07 あの日から1年
日本では夏休み前には非常事態宣言が解除されて世間は大分落ち着いた雰囲気になってきた。
世界的にはまだまだ混乱が続いていて日本政府は乗り切るのに必死な様子なので国内情勢が落ち着いてきたのは大変良いことだ。
色々な情報が飛び交っているんだが、国内で大きなニュースになっていたのは神様情報が法的に証拠として認められたことだ。
あの日以来、行政機関では神様情報を捜査情報として活用していたが法的な位置づけが定まっておらず、神様情報は裁判で証拠にできなかったので別に証拠を揃えて周りを固める必要があった。
それでも迷宮入りだった事件が再捜査になったり、冤罪事件が発覚したりで大変だったらしい。
以前沃土が言っていた様に目端の利いた犯罪者の多くは早々に国外逃亡していて再捜査の頃に国内にいたのは逃げ遅れた小者かあの日を境に罪悪感に苛まれていた者たちだけだ。
軽犯罪については自首する人数が多すぎて、日本国民はあの日以前の犯行は自首すれば刑事罰については恩赦が認められた。
外国籍の犯罪者のほとんどは国外に逃亡済みで、軽犯罪についての恩赦は適応されないが捕まっても直ちに強制送還となり不良外国人として再入国が拒否されるだけだ。
故人の政治家の汚職や犯罪に関係したことに自覚のある人達は神様情報が証拠にできない今の内なら自首扱いだと与野党・官僚・民間を問わず大勢自首した。
自首した者が多かったのは政治的な混乱を極力抑えるために政府が根回しをして自首を促したからだ。
理由をつけて国外に脱出して様子見をしていた者たちもいたがその内の多くが帰国して自首した。
なんか国内で自首する人が増加するにつれて不安になったらしい。
そんなわけで神様情報が法的に証拠として認めれた頃にはほとんどの犯罪者は国外逃亡するか自首してしまって潜伏するのはピンの犯罪者ぐらいになった。
自首する人が多過ぎてニュースにでても俺達の周りではあまり話題に上らなくなった。
マスコミも過去の汚職程度ではニュースバリューが無いので明らかにトーンダウンしている。
ここら辺は政府の思惑通りに進んでいる感じだ。
犯罪者側は嘘を付いてもばれるから1人で罪を背負い込むこともできないし、1人に罪を押し付けることもできない、もし誰かを口封じに殺していたら神様情報から情報が漏れる。
過去の犯罪については口封じで誰かを殺していれば却って情報が漏れることになったから犯罪組織の構成員の摘発が相次いで犯罪組織は維持が難しくなっている。
死人に口なしではなくて死人は饒舌になってしまっている。
あの日以降、犯罪者の自首が増えたのは犯罪が発覚し易くなったのだけが理由ではない。
あの日以降、人は神様との繋がりを自覚することによって、赤の他人でも群れの仲間と認識し身近に感じるようになり、犯罪行為には強烈な抑制が働き、犯罪後には強烈な罪悪感を生じる様になった。
文化や慣習等によって基準は異なるが少なくとも自分が犯罪だと自覚する行いを他人に行うことに強烈な抑制が働く様になった。
精神障害等で罪悪感のない人や罪悪感の薄い人が一定の割合で存在するし激情に囚われて我を忘れる人もいるので犯罪が無くなるわけではないが犯罪の発生率は激減した。
そして人は犯罪行為に対しては群れを危うくする行為だと判断した段階で以前より苛烈な判断を下すようになった。
殺人は基本的には犯罪なのだが群れを維持するために必要だと判断された場合は躊躇うことが無くなる傾向にある。
日本国内でも犯罪に対する防衛の結果として人を殺しても国民感覚として問題とされなくなりつつある。
成体の幼体に対する犯罪行為は殺人に準ずることになり、幼体虐待等は群れの存続に対する罪として新たに法と罰則が設けれようとしている。
これらは日本国内においては日本人は文化的背景が類似していて犯罪に対する認識も纏まりつつあり余り問題になってはいない。
