(2020→1303〜1315)始まりの音が鎌倉に響く
「未来(前世)での記憶が、テレビ録画のように時の経過とともに脳内で再生されていく」という、考えすぎて厄介なタイプのタイムスリップ?です。次の異世界からの転生ものに向けての習作(というには壮大すぎる構想)なので、このルーキーを温かく見守っていただけると幸いです。
「十二の子」は「子子子子子子子子子子子子」でフリガナを振りたかったのですが、自分で読み方を忘れると嫌なので「ジュウニノコ」になっています。
突然の閃光。
それに続く爆風。
およそ通常の物質では耐えられない、鉄骨が曲がるほどの高熱。
消え去る無数の命。存在の証すら残せない。
「それ」がこの時この地獄に存在したのは、運命か、必然か。
600年前とは何もかも数桁違う破壊は、この世のことわりにすら及んだ。
焼け跡の崩れ落ちた鉄骨。
陽炎立つ中、一人の男が、歩きだした。
ー*ー
2020年×月×日 ×県×町×地区
灰色の工場と木造家屋が立ち並び、不況に寂れかけた街並み。高校帰りの男女3人が歩いている。
その時、右手の屋敷から一人の老人が現れた。僧侶のような和服を着た老人は3人を見て、手元の写真と見比べる。そしてーにやっと口端を少し上げた。
3人は老人には気づかず、会話を続けている。
「治くん、この前貸したあれ、読んだ?」
「ああ、『江戸時代の朝廷史』?正直難しかったけど。帰ったら返すよ。」
治と呼ばれた、少し小柄な、どこにでも居そうな帰宅部男子が返答すると、本を貸していたらしい真面目そうな美少女が、肩にかかる黒髪の端をさわり、ふっと微笑んだ。もう一人の男子ーメガネを掛けたイケメンが、気づかれないほどの一瞬、顔を歪め、口を開く。
「時乃、土曜のデート、やっぱり朝からにしないか?」
「いや…でも…」
時乃というらしい美少女は、困惑を顔と声に示す。
「橋本、トキも忙しいんだし、昼からにしてやってくれ。幼なじみの名にかけても、前みたくすっぽかさないように見張っといてやるから。そりゃあいつまでも名字呼びはイヤだろうけど、同じ『おさむ』のよしみでさ。」
治に言われ沈黙するイケメンだが、ふと顔を上げ老人を見、眼をメガネごしに細めた。行く手の老人が、古びた巻物を手に何かつぶやきながらこちらをじっと見たからだ。
「一野治、石垣時乃、橋本理…うむ、愛憎ほどにすさまじき感情は無し、か…」
時乃が巻物を見て駆寄ろうとするのを、橋本が肩を押さえ止める。
「何するの、あんな古い巻物、しかも個人所蔵、めったにないのに…いくら彼氏でも…」
しかし時乃はそこで叫んだ。「ダメー!」と、橋本ー彼氏らしいーではなく、老人ー巻物にマッチで火を着けた老人に。
「これで、我が700年の悲願が…」
老人は巻物を振りかぶり、塀の向こうの工場へ…
「「「あっ!」」」
瞬間…
ドーン!!!
