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幻想武侠片:八極  作者: 山下三也
前日譚・第零章・〝World End/prominence blue〟
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七、〝激突〟①

鉄錆臭と臓物臭。

『素人』ならば即座にその場で四つん這いになって反吐を吐き散らし、PTSDを患うであろうこの『地獄』の情景の中で。


『玄人』である理花と九娘は努めて冷静に闖入者を観察した。


一人は黒の上下のスーツに黒のネクタイに黒の皮靴、ここまではほかの黒衣僧と変わらない。


しかしそいつはふざけたことに☆型のサングラスをして、赤、青、黄のどぎつい三色に染めた髪をオールバッグにしていた。貼り付けたような、瞬間的に見る者をいら立たせる様な笑顔を浮かべている。背は高く、痩せていて細長い。右手に多節鞭を握り、左手にトカレフを握っていた。


理花は瞬間的に〝こいつは右手の多節鞭で相手の動きを封じ込めてから近づき、左手のトカレフで撃ち殺す、という戦法をとってくるだろう〟とあたりを付けた。


今の時代、銃は逆に時代遅れになりつつある、といったが、それでも銃のいいところはいまだに評価されている点がある。


それは「引き金を引けばだれだって一律にダメージを与える事が出来る」という点だ。遠距離ならともかく、至近距離で発砲すれば、〝結界域〟はほとんど拡散せず残る。故に弾はかつての猛威を振るえるのだ。近距離限定だが。


しかしその近距離では、引き金を引くより、刃物とかで切りつける方が速いのだが――


しかし、〝結界域〟というものは弾丸、炎、毒ガス、ありとあらゆる脅威を防ぐが、唯一防げないモノがある。

衝撃、である。これだけはなぜか防げない。


至近距離から頭部に向けて弾丸が当たれば、たとえ弾が〝結界域〟に防がれても、衝撃で相手は脳震盪とかを起こしたりする。おそらくこの黒衣僧はそれを狙っているのだろう。


もう一人は、対照的に筋肉ではちきれんばかりであり、黒衣僧の制服である黒の上下を、ちょっと動くだけで破いてしまいそうだ。ノーネクタイで、だらしなくあけたシャツから分厚い胸板がのぞいている。


――しかし顔は一目見ただけで「頭悪そう」という面構えをしており、ごつごつと角ばった節々のある顔面に、黄色く濁った白眼に、だらしない笑みにゆがめた口から乱杭歯がのぞいている。こっちは普通に剃髪しており、それが逆にすごい迫力となっている。


基本的に素手だ。きっと見た目通りの力自慢だと推測する。


〝ああ、たぶん私と九娘さんは知っている、こいつらを。


大蛇アナコンダの張」と「鉄塊の古」、だ。

この凸凹コンビは、黒衣僧の中でも、時に残虐で陰参ともっぱらの噂で……


なるほど噂通り、かなりの濃度の〝結界域〟だ。私や九娘さんでもこいつらをやる、としたらかなり骨が折れそうだ……〟


と、理花はかすかに、ミリ単位分だけ眉を顰める。


〝しかしそれよりも――〟


この二人の言ってたセリフが気になる。理花は思考を再び高速回転。

理花の隣で九娘も首をかしげている。


八極エィティ・アルティマレイ……えいてい・あるていまって何かしら?話の流れからして武術の門派か何かかな?しかしそれよりも……


『崩拳の猫』!?『崩拳の猫』って……もしかしてあの……?!〟


「そんな?!『崩拳の猫』って数年前に……死んだと……!」


理花が思わず叫んだセリフに、マオはふふん、とニヒルな笑みを漏らす。


――形意拳イデアマインド、という門派がある。


その風格は豪快にして剛直、そして破壊力だけを言うなら、なんと全門派一、と畏れられている。


この門派は「五行拳フィフス・エレメンツ」という五つの基本技と、「十二形拳(ビースト・トゥエルブ)」という十二個の攻防技術、合わせてたった17の技法でだいたい修行体系を完成させた稀有な門派である。


