二、〝出会い〟
ちょうどその頃。
とある場所で。
「よし!これでばっちり!いやー相変わらずそこらの美少女とは比較にならないほど可愛いわー!」
「……ねえ、こんな大雑把な作戦でうまくいくと思う?ほとんど運任せの様な気が……」
「ふふ、普通ならそうでしょうね。でも自覚ある?あなたって普通の格好してても同性に狙われるなりしてるって」
「それはもう骨身にしみて……」
「十中八九成功するって!目論見通りアホ共が寄ってくるし狙い通り二人が正義の味方気取りでのこのこやってくるって!」
「…………」
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人勝歴35年・9月9日・9:23
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纏州の首都・天京。
8つある主要国家の中でも“人種のるつぼ”といわれるほど多くの人種や民族がこの地に住んでおり、猥雑ではあるが実に活気あふれる街になっている。行列に並びながら町並みを見渡しつつ、こう思う理花。
嫌いではない。この空気は。毎日がお祭り騒ぎだ。
右を見れば緑色の肌をして口の両端から牙をはみ出している人種――ゴブリンの若者5人がだぼだぼの服を着て騒音じみた音楽に合わせて激しいダンス――ブレイクダンス――をしており、頭で倒立して開脚したままくるくる回り、さらにそのまま〝軽功〟を使って宙に浮く。
差ながら人間プロペラと言うべきか。周りに集まったギャラリーが歓声と拍手を送る、と同時におひねりが放り投げられる。
その横では全体的に小柄で中年か壮年の様な容貌ではあるが、実に筋肉質な体型をした人種――ドワーフのトリオがお手玉を披露。ただしただのお手玉ではない。膝を抱えた子どもほどもある岩と鉄球だ。それぞれ赤青黄に塗り分けられており、それを危うげなく巧みに操っている。
なかなか〝易筋経〟をやりこんでいるのがよく分かる。そのままそのトリオは三人で同時にお手玉を共同で宙に舞わす。三色に塗り分けられた重量物が宙できれいに幾何学模様を描く。
さまざまな見世物で自分の目を和ませている理花の隣を、胸を強調した制服を着た、比較的整った容姿で耳がとがって伸びている人種――エルフのウエイトレスがローラープレートで巧みに人込みを縫うようにして移動、そして〝軽功〟を使ってふわり、と宙を舞い、目的地に到着。
「3番テーブルのお客様、お待たせしましたー!」と、トレイをそのテーブルに置く。宙に浮けばもちろんスカートの下が見えるわけだが、しかしその下は見せてもいい下着――アンスコ――なのでどのウエイトレスも平気で見せている。
しかし男はアンスコと知ってもついのぞいてしまうものだ。そのためかなりの集客率を誇っている。品性はともかく、これを考えた奴はかなりの策士だろう。理花は苦笑する。
空を見れば理花とおなじ有翼人種の配達員が様々な出店の材料をひっきりなしに運んだり、また出店から出たごみを回収したりしている。こういったデリバリー関係は有翼人種の独壇場だ。
「へイ、らッシャイッ!」と声がかかる。
ちなみに理花の並んでいるこのお店は〝たこ焼き・ランラン〟だ。ご覧の通りかなり繁盛している。
「こんにちは、大将。出汁入りタコ焼き4パック頂戴」と、事前に買っておいた食券を渡す。
「おう、美香ちゃんかい!相変わらず別嬪だねえ、出張から帰ってきた所かい!」
ここの大将と理花とは顔なじみだ。最近髪の毛が後退してきたのがちょっと悩みだという、自他共に〝粋でいなせな〟と認める40代のゴブリン。
とはいえ理花が八州役人をしているのは内緒だ。美香という偽名で通している。八州役人はその強権もあり敵が多いからだ。仕事もOLという事にしている。ちなみに今の理花の格好もOLっぽく白のスーツにタイトスカートだ。
とはいえ理花には羽根があるから背中が大きく開いたタイプのスーツで、よく男性からそこが扇情的でいいと言われる。
女として男性の注目を浴びるのは嫌いではないが、理花の心中は割と複雑な心境である。
「ええ。そんなとこ。今日は軽く報告書を提出したら帰っていいってことになってるから、久々の休暇を楽しもうってわけ」
