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幻想武侠片:八極  作者: 山下三也
前日譚・第零章・〝World End/prominence blue〟
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〇、〝神槍〟


己が弱さを見据え、それでもなお迫りくる運命さだめに対し、飛び込むことを決断するか否か。

即ち〝八極エィティ・アルティマ〟とは、唯それだけの覚悟こと


レイ 信文シンブン





◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇


守る為に、殺す。敵を。己を。

そして世界それさえも。

          祈る様に……殺す。


◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇





――まだ空の色が、漆黒を思わせる黒から、群青色に変わり始めたばかりの刻。

その刻に、その漢は戦場に赴いた。







◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇

人勝歴35年・9月11日・5:36

◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇







目につくのは、草藪も乏しい不毛なる荒野。そこで動いているものと言えば、哭いてうねる風と、それにあおられてなびく雑草――……そしてただ虚空に浮いて流されるだけの土埃のみ。


否。


ザリッ、


と、一つの足音がその事実に異を唱える。

その足音を立てた主は――

なんともこの場に全くそぐわない、



絶世の美を誇る一人の少年だった。



肩まで無造作に伸ばして、手櫛でしか整えてなさそうな、ぼさぼさの、翠玉エメラルドの色をした、髪。

しかしその翠玉色をした髪は、光を反射しているのではなく、髪そのものが自ら光っているのではないかと錯覚してしまいそうなほど、美しく、そして艶やかだった。


長い前髪から覗くその大きな二重を描く瞼の瞳は朝焼けの、さざ波一つない湖の様に青く、澄んでいる。その下には、女でも嫉妬しそうなほど形の整った鼻梁に、男の筈なのにまるで少女のようにあどけない桃色の唇。そしてマシュマロの様に柔らかそうな白磁の頬。