火炎が、家も道も呑み込んだ。
ー*-
1312年2月8日、鎌倉、北条得宗家屋敷
9歳の男児が、馬上で揺られながらも、どこか上の空な表情をしていた。
「高時様!そのように気を抜かれては、落馬いたしますぞ!頼朝公がなぜ亡くなられたか、知らぬわけではございますまい!将来の執権として…」
「爺、いくら執権でも、お飾りに過ぎないよ。」
守役の言葉に、9歳児ー北条家後継ぎの北条高時はため息をついてみせる。
「高時様は才能はおありでいらっしゃるのに小さいころから物事に半分しか力をお使いになられない。世の中をあきらめていらっしゃる。もったいないことでございます。」
「爺、そんなこと言ってもどうにもしないよ。」
高時とて、爺の助言はありがたく思っている。だが、物心ついたころからの癖は治らない。
ーまるで自分が二人いるかのように感じるのだ。二重人格ではない。全く違う世界で、自分は幼なじみや友達たちと楽しく「小学校生活」を送っている。そこでは戦がないどころか、武士は日常には全くおらず、馬に乗らずとも「自転車」「自動車」「バス」「鉄道」、果ては空飛ぶ「飛行機」で、どこにだって行ける。松明もろうそくもないが、いくらでも夜更かしして「ゲーム」できる。そんな素晴らしい世界を体験しながら、もう一方ではお飾りの幕府執権になるため鍛錬する日々。気合が入らないのも当然だ。そして、その感覚がどういった類のものか考えてしまうのも。
「高時様!」
(「治くん?」)
今も高時には、守役の爺と屋敷の広い庭、幼なじみの石垣時乃とさびれつつある田舎町の通学路の両方が、視覚と聴覚を持って働きかけている。
「手綱はしっかり握るようにと何度申し上げればよいのでございますか!」
(「この前面白い歴史の本買ってもらったんだ!」)
むさくるしい爺は無視し、最近日本の歴史にはまりだした9歳の少女と歩く。
(「なんて本?」)
(「ええと、『鎌倉幕府の盛衰』って本!」)
高時はその一言を聞き、震えた。鎌倉幕府の、盛衰。それがすなわち、北条一族の過去現在未来を表すのは明白だ。
同時に、心の最も深いところで高時は確信した。自分が常時体験する「もう一つの現実」は、未来なのだと。証拠としては若干弱い一冊の本だがしかし、それでも、彼の直感は彼に真実を突き付け、はまってしまったパズルのごとく否定することを許さなかった。
(「ふーん。鎌倉幕府って何?」)
もっと興味持ってくれよ未来の自分ぅぅぅ!
高時は本気で叫びそうになった。本気を出したのは生まれて初めてだった。
ただ同時に、これを聞いてしまったらもう元には戻れない、そんな恐怖も感じた。
(「源頼朝が1185年に建てた、日本初の武士による統一政権だって。」)
(「へえー。どうなったの?」)
高時は手を握った。どうも未来の自分は今の自分を感知していないようだったが、しかし質問が聴き取れるよう願わずにいられない。未来の自分に、思いよとどけ!
(「1219年に、源実朝が暗殺されて、頼朝の子孫は消えるの。それで北条っていう、頼朝の親戚みたいな人たちが政治をするようになるんだけど、彼らは天皇と仲が悪くなっていって、ついには1333年、北条高時の支配する時代に、後醍醐天皇と足利尊氏に丸ごと滅ぼされちゃうの。」)
滅ぼされる…高時の時代に…
高時はその一言を聞き、フラリと気が遠くなった。
(「へえーそうなんだ。」)
「高時様ー!」
守役の叫びを背に、高時は馬から落ち、地面に激突した。
-*ー
1333年、30歳で、幕府とともに死ぬ。あの日から、時乃が、未来で話すことすべてが、そう示している。だけど僕は、鎌倉幕府の北条高時であると同時に平和日本の一野治である自分は、そんなのイヤだった。
死にたくない、死にたくない、死にたくない!
夢なら覚めろ、誰か助けてくれ…
八幡様、阿弥陀様、どうかお救い下さい、寄進もしているじゃないですか。
自衛隊でも宇宙戦艦でもゴジラでもなんでもいい、どうにかしてくれ!
ママ、パパ…
-*ー
9歳児の精神など大したものではない。自分の死、それも切腹を予告され、ほぼ崩壊した精神はしかし、すんでのところで持ち直した。
(「なんで鎌倉幕府が滅んだと思う?」)
(「さあ」)
(「モンゴルが2回も攻めてきたからなんだよ」)
(「モ、モンゴル?」)
(「そ。その頃のモンゴルはアジアを支配する大帝国だったし、日本にはまだない火薬で、手榴弾までもってたんだよ。」)
-*ー
手榴弾だけじゃない。大砲、鉄砲、戦い方もまた。いまだ9歳とはいえ、腐っても未来の幕府トップ、未来の自分が、日常で、そしてすっかり歴史好きになった時乃との雑談で未来の自分が見聞きする物事の価値ぐらい理解できた。そしてそれが、歴史を完全に変革してしまうことも。
ー*ー
大砲や戦車、せめて鉄砲があれば…
いや、ないならばー造ってしまえばいいだろう!
そうすればー鎌倉幕府が後醍醐天皇に負けないぐらい強くなれば、死なないで済む!
