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C1 炎に降る雪 :1話

「なんていうか…ツイてないのかなぁ。」

巨大すぎるのではと思わせるような門の前で、彼女はため息交じりに言う。

少し視線を上げると、西洋風の、城のような建物が確認できた。


ついこの間まで、どこにでもいる普通の女子高生だったはずなのに。

何でもない日常は、数日前に終わりを告げてしまった。


目の前の建物は、もちろん城ではない。

これは学校だ。それも凪魔術及び武術者育成学園、通称―ハンター学園。



様々な人種が入り混じり、魔物さえもが存在する大陸―ディリス。


活気付く町並みを抜ければ、魔物が支配する別世界が広がる。


だが、そんな魔物を滅せられる存在を、神は創った。


ある者は驚異的な身体能力を、ある者は無から有を生み出す。


そうして魔物を倒す者達を、人々はハンターと呼ぶ。





「おかしい!おかしい、おかしい、絶っっっ対おかしい!」

彼女、戸田香澄は巨大な門の前で叫んだ。

だがその声は、ただ空に響いて行くだけ。

今度は深く深くため息をつき、もう一度校舎を見上げた。


ここは神に選ばれた力を持つ人間だけが集まるエリート学校のはずだ。

なのに、勉強も運動も中途半端の私が。

そう、普通、無難、平凡が座右の銘であるはずの私に魔術の才能があるなんて。


どうしてあんな事故があって、奇跡的に生きているのでしょう。

せっかく平凡な高校生活をエンジョイしつつあったというのに。


もう一度大きなため息をついて門の横にあるインターフォンを押そうとした。

そのとき。


「戸田香澄さんですね。」

突然背後から呼びかけられ、勢い良く振り返る。


スーツ姿でさわやかな笑みを浮かべる青年。

香澄が振り返ったのを確認すると、優雅に一礼した。

見た目から推測すると20代前半といったところか。


「あ、あの…どちら様ですか?私を誘拐しても身代金とか取れませんよ…?」

一歩下がって引きつった微笑みを浮かべた。

青年の笑みが爽やかなのは間違い無いのだが、他人に笑いかけられると少し気味が悪い。


「申し遅れました、私は郡上蓮、この学園の校長です。」


「はぁ…。」

思わずポカンとしてしまった。

個人的に魔術学校の校長といえば髭を蓄えた老人というイメージがあったからだ。

「あの、戸田さん?どうかいたしましたか?」


「え、あ。いえ、何でもない、です。あはははは…」

と、感情がまるでこもっていないような作り笑いを見せた。


「そうですか。今日は休校日ですから、この学園について詳しく説明いたしますね。」


「はい。あ、ありがたいです…。」


正直、魔術というものは、ほとんど分からない。

関係無いと思ってたし、興味も無かったから、調べたこともない。

だから、魔術に関して知っていることといえば、魔物を狩る時に用いる技…というくらいか。


そんなことを考えているとき、不意に声が耳に入ってきた。

思考を現実に戻し、状況を把握しようとする。

だが、周りにいる人物、つまり蓮はただ門の前に立って、私に背をむけているだけだった。

恐らく先ほどの声は蓮のものだとは思うが、どうやら私に問いかけた訳ではないようだ。

と、推測していると、急に、重い物が動くような重低音と、金属が軋むような高音が同時に響く。


門が、開いている。


一瞬自動ドアか何かかとも思ったが、

こんなに大きく重たい鉄の門を開ける自動ドアなんて聞いた事が無い。

とすると、ここがどういう場所なのかも踏まえれば、簡単に答えは導き出せる。


―これが、魔術。


目の当たりにするのは初めてだ、たった一言でこんな大きなものが動かせてしまうのか。

驚きで声を失い、香澄はただその門が開ききるのを見届けることしかできなかった。

しばらくして、ガコンと一際大きな音がすると、門の動きは止まった。


そして何事もなかったかのように蓮は、

にこりと微笑み、「着いてきてくださいね。」と言うと、私の前を歩き始めた。

しばらくぼーっとその背中を眺めていたが、ハッと我に帰り小走りで追いかけた。




アンティークの家具、シルバーの花瓶やカップ。

とにかく高級そうなものがあちらこちらに見受けられる。

それらは上手くまとめられており、部屋の雰囲気もシックに統一されている。


ここは先ほど校長に案内された、応接室だ。


そして今、普段自分が座っていたソファーとは桁が2つも3つも違いそうな物に腰掛けさせられている。

妙に緊張してしまって、背筋を伸ばし、行儀良く足を閉じて両手を膝の上へ。

テーブルの上には紅茶の入ったシルバーのカップがあるのだが、口をつける気にはなれない。

向かいのソファーには校長が相変わらず爽やかな表情を浮かべながら座っている。


「紅茶、お飲みにならないのですか?それに、そんなにかしこまる必要もありませんよ。」

