第5話 里への道
「それで、アマネさはわらし達の『里』に用があって、ここまで来たのかや?」
「ま、そういうことになるわね」
深刻な胸痛から立ち直った俺は、神殿で出会った少女と共に再び森を歩いていた。
俺の横を歩く、パルミラと名乗った少女に視線をやる。
パルミラは何故か上機嫌な様子で、体を左右に揺らしながら歩いていた。
放っておけば、今にも鼻歌なんかを歌いだしそうな雰囲気だ。
なんというか、ぱっと見の幼さも相まって、その仕草は非常にあざとかった。
……いや、素直に可愛いといってしまいたいのは山々なんだ。
だけど、そう認めるのになかなか至れない理由があった。
「そんなら、わらしがアマネさを『里』まで案内してあげようぞ」
「えっ、いいの?
んー……じゃあせっかくだし、お言葉に甘えてお願いしちゃおうかな」
「あい。長老の娘たるこのわらしに、ドーンとまかせるのじゃ!」
そう言って、パルミラはドヤ顔で胸を張った。
俺の1.5倍くらいありそうな長いエルフ耳も、勢い良くピコピコと動いている。
うむ、やはり彼女の動作は非常にあざといな。
余談だが、人間年齢で10才程にしか見えない彼女は、今年でちょうど20才らしい。
リアル合法ロリが目の前にいた。
「アマネさならきっと『里』の皆も大歓迎だて、ゆっくりしてゆくと良いぞ。これが――」
「これでもし私がドワーフや悪魔族だったら、最悪『水没』させられてたんだよね?」
「……」
おっと、相手の台詞を先回りしたら、再びパルミラがドヤ顔のまま固まってしまった。
いくら相手がNPCだからって、調子に乗りすぎるのは良くないね。失敬失敬。
「――それで、アマネさはわらし達の『里』に用で、ここまで……」
「ストーップ!その話題はもういいから、次ぎ行きましょ次!」
再起動したパルミラが口にしたのは、先ほどと一字一句違わない言葉だった。
ちなみにこの話題は、既にこれで4回繰り返したことになる。
従来のゲームを考えると、このようにNPCが話題を振ること自体凄いことと言える。
だが、その振られる話題はランダムで決まるらしく、会話の内容は何度も被っていた。
それはもう、壊れたレコーダーか、ご飯を要求するご年配かというくらいに。
彼女の会話を振り返ると、俺がエルフであること前提の話が何度も出てきている。
ということは、かなり多くの会話パターンがプログラミングされているのだろう。
その労力と情熱は、素直に賞賛に値するものであることはもう間違いない。
そりゃこれだけのことをやれば、ゲームの開発だけでも何年もかかるはずだと。
しかしこのゲームがリアルに近いからこそ、逆にその違和感は浮き彫りになっていた。
いかにもゲームらしい粗を見るたび、この子はNPCなんだと再認識してしまうのだ。
いくら魅力的なキャラでも、裏に製作者の影が見えると、とたんに醒めちゃう感じ?
そのせいで、普通に可愛いはずの彼女の言動が、どうにもあざといものに映るのだ。
流石にその違和感にももう慣れてきたので、今は彼女の反応で遊んでるんだけどな。
「ところでさ、『里』に武器屋ってあるの?あったら案内してほしいんだけど」
「武器屋?当然あるぞえ。『エブラーセン』はこの国イチ大きな里だしの」
俺の問いに、パルミラはやはり『どやぁ』と言わんばかりに、その小さな胸を張った。
うん。この反応だけ見れば、本当に良くぞここまで作りこんだと感心する。
「じゃあ、防具屋は?」
「防具屋?当然あるぞえ。『エブラーセン』はこの国イチ大きな里だしの」
どやぁ!
「じゃあ、桶屋は?」
「……」
あ、やっぱりないんだ。
パルミラは『どやぁ』と胸を張ったままフリーズしていた。
まあ、多分反応できないだろうと予想した上で振ったんだけどね。
という風に、俺はパルミラの反応で遊びつつ情報を引き出す方向にシフトしていた。
「うん、でも防具屋は楽しみかな。
この服も悪くないんだけど、色々お洒落もしたいし、可愛いの揃ってると良いな」
「……」
「そ、そこで黙らないで!」
そして彼女の反応が一定なのをいいことに、『女の子を演じる練習』も試していた。
彼女の台詞に対し、いかに普通の女の子っぽく返せるかというのが今のトレンドだ。
仮に失敗しても、何度も同じ台詞を繰り返してくれるからこれがなかなか丁度いい。
ただし反応ワードがないと、このように無視して羞恥心を煽ってくるのが珠に瑕だ。
ロールプレイは基本思い込みと勢いだから、冷静になるとそれだけで死ねるのだ。
「――それで、アマネさはわらし達の『里』に用で、ここまで……」
「はいはい次々ー!」
とりあえず、このゲーム既読メッセージのオートスキップ機能はつけるべきだよな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――着いたぞえ」
突然半歩前を歩いていたパルミラの足が止まり、くるりと俺の方に向き直った。
ようやく『里』とやらに到着したらしい。
「わぁ、ここが……」
眼前に広がる、予想以上に栄えたエルフたちの集落に、俺は感嘆の声を――
「……って、ぅおい!」
「ん、何ぞ文句でもあるかや?」
一際大きな巨木の前に佇んだパルミラは、悪戯が成功した子供のような笑顔だった。
いや、確かにパルミラ自身は疑いようもなく子供なんだけど。
パルミラの立ち止まった先には、『里』どころか民家のひとつすら存在しなかった。
今までもイヤというほど見てきた、ただひたすら樹木のみが立ち並んだ風景だった。
「……これの、どの辺が『この国イチ大きな里』なんだよ?」
「んふふ、慌てるでない。そしてアマネさはわらしに出会えて本当に運が良かったのじゃ。
なにしろあのまま彷徨えば、本当に『水没』するところだったからの」
「はぁ?」
要領の掴めない俺をよそに、パルミラは巨木の幹を3回ほどノックした。
まさか、『里』は地下に広がっていて、この木の幹が入り口になっている、とか?
