33 大学での研究
4月に入って所定の手続きをしたので山南さんと同じ立場に成った。
山南さんは今年博士課程を修了して博士号を取得したら准教授に成る筈だから1年限りの話だ。
権藤先生と話したけどまだ俺と沃土の去就については定まっていない。
通常は大学院の博士課程に進んで助教とか非常勤講師をしながら3年から6年かけて博士号を所得する。
俺と沃土は「今迄の魔法に関する研究の提出して発表した論文数で実績は充分だし今研究している魔法について博士論文にすれば博士号なんて取れるから」と権藤先生が言うので進学を止めた。
今年中に博士論文を書いて来年から審査となっていて来年末には博士号を取得となる。
今年中でも何とかなるみたいな話だったけど来月何処にいるか分からない状況なので止めておいた。
高校生の時から権藤先生の下に就いて論文を提出して発表していたから学術論文数はクリアしているし魔法関係は機密事項が多くて国際会議とかは取得の必須条件に成ってはいないので何とかなるのだ。
最近は古い学界の国際会議も開催が減っていて新参の魔法学界においては学会が未設立な国も多くて国際会議自体開催されていないのが実情だから当面は条件にならないだろう。
魔法は術者の母国語により思考経路とか概念とかも違ってくるので母国語が違うと同じとされる魔法でも魔法回路とその構築方法が違ってくる。
即ち同じ結果の出る魔法であっても母国語が違うと魔法回路とその構築方法は違い厳密には同じ魔法ではないのだ。
まだ研究課題に成ってはいないが母国語の違いで容易な魔法と困難な魔法が出てくる可能性すらある。
個人に魔法の得手不得手が有る様に母国語で魔法の得手不得手が決まる可能性が有るのだ。
そして他言語で書かれた魔法研究の論文については読んだだけでは魔法を再現できない可能性が有る。
神様情報から古代魔法人の難易度の高い魔法を再現するのが難しいのは言語が解読できてもそれだけでは魔法が上手く再現できないからだ。
魔法のイメージが浮かぶように母国語で再構築しないと魔法が上手く再現できない、厳密には類似の魔法を新たに創る事になるので大変なのだ。
実際に火をつけるとか力を強くするとかは容易だったけど、整形質魔法は習得が難しかった。
他国の二番煎じでは上手く行かない可能性が有り、各国が独自で研究を進めるのが必須の状況だ。
だから魔法に関しては母国語で論文を書き発表して、必要があれば他言語に展開するのが正しい方法だ。
俺と沃土は大学で防衛省との共同研究を進める事になり、必要に応じて自衛隊の駐屯地や実験場に行く事になった。
この必要に応じての所が曲者で長期出張で数か月は自衛隊の施設に行く事になっても問題のない文言だ。
今の所は論文優先と言った話になっているが状況次第でどう変わるか分からない。
これからは俺はバリアを主に研究を続けるが沃土は元の研究を主に進める事になる。
沃土は元々俺が転移魔法の実験に付き合せなければ自衛隊との共同研究なんて目に合わずに済んだ筈で元の研究に戻れる事に成って一安心だ。
俺が一安心しているだけで沃土がどう思っているかは分からないけどまだバリア関係でどうなるか分からない状況だけど取り敢えず一安心だ。
ここで問題に成るのは俺のテーマがゲートにしろバリアにしろ機密事項に引っ掛かっている事だ。
このままだと一人だけで研究を進める事になって次が続かない。
機密事項だからと言って秘匿情報が多くて後進を育てる妨げになっているのでこれは今後の魔法の発展のためにも良くない。
決して一人だけで研究を進めるのが面倒な訳でも孤独に研究を進めるのが嫌な訳でも無い。
ただ後進を育てながら分担して研究を進めるのが重要だと判断しただけだ。
そう言った訳で権藤先生に訴えて状況の改善を図る事にした。
「今迄は機密事項だって事で自衛隊に研究を丸投げしたりしてきたんですけど本来なら大学が中心に成って後進を育てながら研究を進めないと不味いですよね?飛ぶ魔法も転移魔法も本来なら大学内に後進が育って裾野が広がっていないとおかしい。自衛隊の研究所に裾野が広がっているのは気持ちが悪いんですよ」
「その件は大学内でも初めに問題に成って結局安全を優先させたんだ。沃土君からも研究室内だけでも条件を緩める様な要望があって検討中なんだよ。機密と言っても公務員ではないから法律上は罰則規定も何もないんだ。国家機密を盗んだわけではないしね。長距離転移は共同研究による開発となっているから防衛省との契約上は洩らすと不味いけど短距離転移は全然問題ない筈だ」
「そうなんですよね。一応は調べました。忌避感も無いから群れを裏切る様な行為でもない筈ですし……機密を洩らしたらどうなりますか?洩らすと言っても研究室内の話ですが」
