13 プロテクトスーツを着て飛ぶ
予定通り俺は沃土や岸さんと一緒にプロテクトスーツの試作品を試しにメーカーの研究所に向かった。
「岸さん、左右の脳を分けて魔法を使うのと片方の脳で魔法を使うのを比較するのは会社の人も上手くできましたか?」
「研究室の人は簡単に出来るようになったけど他は難しそうだった。特にボールによく乗る人はすぐ出来たね」
「ふ~ん。じゃあ天谷師匠の言っていたことは当たっていましたね」
「ああ、あの普通は左右の脳で1つの魔法を使うから左右の脳を分けて別々の魔法を同時に使うのは難しいってやつだね。うちの会社の研究所の人間は実験経過とかを覚えておくためにデータボックスは常時使用しているから。俺が広めたんだけどさ」
「他の人達はどうしてそうしないんですかね?」
「だって魔法を使う必要が余り無いから。データボックスは普及し始めているけど研究で魔法の実験でもしない限りは魔法を同時には使わなくていいからね」
「でも便利なのに……天谷師匠の言う通りか。それで飛ぶ魔法で左右の脳を使うのと片側の脳だけを使うので何か違いはありましたか?俺はデータボックスを止めるのが嫌でまだ遣って無いんですよ」
「さすがに仕事だから遣ってみたよ。左右の脳を使った方が操作は楽になった気がするんだけど、動きを修正しようとした時に明確に思い出せないんだ。データボックスに記録されないからね。研究者としてはこれはマイナス要素かな。普通に使うなら操作が楽な方が良いけどね」
「生体魔法回路に最初に組み込むのはやっぱりデータボックスだな」
「そんな先の話よりプロテクトスーツの時はどうするの?」
「このままですよ。記録しないと修正し辛いし、飛び方を決めるのが先だと思います。左右の脳を使って飛ぶのは最後の方で良い」
「今のところはそれで仕方ないか。俺は時々左右の脳を使って試してみるよ。気が付いたことが有ったら教える」
「試作品はどんな感じですか?動き易くなっていますか?」
「あぁ、動き易くなっているよ。飛ぶ時だけど胸のあたりを引く感じで遣るんだよね」
「そうです。あとはバランスの取り方なんですがこれは色々遣るしかないんですよ。今のところは映画のワイヤーアクションで飛ぶイメージかな。ワイヤで吊るす位置とかを工夫して回転しないようにしていると思うんだけど。それをどう遣るかなんですよ。ボールの時はボールが回転しても良いように中の人間が動くか機械で対処したけどスーツは出来ませんからね」
「魔法でボールを作れれば簡単なんだけど。それだとスーツの意味がないな」
「それ考えましたけど出来たとしても危険なんですよ。物に打つかって壊れたら大変ですよ。何も無い所でしか使えませんね。遊戯施設では無理ではないかなぁ。いずれにせよ生体魔法を使わないと出来そうにないので今のところは棚上げです」
「生体魔法か常時発動出来るようになるんだよね。楽しみだな」
「ただ組み込んで使える様になるのに少し時間が必要なんですよ。生命エネルギー場を弄ることになるから馴染むのに最低1ヶ月は掛かると言われました。データボックスとアイテムボックスは擬似物力で干渉する魔法ではないからすぐ使えるみたいですけどね。それでも安定するまで最低1ヶ月は次の魔法は組み込めません。組み込んでも使い熟せなくては意味がないですから普通は意力魔法で使い込んでからになるので問題ないですけどね」
「飛ぶ魔法も熟練してからでないと生体魔法に組み込んでも意味はないしな。師匠に倣う武技関係の魔法はどうするの?」
「一通り習いますよ。応用が聞きそうだし、天谷師匠もボールに乗って飛んだ後で言ってましたから『あぁ、思っていたより簡単だ。自分が武技で使っている魔法が応用できる』って」
「そういえばそんなことを言っていたな」
「それに魔法について一番知識が豊富なのがあの夫婦なのは間違いありません。俺の情報網の範囲内での話ですけどね」
「だから俺も続ける気なんだよ。スポーツ用品メーカーで武道関係も伝手はあるみたいだから色々覚えておいて損はない」
「天谷師匠は武術家とか格闘家とかの弟子がいないと零していましたけどね」
「でも俺達も段々身体つきが締まって武道家みたいには成って来ただろう?身体つきだけだけど」
「魔法で体を造っているのもあるけど毎日ボールに乗って飛んでますからね。結構運動になるんですよ」
プロテクトスーツは格段に着心地良くなっていた、普通に歩けるし、転んでも立ち上がることが出来る。
沃土とも話したけどこれなら何とか使えるレベルだ、デザインは……まぁ試作品だからな。
飛ぶ時は今俺が考えて居る魔法だと映画のワイヤーアクションで動いているような感じだ。
大分様に成って来たけどまだ体が回転しないようにするのが難しいんだよな。
これなら屋内で飛ぶぐらいなら出来るかな?
