ーだから、私が、登子様の代わりに、その意向をかなえなければならないのですわ。

 「守時様は、武家のため、登子様、高時様、北条家、そしてすべての御家人のため、一足早くこの世を去られたのですわ。仮にも侍の誇りがあるのなら、私に続きなさいませ。それともあなた方は、かつての私のごとく、誰かの犬かしら?」

 登子様は自分こそ北条政子の役を演じるにふさわしいと言ってお聞きなさらなかった。しかし今の登子様は、英雄になるには無理がありすぎた。

 「松浦は、最後の一人になろうとも、北条に続く所存ですわ。」

 -嘘、ハッタリ、どうにかそれで切り抜けるよりない。だって元から、勝ち目のない敵と戦っているのだから。

 静まり返る大広間で、私は立ったまま、亡くなってもらっては困るたった二人の同類に問いかける。

 「高時様、足利はどうなさいますか?」

 緊張感で人が殺せそうですわね。

 「…直義」

 将軍の一族であり、裏切り者の一族。その処遇をどうすべきか。将軍にするのか、この場で斬ってしまうのか、御家人たちも意見を出していいのに、のこのこやってきた直義様を黙って見つめていらっしゃる。無能なのかしら?

 「一週間やる。どこにでも、行きたいところで、したいことをしてくれ。」

 「高時...」

 「お前がお前として得、出した結論ならば、たとえ足利を、源氏を敵に回そうと悔いはない。」

 ...やはり、悔いはあるのかしら。歴史を変えてしまっていることへの。

 「高時!甘いわ!」

 勾子様が、額に青筋を浮かべておられた。

 「義貞も思うでしょ!どうして父上と扱いが違うのよ!亡き父上だって...武家のことを思っていたのに!やっぱり父上の言うとおり、お友達政治じゃない!」

 「…違う!理由をここで言えないのはわかるだろう!」

 「あっ!

 でも、それでも!

 それに、その信頼があだになる可能性は低くないのよ!」

 「…そうなっても、さしたことではないよ。」

 絶体絶命といっていい状況なのに、高時様は自信に満ちておられた。

 「勝算はある。」

 「勝算?高時、なんだそれは?」

 「飛行船を落とせるのなら、残りは大した敵じゃない。英時、すべての御家人を率いて西へ向かえば、どうなる?」

 「...宮方は先の戦で消耗してる。大砲を運ぶだけの準備期間があれば、負けることはねえ。」

 「義貞様、いかがでしょうか?我らで飛行船を落とし、本隊は西へ持明院統の光厳天皇陛下を救出するという作戦で。」

 「…飛行船とやらから軍勢がおりてきたらどうすんだ?」

 「軽くないと飛べない以上、それはない。とにかくない。100人で鎌倉を落とせる集団は海兵隊で充分だし、本当に京と鎌倉を焼き払うだけの油か火薬を積んでいるならもっと少ないはず。」

 「それこそ海兵隊の餌食、か。

 よし、乗った。細部を詰めてくれ。」

 「義貞...

 わかったわ、しゃくだけど。その代わり高時様、父上の墓参を忘れないで。」

 「言われなくとも。」


                    ー*ー

 直義と知子殿が出て行った後、俺は一人、由比ガ浜に向かった。

 「義貞...」

 いや、もう勾子は数えまい。

 俺は小舟を一艘借り、漕ぎ出す。

 「義貞、ここらなら聞こえないわよ。流されたらどうするの。」

 「そうか。」

 それから俺は、渦巻く思いを、叫ぼうとした。

 -なんで裏切るんだ。

 -なんで俺に何も言わないんだ。

 -せっかくお前を、足利を、敵と思わなくてよいと思えるようになってきたのに。

 -やっと、信じられたのに。

 「っ高氏ー!」

 -いつも見下してくる足利。

 -源氏の癖に北条にこびへつらう足利。

 -やっと、わかりあえる、仲良くなれる、そう、思ったのにー

 「高氏ーーーっ!」

 

                   ー*ー

 直義様と知子様が出ていかれた後、俺は一人、新たに主となった屋敷に向かった。

 兄上は帰ってこない。

 登子は得宗の人間だ。

 妻は妻ではあって仲間ではなく、それは数多い徒党も同じ。

 -高時様、俺は決して万能じゃない。ただちょっと口がうまいだけだ。

 -俺だって...

 -兄上、なんで死んじまうんだよ...