たった17の技法で完成させていると言っても楽な門派ではない。むしろほかの門派と比べて大成するのが難しい門派だ。


形意、という名が表すとおり特に形と姿勢にうるさい。師から伝承される際、この点の厳しさに大抵のものが音を上げる、といえばどれだけうるさいか理解してもらえると思う。


しかし厳しい門派ではあるが、決して不完全な門派ではない。むしろ〝高級武術〟とさえいわれている。


「五行拳」も「十二形拳」も動作が短く覚えやすく、練習も面倒ではない。しかも、「十二形拳」もすべてをマスターする必要がなく、自分が得意とするものを2~3種練習しておけばいい。


「形意拳」は一見するとシンプルに、――シンプルすぎだと感じられる学習内容の中に、武術に必要なエッセンスがほぼ完全に内包されている。このことが、高級武術と歌われているのである。要するに、武術に必要なパワーとテクニックの2点をたった17の技法で身につけてしまえるのだ。


ゆえに、この門派から輩出される、いわゆる〝達人〟と言われる者は他門派に比べて極端に少ないが、しかし輩出された〝形意拳の達人〟と言うものは他門派からすら異論が出ないほど畏れ敬われている。


その畏れ敬われている形意拳の達人の中でも特に有名なのが、この――

〝崩拳の猫〟こと〝郭深猫〟だ。


郭深猫は実に高名な冒険者武侠であり、年端のいかない子供でも「ああ、あの」とすぐに思い当たるほどの有名人である。

ある街で悪名高い悪徳武侠を一撃で始末したり、幻とされていたレアものの「異思の物共」である〝ゴールデンタイラント〟を一撃で仕留めたり、人里離れた村を苦しめていた馬賊50人以上を、なんとたった一人で、しかも全員ほぼ素手の一撃で葬った事もあったという。


素手の一撃。


そう。郭深猫は形意拳の基本技である五行拳のうち、崩拳(要するに前進しながらの中段突き)ひとつで、いかなる敵も、たった一撃で葬ってきたのである。

その工夫クンフー(武術家としての格の高さ)の高さを人々は


〝半歩崩拳あまねく天下を貫き穿つ〟


とさえ称賛した。


弱きを助け強きをくじく、を地で行く性分から多くの人に〝真の武侠〟と敬われていた。

しかし数年前――


杭州にある風光明媚な環境都市・晴京の住民なんと


一 九 六 七 人 を 惨 殺 、 


さらに駆け付けた警察官ならびに自衛軍をたった一人で全滅にまで追い込んだという。(!)


しかしさすがに消耗したのだろう、後から(案の定)おっとり刀で駆け付けた黒衣僧たちに始末されたのだという。


嫌な思い出だ。

苦い過去である。

九娘は知らず、渋い顔をしていた。

マオを見つめる理花の眉間には、苦悩のしわが刻み込まれていた。


――この事件の事はよく覚えている。

世界規模でやたら不穏な事が立て続けに続いていたその翌年に、とどめとばかりに起こったことだから、忘れたくても忘れられない。


(ちなみにこの〝晴京大虐殺〟の後、何故かそれらの世界規模の不穏な異変は急になりをひそめていったが。)


その際もちろん八州役人も出動しようとしたが、「これは黒衣僧の縄張りだ」と黒衣僧達に妨害された。それどころではないと、半ば以上強引に理花を含め仲間数人で現場に駆け付けた時にはすでに事は済んでいた。


――これがたった一人で起こした惨事なのか。「風光明媚」とはほど遠い廃墟と化した晴京に、理花と仲間数人は絶句したものだ。


報道関係に対する規制と情報操作で大規模の地震災害、と一般市民にはそう伝え、生き残った晴京の市民には催眠、洗脳でムリヤリ大規模の地震、と事実をすり替えた。それがどれだけ大変だったかもう言うまでも無い。


