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16.事の顛末

 先ほど送り出したものの、結局女たちは塀を登れなかったのではないか。そんなエレナの心配は杞憂に終わった。何と、女たちはみな屋敷の外に出ていたのだ。それというのも、裏門には数名の警察(ポリシア)が来ていたのだと言う。


「都合よく警察(ポリシア)が来るものだな」


「一定時間私たちと連絡がつかなかったなら、ここに来るように頼んでおいたんだよ」


 あまりの手際の良さに舌を巻くエレナをよそに、美しい男は、素知らぬ顔で星を数えている。


 エレナははたと気づく。作戦会議のときにヘルトゥが持っていた資料に、捜索願いの届け出があったはずだ。彼の言う伝手というのは、警察(ポリシア)にあるのかもしれない。しかし、それだけでは説明がつかない部分もある。屋敷の見取り図など、地方を治める大きな領主同士でのやりとりでしか入手できないはずだ。ただの吟遊詩人の人脈とは、そこまで広いものなのだろうか?


 そこまで考えて、ひとつの噂が脳裏によぎる。この国に革命が起き、王政が崩れ去った混乱のさなか、とある男がこれからの国の政治について助言をしたのだと言う。その男は自分が表舞台に立つのを嫌がり、あくまで裏方でいたいと姿をくらましたそうな。その男なら、警察(ポリシア)や、領主と繋がりがあってもおかしくないが、まさか……。


 そのうちに、辺りが騒がしくなった。警察(ポリシア)が表にも来たらしい。今度は大勢。


「さて、そろそろ行こうか。送っていくよ、お嬢さん方」


「表にはまわらなくて良いのか?」


 来るように頼んだというのに、会わずに帰るつもりかとエレナが疑問を口にすると、


「事情聴取なんて、面倒だろう?」


 と、男は片目を星のように瞬かせた。


「ふふっ。そうだな」


 いたずらな表情につられてエレナの緊張の糸がほぐれ、自然と笑いが漏れる。

 男の正体も、心中も、本当のところはエレナにはわからない。ただ少しだけ、前よりも男に近づいたような気がした。


 女たちをそれぞれの自宅に送り、さらに少女を教会に送り届け終えれば、薄暗いながらももう早朝と呼べる時間。エレナは眠気に負けそうになるまぶたを、必死でこじ開ける。そっと息を吸い込めば、淀んだものが外に出ていくようだった。じきに夜が明ける。ゆっくりと明るくなる空は、柔らかな薄紫色をしていた。自分のことまで自宅に送り届けてくれた男に礼を言って、エレナはうっとりと空を見上げた。



 事の顛末を知ったイザベルとエステバンからは、感謝と同時にたっぷりと叱られることとなったが、女神記念日の劇を観る頃にはそれもすっかり気にならなくなった。


 目の前で、あの少女が女神役を無事に務めている。それだけで、自分がやったことはやはり間違っていなかったとエレナは思うのだ。

 エレナとしては、この誘拐が少女の心に影を落としていないか心配なのだけれど、それは少しずつ克服していくしかない。彼女が健やかに過ごせるようにと、がらにもなく劇の間中祈りを捧げた。


 結局、教会にいる孤児へのプレゼントはこの二日間でかなり売れたらしい。エステバンの汚名が晴れたこともあり、エステバンを色眼鏡で見ていた金持ちたちが、ごますりのように大量に購入していったのだという。劇の後、恒例の茶話会でクッキーをぽりぽりと食べながらエステバンが語る。


「持ち主が腐っていても金は金だからな。出すものさえ出してもらえれば、僕は気にしないさ」


 大声で語ってほしくない内容だが、どうやら周りには聞こえていなかったらしい。教会の子どもたちは、ひとりひとりに渡された贈り物を手にしてはしゃぎ回っている。興奮ぎみの子どもたちの相手をしている神父様もおおわらわだ。


 不意に、女神役の少女と目があった。ゆびきりの仕草をされて、エレナは小さく笑う。「またふたりで教会に来てね」という約束。エレナと言葉を交わすことはなかったけれど、ヘルトゥも確かに教会に来ていた。エレナの視界に入るぎりぎりの場所で劇を見ていた美しい男。いつのまにかするりとまた姿を消していたけれど、エレナはもう落ち込んだりはしていなかった。きっとまた会える。だからエレナは、少女に向かってただ微笑むのだ。


「わあ、雪だ!」


 子どもたちが歓声をあげる。例年よりも遅く、ようやっと雪が降り出した。この様子だと、今夜中降り続けるだろう。明日はきっと一面の雪景色だ。女神記念日に雪はよく似合う。勝手な感想を抱きながら、エレナはここにはいない男のことを想い続ける。

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「そしてふたりでワルツを」
「黄塵(仮)」
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