                    ー*ー

 直義とカムイシラがどこかへ消えた後、自分は登子と二人、自室に戻っていた。

 「登子、考えたんだけどな。」

 「…」

 「この時代で、それでも二人で幸せを得ようと思ったら、もう、仕方ないよ。」

 「…でも、それで、たくさんの人が」

 「正史より死ぬ。」

 「うん。そんなの、もう...私は誰も、失いたくない。兄上を失って、高氏が消えて、次は誰?

 誰が最後まで残れるの?

 それとも...」

 「歴史が好きなトキにはすまない。

 歴史、そんなもん...

 ...もうないんだ。」

 「えっ?」

 「すでに歴史は失われた。泣いても笑っても、新たな歴史を築いていかなくちゃいけない。だから、どうせなら明日笑えそうなほうを選ぼう?」

 「…今日泣いても?」

 「おけ?」

 「…おけ」

 兄を失った恋人(妻?)にかける言葉なんて、もう、思いつかない。

 だからせめて、橋本に謝らせよう。自分は、もう覚悟を決めていた。

 

                   ー*ー

1322年3月3日、関ヶ原

 承久の乱において、北条軍は美濃墨俣に2週間で到着した。

 今回、関ヶ原に布陣したのは、金沢貞顕率いる先遣隊は、少しそれより遅かった。条件の良さにかかわらず遅れたのはむろん野戦砲運搬のためである。馬に曳かせれば歩兵並みに速いとはいえ、雨がかからないように配慮したり、当然疲れ切る馬を一日ごとに交換する段取りを考えると、むしろ早すぎた。

 京を脱出した砲兵隊も、すでに坂東一の弓取りと評された宇都宮美濃守公綱(きみつな)が指揮下に再編されていた。前任の北条氏守護を解任し正史で楠木正成から恐れられる幕府軍総大将を要地美濃に配置した高時と、きっちり北条のプライドをそぎ落とし砲兵を訓練させた亡き守時の、ファインプレーであった。

 墨俣、関ヶ原近辺は古代から戦場になり続けてきた。代表的なものでは壬申の乱、承久の乱、関ヶ原合戦。日本陸軍も米軍との戦車決戦の可能性を考えていたともいわれる。それはひとえにこの地域が、東海道がすぼまり東西が交わる日本の中心だからだ。

 もちろん関ヶ原合戦を知るトップの指示により、公綱は、徳川家康の布陣することになる南宮山北麓に10万を布陣。さらに小早川秀明が布陣することになる松尾山に砲兵隊1万(三寸砲3門、七寸砲18門)を配置した。これによりジワジワ西進する朝廷軍は西の松尾山からの砲撃で弱ったところを東の本隊に粉砕されるであろう、そう誰もが信じていた。

 だから、空から白い何かが降ってきてもなお、事態の異常さを誰も理解できなかった。

 「なんだ?」

 〈勅命下る 軍旗に手向かうな〉

 戦場にどこからともなく、旗が翻る。赤背景に金の日輪、天照大神の文字。のちに明治維新の時作られる「錦の御旗」だ。

 そして、なおも戦場に降り注ぐビラ。

 〈勅命下る 軍旗に手向かうな〉

 二・二六事件で戒厳司令部が反乱将校に対し掲げたアドバルーンの文面だ。

 「誰だ!旗持ちを捕らえよ!」

 「公綱様、違います!すべて、浮いているんです!」

 「何!?」

 慌てて旗の下ではなく上に目を向けると、丸い袋がふわふわ風に流されていた。それこそアドバルーンなのだが、むろん公綱は知らない。

 天照大神の文字と勅命のビラ。それだけで士気は若干下がるが、さらに視線をアドバルーンの上に移せば、比ではない代物が否応なく目に入る。

 「雲...?いや、アレが、『飛行船』、なのか…?」

 青空に、ポツン。

 白い、両端の丸い紡錘形をした巨大な何か。側面には大きく赤い丸-日の丸が描かれている。

 松尾山から発砲音が響いた。

 しかし、飛行船は気にしている風もない。

 「届かないのか。」

 「どうされます公綱様!」

 「大丈夫、降りてこねば攻撃できまい!そこを狙って、撃つ!」

 全軍に伝令、とそう命じられ、公綱も配下も気を取り直した。

 その時。

 空から今度は、いくつもの樽が降ってきた。

 地面にぶつかった樽は、ひしゃげて、中から黄緑色のもやを噴き出す。

 「なんだ?」

 「公綱様!目があ!」

 「ゲホッ、い、き、が...」

 樽の周りにいる兵たちが、目を抑え、せき込み、うずくまり、吐く。

 黄緑色のもやは、薄まりながら周囲に拡散していく。

 「全員、樽から離れろ!」

 しかし、樽はまだまだ降ってくる。

 もやをかぶった兵はたちどころに倒れ、馬もあぶくを吐き始める。

 -なぜ、馬が兵士より遅く倒れるのだ?

