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6話

最終日は、2話同時に投稿しています。

一つ前のお話をご確認下さい。

「た、頼まれた、から、ですか?」


 少年の姿をしていたのは、青年の姿を維持できなかったからに違いない。それほど、魔素を吸い上げられて弱っていたということのはずだ。そのまま青年が力尽きていれば、世界は終わりになったかもしれない。そんなことを頼まれて、引き受けた、というのだろうか。


『頼まれたら、断り難いじゃないか。この世界の所有者が、候補者にことごとく話を断られて泣きついて来たのが最初。どうしても頼む、って言われて、柱神を、次が見つかるまでの間、仮初めに務めることにした。しばらくは世界を楽しんでたんだけど、やっぱり暇で。

たまたま、あの国の魔素使いに、地に伏して頼まれたからな。もしかして面白いことになるかと、つい引き受けたんだ。天変地異にまで魔素を使うとは思わなかったな。魔素を貪られる早さが尋常ではなく、想定外に食われたための、あの姿だったのだ』


 レードが、さすがに口を噤んだ。

 シェリーは、といえば、あまりに気楽な有り様に、青年の今後が心配になった。だが、仮にも異界から招かれるほどの神だ。

 これは、弟を、いまだに青年に重ねて見ているからだろう。


『だけどひとつ、思いがけないことがあって』


 と青年は、次はシェリーの頬をそっと撫でる。撫でられたところから、発光するように肌が変わって行くのを、見えずともシェリーは感じ取った。

 この世界は、魔素が人の身の構成要素にもなっている。魔素が多いほど、体は健やかに美しくなるようだ。つまりは聖女が、あれほど輝かしく麗しかったのは、身に秘めた魔素の量が、膨大であったからで。

 あの時。

 この少年の姿をしていたひとをどうしても救いたくて、我が身から涌き出る魔素を、あらかた、彼のかわりに世界のどこかへと送りこみ始めたあの時から。

 身の内に常に生まれでる魔素のうち、生命維持にだけ必要な分を残して、ほとんどを送り続けるために、シェリーは輝きを失い、ほとんど別人のように見た目が変わったのだ。

 見る目があれば、顔かたちは変わらないことに気付くものも在っただろう。けれど、王侯貴族は魔素の量に優れたものがほとんどであるが故に、彼らは魔素の有る無しによる変化に徹底的に疎かったらしい。

 シェリーにとっては、幸いなことに。

 魔素の枯渇が長期にわたってくると、シェリーの体は不調をきたし始めた。見た目には顕われてはいなかったが、すべての活性が落ちているような、急な老化が訪れたような、そんなじんわりじんわりとした、下り坂。

 その坂も、そろそろ底が見えそうだった。間に合わないのかと、密かに怯えていた。それなら致し方ないと!覚悟も決めていたのだが。

 渇ききった体に、魔素が染み入る。そんなことができるという話は聞いたことがない。魔素は、身の内から生まれるもの。体の外に出して、エネルギーとすることはできても、他の個体の内に入れることなど、できないはずだ。

 これは、柱神さまだからこその、わざだろうか。

 そう、ぼんやりとしていたシェリーに、青年は甘い、蕩けるような笑みを向けた。


『この世界は、シェリーの魔素も覚えてしまった。本来、異界神の魔素で世界は廻るはずなんだけど。その認識のからくりに何かおかしなことが起こったみたいだね。——僕と、シェリーと、この世界と、この三つが不可分となって、魔素がその間を巡るようになっているようだ』


「な、な、なん、なんてこと……!」

巨漢が、泡を吹いた。


『僕たちは、かなりしばらくの間、この世界とともに在る。嬉しいよ。無力がこれほど辛いと感じたことなどなかった。これからは、君と並んで立って、何からも君を守れる』


 シェリーは、その瞬間、顔が膨張したかと思った。突然、限界まで早まった鼓動が、顔に頬に耳に、目の奥に鼻の奥に耳の奥に、とんでもない量の血を送って来て、顔が弾けて死んでしまいそうだ。どこか奥の方で、ごおごおと響くのは、血潮の音か。拍動に会わせて、体が揺れる。息ができない。

 なんだ、これは。

 感極まって、ついには涙がこぼれ落ちた。温かな、煌めく涙だ。


「わ、わたし、あなたのこと、何も知らない。それに私は……」

「完結するな! 聖女様を連れて行かせはしない」


 シェリーの言葉を遮って、レードが喚く。

 それまで、虫ほどにも気に留めていないようだった青年が、ふと、そちらに気を向けた。それに勢いを得たレードが、盾のごとく立ちふさがるベルノーを押しのけんばかりに乗り出した。


「なんだ、今突然現れて、まるで自分のもののように! 柱神だろうが、関係ない。要は、異界の者ということだろう。余所者だ。我らの聖女様を囲い込む権利はないぞ。どれだけの縁談が、聖女様にもちあがっているか。中でも一番ふさわしい兄上と聖女様が婚姻を結べば、世界は安泰だ。——お前が相手ではない!」


