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4話


「香澄ちゃん、これ食べて元気出して。」

と心配そうな顔で美佳が香澄にウィンナーを一つ差し出した。

食べ物で回復するほど単純じゃないとツッコミたくなったが、

この本当に心配そうな顔に、思わず癒されてしまう。


「ありがとー。」

と箸でウィンナーを受け取る。

「行儀悪いねぇ。」

そんな様子を見て誠司が学食を食べながら言う。

ここの学食は結構うまいらしいが、どうも割高だ。

だから美佳も毎日お弁当を作って食べている。


学食には、もし夜も営業していたら…と少し期待もあったが、

結局それは無く、夜は完全に自分達で用意しなければならないらしい。


「ところで香澄ちゃん、何でカップラーメンなの?」

と口に何も入れていない状態でたずねる美佳に対し

「あーうん。校長先生が入学祝いにってカップラーメン21個くれてさぁ。」

香澄はカップラーメンをすすりながら答える。

「こ、校長先生って変わってる人なんだね…。」

コメントしづらい答えに、美佳もお弁当を黙々と食べ始めた。


だが、そうなると香澄は再びブラック状態に陥るのだ。

一口食べては、あからさまに大きなため息をつき、

辺りに負のオーラか何かを撒き散らしている。


そんな状態に、誠司と美佳が顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。


「ね、ねぇ香澄ちゃん。そんなに気にすることじゃないよ?私だって最初は出来なかったし…」

「そうそう!俺も苦手で、必死で練習したんだよな!だから気にすることじゃないって。」

と二人で必死に励ましてくれる。

嬉しいのだが、どうにも素直に有難うと言えない。

それだけ先ほどのダメージが大きかったということだ。


「勝手に天才とか盛り上げられて出来ないって…すごい恥だ…。

もう登校拒否したい。」


「そんなこと言わないでよ、せっかく出来た友達なのに…香澄ちゃんまた一人になっちゃうよ。」

「ちょ、俺は友達じゃないってことか。」

ところどころに盛り込まれるボケツッコミ。この二人の相性は最高らしい。




午後の授業も終わり、どっぷりと疲れた体を引きずって自分の部屋へと向かう。

エレベータに乗り込んで最上階まで直行しようと思ったが、

他の生徒も乗っていて、しかも彼女たちが下の方の階だから余計に気が引けて、

とりあえず7階で降りて階段を使うことにした。


「もう本当に登校拒否したいかも。」

初日から本当に散々だった。一日目から恥をかかなければならないとは思ってもみなかった。

午後の授業が実技で無かったことが唯一の救いだろうか。


ため息をつきながら、階段を上りきり、自分の部屋の前へと向かう。

しかし、自分の部屋であるはずのドアの前に一人の少女が座っていた。

見覚えがないので、クラスメイトではないだろう。


金色の髪を頭の高い位置でボリュームのあるツインテールにしている。

さらに極端に短いスカートのセーラー服と黒のニーソックス、十字架のネックレスを身に付けている。

そんな髪色や服装とは不釣合いな茶色い猫目に少し幼い顔立ち。


とりあえず、いつまでもそこに居られては困るので、少女に声をかけた。

「えっと、誰?ここあたしの部屋なんだけど…。」


少女はその声を聞くと、香澄に目線を向ける。

「ん。」

と香澄の向かいの部屋を指差す。

彼女はどうやら飴をなめているようで、モゴモゴと口が動いている。


ん。と言われても、どうすればいいのかと香澄が戸惑っていると、

ガリッという音が響いた。

どうやら少女が飴を噛んでいるようだ。

しばらくすると、少女がふぅと甘い息を吐き、立ち上がった。


「あんた戸田香澄でしょ。」

唐突に質問が浴びせられた。質問というか確認だろうが。

「え、うん。まぁそうなんだけど。ところで、きみ誰なの?」


「樫宮悠梨。香澄の向かいに住んでるの。よろしく。」

と香澄に右手を差し出した。

どうやら握手を求めて居るようだ。


―最初から呼び捨てか…。

失礼だなとも思ったが、悪い子ではないようなので

「あ、こちらこそよろしく。」

香澄もそれに応じた。


と、一通り無難な自己紹介を終えると、悠梨が香澄の腕を掴んだ。

「家で一緒にご飯食べようよ。」

「え?」

「だって、暇でしょ?ご飯は一人で食べるより皆で食べた方が楽しいし。ね、いいでしょ?」

と上目遣いで見つめてくる。

悠梨は香澄の大体口元までしか身長がなく小さいので、