 -そうか、あのもやは、水が油に沈むように、空気に沈むのだ!

 「高いところへ、松尾山へ登れ!」

 公綱は、そのもやの正体に迫っていた。

 馬も武士も、何が何だかといった様子で松尾山へ登っていく。

 -瘴気。火山などに噴き出すという、アレか。

 公綱も、舌打ちしながら松尾山へ駆ける。

 アドバルーンも、その後を追うように山のほうへ。

 そして、山頂上空までたどり着いたアドバルーンはー

 ボン!!!

 -突如として、大爆発を起こした。

 瞬間、大砲や砲弾の火薬が発火し、爆発。さらには他のアドバルーンも誘爆し、松尾山を炎で彩った。

 「くそう!なんて非道なことを、護良殿下!」

 公綱の叫びに気づくこともなく、飛行船「飛電城号」は増速、東へグングン飛び去って行った。



                    ー*ー

1322年3月7日、鎌倉、若宮大路御所

 「それで、美濃守殿は無事なのか!?」

 「はい、今は大垣へ撤退し、貞顕様とともに英時様のご到着を待っておられるはずです。」

 -まさか、6万の、砲兵隊付き幕府軍先遣隊が、戦うことなく壊滅するなんてー

 御家人達の動揺が、私にも伝わってくる。

 瘴気(?)での攻撃と、それを境に膨れ上がりひたひたと勢力圏を広げる、大覚寺統朝廷軍。それはまさに、私たちが歴史をゆがめた結果だ。

 そして私は、瘴気の正体も知っていた。

 「「塩素ガス」」

 「何でございますか?」

 「今回の瘴気だ。」

 「相模守様に登子様は、宮方の攻撃について詳しくご存じなのですか!?」

 「ええ、私から説明するわ。」

 これは、せめて、ここにいる中で最も塩素に詳しい、歴史学会のプリンセスにして将来のノーベル賞受賞者の彼女の、罪滅ぼし。

 「塩素という、瘴気があります。塩素の特徴は空気より重く、目、皮膚、のど、肺を侵し咳、嘔吐を起こし、さらには呼吸を困難にする猛毒であること。ただし地上においては風向きによって味方に流れてくることがあるので使いにくいのだけれど…」

 「空を飛べる飛行船を持っているなら関係ない。そして塩素を海水から作り出すときに発生する水素は、空気の5分の1を占める酸素と混ぜることで爆鳴気となり、巨大な爆弾と化す。旗をつるしていた袋からの爆発は、それか。」

 「で、どうすんだ?」

 義貞が上座から訪ねてくる。来るけど...

 高時も不本意そうに口を開く。

 「低いところに布陣するな、空飛ぶ袋や飛行船が来たら逃げろ、それくらいしか言えない。」

 「そんな消極的な...」

 「塩素ガスに対して、現状有効な対策はない。投下時に至近にいれば逃げられるかも怪しい。いずれ大砲を改造して上に打てるようにできればまた違うけど、現状ではとにかく逃げて、風で薄まるのを待つしかない。」

 「…それ、鎌倉の上空にその飛行船が来たらもうおしまいじゃない。」

 勾子の一言に、御家人たちが絶望を表情で示している。

 「だから、義貞、例の作戦は、もっと西、富士山麓で行おうと思う。」

 「富士山麓?避けられたらどうするんだ?空を飛べるってことはまわりこもうがどうしようが勝手だろ。」

 「だけど、誰かが乗っているに違いない。そして乗組員がいるなら、食べ物は調達しないといけない。だからこそ地上と足並みをそろえて進軍してるんだ。むろん、いざとなれば人間3日飲まなくても死にはしない。だけどそれは最終手段。帰れなくなるからな。」

 飛行船に重い備蓄はさして積めない。そして飛行機より早くはなく、ましていくら動力付きでも好きなように動けるわけもない。錨を下ろしていたとの目撃証言もある。海上へまわって飛ばされたらおしまいだから、陸上で、いつでも着陸できるようにしてるんだろう。だからその信頼性の低さとの兼ね合いに対する最適解が富士山麓での待ち伏せだった。逃げられそうになっても箱根要塞の援護が受けられそうだし。

 「…俺にはわからん。わからんが信じる。」

 「「ありがとう。」」

 

