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外伝2.エレナの憂鬱

 エレナの旦那様はモテる。それはそれはモテる。バカみたいにモテる。とはいえ奥様であるエレナ本人が、未だに見惚れるくらいなのだから、仕方がないと言えなくもない。今日のお昼も、広場の噴水近くで見知らぬ女性と歓談する夫を見て、エレナはちくんと胸が痛んだばかり。


 別に、ヘルトゥ本人が誰彼かまわず女を引っ掛けてくるわけではないのだ。綺麗な女性と一緒にいても、それは仕事がらみ。ただ大抵の場合、その女性たちはうっとりと夫に夢中になってしまう。それを間近に見て気にしないでいられるほど、エレナは強くはない。


 とはいえ、エレナが「ちくん」とした数日以内には、ヘルトゥが彼女たちを連れて店にやって来る。さりげなく妻帯者であることを伝えて、ついでに店の売り上げに貢献してくれるヘルトゥ。それを見ると、何も言わずともエレナが焼きもちを焼いたことに気がついているのだろう。きっかけが何であれ、お店の常連客が増えることはありがたい。そう、ありがたいのだけれど……。


 こんな風にもやもやする時には旦那様にぎゅっと抱きしめてもらうようにしている。そうすれば気持ちが落ち着くことをエレナはわかっているのだけれど、今夜に限って旦那様が隣にいない。この時間は結婚式をしたお店のステージに立ってるはず。


 どうしても会いたくなってお店に出掛けてみればもはやほぼ満席。仕方なく、ステージの見えない場所で相席させてもらう。このお店に来るお客様のお目当は、美味しいお酒に気の利いた料理。そして見目麗しい歌うたい。だからステージの見えないこの席が空いているのは自然なことだった。むしゃむしゃと店主ご自慢の料理を食べていく。


 だいたい、いつもエレナばかりが焼きもちを焼いているのがまた悔しいのだ。たまにはヘルトゥも嫉妬してみればいいのだとは思うけれど、あのいつも飄々としている男の余裕のない顔など想像もできなくて、エレナは早々に白旗を上げた。どうせ自分に恋の駆け引きなどできはしない。


 最初は不貞腐れていても、お酒を飲んでいるとだんだん気分が良くなってくる。それに相席させてもらった男性客と意気投合してしまった。食評家をしているという男の話はなかなかに興味深い。にこにこと聞いていれば、不意に男がカードを取り出した。ちょっとした賭けをしてみないかというのだ。


 教会の子ども相手のババ抜きさえ最下位になるのが常のエレナだから、男の誘いにはうなずけない。賭け事は身を滅ぼすこともあると、エレナは知っている。


「カードは苦手だし、そもそも賭けるものがない」


 そう肩をすくめれば、男が食い下がる。


「あなたが勝ったら、ここのお代は僕が持つ。僕が勝ったら、今夜家まで送らせてほしい」


 そんな賭け、成立しない。だってどちらに転んでもエレナは損をしないのだから。本当に面白い男だとエレナがくすくすと笑ったその時だ。


「せっかくだから私も混ぜてもらおうか」


 ポーカーだから人数が増えた方が面白いだろう? そう言いながら割り込んできたのはヘルトゥだ。ここからステージは見えないのだから、ステージからここも見えないのではないのだろうか。一体いつエレナが店に来たことに気がついたのだろう。


 小首を傾げつつ、エレナは自分のカードに目を通す。最初に配られたカードは弱いものばかり。おまけに役もなければ、スートもばらばらだ。いっそ全部捨てて新しい手札に交換しようか。うんうん唸るエレナとは裏腹に、二人の男は無言だ。とはいえヘルトゥはいつも通りにこやかに笑っている。これは一人勝ちするパターンだな。エレナは目の前にいる名前も知らぬ男の冥福を祈る。結果は言うまでもなく、ヘルトゥの圧勝だった。


「まったくやり過ぎだろう」


「大事なものが賭かっていたからね」


 ぎゅっと抱きよせられて、頬擦りされる。人前では手を繋ぐくらいしかしたことないものだから、エレナは顔が真っ赤になってしまう。まるで目の前の男に見せつけるような仕草だ。見せつける? それでは、ヘルトゥが焼きもちを焼いたようではないか。エレナの友人いわく、「掛け布団代わりに女を抱いていた男」が? エレナが飲み屋で知らない男とおしゃべりをしていただけで?


「存外普通の男でがっかりしたかい?」


 焼きもちをやいてくれたのが嬉しいなんて言ったら怒られるだろうか。それでも、自分が思ったよりも大事に思われているらしいことを知って。へにゃりとした笑みを浮かべて、すりすりとエレナはヘルトゥに抱きついてみる。

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「そしてふたりでワルツを」
「黄塵(仮)」
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