37 博士号の取得
川上君がいない3ヶ月の間に3人組に転移陣の小型化について考えさせてレポートを提出させていた。
3人組は転移陣の土台の材質による違い、転移陣の色による違い、 転移陣の立体的な奥行きによる違いで認識にどんな変化が有るか調べたり、それらの組み合わせで認識にどんな変化が有るか調べたりしてレポートに纏めて個々に提出していた。
大学と自衛隊の研究所で色々試して術者に転移陣を転移ポイントと意識的に認識させるのに術者が転移陣だと認識するのが重要な事が確認された。
決まった法則性はなくて術者が転移陣だと認識し易い物を転移陣にすれば良いとの結論だ。
適度な大きさで目立つ色にして転移陣と決めてしまえばそれで良いのだ。
術者の視野に入る必要があるので床に置くなら石碑か石塔の様にして壁なら掛けるだけで良い。
転移陣の方は術者に認識され易いデザインの物を作成して連番を目立つように明記しておけばそれで良し。
様は漢字で転移陣と書いて連番を明記した物で充分との結論でそれらを見える所に設置すれば済みである。
ただ漢字で書くと第三者から目的が明らかに成ってしまうので当面はそれらしいデザインの図形を用意した方が良いとの結論だ。
小型化については認識し易い事が必要なのでダーツの的ぐらいが適当との結論で誤魔化したいならダーツの的を特注してそのまま転移陣にすれば良いとなっている。
因みに連番は転移陣を管理し易くする為と転移ポイントと意識的に認識させ易くする為である。
転移陣を少しづつ破壊してどこまで転移陣と認識するか検証してみたが結論は出ていない。
術者が転移陣と認識出来なくなるまでは大丈夫との結論だが人によって差が有って数値化は出来なかった。
結論としては転移陣は丈夫に造って壊れにくくした方が無難との当たり前の結論だ。
転移陣を転移ポイントと認識させる時に背景も転移陣の一部と認識させる恐れがあるので背景には移動可能な物を置かない事が今の所の注意点だ。
3人組は転移陣の小型化について実験したからか転移について式神を使って何か出来ないか考えた様で私に相談しに来た。
「式神について転移に応用する方法を思いついたのですが宜しいですか?」
「何か思いついたんだ。それで何を思いついたの?」
「他人を連れて転移したり、転移を応用した手術をするときに信頼関係を築かないと無理な事が有りますけど簡単には分かりませんよね。それで術者の式神に繋がって貰えば良いんじゃないかと考えました。どうでしょうか?」
「手術の時に医者の式神に繋がれば良いんじゃないかと言う事だね。これは転移は関係なしに使えそうだ。同意の意思確認にも使えそうだし……一寸医療関係者にも相談してくるよ。良い感触だったら共同研究に成るかな?」
「式神に繋がった他人を転移する案はどうですか?」
「それも良いんだけど検証が難しいんだよ。数が必要なんだよね。取り敢えず君達とは仲が良いわけでもなく悪いわけでもない魔法学部の学生で試してレポートにしよう。その結果を防衛省の月一の会議で提示して反応が良ければどこかと組んで検証数を増やそうか」
「それで何をすれば良いんですか?」
「式神に繋がった他人を転移する検証は進めて良いよ。手術の話は医療関係者に相談後だね。3人だと1つ足りないな。そうだ、式神に繋がった他人をバリアかシェルターで防護する検証にしよう。これなら自衛隊でいくらでもデータが取れる。式神に繋がった他人に魔法を行使する事の有意性の確認だな。有意性が有れば他の魔法にも応用できるかもしれない」
「転移の検証を進めておきます」
「防護の検証も同じ様に進めてレポートを提出して。他人に魔法を掛けるのは同意なしだとまず無理だからそれも確認しておくといいよ。何故無理なのかは習っていても試したことは無いだろう?私は今から医療関係者と相談してくるよ」
医大に行って鵜飼さんと共同研究をしていた新藤教授に会って医療への式神の利用を提案する。
共同研究を進める件は新藤教授に了解が取れたので教授に頼んで式神が行使できるレベルの協力してくれる医者を募る事にした。
式神を持っている人はまずいないので私は協力者には式神の作成を教授する旨を伝えた。
取り敢えずこの共同研究に関しては協力者が見つかって式神の作成をするまでは研究は始められない。
新藤教授には協力者が決まったら連絡を入れるように頼み大学に戻った。
3人組に式神を使う事と転移やバリアへの影響を色々確認して次の事が確認された。
