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10.イザベルの提案

 教会からの帰り道、エレナは子供たちに何を贈れるだろうかと大通りの店々を覗き込んでいた。どの店も女神記念日に向けて、気合が入っている。きらきらと凝った装飾で彩られたショーウィンドウが目にも鮮やかだ。そのうちの一軒の店の前でエレナは足を止めた。


 見慣れない新しくできた店は、客足の絶えない賑やかさで繁盛しているらしい。中にはさまざまな子ども向けの雑貨や玩具が取り揃えてある。柔らかな色合いが目を引いて、エレナは思わず近くにあった桃色の丸いぬいぐるみを手に取った。


「何かお探しでしょうか?」


 振り返ってみれば、そこにいたのは笑顔のイザベル。今日も優しい雰囲気で可愛らしい。淡い杏色のドレスなど、エレナには逆立ちしても似合わない。挨拶もそこそこに、イザベルが不器用に笑ったエレナの手をいきなり握りしめる。


「婚約披露パーティのときからずっと、こうやってお話がしたいと思っておりましたの。良ければ中へどうぞ! エレナとお呼びしても良いかしら。わたくし、お友達になりたかったのよ」


 突然の出来事に戸惑っていれば、奥からエステバンが仲裁に入ってきた。一体ふたりはどうしてこんなところにいるのだろう。エレナが疑問を口にして首をかしげると、エステバンが答えた。


「最近オープンしたばかりだが、ここは僕の店だ。店主がここにいてもおかしくはないだろう。まさか君がここへやってくるとは思わなかったが」


「女神記念日に贈るプレゼントを探している」


 用件を伝えると、そのまま店の奥へと案内された。よくわからないまま用意された椅子に腰かけるエレナのことを、イザベルはにこにこと見つめている。


「それで、どんなものが子供に喜ばれるだろうか」


「それなんだよ。人が何を望んでいるのか、どんなものが喜ばれるのか、それを知らなくては。商品を仕入れるだけではだめだ。市場調査も兼ねて、今日は店に来たんだ。個人向けだけに商売をしていてはこの先やっていけないことを考えると……」


「仕事熱心なのだなエステバンは。イザベルは、小さい子どもが何を好きかはわかるか?」


 突然持論を展開するエステバンにおされつつ、エレナは適当に相槌を打つ。ついでにプレゼントのアドバイスをイザベルに求めれば、すかさずこの店の人気商品とやらを手渡された。ちゃっかり宣伝上手なイザベル相手に、エレナは苦笑する。


「悪いが、先立つ物がない。もう少し手頃な価格が望ましい」


 エステバンが仕入れを行なっているだけあって、勧められた人気商品は質が良い。それはそのぶん、値段に反映されるということだ。おもちゃは確かに可愛らしいが、仕事を辞めた貧乏な自分が大量に購入するには不向き。というか分不相応だ。はっきりとエレナがそう言えば、おかしそうにイザベルが笑う。


「やっぱりはっきりとおっしゃるのね。わたくし、エステバン様から話を聞いて、エレナのそういうところが好きだと思ったのよ。きちんと自分を持っていらっしゃるところ。子どもたちにプレゼントを贈るなんて素敵ね。わたくしもお手伝いしてはいけないかしら。手持ちが心もとないのなら、このお店から自由にエレナが選んで、連名でプレゼントすることにしてはどう? そうよ、それが良いわ!」


「金の無心をするなんて!」


 いくらイザベルの提案とはいえ、実際はエステバンにたかることと同じだ。エレナが慌てて止めれば、当のエステバンはさらりととんでもないことを言ってのける。


「いや、面白いな。教会で暮らす子どもたちにプレゼントを贈るのが流行れば、この時期の売り上げがさらに上がる」


 新進気鋭の実業家は、あくどい顔をしながら皮算用に勤いそしむ始末。のほほんとしているようで、イザベルもなかなかとんでもない。どうやらエレナが考えていた以上に、イザベルという女性はしたたかであるらしい。


 彼女がなぜエステバンに選ばれたのか、彼女がなぜエステバンを選んだのか。なんとなく、エレナは分かってしまった。きっと自分では、このようなパートナーにはなれなかったに違いない。


「エレナ、使えるものは使わなくては。あなたはそれを『利用』だと毛嫌いしているようだけれど、『利用』するのと『協力』するのは違うわ。あなたはなんでも自分で解決しようとなさるらしいけど、もっと人に助けを求めても良いのよ」


 長袖に隠れたエレナの腕を見つめ、イザベルは笑う。言われたとおり、エレナは、他人に手伝ってもらうことが苦手だ。手を差し伸べられてもその手を素直に受け入れることができないし、ましてや自分から手を伸ばすことなんて考えられない。けれど、イザベルはそれで良いと言ってくれる。イザベルは優しくて、まるで古くからの友人のように彼女の側では楽に息ができる。そう、ヘルトゥもそんな男だった。


「ですから、教会への寄付金は、どこぞの腹黒商人様に奮発していただきましょう。流行らせるのはわたくしたちの役目。きちんとメリットがあることだから気にしないで」


 ふたりにも利益があるというのならば、提案はありがたい限りだ。それにしても婚約者を腹黒呼ばわりとは。チラと視線を向ければ、そんなイザベルを呆れたように見つめるエステバン。それでもその眼差しはどこか優しげで。遠くから相手を見守る優しさに、またヘルトゥを思い出した。


 どこにいても、誰といても、ヘルトゥを思い出してしまう。ああ、まだ好きなのだ。もうどうしようもない。先ほど祖母の墓の前であれだけ泣いたというのに、また目が潤みそうになる。気を紛らわせるように、イザベルが見繕った子ども用品を眺めてみた。


「店としてのおすすめは色々あるけれど、わたくし個人のおすすめはこれ」


「懐かしいな」


 見覚えのあるキャラクターのおもちゃを差し出される。エレナが子どもの頃に流行ったキャラクターだが、年下のイザベルにとってはむしろ新鮮なのだろうか。


「人に言うと、子どもっぽいだの、古臭いだのと笑われるけれど。心の中で何を好きでも、それはわたくしの自由でしょう? 誰かに自分の好みを強制するわけではないのだから」


 なるほど、流行の最先端を行く店の中で、この商品が置かれている理由はそれなのか。エレナは小さく息を吐いた。そうだ、心の中は自由だ。だから想いが届かなくても、エレナはヘルトゥを好きなままでいても良いのだ。迷惑をかけなければ。当たり前のことがすっと胸に入って来て、急に笑い出したくなった。


「ああ、そうだな。好きでいることは自由だ」


 ヘルトゥに出会う前と何ひとつ変わらない。そう思い込んであれから過ごしてきた。でも何を見てもヘルトゥを思い出すのなら、好きだと言う気持ちを認めて大事にしよう。涙を流すのはもう終わり。


 綺麗な思い出になるには時間がかかるだろうけれど、初めて好きになった人のことだから。いつか懐かしいと笑って過ごせたらそれでいい。

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「そしてふたりでワルツを」
「黄塵(仮)」
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