08 身体強化 1
ボールに乗って飛ぶ魔法が使えることは物を動かす魔法の基本をマスターしたことになる。
だからボールに乗って魔法を使って飛んで遊ぶだけで物を動かす魔法の基本がマスターできる。
飛ぶのが怖くて地面を転がしたり、水面を滑らしたりして遊ぶだけでも物を動かす魔法に習熟することはできる。
この様にボールに乗って遊ぶことは物を動かす魔法の基礎を楽しんで身に着けることが出来る大変有用な行為でただの遊びではない。
運動神経が並み以下の俺でも最近は飛ぶ魔法の技術に習熟してタイプAのボールに乗ってもなかなか転がらなくなっている。
ではあるが流石に少し飽きてきた、ボールに乗って飛んでもこれ以上の進展はあまりない。
夏休みが終わるまでは色々駆り出されて忙しかったけど企業側の体制が整ってきたのか最近は無くなった。
幼体だった勇一も夏休みに成体になってボールに乗って魔法で飛ぶのもすぐ出来るようになった。
勇一は一通り飛べるようになると別のことに興味が出たみたいで最近は沃土と一緒に別の教授の研究室に出入りしている。
沃土は魔法の仕組みを解析することに興味があるみたいで色々な人からデータをとって解析している。
みんな新しいことを始めているので俺は初志に戻って生身で飛ぶことが出来ないか考えることにした。
でも考えれば考えるほど危険なことばかり思い浮かぶ、色々経験してその経験が身についた結果だ。
そうして俺が出した結論は『体を頑健にしてかつ俊敏に動ける様にしないとこの貧弱な体ままでは実験するにも選択肢が狭すぎる』だ。
まずは以前から気になっていた魔法ステロイド、いつものように沃土に相談しよう。
「魔法ステロイドは筋肉を着けるだけなら有用だけど、反射神経とかは良くならないよ?見た目だけを変えるのなら即効性があるからボディビルダーとかには良い魔法だね。俊敏に動きたいなら補助的に使う程度にしないと。パワーアップにはなるけど筋肉を着けすぎると動きを阻害するから注意が必要だ」
「魔法ステロイドは補助的にだね。恒常的に体を頑健にしてかつ俊敏に動ける様する良い魔法の情報はないかな?一時的な身体能力向上の魔法はあるけど恒常的にとなると見つからないんだよね。神様情報にそれらしき魔法があるんだけど解析できないしなぁ。怖くて試せないよな」
「その神様情報の魔法ってどんなやつよ」
「古代魔法人が時々赤ん坊や子供や家畜の体を障って魔法を掛けるんだけど。それで時々かける魔法が毎回違うみたいなんだよな。怪我を治すとか病気を治すとかではない。恒常的に頑健かつ俊敏になる魔法と考えて引き出した情報だから間違いない。古代魔法人だから文字もないし言葉も分からない。誰か解析してないかなぁ?」
「それ似たような魔法なら耳にしたことがある。でもなんか胡散臭いんだよ」
「教えてよ。どんな魔法?」
「うちの大学は農学部が山の麓にあるでしょ。その近くで農業しながら武術を教えている夫婦がいて弟子入りすると体が丈夫になるってさ。農学部の先輩が1人弟子入りして半年になるんだけど細かった体がごつくなって背も伸びたんだよ」
「それって武術を半年やって姿勢が良くなってごつくなっただけじゃ」
「それが師匠は週1回の稽古前にどうなりたいか毎回聞いて背中に手を当てて魔法を掛けるだけで、後はナイフを両手に持って型の稽古を毎日30分ぐらいしてただけなんだってさこの半年間」
「その背中に手を当てて魔法を掛けるのは確かに神様情報に似ている。その魔法分かる?」
「だから胡散臭いから調査は後回しにしてる」
「でも農学部の先輩は魔法で体がごつくなったんだよね。どこが胡散臭いの?」
「又聞きだけどさ、その先輩の師匠は15歳から19歳まで行方不明になっていて戻ってきたそうなんだけど、その行方不明の間に魔法を受けて体が丈夫になったって自分が行方不明になる直前の貧弱だった頃の写真を見ながら先輩に話したみたいなんだよ。変だろ」
「何が?あの日から嘘は付けないんだし本当の事なんでしょ。どこが胡散臭いの?」
「だからその師匠は24歳なんだけどさ、行方不明になったのはあの日以前だから魔法は使えなかったはずなんだ。ほら胡散臭いじゃないか」
「でも先輩もその師匠も嘘は言ってないんでしょ?」
「うん、先輩とは直接話しているから嘘ではない。胡散臭いけどな」
「だったら俺はその魔法を調べる。その先輩と武術の師匠にも会いたいから連絡先教えて」
「先輩には連絡入れとくから直接会いに行けばいいよ。武術の師匠の方は先輩に会って聞いてよ」
俺は魔法が本物かどうかには関心があるけど行方不明云々の話の信憑性はどうでもいい。
話に矛盾があるようでも嘘を言っていないのだからなんか理由があって理解できてないだけなんだ。
胡散臭いと思うのは当然だけどあの日以前の常識に囚われているからだと思うぞ沃土。
俺は週明け早々に大学の農学部に来た。
農学部は山の麓のド田舎の集落の端に有って周りも山と森と田んぼと畑、そのほかは大学の傍にコンビニと飲食店があるぐらい、大学の敷地はほとんどが山か森で学生が学ぶには良い環境だ。
近隣の山や森には所謂どんぐりの木がたくさん自生していて野生動物が繁殖するのに良い環境でもある。