                    ー*ー

1322年3月9日、鎌倉、新極楽寺切通

 「高時、絶対、生きて帰ってきてね。」

 「私からもお頼み申し上げますわ。」

 「登子こそ、頼むよ。絶対に、いなくならないでくれ。できることはすべてするから。あや姫も、登子と鎌倉を頼みます。」

 「おけ!」

 「お任せくださいまし。」

 三人で手を合わせる姿を見て、義貞はため息をついた。

 「…あっちはいつも通りか。」

 「困ったときに家を誰かに任せられるのはいいことよ。そういう相手がいない義貞が何か言う資格はないわ。」

 「…とはいえ新田はそんなに大きな家じゃないからな。」

 「分家の数と言うことを聞かないことでは北条に勝るとも劣らないでしょ。」

 「…そうなんだよな。どうも俺が一気に出世したのが気に入らないらしい。」

 「…仕方ないわ、留守の間は私が預かっておく。」

 「いいのか?一応安達の人間だろ?」

 「もう新田の一員みたいなものよ。」

 勾子が肩をすくめる。

 「勾子も、なんか狙い通りに収まりそうだなぁ。」

 「でしょ。そっちも任せてね。」

 「結果早く聞けるように頑張るよ。」

 高時と登子は、そう言って笑いあった。

 「さて...行くぞ!」

 義貞の号令に従って隊列は馬首を巡らせ、鎌倉を出ていく。見送る兵士の親族たちが祈ったりする中、登子はただ切なそうにいつまでも手を振っていた。


                    ー*ー

1322年3月14日、鎌倉、若宮大路御所

 幕府第一位は征夷大将軍である。現在高氏が裏切っているので機能停止。

 幕府第二位は陸軍総官と海兵隊総官だが、高氏はむろん、富士山麓に向かっている義貞もいない。

 幕府第三位は執権だが、高時もいない。

 幕府第四位の連署は、高時が過去の政治抗争の原因だと知って置かなかった。

 そして合議制を原則とする幕府では、長崎、安達という有力2家が衰退し、事実上5位以下が横並びで、リーダー不在の状況を起こしていた。箱根の関を封鎖してしまったので義貞との連絡も取れない。

 そのため、幕府の臨時トップには、登子が祭り上げられた。他の北条の分家からは「赤橋ばっかり」と不満の声も上がっていたが、「英時様ならともかく登子様は、もう得宗家の人間ですわ。」というあや姫の一言によって封殺された(くらいにあや姫シンパが増えていた)。

 「寂しいのかしら?」

 「うん。」

 あや姫と登子が、横に座って書状をさばいていく。

 「高時って本当にすごいよね。こんな人たちを率いてるんだから。」

 「…だいたい予想がつきますが、何を見たのかしら?」

 「…こんな時なのに、将軍になりたいとか執権になりたいとか連署を復活させたいとか言う困った人たちがいっぱい。」

 「松浦でもそういうことはございましたわ。説明したくないような血みどろの争いが。全員縁者だからちょっとしたことから争いがおこり、中途半端に終わって泥沼になっていくのですわ。」