個人的に気になったのはバイオ企業による魔法を利用した肉の培養の成功だ。
ニュースによれば肉の細胞が少しあれば肉の塊が出来るらしい。
まだ安全確認が済んでおらず、量産技術も確立していないが2年以内には市場に出るとあった。
これが成功すれば肉牛を飼育しても牛を屠殺する必要がない。
あるいは数頭だけ屠殺して、ほとんどの個体は種の保存のために繁殖させるだけで済む。
いずれにせよ肉類の配給制はもうすぐ終了だ。
ネットでは
「あと少し我慢すれば肉の食べ放題だ」
「前にネットに出た医療魔法の応用か?」
「ネットにある鶏肉を使って牛肉を増やす魔法とは違うよな」
「あれは鶏肉を牛肉みたいにする魔法だった」
「そう鶏肉の形の牛の赤身みたいのが出来た。食べたら牛肉かな?だった」
「食べたのか……俺はそのまま捨てた」
「俺は犬にやった。喜んでたぞ」
「食べたのはどこの勇者だ。動画でも食べてなかったぞ」
「そう自己責任を3回言ってた」
「話がそれてきた。戻せ」
「肉の培養だから細胞の培養技術と魔法の併用だろう」
「培養だから肉がそのまま増えているんだよな」
「それだと赤身だったら赤身だけにならないか?」
「そもそも肉の様になるかどうか。肉は細胞の塊だけど。細胞が増えて肉の塊になるとは限らない」
「でもニュースには肉の塊とあった」
「魔法か技術かは分からないけど塊にはできるのかな」
「肉塊でなくて加工品でも肉の味がすればいいからもっと食べたい」
「ソーセージとかハンバーグでよければもっと早く市場に出るかも」
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みんな肉を好きなだけ食べたいのだ。
俺は魚でもいいけど魚も獲りすぎは不味いからと漁獲制限が厳しくなってきている。
他の肉の代用品は……豆腐とか大豆肉とかかな。
そういえば鯨は別に食べても良いんじゃないかミンク鯨なんてたくさんいるし絶滅しなければ問題ない。
反捕鯨団体が五月蠅いけど牛を屠殺するよりは鯨を狩った方がましだ。
群れの仲間の家畜を屠殺して食べるより狩猟して豚や鯨を食べる方が良い。
どうせ肉の培養技術が確立すればいずれは鯨を狩猟する必要も無くなるからそれまでの繋ぎだ。
紛争が拡大するかに見えた地域にもいろいろ変化の兆しが出てきた。
中南米は世界的な混乱を背景に一時は麻薬マフィアの勢力が強くなっていたが世界的な麻薬市場の縮小に伴いマフィアの力も衰えてきて内紛で分裂し抗争が激しくなっている。
世界的に犯罪発生率が激減していて中南米の国々も徐々に治安回復に成功してきている。
先進国では犯罪組織の摘発が相次ぎ、個人犯罪の発生率も激減していて麻薬市場も縮小している。
他の国も医療用途以外の麻薬取扱いについては犯罪だと大抵の人々が認識しているので市場が縮小している。
麻薬マフィアは思想的背景もないただの犯罪者集団なので群れとして纏まることもなく市場の縮小に伴って自壊しているように見える。
中近東は所謂イスラム原理主義の勢力が一時的に勢力を拡大したがあの日以降は部族とか民族の求心力が徐々に強くなり纏まり始めている。
先進諸国が自国の事で汲々していて中近東に手を出す余裕がなくなると所謂イスラム原理主義の勢力は共通の敵とするものが不明確になり求心力となる集団もなく互いを攻撃するに至って勢力は急速に萎んだ。
トルコ・イラン・エジプト等の古くから国として纏まっている地域や王族がしっかりしていて国を纏めた地域は落ち着きを取り戻しつつあり、他の地域も所謂イスラム原理主義の衰退に伴って部族とか民族としての纏まりが後を埋めつつある。
この様に中南米も中近東も紛争は収まる兆しがあるが、中国はこの1年で悪化して収まる気配はない。
