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幻想武侠片:八極  作者: 山下三也
前日譚・第零章・〝World End/prominence blue〟
2/233

一、〝復讐女神の一翼〟



――災厄というものは最初は山頂の小石の様にちっぽけなものだが、一度転がりだすと次第に全てを巻き込み、最後になるとそれを止める事は恐竜種にもできない。


この世すべての不幸というものは、たいてい皆が「タカが小石」と高をくくっていたことが原因である。


このことから、心すべきは、ある決意を持った人間が殺意を固めた時には、例えれが凡夫であったとしても神ですら逃れるすべはないということだ。なぜなら、死をものともしないのであれば、だれしも相手に危害を与えるくらいの事は出来る。


 権謀けんぼう



◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇



〝無様なものだな、麗しき八州役人さんよ!〟


大音量のスピーカーから響き渡る嘲笑が、だだっ広い空間に響き渡る。

嘲笑を受ける有翼人種マライカの女性は、それを聞き流し周りを見渡す。


そこはまるで、古き時代に奴隷に殺し合いをさせたという闘技場のようだった。

否、ただ似せるだけではない。実際に何らかの殺し合いをさせたであろう跡がそこらかしこに見受けられた。


赤黒くこびりついた、数々の血痕としか見て取れない、汚れの数々。

消臭しきれない、臓物臭と鉄錆臭。


そして惨劇を眺められるちょうどよい高さに、防弾強化ガラスで守られた観客席がある。そこには醜い欲望に人相をゆがませた豪華な服装の人々がいるのが見て取れた。


嘲笑、憐憫、そしてその倍はある獣欲。

それら否定的ネガティヴな感情の籠められた視線を浴びながらも、その女性はまるで嘘のように平然としている。


――その女は、観客たちの期待の視線を受けるに値するほど美しかった。


まず目を引くのは蜂蜜色に輝く、腰の半ばまで伸ばされた金髪である。煌々と照らされる照明を反射して、見ているこっちの目が眩みそうだ。


続いて切れ長の、翆玉エメラルド色に輝く瞳。一筆で書けそうなほどにすらりと通った鼻梁。薔薇の蕾を思わせる紅色の引き締まった唇。ツンととがった顎に、化粧を全く施してないのに抜けるように白い頬。


純白の羽毛が生えた耳と背中から生えている純白の翼は、一目で有翼人マライカだとわかる。

よほど美的感覚が狂っている者でない限り、好みの差こそあれ、誰もが美形と認める容貌。


そして170cmはあろうスラリとした長身、形よく豊かに実った乳房にくびれた腰。股下の長い脚の臀部と太ももには絶妙なバランスで脂が乗ってあり、一昔前の言い方を使うならまさしく〝小股の切れ上がった良いおんな〟である。


一部の人間や一部の地域では現在いまだに有翼人を天の御使いとして崇拝しているが、彼女を見ればそれも肯けるというものだ。


しかもその魅惑的な肢体を、これまた胸元が大きく開かれ、スリットが腰まで入った実に扇情的な純白のチャイナドレスで包んでいるものだから、それらの谷間と切れ込みに、特に醜悪な視線が集中するのも、見ている人間達の精神が劣っているせいばかりではない。


腰にさしてあるガンベルトに収まった銃と無線機がなければ、とても皆が想像する〝役人〟とは思われまい。


とどのつまり。醜悪な視線を発している人間達は期待していた。まもなく始まる惨劇に、この麗しき有翼人の美女の、その澄ました顔が、恐怖と屈辱に――それにもまして発情と淫猥に歪む様を。


挿絵(By みてみん)


〝この私の情報網をナメるなよ! 八州役人とは言え、たかが警官風情の動向を把握することなぞ朝飯前だ! こうして事前に潜入を察知して罠にはめるほどになぁ!〟


そう高慢にスピーカーから嘲笑わらい飛ばす声の主を、バルコニーの防弾ガラスで守られたVIP専用の特等席でふんぞり返ってがなり立てているその男を、有翼人の美女は物憂げに見上げる。


馬呉成マー・ンシン。このコロシアムのオーナー。中肉中背。40歳。しかしやたらギラギラした目と何よりむせ返りそうなほどの精気のせいで20代後半に見える。


高そうな整髪料で髪をオールバックにし、これまた高そうな仕立ての良いスーツで上下を固め、けれど極彩色の趣味の悪いネクタイと何より爬虫類を思わせる光沢の靴がすべてを台無しにしている。