 「鎌倉幕府も130年続くとそう変わらないけどね。ほら、武田に、佐竹、それから...ほら、結城が清和源氏の一族って俗説じゃなかったっけ。」

 「名越家は二人、大仏家も一人...あ、これも名越家かしら?」

 「名越が得宗家を目の敵にしてるのは有名だけど、やりすぎじゃないかな...。」

 「やりすぎ、ですわね...。」

 あや姫はそうつぶやいてしばらく書状を逆さにして見ていた。

 「…あや姫、それで読めるの?」

 「こうするとひらめきが生まれるのですわ。逆さづりにされたときにわかりましたの。逆さまの時に頭がより働くのでなければ、私はあの時死んでいましたわ。」

 登子があや姫の壮絶な過去を聞かされ愕然とする。

 「全く子供というのは純粋で変な正義感を持っているから怖いですわ...って、ひょわう!?」

 登子に後ろから髪の毛をつかまれ、あや姫が変な叫び声を出す。

 「はい鏡。」

 「…この髪形...」

 一点で結ばれた後ろ髪が、そこから腰まで長く豊かに揺れている。

 「…馬の尻尾みたいですわ。」

 「ポニーテールだからね。馬の尻尾って意味の髪型。700年後の女の子が一番する髪型の一つだよ。」

 「…似合っているの、かしら?」

 「…いくら似合っていても高時様の一番はあげないから!」

 「ふふ、なら似合っているのですわね。」

 再び書状を逆さに見ること少し。

 「わかりましたわ。逆さと『ぽにぃている』は最強なのかしら!」

 「えー... あや姫、ちょっと変だよ。」

 あや姫はあきれる登子にかまわず、書状をびりびり破いた。

 「ちょっと!」

 「かまいませんわ。これ、偽書ですもの。というよりは怪文書と言うべきかしら。」

 「二、ニセモノ...」

 「どこに根回しもせずに将軍になろうと名乗りを上げる馬鹿がいますの。一族の中で3人も執権に名乗りを上げたのに至っては笑止ですわ。」

 「…よほどの素人の犯行ってこと?」

 「いえ、女子の私たちを見くびったのでなければ、これはまず宮方の仕業ですわ。字は教育を受けております。」

 「…武士じゃない、宮方、あや姫が差出人を確かめさせてるのにわからなかった…寺院、それも朝廷とつながるとすると、延暦寺系か興福寺系か、あるいは...」

 「とにかく敵はもう...捜査するよう伝えておくぐらいしておくことにしますわ。」

 「お願い。」

  

                    ー*ー

1322年3月16日、鎌倉

 「どうする?気づかれるのも時間の問題だぞ。」

 「くそ、あの女子、変な目してるからって人より優れていると思いやがって。」

 「…もう、今日蜂起しちまおう。」

 「それしかねえ。沈みかけの船にいつまでも乗っておれん。」

 

                    ー*ー

1322年3月16日、富士山麓

 未来、富士に陸上自衛隊の演習場が作られるはずだ。その起源がいつか知らないけど、もしこのままいつか富士山麓に演習場ができるなら、これが始まりと記録されるんだろうなぁ。

 「敵飛行船見ゆ!」

 西のほう、白い雲の中から、白い何かが湧き出すように出てきた。

 「放球!」

 号令一下、旗が上がる。

 赤の旗を見て、下のほうと上のほうから、ふらふら白いものが空へ登りだす。

 天灯。原始的な熱気球で、紙で作った一方の空いた立方体みたいな紙風船の下にローソクの小さい奴を入れ、空気より軽い熱気で空へ飛ばす。

 視力4の人間もざらにいるこの時代、何もない空で、30センチ大の天灯を発見するのはさした面倒ではない。

 グングン迫る飛行船が、両側の天灯をよけるようにこちら側の上空へ突っ切ってくる。

 「やっぱ橋本、迂回も無視も選ばないか。」

 飛行船が地上戦と足並みをそろえず、駿河に入ってすぐ富士まで突っ込んできた。それはつまり、短期決戦で高時にとどめを刺そうとしているということ。一方で水素飛行船ならば天灯をよけなければ引火する可能性がある。だから避けて突っ込んできた。

 チャンスは一回。

 「…浮上っ!」

 自分が叫ぶと同時に、4つのひもが刀で斬られる。

 瞬間、かごが、上からつるす大きな気球により、空へ浮き上がった。

 義貞の気球もまた、熱を集める黒い姿を、高空へ表していく。

 「結構揺れるな、こわ!」

 地上とのたよりは3キロぐらいの綱一本。切れたら大空の迷子だ(気球の空気が冷えたら着陸できるけど)。

 飛行船がつかの間速度を緩めたが、もうその時にはかなり近くまで来ていた。

 下見るな、下見るな...

 かごにともに乗る侍たち(やせた者を選んだので、軟弱といわれ続けた彼らは突然の抜擢に感激していた)が、鉄砲を構える。

 風で大きくあおられる気球。充分長さは取ったけど、地上と綱で結んだのがかえってまずかったか?綱が支点になってる気がする。

 十数度は左右に揺れる気球のかごの中で、振り落とされないように命綱を結びなおし、かがんで、かごの側壁に空けた狭間から銃身を突き出す。

 にしてもでっけえ飛行船!

 「た、高時様、あれ、まことに人の子の作ったものですか?」

 「そうだぞ。この気球をおっきくすると、ああなるんだ。」

 「…嘘だとおっしゃってください。」

 横腹がよく見えない前からの状態でも、飛行船「飛電ヒンデンブルク号」の大きさは想像を絶していた。何せ高さがちっちゃなビルぐらいはある。あの飛行船(の危険性)の代名詞ヒンデンブルク号を名乗るのも無理はない。