誰も助けてくれないなら、自分が自分と周りを助けるしか、ない!
ー*ー
数日間意識を取り戻さず、幕府中を騒がせ(そして武士の恥だと笑わせ)た高時は、その後部屋にこもりがちになった。馬が怖くなったのかと人々は陰口をたたいたが、しかし高時が起きぬけに取り寄せたものが大量の紙であることは、周囲の評価が間違いだと示していたー彼が始めたのは、未来の自分、一野治から得たあらゆる情報のメモだった。
それからずっと、高時はひたすら情報を書きとめ、執権になったときのために作戦を練り続けた。
そして、3年の月日が、流れた。
ー*ー
1315年1月1日、鎌倉、北条得宗家屋敷
ほぼ一日中の新年祝いは、未来の自分がプリンターで打った年賀状で済ませているかと思うと想像を絶する辛さである。高時は周りの人々が自分を落ちこぼれに見ながらもお世辞を口々に言うのを聞き、ほとんどキレそうになっていた。
(「北条高時はね、家来のお飾りでおだてられて、遊んでばかりいたからダメになって、幕府滅亡の時も何もできなかったんだって。」)
「高時様に置かれましてはますますご健勝にあらせられまして…」
「かくのごとく学問に打ち込んでおられる方が執権となれば幕府も安泰であろうと、御家人一同ご期待申し上げておりますぞ」
「全くです。うちの登子にも見習わせたい。」
「守時殿、登子殿とて女子、そういう、引きこもりたくなる時期もございましょう。」
「しかしですな、父上がなくなられた今、私に何かあれば、我々兄妹を率いて高時様を支えねばならないのは英時と登子だというのに…」
高時はいい加減にうんざりしてきていた。
ふと部屋の端に目を向けると、居心地悪そうにうつむく少年が目に入った。
子供ならお世辞も言わないのではないか?高時はそう思って少年を手招きした。
「又太郎、高時様が呼んでおられる。早く参らんか。」
「た、高時様が、私を…ですか?」
「そうだ。又太郎、疾く参れ。」
「し、しかし…」
「又太郎、大丈夫、高時様は無茶はおっしゃらないよ。」
「あ、兄上…はい。」
父親と兄か、心温まるなぁ。
少年はそろそろと近寄ってきた。
「もう少し、ちこう寄れ。面も挙げい。 …!」
高時は、少年の顔がわかるようになって、驚いた。北条一門の面影もあるが、しかしこの顔は間違いなく、たまに挨拶に来る将来の敵、足利一族のものだ。いずれ足利をどうにかせねばと考え足利、特にその棟梁の足利貞氏については下調べをよーく行ってきたから、すぐ分かった。しかも今、尊氏という名の人間は足利にはいない。
(「実はね、足利尊氏って北条家の人が奥さんなんだよ。赤橋登子っていう人。」)
(「赤橋なのに北条なのか?」)
(「うん。分家ってわかる?」)
(「この前も分家の話しなかったっけ。家が大きくなりすぎたから、いくつかに分けるやつだろ?」)
(「そう。赤橋とか金沢とかそういう分家の人を奥さんにして、足利は北条と仲良くしてきたんだって。」)
(「それって、ええと、政略結婚ってやつ?その人たち幸せだったのかなぁ」)
(「さあ、でも私は勝手にパパとママが結婚する相手決めちゃったらイヤだな。」)
(「なんで?」)
(「もうっ...,ぜーったい教えなーい!」)
(「ごめんごめん。」)
(「…まあいいや。それでね、足利尊氏って最初、ちょっと違う名前だったんだよ。知ってる?」)
(「知らない。トキちゃんほど歴史好きってわけじゃないし…って、名前って変えれるの!?」)
(「今はだめだよ。昔の日本では名前を変えたり、偉い人から名前をもらったりすることってちょくちょくあったんだって。尊氏も元々、尊敬の尊の字じゃなくて、高いっていう字だったんだって。北条高時からもらった字なんだよ。」)
それはこの時代の北条と足利の仲の良さを示すエピソードではあったが、しかし高時にとってはもっと重要な点があった。足利一族で、子供が次期執権に呼ばれて遠慮しない、それはつまり、本家の中心部の者であると示している。なおかつ、足利にそこまで元服前の子供がいるわけはない。
自分が今から死ぬまでの18年の間に名前を与え、かつ北条にケンカを売るほど大人になる足利家中枢の人間、それが、目の前に、いる。!もし今こいつを斬って足利を滅ぼせば、歴史は変わり、自分は助かる!