「そーかいそーかい!じゃあ今日は文字どうり羽を伸ばしとくンナ!」
そう愛想良く返事をしているうちにも、ものすごい速さで腕が動く。どれぐらい速いかと言うと、残像ができて腕が6本も7本もあるかのように見えるくらいだ。
――大将の両肩の経穴には〝補助経穴〟が付いているのが見える。それはちょうど小さく丸い素子のようなものが埋め込まれており、それを中心に10センチかそこらのチューブが経絡にそって走っている。
これを体に埋め込むことでその部分の〝気〟の流れが活性化・普通の約三倍の速さで動けたり物を持ち上げたりできるようになる。今の大将のように。
とはいえあまり多くつけすぎると体に負担がかかりすぎて健康に悪いから、法律で付けるのは多くて3つまで、と定められている。
それなりにお金がかかるが、ちょっと無理をすれば届く範囲の値段で、埋め込む手術もほんの数分で済むから、今は大半の人間がこの補助経穴を付けている。周りを見渡せば、目につく人全員がつけているのが見える。もちろん理花も付けている。
――これを見てると、つくづく思う。時代は変わった。それも急速に。
理花が物思いにふけっている間にも、大将はシュバババババッ!と瞬く間にタコ焼き6個入り5パックを詰め終える。
おっと1つ多いような?理花は首をかしげる。
「あいお待たせ!1つサービスしとくよ!美香ちゃんに負けず劣らず別嬪な上司さんにもよろしくな!」
「あらありがとう。また寄らせてもらうわね。」
「あい!ありがとやんした~!」
待ち合わせ場所はこの先の一本杉の下の乗合馬車のベンチ。どこに座っているのかは、理花の上司は目立つから、そうあわててはいない。。
……お、いたいた。
理花の目線の先には、平均して比較的魅力的な容姿を持つエルフ族の中でも、頭一つ二つとびぬけた美貌を持つエルフ族の美女がいた。
純度の高い銀をそのまま柔らかい糸にしたかのように柔らかくうねる銀髪。その肌は理花より白く、しかし病的な感じはしない、温かそうな柔肌。長いまつげの下で輝く切れ長の瞳は物憂げにひかり、すっと通った鼻梁の下の赤い唇を見るたび理花は同じ女のはずなのにいつも思わずどきっとしてしまうほどなまめかしい。
長いとがった耳には2つ3つ高そうなイヤリングが付いており、あれだけ高そうだとけばけばしく感じるものだが、この人が付けると実に似合っている。エルフ族というものは平均してスレンダーなのだが、しかし彼女は比較的巨乳で、サイズは理花と同じくらいといううらやましさ。
胸元が大きく開いた、スリットが深く入って金糸で豪華な虎の刺繍が施されている漆黒のチャイナドレスを着ているものだからなおさらそこが強調されている。
男はゲイでもない限り一目で陥落、女でさえ思わずときめく美女だ。老若男女問わず彼女の周りには輪ができるようにして人が椅子やベンチに座っており、しかしあまりの美貌に近寄りがたいものを感じて話しかけることもできず、遠巻きに顔を赤く染めてチラ見している。
そして、その美女が何をしているかといえば――携帯用ゲーム機。
物憂げな表情はフリで、真剣に〝モモンガーハンターxx〟に没頭している。理花は彼女に近づき、声をかける。
「――方さん。――方さん!方さんってば!方九娘さん!」
「うひゃい!?」
あ、やっと気付いてくれた。
普段澄まして見えるだけに驚いた表情は間抜けで、可愛い。
そんな感想はもちろん、口に出して言うほど理花は間抜けでも命知らずでもないが。
彼女が理花の上司――つまりは八州役人の総元締め、方九娘だ。もちろん偽名。
ただ理花と九娘は、上司と部下、という関係だけではない。
義理の母子でもある。
まだ理花が幼子だった数十年前、戦場で〝異思の者共〟に襲われ、あわや食い殺されそうになっていたところを、通りがかった九娘が助けたのだ。
その時に両親を食い殺され、天涯孤独となった理花を憐れんだ九娘は理花を引き取り――そして今に至るというわけだ。
この世界では別に珍しくもなんともない、よくある話である。
「んもう!いきなり驚かさないでよ!?」
「何度も呼びましたよ。まったくはまりすぎです。普段からそれぐらい真面目に仕事してくださいよ。」
理花は何時もそう思う。
