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幻想武侠片:八極  作者: 山下三也
前日譚・第零章・〝World End/prominence blue〟
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一五、〝戒族〟



八角形の発光体に触れるのはちょっと怖かったが、なんか「ぐにゅり」といった感じの、まるでゼリーのような感触の後、すぐに景色が牢獄から、何か普通の民家の短い廊下に変わる。


そこの突き当たりに、拍子抜けするほど普通の民家と変わらない、広いリビングとオープンキッチンがあった。

変わっている所があるとすれば、窓などの、外界と接するものが何一つとしてない、というところだろう。


「あ、はーい二人ともおはよー、朝食、用意できてるわよー」


マオが気安く二人に朝の挨拶をしてくる。

マオは水色のタンクトップに、水色の縞縞模様のショーツといった下着姿に、エプロンをつけただけの格好でフライパンを握っていた。


男ならだれもが鼻の下をのばす格好だが、あいにく二人ともノンケだ。レズではない。


理花も花鈴も返事をしない。ただ「フン」と鼻息で返事をするのみ。


――メニューはできたてのトーストにたっぷり蜂蜜を塗ったもの、

卵を二つ使った半熟のベーコンエッグにキャベツとトマトを添えたもの、

そして何故か味噌汁。ここだけ和風。


デザートにバナナ、飲み物は牛乳、だ。しかも牛乳とは別に、コーヒーも用意されている。


〝豪勢な朝食だ。ありがたく頂くとしよう。〟


理花も花鈴も無言だったが、マオと雷の二人は他愛も無い話題で仲良く談笑している。マオが一方的に話しかけて雷はただ頷くだけ、というものではあるがそれなりに楽しそうではあった。


――あまりに能天気に楽しそうだったので、少々理花は癇に障った。なので、食事が終わるのを待たずに早々に質問することにする。


まずは当たり障りのない事から。


「……聞きたいことがあるんだけど。」


と、理花。


「ん?なあに?」


と、マオ。


「あなた、形意拳の達人である以前に、八卦掌ウロボロスリングの達人でしょう?」


「ふうん?」と、少し目を丸くする郭深猫。


――八卦掌とは、グルグルと円周を歩きながら技を練るのが特徴的な、武術の一派だ。


本来八卦拳という門派名なのだが、しかし拳を使う事は稀で、むしろ掌打を多用するところからいつしか八卦掌と呼ばれることになった。


体をひねりながらくるくる回ったり、手を開いた状態で技を繰り出すから、一見して踊りか何かのように見える。


だがあれは常に敵の外に回り込もうという戦法を表しており、掌打を多用するのもこっちの方が変化して敵を打ち据えるのにちょうどいいからであり、見た目とは裏腹に意外に荒っぽい門派なのだ。


「どうしてそう思うの?」と、マオ。


「まず、昨夜「鉄塊の古」を倒したときに使った、あのステップ」


理花は続ける。


「爪先を外に向けながら斜め前四五度に進めるあの歩法、確か八卦掌の『はい歩』っていうものよね。


それだけじゃなく、「大蛇の張」の攻撃や「鉄塊の古」の攻撃を捌いたあの「突き上げ受け」、確か八卦掌の手技の『穿掌』よね。八卦掌拳士はあの手技で攻撃するのみならず防御するのだとか。」


理花の指摘に、うん、と頷く郭深猫。


「全問正解。その通りよ。

私、以前から形意拳だけじゃままならない、って感じてたのよ。

形意拳は攻撃力を――当たって効かせる技術を求めるあまり、確実に当てる技術がどうしてもおろそかになってたからね。どうしても自慢の攻撃が当たらなくてイライラしてたの。そこで形意拳の特性である剛直、豪快とは正反対な拳法、陰険で卑怯な感じの八卦掌に目を付けたの。


いや、陰険で卑怯といったら語弊があるけど、つまりはそれだけ使いやすくて実戦的って意味じゃない?剛直、豪快という言い方、別の言い方をすれば大雑把で融通がきかないってことだしね。八卦掌って最初っから相手の側面に回ってあわよくば後ろに回り込むのを目的にしてるじゃない。


