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2話


受け取ったキーで部屋の鍵を開け、玄関で靴を脱ぐ。

後ろでバタンとドアが閉まる音がしたので、鍵をかけた。


玄関からはフローリングの廊下が伸びており、扉は一番奥と、片側の側面に2つ。

靴を入れる棚が無かったので、とりあえずそろえて隅っこに置いておいた。


一番近い扉を開けてみる。―トイレだった。

それから小さな洗面所らしき場所。


静かに扉を閉めて、次に近い扉を開ける。

あまり広くは無く、何故かコンクリートがむき出しになった部屋だった。

窓も無く、床に間接照明が4つあるだけで、薄暗い。

用途が良く分からなかったが、とりあえずそのまま扉を閉めて、一番奥の扉の前へ。


今度こそはまともな部屋だろうと、ドアを開けて中を見る。

ホッと安心した。広めの部屋だ。

そして、小さなキッチンが部屋の端に設置されている。

―自炊しろ、ってことか…。

本日四度目のため息をついた。


それからベッドと、小さめのちゃぶ台がある。

というか逆にその二つ以外に何も無い。


ずっと部屋で突っ立っていても仕方ないので、

持っていたカバン一つ分の少ない荷物を机の上に置いた。

そして、ベッドに腰掛けると、大きく伸びをした。


「疲れた…。16年の人生で一番疲れたよ…。」


そう言って欠伸をひとつしたとき。

コンコンコン…

扉をノックする音が聞こえた。


「どちら様?」

リラックスしようとしたところを邪魔されてしまったので、口調は少し不機嫌だ。


だが、返答は無い。

不思議に思いドアを開けると、開けきる前に何かにぶつかった。

四角いダンボールだった。お届け物か何かか。


「ん、っしょ。」

持ち上げてみると、少し重みがあった。

鍵を閉めなおして、リビングへと運ぶ。


床へ下ろして、ダンボールを調べると、隅に"郡上蓮"という名前が書いてあった。

―校長先生…?さっき会ったばっかりじゃん…


カッターが無いので、とりあえず指でガムテープを剥がして中身を見る。

中に入っていたのは、ヤカンと21個のカップラーメンと割り箸、それからメモが一枚。


「私なりの入学祝です。私の大好物であるカップラーメンをお送りします。」


読み終え、思わず無言になってしまった。

なんだ、嫌がらせなのかこれは。7日間連続でカップラーメンを食べ続けろというのか。

それにカップラーメンが大好物とは…。


「トップが変な所は全体的に変なんだよ…。あたしは平凡に暮らしたいのに!」

そういった瞬間、気持ちいい程大きな音でおなかが鳴った。

誰が聞いていた訳でも無いが、何だか恥ずかしくなってしまった。


「そういや、今何時だろ。ご飯食べようかなーカップラーメンしか無いけど。」

と言って腕の時計を探す。

―無い。わ、忘れてきたってこと…?