①術者が一緒に転移不可能な者やバリアで防護不可能な者は術者の式神には繋がれない。
②術者が一緒に転移可能な者やバリアで防護可能な者は術者の式神に繋がれる。
③今の所は①②と矛盾する結果が出たことは無い。
④被術者が式神に繋がった状態での術者による転移やバリアを使った防護は可能である。
この結果から術者と術者の式神に繋がる事が可能な者とは術者が魔法を行使できる程度の信頼が被術者にあると判断できる。
そして式神は魔素生命の1種なので繋がる事によって仲間意識が強化されて信頼が増す事は確実だ。
信頼感が増す事によって転移やバリアを使った防護はより容易に成るに違いない。
医者と患者の場合も医者の式神と繋がる事の出来る患者は医者を信頼していると判断してよいし医者の式神と繋がる事で医者に対する信頼感は増すと考えられる。
これらがどの様なものかは実際に医者に式神を使って貰わないと分からない。
医者と患者の信頼関係の確認と信頼関係の強化が医者と患者にとってどの様な意味を持つのかは使って貰わないと分からない。
私は少なくとも魔法を使った手術が可能かどうかの確認にはなると判断している。
研究者としては「式神を道具として上手く活用してくれれば良いかな」と言った所だ。
月一の会議に3人組を連れて行って式神ついての研究成果を発表させた。
自衛隊関係者には「災害支援の時に要救助者に式神と一時的に繋がって貰えば要救助者に魔法を行使する事が容易に成るし、魔法の行使が可能かの確認にもなって便利ではないかな」と言っておいた。
要人警護の時には警護対象者に式神に繋がって貰えばバリアで防護する事が楽に成る筈だ。
自衛隊は転移陣については新しくシンボルマークを造って必要に応じて壁に付ける事になったそうだ。
大きさも満足できたようだし、呼び出されることも減るから川上君も論文に専念できるはずだ。
式神の医療への応用については鵜飼さんに少し話して置く事にした。
「式神の医療への応用は医大の新藤教授と共同研究の形で進めようとしています」
「ああ、新藤さんに聞いたよ。協力する医者があまりいないみたいだね」
「そうなんですよ。式神を使った患者の信頼感の確認や患者との信頼関係の強化が手術に生かせないかなと考えたんですがあまり良い反応が無いんですよ。手術に魔法を使う場合は便利だと思ったんですが……」
「皆自分なりに患者と信頼関係を築いている訳だから今更と言った感じなんだろう」
「まぁ、今まで出来なかった事が出来る様に成る訳では無くて、遣っている事の補間と強化ですから問題としていない人にはどうでも良い事であるのは確かです。でも転移やバリアの研究者の中には興味を持つ方々がいて名刺を交換しましたよ」
「普通の医者には魔法は唯の道具だから現状で上手く行っているのを崩してまで必要とはしないよ。魔法の研究者は新しい研究の種を探しているんだ。何がどう新しい事に繋がるか分からないからね。興味のある事には足を突っ込んでおくんだ」
「こちらとしては今以上に良くなる可能性として魔法を提示しているんですが必ずしも良くなるとは限らないのでその確認のためにも早く実験して結果を出したいんですよ。幸い転移やバリアに式神を利用する件は自衛隊の研究者も協力的で何とか進めれそうです」
「それは良かった。じゃあその研究成果を示して説得すれば良いんじゃないかな。良い結果が出ればの話だけどね。それと私も式神の応用に興味が有るので少し手伝って欲しいんだがどうかな?」
「構いませんけど私はこれから忙しくなるので学生で宜しければ伺わせますが?もしくはシイャン師匠に話を通せば医大に居る私の妹を使う事も出来るかもしれませんよ。妹はシイャン師匠に弟子入りして術師として一通りの魔法をマスターしている筈ですから式神も使える筈です」
「そうかじゃあうちの研究者と相談してから決めさせて貰うよ。君が忙しくなるなら権藤教授に話せば良いかな?」
「はい、宜しくお願いします。権藤先生には話しておきます」
「いや、今から話そう。まだここにいるんだろう?」
鵜飼さんは権藤教授を見つけると傍に行って話し始めた。
「権藤さん、少し相談が有るんだけど良いかな?」
「共同研究の話かい?修君も沃土君も忙しくなるから当分無理だよ。これは私を通しても変わらないよ」
「まだ共同研究の段階では無くて、私が式神の応用に興味が有るので君の研究室の学生に手伝って貰う話が出て許可を貰いに来たんだよ。取り敢えずはうちの研究者に式神の作成方法を覚えて貰おうかと思ってね」