女性ならば一目で陥落。男ですらも思わずときめいてしまうほどの美貌。


着ている服は白に近い水色の拳法着に、靴はカンフーシューズ。

そして背中には、

赫く、大きく、


崩憾突撃ほうかんとつげき


の文字。

拳法着の色が白に近い水色故に、その文字はなおさら赤く映えていた。

ともすれば美少女が無理して男装をしている。そうと言っても差支えないほど――背丈が足りないのも相まって――彼には輝く美貌があった。


そして……その少年の右手で鈍く光る存在。

――それはあまりに大きすぎて、大きすぎて少年には余りに似合わなくて、観る者がその場にいたら絶句する事は間違いないだろう。


それは一見『鉄柱』に見えた。


信じられない事に、鉄柱に。

鍛え上げられた鉄で出来た実に頑丈そうな柱。

とはいえ柱にしては少々細い。

しかしそれはよく見れば


        ……『槍』、であった。


それが鉄柱に見えたのは、それがあまりに規格外のサイズだったからだ。

されどそれを鉄柱と呼ぶには、それはあまりにも臓物臭がきつすぎた。

そして、鉄柱と見紛わんばかりに大きい柄の先には、その柄にふさわしい、斧のごとく分厚く、剣並みに長い槍の切っ先が、赤い穂を従えてそそり立っている。


少年はその、槍と呼ぶにはあまりに規格外の代物を、なんと軽々と持ったまま、物憂げに視線を前方の先のそのまた先へと向けている。


その槍の柄の直径はあまりに太すぎて、少年の小さな手では握ることも困難そうではあるが。

不思議な事にまるで吸いついているかのようにぴたりと槍は少年の手の中におさまっていた。


なんという異常な光景。


そして、少年の視線の先には、天を覆わんばかりに大きい影。


移動要塞「ディアオ城」。それがその影の名であった。


◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇


ディアオ様、この城に接近する敵影が一騎――……

レイです!雷信文レイシンブンが来ました!」


薄暗い、大広間。

そこに駆け込んだ一人の伝令兵が、この大広間の、否、この城の主である、玉座に座った人影に報告する。


「ほう……確かに一人、一人だったのだな?」


玉座に座った人影が口を開き、下弦の月の様に白い歯が口元からこぼれる。

笑っているのか。


「はい、確かに一人、一人でした!」


兵が返事をすると、その玉座に座っている人物の、右手側から押し殺した、しかし愉快そうな笑い声が。


「ククク……馬鹿め、まさか本当に一人でこようとは……真正直というかもう純真過ぎて、白痴としか言いようがありませんな、刁様」


老人、である。左目が弱視なのか、瞼を閉じんばかりに細め、その代わりの様に右目を大きく開いた、異貌の老人。

その老人の言葉が聞こえているのかいないのか、玉座に座っている人影は、兵に、否この城にいる自分の全下僕に、即座に下知する。


驚かざるを得ない、命令を。



「――全軍一人残らず出陣し、南門を固めろ。一人残らず、だ。そしてこの城に備え付けてある砲門の標準をすべて雷に合わせろ。

今、すぐに」



その、全戦力をたった一人にさし向けるという、あまりに大げさな命令に兵も、老人も驚きに目を見張る。


「な!?デイ、刁様、何故に、何故にたった一人の愚か者相手にそんな大げさなッ……?!」


当然うろたえる老人に、頬杖をついたまま、それでも玉座に座った人影――刁はにやにやと笑っていた。


理解わからぬか?」


刁は老人と兵の反応を楽しむかのように、さらに唇をにやにやと歪めたまま、真意を告げる。



「――奴がたったひとりだからだ」


挿絵(By みてみん)


◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇


あり得ないほど、大気が震えている。

刁城の前に、あまりに壮絶な数の軍勢が犇めき、壮絶な殺気と闘気を少年にぶつける。

誰もが泡を吹き卒倒するか最悪ショック性心臓マヒを起こすであろうその威圧に、しかし少年は驚いたことにそんなものなぞ唯の涼風、と言わんばかりの無表情。


〝よく来たなレイ、約束を守ってくれてうれしいよ。さっそく歓迎しょう……〟


刁城から、大音量の、刁の声がスピーカーから流れてくる。


「……」


少年――雷は無反応。


〝しかし正気の沙汰とは思えんな……気は確かかね?〟


少し、呆れるような刁の声。

それに対し雷は手に持っている槍の切っ先をピッ、と城の方に向け、

そうして初めて言葉を紡ぐ。


「――戦いに赴いてこそ、おとこ

   貫かわばこそ、愛。

   死なぞ、物の数ではない」


やたら――絶世の美貌を持つ少年が発する声にしては、

やたらと低く、渋い声。

しかしその声にこめられた烈気はまちがいなく本物。


「ッ……!」

「?!ッ……」

「――ッ!!」


ポツリとつぶやいただけなのに――……

たった一人の少年の言葉に、大軍のつわものがなんと気圧されていた。


「……それにこの程度のブリキのおもちゃ風情で俺をどうこうできると思っているのか?」


次いで、雷はそう付け加えるのも忘れない。

この言葉が挑発でもなければ虚勢でもないのを識るのは、刁のみだ。


「おのれえ……女が腐って出来たようなナリの小童風情が……」


雷の唇の動きを読み取り、歯をきしらせる老人。

その後ろで、刁はニタニタと嗤うのみだ。


「――〝結界域けっかいいき〟抽出装置、作動!」


老人の喚きじみた命令と共に、城の地下あたりで、このときの為に拘束されていた奴隷数百人が悲鳴を上げた。


◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇


「うギャアアアあァァァァァァァッ!?ち、ちか、力が吸い吸い取られレレ……」

「やめて止めてやめて止めてやめおギャアアアあァッ!??!」


刁城の地下で拘束されていた奴隷数百人は、体中に付けられている管から全生命力ごと〝結界域〟を吸い取られ、たちまちのうちに干からびたミイラとなり、


物の数秒で全員死亡した。


数百人もの人命が、だ。


◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇


《〝結界域〟抽出率、100%です!》

部下からの報告に即座に次の命令を飛ばす老人。


「よし!300ミリ砲等とにかくすべての主砲に〝結界域〟を充填しろ!」


――42年前のある日突然、全人類が〝結界域〟を展開できるようになってから、化学兵器の類は徐々に無用の長物になっていった。


何せ〝結界域〟を展開したとたん、人は〝超人〟になり、(流石に限度は残念ながらあるが)いかなる銃弾、毒ガス、高高度の熱も低低度の冷気も一切通用しなくなるのだ。もちろん老人が叫んだ諸々の大口径の砲弾ですらも、だ(!)。