……ありえるなぁ。
森はもう結構歩き回ったけど、今まで集落の気配なんて一切感じなかったし。
「はいはいは~~い!」
とか考えていると、突然上空から声が降ってきた。
下かと思ったら上かよ!?
慌てて上空を見上げると、背中から羽を生やした小さな女の子がふわりと降りてきた。
「あらー、パルミラったら遅かったじゃない。
もうすぐリミットだから、てっきりまた迷子になったのかって心配したわよ」
「たわけ!わらしを一体誰だと思っておるのじゃ。たかが神殿までの道なぞ散歩も同然ぞ」
「はいはい、そう言って女神様のお世話になったことが、今まで何回あったっけ?」
「うっ……うるしゃい!」
半透明の羽をはためかせ、上空から現れた彼女はいわゆる妖精と呼ばれる種族だろう。
ん?そういやここじゃエルフも妖精族なんだっけ。
それじゃあ彼女は一体何と呼べば……
まぁ、とりあえず『フェアリーさん(仮)』とでも呼んでおこう。
彼女のぱっと見の外見は、人間で言えばおよそ14、5才ぐらいだろう。
鮮やかな緑色の髪に、同じく深緑の瞳を持った、健康的な印象を受ける女の子だ。
だが、彼女のサイズは、同じ妖精族でも俺達とは比べものにならないほど小さかった。
何しろ頭の先からつま先まで、およそ30cmほどしかない。
彼女の衣装は、裾に向かって透けていくという、一見エロそうなワンピースだった。
しかしそういう印象にならないのは、やっぱり彼女がミニチュア過ぎるからだろう。
彼女は淡い燐光を振りまきながら、パルミラと楽しそうに会話していた。
「……て、立ち話してる場合じゃないわね。そういえば見ない子連れてるけど、客人?」
そう言ってフェアリーさんは話を切り、ふいに視線をこちらへと向けてきた。
「あ、はじめまして。私アマネっていいま……」
「うむ。彼女はアレも知らず森を歩いておっての。危ないから保護してきたぞよ」
完全なる蚊帳の外からやっと復帰できると思ったら、すかさずパルミラが被せてきた。
おいNPC会話しろ!
「そっかそっか。というかもうアレも始まってるし、早く上がろ上がろ!」
フェアリーさんが、なにやら上に向かって合図を送った。
すると、突然上空から緑色の触手が降ってきて、そのまま俺の腰あたりに絡みついた。
「うぎゃあ!?」
リアルなゲーム世界でネカマプレイが出来ると思ったら、突然触手プレイが始まったなう。
とか冷静に感想を述べてる場合じゃねえええぇ!
確かにエルフと触手の親和性については、俺も一石を投じたい程食指の動くテーマだ。
だが、だからといってそれを自分の体で体験したいかといえば、それは断じてNOだ。
そもそもこのゲーム全年齢対象じゃなかったのか?あ、表現の関係上でR15だっけ。
ともかく、少なくともエロゲじゃなかったことだけは確かだ。
まさかアメリカ産のゲームでは、触手程度じゃエロにすら入らないとでも言うのか。
つーかもしかしなくても、さっきからこの体でろくな目にあってない気がする。
く、ネカマプレイとはこれほどまでにハードな茨道とでもいうのだろうか?
納得いかない、やり直しを要求する!
「や……やめろ!はなせぇ!」
どうにかこの体を拘束する触手から逃れるため、必死で手足をばたつかせた。
しかし体は既に宙に浮いているようで、手足は虚しく空を掻くばかりだった。
腰に絡みついた触手をはずそうにも、そこそこあるはずの腕力でもびくともしない。
触手から枝分かれした細かい突起に体を刺激され、ゾワゾワした感覚が背筋を走った。
ヒッ……や、やめろぉ!
すみませんでした俺が悪かったです!次作るキャラはちゃんと男にしますからぁ!
と、涙目でもがいていると、目の前にふわりとフェアリーさんが降りてきた。
「移動中は暴れると危ないよ。『河』に落ちて水没しちゃってもいいの?」
「……へ?」
移動中?プレイ中じゃなくて?
