第一話 勇者の帰還:練馬よ、俺は帰ってきた!
※お約束:この物語はフィクションです。実在の有明・練馬・即売会とは関係ありません。
「お願いしまぁす!」
「情報をご存じの方は、お知らせください~」
「和彦君を捜しています」
東京都練馬区練馬、練馬駅前のスクランブル交差点前。
歩道でチラシを配りながら、三人の女性が声を張り上げる。一人は三十代の女性、あとの二人は制服姿の少女達だ。
その様子を、ビデオカメラで撮影する取材スタッフが数名。
地元のCATV(ケーブルテレビ局)、J-C●Mの生中継だ。
「行方不明者を捜しています」と言うチラシを受け取ってくれる人は少ない。
通り過ぎる者は皆、自分の事に忙しい。
取材スタッフの美人女性レポーターが、チラシを配る三人を示しながら話す。
「三ヶ月前のことです。この交差点で飛び出した子供をかばって、子供を歩道に突き飛ばした男子高校生、氷堂和彦君が、車道側に倒れ込みました」
「子供は助かったのですが、男子高校生はトラックにはねられたかに見えました」
「しかし、その姿は忽然と消えたのです」
レポーターがスクランブル交差点を指し示し、TVカメラがそちらに向かってパンした瞬間。突如、周囲が白い輝きに満たされた。
フラッシュを焚いたような、だが、もっと眩しい光。目を開けていられないほどの閃光が、数度またたく。
同時に、腹の底まで揺さぶられるような轟音が響いた。
* * *
輝く門をくぐると、そこは練馬駅前だった。
巻き上がった突風が辺りを吹き払った。
「やった~、帰れた~!」
俺は、思わず叫んだ。ガッツポーズを取る。
もう異世界じゃないんだ。
見上げると、西武池袋線の高架が見える。
俺達は、練馬駅前のスクランブル交差点の真ん中に立っていた。
「転移成功したよ、ここが俺の世界だ!」振り向いて後ろに言う。
「「「おー!」」」俺についてきた少女達が歓声を上げた。ファンシア王女、エルフのイーシャ、獣人のアイラだ。
「ここがカズヒコさまの世界ですのね!」
「建物が大きいねぇ!」
「ちょっと暑くって湿っぽいニャ~」
「あ~、懐かしい練馬だ」
駆け回りたい、大地にキスしたい!
俺はそんな喜びに駆られてダッシュしようとした。
「和彦!」
その時、大きな声がした。
「あれ? 母さん?」
手にしていた紙束をバサーっと落とし、俺の母親が駆け寄ってきた!
母親に続いて駆けてきたのは隣家で幼なじみの鳥越夏美と、その友人の冷泉院美保子だ。
こいつらは、俺のクラスメイトでもある。俺たちの通う学校は新桜台高校、二年生だ。
夏美は、ショートカットで元気な感じ。美保子は、髪は姫カットだ。
「無事だったのね!」
「ああ、えっと、ただいま」
「カズ君! ホントに本物のカズ君だー!」
母さんは、嗚咽を漏らしながら、俺に強くすがりついた。夏美も涙声だ。
俺は、二人を抱きしめた。
思わず涙がこみ上げてくる。
懐かしい世界、懐かしい家族。
夢にまで見たものがここにあった。
滂沱のごとく流れる涙。
俺自身のうめくような声が聞こえて、自分でもこんなに感動していたのかと、感情の高まりに驚いていた。
ちょっと鼻水も出ちまったな……。
「氷堂君。早く交差点から歩道に上がった方がいいと思うけど」
美保子が、人差し指でメガネをクイッとあげて言った。
「その人たちも」
感動や驚きなどの感情は感じさせない声だ。
クラス委員だから、落ち着いているのか?