数年前に独自の犯罪結社〝馬幇マーハン〟を創設。以来臓器密売・武器密売・麻薬売買と手広くそして深く悪行に手を染めた。


そして纏州てんしゅう蘭州らんしゅう杭州こうしゅう萄州どうしゅう風州ふうしゅう豌州わんしゅう然州ぜんしゅう空州くうしゅうの八つの主要国家を自在に行き来し、大規模の犯罪を解決するための数々の権限を与えられ、殺人許可証の所持すら許された〝八州役人〟に目を付けられたという経緯だ。


しかし百戦錬磨の馬は八州役人の動向を事前に察知、気付かれずに潜入したと思い込んでいる間抜け(に見える)な有翼人をここまで誘導し罠に嵌めることに成功した。


どこからどう見ても絶体絶命のピンチだというのに、

それだというのに、しかし女は白けたように鼻からため息を漏らす。


〝――さて今週のイケニエこと八州役人の蓬理花ホー・リアンさんと今週の催しに来てくださった皆様方にこれからはじまるゲームの概要を説明いたしまーす!〟


女――理花リアン――の内心とは裏腹にマーの上機嫌な声がスピーカーから響き渡る。

理花相手にはぞんざいな口調だったが、観客用にとってつけたような敬語。


〝ルールはいたって簡単! これから出てくる我が馬幇が誇る薬物強化兵士クリーチャー全四体と理花さんに殺し合いをしてもらいます!〟

続いてスピーカーからパチン、と指を鳴らす音。


そして、理花の前にある巨大な格子状の門が轟音と共に上へと開く。

そしてそこから――まごうことなき化け物(クリーチャー)が四体現れた。


まず背丈がすごい。〝天を衝くような〟という表現がピッタリの、明らかに2m以上はある巨躯。みな一様にスキンヘッドにしており、岩のように発達した筋肉で全身をよろっている。


上半身裸で下半身には黒革のズボンひとつで素足。口には猿轡ギャグが噛まされており、目は死んだ魚色で何を考えているのか全く分からない。しかし股間は大きくズボンを盛り上げてテントをなしており、別に表情から読み取らなくても4体全員頭の中は何でいっぱいなのかは明白だ。


まさにクリーチャー。なおかつ四体全員の両腕にはまっすぐに延びた太い錐のような鉄の爪がついた篭手をはめており、しかも鉄の爪に直結するように何かの液体が入ったカートリッジが装着されている。


「…………」


その液体が何なのかは理花には大体想像が付いている。


〝時代は変わったわね~。一昔前はこういう時、出てくるのは巨大ギガント級の類人猿型〝異思の者共(アナザーワンズ)〟とかだったんだけどね~……〟


あまりに緊張感のない理花の、脳内独白。

事実、彼女にとってこの程度、むしろ油断しないように気を張り詰め直す事のほうが重労働だったりする。

彼女は内心あくびをかみ殺していた。


スピーカーからの説明が続く。


〝何せ生唾ものの八州役人さんが相手、後のお楽しみには抽選で数名ではありますが皆様もご参加していただきます! 〟


観客席から、この説明だけで大体察した悪漢たちからの歓声が響く。


それに応えるように四体のクリーチャーが篭手の取っ手をグッと握る。それに連動して爪の先からピュピュッと液体――超強力毒薬――が飛び散る。


〝ちなみに理花さん!そのご自慢の羽根を使って空中に飛ぼうとしても無駄ですよ!あなたの頭上から約1.5メートル上あたりに斬鋼線ワイヤーソーをびっしりと張り巡らせています!不用意に空を飛ぶとトコロテンのようになっちゃいますからお気をつけて! 〟


理花はその言葉に従い、宙に目を凝らしてみる。するとなるほど、わずかに光を反射して斬鋼線がびっしりと張り巡らされているのが見て取れる。


〝もっともそれ以前に宙に浮けるかどうかわかりませんがね!わがクリーチャー達は特殊なおくすり(・・・・)で筋力と瞬発力と反射神経を極限まで高めていますからね!飛ぼうとした瞬間に掴まるのがオチで――〟


〝うざい〟


――しかし理花は、馬の得意げな長口上に聞き飽きたのだろう、最後までセリフを聞き終わる前に、胸元から取り出した  〝この施設の設備を勝手にいじれるリモコン〟  のスイッチの一つを押した。


すると。


シュゥウウウウ……


と観客席とバルコニーの特等席の空調から毒ガスがばらまかれる。それは無味無臭無色の麻痺ガスで、中の観客たちは「ウッ…!?」「がッは…?!」と訳も分からず胸を押さえたりバリバリと苦しげに引っ掻いたりして呻き、昏倒していく。


