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5話

学園生活二日目、今日も私は疲れています。

今日は昨日のような実習はなかったものの、心的疲労はすさまじかった。

やはり特別な環境では、優越を感じることが好きな人が多いらしい。


昨日の一件から、完全に彼等は香澄を下に見るようになり、

すれ違うたびにクスクスと笑われ、廊下を通るたびに指をさされ。

しかも悪い噂ほど広まるのは早く、他のクラスの人まで冷たい視線を送ってくる。


まだ、それなりに人が残っていて、賑やかな教室。

窓から入る夕日を浴びながら、げんなりとした表情で用具をカバンに詰めていく。

正直もらった教科書をいくら読んでも、興味が無いので一切覚えられない。

いくらノートをとってもさっぱりだ。


全て入れ終えると、深いため息をつく。

―そういえば昨日からため息ついてばっかり…

すると、横からポンと肩を叩かれた。

「美佳…」

「香澄ちゃん、大丈夫?」

こんな時、本当に彼女は天使だと思う。


「あー大丈夫、大丈夫。ちょっと疲れただけ。」

そう返事をした時、ふと美佳のカバンについた熊のマスコットに目が行った。

確か昨日はついていなかったはずだ。


「…それ、昨日はついてなかったよね。」

と、マスコットを指差す。

美佳は一瞬戸惑ったようだが、すぐにマスコットのことだと理解した。


「あーこれね、昨日購買部の手芸部コーナーで買ったの。」

と笑顔を見せる。

どうやらここの購買部は結構なんでも有りらしい。


「へぇ、行ってみたいな。これからもし暇だったらさ、案内してくれる?」

「もちろん!初めて香澄ちゃんとデートだね。」

と、とびっきりの笑顔で言ってくれる。

「で、デート…?なのかな?うん。」

きっと彼女は天然だ。


そのとき、賑やかな教室が急にシンと静かになった。

そして、なにやら入り口の方を見て囁きあっている。嫌なざわめきだ。

美佳も、少し緊張したような表情になっていた。


「美佳…?どうしたの?」

「入り口に立ってる子…。結構な魔力を感じるの。しかも、悪意がありそうな感じ…。」


美佳がこんな表情をするなんて、きっとただならないことなのだろう。

他の生徒の感じからしても、それは分かる。

香澄が入り口を見やると、そこには一人の少女が立っている。

そんな凄い人なのか、とボーっと見ていると、彼女と目が合った。

ゾクリと背中に悪寒が走る、少女はニヤリと口元を上げると、こちらに近寄ってきた。


そして、香澄の目の前に来ると、ニコリと愛想の良い笑顔を見せた。

紫の髪は、サイドだけが長く、後ろはショートと不思議な髪型で、

うす茶色の瞳が、色白の肌に浮かんでいる。


「初めまして、戸田香澄さん。天才と呼ばれていたのは、あなたですよね?」

"いた"と過去形にしているということは、噂は既に彼女まで伝わっているらしい。


「いや、まぁ…不本意ながらだけど、一応…。」


「そうですか。ですが、そんな人間がレンガの一つも割れないなんて。

やはりただの噂だったんですね、魔力など少しも感じませんし。本当はただの落ちこぼれだったんですね。」


表情は完全に作られた笑顔。丁寧な口調に嫌味な言葉。

普通の人なら、ここでキレたり、嫌味を逆に浴びせることだろう。

だが、香澄は人と少しズレているようだ。


「そうなんだよ。皆なんか誤解してるんだって。

私は天才なんかじゃなくて、平凡な女子高生。偶然って怖いよね。」

と、平然と答えてみせる。

近くにいた美佳も、周りの人間も香澄から出てきた言葉に驚いている。


もちろんそれは目の前の少女も例外では無い。

少女はふっと微笑むと、態度を急変させた。


「先ほどまでの無礼をお許しください。やはりあなたは"天才"だったのですね。」


今度は、香澄が驚いてしまった。


「はい?!だから、あたしは普通の…」

「そんな訳はありません。

普通の人間で私の挑発に乗らない人間なんて、見たことがありませんから。」

と、香澄の言葉を遮る。


どうやら一度自分の中で決めたことはなかなか曲げない性格らしい。

しかも、自分より下の者はとことん下に、

上の者には本当に尽くし、尊敬するようなタイプ。


「私の挑発に乗らないなんて。やはり天才です。

きっと、あなたの力があまりに大きすぎるため、わざと抑えていたんですよね。

素晴らしいです。むやみに人に実力を見せない…。能ある鷹は爪を隠すとはまさにこのことなんですね…!」


などと、彼女は一人で語り始めた。

最早自分の世界に完全に入ってしまったらしい、どんどん香澄の想像図が出来上がっていく。

…現実とはかなりかけ離れているが。


「もしよければ、私と魔術で勝負しませんか?」

「は、はい?!えぇ?!」

あなたの実力が見てみたいのです。遠慮はなしです。私もそこまでヤワではありません。」


「いや…多分、全然あたし戦えないよ。」

そう、これが真実なのだ。半ば呆れ気味に言う。

「そんな、謙遜しないでください。私には分かりますよ。さぁ!」

が、完全に自分の世界に入ってしまった少女には、真実は届かなかった。


「いやいやいやいや、無理だから!本当に!無理だって!」

目の前の少女がかなりの実力者だということは、周りの態度からも分かる。

そんな人間と戦って香澄に勝ち目などある訳がない。


「私程度では実力を見せることができないと言うのですか?

