私の魔法
診断メーカーの「いろんな恋の病」の
「なつきは愛しい人に想いを伝えるとその人の眼を硝子玉に変えてしまう病にかかりました。かわいそうに。きっと、どうすればいいかわからないのでしょうね。
…けれどその恋を終わらせないのはどうして?」というお題にそって小一時間ほどで書いてみました。
お題にそって書くのは初めてで、上手く伝わっているか心配ですが、読んで頂けたら幸いです。
この世界は、沢山の魔法に溢れている。
私は今、目の前にいる彼の瞳を見つめている。彼は屈託ない笑顔をこちらに向けて、部活の話をしている。
なんて素敵な笑顔なのだろうか。私は彼のその笑顔ごと抱き締めたくなる。けれど、その想いが相手に伝わらないよう上手に相槌を打つ。笑顔になりすぎず、けれど興味がないという素振りもなく、絶妙に。
夕暮れの教室、埃っぽい匂い、日直の彼と私は教室に二人きり。夕焼けに照らされて、彼の笑顔もオレンジ色に染まる。明日配るプリントのホッチキス止め作業を、たわいもない会話をしながら進めていく。
ゴツゴツとした彼の指を見て、ため息が出そうになる。あの指に触れてみたい。指を絡めて、そっと握り返してみたい。
彼は器用にプリントを数枚ずつまとめていく。私はそれを受け取ってホッチキスでとめる。たったそれだけの共同作業が、とても贅沢に思える。今だけは彼の時間を独り占めしている気分だ。この時間の事は、他のどの女の子も知らない。秘密にするにはあまりにも些細な事であるが、思い出の中から切り離して宝箱に放り込んでしまいたい。
ホッチキスの作業が終わり、彼は手早く次の作業に移る。黒板清掃で日直当番は終わりだ。私も手伝おうとしたが、いつもは二つある黒板消しが何故か一つしかなかった。彼は、一人でも余裕だと言って黒板を綺麗にし始めた。私は言葉を選んでお礼を言う。
早く日直の仕事を終わらせて部活に行きたいと、ぼやきながらも彼は丁寧に黒板を清掃している。私は真ん中の席に座り、彼の後ろ姿を見つめる。
シャツの袖から伸びる筋肉質な腕にドキリとしながら、こんな事にときめいているのは、恋の魔法のせいだなと少し顔が緩んでしまう。
魔法、とても素敵な響きだ。私は今、恋の魔法にかかっている。少女漫画のヒロインみたい、とても甘い響きだ。
けれど、私も彼に魔法をかける事ができる。この事は私自身もよくわかっていない。何故なら、今までこの魔法をかけたいと思ったのは彼しかいないから。
愛しい人に想いを伝えるとその人の眼を硝子玉に変えてしまう魔法。
硝子玉という響きは綺麗だけれど、どうなってしまうのか想像もつかない。私がどうすればいいのかも、わからない。だけれど、この恋を終わらせてしまいたくないのは、何故だろうか。
幼い頃から、愛しい人ができてもその気持ちは伝えないでおこうと思っていた。とても怖い魔法だと信じていた。
だが今、絶対にしてはいけない、この言葉が持つ魔力に私は抗えないのかもしれない。彼のキラキラとした瞳が硝子玉になってしまうのを、見たいと思う自分がいる事に気付いてしまった。
彼はどんな顔をするのだろう。
困り果てた彼は、私に魔法を解いてくれと懇願するだろうか。
怒りを振り撒いて、私に手を上げるだろうか。
絶望にうちひしがれて泣くだろうか。
私だけしか知らない彼を知りたい。他のどの女の子も知らない私だけの彼を知りたい。
あまりにも贅沢すぎる願いだと分かっている。それに大好きな彼を困らせたくない、怒らせたくない、泣かせたくない。
だからわたしは、彼の事を好きだと悟られないように、上手に話題を選び笑顔を選び距離を空ける。もし彼が私に好意を持ってしまったら、私はそれに応えざるを得なくなる。
終わったよ、という彼の言葉で我に帰る。
顔を上げると教壇の上に立ちこちらを見下ろしている彼が、とても輝いて見えた。柔らかそうな髪、日に焼けた肌、少し着崩した制服、体格の割に細い首筋、袖から伸びる逞しい腕、すらりとした長い足、そして熱く煌めく彼の瞳。
理性が飛びそうになる。今すぐこの気持ちを彼に伝えて、そして彼の答えを聞きたい。
私のものになってほしい。
私だけを見つめていてほしい。
聞いて私の想いを、この愛しい気持ちを、私は、私は―