第6話 相場
エルフ男(名前聞くの忘れてた)と別れて、さらに謎の蔦に運ばれること数十m。
フェアリーさん(名前聞くの忘れてた)に別れを告げ、ようやく俺達は、妖精族の町『エブラーセン』に到着していた。
「うおぉ、これはまた……」
「ふふん、どうじゃわらし達の『里』は。あまりの大きさに腰でも抜かしおったかや」
そう言って、誇らしげに胸を張ったパルミラの言葉を、俺は決して否定しなかった。
……うん、確かに驚いた。色んな意味で。
下の『防護ネット』の大きさから、一応かなりの規模の町だと予想はしていた。
それでも感嘆の声を上げてしまうほど、彼らの住居は見渡す限りに広がっていた。
そして、同時にその光景は、俺の知る都市像からはずいぶんとかけ離れたものだった。
まず彼らの住居は、木に貼り付いているという特性上、一軒一軒がかなり小さかった。
見た目もなんというか、でっかいリス小屋?そんな感じだ。
もちろん全部が全部そういうわけでなく、中にはもう少し大きな建物もあるにはある。
それでも小さ目のログハウスがせいぜいで、やはりミニマムな印象は拭えなかった。
そのログハウスにしても、中を土台の木が貫通しているために、居住空間は狭そうだ。
そんな小さな住宅郡の間には、木と縄で組まれた狭い通路が縦横無尽に走っていた。
その様は、まるで巨大なアスレチックのようにも見えた。
「こりゃすごいな。これぞ本物の空中都市って感じ……あ、しまった!」
口から飛び出た可愛い声とは裏腹の荒っぽい言葉に気づき、思わず口を押さえた。
今時男言葉の女の子も珍しくはないが、せっかく理想の女の子の姿になっているのだ。
ならば、ここはとことん演じきるべきだろう。
どうせネカマなんてやってる時点で、恥ずかしいことなのは確定的なんだしな。
いわゆる毒を食らわば皿までもの精神だ。
ちらりとパルミラのほうを見やると、やはりお馴染みのポーズのまま待機中だった。
うん、やっぱりNPCはいい練習台になるな。
こういう露骨な失敗をしても、完全にスルーしてくれるのが素晴らしい。
俺は安堵の息を吐き出すと、もう一度はじめからやり直すことにした。
「コホン……すごいわね。まさかこれほどの空中都市を見れるとは思ってなかったわ」
まぁ、実際は建物が小さすぎるせいで、都市というよりでっかい村って印象だけどな。
「……(どやぁ)」
そして完璧に受け答え出来ても、会話になる保証がないのもこのゲームだった。
ま、このNPCとのやり取りにもだんだん慣れてきたから、別に良いんだけどね。
重要そうな話は、適当に話を振ってれば何かしらキーワードに引っかかってくれるし。
そうじゃなくても、そのうち向こうから勝手に喋ってくれるように出来ているようだ。
実際NPCが振る話題には優先順位があるらしく、重要なものほど頻繁に振ってきた。
それはもう壊れたレコーダーかお年を召した老人のごとく、何度も何度も振ってきた。
……なのでそろそろお経のように『エブラーセン』の素晴らしさを語るのやめません?
もしかしたら、俺は新手の洗脳攻撃でも受けているのかもしれない。
そういや街角で見かける宗教勧誘の人も、こんな風に同じ話何回も繰り返すよな。
そして、こっちの話をまったく聞かないってのも一致している。
うむ、何故かNPCと宗教の人の嫌な共通点を見つけてしまったぞ?
そうか、あの人達って実はNPCだったんだな。
……と、そんな話は今はどうでも良いか。
ちなみにその『エブラーセン』だが、今は水で埋まってる地面の部分も含まれるらしい。
なんでも神殿の風は結界の役割も果たしていて、森はフィールド扱いではないそうだ。
道理で探索中、モンスターはおろか獣の一匹すら見当たらなかったわけだな。
だから、俺が転送された場所は『エブラーセンの神殿前女神像』で正しかったわけだ。
まあ、だからといってそれで納得できるかと言えば、それはそれで話は別だけどな。
そもそも、じゃあなんで町の中にデストラップなんて作ったんだよって話になるし。
「……でも言っちゃ悪いけど、エルフの家って思ってたより小さいのね」
そこここの木に貼りついたエルフ達の家を見て、俺は見たまんまの感想を漏らした。
木自体はかなり大きいため、住めないほど小さいわけではない。
それでも家族で住むには少々無理のある大きさだ。
外から見た感じ、手狭なワンルーム程度がせいぜいだろう。
「うむ、確かにエルフの家は小さいものが多い。
じゃがそれは、同時に住む者の未熟さを意味するでの」
「はぁ?……え、えーと、それってどういう意味?」
元々返事を期待して振った話題じゃないので、予想外の反応と内容に虚を突かれた。
「『里』に住むエルフはの、成人すると同時に一本の木を与えられるのじゃ。
その木を大きく育てられるかどうかで、その者の『里』の地位が決定するでの。
大きな家を作るには、土台となる木も相応に育てねばならんということよ」
はぁ?何その不思議設定。
確かにエルフといえば森のイメージはあるけど、木を育てるってのは初めて聞いたぞ。
俺のイメージだと森の狩猟民族なんけど、これじゃあむしろ林業の人みたいだ。
「へ、へぇ……それじゃ、一番大きな木を育てたエルフが長老になるってこと?」
「うむ、然りなのじゃ。ほれ、あれを見るがよい。
あの木こそが里の長老、すなわちわらしの父上が育て上げた偉大なる『神木』ぞ」