このように近寄りがたい外見とは違って中身はとても愉快な人間だ。無論理花はそれを口にするほど進歩のない人間ではない。
――そう。この人は私よりはるかに強い。〝太極拳〟の達人なのだ――
「まあちょっと待って電源切るから。……はい、お待たせ。まず先にたこ焼きよこしなさいさあよこしなさい早く早く早く」
「ふつーそこは仕事の話してから言うセリフだと思うんですが。ほんとスカッとするぐらい不真面目ですね全く。……はいどうぞ。」
「何いってんのよ。どんなに言い訳しても結局権力を笠に着て暴力をふるう人殺し稼業なんて不真面目でいいじゃない。……いただきます」
「それはまあ……そういう考え方もありますが」
理花が口ごもっている間にも、さっそく彼女はふたを開け、つまようじでたこやきをつつきだした。
――しばし沈黙が訪れる。理花の上司は食べている間は無口になるタイプだ。理花は所在なく膝の上に左肘を立てて頬杖をつき、周りの景色を眺めるとする。
ちょうど理花の視界に、ヒューマン族3人とゴブリン族1人とコボルト族1人の合計5人の、ちょうど小学校高学年当たりだと思われる子供グループが、〝軽功〟を使って3メートルあたりまでぴょんぴょんとびはねながら連れ立って駆けているのが見えた。
――あ、通りすがりのエルフ族のお姉さんのスカートをめくった。
スカートをめくられた女性は「ひゃん!?こ、こらー!このくそガキ共―!」と喚くが、子どもたちは「イエーイ!お姉さんのパンツはクマさんパンツー!」「いい年してクマさんかよー!」「もっと色気のある奴穿けよなー!」「キャッキャッ♪」と笑ってそのままぴょんぴょんとびはねながら人込みに紛れていく。
あ、さらに通りすがりの女の人のスカートをめくっていく。
まったく困ったお子様たちだ。理花は平和なこの光景に苦笑を洩らす。
しかし――〝軽功〟。〝易筋経〟。そして〝補助経穴〟。ほんのつい40年前まではこんな単語と実物、誰もが一般的に使う事がなかったのに。マニアの人間しか使わなかったはずなのに。
時代は変わった――と思う。それもあまりに急速に。
理花は遠い目をする。
「時代は変わったわよね……40年くらい前を境に。例えるならジャンルがSFの漫画が途中で時代劇にガラッとおもいっきり変わるぐらい変ったわよね……」
と、口に青のりを付けながらエルフの美女はつぶやく。
理花は苦笑する。どうやら上司も同じことを考えてたらしい。
「本来ならその例えは大げさすぎなはずなのですが。しかし時代の変化を見てきた私たちには全然大げさには聞こえませんね……」
――基本的に有翼人種と何よりエルフ族というものは平均寿命が長い。有翼人種では302歳まで、エルフ族ではなんと459歳まで生きて大往生を決め込んだ人がギネスに載ってあった。
ちなみに理花は今年で73歳、隣に座っている上司にして義理の母親の方九娘は114歳だ。他の種族にとっては4〇年とはけっこう大昔かもしれないが、彼女たちにとってはほんのつい最近だ。
――いや、他の種族の年配の方にとっても、ほんのつい最近の事だと確信している。それぐらい短期間に、思いっきり時代は変わった。
エルフの上司の言葉ではないが、ジャンルがSFの漫画が、路線変更していきなり時代劇になってしまったぐらいに。
長い物思いにふけりながら、目の前の平和な喧噪をぼんやり眺める理花。
「あ、馬車よ馬車。やっと来たわ」
と、九娘が声を上げる。
物思いを中断して理花が顔をあげると、四隅に天馬を数頭配置し、浮遊槽で宙に浮かぶ大型飛行馬車が、天馬の放つ〝結界域〟に守られながらゆっくりと降りてくる。
これはこの光景は、まるで今の時代そのものを象徴している光景だ。
そのさまを見て、九娘はくすくす笑う。
「天馬、か……。あの〝武化大革命〟が起きる前まではあんなの特権階級の道楽に過ぎなかったのに……いまや私も生まれてなかった中世の様に様々な産業の中心に返り咲き、だなんて……」
「もー飛行馬車を見るたびその台詞言ってますねほんと。耳にたこができてんですが。」
「だって理花ちゃんもそう思ってるんでしょ?〝結界域〟を体得するための修行体系をそのまま天馬や一角獣の調教に応用、なんと天馬や一角獣に〝結界域〟を展開させることに成功!ゥワオ!
