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6話



「ここだよ。結構広いでしょ?」

と美佳が楽しそうに言った。

やはり彼女も女の子であることには変わりないのだ。


辺りには、魔術科とは違う制服を着ている者もいる。

昼食の時は、香澄がカップラーメンのせいかあまり気付かなかったが、恐らく武術科の生徒なのだろう。

特別棟は魔術科武術科共用なのだ。


「食べ物から雑貨まで…色々あるんだ。」

辺りを見回すが、ごく一般的な物ばかりだった。

魔法使いなんかが使いそうな特別な道具や食材は見受けられないし、

内装もデパートのような清潔な雰囲気で、怪しさなど微塵も感じない。

今まで描いていた"魔術師想像図"と実際はかなり違うようだ。


「ね、手芸部コーナー行かない?おそろいにしようよ。」

「いいの?」

「もちろん。私、友達とおそろいってしてみたかったの。」

美佳は普段より無邪気で楽しそうだった。

魔術科の生徒といえど、放課後は普通の女子高生と同じ。

4日前までの日常に戻ったようで、なんだか嬉しかった。


手芸部コーナーにある品はどうやら、手芸部に所属する生徒の手作りらしい。

そのため同じ商品でも微妙に形が違っていたりする。

主に、マスコットなどの小物が多かった。


「えっと…美佳が持ってるのはこれ、だよね?」

白い熊のマスコットを手にとり、美佳に見せる。

「うん、それだよ。」

周りに音符でも浮かびそうな笑顔だった。

相変わらず、彼女の笑顔には癒される。


レジに持っていこうとした時、気付いた。

そういえばここの商品には値札が無い、

もちろんこのマスコットも例外ではなく、値段は表示されていない。

「…え、これいくら?書いてないんだけど…。」

「んーと、確か500円くらいだったかなぁ。

店員さんに聞けば教えてくれるよ?…あ、ほら丁度あそこにいるよ。」


美佳が指差した方向には、確かに店の制服であろう物を着た女性がいる。

彼女は恐ろしくスタイルがよく、顔もまるで人形のように美しい。完璧だった。


「あのー。このマスコットっていくらですか?」

店員の、店員とは思えないような異様な存在感に、少し緊張しながらたずねた。

香澄の言葉に気付いた店員は、どこかぎこちない微笑みを浮かべた。


「そちらの商品は520円でございます。」


マスコットを見た後、特に調べる事もなく答えた。

声は滑らかで発音も素晴らしい、だが感情がない。本当に機械や人形のようだ。


良く考えて見ればおかしい点は他にもある。

美佳は店員に聞けばわかると言ったが、

ならばこの店にある商品全ての値段を暗記しなければいけないことになる。

そんなことが可能なのだろうか。


―ま、魔術ならできるかも。


と納得しようとしたが、どうも結論を出し切れない。

人間だ、と断定するには引っかかる点がいくつかあるし、

その他の、例えばアンドロイドだというにも、少し違和感が残る。


「えっと、あの。ありがとうございました。」

「いえ。お買い求めでしたら、レジはあちらとなっております。」

そう言い残すと、店員は在庫チェックを始めた。


とりあえず、値段も分かったことだし、彼女の言う通りレジに行くのが先決。

出ない答えを考え続けていても仕方が無い。

それよりも、買うと決定しているものを買った方がいい。

マスコットを握るとレジへ歩いた。



「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」

そんな定番の言葉を浴びながら、店を出た。

美佳は外で待っている。


「どこにつける?」

「まぁ、美佳と同じカバンってとこかな。」

買ったばかりのマスコットをカバンに付ける。

美佳は香澄の顔を見ると、頬を紅く染めて恥ずかしそうに笑った。

「嬉しいけど、なんか恥かしいな。」


―可愛い…。

こんなに可愛いらしい子をほっとくなんて、

世の男性陣は本当に見る目が無いと思う。


「香澄ちゃん。喫茶店寄らない?あそこのケーキおいしいんだよ。」

「おぉ!行ってみたい!ここに来てケーキが食べられるなんて…」


特別棟の一階廊下は、寮や校舎など、様々な場所へと繋がっているため、放課後は特に人がよく通る。

そのせいか放課後になると、この廊下は一つの商店街のようになる。


それらの店は全て生徒達によって運営されているのだ。

例えば、喫茶店では料理部の生徒が働いているし、

美術部と写真部が購買部の外でオリジナルのポストカードを販売していたりする。


喫茶店に入ると、魔術科や武術科の制服の上に揃いのエプロンを着た生徒達が忙しそうに働いていた。

案内された席に座ると、水と可愛らしい装飾のついたメニューがすぐに運ばれる。

金額は、普通の喫茶店よりも少し安い程度。


「何かオススメとかある?」

「うーん。とりあえず最初だしショートケーキとかはどう?」

「お、いいじゃん。そうしよ。美佳は決まった?」

「うん。抹茶ケーキにしようかな。」


注文が決まると、近くに居た店員を呼んだ。

学生とは思えないとても丁寧な口調に、本格的なんだなと感心してしまった。



「そういえばさ。さっきの店員さん綺麗だったよね、もうこの世の者とは思えないくらい。」

注文した物がやってくるのを待つ間、

先ほど購買部で疑問に思ったことについてそれとなく聞いてみた。


「うん。だって、お人形みたいなものだもん。」

「人形?でも、見た目は完全に生きてるみたいだったよ?