防弾ガラスの中で密閉されているだけに速攻で効果が表れているようだ。


〝なッ……こんな……何故……馬鹿な……〟


見ると、馬ももがき苦しんでいる。

理花の調べによると、この毒ガス発生装置は馬の奴がいざという時に、自身が敵とみなしたものを観客席ここにおびき寄せ、その敵を無力化するための〝切り札〟だったのだ。まさかそれを敵とみなしたものに使われるとは思ってもみなかったに違いない。


「!」「……?!」


外野の思ってもみなかった異変に、有翼人種の八州役人の目の前をさえぎる4体のクリーチャー達もうろたえている。


――目の前に敵がいることも忘れて。


〝今だ――!!〟


まるで発破を仕掛けたかのような、地面を爆ぜる音。それが理花が地面を蹴った音とは思うものはいまい。理花はリモコンをしまいながら一気に踏み込み、横一列に突っ立ったままのクリーチャーのうち、向かって一番左にいる奴に肉迫する。


「!ウッウガ…」とあわてながらも反応し、みな一様に〝結界域けっかいいき〟を展開してくる。薬物で能力を底上げしているだけはある。しかしそれでもこの麗しい八州役人には遠く及ばない。


――彼女は、白鶴拳ホワイトクレンヒルの達人なのだ。


理花も〝結界域〟を展開。

たちまちのうちに理花の身体から、靄とも炎とも取れない、光の粒子の塊の様なものが、勢いよく噴き出す。


自慢ではないが4体の大男達とは比較にならないほどの真っ白な〝結界域〟が理花の体表に現れ、彼らはうろたえる。


理花は、下から両手を交差させて、その交差させた両手首を相手の攻撃なり顔面に向かってハネ上げ、そのまま振りぬく技をアゴを引いて額を突き出すように頭を下げつつ繰り出す。当然その左端にいた禿頭の大男はそれを両腕でガード。


されど、豪音がしてその両腕が弾かれる。


〝もろい。その筋肉は飾りか。薬を使ってそれか。これはあくまで見せ技なのに。〟


内心軽く落胆する理花。


そう。これは見せ技なのである。こうやって注意を上に向けて――


ゴギグンッ!!


と嫌な音が響き渡る。敵の注意が上に向いたスキに、同時にひそかに放った、ツマ先を外にひねりながら踵で踏む様に繰り出した右の前蹴りが男の左膝を蹴り折ったのだ。


膝は折り曲げた状態なら人体で1,2を争うほど頑丈な武器になるが、まっすぐ伸ばした状態なら実にもろい弱点になってしまう。


「ギャッ…」と悲鳴を上げ終わるより早く、白鶴拳の基本である右土形手(人差し指の第二関節がせり出るような握りの拳)がクリーチャーの喉笛にめり込む。


猿轡越しに大量の濁った血を吐き出す大男。どんな大男でも鍛えようのない喉笛を思いっきり突かれては一撃でやられるしかない。


「ゴアッ!」「ガあァッ!」と理花の左右から挟み撃ちにするように襲い掛かってくるほかのクリーチャーが二体。


理花はあわてない。


理花は最初に仕留めた敵の死体の首筋に左手刀を叩き込む。嫌な音と共に首が余裕でへし折れ、そのまま向かって左から襲いかかってくる奴の方へとその死体は吹っ飛び、ぶつかり、「ガッ?!」と呻いてクリーチャー(その2)の動きが止まる。

理花はその隙に腰の得物を取り出し、それに〝結界域〟を込める。


途端、燃えるように白く輝きだす理花の得物。


ニューナンブオメガカスタム。個別名称〝牙狩り(ファングハンター)〟。ノーマルの警察官用拳銃ニューナンブを文字通り限界まで改造。銃把と銃口の先には接近戦用のスパイクを装着。


しかも銃身と銃把の間に厚さ3㎝の鉈の如きソードブレイカー――櫛の歯のようにギザギザに刃が並ぶ特殊な形状の剣で、ギザギザに並んだこの刃の間に敵の刃物を挟み、ひねってへし折るように使うことからソードブレイカーと呼ばれた――も装着し徹底的に接近戦に対応した理花専用の化け物銃だ。