俺は拳で涙をぬぐい、あわてて言った。
「おう、お前達、こっちへ来いよ」
交差点の信号が赤に変わろうとしていた。
まだ俺に抱きついたままの母親と夏美を、引きずるように歩道に上がった。
俺に従う少女達も、続いて歩道に上がる。
「今の、撮った? ねえ、撮った?」と、美人レポーター。
「はい、しっかり撮りました」
「やったわ、スクープよ!」
「はい、突然の衝撃音と発光の後、そこに人間が現れました!」
「未確認ですが、三ヶ月間にわたって行方不明だった氷堂和彦君だという証言があります」
TVクルー達が騒いでいる。
異世界から来た俺の仲間は、久しぶりに再会する俺と家族の様子に、一様に感情を揺さぶられたようだ。
ファンシア王女は、俺たち家族を見てもらい泣きをしていた。
照れ隠しにその場でくるりと回り、長いドレスをひるがえした。
同時に長い金髪もひらりと広がり、日光に反射して金色に美しく輝いた。まるでバ○ビー人形のようである。
多少そばかすはあるが、親しみ易い西洋系美少女だ。
彼女は、涙を拭いてから改めて大きな青い目を見開いて、俺と母と夏美を見つめる。
そして表情豊かにニコニコとした笑顔を見せながら言った。
「これから、カズヒコさまのお家に向かわれるのですね」
ファンシア王女の大きな胸が、プルンと振るえる。
つい、視線が胸に引き寄せられる。揉みたい。あわよくば、顔をうずめたい。
が、あわてて目をそらした。
これは本能なんだ。悲しいおとこの性なんだ。
未だ涙を流していた夏美が、俺の様子を見て、ちょっと目をつり上げる。
うれし泣きをしながら怒るなんて、器用なマネが出来るもんだ。
イーシャも涙ぐんでいたが、笑顔でうなずく。
真っ白な、ローブのような服を着て、身長は165㎝くらいはあろうかという女性だ。だがそれはマイナスのイメージをもたらさない。
むしろモデルのようにカッコイイ。
少し身長が高いためであろうか、話しをするとき何となく俺との顔が近い感じがする。
外見は色白だ。どれだけ太陽の陽に当たっても肌が焼けない、不思議な白さの肌だ。だが不健康な肌の色では無い。
歳は18歳位に見える。
瞳の色は濃い赤。
髪は肩くらいまではある銀髪なのだが、まだらに濃いグレーと茶色が合わさったような色の髪の房が銀髪の中に混じる感じだ。
不思議な髪の色合いだが、不自然な感じはしない。
エルフの役割は、魔法だ。パーティメンバーでの役割も、攻撃を主体とした魔法を担当している。
ただし、ファンシア王女も数種類魔法を使えるが、エルフの魔法とは性質や種類が異なる。
さて、エルフのイーシャは……胸が無い。よ~く見ると、あ、あるんだなぁとわかる感じだ。
いわゆるチ~パイと言うやつである。
ファンシア王女の揺れるたわわな胸を見ると、イーシャは絶望してしまうのである。
本人は表情を変えていないつもりだろうが、俺にはお見通しだった。
胸がチ~パイでも関係ない。
イーシャは、エルフ耳がいいんだ。それに、超絶美人だしなぁ。
だから、あまり胸のことで悩まないで欲しいものだ。
「楽しみニャー!」アイラがネコ耳をピクピク動かして嬉しそうに笑う。
獣人とは言っても、頭の上、左右にネコ耳が髪の毛の間からひょこっと突き出ていることと……。
尻の辺りから、毛に覆われたシッポが出ている以外は、身長120㎝程度の普通の女の子に見える。
この場合は女児と言った方が正しい表現であろう。
周囲の人に混じったら、その中に溶け込んでしまえるほど日本人に似た容姿だ。髪の色も黒である。
瞳の色だけは暗い金色で、瞳孔はネコのように縦に割れているので、そこだけはちょっと異質だ。
服装は、下は足をむき出しにした黒の短パンと黒のニーソックス、上も黒い色のシャツだ。
俺は、アイラの頭を撫で回した。
アイラを撫でると、ちょっと俺の精神が落ちついてきた。
柔らかな獣毛に覆われたネコ耳も触りたいのだが、今は控えよう。
アイラは、なかなかネコ耳を触らせてくれないのだ。
ネコ耳獣人のアイラは、まだ幼いので背も低く胸も無い。
そのかわり、子供独特の輝くような笑顔で俺を見つめていた。