学生は少し離れた町に住むか、大学の傍の学生寮か学生用のアパートに住んでいる。
あの日以降、豚が凶暴になって世界中で問題になっているのだが農学部では豚が豚舎や放牧場から敷地内の山や森に逃げ出して近隣の山に拡散して野生化し、近隣の山を縄張りとする猪とも交配して繁殖している。
豚が逃げたばかりの頃に猟師を使って害獣駆除の名目で大学敷地内の山や森に入り豚を駆除しようとしたが却って近隣の山への拡散を促すことになった。
夏に研究者が調査のため近隣の山に入っているが広範囲に亘り猪と豚の交配が確認された。
農学部では研究用に色々な品種の豚を飼っていたので近隣の山を縄張りにする猪は多様性に富むようになった。
豚は野生の猪を家畜化する過程で多産化し大型化していて出産は猪は年1回4,5頭だが豚は野生化する前で年2~3回各10頭だ、野生化して年1回10頭になったとしても圧倒的に豚の繁殖力の方が強い。
大学近隣はどんぐりの木がたくさん生えていて豚が繁殖するには本当に良い環境らしく生息域が急拡大していてその勢いが止まりそうにない。
大学構内にも《林道は豚に注意》の看板が目立つように設置してある。
この勢いだと大学近隣の山や森を縄張りにしている純血種の野生の猪はもうすぐ見られなくなるな。
農学部の先輩の栗原さんは大学院生で畜産関係の研究室に席を置いていてあの日以前は家畜の品種改良とかを研究していた人だ。
「初めまして栗原さん、神尾 修と言います。沃土から話は聞いてますか?体を頑健にする魔法を探してるんですが」
「あぁ、初めまして栗原です。宜しく。私が受けた魔法についてだったね。この生物の持つ能力を選別して潜在化したり顕在化したりした後で固定化する魔法は血筋を整える魔法と言われていてね。私も家畜にも応用できるから習ってはいるけどまだ詳しくは分からないんだよ。」
「はい。武術の師匠に魔法を掛けられたと聞いてますが。その師匠に話を伺いたいんですけど宜しいですか?」
「いいよ、いつもより少し早いけど今から自動車で行こう。それからそんなに丁寧に話そうとしなくていいからね」
「分かりました。宜しくお願いします」
自動車で目的地に向かいながらいろいろ話をする。
「今から会いに行く天谷 剛は君の高校の先輩だよ。私の同級生で高1の時に行方不明になってさ、半年ぐらい前に町で偶然会って『あっ栗原君だ。久しぶり、懐かしいな。』と声を掛けられたんだよ。それが見覚えのないゴツイ体の兄ちゃんで名乗られてもしばらく分からなかったな。だって私の知っている彼は虚弱で歩いていて転んで骨を折るぐらいだったんだ。それから、『どうしたのその体』と聞いたら『弟子入りしたら教える』と言ったから弟子入りしたんだ」
「沃土は師匠が『あの日以前に魔法を掛けられて強くなったと言っていて胡散臭い』と言っていました。でも嘘は言っていないんですよね」
「嘘は言っていない。でも行方不明の間の話は公式には記憶を失ったことになっている。詳しく聞きたかったら本人に聞いてよ。私が話しても胡散臭いと思われるだけだからさ。」
「沃土は魔法の効果より魔法の仕組みに興味があるみたいであちこちで魔法を使う人に聞きまくっているんですよ。なんか全ての魔法に共通する法則とか公式みたいのを知りたいみたいです。ここは『胡散臭いから後回しにしてる』と言っていました」
「魔法を日常的に使い始めた人はかなりいるから調査対象には不自由しないからな。こちらから態々話に行く様な動機もないしそうなるよ」
「俺は体を頑健にしてかつ俊敏に動きたいから師匠の魔法の効果に興味があるんです」
「それは私の体験上非常に効果があるね。ただ体の持つ能力を潜在化したり顕在化したりする魔法だからその人に元々ない能力は付けれないし、最大限に顕在化している能力は上げられない」
「現状が体の持つ能力のMAX値だったら魔法による効果は期待出来ないんですね」
「まぁ、普通は効果があるよ。能力が極端に良い方向に自然に発現することはまずないから」
「そうなんですかじゃあ期待していいですね」
「うん、君なら期待していいと思う。半年前の私みたいな感じだからな。ただ時間がかかるよ。最低半年は必要だ」
「短くは出来ないんですか?」
「それは無理だね。急に体の能力が上がったら脳が追いつかないよ。素人にレーシングカーを運転させるようなもんだ。普通はコントロールできないよ。体を調整しながら能力を上げていかないと無理だ。私も毎日30分は型稽古をして調整してる」
「そうですか、じゃあこれはこれとして別の方法も探さないと実験が進めれないか」
「実験て何の?」
「生身で飛ぶ実験です。それで体を頑健にして俊敏に動けるようになりたいんですよ」
「それは危ないんじゃなかった?それでボールに乗って飛ぶことにしたんでしょ」
「そうです、危険だからボールで保護して飛ぶことにしたんですけどやはり生身で自由に飛んでみたいんです。だから体の能力を上げれば対処できるようになるのではないかと考えているんです。少なくとも選択の幅は広がるような気がするんです」
「そうかそれで来たのか、それなら即効性はないかもしれないけど確実だからやる意味はあると思うよ」
農家らしい庭先についたら庭で両刃の剣を振るガタイの良い人がいて子供に何か教えていた。