だが、窓の外は真っ暗だし、最後に乗った電車の発車時刻は18時30分ごろだったはずだ。


夜であることは確かだろう、と納得すると。

ダンボールからしょうゆ味のカップラーメン一つとヤカンを取りだす。

カップラーメンはとりあえず、ちゃぶ台の上へ。

ヤカンを持ってキッチンへと向かいお湯を沸かす。


お湯をカップに注いで3分待って、カップラーメンを食べ始める。

何だかそんなことをしている自分が妙に悲しくなったが、気にしないことにした。


カーテンから差す日の光で目が覚めた。

少し目元を手で覆いながらベットから起き上がる。

顔を洗う、歯を磨く、制服を着る、など朝の支度をしてまたリビングへと戻ると、

既に15分経過していた。

ちらりとカップラーメンに目が行ったが、どうも朝から食べる気にはなれない。


特に意味は無いが、暇なので窓の方へと向かい、そこから景色を眺める。

「わぁお…。さっすが最上階。」

中々の世界だった。自然豊かな山に立てられたこの学校。その東側が一望できる。

しばらくはその光景に魅せられていたが、すぐに飽きてしまう。


―山奥って退屈…。

ふぅ、と小さく息を漏らし、とりあえずベッドに横たわった。


どうせ圏外だからと携帯を持ってこなかったのを激しく後悔している。

パソコンも携帯も、何も無い世界で、どうやって暇を潰せばいいのか分からない。

悲しいかな、それが現代人だ。


そんなことをぐるぐると考えているうちに、少しずつ睡魔が迫ってくる。

うとうとし始めたその時だ。


「起きてください。」

突然声が降ってきた。


驚いて目を開けて状況を確認しようとしたその時、

目の前にドアップで、顔が現れた。

―…校長先生だ。

そう認識した瞬間。


「わ、ぬ、ぬわあぁあぁっぁぁ!!!」

思い切り叫んでベッドから落下してしまった。

そんなに高さの無いベッドなので衝撃は薄かったが、

今の痛みで完全に目が覚めた。


「おはようございます。」

と、蓮は悪びれる様子も無く微笑んでいる。


「な、なな…なんで…?」

目を丸くして、驚きの表情で蓮を指差す。


「時間になりましたので、お迎えに上がりました。」

香澄とは正反対に、表情一つ変えずに答えた。


「いやいやいや、そうでなくて…。なぜ部屋に侵入なさってるんですか?」


「何度かノックしても反応がないので…。時間もありませんでしたし。」


「え?」

蓮の言葉に驚き腕時計を確認する。

8時10分…。

少しウトウトしていただけだと思っていたが、

そんなにも時間が経っていたとは。


「ご、ごご。ごめんなさい!準備は出来てますので、大丈夫です。」


「そうですか、では。」

そう言って、本人はそのつもりはないのだろうが、蓮は不敵な笑みを浮かべる。


昨日と同じように蓮がパチンと指で気持ちのいい音を鳴らす。

その音に嫌な予感が通り過ぎた時。


足が床に沈んだ。


「え、ま、まさか…。」

焦りながらも、少しの希望を持ちながら自らの足元を見る。


―ま、魔方陣。



希望も空しく、足元に広がるのは昨日見た黒い魔方陣。

もう既に膝まで飲み込まれていた。


そんな状況に目を白黒させている香澄を、蓮は一瞬不思議そうに見る。

「どうされたのですか…?………あぁ。」


が、香澄の事情を思い出したのか、納得したように一人頷く。


―何勝手に解決させてんだよおぉおおお!問答無用ってことか!


心の中で散々批判するが、口には出せない。

様々な恐怖が、香澄を取り巻いているからだ。


気付けば体は首まで飲み込まれている。

覚悟を決めたようにきつく目を閉じる。

一瞬水の中に入ったかのような感覚に陥ったが、すぐにそれは消えた。

そしてそれと同時に、急に体に重力を感じた。


つまり、落下した。


だが、そんなに高い所であったわけではないようで、それも一瞬だった。

しかも、ポスリと柔らかく何かにキャッチされた。


恐る恐る目を開けると、丁度目の前に蓮の顔。

そして香澄を見てニコリと微笑む。


数分前のデジャヴ。


「なっ…なあああぁあぁぁぁ?!」


だが、今度は蓮にしっかり抱きかかえられていている。

いわゆるお姫様だっこというやつだ。

しばらく抵抗したが、下ろしてくれない。

暴れる事は無駄だと分かったので、おとなしく諦め、ふと辺りを見た。


―ここ、廊下?


さっきまで自分の部屋にいて、意味不明な魔術によって私は床に沈んだのだ。

それなのにあたしは今、職員室と札の掛かったドアの前にいる。


「ありえない…」

思わず口にしてしまった。


蓮は視線を天井の方へとずらし少し考えてから、口を開いた。

「…そうですねぇ、確かにあなたが送ってきた今までの日常では、ありえないのかもしれません。

それでも似たようなことなら、生徒でも出来るものは少なくはないのです。


ですが…」


そこで意味深に一呼吸置いて、今度は香澄の顔をじっと見つめる。


「私の部下の報告が正しければ、

あなたは神の奇跡をも凌駕できるかもしれない。」


「神の…奇跡…?」

まるでオウムのように繰り返すことしかできなかった。

そんな彼女を見て、蓮はニコリと微笑んだ。


「はぁあああぁあ?!いやいやいやいや…何かの間違いですって!アレはただの偶然ですって!

あたしに期待なんかかけるだけ無駄ですよ?!」


「そうですか?」


「そうですよ!ありえませんから!」

と、間髪入れずに、きっぱりと否定した。


蓮は苦笑いを浮かべると職員室の扉を開け、香澄に入るように促した。



「あなたが戸田香澄さんね?」

と、目の前に居る女性は微笑を浮かべた。

たれ目気味の目に、程よく膨らんだ唇、口元のほくろ。

艶やかな黒のセミロングを頭の高い位置で一つに纏めている。

そして少し、いやかなり大きな胸を、強調するような薄手のシャツに、深いスリットのタイトスカートなど。

とにかくセクシーという言葉を体現したかのような女性。


「はい、そうです。」

持っていたカバンをぎゅっと両手で握り締めて答える。


「そう…あなたが噂の…」

と、香澄のつま先から頭の先まで体の隅々を舐めるように見つめる。

「あ、あの…?」

思わず、一歩後退さってしまう。


「すっごく好みだわぁ!」

と、突然香澄に抱きつき、頬ずりをずる。

「な、なな…。」

思わずカバンを落としてしまった。ほとんど放心状態でポカンとしている。

そんな香澄に気付いて、女性は口元を少し上げる。

「私はあなたの担任になる貴峰清香。よろしくね?」

その声で意識を取り戻し、香澄は返事をする。

「は、はいっ!」


「ふふ…本当、可愛いのね…。」

清香がそう呟いたかと思うと、香澄の視界がだんだん暗くなっていく。

そして、唇に柔らかい感触。今度こそ本当に放心状態だ。

だが清香が異変を感じ、すぐさま香澄から離れた。


―今の…。何かが持って行かれるような感覚…。何……?


ちらりと、未だ呆然としている香澄を見やるが、

とても彼女が何かをしたとは思えない。


―気の、せい…?

そうだ。こんな少女に何ができるというのか、魔術も知らない彼女に。

清香は焦っている自分自身に苦笑してしまった。



そんな様子を見た蓮がため息交じりに言う。

「貴峰先生。いい加減にしてください。人の趣味をとやかく言うつもりはありませんが、ここは学校なんですよ。

大体、ソレ犯罪ですからね。」

「あ、あぁ…。やりすぎちゃったかしら?あんまり香澄ちゃんが可愛いから、ね。」

悪びれた様子など一切無い清香の言葉に、蓮はもう一度深いため息をついた。


「香澄ちゃん。ごめんなさいね、謝るわ。」

と、清香は顔の前で両手を合わせた。


―あたしの、ファーストキスが…。


涙が出そうになるのを何とか抑えながら香澄は答えた。

「だ、大丈夫、です…。………多分。」



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