「この人たちは?」美保子が特に困惑も動揺も無く、淡々と言って俺の後ろの異世界少女達に視線を向ける。
涙で顔がくしゃくしゃの夏美と対照的だ。
「ああ、こいつらは、俺の……何というかツレと言うか……そう、パーティメンバーだ」
「初めましてファンシアと申します」ファンシアはドレスの裾をつまんで、少し身をかがめた。
「ファンシアは向こうでは王女なんだ」
華のある本物の王女様を見て、夏美は目を丸くした。
「夏美さん、よろしくお願いしますね」ファンシア王女は美しい所作で挨拶をした。
「こちらこそよろしくお願いします」涙は止まったようだが、まだ濡れた顔をこすり、夏美はお辞儀を返した。
夏美は、少し小柄で154㎝くらいだ。ファンシア王女と身長は、ほぼ同じでよく似た感じだ。
ただし、夏美はファンシア王女ほど胸は無かった。
「ボクはエルフのイーシャです」イーシャはニッコリ笑った。爽やかな笑顔である。
「イーシャはパーティでは魔法使いだ」
夏美はちょっと顔を赤らめた。
イーシャは中性的な容貌だ。ある程度身長もあるし、小柄な男性に見えなくもない。……胸も……よく見ないとわからないしな。
その超絶に美しい姿に、夏美はクラッと来たに違いない。
「言っとくが、イーシャは女だ」
俺が言うと、夏美はショックを受けたような顔をしていた。
「……一人称『僕』って言う女の子を初めて見たよ」夏美は驚いたように目をクルリと回した。
本当にこんな驚きの表現をする人間がいるなんて!
そういえば、夏美は昔から表情豊かだったなぁ。
今更のように、イーシャの胸が多少はあることを確認する夏美であった。
「アイラだよ」
「この子は、獣人という種族なんだ」
アイラは、ネコ耳をピンと立てて、シッポをユラユラ揺らした。
「……変わった人たちね」
表情を変えずに今度は美保子が答える。
「それとこいつはペットのロック」
いつの間にか俺の頭に帽子のようにしがみついていた小さな竜を示す。
ロックは、竜の幼生だ。
あちらの世界で出会い、仲良くなったのだ。
まだ飛ぶ事しか出来ないが、人語を解する能力はあるようだ。
ロックは翼をはばたかせ、頭上に舞い上がった。
「かっわい~い」
夏美が笑顔で手を伸ばすと、ゆっくり降りてきて腕に止まるロック。
なんだか鷹匠のような姿だな。
「なあ夏美、今日は何日だ!?」俺は叫んだ。
「6月1x日だけど」
「母さん、窓が開いた青い大きな封筒届いた?」
「??……確か届いてたけど」
「やった~、サークルスペースが取れたぞ! これなら新刊も出せる」
「カズ君、……なんのために帰ってきたの?」
「いや……もちろん、家族や夏美のところに帰りたくて……でもコミケ○トも大切と言うか」
夏美がジト目で見上げてくる。美保子は大きくうなずいている。
「と、とにかくだな、俺はこれから頑張らねばいかんのだ!」
俺は、恥ずかしさを隠すように叫んだ。
気がつくと、周囲を遠巻きに通行人達に囲まれている。
こちらに向けて、携帯で写真を撮っている人間までいる。
練馬駅前は、何事かと立ち止まった人たちであふれ始めている。
このままここに居るのはまずい!
「とりあえず、家に帰ろう」
「和彦、帰ろうね」
「うん…」
母親と夏美がうなずいた。
美保子は、足下に散らばった紙束を集めていた。
異世界を冒険してきた俺は、こうしてこちらの世界では数えて90日ぶりに帰還した。
俺の歩くあとを、ゾロゾロと歩く一行。
TVクルーもそのままなし崩しに付いて来たので、何とも大人数になってしまった。
その更にあとを、練馬駅前交番の警察官が二人、物陰に隠れながらついてくる。
俺の「探知」の能力が、後を付ける者達を教える。
警官の後ろには、更に野次馬が付いて来ているので、警官が物陰に隠れながら尾行しているのは、ギャグにしかならない。
あ~あ。
元の世界に帰っては来たものの、先が思いやられるなぁ……
何度か改稿しました。
すみません、初投稿なのでそのようなこともあるものだと思って、温かい目で見守ってやってください。よろしくお願い致します。