49 シナの朝鮮族
真世歴二十五年にもなると半島人の勢いは明らかに衰えてシナの軍閥にとっても満州にとっても脅威ではなくなっていた。
遼寧省は辛うじて半島人の支配領域では有ったがシナと満州の間にあるただの緩衝地帯でしかなかった。
満州は難民を使って半島をそろそろシナから独立させようと画策していたのだが先に半島の状勢が動いた。
半島では逃亡できる半島人は全て逃げ出していて汚職役人達も瀋陽に確保した逃亡先に逃げ出していた。
瀋陽に逃亡してきた汚職役人達は「難民どもを搾取して力を削いでいたが命令の有った難民排除なんて軍の協力がなければ不可能だ。政府には何度も軍の派遣を要請したが拒否された」と抗弁した。
難民から賄賂受け取る事は見方を変えれば確かに搾取と言えなくもない。
政府から難民排除の命令が有っても人口比が逆転した中で軍の協力なしには確かに不可能だ。
軍の派遣要請は確かに有って半島で難民暴動が有った訳でもないのでシナ侵攻を理由に拒否されている。
その時点ではシナの覇権を握りさえすればどうとでもなると舞い上がっていたのだ。
このままでは政府判断が間違っていた事になり都合が悪いのでどこかに責任を押し付けなければならない。
やり玉に挙がったのは満州と日本である。
半島政府は満州に対して半島への侵略を非難し難民も自国民なんだから引き取れと言い始めた。
「半島の難民をすべて引き取り半島から出て行け」と満州を糾弾したのだ。
「遼寧省を先に侵略したのは半島国だよな」とか「難民は遼寧省での半島人の横暴に耐えかねて半島に逃げてきたんだよな」とか「半島人は満州を承認してないよな」とかの話は意味がない。
責任逃れの為の糾弾なんだから半島人にだけ話が通じれば良いのだ。
半島政府は日本に対して「日本は東南アジアにした様に半島を支援して守る義務が有り、我々は守られる権利が有る」とか言い支援を要請してきた。
日本が支援を拒否すると「侵略者に味方するのか」とか「満州と一緒に半島を侵略する気だな」とか日本を非難し始めた。
「日本が東南アジアを支援した時に非難声明を出したではないか」とか「シナの囲い込みに協力を要請した時に拒否したではないか」とか言っても意味がない。
半島人の要請を日本人は受け入れる義務が有り、日本人の要請を半島人は拒否する権利が有るのだそうだ。
日本人には責任が有り半島人には責任がない。
日本人には義務が有り半島人には義務がない。
日本人には権利が無く半島人には権利が有る。
これはあらゆることの責任と義務は日本人に押し付けてその権利は半島人が貰うと言うことだ。
遼寧省からの難民が主導権を握った半島の独立を宣言して満州政府と日本政府が直ちに承認したのは半島政府による満州と日本への非難の数日後だ。
半島の独立を不服とする半島人はそれまで敵としていた北京軍閥に取り入って傘下に入り支援を取り付けて半島に侵攻した。
それに対抗して満州は半島の新国家の要請を受ける形で半島に軍を派遣し続いて遼寧省に侵攻した。
瀋陽にある半島軍の司令部では楽観的な雰囲気が蔓延していた。
「北京の後ろ盾が有れば半島の制圧なんて直ぐだ。なあ朴君」と金司令長官。
「その通りであります」
「それで状況はどうなっている」
「我が軍は順調に半島を南へ侵攻中です。二ヶ月もあれば奪還も可能でしょう」
「遼寧省を僅か四ヶ月で蹂躙し制圧した我が軍ならそのぐらい当たり前だ」
