44 植物の変化の意味
植物はまるで人に合わせるかのように変化していた。
少なくとも日本国内を調査した限りは例外なくその様に変化していた。
私は植物の生存戦略だと考えていたが全ての植物だとすると人に都合が良すぎる変化だ。
栽培種以外の植物まで全て変化する理由がない。
海外の植物調査はまだ殆ど進んでいないけど友好勢力の支配地域を順に進めている。
この調査経過報告ではやはり全ての植物が同様の変化をしている。
ここまで調査して変化していない植物が一つも発見されていない事からまず間違いなくこの植物の変化は地球規模のものだ。
で、原因は何かと考えても杳として掴めない。
分かった事は調べた限り全ての植物が変化していた事だけだ。
この件に関しては日本以外の勢力は何処も調査をしていない。
日本人以外は未だ植物の生体魔法回路を利用していないから……まぁ、そんなとこだろう。
仮に利用し始めても最初から全ての植物を利用できるわけだからこの変化には気付かない。
この人に都合の良すぎる変化に気付いているのは今の所日本人だけだ。
世界で揉めていたり燻っている地域で特徴的なのはシナ人や宗教的原理主義者の様な排他的で独善的な群れ同士が権力争いをしている事だ。
この様な群れは選民意識が強くて人以外の魔素生命を拒否する事は普通だ。
彼らは自分達以外の人の群れも下に見ていて、当然のことながら彼等の殆どが動物や植物との間に信頼関係は築けない。
これでは植物の生体魔法回路を調整する事も出来ないし利用する事も出来ない。
群れる動物の中には上下関係だけで使役できる種もいるだろうが使い魔として使う事は無理だろう。
そしてこれは日本人が日常的に使っている魔法技術でも彼らには使えない魔法技術が無数にある事になる。
なんか人に都合が良いと言うよりは日本人に都合が良すぎる感じだ。
「栗原さん、植物の変化に関して考えていたんですが最近は考えを替えました。切欠はサボテンの変化だったのかもしれませんが全体の変化は植物が変わりたいから変わった結果だと思います」
「以前は人に合わせる事で繁栄しようとしていると考えていたよね。それが替わった訳だ」
「最初のサボテンはもしかしたらそうだったのかもしれませんが他の植物はただ変わりたいから変わったのだと思います。要因は見当もつきませんが」
「人が手を加えて育てている植物だけなら君の最初の考えも有りかなと思うけど全ての植物となると人に都合が良すぎるからね。私も何か別の要因が有ると思うよ」
「切欠はサボテンとして他の植物は何で変化したんでしょうね。植物にとっては何か意味が有る事だとは思うんですけどさっぱりです」
「君は植物が単体で自ら魔法を使うのを見たことが有るかい?」
「使ってますよ。それを発電に利用している訳ですし」
「違うよ。それは人が利用しているから人の意思が入っている。植物の意思がないとは言わないよ。ただ人の意思が働かないと植物は単体で魔法を使えないのではないかと私は考えているんだ。具体的には生体魔法回路への魔法の組込みなんかだけど」
「確かに植物単体は人の干渉がないと魔法を使っていないかもしれません。でもそこにどんな意味が有るんですか?」
「それは私には分からないよ。ただ人の干渉で植物単体が魔法を使える様になった事が植物全体に何か影響を与えていてそれを植物が良しとしたんだよ。具体的に何を良しとしたかは分からない」
「植物の魔法回路に人が魔法を組込んでも最初は何も反応しなかったですよね?」
「そうだね。そして反応するサボテンが見つかってからは人が利用しまくった。その影響が植物に何か出てそれを植物が良しとして今回の変化に繋がったんだ。植物には人に利用される事に何かメリットが有るんだ。まぁ、それが何かは研究して探らないといけないけど」
「……でもそれなら利用するのが人である必要はないですよね」
「そうだよ。植物は蜂や蝶を受粉に利用しているだろう?でも人でも何も問題なく受粉はできる。植物に魔法を使わせて利用する事は人しかやっていないけどそれが人かどうかは植物にとっては如何でも良い事なんだ。植物にとっては利用される事に何か意味が有るんだ。利用するのが何かは問題にしていない筈だ。ただ利用するためには植物の生体魔法回路に魔法を組込む必要があるから人しか利用できていないだけだ」
「じゃあ、植物の変化を切欠に植物の魔法を利用する人以外の動物が現れてもおかしくありませんね」
「いやそれは無いだろう。人以外の動物に植物の生体魔法回路を上手く弄ることが出来るとは思えない」
「それは必要ないんですよ。だって既に人が生体魔法回路を調整した植物がいてそれは植物の子孫に受け継がれるんですよ。魔法回路を組込むと言う一番大変な事は終わっているんです」
日本の研究者は自分の研究の為に好き勝手に植物の生体魔法回路へ魔法を組込んでいた。
既に日本で汎用されている魔法であれば全て、そしてそれぞれの研究者の専門とする魔法も各々が組み込んで研究していた。
あとは互いに交配していけば植物は人が使っている魔法の凡そを生体魔法回路に組み込んで子々孫々伝える事になる。
生体魔法回路への魔法の組込みが終了していればあとは調整するだけなので魔法の組込みよりは随分楽な事となる。
「ああ、そうなるのか。生体魔法回路を調整するのも君が言う程は楽ではないけど確かに魔法の組込みから始めるよりは容易だな」