どうしても香澄を見上げなければならなくて、自然に上目遣いになってしまうのだ。


「うん…、うん。もちろん。食べよっか。」

なんだか、小動物に甘えられているようで断りづらかった。

それだけではなく、確かに一人寂しくカップラーメンをむさぼるより、

二人で豪華な物でも食べた方がいいと思ったのもある。


すると、悠梨は満面の笑みで、

「…ありがとう!じゃ、入って。何食べるー?」

と部屋に案内してくれた。


小動物というより、甘え上手な猫といったところか。




一体この状況をどうしたらいいのだろうか。

出会ってすぐ一緒に夕食を食べるというのも十分新鮮な展開だが、

まだ、まだ理解ができる。

しかし、目の前に広がる光景には理解が出来ない。


すでに季節は5月、この地方では半袖が恋しくなるような日もあるというのに。

実際今日は少し暖かいくらいだというのに。


様々な野菜や肉などのおかずが、全て鍋の中でぐつぐつと煮えているのだ。


だが、向かい側の少女はさも当たり前のように、鍋をつつき始める。


「あのー悠梨さん?これ、お鍋、だよね?」

分かってはいるけれど、そう聞かずにはいられなかった。


「うん。」

そして予想通りの返事。

答えてからも次々と鍋から具を取り、ご飯と一緒に食べている。


「えっと、今5月、だよね?初夏、だよね?」

「うん。なんで?鍋食べちゃダメ?」

と、やはり上目遣いでこちらの顔をうかがう。


「いやダメって言うか…ちょっと、っていうか大分時期はずれな気が…」

「そーなんだけどねー。鍋、好きなの。」

彼女にはどうやら"季節感"という感覚があまり無いらしい。

とにかく好きならいつでも食べたいときに食べる。

さすがに、夏に長袖を着る様なことはしないとは思うけれど。


「それより、早く食べなよ。せっかく作ったんだよ?」


そう言われても、固定概念や先入観の強い方である香澄には手が出しづらかった。

確かに鍋はおいしいし、目の前にあるものもすごく食欲をそそられる。

だが、この季節に鍋はどうなのだろうか。


そんなことを考えている時、不意にぐるるるという音が。

もちろん香澄の腹の虫が鳴いたのだ。


「…いただきます。」


やはり食欲には勝てなかった。



そして、食べ盛りの二人の女子高生によって、

あれよあれよと言う間に鍋はからになってしまった。

「はぁー食べた食べた。

カップラーメン生活が続くと思ったけど、こんなにも早く途切れるとは。」

と、少し膨らんだ腹をさする。香澄は既に満腹状態だった。

だが悠梨は、食後のおやつと言って、板チョコにかじりついている。


―あんなちっさい体のどこにいくんだろう…。

と香澄が半ば感心しながらその様子を見ていると、悠梨がその視線に気づいた。


「香澄も食べる?」

と、別の板チョコを差し出す。

どうやら、香澄もまだ足りないのかと思ったらしい。


「いや、いいです。遠慮します。」

あいにく、そんなに許容量の大きい胃は持ち合わせていないのだ。

「そう?」

そして、再びチョコレートをかじりだす。

そんな様子が微笑ましくて、和やかで、思わず表情が緩んでしまった。



先ほどまで観察していて分かったのだが、この部屋と自分の部屋の間取りは殆ど同じらしい。

この部屋にもテレビやラジオといったものはないが、

冷蔵庫や掃除機など、一応生活必需品はそろっている。

親か誰かにでも買ってもらったのだろうか。


それにしても、彼女は一体この部屋でどうやって暇を潰してきたのだろう。


そんなことを考えている間に、悠梨はチョコレートケーキを食べ始めていた。

好物を見ると、人間は胃のスペースを空けて"別腹"を作るらしいが、

彼女の"別腹"は一体どれだけ大きいのだろうか。


その後彼女は二皿のケーキを食べ終え、ようやく帰してもらえると思った。

が、


悠梨はのそのそとこちらに近づいてくる。


「膝枕して?眠い。」

「はぁ?」

香澄がポカンとしている間に問答無用で膝の上で寝息を立て始めた。


―食べてすぐ寝るなんてお前はいくつだ?!

とツッコミつつも、起こすのは可哀相に思える。

ひとつため息をつくと、起こさないようにゆっくりと彼女を持ち上げる。


見た目通り軽く、どんな代謝能力を持っているのか気になるほどだった。

とはいえ、女が人を持ち上げることは容易ではなく、

ベッドまで運ぶのは一苦労だった。



本当に最初から最後まで訳が分からなくて、迷惑。

けれど、何故か和まされる子だった。



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