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7話


「ねぇ、香澄ちゃん。昨日は途中で帰っちゃってごめんね。お詫びがしたいんだけど…。」

美佳が申し訳なさそうに言う。

悪いのはこちらなのに、美佳は大分気にしていたらしい。


「あー。ううん、気にしないで。

っていうか、今日校長先生に呼び出されてるんだよねー。」

出来るだけ美佳に気を遣わせないように言った。

素っ気無い態度なら、こちらが然程気にしていないと伝わるだろう。

それに、用事があるのなら、傷つけることなく断れるはず。

もちろん校長に呼び出されているというのは本当だ。


「そっか。じゃあまた明日。」

美佳は安心したように微笑むと、

前にいた誠司に声をかけ、二人で教室を出た。


なんやかんや言っても、どうやら二人は結構いい仲らしい。

それにしても、二人が最初会った時に一体何があったのだろうか。

美佳の反応を見る限り、相当恥ずかしいことだったことは分かるが、

そこから仲良くなる、というか(予想でしかないが)好きになれる理由が分からない。



香澄は本や筆箱を全て鞄に詰め終わると、教室を出て応接室へ向かった。

賑わう特別棟の1階とは違い、3階には人気がなく静かだ。

それはもう妙な恐ろしさまで感じさせる程に。


扉を一度ノックすると、中から「戸田さんですね、どうぞ。」と青年の声。

もちろん校長先生だ。

何故名乗って無いのに分かったのだろうかと疑問だったが、それはすぐに答えが出た。

―また魔術か…。


とりあえず、ゆっくりとドアを開けて中に入る。

そこにいるのは予想通りスーツ姿で爽やかさの溢れる青年。

何度見ても、これが校長先生だなんて納得できない容姿だ。


「えっと…。何、するんですか?」

香澄が恐る恐る口を開く。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。今日は少し調べさせていただくだけですので。」

事も無げにそう言う、蓮。


―その方が怖いんですけど…。

調べるという単語がどれだけ不気味か分かっていないのだろうか。


「一体、何を調べるんですか…?」

「あなたの魔力ですよ。」

意外とまともな答えだったことに驚いた。

もっと突拍子も無い、意味不明なことを言われると思っていたからだ。

自分は校長をどれだけ変人にしたいんだろう。


―やはり感じない、か。

これだけ近くにいるというのに何も感じない。

あのスティンロの報告だから、間違いや勘違いなどではないはずだ。


貴峰によると、レンガ一つ割ることすらできなかったらしい。

確かに今まで一切こちらの世界に居なかったのだから仕方が無いことだが、

正直もう少しできるのではと期待していた。


―少々手荒なマネになるが…。

蓮はふぅ、とため息をつくと、人差し指で空間に線を引いた。

一瞬の間を置いて、線が引かれた空間から黒味がかった、青や紫の電光が走る。

現れたのは、不安定な形状の黒い短剣。


「こ、校長先生…?何する気で…。」

途端、蓮の目つきが鋭くなった。

短剣を手に取ると、冷酷な目つきで振りかざす。


意味が分からなかった、何が起こっているのかさえ。

けれど、本能的な恐怖は感じた。


―殺される…?!

目をきつく閉じ、腕を顔の前でクロスさせた。

けれど痛みは訪れない。


ゆっくりと目を開けると、やはり鋭い目つきの蓮。

何かを感じて、ゆっくりと視線を右へ動かす。

先ほどの短剣が顔スレスレの所にあった。顔から血の気が引いていくのがよく分かる。

顔に傷は無いが、髪の毛が数本か犠牲になっているようで、ハラハラと足元に落ちていく。


ただ、目の前の蓮を見つめることしか出来なかった。

その鋭く冷たい青い瞳を、ただ見つめることしか。


しかし、そんな恐怖の時間はすぐに終わりを告げることとなる。

突然彼の目からは恐ろしさが消え、表情には優しさが生まれた。


「すみません。報告の状況から、命に危機が訪れれば何か起きるかと思ったのですが…。

どうやら失敗のようですね。」


それを聞いてほっとしたのか、足の力が抜けて、床に尻餅をついてしまった。

恐怖を感じていたために呼吸は荒くなっている。

「び、っくり、した…。」

ポツリと呟くと、香澄は深呼吸を三回ほど行って、息を落ち着けた。


「ホントに…殺されると思いましたよ。」

「申し訳ありません。」


―殺人未遂を謝って済まそうとするの?!しかも一言!!