 「どこにあんなもの隠して...琵琶湖か。」

 してみると近江大津宮への引退という大覚寺統への講和条件はむしろ敵に塩を送っていたことになる。

 白い船体は頑張って2つの気球をよけようとしているが、勢いが少しずつ抑えられるにとどまっている。

 「よし、撃ち方初め!」

 飛行船の前端が半径1メートルほどの円形に開いて誰かが姿を見せた時、史上初の航空戦は幕を開けた。

 弓をつがえた誰かに対し、まず数発の銃声が鳴り響く。

 誰かさんはふらっと倒れ、そのまま外へ転がり落ちる。まず助かるまい。

 銃声が途絶える。

 と、飛行船の空いたままの前端(窓?)から小さな炎が光った。

 ヒューーーーーー

 「え、うそ...」

 すぐ横を、藤で編まれたかごが焦げる音とともに、風を切り裂き何かが飛び去る。

 「だろおい!」

 またも何かー絶対ロケットだーが2つの気球の間をすり抜けていく。

 「炎を使う...水素じゃなく熱飛行船なのか!?あの大きさで!?」

 気球ならともかく、巨大な飛行船を浮かばせるために空気をあっためるには膨大な燃料を必要とし、燃料を飛ばすためにさらに熱気がいるから現実的ではない。それにヘリウムは日本では産出しない天然ガスから抽出されるはずでここにはありえないから、水素飛行船で間違いないと思うんだが...

 「まあいい、こっちもロケットだ!」

 5人の全乗組員が、鉄の筒を構え、飛行船の前端に向ける。

 「てー!」

 火打石から火花が飛び、ボシュッという音と軽い反動とともに、大きなロケット花火が打ち出される。

 飛行船前端から大きな炎が上がった。向こうのロケットに誘爆したか。

 「どうだ?」

 黒い煙が上がっているが、「やったか!」なんて叫ばない。橋本をなめてはならないことはとっくにはっきりしている。

 煙が風に吹かれて晴れ上がり、焦げた布があおり風にめくれてはためく。その中で、銀色に輝く骨組みが目に入った。

 鉄、じゃないよな...?航空機用の金属で、もしあの飛行船全体が骨組みにより維持されているのだとしたら(ビルほどもあるから骨組みがあるなら金属製なのは間違いないが)、確実にそれはジュラルミン...

 (「町内清掃ボランティア?」)

 (「そう。橋本、本来うちの町内じゃないけど、もうデートをキャンセルされるのはいやだろ?トキはこういうの絶対やるし。だったら、橋本も参加したらどうだ?」)

 (「…その日は確か用事が...待て、ポイ捨てされた空き缶を拾う?」)

 (「どうしてそこに食いつく...」)

 (「一野、お前こそわかっていないな。スチールはともかくアルミがどれほど貴重なのか。アルミの安価な抽出法は俺の夢の一つだ。」)

 (「橋本の夢?お前でも夢になるほど難しいのか?」)

 (「地球で最も身近な元素のひとつでありながら、アルミニウムは反応性が高い。だから単体を取り出すには化学反応的アプローチは非現実的、膨大な電力で電気分解するしかないんだ。ましてレアメタルを含む合金であるジュラルミンなど、航空機のような軽さが強く求められる分野でしか使えないのが現実だ。」)

 (「それを安く生産したい、と、そういうこと?」)

 (「いや、方法はわかってる。わかるべき大人がわかろうとしないだけで。」)

 -まさか、電気の缶詰とすら呼ばれる金属、アルミニウムを、本当にこの時代の工業基盤で量産する方法を、あいつは考えついていたのか。

 義貞の気球から、ロケットの発射音が聞こえる。

 風にあおられて進路がそれたロケットは、破孔のすぐ横を爆発させた。

 「高時様、今なら乗り移れるのでは?」

 「…確かに。これだけやって落とせないならもうここにある物じゃ落とせないし、塩素が積んであるかもしれないならホントは占領したほうがいいからな。矢文で義貞に知らせろ。」


                    ー*ー

1322年3月16日、鎌倉、若宮大路御所

 「名越時兼様、何の用かしら?」

 「あや姫殿、実は、こういうわけなのでございます。」

 私は、急に面会を求めてきた若武者の手元を見つめていた。

 手が懐に差し込まれる。そしてゆっくり...

 カッ!

 私が抜き放った短剣が、空中で名越殿の放った短剣を叩き落した。

 「…あや姫、ぬるいわ。」

 なぎなたを手に取りながら、私は名越殿をにらむ。

 「いえ、気づいておりましたわ。ちゃんと避けましたのに。

 さて、わけを聞かせてもらおうかしら。でないとあなたは坂東一浮気性な変態だって流しますわ。」

 ひいっと、名越殿が震える。...確かに、人によっては、よっぽど斬られた方がいいかもしれない、それ。

 「…だいたい予想がつくんだけど。」

 「勾子様も気が怖い女子ですから、同じように義貞様を震え上がらせることになるのでしょう。」

 「…まあいいわ。登子様!」

 「様はいらないよ!って、あー、クーデター...

