06 製品化
俺達は高校3年生になった。
4月早々にメーカーからGOが出て今までの飛ぶ魔法の動画の続編として新しく編集された動画をネットにあげた。
この動画は俺達が魔法でボールを上手く動かしているところばかりで編集されていて見ていて気持ちが良かった。
でも次の日には俺達がボールの中で転がっている動画が編集されて流されていた。
これらの動画は結構反響があったようで暫くするとメーカーの人達は製品化に向けてすごく忙しくなった。
既にテーマパークとかと契約していて、夏休みに間に合わせる為にスケジュールを半年近く前倒しされている。
「おいおい、クリスマスに間に合わせるスケジュールからの変更だけど大丈夫なのか?」
メーカーは物を作るのは間に合うし、強度や耐久性とかも今までの技術の蓄積で何とかなる。
しかしながらメーカーは魔法を創る事に関してはまだ手探りの状態で仮研究所を起ち上げたばかりだから組織としては出来上がっていなくて、魔法開発はほとんど大学側に任せきりの状態、大学の方も新しい分野で上がいない状態なので権藤先生を責任者にして高校生主体の俺達が好き勝手にやっている状態だ。
「もっとじっくり魔法の手法を蓄積して、遊び方もいろいろと考えるのではなかったのか?」
魔法の開発は今まで通り進めて、併行してテーマパーク側から上がってくる改善依頼なんかも盛り込んで魔法のノウハウを別売りで売り込み、遊び方も一緒に提示して売り込むそうだ。
「誰がやるの?俺達しかいないよ?」
メーカー側の囲い込みは俺が知らない間にどんどん進んでいた。
実験仲間の無職の岸さんは契約先のスポーツ用品メーカーの研究所に籍を置いていて大学に常駐するようになっている。
魔法への改善依頼の対応は岸さんがするみたいだけど魔法の不具合なんて本人しか分からないから助言することぐらいしか出来ない。
実験仲間の「就職が決まらないから大学院でも行こうか」と言っていた安曇先輩は大学院に上がり、研究内容はメーカーの研究委託みたいな内容になっていて、契約先の機械メーカーの研究所に入る事が決まっている。
卒業研究のテーマとして魔法をメインにおいている実験仲間の神藤先輩と山南先輩は大学院に上がった安曇先輩の下についている。
「まぁ、3人とも権藤先生の研究室の所属だからそうなるだろうな。」
権藤先生がいろいろ動いて浪人生だった谷さんも受験生だった桐生さんも大学に入学して権藤先生の研究室に所属したも同然の状態だ。
他校生だった桜井さんと池田さんもうちの高校に転校してきた。
2人は「受験のプレシャーが無くなった」「魔法が好きなだけ試せる」とか言っていたからうちの大学に進学する気だろう。
大学の研究室で魔法の研究が本格的になるのは俺が大学に進学する来期からだ。
それまでは俺達が好き勝手出来る状況で権藤先生の研究室にいれば大学に進学してもこの状況が続くかもしれない。
「あれ?もしかして俺ももう囲い込まれている?」
最初に製品化する予定なのは外側のボールのみのタイプAと外側のボール+内側のメカのタイプBでサイズはそれぞれの2種類、デザインは2種類、色は無色・赤・黄・青の4種類、材質も硬軟で2種類。
デザインと色と材質は視認性が確保できていれば、後はユーザーが目的に合わせて選べばよい問題だ。
俺達が担当しているのは人がボールに入って飛ぶための魔法の創作だ。
最近やっていたのは製品化に向けた魔法のチェックだ。
魔法で人がボールに入って飛ぶ、たったこれだけの魔法でも人によって違う。
俺の場合はタイプAはボールに魔法を掛けてタイプBは内側のメカに魔法を掛けるのが基本だ。
この魔法を掛ける部分で飛んだ時の感じが異なるので人の好みでどこに魔法を掛けるかが分かれる。
そして俺が魔法回路を作成している時のイメージの基本は『Xに掛ける力は上方向は重力で動作方向も重力、動作方向の指示は手の向き』で屋内ではこれで充分で他はこれの応用だと思って魔法で飛んでいる。
この魔法回路を作成している時のイメージの部分が人によって違うので結果として飛ぶにしても個々には違う魔法だ。
俺は掛ける力を2つ分けるけど分けない人もいるし、魔法回路で発生する擬似力も重力ではない力をイメージする人もいる。
だからチェックはメーカーの研究員と相談しながら全員が思うところを別々に行っている。
メーカーはデータを集めて、取り敢えずの魔法回路の作成手法の標準を決めて幾つかの事例として製品とともに発表する予定だ。
製品発表会の当日、俺と初期からの実験メンバー数名は飛ぶ魔法の実演に駆り出されていた。
発表が前倒しにされて本来の実演者の育成が間に合わなかったのだ。
「魔法だけで飛ぶことを目的とした製品は世界初です。注目度が高いので皆さん宜しくお願いします。」とスポーツ用品メーカーの偉いさんに頭を下げられた。
俺の担当はタイプBの2人で乗れるボールだ。
俺は綺麗なお姉さんと狭い空間に2人とか前日から妄想していたのだが当日の朝に一緒に乗ったのは小学生ぐらいのまだ魔法が使えない女の子でした。
俺は女の子を乗せて会場の指定された範囲を飛び回ります。
『子連れでも安全に乗れることを見せたかったみたいだけどそこは想定するならカップルのデートではないかなぁ。』
「タイプBの製品はこの様に魔法が切れて床面に落下しても5メートル程度の高さであれば充分安全に出来ております。」