「短距離転移を洩らしても去年なら最悪で退学になったぐらいだろう。今でも大して変わらない。最悪でも解雇だ。まぁ、君達を手放したら大学側が損するから反省文ぐらいで済ますか御咎めなしかだな。直距離転移でも共同研究とは名ばかりだったから洩らして裁判に成っても勝てそうだしね。洩らしても研究室内の話なら裁判にもならないだろう。裁判で機密が公開されたら本末転倒だからね」
「なんかたいしたことありませんね」
「善意と仲間意識で成り立っているだけなんだ。国の魔素生命との繋がりによる仲間意識だからかなり強力だけど君の言うように研究室内ぐらいなら洩らす事に忌避感はないから問題ない筈なんだよ」
「それなら交渉すれば何とかなりそうですね。バリアの御蔭で安全面も向上するし今迄だって国防上もかなり貢献しているでしょう?」
「バリアはもっと多方面に役立ちそうなんだ。自衛隊で留めておくのは勿体ないんだよ」
「屋外でも簡単に無菌領域を設けられる筈だし大勢で考えればもっと色々とアイデアが出ますよね」
「そうなんだよ。軍事面に偏るのは好ましくないよね。重要ではあるけど」
後日、権藤研究室では魔法の機密度に応じて研究室内での開示を始めた。
勿論この件については日本政府も了承済みで漏洩した場合の対処と罰則も含めて秘密裡に認可が下りた。
色々揉めた様だけど大学側が進めると決めた後は止めようがなくて後付けでパタパタと決まった様だ。
大学側が自衛隊の研究結果について情報の開示を要求して拒否されたため、では大学側は独自で研究を進めるとなって止めようがなくこうなった訳だ。
権藤研究室以外も大学側が一方的に割を食っているとの意見が強くて止めようがなかったのだ。
研究結果を少しづつでも開示していれば大学側もここまで強攻にならなくて済んだのになぁ。
結局、日本政府と大学は契約を結び1年毎に検証して必要があれば改正する事になった。
短距離転移については研究室の全員に教授する事になり講習を行い習得させた。
講習では医療等への応用例を挙げて、後に誰かが新しい応用方法を考え付いたら要相談となる。
長距離転移の方法とかを思い付く者もいるかもしれないのでその場合は権藤先生に判断して貰う。
思い付きが今迄に無い長距離転移の方法なら一緒に研究だな。
転移自体も亜空間を通過する方法以外の方法が見つかるかもしれないし。
月一で防衛省にて開かれる会議に沃土や権藤先生と3人で出席して、転移魔法ゲートと防護魔法バリアについての研究経過を発表している。
鵜飼さんも出席していたので会議後に近況を聞いてみると短距離転移については医療関係者への開示が始まっていて研究成果も挙がりつつある様子だ。
会議でも少し話が有ったが具体的な事例を色々挙げて成果を示してくれた。
短距離転移については畜産関係にも開示を始めるようで成果が期待されている。
「鵜飼さん、お久しぶりです。研究は順調に進んでますか?」
「やあ、お久しぶり。研究は概ね順調かな。DNAに入り込んだウィルスは分離できないけどね。他は順調だ。体液中の病原は転移魔法で0に出来るからね。劇的な効果が有るよ。内視鏡等を駆使すれば腫瘍の病巣も的確に摘出できる。それに魔法はイメージが重要だから手先が不器用で外科医を諦めた人間もこの方法なら手術が可能かもしれない。摘出不可能とされた脳腫瘍もこの方法なら可能性が有る。うちの研究室だけでは手に余るから大学病院も巻き込んで研究中なんだ。そろそろ臨床も始めるんじゃないかな」
「もうそんな段階なんですか。まだそんなに時間が経っていない気がしますけど」
「薬と違って副作用は関係ないし、医者にとっては新しい画期的な技術を使うかどうかだけの話だからね。メスの代わりに魔法を使うだけの話で少しの訓練で使える様に成るんだから使いたくなるさ。君達との共同研究の内容も逐次うちの研究室に回して色々進めていたんだ」
「まぁ、元々そんな話で進めていましたからね。医療は専門外だし初めの研究だけで後は医療関係者に任せる話でしたから。ああ妹なら興味を持ちそうかな医学部に入ったし短距離転移も教えてあるし」
「君の妹の綾さんは短距離転移を知っているから講師として引っ張り出されていた。初めは『国家機密に成ったから教えるのは禁止の筈ですけど』と言っていたようだよ」
「巻き込んだのは妹の大学の病院ですか。あそこには天谷師匠の弟子の教授がいるからそうなるか。じゃあうちの大学とも繋がりが有りますね」
「当然、権藤教授とも農学部の栗原君とも繋がりが有るよ。天谷師匠の弟子繋がりだから。それで畜産関係の研究は栗原君が中心に成って進めている。この前君の父上とも会って話を進めてきた」
「培養肉の関係ですか?ああ肉の採取の話ですね。なんか色々応用が利きますね」
「そうなんだ。まだまだありそうなんだよね。権藤研究室でも始めたんだろう?」
「少し出遅れた感じですけどね」
「君達が始めたんだから出遅れたは無いだろう。権藤教授は飛び回っているし」
「大学としては成果が外に取られたみたいな感じに成っていて大変なんですよ」