そんなのを大量生産できる科学技術あったっけ?」

言い終わったとき、ふと気付いた。

科学技術はないけれど、もっと違う技術が存在していたじゃないか。

特にこの学園ではそれが当たり前のように。


「あ、もしかして…。」

「大体は香澄ちゃんの考えてる通りだと思う。

アレは、魔力で動いているお人形なんだって。詳しいことは私も知らないんだけどね。」

美佳は苦笑すると、コップに入っている水を一口飲む。


丁度その時、まさにベストタイミングでケーキが運ばれてきた。

こんなにも早いとは思っていなかったが、これは嬉しい想定外だ。

甘い物なんて何日ぶりだろうか、ここ最近は事故があったり、転校したりでそれどころでは無かった。

せっかく昨日ありつけそうだったチョコレートも、無駄に多い鍋のせいで食べられず。


目の前に運ばれてきた苺の乗ったショートケーキ。

細身で美しいフォークでまず刺したのは苺だった。

「うっまー!やっぱ、ショートケーキの上の苺ってのは、格別だね!」

香澄とは対象的に、美佳は抹茶ケーキを隅から少しずつ食べている。

美佳は微笑みを浮かべると、抹茶ケーキを一口頬ばった。



そんな時ふと、ケーキを食べていた香澄の手が止まる。

「ねぇ、あのさ、聞きたいんだけど。」

「うん?なあに?」

「美佳はいつこの学校に入ったの?」

「んー。」

美佳はストローで水を描き混ぜながら、考え込んでいる。


いつ自分が入ったのか、記憶にない訳がない。

この学園は中等部、高等部しかない。

まさか13歳以降の記憶が無い訳ではないはず。


「……中等部の1年生の時から、だよ。」

香澄から視線を逸らして弱々しく答える美佳。


「そっ、か。…なんか、しんみりしちゃったね!ケーキ食べよ?」

さすがに、聞いてはいけないような雰囲気だったので、それ以上詮索しなかった。

何か辛い思い出でもあるのだろう。

美佳も、香澄が気を使ったからか、必死に笑顔を浮かべようとしている。

空気がどこかぎこちなくなってしまった。

―失敗したな…。


悠梨にしろ美佳にしろ、何かしら抱えているものがあるらしい。


魔術師や武術家の世界は華やかなものだと思っていた。

人々を魔物の脅威から救うハンター。

遠く離れた街と街との移動には彼等が不可欠だ。

中にはボランティアで活動しているものも存在するという。

人々から敬われ、必要とされる華やかな者たち。


実際に仕事の依頼をしたのは一度だけだったが、その時のことは今でもはっきり思いだせる。

生み出されたいくつもの雷球によって、襲ってくる魔物が次々と倒れて行く。

動きに無駄はない。舞うように滑らかで美しいその姿。

しかし、その感情を映さない瞳には残虐さと冷酷さが隠れているような気がした。


それは、あまりにも印象深い姿だった。

たった数時間のことだったのに、目に焼ついて離れない。


雰囲気も意志の強さも、何もかも。自分に無い物を持っていた。

全てが、明らかに自分と異なっていた。まさに別世界の人間だったのだ。


ハンターは特別。別世界の存在。ミステリアスで人間味がない。

それは、人々の勘違いなのだろうか。


特別であるということは、人以上の苦しみを味わうことでもあるのかもしれない。

皆、何かを抱えて生きているのだろう。


「あたしは、幸せなんかな。」

「香澄ちゃん…?どうしたの、急に。」

「ううん、なんでもない。やっぱり平凡が一番幸せだなと思ってさ。」


美佳はあからさまに不思議だと言うように首を傾げた。

でも、薄々香澄が考えていることは分かっているような気もする。

理由は分からないけど、体の奥から溢れてくる言葉。


―可哀想に。


美佳はそっと目を閉じる。


浮かんでくる紺色の世界。まるで夜の闇の中のよう。

小さいときは怖かったけれど、今はそんなことはなくなった。

しばらくすると、街灯が灯ったように白い光が一つ。

浮かび上がる一つのシルエット。


―あなたがそう思ったの?

心の中で問いかける、決して自問自答なんかではない。

確かに、他のものに問いかけているのだ。


―彼女の望まぬ世界だからな、ここは。

シルエットは、低い声でゆっくりと語りかけるように言う。


―…じゃあ、私も可哀想なのかな。

―ここにいるのは皆、悲運な者だ。


確かにそうだ。分かりきった質問をしてしまった自分に苦笑する。

私自信、決して幸せとは言えない16年間だったんだから。

自分自身が一番良く分かっているはずではないか。



ゆっくりと、瞼を上げる。


香澄は丁度ショートケーキを平らげたところだ。

自分自身の皿の上には、まだ一口分残っている。

それを口元へ運び、水で流し込んだ。


「今日はありがとう。私、ちょっと気分が悪いから先に帰るね。」

美佳は抹茶ケーキの代金を机に置くと、走って行ってしまった。

気分が悪い人間が、そんなに走れるものか。

美佳はどうやら、嘘が下手なタイプらしい。


「美佳、ごめん。」


抹茶ケーキの代金を取り、荷物をまとめてレジへ向かった。



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