この拳法の攻防理論と形意拳の攻撃力って驚くほどマッチしててね。八卦掌を習得してからは面白いように攻撃が当たるようになったわ。

まあ、そんな感じ。――ほかに質問は?」


次は花鈴からだった。


「あの、張の奴を思いっきり宙に浮かせたあの「岱手」って技、何?シロート相手ならともかく、あいつほどの武侠を浮かせるなんて結構すごい事なんだけど。」


「ああ、あれね。

あれは八卦掌の、いわば奥儀に属するものでね。詳しい原理は流石に企業秘密。そこらへんは察してね。」と、マオ。にべもない、とはこの事だ。


まあ、武侠が自分の切り札をそうそう明かすわけがない。

次は理花からだ。


「――どうして、私達の本名を、そこの女装少年が知っているの?」


「それは簡単」

といって、テーブルの下から、


「これの中身をみたから」


『ホロコン』二つを取り出した。


なるほど。

それなら話が速い。


二人は苦み走った顔になってしまう。きっと本名だけではないのだろう、知られたことは。


「私達をわざわざ〝プリズン・ナノマシン〟で拘束したのは、そういう事(・・・・・)なのね……」



【この『ホロコン』の特に凄い所は、本人で無いと〝絶対〟に使えない、という点がモノ凄い。

例えば八州役人が不覚を取り、喉元に刃物を突きつけられた状態で、悪人に脅され、『ホロコン』を悪用されそうになったとしよう。


その際、『ホロコン』は持ち主の八州役人の脳波を読み取り、〝ご主人が脅迫されている〟と察知し、"仲間"に通報さえやってくれるのだ。】


【『ホロコン』は持ち主の八州役人の脳波を読み取り】


――もしも、脳波レベル(・・・・・)でさえ(・・・)操られてしまった(・・・・・・・・)場合は?


花鈴が、更に聞く。


「プリズンナノマシンさえ用意して、私達をさらったのは――『ホロコン』が目的なのね……」


「ええ」

猫は、あっさり肯定。


先述したように、『ホロコン』はオーバーテクノロジーの塊だ。

そのハイスペックを鑑みてみれば、悪用しようとしたらいくらでも悪用出来得る。

それこそ多大に骨を折ってでもプリズン・ナノマシンを準備する事に躊躇いが無くなるであろうほどに。


「ちなみに、どう悪用するかを聞いても?」


「それはダメ。今はまだ教えない」


そういってケラケラ笑うマオ。

チッ、と露骨に舌打ちする花鈴。

マオはどこ吹く風で涼しい顔だ。


今度は理花が口を開いた。


「それで。雷、って言ったかしら?

貴方――〝八極エィティアルティマ〟って何?」


と、雷に質問。


雷は、うん、と一回肯いてから、


「――武術の流派の名前、さ。

まあ……伝承者は今現在僕一人しかいない、つまらない田舎拳法だよ」


つまらない田舎拳法、ね……。


理花は目を細める。

たかがその、つまらない田舎拳法の伝承者風情に対して――


「ちなみに」と、口を挟むマオ。


「認めたくないけど、私より強いわよ、雷は」


「――でしょうね」と理花。


――あの『崩拳の猫』がそう断言するわけがない。


プリズンナノマシンの事も相まって、本格的に、これはまいった。

かの『崩拳の猫』と、それ以上の実力持ちであろう存在。

ここまでの会話で、自分たちが実に〝詰んでいる〟状況にあるのかを確認できてしまい、軽く心が折れそうになる理花と花鈴。


こみあげてくる絶望感をどうにか無表情の奥底に隠しこみ、「じゃあ次は私」と、花鈴。


……本題はここからだ。


「さっき、そこの女装少年クンが、ここは空間圧縮して持ち運びやすくしたプライベートルームって言ってたけど、どういうわけ?


――たしかに42年前の結界域発生現象で、科学はもう昔の人間から見たらオカルトにしか見えない領分まで踏み込んだのは確かだわ。〝結界域〟発生における解明研究の産物として、空間や時間を、伸ばしたり縮めたり出来る、という事も不可能じゃないとか。


しかしそれはまだ仮説段階・・・・の域を(・・・)出てなくて(・・・・・)まだ試作品の(・・・・・・)実用化にすらいたって(・・・・・・・・・・)無いはず(・・・・)


貴方達の言葉を信じるなら、私たちはオーバーテクノロジーの真っただ中にいるという事になるわね。」


目を細め、軽く視線に〝険〟を込める花鈴。


「……一体こんなオーバーテクノロジー、どっから持ってきたわけ?

