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ただひとり  作者: リエママ
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出会い

「お兄ちゃん!」


「美宇、逃げろ!」


「お兄ちゃんも一緒に!」


「いいから早く行け!」


閉鎖された工場から出火し、炎に巻かれながら幼い子供の声が響いていた。


 美宇みうは海外にもホテルを持ち、日本にもホテルやデパートを持つ有名な資産家 狩谷健一郎の一人娘である。

健一郎は大学卒業後に父から事業を受け継ぎ、多忙な日々を送っている。大学在学中に一つ後輩の真由美と出会い、卒業と同時に結婚をし、八年後に生まれた一人娘の美宇を溺愛している。

美宇は小等部入学直前に誘拐され、4ヶ月の間行方不明となったことがあった。今だに未解決事件として捜査は続いている。誘拐後犯人から身代金要求はあったが、現金引き渡し場所に犯人が現れる事はなく、その後は何の連絡が無いまま日々が過ぎていった。犯人から連絡が途絶えて一週間後、警察も公開捜査に踏み切り全国に捜査網を広げたが、何の進展もなく美宇の行方も解らないまま4ヶ月が過ぎていた時、東北山沿いの閉鎖された工場の火事現場から美宇が発見され消防隊に救助されたのだ。

 

 警察から連絡を受け迎えに行った健一郎と真由美は、少し痩せて髪の毛もボサボサに伸びていたが二人を見た途端に大粒の涙を流し抱きついてきた美宇を力一杯抱き締め安堵した。

 その後、火事現場から女性の焼死体が見つかり美宇から事情を聞いたが、幼い子供の口からは誘拐と火事の恐怖以外は何も出てこなかった。

 美宇の話では、男の人に連れ去られ目隠しをされて火事現場となった閉鎖された工場の一室に着いた後は、怖いおばさんが毎日パンを持ってきてたこと、何もない部屋で薄い布団と懐中電灯だけで過ごし夜になると懐中電灯を付けて寝たこと、しばらくすると美宇より年上らしいじんという男の子が連れられて来て、二人でいたということ、火事の時にその男の子が助けてくれたこと、それ以外は何も解らなかった。

 男の子も誘拐された子供だったのか、だが該当する行方不明の子供の届け出は無かった。火事の後も男の子の行方は不明のままだ。そして死んだ女性は共犯者なのか、それとも子供を助けてくれたのか、そして犯人の意図は何だったのか、身代金目当てではないとすると怨恨なのか、警察としてはありとあらゆる方面から事件の解明に躍起になったが、なんの進展も無いままだった。美宇の誘拐事件の担当林 昭警部と相田 浩刑事は誘拐事件と焼死体との関係を調査してきたが死体の損傷が激しく身元確認も難しい状態だった。結局警察の必死の捜査にも関わらず糸口は見えないまま時は過ぎていった。


 それから13年後、現在、美宇は私立学園高等部の3年生になっていた。この学園は裕福な家庭の子供たちが多く通う幼稚舎から大学まである有名な私立学園である。美宇は誘拐後しばらくは学園に通うことも出来ず、家から出ることを怖がっていた。心のケアのため医者が毎日家に通い、真由美が美宇の友達を家に招いたりし、少しずつ美宇の表情も明るくなっていったのだ。今は、美宇も周りの生徒と変わりなく過ごすことが出来るようになっていた。


 田中良樹が狩谷美宇に初めて会ったのは、この学園にスクールカウンセラーとして赴任したときだった。良樹は美宇の誘拐事件発生時、高校二年生で将来は臨床心理士を目指していたこともあり、深く記憶に残っていたのだ。事件発生時の悲しみに暮れる両親の訴えや毎日ニュースで流れる美宇の写真、良樹の脳裏には誘拐された時の美宇の洋服までしっかりと記憶されている。

 良樹には美宇のカウンセラーをしてみたいという気持ちもあったのだ。今は普通の高校生として明るく毎日過ごしているが、当時の恐怖は幼かった美宇にとって一体どれほどだったのか、計り知れないものだったに違いない。毎日の学園生活の中でふと見せる何か遠くを見るような眼差しは、幼いときのトラウマなのではないのだろうかと良樹は思っていた。


「先生おはようございます。」


「おぅ、おはよう狩谷、今日も元気だな。」


良樹は同級生の山本礼子と一緒に登校してきた美宇に向かって言った。

礼子が良樹に向かって言った。


「先生、お昼休みに美宇と遊びに行くね。」


「おぅ、待ってるぞ。」


良樹はバイバイッと手を振り走って行く美宇と礼子の後ろ姿を見ていた。美宇は良樹が赴任してから時々時間を作ってはカウンセラー室に来ていた。一人の時も友達と一緒の時もある。別に大した話しをするわけでもなくただ雑談をして行くのだ。事件や火事の事は口にすることはなかった。良樹は学園に提出するカウンセラーノートの他に、個人で美宇に関するカウンセラーノートを作成し美宇の僅かな変化も事細かに綴ってきた。

 昼休み、美宇と礼子がカウンセラー室にやってきた。


「先生、珈琲買ってきてあげたよ。」


礼子が良樹に珈琲を渡した。


「ありがとう。」


良樹が礼を言うと、


「先生が珈琲好きなの礼子知ってるからね。他にも先生の好きなもの礼子いっぱい知ってるよ。」


と、美宇が意味深な笑みを浮かべて礼子を見た。礼子があわてて


「美宇。」


と美宇の制服を引っ張った。

礼子は良樹の事が好きなのだ。良樹は有名大学の心理学部を出て、高身長で優しい好青年なのだからこの学園でも女子には人気がある。また、この学園は裕福な家庭の子供が多いため新任として入れるのは厳しい条件をクリアした者でなければ採用されないのだ。良樹の父親はテレビにもよく出る有名な犯罪心理学の教授で美宇の事件時も警察から捜査の協力依頼を受けていた。


「先生、美宇と礼子が来てるでしょ。」


と羽鳥 恵と矢野 修が入ってきた。恵と修は美宇達と仲の良い生徒だ。4人中ただ一人男子の修が3人を上手く纏めているようにみえる。礼子の家は全国展開の大手飲食チェーン店経営、修の家は代々からの不動産業経営、恵の家はバッグや衣類の独自ブランド経営と、4人共世間一般や学園の中でも資産家として有名な家庭の子供達である。幼稚園から小等部まで美宇と礼子と恵、中等部から修が加わり良いグループができていた。


「卒業アルバムに載せる写真撮る約束だろ。先生も一緒に入って下さい。」


「先生撮りましょ。」


「先生も一緒にいいのか。じゃあ、お言葉に甘えて」


修が持ってきた一眼レフで良樹も4人と写真を撮って楽しんだ。












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