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エピローグ

 寝室のカーテンの隙間から、ふわりと朝の光が差し込んだ。そっと覗いてみれば、窓から見えるのはどこかの誰かさんの髪のような薄紫色。エレナは、しばらく家を離れている愛しい男のことを思い、小さく微笑む。


 仕事柄、エレナの朝は早い。菓子の仕込みやケーキの生地を作るために、起きるのはたいていこの時間。けれどエレナは店の名前にもなっている、この夜明けの空を見るのが何より好きだった。夫の帰宅は今夜になるはずだ。久しぶりに会うことになる男の体温を思い出し、エレナはそっと頬を染めた。


 いそいそと着替え、一階の仕事場に向かう。こういう時、店舗と自宅が一緒になっているのは都合が良い。


 早朝の仕事場はとても静かだ。仕事を手伝ってもらっている教会の子どもたちは、まだ店には来ていない。彼らが来る前にある程度の準備を終わらせなくては。子どもたちは、しっかりと戦力になっている。愛想笑いのできないエレナなどよりよっぽど接客上手な子どもたちは、お客さんたちにも好評だ。


 エレナは首を傾げつつ、生地をこねる。おいしくなあれ。愛しい男が歌声に想いを乗せるように、エレナはその指先に祈りを込める。


 ありがたいことにお客様が途切れることはなく、商品が売れ残ることもない。それは友人であるイザベルが宣伝をしてくれているからだ。名前を存分に使え、その代わり絶対に流行らせろ。そんな半ば脅しのようなエステバンとイザベルの後押しを受けて、エレナは鋭意努力中。新商品はふたりのお眼鏡にかなうだろうか。


 公娼の女も宣伝をしてくれているらしい。夜の遅い時間に品物を求めるお客さまもいて、エレナは営業時間の見直しを考えているところだ。


 そう言えば今日は朝一番にご領主様のお宅へ、ケーキの配達があったのだったとエレナは慌てて支度をする。

 ケーキの配達は、ご領主様の奥さまだけへの特別待遇。今日のお品もくるくるとワルツを踊るように喜びながら受け取ってもらえると良い。


 からんからんとお店のベルが鳴る。こんなに早く子どもたちがお店に到着したのだろうか。エレナは不思議に思いながら、手を清めた。子どもたちときたらいきなり飛びついて来るのだから、始末に負えない。


「ただいま。エレナ」


 優しい甘い声で名前を呼ばれて、たまらず駆け出す。戻りが予定よりも早くなってね。男の言葉につい口元が緩んでしまう。名前で呼ばれることがこんなに嬉しいだなんて、エレナは知らなかった。子どものようにエレナは男に抱きつく。いつものようにこの美しい男は、ふわりと良い香りがする。うっとりとその胸下に顔をうずめながら、エレナは確かに自分は幸せなのだと微笑んだ。

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「そしてふたりでワルツを」
「黄塵(仮)」
こちらもどうぞよろしくお願いいたします。
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