朴は何年前の話だとは思いながらも答えた。
「その通りであります」
「金司令、緊急連絡が二件です。宜しいですか?」と通信武官。
「許可する。なんだね?」
「半島に向かった部隊が全滅しました」
「…………反乱軍を殲滅したの間違いではないか?再確認しろ。もう一件は?」
「了解しました。もう一件は満州軍が侵攻を開始しました。国境の前線は崩壊して満州軍は瀋陽に向かって侵攻中です」
「そんな馬鹿な。この十四年間我等を恐れて何もしてこなかったではないか。何でそんなに簡単に崩壊するのだ。兵器は最新のものが配備されている筈だ。そうだな朴君」
「その通りであります。再確認をした方が宜しいかと」
「そうだな。再確認しろ」
前線では崩壊した戦線を立て直す者も無く、上から我先に逃げ出して全軍が敗走していた。
「おい知っているか?」
「何だよ」
「敵に撃ち込んだ銃弾が撃ったこっちに返って来るんだよ」
「アイテムボックスを使えば出来るだろう?安伍長の得意技だ。鍛錬すれば銃弾も返せるって言ってたぞ。撃たれて死んだけどな」
「そんなレベルの話じゃない!俺は見たぞ。敵を短機関銃で掃射したけど銃弾が全部返ってきた。掃射した奴は周りも巻き込んで死んだ。敵には一発も当たっていなかったぞ」
「お前、よくそれで生き残れたな」
「部隊で生き残ったのは俺一人だ。無能で腰が抜けて直ぐに掃射できなかったから助かったんだ」
「……………」
「俺は抜けるぞ。どこかで服を盗んで避難民にでも紛れ込む」
「脱走したら軍法会議だぞ」
「誰が知らせるんだ?周りを見てみろよ。下っ端ばかりじゃないか」
「そういえば部隊長は打ち合わせに行ったきり帰ってこないな」
「少し遅すぎないか?敗走中だぞ」
「確かに遅すぎるな。一寸見て来る」
・
・
・
「部隊に戻ると言って慌てて出て行ったそうだ」
「戻っているか?」
「戻っていないな」
「……逃げたな。このままだと俺達は上の奴らが逃げ出すためのおとりだ」
「そ、そんな」
「俺は抜ける。やってられるか!お前等は好きにしろ。一緒に逃げるなら服は替えろよ。軍服は敵の良い的だ」
「俺も一緒に行く。連れてってくれ」
「好きにしろ」
敗走中の脱走が続いたが止める者はいなかった。
止めるべき立場の者は死ぬか我先に逃げ出したからだ。
金指令長官は再確認の報告を受け取った直後に部下に責任を押し付けて北京方面に逃げ出した。
戦闘は二ヶ月程で終決した。
満州軍は遼東半島を奪還し瀋陽市を奪還した辺りで侵攻を止め北京軍閥の支援を受けた半島軍と膠着状態となった。
満州も北京軍閥も半島人の為にこれ以上の物資を損耗するのは馬鹿らしいと早々に停戦に合意した。
北京軍閥は満州軍に対する威力偵察程度の認識で軍を出し、満州軍は半島を名実ともに勢力圏に置く事を目的としていた。
満州政府は元々半島人の支配領域を緩衝地帯として残す予定でいたので半島人の糾弾が無ければ瀋陽まで侵攻するつもりは無かった。
半島人は北京軍閥の傘下に入り半島を失った事でシナの朝鮮族となった。
朝鮮族の支配領域は北京軍閥とモンゴルと満州に囲まれた昔の半島南側の半分にも満たない領域だ。
日本では半島は高麗半島と呼ぶようになった、面倒だから英語表記に合わせただけだ。
日本政府はこの二か月の戦闘に観戦武官を派遣していた。