いろんな裏事情に詳しくて一般には出回って無い技術をも使っている八州役人わたしらから見てもこれは異常に過ぎるわ。


……それともただ単に私達を煙に巻いてからかうためだけにそんな与太話を?」


理花の質問に、マオは「んーそうね……」と視線をぐるりと回しながら少し考え、そして悪戯っぽく、文字通り猫のようにニタリ、と笑った。



「貴方達、〝戒族〟って、知ってる?」




そのマオの言葉に理花と花鈴の二人は


「……は?」


と、声を上げる。


ものすごい超常の力で「異思の物共」を倒す戦闘民族。

いまだにその正体が掴めない、謎の集団。


そういう話だ。

今や少々胡散臭いオカルト雑誌とかでしか語られない存在。

花鈴が、その集団のファンだったりする。


「ってなぜその単語が今――まさか?!」愕然としながら、理花。


その二人の言葉に、マオはさらにニヤリ、と笑みを深くする。


「――その、幻の〝戒族〟の末裔が私たちだ――

……なんて言ったら?」


「――!?」「――?!」


二人の顔がしかめられる。

その二人に、マオは続ける。


「ちなみに説明するけど、

〝戒族〟はいわゆる『民族』ではなく『同胞団』とか『秘密結社』――といった方が正しいわね。


種族の差はなく、『選ばれた』者が〝戒族〟の一員となる。

そして『その〝戒族〟って一体何なの?』と貴方達に聴かれる前に答えるけど、


まあ〝戒族〟とは大昔からその言い伝えられている「超常の力」で以って「異思の物共」を倒す使命を帯びた、『正義の集団』って所ね。


そして私達はその『正義の集団』たる〝戒族〟の一員に最近選ばれた者たちってわけ。」


正義の集団。

……なんて胡散臭い。


理花と花鈴は顔を更にしかめる。


「……まあ貴方達は内心『うさんくさぁ……』と思っている事が手に取るようにわかるわ。

まあ分かるけど、今のところはこの説明で無理矢理納得してね☆」


そう言ってぺろりと舌を出し、笑うマオ。


「――ああそうそう、花鈴さん、あなた確か〝戒族〟のファンでしたよね!

ホラ飛行馬車の中でそう話してたじゃないですか!

どうですその憧れの〝戒族〟の一員を前にした感想は?

サイン要ります?」


「結構よっ!!!」


マオのその人を食ったセリフに、花鈴は声量の限りに怒鳴りつけた。

そして露骨に「はあぁ~~ぁあっ!!」と大きくため息をつく。


「最ッ悪だわ……!もうほんと最ッ低!!

あの憧れの〝戒族〟がこんな腐れ人さらいだなんて認めるわけないじゃないっ!!

舐めた事を言って……盛大に謝罪と賠償を請求したいわ全く!!


ふざけないでよ!あなたたちがあの〝戒族〟である証拠なんて何一つとして無い、あなたの証言一つじゃない!!

証拠出しなさいよ!ホラあッ!!

人のロマンを汚してくれちゃって全くもおおお!!!」


髪を振り乱して喚く花鈴。


幾分冷静な理花が、


「……だから、なの?

〝戒族〟は大昔から〝異思の物共〟と戦っている自称〝正義の味方集団〟としての『よくある特権』で、この家みたいなオーバーテクノロジーを使える、と?」と、マオに確認をする。