「ああ、そんな話か。構わないよ。でも君の研究って被験者はいたっけ?動物実験ばかりの様な気がするんだが、式神へ人に繋がって貰って何か意味が有るの?」
「いや、だから式神に動物を繋がらせて何か出来ないかなと思ってさ」
「どうやって?動物の方から魔素生命に繋がる話は人以外では聞いた事が無いけど?」
「だから式神の方から動物に繋がらせるんだよ。人の胎児がどうやって魔素生命と繋がるのか問題に成っていただろう?胎児にそんな意志が有るとは思えないけどみんな繋がっている。だから式神を使えばそれが解明できるかもと思ってさ」
「それは面白いな。直ぐに共同研究にしよう。本来なら沃土君を出すところだけど忙しくなるから沃土君の下に就いている佳奈ちゃんを出そう。沃土君はそれで良いかな」
「ええ構いません。何とかなると思います」
「式神の利用だから3人組からも1人出そうかな。修君は誰が良いと思う」
「矢代君で良いのでは?彼が3人の中では1番優秀です。矢代君良いよね」
「はい、大丈夫です。宜しくお願いします」
「それじゃあ矢代君にしようか。こちらからは2人出すけど鵜飼さんはそれで良いかな?」
「こちらはそれで良いけど、修君と沃土君は何がそんなに忙しいの?そんなに沢山の研究を抱え込んでいる訳?」
「違う違う。沢山の研究を抱え込んでいるのは確かだけど忙しいのは博士審査が始まるからだ」
「博士審査か確かにあれは研究と違って誰かに割り振れないからな。でもずいぶん早いね?」
「それがそうでもないんだよ。もう9年前に研究室に籍を置いて研究生活を始めているからね。年齢を見ると早い感じだけど、研究成果も出しているから研究年数からすると遅いぐらいではないかな?」
「そうか2人ともあの日以降は魔法研究に入り浸っていた感じか。それならそう早い訳でもないね」
「大学制度も正式に変わるみたいだし、これからはもっと若い人が博士号をとると思うよ」
「修君と沃土君は今年度一杯は研究は無理な様だね。この会議には出席するの?」
「この会議は月一だけだしなるべく出席するつもりです。魔法研究の流れも分かるし、今週中に抱え込んでいる構想も研究テーマとして権藤先生に提出するんですが全ての成果を聞けそうなのはこの会議ぐらいに成りそうなんですよ」
「まぁ、このまま研究者を続けて行く気なら必要な事だし2人とも頑張りなさいな」
そう言った訳で抱え込んでいたテーマは研究室で割り振り人に任せて簡単なフォローをするだけで自分で直に研究するのは当分休みとなった。
博士号取得のためとはいえ自分で遣りたいから抱え込んでいたのに……少し残念だけど仕方が無いな。
研究者にとって博士号は免許みたいなもので大学等の学術機関で研究者として働くためには必須の資格である。
研究者としての就職先とポストが有ればの話だが博士号が有れば研究者として働ける。
幸い今の所は魔法研究者のポストが過剰な状況なので引く手数多だ。
あの日以降、人は成体になった時点で魔素生命から自由に情報を引き出せる様に成り、情報量自体は莫大なものとなった。
魔素生命の情報とは日本では一般に神様情報と言っている故人の体験情報が蓄積されたものだ。
情報を引き出すにもある程度の知識が必要だし理解できない情報は役に立たないので学習の必要性が無くなった訳では無いが方法さえ適切ならば魔素生命に蓄積された人の英知は全て己のものと出来る。
成体になったら今迄なら暗記して詰め込んできた知識が知識の泉から簡単に引き出せる様に成って所謂難関大学の試験問題なんかも暗記科目に関しては普通の知能が有れば苦も無く解ける様になった。
日本では真世歴6年から成体になった時点で魔法の基礎教育を受ける様に成っていて、魔素生命からの情報の適切な引き出し方も色々考案されて教育してきた。
過去に試験問題を作成した故人や予備校の講師だった故人の情報もあるから情報の適切な引き出し方を身に付ければ試験問題を解くぐらいは楽なものだ。
こうして受験制度は崩壊してしまったので日本政府は教育制度の見直しを行った。
真世歴10年に公立学校の入試制度は原則廃止と決まり翌年から入学の可否は学校が独自に方法を定めて判断する事が認められた。
小中高までは今迄通り年齢に沿って教育を行う事として学士号・修士号・博士号の取得については年齢制限が無くなり成体になった時点で取得するための指導を受ける事が可能に成った。
制度的には高校卒業と同時に修士号の所得が可能に成ってしまった。
権藤先生が言う様に本人次第で若くして博士号を所得する条件は整った。