いまや武術全盛の時代になり、不意打ちならともかく、〝結界域〟を展開したものには〝結界域〟を展開したものでしかやれない。それが今の常識だ。


しかもほぼ接近戦で、である。〝結界域〟というものが


〝展開者から離れれば離れるほど拡散して無くなるという性質〟


である以上、いくら大威力の兵器でも遠距離用の物は今の時代、無用の長物となりつつある。


ならば、多少拡散しても威力が減らないように〝結界域〟を兵器に込められる装置を作ればいい。その単純な発想から考え出されたのが、

この〝結界域〟抽出装置だ。


この装置を使う事により、数々の化学兵器は往年の脅威を復活させる事が出来る。


しかしご覧の通り、一回の使用に付き数百単位の人命が犠牲になるため、そのあまりの非人道性とランニングコストの無駄な大きさからやはりこの装置はお蔵入りとなった。


今現在この装置を使うのはよほどのレトロな化学至上主義者かもしくは――人命を弄ぶ事に慣れて、そして倦んだ最低の者ぐらいだろう。


《〝結界域〟充填率、各門100%です!》


「よオシ!照準はあのふざけたクソガキだッ!遠慮はいらんッ!ブッ殺せ!

全門開放ッ!!

ええええええ―――――――――――――――――――――――――――ッッッ!!!」


その老人の大絶叫と共に――

数百人の命を犠牲にして、〝結界域〟の輝きに縁取られた刁城の城壁の上に備え付けられて

いたすべての旧時代の兵器が……

一斉に火を噴く!


          ごうッ!!!


「総員、伏せえ―――――――――――――ッ!!」


刁城の南門を固めていた全兵士は、部隊長の命令と共に目と耳をふさいで、地面に伏せる。

雷に迫りくる、〝結界域〟が籠められて往年の脅威をよみがえらせた、


300ミリ大口径砲弾・その他諸々の大破壊の象徴の群れ!


しかし雷は、唯「フン」と鼻を鳴らすのみ。

その直後――


爆音。


雷は爆音とともに〝結界域〟を展開。

青い、蒸気とも陽炎ともつかない輝きが、雷の爪先から頭頂部の髪の毛の先まで全身からくまなく放射され、雷の体を大きく縁取る。


その輝きは――……青く、碧く、深い、沁み渡るような……しかし激しく燃え盛る――蒼。


その輝きの不吉さは自身の方に向かってくる破滅の輝きよりも、なんと……

なんと、それより凄じかった。


そして。


「……フッ!!」


という短く鋭い呼気と共に、自身の〝結界域〟を込めた手元の槍を縦横無尽に振り回す。

刹那。

あまりにあり得ない現象が起こった。



22ミリバルカンファランクスの弾丸が槍に触れた途端あらぬ方向へねじ曲がり、なんと、すべて、ねじ曲がり、AIM7スパローミサイルの数々が全て槍にあたった瞬間吹っ飛び、

あまつさえ300ミリの大口径砲弾が全て槍に打ち返される!!



転瞬。

あらぬ方向に飛んだ大口径砲弾の数々は周りの荒野を爆音とともにさらに醜い荒野に変え、

あまつさえそのうちの何割かは飛んできた方向へと帰っていく!


激音。


「「うぐおわああああ―――――――――ッ!?」」「「ヒイイ―――――――――ッ?!」」


断末魔の悲鳴と共に刁の配下の約二割が死亡。約三割が〝結界域〟を展開して防いだ物の、重軽傷を負ってしまう。


大地震そのものとしか言いようのない派手な縦揺れと共に、城内に響き渡る破壊音。


もちろん老人も床にへたり込んでいた。


「しょ……しょんなバキャな……」


老人が尻もちをついているのは、城を揺さぶる震動のせいなのか、それとも眼前の光景があまりに既成概念を余裕で越えた代物シロモノだったせいか。


「つッ……通常ならともかくッ……〝結界域〟数百人分のこもった戦略兵器攻撃だぞッ……

かなりの実力を持った武侠数万人を余裕で屠れる攻撃を、そんなッ……

たやすく打ち返しただとッ!?

