34 イメージによる違い
ゲートもバリアも魔法の訓練を受けてきた自衛官なら容易に習得出来る事は確認済みである。
ただ会議の論調によると魔法の訓練を何も受けていない一般人が容易に習得が可能かと言うとそうでもないみたいで普通の人はアイテムボックスすら習得していないのが現状らしい。
魔法の存在自体は当たり前であるが魔法を使う事はあまり身近に成っていない、日常生活において必要ないので仕事で必要とする人以外はあまり使っていない様だ。
飛ぶ魔法は遊戯として浸透しているが興味のない人は全然遣らないし他の魔法も似たようなもので興味が有る人や必要とする人以外は使っていないみたいだ。
「権藤先生、うちの家族の現状と世間一般でここまで懸け離れているとは思いませんでした」
「君の家族は重要人物の塊だからね。あそこまで魔法に馴染んでいる一家は珍しい。特に社会人に成ってからあの日を迎えた人達は仕事で魔法を必要とするかしないかで魔法への馴染み具合が全然違うんだ」
「でも飛ぶ魔法や整形質魔法はともかく簡単なデータボックスやアイテムボックスまでこんなに普及していないとは思いませんでした」
「仕事の殆どは魔法に関わりなく進めれるんだ。魔法に興味のない人はそんなもんなんだよ」
「でもデータボックスがあれば機械操作のマニュアルも一発で覚えれて見直さなくて良い。アイテムボックスが有ればカバンだっていらなくなる。肉体労働だってドーピング魔法を使えばかなり楽に成る。いくらでも活用できると思いますよ」
「それは便利グッズみたいなもので使う人は使うけど必要とされている訳では無い。『あれば便利かなでも無くても問題ないよね』レベルなんだよ」
「物流関係ではアイテムボックスは必須に成ってるって聞きましたけど」
「それは仕事だからお金が絡んでくるからさ。コストダウンが簡単に出来るんだ。トラックが必要だったのが軽自動車で済むんだよ。燃費も維持費も全然違ってくる。積載制限もないし人件費だって魔法さえ使えれば特殊免許なんて必要ないから大分下げられる。商用車が運転できれば後はアイテムボックスを覚えてもらうだけだ。君が言うように簡単な魔法だし仕事に必要ならみんな覚えるんだ」
「そんなもんですか」
「そんなもんなんだよ。それで日本政府は魔法に馴染む様に幼体の内から教育して成体になったらデータボックスとアイテムボックスと飛ぶ魔法については身に付けて貰おうとしている。国民が魔法に馴染めば馴染むほど国力が上がると考えているからね」
「なんか随分年月の掛かりそうな話ですね。何かいい方法は無いのかなぁ?」
「君が遣っている修行とか鍛錬と一緒だよ。整形質魔法の様に掛ける時間も重要なんだよ。まぁ、なるべく早く進めたいから色々考えているみたいだけどね」
「先の長い話に思えるけど。きっとあっと言う間なんでしょうね。修行もそうですから。先を見ると長く感じるけど過ぎて見るとあっと言う間なんですよ」
「過ぎて見るとあっと言う間か……きっとそうなるだろうね。それと生体魔法回路への魔法の組込も次いで普及させるつもりでいるんだ。自衛隊ではもう当たり前の技術なんだけどね」
「あぁ、そうなんですか。生体魔法回路に組み込んだ方が魔法の常時発動も可能に成るし発動も楽ですからね。それに組み込むと次世代に魔法が受け継がれるから魔法に馴染ませる目的に合致します」
「うん、まぁ、そう言う事だね」
政府はデータボックスとアイテムボックスと飛ぶ魔法については魔法の基礎として習得を推進していて国民なら使えるのが当たり前の状況にする事を目標にしている。
教育カリキュラムも作成していて成人に成っても気楽に習得出来る様な体制にしようとしている。
中学と高校では既にこの教育カリキュラムに沿って魔法の教育が始まっていて日本人なら成体になった時点で受ける事が出来るようになっている。
生体魔法回路への魔法の組込は未だ機密事項で公開時期は未定である。
外国人が魔法教育の適用除外となっているのは国によって魔法に対する扱いが違っていて下手な教育を行うと内政干渉に当たるからで日本政府は原則として外国人には魔法教育を行わない。
要は外交問題に成るのは嫌だから日本政府としては外国人に公的な魔法教育は行わないだけである。
外国人がテーマパークで飛ぶ魔法を身に付ける事を禁止してはいないしその他の魔法も自らの伝手で個人的に学ぶ事を禁止している訳では無い。
大学教育では魔法関係は外国人の入学及び留学を認めておらず聴講すら認めていない。