『そうだ実演しなくては5メートルの高さから落下っと。かなり怖いよな。子供は大丈夫か?』と思ったが女の子は大丈夫そうで実演の間中きゃあきゃあ楽しそうにしていた。
1回目の実演終了後、控室で休憩中にみんなに囲まれて、
「修~、アミちゃん可愛いよな。アミちゃんどうだった?」
「アミちゃん?誰?」
「お前と一緒に乗ってた子だよ。知らないの?」
そういえば子供が降りる時に周りが騒がしかった気が、なんか有名人らしいが俺は全然知らない。
「知らない。みんな知ってるの?」
「あーっと、テレビで見たことない。有名な子役だよ。」
「知らないよ。最近は魔法のことで頭が一杯でテレビなんか見ない。最近面白いなと思っているのは魔法ステロイドとか魔法ホルモンとか、魔法で筋肉ムキムキに出来るみたいなんだよ。今のところ副作用も出ていないみたいでさ。俺は筋肉ないからさ、試してみようかなと思っているんだけど、どう思う?」
……周りには俺の話を聞いている奴は居なくて少し離れたところで、「アミちゃん可愛いよな」「テレビと同じ」とかやっていた。
因みに2回目の実演にはアミちゃんはもういなくて同乗者は綺麗なお姉さんだったのだが「無理無理」「嫌っ嫌っ」「こんなの聞いてない」とブツブツ、俺は『大丈夫かな?』と横目で見ていたのだが魔法で浮き上がると同時に「降ろしてー」と叫びながら腕を掴んできて、俺は魔法に集中できなくなり落ちた。
『これまでなかったことだが同乗者に飛ぶ気がないのは困る。そして飛ぶことに恐怖を感じる人の同乗は無理だし危険だ。魔法の行使も阻害されていた気がする』と報告書に追記しておいた。
綺麗なお姉さんは体調不良となり、同乗者には取材に来ていた記者のお姉さんが急遽選ばれた。
このお姉さんが喋る喋る取材に一生懸命なのだろうが俺は五月蠅くて集中出来ない、イライラしてきた。
「黙れ、五月蠅くて集中できない。魔法が使えないじゃないか。魔法で飛ぶ体験の取材じゃないの?話が聞きたいだけで飛ばなくても良いなら誰かに代わってくれ!」
記者のお姉さんは静かになり、俺は実演を問題なく終えることが出来た。
『同乗者が五月蠅いと集中できない。慣れれば問題ないのかもしれないが操縦者側に耳栓が必要かも』と報告書に追記しておいた。
製品タイプAとタイプBは6月の中旬にはテーマパークへの出荷が始まり順調な滑り出し、製品の動作確認は俺達もやったが試作機と遜色ない。
ただインストラクターが足りない、新入社員を研修の名目で駆り出してボールに乗って飛べるようにするための講習に俺達は駆り出された。
飛びたいと思わない人は中々出来るようにはならない、遣らされている感が強い人も中々出来るようにならない、そして少しの高さでも飛ぶと考えただけで恐怖を感じる人は無理だ。
まず2人でボールに乗って発表会の時のお姉さんみたいな人はNG、次に飛び上がっても目を瞑っている人もNGと切り捨てていたら半分の人数になった。
切り捨てた人の中には慣れれば飛べるようになる人もいるかもしれないけど時間がない。
次に残った新人達に飛ぶ魔法の魔法回路を創るにあたっての手法を動画を見ながら伝えてから魔法でテニスボールを飛ばして見せた。
そして新人達に飛ぶ魔法の魔法回路を創らせてテニスボールがその魔法で上手く飛ばせるのを確認する。
ここで動機づけの足りない人は集中力が足りないためか魔法回路を上手く作ることが出来ない。
テニスボールを魔法で上手く飛ばせた人は実際にボールに乗って魔法で飛んでもらう。
最初に飛べるようになったのは元々飛ぶ魔法に興味があった人で俺達の動画をよく観ていたみたいですぐに飛ぶことが出来た。
自転車と同じで一度コツさえ覚えれば飛べるようになるし、それを楽しいと感じれば勝手に上手くなる。
講習は3日間やって魔法でボールに乗って飛べるようになった人は3人、何とかテニスボールを自由に飛ばせるようになった人が5人、テニスボールを自由に飛ばせれば飛ぶための魔法回路の基礎は出来ているはずだからボールに乗って飛ぶのも練習すれば可能なはず、会社の研究室にも5人以上ボールに乗って飛べる人がいるはずだし大丈夫なはずだ。
後は社内で必要なだけ飛べる人を増やしてテーマパークに送り込んで、そこでも飛べる人を増やせば夏休みの営業に間に合うのかな?
その後は企業からの講習の要請はなかったけど、夏休みに3回ほどテーマパークにインストラクターとして駆り出されたり、海水浴場やスキー場でデモンストレーションを行ったり。
テーマパークではケージの中でインストラクターとして企業でやった講習と同じことを行う。
ケージは飛ぶ高さを制限するもので自由に飛べる広さと充分な強度があればコンクリートでも金網でも良い。
まずテニスボールを魔法で上下左右あらゆる方向に自由に動かすことが出来るようにする。
飛びたくて来ている人ばかりなのでこれは30分もすればすぐに出来るようになる。
次に俺が魔法で飛ばすボールに同乗することで魔法で飛ぶことを体感してもらう。
ここで高く浮き上がることを少しくらい怖がっても全然問題はない。
遊戯施設なんだ、お客さんは魔法を使ってボールを地面で転がしても水面で滑っても充分楽しめるし、お客さんは遊ぶことでボールに慣れれば飛ぶことが出来るようになるかもしれない。
ケージの中でボールに乗って魔法を使って自由に遊んで貰い習熟したら免許が発行されて、テーマパーク内のボールで遊べる施設で免許を提示すればその施設を使える様になっている。