ですが、強い者と戦ってみたい思うのは我々の性です。どうか私の頼み、聞いてください。」

この少女は自分の都合のいいように物事を解釈するのが上手いらしい。


―困ったな…。あんの校長のせいで、なんでこんな目に…。

はぁと深いため息をついたその時、


「なーにやってんの?」


この声には聞き覚えがある。

甘え上手な子猫、甘い物好きで季節感無し。印象的な金髪のツインテール。


「悠梨!」

妄想少女の後ろで、明らかに不機嫌そうな表情だった。


「後ろ向いたまんま?」

どうやら悠梨と妄想少女は知り合いらしい。


だが、悠梨は明らかに機嫌が悪いようだ。

口調も昨日より荒々しく、投げつけているような気さえした。


少女は、ふっと最初香澄と目が合った時のような笑みを浮かべた。

そして、ゆっくりと振り返る。


「お久しぶりです。悠梨お姉ちゃん。」


その反応に、悠梨はただ無言で、少女を睨み付けている。


「え、え?お姉ちゃんって…え、嘘、姉妹?!」

二人の顔を交互に見ながら言う。

髪色も雰囲気もほとんど似ていないので、まったく気付かなかった。


「そういえば…まだ名を告げていませんでした。申し訳ありません。

中等部2年、樫宮 葵と申します。」


「へえ…本当に姉妹なんだ…。」

あまりに似ていない姉妹に驚いた。

しかも、葵の方が妹であり香澄より年上だったことで、さらに。

身長も胸も、悠梨は完全に負けているし、顔立ちも大人っぽい。


「ところで、お姉ちゃんが寮に入ってもう3年ですね。

一度も家に帰らないから、お父さんもお母さんもお兄ちゃんも、皆心配してるんですよ。」


「そんな嘘信じると思う?」

「お姉ちゃんなら、信じると思いましたよ。」


漂う険悪なムード。

悠梨は先ほどからかなり不機嫌で、葵を睨みつけているし、

葵は笑顔を浮かべてはいるが、かなりの殺気を出している。

そんな二人に圧倒され、誰一人口を開くことは無い。

静まり返った教室に二人の声だけが響く。


「減らず口。妹なら、姉をもう少し敬ったら?」

「お姉ちゃんにそれだけの価値があるなら、私だってそうします。

それに、私はお姉ちゃんの方が理解できませんよ。」

「…例えば?」

葵の柔らかな作り笑顔が崩れた。

悪戯で怪しい、サディスティックな微笑み。


「姉が妹より劣るなんて、信じられません。

それが分かっているハズなのに、未だ同じ学園に通っていることも…。」

「理由、説明する義務無いし。学費だって自分で払ってる。通うのは自由でしょ。」

「論点が微妙にずれてますけど、まぁいいです。

劣った姉に、私と同じ位置を求めるのは可哀相ですよね。」


「それで?」

悠梨が片手を腰に持っていく。


「その目が無ければこの学園でも相手にされませんよ。

樫宮の汚点であるあなたはね。」

「そう。でも、葵はあたしが羨ましいんでしょ。」

思いがけない言葉だった。

こんな姉を、私が"羨ましい"なんて思うはずが無い。

でも、完全に否定することはできなかった。


「……あなたが妹だったら、良かったんですよ。お互いにね。」

「同感。」

「でも、だからこそ私は認めません。あなたが長女であることを。

お姉ちゃん、どうせ樫宮のままじゃ、荷が重すぎるでしょう?いっそ隠居したらどうですか。


それとも、自殺でもしてみますか。」


「ちょっ、お姉ちゃんなんでしょ?!何があったか知らないけど、酷すぎない?!」

静まり返った教室に、今までとは違った声が響いた。

この状況下であの二人の会話に口が挟めるのはただ一人だけ。


「無様ですね、お姉ちゃん。お友達に庇われるなんて。

でも、戸田さんに免じて今回はここまでにしてあげますよ。

あまり姉を苛めるのも、良くないですからね。

その目が失われては、困る方もいるでしょうし。

それでは、お騒がせして申し訳ありませんでしたね。失礼します。」


最後に長い捨て台詞を吐いて、教室を出て行った。

静まり返っていた教室に徐々にざわめきが広がり、葵が来る前の賑やかさへと戻って行った。


「悠梨…。」

あんなことを言われた彼女が心配だった。

実の妹に、遠まわしに死ねと言われたのだから。


しばらく俯いていた悠梨だったが、ふぅーと大きく息を吐くと、昨日と同じ表情に戻っていた。

無理をしていることなど一目瞭然だ。

だがそれは、気にするな、構うな、と言っているということと同じ。


「香澄と遊ぼーと思ってたけど、止める。じゃね。」

言うと、悠梨は教室のドアまで走っていった。

そこで一度立ち止まると、振り返り、香澄に大きく手を振った。

それに答えて、香澄も手を振る。


「悠梨ちゃん、だっけ。あの子大丈夫かな。」

美佳も心配だったようだ。

普通、例えどんなそれが他人と言えど、

家族に"死ね"と言われた者を心配しない訳がないだろう。


「まぁ、でも悠梨行っちゃったし…。」

「とりあえず、購買部行こう?」


本人が居ない状態で、他人が心配していても仕方がないだろう。

美佳の提案に乗ることにした。




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