国内の研究機関も官民問わず魔法関係については外国人を排除している。
アメリカで起きた魔法による核爆発の様な事が有るかも知れず、国の管理下に置きたい魔法も開発され得るためこのように成っている。
世界的な混乱が収まる方向に向かえば徐々に緩和する予定だがシナ大陸の現状からするに当分先の話だ。
研究者としては随分窮屈な話だが魔法の軍事的展開の現状を知っている者は仕方がないと判断している。
アイテムボックスやドーピング魔法ですら戦場に影響を与えた、飛ぶ魔法も当然影響するだろう。
ゲートやバリアが洩れたらどうなるかは推して知るべしだ。
魔法関係の情報を外国に洩らす危険を冒すのは現状では日本国民の命を危険に晒すのと同意なのだ。
日本の魔素生命と繋がっている限りこの様な漏洩行為には忌避感が生じる為行う事が困難になる。
通常行っているような行為でも特定の条件下で忌避感が生じたりするのは群れの安全を脅かす行為のサインなので忌避感に従うのが概ね正しい。
ゲートやバリアに関して言うと日本人の研究者や大学内で教授するのは別に何とも思わないが一般公開等の事を考えると現時点では忌避感が生じるのだ。
この様な場合はたとえ法的には問題がなくても行動に移さない方が賢明だ。
バリアの共同研究の実証実験のため、沃土と2人で青森県の下北試験場に遣って来た。
猿ヶ森砂丘は日本最大の砂丘で自衛隊の実弾試験場になっていて一般には公開されていない。
視認できればバリアは展開できるので防護対象を設置しそこにバリアを展開して実弾を用いてバリアの性能を確認する。
今日は自衛官による人を使ったバリアの性能確認も行う。
ついでに広い砂丘と海を利用して飛行仕様と潜水仕様のバリアの検証も行う予定だ。
頭の中で考えていた事を実際に目にすると分かっていた事とは言え感動する。
クロックアップして脳の思考速度を上げて時間がゆっくりと流れる様な感覚の中で、銃や砲の実弾は視認できなかったけどボウガンによる射撃で矢が宙に消えるのは肉眼で確認した。
実弾も高速度カメラで撮って動画を確認したけど途中で宙に消える。
爆弾や地雷を想定した爆発も途中から宙に消える。
人が銃弾の嵐の中を平然と歩き足元が爆発しても掠り傷一つ無い。
銃弾も爆発も亜空間に収納されているから当然の事だと頭の中では分かっているけど目の前で見ると非現実的に見えて仕方がない。
考えてみたら自分もバリアを展開していて大きな音は遮断しているから更に現実感が無いのだ。
まぁ、音を少し通る様にしたぐらいでは現実感が無いのは変わらなかったけど。
銃弾を弾いた跡が有ったり焦げたりしていれば少しは現実感も湧くけど全くの無傷だ。
後で空砲ではないのか確認した程だ。
戦場でこれを見たら敵は如何するんだろう?
敵がバリアを知らなかったら一方的な展開に成るのは間違いない。
バリアは元々空気抵抗を減らして高速で飛ぶために研究開発する事を決めた魔法だ。
その頃は上手く魔法を設定して宇宙空間に出ても大丈夫な様に出来ないかと夢想していた。
この猿ヶ森砂丘なら周りを気にせずにいくらでも自由に飛んで確認できる。
と言う事で飛行仕様のバリアを展開して飛んで確認をしてみた。
魔法で飛んで飛行仕様のバリアを展開すると風の抵抗も感じなくなり速度はいくらでも上げられそうだったが途中で止めた。
以前バリアを展開して山で飛んだ時と感触が違っていたためだ。
異空間を創る感じでバリアを展開しているからかな?
以前飛んだ時は同じ空間に膜を張って仕切りをする感じでバリアを展開して飛んでいたのだ。
今回は天谷師匠から聞いたバリアの完全遮断の話を思い出して、試しに異空間を創る感じでバリアを展開して飛んでみたのだ。
これは別途検証した方が良いなと考えて飛行仕様の検討を早めに切り上げた。
水中を魔法で移動するのは魔法で飛行するのと変わらない。
違いは魔法で移動するのが空中か水中かだけの話だ。
飛行時に感じた感触の違いを潜水仕様のバリアを展開して水中で確認してみると違いが明確になった。
内側を異空間のイメージでバリアを展開すると水の抵抗を感じずに進む事が出来るのだ。
沃土と2人で飛んだり潜ったりして検証した結果はっきりしたのはバリアは膜の内外を同空間とイメージするか異空間とイメージするかで性能が変わる事だ。
この2つは全然別物で魔法としては似ているけど異なる。
2つが違うとの認識を持って性能に合わせて使い分けないと後々混乱する事になる。
自衛隊の研究者は既に気が付いているのかな?