中国は初めは民族紛争と農民暴動の様相だったのだが次第に共産党指導部の旧悪を追及する声が都市部では優勢となり都市部でも暴動が始まった。
中国共産党政府は都市部の暴動の初期に例によって日本を敵に担ぎ上げて日本を非難して沖縄に漁船を送り込んでガス抜きを謀ったが、日本政府は領海に侵入した船は全て拿捕して乗員は連行した。
中国共産党政府は国内外に日本の行為を非難する声明を出したが、日本政府は中国政府を激しく非難して領海侵犯に対しては今後も同じ様に処置する事を対外的に宣言した。
中国に同調した国は少なく、多くは日本の行為は主権国家として当然だと受け止めて追認した。
まぁ、どこの国も国内問題で手いっぱいで下手に動いて他国の争いには巻き込まれたくはないのだ。
日本の報道では「戦争を始める気か!」「まず話し合いで」とか言う人が出ていたが中国国内では「日本鬼に舐められた」「共産党は中華の面子を潰した」とかで都市部の暴動は却って激化した。
そうして中国各所で逃げ遅れた共産党員の吊し上げが始まり暴動は広がっていった。
現状は対外的には共産党政府が主権を持つ正統政府として振舞っているが人民解放軍が各地で軍閥化しており、新興の軍閥も出てきて各地の紛争も拡大していて内戦状態である。
分裂しても各々で纏まって互いに牽制し合う程度であればまだ問題も少ないのだが、所謂漢族は皆が皆中華の統一を掲げていてそれを疑問に思わず固執しており、中華の統一は彼らの政治的な正統性の根拠にもなっているので誰も争いを止めようとはしない。
秦が中原を平定し統一してから後、支配者が変わりその血統が途絶えても所謂漢族は統一を選択肢の一つではなく唯一の正統な行為として同じことを繰り返してきた。
所謂漢族にとって権力を握った者が統一を目指さないことは正統性を失う行為で悪いことなのだ。
そしてあの日以降は全世界の人々に周知の事実だが所謂漢族の考える統一の範囲は地球上全てなのだ。
これらのことを踏まえて日本政府は中国の混乱に巻き込まれないように慎重に対処している。
人が成体になる年齢のピークは女は14歳で男は16歳ぐらいで19歳以上で成体になっていない人はまずいないとの日本人での1年に亘る政府の調査結果が8月に発表された。
これは神様情報による古代魔法人の調査も併せた結果で信憑性は高い。
政府の調査結果の発表後、日本では幼体の期間と幼体から成体になる期間と成体の期間は分けて考えるようになった。
神様と繋がったからと言って精神年齢が急に上がるわけでもないので成体だからと急に大人扱いするのも変だから幼態期・変態期・成態期の3つに分けるようにしたのだ。
確かに12歳の成体の人に18歳の幼体の人が子ども扱いされても違和感があるし、兄弟間で一時的でも逆転したら妙な感じだし、女の方が成長が早いので兄妹間ならかなりの割合で逆転が起こる。
俺と妹の年齢差なら逆転していた可能性は十分にあった。
古代魔法人の様に幼体と成体で単純に分けるのが簡単だけど現代人にとって今までの文化的な慣習も集団を纏めるのに重要だからそう簡単にはいかないよな。
古代魔法人とは現代人の主たる御先祖様のことでまだ氷河期の最中の8万年以上前の中期旧石器時代の頃に魔法を使って魔法文明を築きかけていた人達のことだ。
古代魔法人は進化の過程で魔法を意識的に使う技術を身に着けた。
古代魔法人は8万年前に魔法を駆使して生存競争において優位に立っていた、そしてある日突然に現代人とは逆に地球上で魔法が使えなくなった。
現代人があまり違和感なく魔法に対応できるのは神様情報に古代魔法人の魔法の蓄積があるからだ。
神様情報にある古代魔法人の情報については考古学マニアが解析してはネットで公表している。
考古学マニアの解析によると魔法が使えなくなった混乱期の前後に古代魔法人の群れが他のクロマニヨンやネアンデルタール等の人種の群れを吸収している。