「その通り」と、マオ。


「まあ、花鈴さん?証拠を出せと言われても『この家がそうだ』としか言えないし、それ以上となると不毛だから、まあ、こらえてね?」


「~~~~~~ッッ!!!」


〝戒族〟の証拠としてのこの隠れ家は、証拠というにはいささか以上に根拠がない。喉の奥で憤懣をため込む花鈴。


――すると、さっきまで黙っていた雷が突然口を挟んできた。


「……僕は〝戒族〟じゃないよ。元〝戒族〟だ」


そう言ってそっぽを向く。


「もう知ってのとおり僕の目的はこの世を滅ぼすことだ。

戒族だの「異思の物共」だのもうどうでもいい。もはや自分と、自分の半径5メートル以内の範囲の事しか眼中にない。


……こんな奴が、戒族を名乗っていいわけがない」


「…………」


「…………」


「…………」


――とたんに、何故か気まずくなるあたりの空気。

マオは「ン、んンッ……」とわざとらしく咳払いをしてから、続ける。


「ま、まあそれはともかく。……そしてこれが〝空間圧縮〟なんてオーバーテクノロジーを使える理由。私達が貴方達と負けず劣らず『特殊な人間』だから。

まあ今日の所は、こんなところでいい?」


「あ、じゃあちょっと待って、待ちなさい、素朴な疑問なんだけど」と花鈴が静止をかける。


「〝空間圧縮〟なんてできるテクを使えるのなら、『ホロコン』くらいの持ち運び可能なハイスペックパソコンなんて自前で用意できるものじゃない?なんでそれをしないのよ?わざわざ私たちをさらう必要なんてないのでは……」


確かに。

『ホロコン』も十分オーバーテクノロジーではあるが、〝空間圧縮〟よりはどこからどう考えても〝容易い〟部類に入る。


その、花鈴の素朴な疑問にマオは「んん~~……確かに〝戒族〟には『ホロコン』のような持ち運び可能ハイスペックパソコンあるけど……」と困ったように微笑んで、


「その、ホラ……雷が、先刻言ったように、〝戒族〟になったじゃない?

そして私はその〝戒族〟から離れた雷に随伴しているじゃない?」


「……つまり?」


「……その必要なオーバースペックパソコンを、持って来る事が出来無かった……」


「ああ~~……」


持って来る事が出来なかった。

難しい事は無い、実に単純な理由。


その為にわざわざ蓄えの3分の1を使ってまで、マオはかなり危ない橋を渡って「プリズン・ナノマシン」を手に入れ、更に数多のリスクを支払ってでも八州役人を攫って『ホロコン』を手に入れた。


つまりはそういう事らしい。


右こめかみを右人差し指で揉みながら、花鈴は


「ほんと、そこまでして、『ホロコン』を何に使うのよ?」


と聞くが、マオは


「……」


視線を横に逸らして、黙秘権を行使するマオ。

先刻同様、話すつもりはないらしい。

再度「チッ」と舌打ちする花鈴。


そしてマオはパン、と手をたたいて、


「じゃあ質疑応答はこれで最後――」


「まだよ。まだ、肝心の事を聞いてないわ」

と、花鈴。


「晴京大虐殺――」


「……」「……」


この単語が花鈴の口から出た時、場が瞬間的に静まり返る。

しかし、


「これについてききたいわ。主に真相について。

あなたこの事件の当事者でしょ?洗いざらいこの事件について聞きた……」


「ああ、それはまた今度。

話せば長くなるから」


と、マオはばっさりと返答を後回し。


本当に取りつく島がない。当然花鈴は「……」と不満タラタラの顔だ。

しかし今度は理花の方が話を終えようとしているマオに、少しだけ食いさがる。


「あ、じゃあ最後に、一つだけ」


「ん?なあに?短めな質問でお願いね」と、マオ。


「ええ。

……貴方達が〝戒族〟という『秘密結社』の一員で、私たち以上にいろんな裏事情に詳しい事は分ったわ。

証拠があやふやだから納得はもちろんできないけど、まあ無理やり納得することにする。そのうえで聞くけど。

だからもしかして。




……本気の本気で、この世を滅ぼすことができる方法を知ってたりするの?」




ズバリ聞く理花。隣で花鈴が「……!」と、顔を引き締めている。

これにはマオでは無く、雷が答えた。

ほぼ即答である。


「――もちろん」


「……」「……」


理花と花鈴は雷の方を見やり、渋い顔をする。

しばし沈黙が場を支配した後、質疑応答の時間はこれで終わりにしてもいいだろうと判断したマオが締めくくった。


「じゃあもうこれで続きは次回にまわしてもいいわよね?


さてそれじゃあ二人とも、――」


マオが何らかの台詞を言いかけた、


――その次の瞬間!







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