本当にめちゃくちゃな学校だ、というか校長だ。

せめて土下座しろと思ったが、そんなことを口走ったら本当に殺される気がする。

視線だけ送っておくことにする。


蓮はその場で困ったように頭に片手を添える。

「次でダメなら、どうしましょうかね…。」

ふぅとため息をつくと、応接室にある飾り棚の一つを開き、青色の瓶を取りだした。

神秘的な深い青に、吸い込まれてしまいそうだった。


コルクの蓋を取り、香澄の足元を囲むように中の透明な液体を零していく。

「え、何ですか?」

蓮は答えず、慎重に作業を行っている。

そして、液体が美しい円を成した。


刹那、心臓が跳ね、つま先まで一気に血液が流れた。

不思議な胸の高鳴り、そして全身の血が何かに騒いでいるような感覚。

体が軽い。力でみなぎっていると表現すればよいのだろうか。

突然の感覚に、香澄はただ自分の手のひらを見つめていることしか出来ない。

自分が自分でないような気がして、怖かった。


突如、耳鳴りのような高い音が響いたと思うと、先ほどまでの胸の高鳴りも恐ろしさもパタリと消えた。

心臓も血も、だんだん落ち着いていくのが分かる。

ふと足元を見ると、透明な液体は固まっており、宝石のように光を反射していた。


どうしていいか分からず、蓮に目線を配る。

それに気付くと爽やかな笑みを浮かべて言う。

「これでダメならどうしようかと思いましたよ。

やはり戸田さんには魔力があったのですね。ただ、現段階では魔術で強制的に引き出すしかありませんが。」

「へー…あったんですねー…。」


ここで現実を再確認してしまった。

平凡な人生を望んでいる香澄にとって、魔力があるだなんてことは障害でしかない。

実は魔力が無くて、元の学校に戻れる、なんていう展開も期待していたのに。


香澄が落ち込み、蓮がなにやら考えているとき、

応接室の扉が一度ノックされた。


「どうぞ。」

蓮は条件反射で答える。

今度は魔術か何かで相手を探ったりはしないらしい。


入ってきたのはトラブルメーカーの隣人だった。

「校長せんせー。緑茶買ってきたよ。

…あ、香澄ここにいたの?探した。」

こちらに気付いた悠梨が、香澄の手のひらにポケットから取りだしたキャンディーを一つ乗せた。

そして、そのまま蓮に近づき、缶の緑茶を手渡す。


「ありがとうございます、悠梨さん。」

「ん。」

悠梨は短く返事をすると、

初日に香澄が躊躇していたあのソファーになんの戸惑いもなく座る。


「…缶のお茶なんて、飲むんですね。」

「意外ですか?これが一番おいしいですよ。」

この校長の好みは本当に分からない。

一口飲むと、ガラスの高級そうなローテーブルの上に置いた。

そのミスマッチさに吹き出しそうになる。


「ね、校長せんせ。何してたの?」

「香澄さんの魔力を調べていたんですよ。

一応ありはしましたが、外から魔術などで刺激を加えないと使えないようです。」

「ふーん。」

悠梨にとって、あまり興味の持てないような内容だったのか、それとも何か考えているのか。

ポケットからまた一つキャンディーを出し、口の中に放り込んだ。


「恐らく何かの魔術で封をされているのでしょうね。

…悠梨さん、見えますか?」

蓮の言葉に、悠梨が少し反応したのか、ピクリと体を震わせた。

そして、真っ直ぐ香澄を見つめる。

「あのー悠梨さん…?怖いんですけどー…。」

「んー。」

返事はしたが、止める気は無いらしい。


瞬き一つしない悠梨の瞳が、次第に変化し始めた。

茶色だった目が少しずつ赤に侵食されていく。

ようやく閉じた瞳が再び開いた時、すでに茶色から赤色に変化していた。

「…確かに、魔術がかかってる。強いけど、凄い不安定っぽい。」

次に瞬きをした時には茶色に戻っていた。


「そうですか…。外からの刺激で引き出されたにしろ、魔力を使っていけば解けるかもしれませんね。」


―それにしても、何故こんなものが?