 なんて言われた?」

 奥から出てきた登子様は、目をクルクル左右に動かして、それから、深くため息をついてペタンと座り込んだ。

 「二択だと思いますわ。『女子には任せておけない』『女子に指図されたくない』、ああ後、『緑と赤の目の化け物には任せておけない』かしら?」

 「…全部だ!それと、『朝廷は高時様を殺し登子様を差し出せば戦うつもりはない』と!」

 「…あなたには死んでもらいたくないんだよね。『太平記』では最後まで幕府に尽くしたし。」

 「はい?」

 「兵力はいくら?」

 「3000だ。鎌倉の外にいる立川流の門徒が決起する手はずだ。」

 「…この前の怪文書は、つまりそういうこと。守りが手薄な鎌倉で名越を寝返らせて、そのあと怪文書を原因に内乱を起こさせ一気につぶそう、と。めちゃくちゃな内容だったのは、誰かひとり信じるだけでも混乱の火種には十分だからね。」

 「どうするのかしら?」

 「あや姫、アレってどうなってったっけ?」

 「無人ですが、動くはずですわ。」

 「じゃあ、こっちが落ちるのが早いか、向こうが降伏するのが早いか…

 見ててよ名越。勝ったら、もう刃向かわないでね。」

 「…無理だろう。安達、長崎の乱のときの戦死しなかった長崎の兵すべてに加えて名越、大仏の兵もいるのだぞ。得宗と赤橋など...」

 「分家がいくつ集まっても、高時にはかなわないと思うな。」

 「今度は勝てそうね。腕が鳴るわ。」

 「そういえば私は初陣でしたわ。ふふ。勾子様、露払いはお任せいたしますね。」

 遠くから、叫び声が聞こえる。

 「登子様!」

 「あ、この方を縛ってくださるかしら。」

 「あ、はい...ではなく、反乱でございます!市中から侍が湧き出し、すでに塹壕線を突破された模様!得宗家屋敷は陥落!」

 「ただちに得宗と赤橋の兵を集めて!」

 「すでに集めて御座います!」

 「赤橋の屋敷まで退くわ!」

 「安達の兵も集めなさい!」

 「は!」

 すでに荒男どもの喚声は、すぐそこに迫っていた。


                   ー*ー

1322年3月16日、富士山麓上空

 見通しがそれほど良くないために詳しい状況は報告から推測するしかないが、ばかげたことに本船は攻撃を受けたらしい。

 信じがたいことだ。だって本船、ヒンデンブルク号は、上空数百メートルを航行中だったはずなのだから。

 だが、ありえないことでもない。時乃は俺の話を聞き逃しはしなかった。そしてむかつくことに、一野にもよくそれを話していた。二人がそろえば俺の発言から気球ぐらい作ってのけるだろう。

 しかし、もし万が一空飛ぶ敵から攻撃があったら、リスクを顧みずロケットで吹き飛ばすよう伝えたのに、やつらしくじったな。騒がしいじゃないか。

 「機関、全力で東進!総員、戦闘用意!」

 どんな奴らを連れてくるか知らんが、ここは侍には戦えまい。なんといっても船橋以外では足場は骨組みと整備用通路だけなのだからな!

 「護良殿下、私は...」

 「尊氏か。そなたには、そうだな...

 飛行船の下に、大きな卵型の塊がある。三種の神器以上に大切な代物だ。その周りには余りの塩素タンクもある。日の本のためにも、それを警備してほしい。

 桃子、案内してやれ。」

 「了解。」「わかりましてございます。」

 こんなところでの戦とっとと終わらせて、決着をつけるぞ。


                    ー*ー

1322年3月16日、鎌倉、赤橋家屋敷

 鎌倉のあちこちで、鎧兜をした武士がうろうろしている。もう鎌倉は、赤橋の屋敷を残して占領されたみたい。

 「姫様!ご無事でしたか!」

 「ここは!?」

 「塹壕を3重にしていたのが幸いでした。実験部隊の軽量砲も活躍しておりますが、火薬が前線にわたっているため残り少なく...」

 「決死隊を10名募って!」

 「姫様のためなら、我ら100名とて!」

 「いや、このあや姫についていくの。」

 「…了解です。」

 出迎えの兵たちが(がっかりした様子で)持ち場へ散っていくのを見送り、私は向き直った。

 「ところで、さ。勾子、今のうちに、はっきりさせとくべきこと、あるよね?」

 「え?」

 「ホントに安達は、長崎と戦えるの?いや、あなたはどうして、昔の仲間だった長崎とかの反高時側につかないの?」

 「…それは...」

 「言っておくけど高時は、ここで味方したから安達を優遇しようって程短絡的じゃないよ。」

 「…」

 「義貞のため、だよね?