「それに生体魔法回路を調整する事に特化して植物と共生する動物が発生しないとも限りません」
「人以外にかい?……あるかもしれないね。でも今の所は人が一番の有力候補だな」
「でもそうだとすると何故植物は亜空間系統の魔法を使う様にならないんだろう?人に使われる方が植物にもメリットがある訳ですよね」
「それが分からないから君も私も植物の鉢を抱えて闇雲にゲートやアイテムボックス等を使って植物に変化が出ないか試しているんじゃないか。最初のサボテンみたいな切欠がないと見当もつかないよ」
未だに亜空間系統の魔法を使う植物は見付かっていないので私のサボテンの鉢を抱えてアイテムボックス・ゲート・バリア等の魔法を繰り返す毎日は続いている。
サボテンとは繋がっていて互いに情報の遣り取りをしているけど未だに分からない。
快不快ぐらいは分かる気がするけど何に対して反応しているのかも分からない。
栗原さんの説が正しければいつ使えるよになってもおかしくないんだけどな。
植物は人に利用されることにメリットを感じているんだからさ。
ある日突然に殆どの植物が亜空間系統の魔法を使う様になる可能性もあるんだよな。
「そうなんですよね。私は時々自衛隊の訓練に交じって地球の衛星軌道上で鍛錬するんですが抱えているサボテンには何の兆候も有りませんよ」
「私の方も全然変化がないね」
「宇宙なら少しは変化が有ると思ったんですが地上と何も変わりません」
「宇宙と地上でかなり違いが有るの?」
「周りに生物がいないせいか魔法が使い易いんですよ。木の近くには転移出来ないですよね。あれがないんです。鍛錬と清掃を兼ねてデブリを魔法で攻撃したりアイテムボックスに収納したりしてますけど使い易いですね」
「あまり気にしたことがないな。知識としては有るけど」
「魔法に熟練すればそんなものです。でも宇宙に出れば違いが分かりますよ。それで少しは植物の反応も違うかと試していますが全然駄目です」
「今の所は地道に繰り返すしかないな。何が切欠となるかは分からないから」
「そうですね。権藤先生とはまだ地球に近すぎて植物が魔法を使う必要性を感じないんだとか話していていたんですよ。月か火星にでも行くしかないかなとか」
月や火星は行くにしても当分先の話だ。
JAXAや自衛隊では研究だけは進めているけど国際情勢がそこまでは逼迫していないとの政府判断で優先順位は下がっていた。
地球の衛星軌道上で宇宙コロニーや宇宙艇の実験をしたりはしているけど月や火星の探索を実行に移す状況ではない。
転移陣だけでも月や火星に送れないか提案したけど予算は下りなかった。
監視衛星を衛星軌道上に並べる方が優先するんだそうな。
シナは未だに内戦状態だし、他の地域もパワーバランスが崩れたら如何なるか分からない。
仕方がない事なんだろうな。
「へぇ~それで月や火星に行く方法には目途がついているの?」
「それは魔法を使えば問題なく行けますよ。転移陣だけでも送れないかと提案したけど試算したら自分で行くのが一番安上がりみたいですね。ただ時間が掛かり過ぎるので今の所は実行する気にはなりません。他に優先する事がたくさんありますから」
「最近は太陽系内の探査すらどこの国も遣っていないからね。でも転移陣ぐらいは今の内に送っておけば後々楽だろうに」
「殆どの政治家は先送り可能なものは先送りにするんですよ。月や火星の探査は成果が挙がるにしても先の話だから自分の功績にはし難い。それに監視衛星を優先するのは誰が考えても仕方のない事ですから後回しになる訳です」
「今の世界状勢で月や火星の探査は功績にはし難いからね。殆どの政治家は動かないだろうな」
「それで現状は皆に月や火星に行く強い動機がない状況で予算も一番削り易い訳です。宇宙関係は衛星軌道上の研究で繋いでいる感じかな」
「止めると製造技術等が断絶するから細々とでも繋がないと不味いよ」
「私が月に行きますと志願すれば予算は付きますかねぇ?」
「難しいと思うな。月に行きますだけでは。君がそんな危険を冒す事が了承されるとは思えない」
「何か良い理由はないかなぁ。一度行けばそれ以降は転移するだけで済むから機会が有れば行きたい気持ちは有るんですよ」
「良い理由か……植物に亜空間系統の魔法を使わせる研究の為だけでは月や火星に行く予算は付かないよなぁ。研究者にとっては魅力的でもそれだけでは無理だろうな」
「私も植物の変化を促すだけの為に魔法を使って月に行く気は有りませんよ」
成功するかどうかも分からない植物の変化を促すだけの為に態々月や火星まで行く気は私にもない。
実験が直ぐに可能なら時間の都合も付けるけど試算したら月まで行くのに時間が掛かりすぎる。
「何か良い理由は思いつかないかい?君が勝手に計画を進めれば止めれる者もいない筈だ」
「……やっぱり今すぐには無理ですね。魔法で月に行くだけでも成果だとは思うけど何よりも優先する事かと言うとそうではないですから」
「転移陣を月に送る理由だけでも思いつかないかなぁ?」
「研究者に案を募るしかありませんね。皆が納得できそうな案でもあれば私が進めますよ」
後日、大学で案を募ったけど良い案は出なかった。
未だ良案募集中だ。
仕方がないから『植物の意思が関係あるとすると私の毎日の魔法の繰り返しが植物の変化の切欠になるかもしれない』とか考えながら私はサボテンの鉢を抱えている。




