砂の惑星
太陽が照りつける砂海の空を、一頭の巨大な白鯨が悠然と漂っている――そんな幻想的な光景を見て湧き上がるはずの深い感動の味は、砂漠の暑さにやられてとっくの昔に萎びてしまっていた。
砂が入り混じった風をもろに顔に受けて心をイラつかせながら、調査員の男は荒涼とした大地を、汗だくになってかれこれ三時間ほど歩き続けていた。
自分達がこの星の島の一つに宇宙船で着陸してから、嫌なことばっかりが続いている。
上司に「この星の生命体について現地で調査してこい」と命令された時点で、すでにこんな面倒くさいことになると若干予想はしていた。なんせこの惑星は宇宙から見ても、大部分が砂漠化している『砂の惑星』なのだ。
確かに、重力や酸素、日光の強さなどが全て自分達の住む星とほぼ同一で、しかも海まであるのは素晴らしい奇跡なのだろう。「本来ならば豊かな水のおかげでたくさんの生命が眠っているはずだ」という推測も道理が通っているものと認める。
しかし、だからといってこんな炎天下の砂漠を延々と歩かせて、本当にそのたくさんの生命とやらは見つかるのだろうか。
まぁこの調査の理由についての言い分もなんとなく分からなくはない。
いわく、「こんなにでかい図体の鯨が生き続けるには、膨大な餌となる生物が必要なはずだ。鯨にくっついて歩いてそれを探せば、きっと見つかる」とのこと。
だがこの鯨、出会ってから今に至るまで一切の食事をせず、ずっと宙をゆっくり泳いでいるだけ。もしかしたら食事とは別の方法で栄養を摂っているのかもしれないが、そんなことは今の自分には知ったこっちゃない。
このまま何の成果もないまま宇宙船にのこのこと帰ったら、それこそ上司にどやされる。
どうも上層部は「せっかく見つけた奇跡の惑星で観測した生命体が、『白鯨』というたった一種類の生物しかいない」という調査結果に不満を覚えているらしい。
その結果、こうして自分は砂漠の海をくたくたになって歩き続けているのだ。
もはや何度目になるか分からない溜息をついて、男は澄み渡った空を見上げる。白鯨は自分を真似るかのように、ゆっくりと大きな砂の潮を吹き上げていた。
その影響で体に降ってくる無数の砂を手で払いながら、彼は前に広がる砂丘に疲れた視線を戻す。
いっそのこと、もう帰ってしまおうか――いやダメだ。手ぶらのままで帰ったら、怒られるだけならまだしも下手したら減給だ。自分のような下っ端調査員の給料袋がさらに軽くなったら、一日三食すら危うい状況になるかもしれない。やはりここは、いい結果を持ち帰らなければいけないだろう。
とは言っても、草一本生えてないこの大地では、正直大した成果など上げられる気がしない。
せめて目の前ののん気な鯨以外の生物を見つけて帰りたい。そう、蟻でもハエでも、雑草でもなんでもいいのだ。なにか、なにか見つからないか。
汗が染みる目を周囲に走らせるが、進めども進めども一向に砂ばかり。
そうして何も見つからない状態でさらに数時間、もはや男の心は諦観で満たされていた。
否が応でも二つの事実が分かってしまった。一つはここが本物の『砂の惑星』であること。
そしてもう一つは、自分の給料が確実に減らされることである。
いや、まだ助かるかもしれない。必死に腰を九十度に曲げ、謝罪の言葉とお世辞を並べればあるいは――
とその時、また鯨が大きく砂の潮を吹いた。そうしてのんびりと宙を進む白鯨を、男はまたパラパラと降ってくる砂をはねのけながら、恨めし気な表情で見上げる。
そうだ、そもそもこの鯨がいけなかったのだ。完全なる砂の星だったら上層部も諦めがついただろうに、中途半端にこの生物がいたから上層部もこの星を見限ることができないでいる。
全く自分の苦労も知らないで気持ちよさそうに飛んでいやがって、ふざけた鯨だ――と、そこまで鯨を見て罵っていた時に、男はあることに気づいた。
――白鯨の飛んでいる高さが、明らかに低くなっている。
少しずつ、本当に少しずつだが、鯨は徐々に地面へ近づいていっている。男が不思議に思って視線を戻すと、なにか大きな建造物らしきものが地平線にぽつんと佇んでいるのがかろうじて視認できた。どうやらこの鯨は、あそこを目的地としているらしい。
男の心に、むくむくと希望が湧いてきた。あの建物を調査すれば、なにか新しい発見ができるかもしれない。うまくいけば上司に褒められる――いや、昇格なんてものも夢じゃない。
そう考えると、自然と足取りが軽くなる。
高鳴る胸を抑えながら、男は謎の建造物へと向かった。
*
やがて建物の所につくと、白鯨は地面に着陸して動かなくなってしまった。恐らく睡眠状態というやつだろう。
眼を閉じて鼻息を立てている鯨を尻目に、男は大急ぎで建造物に足を運んだ。
鉄でできた巨大な塔のようで、尖った棒がにゅっと砂漠の大地に聳え立っている。
あちこちに割れた窓があり、中に入ってみるとあちこちにガラスの破片が散乱していた。
損壊は激しいが、これは確実に人工物――しかし、建造物の中は閑散としており、生き物の気配は感じられなかった。
だが放置してある幾つものテーブルや椅子の残骸、剥き出しの鉄骨から見られる高度な建築技術、そして極めつけはあちこちに見られる、直線で構成された文字のようなものからして、ここに高度な文明が発達していたことは間違いなさそうだ。
そうして歩きまわっているうちに、男はあるものを発見した。
先程、砂の海から突き出ていた鉄の塔がミニチュアとなって飾ってある小さなケースだ。
この展示品から察するに、この塔は先端だけを残して大部分が砂に埋もれてしまっているらしい。
しかもこの塔の模造品には、足元に広がる町も再現してあった。
つまり、昔この地域には都市が形成されていたということになる。
まさしく、砂の下で眠る失われた古代都市。これぞ自分の求めていた大発見だ。
ほくほく顔でケースの中の模造品の写真を撮り、ついでに建物内部も適当に撮影していく。
この調査結果なら、昇進はまず間違いないし給料ももちろん好待遇になるだろう。明るい未来に夢が広がる。
そんなルンルン気分で鉄塔内を散策していると、ふと足元に布のようなものが転がっているのに気が付いた。
拾い上げてみると、染みの目立つ白い生地の真ん中に赤丸が一つ。装飾された棒が布に取り付けられており、それはこの布が以前立派な旗であったことを想起させた。
まるで子供が描いたような、シンプルな模様。男は首を捻りながらも、調査結果の一つとしてカメラのフィルムにそのデザインを収めたのだった。
砂の惑星の正体が分かった人はいますかね?