再会
今日は美宇が母真由美と病院に行く日だった。真由美は美宇の誘拐事件後、過換気症候群を発祥し少しの不安でも過呼吸を起こすようになっていた。定期的に病院で心理カウンセラーを受け薬を貰っているのだ。病院に着き診察室の前で待っていると、二人に看護婦の山内カエデが近づいてきた。カエデは美宇が事件後にしばらく入院していた時の心理病棟の担当看護婦だった。
「こんにちは、今日は定期検診の日ですね?」
「あっ、カエデさんこんにちは!」
「美宇ちゃん、もうすぐ卒業ね」
「ええ、大学といっても同じ学園だから何も変わらないけど」
美宇はカエデと仲が良かった。事件後に入院した時は、寝ることが怖く泣いてばかりで、付き添っていた真由美の方が体調を崩し、カエデがよく一緒にいてくれたのだ。一人娘なのでカエデをお姉さんのように慕っていた。
「カエデさん、ママの診察終わったらお昼一緒に食べない?」
美宇がカエデの手を取り言った。
「そうね、今日はちょうどお昼上がりだから・・・奥様よろしいですか?」
と真由美に聞くと
「ええ、ぜひ一緒に」
真由美は微笑みながら答えた。
真由美の薬を貰い三人で病院を出ようとした時、カエデの夫の山内一雄がカエデを迎えにきた。
「一雄さん、どうしたの?」
「昼であがれるって言ってたから迎えにきたんだよ」
一雄は美宇と真由美に会釈をした。
「こちらは?・・・」
一雄がカエデに小さな声で聞くと
「あっ、一雄さんいつも話してる仲の良い奥様とその娘さんの美宇ちゃん」
カエデは一雄に向かって二人を紹介すると、美宇と真由美に向かって言った。
「私の主人の一雄さんです。お二人は会うの初めてですね」
美宇と真由美はカエデが結婚したことは知っていたが一雄とは面識はなかったのだ。
昼食は一雄も入れ4人で食べた。一雄は物腰が軟らかくカエデを大事にしている優しい男だった。交通事故で救急入院し事故前の記憶を無くして戻らないままだが、その時の担当だったカエデと愛を育み結婚したのだ。昼食が済みカエデ達と別れたあと迎えの車の中で美宇が真由美に言った。
「ママ、カエデさん達仲良いね。ご主人がカエデさんを見るとき凄く優しい目で見てたの。カエデさん幸せそう」
「そうね、詳しい事は知らないけれど、早くご主人の記憶が戻るといいわね」
「うん」
美宇は心からカエデ達の幸せを願っていた。
それから数日後、美宇が礼子と一緒に買い物をしている時後ろから声を掛けられた。
「美宇ちゃん?」
振り向くと一雄が立っていた。
「あっ、こんにちは」
「カエデと買い物に来ているんだよ、今カエデはレジに行ってるけどね」
隣で美宇をつついている礼子に
「仲の良いカエデさんのご主人」
そう言うと、カエデを知っている礼子は
「あっ、カエデさんの・・・こんにちは」
ペコリと頭を下げた。
美宇が一雄と別れ礼子と一緒にエレベーターに乗った時だった。
「ミウ」
美宇を呼ぶ声が聞こえた。
「えっ!」
振り向きエレベーターの閉まる扉の間から見えたのは懐かしい顔だった。
「お兄ちゃん!」
突然大声を出した美宇に驚いた礼子は
「美宇、どしたの急に!」
「お兄ちゃんが居たの。たぶん、ううんきっとお兄ちゃんに間違いない!」
美宇は次の階で降り夢中で走り出した。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」
美宇は探し回ったが会うことは出来なかった。
後を追ってきた礼子に、誘拐の時に一緒に居た神を見かけたと話した。
「えーっ、本当に?だって行方が分からないままだったんでしょ?」
「うん、警察も見つけられないまま・・・
でも、小さい時と変わってない。お兄ちゃんの顔は忘れないから、間違いないと思う」
その後捜したが神に会うことは出来なかった。
その晩、美宇は夢を見た。あの時の火事の夢だった。夢の中の二人は小さな子供ではなく現在の二人だった。
「お兄ちゃん、一緒に逃げよ!」
「美宇、必ず会いに行くから、必ず!」
「お兄ちゃん!」
美宇は神の手を握った時に目が覚めた。
「お兄ちゃん・・・」
夢
の中の神は昼間会った神だった。事件後、毎日見ていた神の夢を少しずつ見なくなり、今では神の顔を思い出せないほどだったのに、昼間会った瞬間に神だとわかった。美宇は神に会いたいと思った。
「お兄ちゃん、会いたい・・・会いたいよ・・・」
美宇はベッドに顔を埋めて泣いた。
神を見た日から美宇は外出時はいつも神を捜すようになっていた。美宇は礼子以外に神の事は話さなかった。両親に話せば警察に連絡するだろう。林警部達は今も神の行方を捜している。美宇は神は何処かで幸せに暮らしていると信じていた。幸せな神の生活に警察が入ってほしくなかったのだ。今は何処で何をしているのだろう、大学生なのだろうか、働いているのだろうか、美宇は神の事が頭から離れなくなっていた。
神を見てから半年立ち、美宇は礼子たちと大学生になっていた。恵や修も同様に学園の大学に進学していた。今も4人で集まっては遊んでいる。相変わらず良樹のカウンセラー室に珈琲を持って礼子と遊びに行っている。礼子は未だに良樹に思いを打ち明けられずに過ごしていた。