56 幼体と魔法の発動について
娘の美織が十三歳で成体となった。
女は十四歳前後で成体となるからまあ普通だな。
それで妻の美里と美織と私の三人で今後の進路について話し合った訳だけど美織は以前から美里とは話し合っていた様で私の妹の綾と同じ医者を目指すそうだ。
綾とは仲が良い様だから影響を受けたのだろう。
魔法の基礎的な鍛錬については美里に師事するそうだ。
まぁ、女だし武技に興味もなさそうだからその方が良いかな。
なんか寂しい気もするが。
そんな個人的な事よりも生体魔法回路にある両親から受け継いだ魔法がどのぐらい魔法技能の修得等に影響を持つかの方が重要だ。
魔法が子孫に受け継がれることに関しては植物や動物でも研究を継続中であり、人は既に魔法を受け継いだ植物を社会的に普及するために利用している。
発電機や空調機と言った形で植物を利用するにも植物の生体魔法回路に魔法を一から組込むより受け継いだ魔法を調整した方が楽だからな。
人の場合も当然のこと生体魔法回路に受け継いだ魔法を利用する方が魔法を一から習得するよりも容易だと考えられたため研究している訳だ。
それでここ数年に成体になった魔法研究者の子供達とそれ以前に成体となった魔法研究者の子供達で魔法の修得にどの様な差が有るかは日本の魔法研究者の関心事だ。
予想では近々に成体になった子供の方が魔法の習得が容易になっている筈なのだが……今の所はサンプル数即ち対象となる子供の数が少なくて有意差が明らかになってはいない。
魔法研究者の子供達は魔法を受け継いではいなくても魔法を習得するための環境は親の世代より格段に良くなっているから差は有りそうだけど差が個人が受け継いだ魔法に依るものか恵まれた環境に依るものかが区別がつき難い状況にある。
ただ他の魔法をあまり使わない人々の子供達との差は明らかだから魔法研究者の子供達が魔法の修得に有利な状況にあることは確かだ。
魔法をあまり使わない人々の多くは生体魔法回路に魔法を組込むまでの修練を積んではいないから子供達が受け継いでいるのも古代魔法人から綿々と受け継いできた魔法だけだからな。
私は娘達の魔法の修得に関しては個人的にも研究者としても大きな関心が有るので幼体のうちから機会を設けて娘達には色々と話していた。
成体になったら魔法を使うのは当たり前の雰囲気の家庭なので日常的な会話としてだ。
私の実家も同じ雰囲気だし妻の兄も私の弟子にあたるから娘達にとってはこれが普通だ。
妻の実家はと言うと義父母は分からないことは話さないと言った感じで孫にあたる娘達が生まれるまで魔法の話は日常的な話題ではなかった。
でも最近まではこれが一般的な家庭で魔法は勉強の一つと言った感じで親と子供が日常的に会話する様なものではなかったのだ。
一般家庭の親は魔法については学校の体育か音楽の成績程度の関心しか持たず、日常的に自分が使うものでもないから魔法の必要性を感じてはいなかった。
魔法が使えれば就職に有利程度の感覚であり興味が無ければ知る必要も無いものであった。
教育を受ける義務は有ったがその他の勉強と同じで実生活においては役立つものとも思っていなかった。
発電機とか空調で植物の魔法の利用が一般化しても便利な道具の一つとして受け入れているだけで個人として魔法にまで興味を持つ人は少なかったのだ。
まあ、個人的に魔法を使えなくても植物の魔法の利用は出来るから当然と言えば当然のことではあるのか。
そんな訳でつい最近まで魔法が使えなくても問題はないとする親が多かった。
確かに現状は魔法が使えなくても実生活に支障は無いから今の状況が続く保証が有ればそれも間違った判断とは言えない。
だけど今の状況が続く保証が無い事に日本の庶民は気付いてしまった。
隣のシナの状況次第では日本が危うい状況に陥ることに満州の遼寧省での戦争やシナ人の偽装難民等の御蔭で実感したのだ。
日本が何もしなければ平和が保たれるなんて脳天気な事を言う奴等も何故かまだいるが今のままでは危ういと言うのが大半の国民の現状認識である。
自衛隊の防衛行動がなかったらシナの難民は日本に上陸していただろうし、日本主導のシナの封じ込めが無かったら今頃は日本どころか世界全体がシナからの難民で溢れかえっていただろう。
これからの状況次第でそれが未来の現実となることに日本の庶民はやっと気が付いたのだ。
だが幸いにも対処方法が示されていて、魔法を身に付けるだけで有事に身を守れる事が日本社会に広まっている。
このため子供の魔法教育に身を入れる親が増えていて日本人の魔法の習得に関しては日本政府の思惑通りの方向に進んでいる。
「前にも話した様に美織は私と美里から魔法を受け継いでいる。それで魔法を受け継いだことによってどの様な影響が出ているかを確かめたいんだ。美織がするのは美晴の指導で魔法の鍛錬を続けてその経過報告を美晴にするだけだから大した手間でもない」
「うん、わかった。ママに魔法を教わってどんな感じか話せば良いんだよね」
「それで良いよ。友達と魔法について話して感じたことも報告に入れておいて」
「美香は何を話せば良いの?」と美香が話に割り込んできた。
まだ成体になっていないから関係ないとも言えないし……どうしよう?
