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5話

「だ、誰だ。おい、シェリー、弟やらではなかったわけだな! いったいこれは何者だ」


 レードは真っ青な顔をして、それでも傲然と喚いた。

 シェリーは、けれど、答えられない。


「……え、っと、あれ? 誰?」


 信じられない、とレードだけでなく、ベルノーと巨漢からの視線も刺さる。だが、事実、シェリーにもさっぱり分からない。


「だって、私が会ったのは弟と同じくらいの男の子で。なんとなく、こことは違うところから来たんだって分かったから、助けたいと思って……」


 弟の姿を借りているのは、弟と同じほどの年齢の、子どもだったはずだ。膨大な魔素を身に宿しながら、大陸を制覇するために極限まで魔素を搾り取られて疲弊した、ほんの少し自分と似た立場の、少年。

 それが。

 ゆっくりと振り向いた青年は、あの時の少年の面影を確かに残していて、シェリーは目が回りそうだった。

 引き締まった頬がほころんで、黒く輝く瞳が細められる。完璧に左右対称な整った顔立ち。弟では、有り得ない。


『そうか、名も正体も告げてはいなかった。なのに、その身を削って、守ってくれるとは』

「守った、とおっしゃいましたか?」


 激しく反応したのは、巨漢だ。それに、青年はゆったりと頷いた。


『そう、守ってくれた。全ての魔素を回復に集中させることができたのは、シェリーのおかげだ』

「……全ての魔素を。まさか。貴方の魔素がなければ、この世界は成り立たない。……確かに、今は比べ物にならないほど安定していますが、先ほどまでだって、まるで問題はありませんでした。我らは貴方が、今度は聖女に捕らわれたのかと」

『逆だな。シェリーの、おかげで、救われた。彼女が、全てを肩代わりしてくれた』

「そんな! 聖女だから? いえ、それでも人の身です。そんなことは、無理でしょう」


 巨漢をちらりと振り向いた青年は、どこか得意そうに口角を引き上げた。長く仕えた相手の初めての表情に、巨漢はぽかりと口を開けた。


『確かに人の身では有り得ない。そろそろ限界も近かったろう。僕の回復に、予想より長くかかった。おかげで、すっかり痩せてしまった。健気なことだ。——だが』


 再び黒曜の瞳にじっと見つめられ、シェリーは身の置き所がなくなるようだったが、突然その目がぎらりと剣呑な光を帯びたと思えば、強く腕を引かれ、軽々と抱え上げられた。

 全ての力が枯れようとしているせいで、シェリーの首は坐らない。くたりと、青年の肩に額を押し付けることになる。

 勢いがついていて、きっと痛かった。ごめんなさい、と言おうとしても、顔が上がらない。

 溜め息をつくように、細い息を吐くと、青年が少し、笑ったようだった。


『無力な状態で、シェリーが困った状況に在ってもどうすることもできず、おろおろと見ているしかないのには、正直怒りを覚えたものだ。——もう、それも終わりだ』


 獣の母親が、子どもにするように、青年がシェリーの額を、顎でつついた。

 拍子に、まるで温かなスープを与えられたように、柔らかな熱がシェリーの身の内に滑り込み、その体をじんわりと温めた。

 ここ数ヶ月の体の不調が嘘のように、楽になった。

 ふと、肩に落ちる髪が、少しその色を明るくしたことに気付く。


『シェリー』


 ただ名前を呼ばれただけ。目が合っただけ。

 ずっと、弟として、半年を過ごした人だと、自分で自分に念じる。

 勝手に救いたくなって、押し付けた生活だった。

 こんなに、存在全てで感謝を表してもらうことなど、思っても見なかった。

 シェリーはじわりと滲んだ涙を隠すように、顔を覆った。この涙は、きっと、想像よりも重要な立場にあったらしい、もうひとりの弟からの、思いがけない感謝が、身に染みたから。

 救えなかった弟を、救えたような気がしたからだ。

 かすかに震え続けるシェリーを、青年はそっと撫でる。その度に、シェリーに温もりが伝わり、聖女たらしめていた輝きが戻ってくる。


「やはり、聖女本人ではないか。誰も彼も、まるで耳を傾けなかったが。そら見たことか! 早速王都へお連れして」

「おい、口を挟むなよ、第三王子。不敬だぞ」


 レードの言葉を、巨漢がびしゃりと叩き落とした。その言葉に、レードとベルノーが怪訝な顔をする。


「不敬、だと? そいつが何様だと言うんだ。戦に出た貴族の顔は覚えている。そいつだって、出てやいないだろうが。どれだけ戦功をあげ、あるいはどんなからくりだか、聖女様と個人的に親しくなろうとも、どこの国の貴族であったとしても、兄殿下には及ぶまい」

「兄ちゃん兄ちゃんと気色悪いな。次に舐めた口を利くと、ぶった切るぞ。この方は、柱神様だ」

「なっ……!」


 柱神さま?

 シェリーもまた、驚いて青年を見上げた。


『とはいえ、仮初めのものだったんだけどね』

「何故過去形なんです?」


 嫌な予感がする、と額に書いて、巨漢が訝しむのに、青年は、神らしくない柔らかな笑みを返した。


『一時的にシェリーが肩代わりしてくれたことで切れかけていた縁を、先ほどこちらから繋いでしまったからな。これでしばらくは、ここで柱となるしかない』


 巨漢の顔色が、失せて行く。あまりの血の引き様と、自分の行いが切欠である様子とに、シェリーは慌てたが。


『どうせ、シェリーが力尽きたらこの世界が終わりだったはずなんだ。頼まれごとでもあったし、まあいいじゃないか』


 のんびりと言われて、訳が分からないなりにほっとしたのもつかの間、レードが、不機嫌極まりない声で宣った。


「説明してもらおう! 順を追って、だ。この半年、聖女の隠居の世話を国がして来たんだ。聞く権利がある、はずだ。柱神だ、と言われて、そうですかとなるものか。神殿で唯一の創造神に問えばいいのだ。聖女の相手に、誰がふさわしいか! たかだか神の僕の柱の一人など、たいした存在でもあるまい」


 誰を相手にしても、彼は変わらないらしい。そのぶれなさ加減は、稀少な長所、と見ることもできるのかもしれない。

 巨漢は、もはやほかはどうでもよいらしく、頭を文字通り抱えて、まさかまさかと天を向いて唸っていた。

 青年は、レードの言葉すら、耳に入っていないようだ。

 だが、聖女として神殿で公に認められるにあたり、神殿長から直々に講義を受けた身としては、王家に連なるというレードの勘違いを、訂正しなくてはいけない気になった。


「柱神は、創造神に任命されて、世界の安定を担う異界神ですが、創造神の僕ではありません。また、代々三神で支えてくださっていたのが、今代では柱神はただ一神のみとされています。創造神とも並び立つほどに力のある神であると、神殿でも考えているようです」

「そ、そんな神が、なぜあんな国に捕らわれて魔素を吸い上げられていたんだ!」

「そ、それは……」


 シェリーにも謎だ。

 戸惑って思わず青年を見れば、優しい眼差しが返って来た。


『なぜ、と言われても。頼まれたからね』

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