しかし八州役人たちが郭深猫の死体を確認してないのと、執拗に黒衣僧たちが公開せず、「事件は我々が解決した」の一点張りでやたら隠蔽に走ったのとで


〝通〟の人間は、


「郭深猫は何かの陰謀に巻き込まれて黒衣僧とかに謀殺されたんだ、でなければ郭深猫があんなことをするはずがない」


と一様に思っていた。


だから八州役人の仲間のひとりが暇さえあれば別件でいまだにこの事件の真相を探っていたりする。しかし当然黒衣僧達の妨害のせいで調査は遅々として進んでない。


しかし理花自身も、そしてたぶんいや確実に九娘も忘れていた。今の今まで、事件の事は覚えていても、その主な容疑者である郭深猫の名を。


だってそうだろう。


一九六八人死亡。


〝たった一人の人間が、あんな惨状をしでかすなんて忌まわしすぎて。黒衣僧どものセリフを鵜呑みにした訳では決してないがそれでも……


その意後全滅した自衛軍の殉職者を合わせれば一体何人になると……〟


「しっかしおかしかったわあ。黒衣僧の奴ら、今の今まで私の尻尾をつかめなかったんだもん、『あれ、私って自分が思うほど重要人物じゃない?私ってただの自惚れ屋?』と恥ずかしく思ってたほどだったわ。


ま、今までなるべく素顔がばれないように心掛けてきたかいがあったとポジティブにとらえておきましょうか。」


――益体も無い理花の回想はマオのくすくす苦笑いで打ち切られた。


理花は経験上、先入観を持って物事を見ると痛い目にあうという事を知っている。


だから努めて、物事を客観的に見るよう心掛けてきたが、それでも甘かったようだ。


〝だって。

あの……あの郭深猫が。

こんなかわいい女の子だったなんて……!〟


絶句。

唖然。

呆然とする理花と九娘をよそに、ヒヘへ、と「大蛇の張」が見た目通りの笑い方をする。


「そりゃあね、崩拳のマオの顔を確認できたのは我々黒衣僧だけだもんなあ、たちが悪いよね、

〝有名で素性は知れても、素顔は知れない〟って。

邪魔くさい噂が噂を読んで、どれが真実なのか特定できなくなる。

まっさかこんなそそるいい女だったとはね。こんな設定、一体どこの三文漫画だッつうの。現実は小説より奇なりとはよういうたもんだわ。


ま、そこらへんあんたはさすがの武侠だよ。我々黒衣僧がこうも後れを取るとはね。」


それから張は自身の同僚が『色々と飛び散っている』この惨状を見渡し、


「しっかしお上もアホダヨネ。あんたほどのレベルの武侠相手に数で押したって惨殺死体が転がるだけだって数年前の大捕り物でわかってたと思ってたんだけどなあ。


雑魚任せにせずさっさと俺らにまかしゃあいいのによおう」


そう言って、アッパー系の麻薬を服用した者みたいにギャハハハハハ、とカン高く笑う。


しかし一転、次の瞬間には凍り付いたように唐突に無表情の真顔になり、左手に持っているトカレフをマオに突き付ける。


「……んで?今頃になってあほみたいにノコノコ娑婆に出てきたのはなんでだ?

あんたほどかくれんぼがうめえいけずな女なら、縁側で日向ぼっこが似合う賞味期限切れのくたばり損ないになるまで鬼さん役の俺らから逃げ回れたはずだが?」


ふふ、と嘲りと媚態の混ざった笑みを漏らすマオ。


「茶番ね。思わせぶりな口調はやめなさいよいけすかない。

何で?決まっているじゃない。」


そしてマオは隣にいるレラ――もとい雷と名乗る女の子を親指で指して、


「雷が、決断したからよ。





――世界スベテを、滅ぼすことを。」









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