ああッ……あり得んッ!いったいこれはッ……なんの三文漫画の光景だっ?!ワシは夢でも見とるのかッ!?!」


尻もちをついたまま、自分の頬をつねる老人。

しかしその頬から伝わる痛みは、残念ながらこれは現実の光景だと伝えていた。


「さてツォン茶番デモンストレーションも終わったところで」


いつの間にか刁が寄ってきて、「ひょい」と猫の首根っこをつまみ上げるように老人――蔡の奥襟をつかんで持ち上げて立たせてやる。


「で……茶番……」


少々ショックな蔡。


「――全軍、突撃準備。

生きながらえると思うな。命を捨ててかかって、産毛ほども傷つけられたなら恩の字だと思えと伝えろ」


「はッ……」


そばに控えていた伝令兵に、刁は非常なる命令を下した。

実に楽しそうに。

そして伝令兵も、刁の命令に嬉々として答えた。

――死地に赴けるのが、この上ない喜びだと言わんばかりに。


◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇  ◇◆◇◆◇


ザザザッ――


音楽的な正しさで、雷の眼前にいる軍勢が皆銘々の武器を構える。

……皆、驚くほど恐怖の色はない。

むしろ、非道く狂気じみた喜びすら感じている。


先刻、雷の、あり得ないまでの実力を目の当たりにしたというのに。

薬で恐怖をごまかしているのか。

それとも――皆、《《そう言った類の》》――《《終わって》》いる人間なのか。


ふ……と、目を閉じる雷。

――ああ煌月レヴェナ

最愛のひとよ。


君はこんな暗愚共の為にその身をささげたのか?

思考停止の快楽に酔い、傷付け、奪う事しか出来ない暗愚共の為に。


そして、ゆっくりと瞼を上げ、


ザッ……と雷は歩を進め始めた。


その雷に対し、眼前の兵たちは〝結界域〟を一斉に展開。

その〝結界域〟の揺らめきが大気をいびつにゆがませる。

そして――……


「突撃―――――――――――ッ!!」


オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオツ!!!


盛大に土煙を上げ、迫りくる軍勢。

雷は敵対する軍勢のその烈気に呼応するかのように、ゆっくりと槍を天に向けるように上げる。


……天へ。


眼前の暗愚どもとそう変わりはしない、

自分の愚かな決断を下すには、あまりにも青い空へ。


――僕の問いに、貴方はそれでも「是」と答えるだろう。


ああ、遠くに来てしまった。


あなたが僕に「人を癒す生き方をしてくれ」と願ったあの頃から、遠く遠く。


あなたが僕に「勇ましく死ぬ為ではなく、生きて、守り抜くために強くなりなさい」と、そう言い聞かせてくれたあの日から、遙か彼方に。


――あなたは僕の愚かな決断を赦しはしないだろう。


雷の胸によぎる、かつての笑顔、温もり。

     でも、それでも。


〝たった――の―に、――の―い事全部を―――――、それで――とする世界なんて、――っているって思うから……〟


オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオツ!!!


敵の軍勢の、吶喊の声が雷の真近まで迫っている。

そして雷は、槍を持つ手に力を込め、

ポツリと、しかしはっきりとこの世界に〝宣告〟した。



「守るために、殺す。

敵を、己を。

そして世界それさえも。

守るために――……

殺す」



そうして彼は。

後に〝破界の漢(マルコシアス)〟とも〝神槍オーディン〟とも〝訃告界の雷声(ギャラルホルン)〟とも呼ばれることになるそのおとこは。

世界スベテを滅ぼす事を決断した。


――そして槍は振り降ろされた。


背中の、〝崩憾突撃〟という響きのほむらが、悲しいほどに赤かった。








※知人から「この小説の主人公、某格闘ゲームに登場するキャラと容姿が似すぎている」と指摘があり、主人公の外見描写を主とした全面書き直しをしていきます。

それでその、あの、言い訳を聞いてください。

……某格闘ゲーム、女性キャラの乳揺れしか目に入ってなかったんです……ッ!!!

どうか御赦し下さい……ッ!!!

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