困って美里を見たのだが目を逸らされた。
さてどう言おうか………………
「美香は美織が使う魔法について気が付いた事を美里に話すんだ。自分では気が付かない事も多いから美香が見て気が付いた事は何でも話すんだよ」
「うん、わかった。お姉ちゃんと一緒にママに魔法を教わってどんな感じか話せば良いんだよね」
「それで良いよ。気が付いた事は何でも話してね」
美香は好きにさせておくかな。
魔法を使えないから直ぐに飽きそうな気もするけど。
幼体の美香に魔法を教えても使える筈もないけど早ければ来年には成体になるから無駄にはならないよな?
それに幼体のうちに真面な魔法教育を受けた個体はいないからどんな影響が有るか興味はある。
少なくとも幼体の魔法教育に意味があるかどうかの確認にはなるだろう。
何か良い影響でも有れば儲けものだな。
魔法が子々孫々へと受け継がれていくのは確実だから魔法教育も改善出来る事は改善して置きたいからな。
「美里もそれで良いかな。美香は止めても美織に付いて回るだろうから同じだろう?幼体のうちに教育しても魔法が発動しないだけだから問題になるとも思えない。飽きれば止めるだろうし」
「仕方がないわね。習って悪い事でもないしあなたの言う様に魔法が発動しないだけの話だから問題はないでしょうし。ただ生体魔法回路に魔法が組み込まれているから私達とは違う可能性もあるのよ」
「その辺りは私も興味が有るんだ。成体はともかく幼体と魔法の関連については研究が進んでいないから魔法教育で幼体の美香が今後どうなるかは気になる」
「昨日話していたあなたの研究室で始める予定の研究の話ね。娘で実験する気は無いけど研究の経過報告は教えてちょうだい。私も気になるから」
私は『整形質魔法が幼体でも働いて体質を改善可能なら生体魔法回路に有る親から受け継いだ魔法も条件が整えば幼体でも発動するのではないか?』と考え、『幼体は自分の意思で魔法を発動する事は出来ないけど魔法回路は有るのだから補助が有れば魔法の発動自体は可能なのではないか?』と考え、『上手く遣れば幼体でも親の意思でバリア等の魔法の発動が可能となるかな?』と考えてそれらについて研究の課題にすることを美里と話していた。
まあ、美織が成体になったと聞いて魔法教育のことを考えて、美香を見て魔法教育を幼体のうちに始めたらどうなるのかなとか考えていて思いついた事だから今はまだ構想の段階だ。
「まだ個人的な構想の段階だから本格的な研究は来期からだけど?」
「そうね。普通なら動物実験も必要になるから直ぐには始められないわね。でも出来得るだけ早く始めたいから権藤先生も巻き込みましょう。予備実験と称して予備費を使ってでも直ぐにでも始めた方が良いわ」
親の意思で幼体でもバリアの発動が可能なら非常時には安全確保の為に有効であるから研究するつもりではいたけどそこまで急ぐ必要はないかな?