八州役人ともなると自分の銃を自由に改造することも許される。しかも使用する弾丸は主にダムダム弾(対大型猛獣用の大口径弾)だ。


それを腰だめに構えて引き金を引いたまま撃鉄をもう一方の手で撫で付けるように撃つ。狙いは理花の方に向かって右から突進してくるクリーチャーの眉間と心臓。


パパンッ!と軽くて安っぽい発砲音とは裏腹にズシッとくる反動2つ。吸い込まれるように的確に敵の急所に着弾する。


しかし〝結界域〟というものは自身の体から離れるほど拡散する。弾丸の威力は半減し、〝結界域〟に守られた筋肉と皮膚にバスッ!ビスッ!とわずかにめり込んだだけで終わる。構わず突進してくる大男。


――しかし甘い。


理花は内心鼻で笑う。別に銃というものは弾の威力だけが全てという訳では無いのだ。案の定大男は突進してくる途中に――


「!?」といきなり痙攣し、急に膝をつき動けなくなる。


――実は弾丸に毒を塗ってあったのだ。象すらも一発で倒れる毒が。いくら〝結界域〟で体を強化しているとはいえ2発もくらってはたまらないだろう。


そして理花は


覇威也ハイヤ――!」


のかけ声と共に〝牙狩り〟を縦横無尽に振り回す。クリーチャーが〝牙狩り〟のソードブレイカーの部分で喉笛を掻っ切られ、悲鳴を上げる事すら出来ず絶命する。


その理花の後ろから、吠えながら一体のクリーチャー(その3)が右拳を繰り出すが、事前に察知していた理花は一歩大きく踏み込みながら地面に左手を突きつつしゃがみこんでかわし、そのまま自身の後方に向き直る。


奇声をあげてクリーチャー(その3)は再度右拳を繰り出す。


「ふっ!」


理花は敵の空いた右脇に頭を突っ込むように左斜め前方に上体を傾けつつ左足を左斜め45度の角度に踏み込み、左掌低で敵の篭手の部分を横からまっすぐ貫く様にはじいて敵の突きを捌く。


と同時に右手に握ってある〝牙狩り〟が、その自身の左腕の下から、内側から外へと軌道を描きながら振りあげられ、ソードブレイカーの部分がクリーチャーの上腕屈筋へと突き刺さる!


「ギャァウッ!?」


たまらず苦鳴を漏らすクリーチャー(その3)。


上腕屈筋は、「力瘤」とも言われているように強靭そうに見えるが、しかし実際のところ、ちょうど屈筋の真ん中あたりに親指の爪を立てるように握り込まれるとたやすく激痛が走ってしまう、存外にもろいところである。


そこにあまつさえ鉈の様な刃を突き込まれるとたまったものではないだろう。

さらにそのソードブレイカーの部分で上腕を押さえられてしまっているものだから、理花の方へと向き直る事が出来ない。


そしてそのまま理花は右膝を、胸に抱え込む様に振りあげ、


「シィッ!」


気合一閃、右足刀蹴りを、上から下へ、クリーチャー(その3)の右膝の横に叩き込む!!

膝靭帯がちぎれる、嫌な音。


「グッギャアあああああああああああっ!!?」


クリーチャー(その3)の右膝はあり得ない方向にねじ曲がり、そのまま理花に背を向けるように片膝をついてしまう。


そしてそのクリーチャー(その3)の後頭部に銃を突き付け、二度引き金を引く理花。


一発目は頭蓋骨にめり込むだけに終わるが、立て続けに放たれた弾丸はその最初の一発目を『後押し』しつつ脳髄にめり込み、そして二発目に放たれた弾丸に後押しされた一発目の弾丸はそのままクリーチャー(その3)の額を割って出る。


そしてそのクリーチャー(その3)の額からこぼれ出るピンク色の脳髄を、理花はなぜか素早く左手ですくい、


(そのまま「ドウッ……」と倒れこむクリーチャー(その3))


