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14.子爵邸の情報

 一度解散し、宵闇に街が染まる頃に再び合流した。動きやすさを優先させたのだろう、いつもとは違う男の服装に、エレナは目を見張る。普段はそのままなびかせている薄紫色の髪も、今日はゆるりとまとめられていた。髪に飾られているのは女物のかんざしだろうか。普通の男なら使いこなせないような品物も、この男にはやはりよく似合う。


「珍しいな」


 ぽつりと呟けば、ヘルトゥが可笑しそうに笑った。あのカフェで見かけた時もそうだったが、どんな服を着ても簡単に着こなしてしまうのは、この男の特権のようなものだろう。


「君の方こそ。いや、そう言えば最初に会った時も軍服姿だったね」


「まさかドレス姿で戦いに行くわけにもいかないだろう?」


 エレナは久しぶりの軍服姿で肩をすくめる。


「よく似合ってるよ」


 こんな時でも、男はさらりとエレナを褒めてみせる。女性を誉めるのは当然といった態度が妙に可笑しくて、エレナは小さく吹き出した。軍服が似合うと言われて嬉しいと思うのは、きっと極少数の女だけだ。それでもヘルトゥに誉められれば嬉しいのだから、エレナも大概どうしようもない。


「ただ着慣れているだけだ」


 一番の目的は、あくまで拐われた人の救出だ。とはいえ、ある程度の荒事をエレナは覚悟していた。それならば着慣れたものが一番だ。抵抗されれば、相手を傷つけることもやむを得ない。大切なものを守るためには、手を汚す必要だってあることをエレナは肌身で思い知っていた。だからこそ、そこから目を背けないために、エレナは剣を手にするのだ。そしてその先にある笑顔を実感するために。


「強い目をしている」


「自分ではわからないな」


 今は、自分がなすべきことをやり遂げるだけ。


「少し調べてみたよ」


 男の言葉が、エレナを思考の海から現実へと引き戻した。男はとんとんと綺麗な指先で書類を叩く。どうやら準備というのは情報を集める時間だったらしい。本当に食事と少しの休息の間に。ありえない話にエレナはくらりとめまいがする。


「一体、それをどこで?」


「ちょっとした伝手があってね」


 ふふふと意味深に笑う男はやはり美しい。まったく、この男にしてもイザベルにしても、一体どういう伝手をもっているのやら。底の知れぬ相手が多すぎる。それでも男の人脈の広さは、今のエレナにとって必要なものだった。何より、この美しい男が何をしでかしてもまあ当然のことだと思ってしまうくらいには、自分は毒されてしまっている。


「この家は、最近資金繰りに困っていたようだね。このままでは住む家さえなくなるような状況だったらしい。その割には散財が止められなかったようだけれど」


「すぐに変わるのは、難しいというのも分かるが。それにしたって他にやりようがあったろうに」


 エレナはじっと自分の足元を睨み付け、左の手首をなぞる。もうここには真珠のブレスレットなどないのだけれど、いつの間にか染み付いた癖はそう簡単にはなくならない。


警察(ポリシア)には、今日も新しく失踪の届け出があったそうだ。消えた女性と最後に会った人物が、付近で銀色のライターを拾っている。もしかしたらそのあたりで拐われたのかもしれないな」


 ライターの詳細を聞いたエレナは、小さくうめき声を上げる。それはおそらく、あの公娼の女の持ち物だ。教会の少女以外にも、身近な友人が巻き込まれていた。もっと早く気がついていればと後悔が渦巻く。


 だが、いずれにせよ助け出す。エレナは唇を噛み締めて、前を向いた。怒りで我を忘れてはならない。ぎゅっとレイピアの柄を握りしめれば、見なくとも、指の色が白く変わっているであろうことがわかった。そんなエレナの緊張を解くように、柔らかな声がかけられる。


「見取り図によれば、犯人の邸宅には、とても大きな書庫があるそうだ」


「そこには窓はあるか?」


「無いだろうな。書庫だから、貴重な本のために光が差し込まないような作りになっているはずだ」


「窓からの救出は無理か。中に入って助けるしかなさそうだな」


 エレナはヘルトゥから見取り図を受けとると、ゆっくりと侵入経路を確かめる。使用人向けの勝手口から入るのが良さそうだ。


「敵がどれくらいいるかは分かるか? おそらく、ゴロツキを雇っているはずだ」


 あの日、エレナとエステバンに差し向けられた彼等のように。


「具体的な人数は不明だけど、多くはないだろう。使用人の給料も滞っているくらいだ」


「それじゃあ、あとは行くだけか」


 頷きあって外に出れば、扉の向こうはもうすっかり夜。忍び込むにはちょうどよい。空を見上げれば、きらきらと瞬く星が良く見えた。今日は一段と冷えるから、そのぶん空気が澄んでいるのだろう。隣にヘルトゥがいるというだけで、安心した。きっと何とかなると、そう根拠もなく思えてしまう自分がおかしい。


 男もまた、星空を見上げていた。その横顔は、やはりどこかさみしげに見える。男の故郷で見えた星空は、このオフィーリアの空と同じなのだろうか。名も知らぬ国の空を想い、エレナはそっと目を閉じた。

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「そしてふたりでワルツを」
「黄塵(仮)」
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