しかも〝結界域〟を展開させた騎獣らは天馬なら最大時速五〇〇キロ、ユニコーンなら地上で三〇〇キロ走ることができて、しかも下手な戦車よりもはるかに〝装甲〟が厚くて「異思の物共」の攻撃をものともせず、逆に轢き殺す事ができるなんて……ハッキリ言っていまだに信じられないわ」
と、言って自分の頬をつねるジェスチャー。
「……確かに。しかも排気ガスを出さずにとってもエコロジーですし。まさか〝戦車〟よりも〝戦車〟がはるかに有効な時代が来るなんて……」
「しかも現在や一部の「異思の物共」すら騎獣にできるなんて、ね……そんな時代がこようとは……。まるでできの悪い三文漫画の中にいるみたいだわ」
そう、数奇な世界の流れにお互い苦笑しながら、馬車へと続くタラップに足を踏み出しかけた時だった。
――二人の視界の端に、不愉快なモノが移った。
「やあじょーちゃん、まるで人形さんの様にキレーだねー」
「オイオイそんな似合わない猫なで声出すなよ気味悪い。ごめんねー僕ら別にロリってわけじゃないんだけどキミがすっごく可愛いからさーちょっとはしゃぎすぎてんだよねーw」
こういう盛場では珍しくもなんともない、それはチンピラ数人が一人の女の子に絡んでるという、ベタな光景だった。
エルフ族のチンピラが二人、ヒューマン族のチンピラが二人、そしてあのグループのリーダーらしいオーク族の巨漢が一人、だ。合計五人。
珍しいのはむしろ――絡まれている女の子の方だ。
一言で言い表すならその子はいわゆる〝ゴシック・ロリータ〟と呼ばれる格好をしていた。
黒と灰を基調にして丹念にフリルとリボンを縫い合わせ、ところどころにアクセントとして赤のリボンと白のレースを編み込んでいる、見るからに高そうなゴシックドレスに、ピカピカに磨かれた黒革の靴。
肌の露出は顔以外全くなく、なのに割と暑いのにその子は汗一つ掻いてない。その汗一つ掻いてない容貌がこれまた人形じみた印象を与える。
そう。その容貌がこれまた――
〝う、うわあ~可愛い……〟
女の理花でもどぎまぎしていた。
象牙色の肌にうっすらとメイクをし、思わずつつきたくなるほど柔らかそうな頬。書いてもいないのにきれいな弧を描く眉の下にはきれいな二重瞼の、ぱっちりとして澄んだ碧眼。そのあどけない容貌とは裏腹に何かを訴えるかのようにわずかに開かれた唇はえらく色気がある。
その、見る者に〝何としても守ってあげたい欲〟と同時に〝さらってしまって滅茶苦茶にしてしまいたい欲〟を同時に喚起させてしまう危うい美貌を、丁寧に梳られた綺麗な金髪と、その上に結ばれたピンク色のリボンが、華を添えている。
これは別にロリコンの類じゃなくてもたまらないものがある。性欲を持て余した者ならなおさらだろう。
「……」
やれやれ。こんな不愉快な光景を見せられて黙っている訳にも行くまい。ダニ共め、私が相手になってやる。
そう思って理花は奴らの方歩一歩踏み出しかけた、――より早く。
理花は、隣にいたはずの九娘がいつの間にかいなくなっているのに気づいた。
〝まさか――〟
理花は思わずチンピラ五人を注視する。
五人の影が、「フッ……」と揺らいだのを理花が確認した直後。
――肉を打つ鈍い音が五つ響く。