だけど、本当にそんなことをしていいのか?ちょっとした戦争を起こしてまで、この年下の罪のない少年を、斬らないといけないのか?
いや、それだけで北条は、幕府は、とりあえず1333年までは助かる。
本当にそうか?
悪党の出現と南北朝の対立、北条一族と家臣団の腐敗。小学校の歴史の授業で習ったことは、そっくりそのまま、今起きている。足利がいなくたって、鎌倉は長くないぞ?
いや、そんなことはない!執権になったあかつきには、今も送られてくる未来知識で、幕府も、日本も、立て直してみせる!
本当にできるのか?執権がいくら幕府で一番偉くても、実際権力を持っているのは家来の長崎とか安達とかそういう連中なのに?
それでも、死んだら元も子もないだろ!ここで足利尊氏を殺せば…
そもそも本当に、
-自分に人が、斬れるのか?ー
「あ、あの、高時様…」
「…ん?…た、たかうっ...ゲホゲホ!」
「え、ええと、何か癪に触るようなことでも…後、たかう…って誰ですか?」
「いやまったく何でもない。すまん、考え事してた。」
「そ、そうなのですか?」
「ああ。それとそろそろお暇するから、そう伝えておいてくれ。」
高時はもはや、足利又太郎と共にいる事すら耐えられなくなり、周囲の好奇の目を浴びながら、逃げだすようにして広間を出て、自室へ駆け戻った。
-*ー
ぶつかりそうになって足をもつれさせながら、700年後では考えられないほど重い襖を無理やり引き開ける。
「ひゃ!」
「うわぁっ!」
高時は、年下の知らない女の子が自室の床下にしまっておいた未来情報メモをあさっているのを見て、驚愕した。
「誰!?」
驚きで働かない頭でも、自分が未来の情報を持っているとバレるとまずいんじゃないかということは察した高時。聞いてはみたが、どんな答えでもどうにもならんと困惑しきった。
すると女の子は、じーっと高時の顔を見上げ(見えた女の子の顔は驚くほど端正で、高時は素直にかわいいと思った)、それからー涙を両の目から流し始めた。
一野治としても北条高時としても年下の女の子を泣かせたことなどなく、ただ一度だけ女の子をー一野治のいつも隣にいるのに、北条高時が絶対に会えない、最も大切な女の子をー泣かした時のことだけが思い出された。
それは12歳の高時にとって3年以上も前のこと。
(「トキちゃん、一週間ぶり!元気ー?ってどうしたの?なんで泣いてるの?」)
だけどその記憶は、反省とともに、
(「だって、治くんが私のこと、忘れたって思ったからっ!毎晩電話するって言ったのに!」)
一野治である自分は永遠に忘れないだろうし、
(「ごめん、おばあちゃんち電話壊れててさ。圏外だったし。ほんとごめんって。
でもさ。トキちゃんのこと、忘れたりはできないから。どんなに時間がたったって、戻ってくるから。」)
北条高時である自分も永遠に忘れられないだろう。
「あの、やっぱり…」
女の子は涙をポタポタたらしながら口を開いた。
あれ、なんで自分の頬が冷たいんだろう。ああ、泣いてるからか。
…なんで、泣いているんだろ?
ー*ー
赤橋登子もまた、驚愕していた。
どうして、この部屋の主、高時様が、自分の本当の名前を書き留めているの?
どうして、あの遥か未来のことを、書きとめているの?
まさか、という思いが、急速に膨れ上がる。
今でも自分と一心同体に感じている彼女、石垣時乃。いつも、この不自由で女の子にとってはあまりまともではない時代ではなく、彼女の時代「だけ」で生きたいと思ってきたのに。
まさか、助けに来てくれたの?
まさか、こんなに時間が隔たっているのに、戻ってきてくれたの?
-この前約束したみたいに、戻ってきてくれたの?
高時様の目じりから、涙が垂れている。
-ああ、やっぱり、高時様はー
「治くん、9年ぶり、なのかな?元気ー?」