その場で確認したが防護性能に気を取られていて個人差と捉えていた様でまだ気付いていなかった。
術者の自衛官の方にも聞いてみると違いには気が付いていても魔法が上手く使えていないとの認識で違う魔法とは認識していなかった。
まぁ気が付くよな、攻撃出来ないんだから戦闘訓練で気が付く、天谷師匠の言っていた「いるけどいない、いないけどいる」ってやつだ。
幸い実弾等に対する防護に関しては性能に差が無いようだが飛行時と潜水時ははっきり違った。
一番はっきりした違いは異空間とイメージした場合、移動しても周りが動く感じで慣性を感じないのだ。
飛ぶ魔法がどの様に作用しているかは分からないけど飛んでいて向きを変えても速度を上げても加速度を感じない。
これは性能を細かく検証して違いを認識し、使用目的に合わせて2つを使い分けないと不味い事になりそうだ。
月一の会議で俺と沃土は先日の発見について発表した。
大学に戻ってから検証している途中経過を併せて纏めたレポートを提出した。
権藤先生にも逐次報告済みなので会議の参加メンバーの殆どが知っている内容だ。
魔法の名前が同じでは混乱するので防護膜の内外が同空間のものをそのままバリアとし防護膜の内側が異空間のものをシェルターとした。
シェルターの大きな特徴は内側が異空間のため、外側からの物理的干渉を基本的に受け付けない事と内側からも魔法による干渉以外は出来ない事だ。
それとバリアは膜を通さないものを選別するのだがシェルターは膜を通すものを選別している。
膜の性能は同じなので亜空間への収納も可能だがシェルターの方は狙撃時に何もしなくても銃弾は通過するだけで防護対象は安全である。
外側の対象に物理的に攻撃する場合はシェルターからバリアに切り替えないといけない。
シェルターに入っている人は幽霊か蜃気楼の様なもので、視認するための光を通す様に調整すると外からは見えるけど触れないのだ。
それからシェルターの使用上の注意として魔素生命との繋がりの確保を挙げて置いた。
術者が完全遮断とかイメージして魔素生命との繋がりの確保を忘れると死亡扱いとなって情報が洩れる。
バリアとシェルターの違いは実際に遣って見せるのが手っ取り早いので発表後に実演した。
事前に情報を流しているので戦闘に関する実証試験は既に自衛隊でも進めている筈だ。
この会議での発表後、俺と沃土は自身の研究と論文書きに専念する事にした。
俺の遣る事はあまり変わらないし月一の会議には出席するけど研究の進捗は………あまり変わりそうにないな、論文は単発で何回か出して博士論文は来年まで掛かっても良い筈だ。
毎日の気の鍛錬の結果、気を感じ取れる範囲は着実に拡がっている。
気を利用した転移魔法については今より良い方法は無いか時々考えている訳だが………
最近考えているのは式神を使って何かできないかなと言う事だ。
式神は術師の専用魔素生命で術師はこれを使って索敵等の情報収集を行っている。
一通り教わっているのでシイャン師匠の指導の下で式神を作成する事に問題は無い。
ただ式神は魔素生命なので認識情報が魔素の状態の認識に成ってしまい解析が面倒なのだ。
それで使い熟せば便利な事は知っていたけど今迄手を付けなかった。
魔素の流れは物力世界のエネルギーの流れに沿っているものらしく大きくは銀河の回転や星の自転、公転等小さくは生命エネルギーや大気の対流等によって魔素の流れが出来る。
魔法はその魔素の流れから少し力を貰って物力世界を騙す事だが膨大な時の流れから見たら一瞬の揺らぎで物力世界全体から見れば物力世界の様相の一つなので問題とはならない。
術者は式神を通して魔素の状態を知り、間接的に物力世界の情報を得ている。
式神は魔素生命で術者の意志によりどこにでも存在を現す事が可能で情報収集には便利だ。
制約も無く何処にでも存在を現す事が可能なので本当に便利なのだ。
ただ解析が面倒なので使い手はあまりいない。
使い熟せれば本当に便利なのだが使うには才能と根気が必要となる。
式神は使い熟すのは面倒そうだがどこにでも存在を現す事が可能な事に注目して転移に利用出来ないかなと考えている訳だ。
でも習得には時間が掛かりそうだから権藤先生とシイャン師匠に相談してゆっくり進めよう。
気の鍛錬と同じ様に成果を挙げるには時間が掛かりそうだけど仕方がない。
経験上、魔法は一度構築すれば次に続く人は驚くほど容易に習得出来る事がある。
だから他の人に研究して貰って次に続く人に成っても良いのだが……なんか無理そうだ。
魔法関係は早い者勝ちで他にいくらでも有望そうなテーマが有るからな。
丸投げしても構わないのだけど時間が掛かりそうで誰も代わりに遣ってくれる人はいないだろう。
自分で遣るしかないか、試してみたいと思った事をそのままにするのは落ち着かないからな。
後日権藤先生とシイャン師匠に相談して月一の会議でも発表したが誰も興味を示すことは無く、結局自分で遣るしかない事が確認できただけの事だ。
ただ式神については防衛省でも研究を進めているので協力する話は取り付けた。
彼らは式神の情報収集には興味を示すけど転移に利用する件に関しては現状で充分と考えているのか興味が無い様だ。
転移魔法を使用して領土内のどんな離島でも直ぐに部隊を展開できるような体制にしたみたいだし防衛には充分だと考えているのだろう。
会議はバリアとシェルターの応用が主題として進んでいた。