「グゲッ!?」「グオツ?!」「ウガッ!?」と、短く呻いて、倒れていくチンピラども。
周りのヤジ馬が「オオオツ……!!」と感嘆の声を上げる。
そして残像をちらつかせながら霞の様に表れる九娘。
なんという早業。彼女は気配を隠して接近、そして素早く当て身を喰らわせたのだ。
やれやれ、といった感じに理花は九娘に声をかける。
「つくづく呆れるほど気配を操るのが上手いですよね本当に。これでも少し真面目に働いてくれればいいのに……」
「なあに言ってんのよ。私が頑張ると美香ちゃんが成長しづらくなるじゃない。」
……全くああいやこういう。口の減らない九娘に、理花は少し嘆息。
ヤジ馬達も三々五々、散っていく。九娘さんが薄気味悪いのもあるだろう。みな視線をあらぬ方向へ向けてこっちと視線を合わせないようにして、足早に通り過ぎていく。
と。見ると、絡まれていたゴシック・ロリータの格好をしたあのかわいい女の子が、くい、くい、と九娘のチャイナドレスのすそを引っ張っていた。
「あら、あなた?逃げ出してもよかったのに。大ジョブ?怪我ない?怖くなかった?もう大丈夫だからね」
九娘は相好を崩してしゃがみこんで少女と目線を合わせ、頭を左手でなでてやる。
少女はくすぐったそうに目を細めながら、鈴を鳴らすような声で、
「あり、がとう……」
とお礼を言ってきた。
ものすごい美声。この容貌と相まって、良くも悪くもこの少女は人をひきつけてやまない魅力でいっぱいだ。
その美声に聴き惚れたのかさらに九娘は相好を崩し、
「まあ、ありがとう、いい子ねえ。あなた、名前は?」
「レラ……」
「まあ、レラっていうの?いい名前ねえ。あなた、迷子?親御さんは?」
「マオ……」
「マオっていうの?あなたのお母さん?」
「……お姉ちゃん……」
「ふうん。あなたのお姉ちゃん、マオって言うんだ。ここで待ち合わせしてたの?」
「うん……」
「そーなんだー。……あ、ちょっと待ってね。すぐ済むから。」
と言うと九娘さんはなぜか、倒れ伏しているチンピラ達の方へ振り向く。
胸元にさしていたボールペンを逆手に持ちながら。
あれ、何で?と理花は一瞬思ったが、次の瞬間ああ、それでか、と九娘の行動に納得する。
――見ると、最初の不意打ちで倒れていたチンピラの一人が立ち上がり、自前のナイフをポケットから取り出してきたからだ。
「んーちょっと当たりが浅かったかしらね。手加減も難しいわ。」
事前に察知していた九娘は余裕だ。
チンピラは痛みと屈辱に逆上して目を血走らせながら、
「こンの……くそったれがああああああああッ!」
と喚きながらナイフを振り上げながらこっちに突進してくる。
しかし刃物を持ったチンピラ程度で九娘はあわてない。
口元に笑みすら浮かべながらボールペンを構え、
すると次の瞬間。
バッ!!とこのゴスロリ少女が両手を広げて九娘をかばった。
「あらッ……」
と九娘は少しあわてる。
少女は九娘をかばったつもりでいるかもしれないが、逆にこの場合足手まといだ。これでは九娘は動けない。
しょうがない。私がこのチンピラをぶっ飛ばして――
と理花が思った次の瞬間。
「殺ッ!」
という奇声とともに一陣の風が舞いこみ、ドゴンッ!!とチンピラをぶっ飛ばした!