理花はおもむろにそのすくい取った脳髄を振り返りざまビッ!と弾き飛ばす。

弾き飛ばされた脳髄の向かう進行方向先では、最後に残った敵が丁度仲間の死体をどかしたところであり――


ぴピピッ!と多量の『眼つぶし』が最後の敵の顔にぶっかかる。

「ゴッゴアッ……」とあわてて眼のあたりをこする。いい感じに血と脳髄が目に入ってくれたようだ。


〝あ、そういやもう弾切れだったわ〟


理花は〝牙狩り〟をホルスターにしまいながら、

そのまま理花は


覇威也ハイヤ――――――ッ!!」と叫びながら一気に踏み込み、うろたえる大男の、


左足の甲を、思いっきり右足の踵でつま先を内側にひねりながら踏みつけて固定し、


その踏みつけた右足の、膝の方向に打つつもりで

腰を真下に落とし、膝を抜き、体を沈みこませながら

上から見て肩を一直線にするイメージで


左腕を逆方向へ曳きながら

右肩を下から動かし前に出すイメージで繰り出し

縦拳の人差し指と中指の拳頭を敵の鳩尾にあて


そして、腰骨を弾丸にして相手の鳩尾から背中はおろか魂すらも貫くイメージで……――


「はああッ!!」


く。


轟音。人体を打って出てきた音とは思えないほど、ものすごい衝撃。周囲の大気がビリビリと苦鳴を漏らす。


……その後、時が止まったかのようなほんの数秒の間の後。

ごぶ、と最後の一体は濁った血の塊を猿轡の間から吐き出し、絶命。

ズズゥンン……とあお向けに倒れる。


ちなみに理花が使った技は俗に「寸剄ショートバースト」と呼ばれる技である。打ち方はいろいろあるが理花はオーソドックスな打ち方で打っている。


簡単に繰り出しているように見えるが、結構練習を繰り返したものだ。何せ、精密機械の様な巧妙な動きを、一瞬のうちにやらなければならないのだから。


しかも相手は置物ではなく、もちろん動き回る。そのために眼潰ししたり足を踏みつけたりといった工夫が必要なのだ。


――白鶴拳ホワイトクレンヒルとはその優美な響きとは裏腹に、実に強力な戦闘理論の集大成だ。少なくとも弱いといった話は聞いた事がない。


ともかく理花は敵の全滅を確認。ちなみにこの間ほんの数秒。理花は再び胸元からリモコンを取り出すとさっきとはまた別のボタンを押す。


とたんに頭の上の斬鋼線がフイイイイイイ……と脇へ脇へと動いて行き、最後には、よく見ると壁にあった細い溝に全部吸い込まれるようにして消えていくのが斬鋼線の反射具合で見て取れた。


〝さあ、後は馬の奴をとっちめれば終わりだ〟


理花はバサッと背中の羽を羽ばたかせるとそのままバルコニーまで飛んでいく。確か麻痺ガスは数秒間出ると自動的に止まるはずだからリモコンをいじる必要はない。


――そして防弾強化ガラスの前まで飛ぶと、目があった。


――携帯用ガスボンベを口にくわえて、怒りに目を血走らせた馬と。

その手にはいわゆる棘付き鉄球(モーニングスター)と呼ばれる武器が握ってあった。


〝アラまあガスボンベとはまた用意周到だ事〟


内心他人事のように軽く感心する理花。そのいとまもあればこそ。


ズドガシャアアアアアアアアアアアン!!!


防弾強化ガラスすら余裕でぶち破ってこっちにやってくる鉄球――とガラスの破片をすんでのところでかわす理花。


〝おしい。もっとノーモーションで攻撃に移れる武器ならば私に一矢報いれたものを〟


「こッこのくそアマがくそアマがくそアマがああああああああッ!!」


怒りに口角泡をこぼしながら鉄球を引き戻し第二撃を繰り出そうとする馬。見ると鉄球にありたけの〝結界域〟を込めている。


〝だからモーションでかくて隙だらけだって〟


理花は手じかにあった手頃な大きさのガラス片をつかむとすばやく〝結界域〟を込め、素早くフリスビーの要領で投擲した。


「かッ……」


とうめく馬。見事ガラス片は馬の喉笛にヒット。鉄球に〝拒絶域〟を込めすぎて自身の守りがおろそかになっていたのだ。


それが致命傷だった証拠に鉄球にこめられていた〝結界域〟は急速に霧散して無くなる。こうなってしまえば只の鉄球になど恐れるまでもない。


とどめだ。


理花は


覇威也はいやあァァァッ!!」


の掛け声とともにこちらに向かってきていたその鉄球を思いっきり蹴とばす。――馬の頭めがけて。


自分の鉄球と壁に挟まれ、脳漿と脳味噌と粉々になった頭蓋骨の破片と眼球と多量の血飛沫をまき散らす馬の首から上。

残った馬の体はビクンッ……と痙攣したきり動かなくなる。


〝馬鹿な奴。余計な抵抗しなけりゃ殺したりはしないのに。――まあ頭が良ければ犯罪者になんてならないか。それに今までいい思いをそれなりにしてきたみたいだし人生の幕を引くにはいいころ合いだったんだろうな。


ま、とりあえずひと段落は付いたかな。まだまだやるべきことは残っているけども〟


そう思うと理花はフッと吐息を吐くと腰の無線を取り出し、外で待機している現地の警官おなかまに大体の事は終わったので後始末よろしく、と告げた。



――これが彼女の日常である。







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