 青年がレードを気に留めたことに驚いた様子の巨漢が、両者を訝しげに見比べていたが、レードのあまりに勢いづいた発言に、肝を冷やしたように叫んだ。


「おいやめっ」


 制止は、遅かった。レードが聞く風もなかったし、まして、青年にはもはや、許すという選択肢はなかったようだ。

 ベルノーが、はっと気付いて振り返るのと、重たい音がしてレードの体が遠い茂みに落ちるのは、同時だった。うめき声が上がる。


『致命的ではないよ。手足は折っといたけどな。あの者が、一番シェリーの心の平穏をかき乱した。胸糞悪い奴なのを、思い出したから、ちょっと、おしおきだ』


 青年の言葉は、驚き竦んだシェリーに向けてのものだ。

 ベルノーは。

 抗議するか、慌てるか、そう予想されたのに、ベルノーはその場で、膝をついて深く頭を垂れた。その目は、柱神ではなく、シェリーを真摯に見ていたようだった。一瞬で伏せられてしまったが。


『まあ、お前も面倒なお守りをしてたわけだ。役目では仕方ない。シェリーを害する意思はなかったことは知ってるよ』


 青年の言葉に、ベルノーは頭を地につけるほどに下げて、そしてようやく、呻く王子の救出に向かった。

 シェリーには、もう、不思議と彼を恨みに思う気持ちはない。王も王子も、誰もが、確かに聖女への感謝を示してくれていた。シェリーにも。

 巨漢が、肩を落とす。


「おいおい……、頼まれたら嫌と言わないのは、自分以外に関心がなかったからだろう。この世界は押し付けられるわ、あんな性悪の国に捕らわれるわ、自分は消滅しかけてるにも関わらず、大したことないって顔してたはずだ。なのに、急に人が変わりすぎてやいませんか……?」

『長い時間を過ごさねばならないのだ。退屈しないなら、どうなろうともよかったのだが。シェリーがどうなろうともよいはずはない。

 では、案内してもらおうか、しばらくは二人で、静かに過ごしたいものだ』

「えー、おっしゃいますが、急にはそんな物件用意できませんよ。大騒ぎになりますからね」

『では、勝手に探す』


 青年はシェリーを抱いたまま、どこかへ去ろうとしたので、巨漢が泣きそうになった。


「分かりました。分かりましたから。ちょっと、一日待って下さいよ」


 巨漢はどこからか、羽のような道具を取り出して、何やら意外に細かい操作を始める。

 シェリーは、ようやく心落ち着いてきた。

 さっき遮られた、言いたかったことはなんだったろう。どうしても、念押しをしておかないといけないことだったはずだ。


『そうだ、その家がいいかな? 気に入っていたのなら、ここを切り離して、囲ってしまえばいいけど?』

「あ、あの」


 すべてを受け入れたい、とばかりに熱く見つめられて、シェリーはまたも呼吸困難だ。けれど、言わなければならないことがある。


「その、弟の姿をとってくれて、ありがとう。弟と、少しでも平穏な時間を過ごせたようで、嬉しかった」

『うん、君の中に、強く刻み込まれた姿だったから。……哀しい記憶でなければよかったけど』


 はっと目を合わせる。瑕ひとつない、完璧な美貌の奥に、あの不揃いな、けれど愛嬌の詰まった愛しい眼差しが見えた気がした。


「私たち——私と弟は、ある日いきなり、森の中に倒れていたの。私たちが暮らしていたのは、きっとこことは違う世界。だから貴方が、とても気になった。

 わけも分からず、踏み分け道をたどって、かろうじてこの家まで歩いて来た。もう亡くなった老夫婦がちょうど越して来たところで、拾ってもらって、孫として一年ほど暮らしたの。夫妻が亡くなってから、弟は……弟は、まるで原因が分からないのに、どんどん体力が落ちて。どうしていいのか分からなくて、王都に行けば、助かるかもしれないって聞いて。無理して二人で旅をして、ある日、森の中で、野宿をしている時に冷たくなってしまった」


 今でも、その冷たさと優しい固さを思い出せる。

 不安で何度も名を呼んだのに、かすかに返してくれていた返事が、そっと途絶えたその時のことも。


「今回魔素を削るようにして送っていた時に分かったけれど、あれはきっと、魔素が足りなくなっていたのね。

 どうしていいか分からなくて、私、何日か、泣いていたのだけど……。急に、魔素があとからあとから湧いて来るようになって。弟は、なんとか埋めて、それから、私は王都に行ったの。

 そうしたら、周りの人たちが、聖女だって、聖女としてしなければならないことがあるって。

 言われたことをしていると楽だったから。

 言われるがままだったの。貴方に会うまで」


 ふと、青年が目を伏せた。


『そうか、弟が、この世界に還ったことで、君と世界が繋がったんだ。きっと、僕とも』

「弟が?」

『そう、君も、僕も、弟も、この世界にとって余所者なんかではない。

 いつか、長い時の中で、君の弟も、この世界の魂の連なりに乗って、また君に会いにくるだろう』


 そっと抱き寄せられて、シェリーは胸の息が心地よくこぼれ出るのを感じた。弟を、抱きしめて得る安心感とは、段違いの安堵。


「ほんとう?」

『本当だ。そしていずれ、必ず来る世界の終わりには、弟も連れて、外に行こう。——君の世界を探しに行こう』


 それは遠い、神にとってすら遠い未来の約束。

 果たされる時は、世界の終わりの、さらに先のこと。

 けれどきっと、叶えられる。

 あのとき思わず口にした言葉は、シェリーの奥の奥の底に沈んでいた、本当の願い。

 聖女は、彼女の世界に帰りたいのだ。

 いつか、きっと。

 シェリーは青年の首にしがみついて、その耳元に、ありがとうを囁いた。

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