「ごぶあッ!?」
と断末魔の悲鳴とともにまるで枯葉のように吹っ飛び、すぐそばにあった電柱に轟音と共にめり込むチンピラ。
……すごい。なんて威力。
理花は目を見張る。
見ると一陣の風と思われたのが一人の少女で、どうやら靠――要するに体当たり――でふっ飛ばしたらしい。
チンピラが動かない――あの威力で当たり前だ――のを見て取ったその少女は残心を解くと、こっちに振り向いた。
――この子もこの子で結構な美形だ。二人は感嘆する。
まず目を引くのは血統書付きの長毛猫を思わせる、ふんわりとした白い髪の毛だ。柔らかそうなショートボブの髪型。同じような柔らかそうな白い毛が首の周りにも生えている。
猫耳族だ。
髪の毛と同じように白い毛におおわれた、猫の耳とおなじ形の耳。くりくりと大きな瞳にはこれも猫を思わせる縦に広がる瞳孔。その瞳は釣り目で勝気な印象を与えるが、決してきつい、という印象は感じない。この子の持つ明るい雰囲気がそうさせているのだろう。
アイドルとしても通用しそうなほど整った目鼻立ちにメイクが決まっている。
短い黄色いジャケットを着た背は二人より一回り小さいが、胸は〝爆乳〟、とよんでもさしつかえないほど発育している。理花や九娘より一回り大きい。まるで肌色の小玉西瓜が二つ並んでいるかのようだ。
そんな危険な果実をサラシのような白いビキニで覆うだけにしているのだから胸の上半分が丸見えだ。きっと、いや確実に男性には抗えない引力を発するであろう谷間がくっきりと見えている。小憎らしい事に動くたび、いちいちゆさゆさ揺れて軽く二人の気に障る。
何もつけていないおなかの部分はくびれていて、鍛え込んでいるのだろう、くっきりと浮かんだ腹筋線が健康的な色気を振りまいている。まあ、ウエストに自信がなければへそ出しルックはできるものではないが。
腰回りもまた露出度が高い。タイトなミニスカートはハイキックなんかしようものなら下着が丸見えなのは確実だ。そして続く太ももは黄金律を忠実に守っているかのようにきれいな肉付きをしている。その足回りをさらに引き締めて見せるかのように白いハイニ―ソックスを履いており、ニーソックスとタイトスカートの間から覗く白い太ももの露出部分がすごく蟲惑的だ。
しかし履いている靴は今までの描写を裏切るかのような、軍人が履くようなごっつい編上げブーツをはいている。この点が、この子が決して軽薄な色気だけで生きてきてはいないということを暗に示している。
――その点が、さっきの靠にも表れている。ただ才能だけで、鍛えてもいないのにあれだけの威力を持つほどの功夫に達するわけがない。
チャラケた恰好は〝擬態〟で、この子は結構な武侠だ。間違いない。
そう理花はあたりを付けた。
この猫耳族の少女はレラを視認すると、シュバー――!と飛びかかって抱きしめた。
「いやんレ――レラ大丈夫大丈夫大丈夫うううう!?ごめんねごめんねまったまったまったああァァァ?!ちょっとトイレに行ってた間にすごいことになっちゃってええええええんん!!怪我ない!?貞操は大丈夫!?犯されてない!?もう大丈夫だからね!!」
とまくしたてながらシャバシャバシャバッ!とすごい勢いでレラの頭をなでまくっている。レラちゃんはされるがまま。
……テンション高いなあ。
少々〝呆れ〟が入る理花。
「ええと。マオさん?」
おそらくこの子がレラちゃんの姉だと見当をつけて問いかける理花。レラは見る限りヒューマン族のなりだが、まあ、義理の姉妹かなんかだろう。そう当たりを付ける理花。
「あ!そうですそうです、わたしこの娘の姉のマオといいます、この子から聞きました?マオと呼んでくださいね。いや察するに私の大切なレラちゃんを助けてくださったんですよね?ほんとありがとうございますねえ」
と、深々と頭を下げる。
「馬車を待ってたら急に催しちゃって。ちょっと離れただけでそう危険はないだろうと思ってたんですけどレラちゃんがすっごい美少女だってこと忘れてまして。これからはもっと注意しますね。
あ!もしかして私たちとおんなじで馬車を待ってたんですか?でしたらご一緒しません?
と、その前にこの後ろの生ゴミ共どうしましょう?こいつらが道端で雑草の養分になろうがカラスの餌になろうが心の底からどうでもいいんだけどこのままほっといたら警察の方に怒られませんかねえ?」
ポンポンとよく言葉が出る。しかも遠慮がない。笑顔でシレっとひどいことを言う。
まあ生ゴミだけどねこいつら。
なんか愉快な人と縁ができたようだ。
そう思うと、理花と九娘は顔を見合わせて苦笑する。