二五、〝一方的〟②
……鋼頭王の方だった。
「ぬわあァァァァァァァッ!?!!?」
ズダダアアァァァァァアアンンッッ!!!
地響きを立てて、地面に転がる鋼頭王。
「クッ?!」
と呻きつつ周囲の土埃をかき混ぜて舞い上げながらあわてて体を起こし、雷の方を見やる鋼頭王。
しかし雷は、まるでこの世の
〝無常〟の摂理の様に
先ほどと変わらない
無表情。
全く。
変わらない無表情。
そして宣告する。
「あと一回」
……――と。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!?!?!?」
ガタガタガタッ……!と、誰の目から見ても哀れなくらい鋼頭王は震え、全身という全身から嫌な汗を噴き出している。
それを後ろで見ていたマオが噴き出す。
「プッ……あははおかしい、アイツもう心が折れかけてやんの!見た目とは違ってモッロいわあ~~、ほんとウドの大木もいいとこねアレ!」
「ッ……」「~~……ッ」
しかし他の者は、そのマオの軽口に付き合える余裕がない。
ただ一言、右十字が額にびっしりと脂汗を浮かべながら、
「あり得ん……」
と呻くのみ。
見ると四人全員脂汗を浮かべて震えている。
鋼頭王の方はまるでさっきまでの傲岸不遜ぶりが嘘のように恐怖で縮こまっている。
そして。
「う……うそだ……
嘘だッ!こんなことッ、あり得る筈がないッ!!
嘘だああ―――――――ッッ!!」
そう叫び、深々と腰を落とし、それから自暴自棄のように
ダンッ!
と空高く跳躍。
陥没する地面。
はじけ飛ぶアスファルトの破片。
粉塵が追い散らされて逃げ惑う。
「なんだっ!?」と、雑狼。
「おいまさかッ……」と、右十字。
恐ろしいほどの跳躍力。
あの鋼頭王の体躯が、空の上で豆粒大に見えてしまう程の高高度。
鋼頭王ほどの規格外の体格の持ち主がここまで天高く飛び上がる様は、圧巻以外の何物でもなかった。
やがてその規格外の脚力を行使しての跳躍で重力のくびきを逃れるのも、ようやく限界に達したのだろう、飛び上がるその〝伸び〟が収まり、そしてほんの数秒ではあるが、鋼頭王は滞空する。
「ク…………ッ」
その数秒の滞空時間に、鋼頭王は呻きを漏らす。噴出した汗が額を流れ、頬を伝い、顎を離れ地に吸い込まれていく。
その鋼頭王の冷汗はもはや額のみならず、全身から噴き出し、鋼頭王の触覚を介して不快感を脳にパンクしそうなほど伝えてくる。
潰さなければ・潰さなければ・潰さなければッッ!!!
鋼頭王の脳内では、たったひとつの単語がひっきりなしに明滅して、精神を圧迫している。
鋼頭王はその恵まれた、単眼巨人族の中でも特に恵まれたその身体能力で以って、今日まで生を謳歌してきた。
――その鋼頭は、かつて生涯でたった一人――自分よりも劣った体格しかもっていないはずの刁に、完膚なきまでに叩きのめされ、自ら進んで地面に頭をこすりつけ、命乞いをした。
その事実は、自分でも驚くほど、自らの魂にひびを入れていた。
こんなにも心が軋み、あるはずのない傷の、ありえない激苦痛が自分の、目には見えなくとも、しかし確実に実在する、最も脆い部分を不愉快にし続けているという現実に、恐れおののいた。
そして識るのだ。
どんなに発達した筋肉をその身に備えても、心の脆さまでは隠せない、と。
・潰さなければ・潰さなければ・潰さなければ・潰さなければッッ!!!
鋼頭王の、その内面の懊悩を一切頓着せず、重力がその本分を発揮し始める。
ッゴオオオォォォォオオオォォォオオオッォォォオオオッッ!!!
天高く跳躍した鋼頭王は重力に引かれるまま自由落下。そして、
「~~~ッッ!!!覇威也――――――――――――――――――ッッ!!!」
ギュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッッ!!!
グルグルグルと空中で縦回転を開始!
同時に、自らの全〝結界域〟を、額に集中して集中して集中!
超高々度からの落下による、膨大な量の位置エネルギーと重力と回転の勢いを加味させた、最後の、渾身の、全身全霊を振り絞った頭突き。
こんな派手な真似、プロレスとかならともかく実戦で出来るわけがない。
相手が動かない――あえて、動かないで居てくれるこそできる最大威力の頭突き。
「き、消えてなくなれええええええ――――――――――――――――ッッ!!」
そして激しく縦回転しながら隕石のように落ちてきた鋼頭王の額と、
どこを見ているのか無表情なままの雷の額の上側が、
接触。
――……直後。
ッッ!!!!
「をわああ―――――――――――――ッ!?」「ひょええええ―――――――――!!」
「キャああ―――――――――ッ!?」
この場にいる全員の鼓膜を破らんばかりのすさまじい炸裂音と共に、地面が大きく揺れ、〝爆心地〟からあり得ないほどの閃光。
そしてその〝爆心地〟が。
大きくすり鉢状に地面が陥没。
…………。
…………。
…………ややあって。
「クッ…耳が…」
キ~~ン…と耳なりを響かせていいかげん馬鹿になっている耳をかばいながら、その場にしゃがんでいた右十字がそろそろと体を上げ、きつく閉じていた瞼を開ける。
ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ……
――その視界に映ったのは、大きく、並みの神経の持ち主の肝を余裕で潰すほど大きく、家一軒が入らんばかりにとにかく大きく陥没した地面。
そこから、多量の白煙が舞い上がっている。
これで三つ目のクレーターである。
「!?どうなったんだ!!」と叫んで、すり鉢状に陥没した地面の淵にかけよる雑狼。
「まさか……いやしかし?!」理花もそれに倣い、駆け寄る。
何がまさか、なのか。
何がしかし、なのか。
そう言った八州役人達自身訳が分からないまま、駆け寄る。
「…………」
そして同じく、悠々と、駆け寄るのではなく、歩み寄るマオ。
白煙が邪魔で、陥没した地面の下がどうなっているのか目視出来ない。
が、その時運命を司る何者かが気をきかせてくれたのか、ヒュウ、と都合よく一陣の風が吹いて、邪魔な煙を一掃する。
そして。
その場にいる全員が、どうなったのかを見届けた。
「嘘……」
かすれた声で、呻く理花。
しかしその呻きは、その場にいる全員の、嘘偽らざる本音を短く、かつ的確に代弁したものだった。
「うう……」
陥没した地面の中心あたりから、苦しげな呻きが聞こえる。
その呻きを発したのは――