 意義のはっきりしない戦争は、ただの大量殺人だよ。だから、戦う前に、貴女の意義を、はっきりさせてほしい。

 誰かのために戦うのは、素敵なことだと思うよ。」

 「…私にもわからないのよ。義貞のために何かしないとっていうこの焦りが、本当に恋心なのかは。」

 「あー、みんなそうなのかもね。この時代の女の子は恋をしないから。」

 「恋を、しない?」

 「うん、この時代には恋じゃなくて、愛だよ。」

 「…どう違うの?」

 「さあ。でも恋は何かしてあげられるようになりたい、愛は何かしてあげたい、じゃない?」

 「…結局、何が言いたいの?」

 「私は、勾子と義貞の関係を早くはっきりさせて、勾子の気持ちにけりがついたほうが、私たちのためにも二人のためにも良いと考えてるってこと。」


                    ー*ー

 リスク要因。

 安達勾子の危険性はー再び壊滅した安達家の恨みの中心軸が生まれる危険性は、わかってはいた。だけど高時とともに安達家を壊滅させたのは私で、だから彼女の扱いは罪滅ぼしみたいなところがあった。

 だけどこの前、見つけてしまった。私ではなく、時乃ちゃんが。

 一通の文書。内容は、北条家滅亡時に死に損ねた高時本妻、北条勾子を許すようにという、新田義貞からの嘆願書。

 そして勾子は後醍醐天皇から、一条家の養女となることを条件に内侍の位で迎えられた。旧幕府勢力への牽制だろうけど、この歴史的新事実によれば、義貞が夢中となり尊氏に負ける原因となった勾当内侍と字が同じというのは、高時の言葉遊びではなかったことになる。そして勾当内侍のところにいて出陣が遅れ好機を逃したというのも、足利との対立という難しい情勢の中で旧幕府側の人間という難しい立場にある勾子を、守るため。彼女についての資料が少なく、伝説となっていたのは、事情が事情だけに黒歴史化していたから。

 歴史を変えてしまった今、もう一度二人を引き合わせるのは、正史へのけじめで、正史のほうが幸せだった人々への、私なりの応えで、そして、義務感だった。

 さらに同時に、正史での事情を考えるとリスク排除であり、同時にここではリスクだった。

 「私個人としては、二人には幸せになってほしい。どうか、な?」

 「登子様は、それで安達の家名が消えること、わかってる?私以外に、もう安達はいないのよ。」

 「…もちろん。だから勾子が安達を選ぶなら、それでもいい。例え敵になっても、何度でも勝って、生き残らせるから。」

 「それで負けたらどうするつもりよ。」

 「私はそれでも、勾子ちゃんのためなら、高時やみんなのためなら、幸せかな。」

 「え?」

 「私はね、最初、この時代、大っ嫌いだった。人も、ものも、何もかも。私には生きづらかった。

 女子は黙って世継ぎでも生んでおれっていう考えも、馬か徒歩じゃないと移動できないのも、馬鹿ばっかりなのも。それに未来では普通に生きてるから、死んでもこの時代から逃げれるだけって思ってて。早く死にたかったんだ。

 だけど今は、ねー

 -今日死んでも、この時代に来て、高時やみんなと会えて、良かった、まだ死にたくない、生きて、続きがしたいって、思える。

 だからね、勾子にも、何かで安達家が消えても、死んでも死ぬ間際に、みんなと会えて、良かったって、何も嫌わずにいられるように、なってほしい。誰かを恨むばかりで生きていてほしくない。前向きに、もっと生きたいって、思ってほしい。

 あなたの幸せは、何?死ぬときに、何か前向きにやり残しが残るのは、どういう選択?」  

 ※勅命ビラはじめとした小道具に、政治的意図はないです。ただ、歴女の彼女を愛する橋本理が、そんな細かい話まで聞いて、一言一句間違えずに覚えていた、そこに、彼の愛の深さを感じていただければ...無理か。

 大学の授業は辛いですが、終盤まで書き溜めたので、このまま週一ペースで投稿いたします。まだしばらく、無駄に長い駄文に、お付き合いいただけたら。

 

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