彼女は普通に生きてきたのではないのだろうか。

普通、何でも無い少女が魔力を持っていること自体あり得ないのだ。

確かに、元はハンターの家系であっても、

この長い歴史の中であまりに離れてしまい、分からない場合もある。


だが、それ自体あまりない上に、魔力は薄くなってしまっている。

とても、ぶっつけで自分の身を守れるようなものではないはず。


単に才能なのか、それとも。


「香澄連れてっていい?」

その考察は悠梨の一言で断ち切られた。

「え、あぁ…。もちろんいいですよ。」

「了解ー。」


そう言うと、舐めていた飴を噛み砕き、ソファーから飛び降りる。

そして、香澄の腕を掴むと、扉を開けて強引に引っ張っていく。

「あの、ちょ…。どこ行く訳?!」

「遊園地。」

「あーハイハイ遊園地ね。

楽しいよね。懐かしいなー修学旅行ぶりだなー。」

と言っている間にもどんどんと悠梨は前へ進んで行く。

景色はいつの間にか屋外へと変わってしまった。


「ってはあ?!遊園地?!」

そこで、ようやく悠梨の手を振り払った。

「うん、そだけど。嫌?」

「嫌っていうか外出許可取って無いんですけど!」

本当に自由奔放というか、自己中心的というか。

気分や本能のままに行動するのは控えて欲しい。


「外出許可、香澄の分も取っといたよ。」

「本人に何の断りもなく?!」

香澄は声を上げて言う。

「だって…遊園地、行ったことなくて…。」

先ほどの口調がキツかったのか、悠梨は俯いてしまった。

こう俯かれてしまうと、どうしていいかわからない。女の技というか、なんというか。

なんだか自分が悪者のように思えてしまう。こちらは正論のはずなのに。


尚も俯き黙り込む悠梨。

香澄の性格ではこの沈黙に耐えることはできなかった。l

「あ…えっと…。あの、さ。やっぱ…うん、せっかくだし行こうかなーなんて。」

ついに、言ってしまった。

「ホント?」

次の瞬間顔を上げた悠梨は満面の笑みだった。

完全に乗せられた気がする。初めて会った時といい、彼女は要領がいいらしい。


「じゃ、着いてきて。」

そう言うと、悠梨は再び香澄の腕を掴んで走り出す。

正門の方向では無い。

小さめのグラウンドの隅にある簡素な屋根のついた一角へ。

「え、あの悠梨さん?遊園地行くんじゃあ…」

悠梨は面倒なのか、答えない。

距離はそうなかったからか、気付けばもう着いてしまった。


近づいて、悠梨がここに来た意味が分かった。

そこにあるのは、今まで見た中で一番魔術らしく、一見爽やかな校長に巻き込まれたもの。

つまり、あの黒い魔方陣。

しかも1つではなく、5つ並んでいる。


「これで…行くの?」

「うん。」

分かってはいたけれども。そうも即答されると少し悲しくなる。

悠梨は5つの魔方陣から一つを選ぶと、一歩踏み入れた。そしてもう一歩。

すると、紫色の淡い光が足元の魔方陣から発せられる。

「香澄、早く。」

悠梨は既に足首まで魔方陣に飲まれている。

「いや、でも何ていうか…ねぇ。」

巻き込まれる形ならば仕方が無いが、自分から入る勇気はない。

こんな得体のしれないものに自分の体を任せたく無いのだ。


ついに、悠梨が躊躇している香澄に痺れを切らした。

「問答無用!」

そういうと、香澄の手を掴んで、強引に魔方陣の中に引き入れた。



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