シナの北京軍閥の戦闘力がどの程度なのか知りたかったし満州軍の魔法が実戦でどの程度まで通用するかも知りたかった。
日本に準ずる魔法の戦闘訓練を受けた軍隊の初めてと言っていい戦闘だ。
シナ周辺国は小競り合いはいくらでもあるけど戦闘らしい戦闘は行っていない。
戦闘経験のみに関して言えば内戦中のシナ人の方が格段に豊富なのだ。
それで戦闘結果を見ると全然戦闘らしい戦闘になっていない。
まず敵の通常兵器はほぼ無効化されていた。
満州軍は魔法盾:シールドを展開する訓練を受けていて敵からの銃撃や砲撃をほぼ無効化していた。
シールドはバリアと類似の亜空間系統魔法で違いは名前の通り盾として使っている事で防具として開発されている。
アイテムボックスを防御に使う方法については知られていたのでそれを発展させたものだろう。
満州では生体魔法回路への組込が研究中の為、まだ日本のバリアみたいに常時展開されてはいないがこのまま発展していけば何れはバリアやシェルターになるだろう。
日本ではバリアは元々飛び易くするための風よけとして考案されて防御効果が高いため今の仕様展開となっている。
捕虜から得た情報によると敵軍の魔法はリミッター解除が精々でアイテムボックスを防御に使うものが少数いるぐらい。
要は古代魔法人の情報で成体なら誰でも使える簡単な魔法しか使えない者が殆どと言うことだ。
シールドは敵の攻撃を亜空間に収納して防ぐ魔法だから好きな時に反射して敵に返すことが出来るので使い慣れると敵の攻撃を利用して敵を攻撃できるようになる。
これでは白兵戦に持ち込むまでも無く、敵の遠距離攻撃はほぼ無効で敵に返す事も出来るのだから一方的な展開となる。
遠距離でこれを遣られても相手からは倍返しされたようにしか見えないと思うけどさ。
相手もシールドを展開出来れば白兵戦になる可能性はあるのだがな。
どうやら北京軍閥の兵は遥か後方にいて前線には出ているのは半島人のみだ。
半島人は遼寧省を支配してから何もせずに搾取に明け暮れていたらしく最新の装備を身に付けている様だが魔法についてはほぼ十四年前のままで進歩がないままだ。
これでは独立後十年以上に亘って日本の協力の下で魔法による強化を行ってきた満州軍に勝てる訳がない。
日本が満州に伝えたのは魔法の基礎教育レベルの事でその先は満州で考案してシールドも開発したのだから教育次第でどこの国でも魔法が発展する事が証明された形だ。
そしてシナの朝鮮族の領域が唯の緩衝地帯で有る事も証明された。
今回の戦闘では満州軍と北京軍閥は直接対峙しておらず戦闘力の確認はとれていないが流石にシナの内戦を生き残っている北京軍閥が十四年間何もしていない事は無いだろう。
少なくとも今の朝鮮族を蹴散らす力は有るに違いない。
今まで遼寧省に何もしてこなかったのは北京軍閥も満州との間に緩衝地帯を必要としていたからだろう。
そして朝鮮族の支配領域を僅かでも残したと言うことは今も緩衝地帯を必要としているって事だ。
満州と北京軍閥の停戦合意をもって日本が構想していたシナの封じ込めは完成した。
朝鮮族が「停戦合意は無効だ」とか「停戦合意を破棄せよ」とか騒いでいるけど………
奴らは分かっているのか?
停戦しないって事は緩衝地帯を無くして満州と北京軍閥が対峙するって事で自分達の支配領域が無くなるって事なのに。
またいつもの様に事大してどちらかに付けば良いとでも考えているのかな?