「権藤教授もそんな事を言ってたな。他の教授からこっちにも回せって言われたみたいだ」
「短距離転移なら魔法学部の研究室の全員に纏めて教授しましたよ。長距離転移とバリアについては機密度が高いので教授と准教授に限定して教授しました。自衛隊に丸投げした研究の情報も魔法学部の研究室に提供しました。結構大変でしたよ」
「まぁ、大学側からしたらそうなるのか。平時だったら丸抱えには出来なくてももう少し成果を挙げれただろうからね」
「でも他の研究室も魔法関係は結構成果を挙げていると思いますよ。核物質の無害化も着々と研究を進めているし、栗原さんも整形質魔法を応用した家畜の品種改良で成果を挙げてます」
「転移魔法は応用の裾野が拡がったから他の研究室を巻き込めていたら更に成果が挙がっていた筈だ」
「結果としてはそうなるけど当初は視角の範囲で移動できるだけの中途半端な魔法だったんですよ。近距離戦闘で使えそうかなぐらいの。長距離転移に発展するかもしれないからと自衛隊の研究所に隔離されましたけど。応用の裾野を拡げたのは隔離中で放置状態の1年目ですね」
「ほら自衛隊は1年目の成果に関係していない。にも拘らずそれ以降の成果に首を突っ込んでいる」
「まぁ、そうですね。その通りです」
「実際に君達の研究による自衛隊での成果は多い、特に軍事研究での成果は大変なものだ。移動時間・兵站・防御・攻撃・偵察等の戦闘の常識が全部変わりつつある。まだ現在進行中なんだよ。君達が始まりだ全部君達の挙げた成果と言っても良いぐらいだ。だけどそれらの成果も軍事機密を理由に開示されない。大学側も文句の一つも言いたくなるさ」
「一寸大袈裟に過ぎるとは思いますけど言いたいことは分かります。でも国防絡み何で仕方がない面もあるんですよ」
「君は人が良いね。権藤教授は『驚く程の成果を挙げるけど驚く程自覚が無い。時間が有れば誰でも出来ると思っているんだ。それで思い付いた課題を人に渡して結果さえ分かれば問題ないと考えるんだ』と言っていた。でもそれは成果を只で渡すようなものだ。思い付いた課題は自分か自分と仲間で遣らないとね」
「そんなつもりは無かったんですが。自衛隊の研究所で丸投げした件だと思うんですけど共同研究って事で2人だけでは出来そうにない課題や諸条件から推定は付くけど確認できていない課題は渡しましたけどバリアは自分で遣りたかったから実験計画も出さなかったし、転移魔法の医療への応用も自分で確認したかったから鵜飼さん達と研究したんですよ」
「君なりの基準が有る様だけど研究者なんだ自分で思い付いた事は自分で遣るのが基本だと思うよ」
会議で気を感じ取って転移する方法について話したが関心を示したのは一部の研究者だけで殆どの出席者は習得に時間が掛かる為か関心を示さなかった。
研究者と一部の実践者以外は現状レベルからさらに時間を掛けてまで習得する事に魅力を感じていないのだ。
飛ぶ魔法もそうだったけど実用性とか費用対効果を検討したら最終段階まで習得する必要はないと考えるのが普通でそれで充分なのだ。
研究者は研究の過程で技術的な躍進が有れば欠点も克服出来るし新たな利点だって見出せるかもしれないと考えているから興味を持てるか持てないかだけの話だ。
バリアに関しては本人の了解が有れば他者の周りにも展開出来る事が確認出来たのでSPとかも習得して既に配置済みらしい。
今は防護対象をどこまで大きく設定できるか検討中の様で戦車や小型の艦艇までは可能な事を確認済みだそうだ。
タンカー等の大型船舶がバリアで防護可能なら魚雷等の遠距離攻撃による補給艦の損失はほとんど考慮しなくて良くなる。
音も吸収できるから潜水艦なんかは静穏性も更に増す筈だし水抵抗も減らせる可能性が有る。
ただ可能だとして人が時間的にどこまでバリアを保持出来るのかはまだ未確認でこれからの課題だ。
自身に対する防護なら1年以上常時発動している人間が2人いるので特に問題ない事は確認済みだが他者を防護したりするのはまだ未確認だ。
術師が魔素の流れを魔法回路にする事で意図する力を取り出す事により魔法は発現する。
魔素の流れ自体は完全に外力なので人に必要なのは魔法回路を保持する力と発現した魔法を世界に押し付けて世界を騙す為の力だ。
バリアは魔法回路を生体魔法回路に組込む事で常時発動が可能となる為、必要なのは生命エネルギーが維持されている事即ち生きている事なので健康体なら維持する事が可能である。
でもこれは自身にバリアを展開する場合で、他人や物にバリアを展開する場合は別の検証が必要であろう。
他者へのバリアの展開に了解を必要とする事から術者には何らか負荷が掛かっている筈なのだ。
まぁ、SPで問題には成っていない様なので術者に掛かる負荷も微々たるものなのだろう。
物へのバリアの展開については対象の大きさや術者の認識力も関係する筈なので更なる検証が必要だ。