パルミラは今日一番のどや顔で振り返り、来た方角のはるか上方を指差した。
彼女に釣られて見上げると、そこにはとんでもない巨木が聳え立っていた。
この森の木々は、小さいものでも他所では十分に巨木と呼べる範疇だろう。
何しろ俺たちが今いる場所は、すでに地上何百mという高さなのだ。
だが、そんな木々さえミニチュアに見えるほど、その木は巨大だった。
高さはもしかすると、千mを超えているかもしれない。
そしてその巨木の枝葉の間からは、屋敷と呼べるほどに巨大な家が見え隠れしていた。
その家はすべてが木造で、俺の知る屋敷という形とは少々赴きは異なっている。
それでも、今までこの町で目にしたどの家より、巨木の中の屋敷は立派だった。
俺は感嘆の吐息を漏らしつつ、同時にあることに気がついていた。
「ていうか、私の記憶が正しければ、あの木って確か私達が登ってきた木だよね」
「うむ。地上との行き来には、精霊様の力を借りておるでの」
そう、地上から登るためパルミラがノックしたあの木。あれが長老の木だったようだ。
確かに根元部分だけでも一際でかい木だと思っていたが。
少し離れたことで、ようやくその尋常ではない巨大さが理解できたということだろう。
『神木』の天辺付近にはちょうど雲がかかっていた。うーんファンタジーな景色やね。
うん。
そしてこう言っちゃなんだけど、今までが嘘のように会話が繋がっている気がするな。
ということは、この会話の内容は『里』にとってはかなり重要なことなんだろう。
ここにきて、やっとまともな会話が出来ている事実に若干テンションがあがってきた。
「大きく育った木には、精霊様を呼び寄せる力が宿ると言われておる。
わらし達にとって、精霊様はいわゆる神に等しい存在での。
精霊様の宿る木『神木』を目指して、わらし達は日々木を育てておるのじゃ」
「へぇ。じゃああの長老の木には、精霊様がいるってことなのね」
「うむ。地上との行き来には、精霊様の力を借りておるでの」
うん。何だか話がループした気もするけど、居ることには間違いないらしい。
パルミラの話が本当なら、触手プレy……もとい、謎の蔦は精霊の力だったようだ。
それをエロイベントなんか勘違いしちゃって、ごめんよ精霊様。
でも蔦で縛られて宙吊りになるエルフって、それだけで妄想が捗りゲフゲフン……
ええ、実にすばらしい移動手段だと思いましたよ、ええ。
「……って、いけない。本来の目的忘れるとこだったわ」
里の成り立ちや精霊様とやらに興味がないわけじゃないけど、今はそれよりも装備だ。
なにせ、俺が現在身に纏っているのは『ぬののふく』と『かわのくつ』のみなのだ。
こっそり青いウィンドウを立ち上げて、装備欄も確認したので間違いない。
巷でケチと評判の某RPGの王様だって、もう少しましな装備を用意してくれるのに。
そして当然のごとくアイテム欄もからっぽだった。さすがにお金はあったけどな。
俺はもう一度ウィンドウを確認し、現在の所持金を確かめた。
えーと、これだな。今俺は1000リフ所持しているらしい。
で、1000リフって、一体どのくらいの価値があるんだろう?
まあ、さすがにこのお金で初期装備のひとつくらいなら買えると思うけど。
……か、買えるよな?頼みますよホント。
「じゃ、武器と防具を揃えたいんだけど、『武器屋』と『防具屋』はあるのよね?」
「『武器屋』かや?ここからそう離れておらぬでの、すぐに案内できるぞえ。
ここの武器屋はこの国イチの品揃えだて、アマネさもきっと気に入るであろう」
「本当?それは楽しみね。それじゃ早速『武器屋』まで案内お願いね、パルミラ」
「うむ、わらしにどーんとまかせるのじゃ」
よし、狙い通りキーワードになりそうな言葉を選べば、ちゃんと会話になってきたな。
どや顔で先導するパルミラを眺めつつ、俺も少し誇らしげな気持ちでその後を追った。
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◇エブラーセン武器屋価格表◇
ダガー 1200リフ
ショートソード 2000リフ
アサシンダガー 4800リフ
穴あき包丁 8000リフ
ブロードソード 3200リフ
レイピア 3800リフ
ツーハンドソード 5000リフ
三日月剣 7200リフ
フランベルジュ 15500リフ
木弓 1500リフ
コンポジットボウ 2200リフ
ボウガン 4000リフ
エルフィンボウ 8000リフ
妖精の弓 17500リフ
神木の弓 30000リフ
満月の弓 36000リフ
矢 (*10) 500リフ
痺れ矢 (*10) 1000リフ
毒矢 (*10) 1500リフ
火矢 (*10) 1500リフ
銀の矢 (*10) 2000リフ
風切りの矢 (*10) 2000リフ
音切りの矢 (*10) 2500リフ
神木の矢 800リフ
新月の矢 1500リフ
ウッドスタッフ 1500リフ
樫の杖 2500リフ
妖精の杖 8000リフ
半月の杖 18000リフ
九十九の杖 99000リフ
革の鞭 2100リフ
茨の鞭 3800リフ
分銅の鞭 5500リフ
チェーンウィップ 7800リフ
etc...
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その数分後、武器屋内にて奇声を上げる見た目麗しいエルフの姿が目撃されたという。