1・百三十四〝そして収束し露わになる最低最悪の真相⑥〟
‶何故だ……〟
右手の人差し指と親指の間を顎に当ててさすりながら、業玄蔵はしかめっ面をして唸り、首を傾げた。
‶こういう情報伝達汚染が起こってしまう可能性なら計画の最初の方から懸念していた。
何せ‶異思の者共〟を、半分‶生〟で取り込むようなものだからな……
だから徹底して‶霊韻紋〟の文章内をチェックして、意志を捻じ曲げてしまうような文章は無いのだと、しっかりと念入りに確認できたはず……
だが実際にこんなことに……
何故だ……〟
そうして自分の思考の没頭して、注意がおろそかになった。
その隙に――
「っがあああああああああああああああああああああああっ!!!」
バキキキギィインッ!!
目の前の被験者が、頑丈なはずの鎖とグレイプニルの拘束を力技で引き千切った!
「何っ!!?」
業玄蔵を筆頭に、玄蔵の護衛をして知る者も、グレイプニルに‶結界域〟を流し込んで拘束していた者たちも、うろたえてしまう。
そして被験者は、一番手前で、グレイプニルを握っていた拘束者に、
「ッギエエエエエエエエエエエッ!!」
手刀を振り下ろした!
ドゴバキャアッ!!
「ッやめぐぎゃべッ……」
拘束者の頭蓋が、豆腐のごとく容易く縦に割れる。
吹き出す血煙。
まき散らされる鉄錆臭。
鼻腔の中が、即座に酸っぱくなる。
「おのれッ……」
玄蔵は逆手に短刀を抜き払い、迎撃せんと構え――
そこで困惑する。
何故なら拘束を無理矢理引き千切った被験者が、
「あ……あ……
お、俺は、なんと、何という、事をおおお……」
突然正気に戻ったらしく、
先刻の狂乱ぶりが嘘のように、全身を震わせながら両手で顔を覆い隠し、泣きじゃくり始めたではないか!
「あああ~~~~~~~……!!
すまない……すまないいぃィイ~~~~~~!!!」
顔を覆ったまま四つん這いになり、嗚咽を繰り返す被験者。
「「「……????」」」
いきなり正気に戻り、自分のやった事をこの上なく後悔して慟哭するという超展開に、玄蔵をはじめとするこの場に居合わせた面々は茫然とするほかない。
そしてその時、
「――ッ!?」
玄蔵は見た。
ボシュワアアアアア~~~~~~……
正気に戻った被験者の体の表面の皮膚から、黒い靄みたいなのが湯気のように湧き出て、そのまま地面に散らばったではないか!
「……???あれは、一体……」
◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇
回想を中断し、一時、現在の時間軸に戻る。
◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇ ◇◆◇◆◇
玄蔵は苦笑を浮かべながら、静雫に言った。
「慎重に慎重を重ねて、防護服を着た状態でその『黒ずんだ埃』みたいなものを採取し、分析した結果。
これは、『負の感情』の、『成れの果て』だと判明した。
『負の感情の搾りカス』と言ってもいい」
「負の感情の、成れの果て……」
掠れた声で、オウム返しするしかできない静雫。
「それが判明して儂はさらに頭を抱えた。
この『負の感情の絞りカス』だけを、ろ過とかをすることが出来ないからだ……どうしても、な」
「え、それは、どうして……」
玄蔵は、静雫の視界の右側から、左側へと、勿体ぶるようにゆっくりとうろつく。
コツ、コツ、と、ゆったりとした足音が響く。
「‶結界域〟というモノの研究は遅々として進んではいないが、しかし儂を含む研究者の手によって、ある程度――ある程度でしか無いが、解明は進んでいる。
‶結界域〟の発生には、どうしても、‶負の感情〟が必要不可欠だと判明したからだ」