殆ど誰も相手にしてないから問題ないけどね。
相手にしているのは海外の朝鮮族の同胞ぐらいだ。
そして海外の朝鮮族の同胞とやらが例によって日本を糾弾し始めた。
世界中でデモやら変な像を勝手に建てるやらして「日本には半島を我々に返す義務が有る」とか「日本は半島喪失の責任をとれ」とか。
まぁ、そこまではあまり問題ではない。
日本でも海外でも相手にする人はいないし相手にするだけ馬鹿を見る事も知れ渡っている。
問題なのは日本を糾弾してそれを根拠に海外の日系人なんかを攻撃している事だ。
彼等は祖先が日本人なだけで日本国籍は持っていないあくまで日系人である。
日本人が何をしていようが日本に対する義務も権利もないから当然のこと責任もない。
日本の魔素生命にすら繋がっていないのだ。
それを朝鮮族の同胞とやらは敵視して日系人を攻撃する権利が有ると主張し実行している。
問題にならない訳がない。
法律に違反するからと逮捕したり取り締まると「差別だ──」とか言い出して逆恨みして襲ったり、裁判所に訴えたりするし。
所謂朝鮮族の同胞には不法滞在者も大勢いたからこれを機に一斉に逮捕されているのだがそれをまた日本の所為だと逆恨みして糾弾し始める。
自分で問題を起こして自分で問題を大きくして何か不都合があるとその全てを日本の所為だと泣き喚く。
自分で自分の首を絞めて全てはお前の所為だと第三者に向かって泣き喚いているのだ。
日本人も第三者の諸々の人達も堪ったものではない。
こうして彼等は益々嫌われて行くのだがそれも日本が仕組んだことにされるのだ。
満州にはシナを囲い込んでいる国々から武官が派遣されていたから、満州軍とシナの朝鮮族との戦闘を多くの国の軍人が観戦していた。
各国の魔法の発展状況はそれぞれだが朝鮮族相手なら蹴散らすことが出来るだろう。
朝鮮族がシナの覇権を目指してシナに侵攻した時点ではそんなに差は無かった筈なのに……
実際の戦闘は初期の数戦だけで殆どは朝鮮族が敗走するばかりで目についたのは満州軍の魔法だ。
日本が各国に教授したのは魔法の基礎教育レベルなので条件は同じ、それ以上は例によって忌避感が強くて無理なので要請が有っても断るしかない。
満州もシールドについては乞われても他国へは教えることが出来ないので各国の武官は自国の研究者に観戦した戦闘状況を伝えて研究するしかない。
中には同程度の魔法を開発済みの国もある筈だから今回の戦闘はかなり参考になるだろう。
あとは生体魔法回路への魔法の組込が可能になれば魔法の常時発動が可能になってシールド等の魔法は格段に使い勝手が良くなる。
どの国もまだ研究中で上手く行っていないようだけど……まぁ、いずれは修得するだろう。
気になるのはシナの軍閥が魔法によりどの程度まで軍を強化しているかだ。
日本ではシナの文化的な特性から下層民には魔法教育を真面に行わないと判断していた。
下が愚民の方が上は地位を保つのに有利だからそうなるだろうと。
彼等は魔法が普及して魔法を使い熟す者が増えて地位を脅かす事を喜ばない。
魔法教育も上流階級の特権として保持して地位を固める事に利用するだろうとの判断だ。
酷い場合は一族の秘儀として血族だけに教育して魔法の発展の停滞も有り得ると…
流石にそこまで酷くはないと多くの者は見ているのだが朝鮮族のありさまを見て有り得ると考える者も多くいた。
シナの朝鮮族には魔法については向上の跡が無かった。
もしかしたらシナの漢族も同じかもしれない。
でもなぁ、愚民化政策はあるにしてもある程度は有能な人材を確保して魔法教育を施して周りを固めないと権力者も身を守れないよなぁ。
前線に出てこない可能性は有るけど親衛隊か近衛兵みたいな形で存在している可能性の方がどう考えても高いよな。
トップレベルの魔法使いは基礎能力はあまり変わらない筈なんだ。
そうなると教育体制やそれに伴う魔法の多様性が劣っていてその御蔭で日本の優位が保たれているだけだ。
ただしこれはあくまでも魔法教育を上流階級の特権として保持していればの話だ。
それすらも出来ていなくて一族の秘儀として血族だけに教育していたりすると……
漢族も朝鮮族と同じか───
その方が日本人は楽なんだがなぁ。