「そこまで急ぐ必要はないと思うけど?」
「だめよ。子供に関係する事なんだから!良い結果が出るにしろ悪い結果が出るにしろ早く知りたいわ」
「でもまだ構想の段階で担当者も決まっていない話だし時期も中途半端だから学生も就かないよ?」
「担当者が決まっていないなら私がなるわ。学生は来期からでも良いから早く始めないと」
「君が担当するならそれで良いけど。本当に直ぐに始めるの?」
「明日にでも権藤先生に話してそちらに書類を提出するわ」
「……じゃあ早々に構想を纏めようか」
そこまで急ぐ必要があるのか?とも思っていたのだけど美里は翌日には権藤先生を丸め込んでいた。
そして気が付いたら妹の綾等も巻き込んで結構大袈裟な話になっていた。
如何言った話を進めたのか大学の研究者の皆さんは協力的で反対する者も無く防衛省も巻き込んでいたから予算の心配はもうしなくて良くなった。
研究対象となる子供の大半が自衛官の子供達となるから協力を仰ぐのは当然なのだが如何やって巻き込んだのかと言うと……
「何をそんなに急いでいるの?」
「嫌な話だけど子供達の生体魔法回路に組み込まれた魔法の発動について補助が有ればと聞いた時に子供と使い魔の様に繋がれば可能かなと思い付いたのよ」
「それは危ないだろう?使い魔と繋がっても問題が少ないのは知能レベルの違いもあるけどそもそもの感覚が異質で互いの違いをはっきりと認識できるからだよ。人と人だと成体同士ならともかく成体と幼体で繋がると幼体の自我が上手く形成されない可能性が有る」
「そうね。猿や類人猿をあまり使い魔にしないのは感覚が人に近すぎて混乱するからだもの。でもそこさえ克服できれば使い勝手は良いそうよ」
「知っているけどかなり深い信頼関係を築かないとそこまでは出来ないよ?」
「親子なら大丈夫よね?」
「ああ、そうだな。普通の親子なら大丈夫だろう」
親子なら信頼関係は有るだろうし繋がれるかどうかの話であれば繋がれるだろうな。
ただ繋がった状態が維持される事に問題が無い事は検証されていない。
親の子供への執着が異常に強まる可能性は有るし、子供は幼体と言えどおぼろげながら繋がりを感じているから精神の発達に影響が有るかもしれない。
使い魔を観察する限りは問題は無さそうだけど如何だろう?
使い魔は通常の個体よりは知能が発達している様だし野生であれば使えない魔法も使える様になる。
良い事の様にも思えるけど私は親子で試す気にはなれないな。
「幼体にはおぼろげに繋がっているのが分かるだけだけど成体は繋がっていれば幼体の感覚情報を得られるわよね」
「そうだな。幼体の仔猫を使い魔にした時はいつもそんな感じだな」
「使い魔の生体魔法回路に組み込まれた魔法は人が使えるわよね」
「そうだな普通に使えるな。何が使えるかを予め知っていないと無理だけど」
「と言うことはもしあなたの考えた事が実現可能であれば親子で繋がっていれば親は子供の生体魔法回路に組み込まれた魔法を使えるわね」
「幼体の使い魔では試したことが無いから分からないけど可能性はあるな」
「もしそれが可能であればテロに使えるわよね」
私は子供を守る為に考えていたのだけど言われてみれば確かにテロにも応用が可能だ。
「ああ、そうだな。テロにも使える。人の幼体なら保護対象で魔法を使えないと思われているから警戒心も薄くなる。効果は高そうだな」
「私もそう思うわ。日本人には出来そうにないけどね」
現在の日本では群れの幼体は保護対象だ。
そのため忌避感が強く働いて日本人は幼体を戦闘に利用できない。
日本では人だけではなくてペットや家畜の幼体も群れの幼体として保護対象となっているから戦闘に利用するどころか昔の様に実験動物として扱える人すら少なくなっている。
世界的にみると文化や信仰が絡む事でその辺りの許容レベルが違ってくるため、日本人には群れを破壊する行為に見える事も文化や信仰が違うと群れを維持する行為になっていたりする。
イスラム原理主義のテロリストは可能であれば人の幼体でもテロに利用するだろう。
アッラーの名を出せば何を遣っても良いと思っている奴等だからな。
「それに文化的あるいは信仰的な事情で使い魔が利用出来なくてもこの方法なら可能だ」
「それで対処方法を探る為にも直ぐに研究を始めたいのよ。権藤先生を通して防衛省にそんな話を持って行ったら直ぐに飛びついて来たわ」
「嫌な話だけど予算の心配はなさそうだな。子供を使う手は中東辺りでは当たり前だったからイスラム原理主義者はそれが有効で実行可能であればテロに使うだろうな」
「だから急いで研究を始めたかったのよ。子供を守る為には防ぐ方法を確立して置く必要があるわ」
「子供を守る為にと考えていたものが子供を使ったテロに利用される事を考えるのは気分が悪いけど確かに必要だな」
「自衛官の人達は実務として沖縄や対馬辺りで難民の排除等を行っているから私達研究者よりも必要性を実感しているみたいよ」
「シナ人も平気でテロに使いそうだからな。現状が優位にあっても心配だよな」
テロリストが利用する可能性のある魔法技術を防衛省が研究しない訳には行かない。
今の所は可能かどうかも分からない話だがそれでも研究しない訳には行かない。
と言う訳で防衛省も巻き込んで研究が進む事になった。
それにしても話の進み具合が速い気がするが……??
まぁ、そんな事は研究を進めるに当たってはどうでも良い話なので脇に置いておこう。
まずは幼体の使い魔で生体魔法回路の魔法が使えるかどうかの検証からだ。
上手く行ったら次は幼体の使い魔でどの様な魔法が利用可能となるのかを知りたい所だな。
確か農学部に使い魔を専門とする研究者がいたな。
栗原さんに相談しようか。