あくまで冷静なフェアリーさんの視線に従い、俺も視線を地面の方へと向けた。
すると、さっきまで俺たちが立っていた褐色の地面に、著しい変化が起こっていた。
「……森が、川になってる?」
森の乾いた地面の上を、ちょろちょろと幾筋もの水の流れが覆い始めていた。
上から眺めるその様は、さながら毛細血管のようにも見えた。
しかも水量はどんどん増えているらしく、細い流れ同士次々に合流を重ね、次第に太く大きな流れへとその姿を変えていた。
「この森は日没前に大河に変化するでの、『里』に辿り着けぬと水没してしまうのじゃ」
幾重にも重なった植物の蔦を腰に巻きつけたパルミラが、ドヤ顔でそう説明した。
一見触手とエルフにも見えるが、健康的な印象と幼さ故か一切エロさは感じなかった。
例えるなら、クレーンゲームに吊り上げられるぬいぐるみといったイメージだ。
あれ?じゃあ俺に絡みついてきた触手の正体って……
落ち着いて確認すると、やはり彼女に巻きついたものと同じ植物の蔦だった。
細かい突起物だと勘違いしたものは、ただの葉っぱでしたとさ。
し、しょうがないだろ。突然であせってたし、結構暗くてわかりづらかったし。
あとな、おっぱいが邪魔でよく見えなかったんだよ!
コホン。
ともあれ、どうやら俺達はこの謎の蔦によって、どこかに運ばれている最中らしい。
その運ばれる先が、彼女達の言う『里』ということになるのだろう。
そして、その目的地はどうやらかなり高い位置にあるようだ。
なにしろ既に地上50mほどに達しているにもかかわらず、まだまだ上昇中なのだ。
これ、高所恐怖症の人だとちびっちゃうかもしれんね。
しかし改めて思うけどやっぱりこれ、最初の町にたどり着くのに難易度高すぎだろう。
スタート地点にそれらしいヒントはなし。
キーになるキャラに案内してもらって、ようやくたどり着けるって。
しかもタイムリミット有り、種族によっては案内してもらえないというオマケつきだ。
仮に悪魔族で始めて、案内してもらえず河に流されてたら、正直そいつはキレて良い。
開始早々ノーヒントで右往左往して、戦闘以前に地形に殺されるとかどんな仕様だよ。
確かにセラフィさんも、スタート地点によっては詰みかねないとは言ってたけどさ……
これ、今頃サポセンなんか、対応でひどいことになってるんじゃないか?
昔のゲームならともかく、やっぱりノーヒントはまずいよなぁ。
「おお、パルミラちゃん今戻ったのか」
触手……もとい、蔦に引き上げられ続け、そろそろ地面の認識が怪しくなってきた頃、突然上方より少々しゃがれた男の声がかけられた。
声の主を探して顔を見上げると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
その屈強そうなエルフの男は、大きな道具袋を背負って目の粗い網の上に立っていた。
そして、俺が驚いたのはそのエルフの男にではなく、目の粗い網の方だった。
何しろその網は、それこそ森の天井のように、見渡す限り広がっていたのだ。
「今日もずいぶん遅かったから、また迷ったのかと心配したぞ」
「べ、別に迷ってなぞおらぬ。皆してわらしを子ども扱いするでない!」
男の言葉に、パルミラは真っ赤な顔になって反論した。
「あはは。パルミラちゃんまだ20才なんだから、無理に背伸びしなくて良いんだよ」
「う、でもわらしは長老の娘として……」
「長老の娘でも子供は子供。そのうち大人になるんだから、あせる必要はないって」
「うー」
しかし、男は笑ってパルミラの反論を受け流した。
その様子は、まさに大人と子供というやりとりだった。
とりあえず、パルミラはいじられキャラだということだけは、良くわかった。
それよりわからないのが、異様なほど遠大に広がった、この網の正体だ。
網は鉄製の器具で木々の幹に取り付けられ、森の一定の高さを隙間なく覆っていた。
「ええっと……すみません。この網って、一体何なんですか?」
仕様上キーワードに掛からないと返事をもらえないので、俺は3人に向けて質問した。
「ああ。この網は『里』から落ちても大事に至らないように張り巡らされているんだ。
俺はこの網に傷みや綻びがないか、こうやって毎日点検しているのさ」
その質問には、すぐにエルフ男が反応を返した。
どうやらこの会話は、エルフ男の担当だったようだ。
しかし、ゲームの世界なのに、この辺の設定はきちんと詰められてるんだな。
普通なら割とおろそかになってもおかしくない部分なのに。
うん。こういう何気ないところが煮詰められてるゲームっていいものですよね。
「へぇ、そうなんですか。
でもこれだけ大きな網だと、点検だけでもかなり大変な仕事じゃないですか?」
「……」
そして俺の言葉に、エルフ男は凍りついた。
残念、この言葉はキーワードにはなかったようだ。
なんでやねんなんでやねん。
何の不自然もない日常会話じゃないか、何で設定されてないんだよ、もー。
はぁ、ちょっと褒めたとたんこれですよ。
詰めが甘いというか何というか、このゲームはよー……