と、紅茶を手で指しながら言う。少し呆れたようにも聞こえる言い方で。


「あ。す、すみませんっ!」

慌てたように返事をして急いでカップを手に取り、口元へ運ぶ。

なんとなく紅茶だな、というのは分かるのだが、それがどんな種類なのか、なんていうのは感じられなかった。

一気に全部飲み干して、カップを静かにテーブルの上へ戻す。


それを見た蓮はクスリと微笑んだ。

―これはまた、面白い人が来ましたね。


魔術師の家系では無いはずなのに、強大な魔力を生まれ持った少女。

天才、戸田香澄。

―それはもしかしたら、世界さえも変えてしまうほどかもしれない…


そんな報告をそのまま頭の中でリピートする。

目の前の少女はあまりにも"天才"とはかけ離れているように見える。

それに、彼女から魔力は感じない。間違いだった、なんてことは無いと思うが。

普通、魔力を持つ者ならそれ相応のものを感じるはずなのだが。


「あの、校長先生?」

申し訳無さそうな香澄の声で、現実に戻された。

「あぁ、申し訳ありません。少々考え事をしておりました。」

そう言って蓮も申し分けなさそうに微笑んだ。


「二つだけ。

授業に関して、あなたは魔術科です、内容についてはお察しの通り。

外出は休校日と放課後のみで、許可が必要です。

他に質問がありましたらいつでもどうぞ。」


意外にに簡単な説明だったので驚いた。

だが色々と詳しいことはこれから聞いた方がいいようだ。


「あぁ、それと言い忘れておりました。」

その声で、下がり気味だった香澄の頭が上がった。

「あなたは途中入学ですし、こちら側の世界を一切ご存知無いようですので、

放課後に特別授業を設けさせていただこうと思っています。」


蓮の言葉に、思わず心の中でため息をついた。

―ため息ついてばっか…幸せ逃げるよ。まぁもう逃げてると思うけどね!500キロぐらい!


「とりあえず話は以上ですので、寮にご案内いたしますね。」

そう言って蓮は立ち上がった。

香澄もそれに続いて立ち上がる。


蓮が扉を開け、歩き出す。だが、すぐに立ち止まった。

急なことだったので、思い切り背中にぶつかってしまった。


「あ、す、すみません!!!」

そう言って急いで離れる。


「いえいえ、よろしいですよ。私が急に立ち止まったのが悪いのですから。」

そういって相変わらず爽やかな笑顔で返答する。


改めて見ると容姿のレベルはかなり高い。

身長もあるし、何より優しく、気品と爽やかさが漂う好青年。

この人が普通の人だったならば好意を持っていただろう。


普通の人だったなら。


「そう、言い忘れていたことがあったのですよ。」


「な、何ですか?」

妙に胸騒ぎがする。

怪しい。絶対にあたしにとってマイナスのことを言うに違いない。


「近々…実技、筆記のテストがあるのですが、例え初心者といえど容赦はしません。

赤点をとったら即、補習です。」


やっぱり。


蓮は言いたいことを言い終わると再び歩き出した。

ここは特別棟の三階だ。一階に食堂や購買部。二階に各部室や個人研究室。

そしてこの三階には応接室や職員室などがあり、四、五階は職員の寮になっている。


階段を下りて一階まで行き、廊下から続く四つの廊下の内の一つを渡る。

香澄が今渡っているのは女子寮への廊下。あとの三つは男子寮と、魔術科校舎、武術科校舎。


休校日はほとんどの学生が外出しているのか、寮は静かで人の気配を感じない。

エレベーターに乗り込むと蓮は最上階のボタンを押す。


―何故にあたしが最上階なの?!庶民には無理だって…。

なんてことを心の中で、あくまで心の中で叫ぶ。

実際声に出したら何だか睨まれそうだ。


しばらくすると、チンと音がしてドアが開く。

てきぱきと歩き出す蓮の後を少し小走りで追いかけながら歩く。


一本の廊下の両側に部屋が7個ずつあった。

蓮は迷わずその一番端から二つ目の部屋へと向かい、足を止めた。


「こちらです。一人部屋は最上階とその下だけなんですよ。」

笑顔でそういうと、キーを取り出した。

香澄が手のひらを出すとその上にゆっくりとキーを置く。


「では、私はこれで。明日は月曜日ですので、今日はゆっくりとお休みください。

明朝8時頃お迎えに上がりますので、準備をしておいてくださいね。」

そう言って一礼すると、パチンと指を鳴らした。


その瞬間彼の足元に黒い模様、いわゆる魔法陣が浮かび上がった。

淡く光を放つと、徐々に蓮を飲み込んでいく。つまり、彼は床に沈んでいっているのだ。

完全に姿が消えると、魔方陣は消えた。


「ま、魔法…怖い。」

何事も無かったかのように元通りになった空間を見て、ボソリと呟いた。

確かにファンタジーの世界に存在する魔法には魅力もあるのだが、

事実として目の当たりにし、それを使わなければならなくなると思うと少し気が引けた。





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