うん、スタント用のマットの上なら飛んでも問題ないと思う。
ただし、製品にするには不恰好だ。
「空中で回転したりできないかな」とか「優雅に舞うような感じで」とか言われたけど「体操選手でもダンサーでもないので回転は出来ません。私が遣ると方向感覚を失って落ちます。必要であれば最初の飛び方は教えるので体操選手とかダンサーを連れて来て下さい。その方が速いと思います」と答えておいた。
今日は子供たちをボールに乗せて飛ぶ日だ。
前日までにシイャン師匠もちゃんと飛べるように………は成らなかった。
飛ぶのは危険だと意識に刷り込まれているみたいでテニスボールは飛ばせるし自分が乗り込まなければボールも飛ばせる。
ボールに乗って少し浮くぐらいは問題ないので技術的な問題ではなく恐怖心が抜けないんだろう。
これは俺達ではどうしようもない本人の心の問題だからな。
飛ばなければ良いのでボールに乗って池の上を滑ったり地面を転がったりをしてもらった。
子供の中にも飛ぶのが怖い子がいるので丁度良い。
子供たちも楽しそうだったし、良かった良かった。
ただ、俺の知らない間に姉の愛里と妹の綾がシイャン師匠に弟子入りして子供たちの相手をしていた。
俺は眼鏡を掛けなくてよくなったとか体が引き締まって背も伸びたとか家で自慢していたからなぁ。
姉と妹に「仲介して」と言われても「師匠は弟子が増えて弟子を採るのを制限しているから駄目、武術家とか格闘家なら仲介するよ」と俺は断っていた。
それで姉と妹は沃土に相談してシイャン師匠と仲介して貰い、俺の家族だと言ったら簡単に弟子入り出来たみたいだ。
確かにシイャン師匠が弟子を採るのを制限しているとは俺も聞いていない。
最近は自慢しても「仲介して」と言わないから諦めたと思っていたよ。
2人は師事している内に武術にも興味を持ったみたいで庭で毎日短い棒を振り回している。
今までは俺がいない時に遣っていたらしい。
「今日からは兄弟子と呼びなさい」と言ったら「何が兄弟子よ。弟子入り出来たじゃない」と2人とも怒っていた。
「いやでも俺は嘘は言っていないよ、嘘は言えないし、初めに聞かれた時はまだシイャン師匠の弟子でもなかったから黙っていたわけでもない。あまり真剣に考えていなかったから弟子になった後もシイャン師匠のことを思いつかなかっただけで………」
「それに怒っているのよ!もっと真剣に考えなさいよ!沃土ちゃんは直ぐにシイャン師匠と仲介してくれたわよ!」
「御免なさい」頭を下げます。
それからは体が一応出来上がるまでにダンサー4人に飛ぶ魔法を教えた以外は普通の日常だ。
「必要であれば最初の飛び方は教えるので体操選手とかダンサーを連れて来て下さい」と俺が言ったためか、沃土や岸さんと一緒に本当にダンサー4名に飛ぶ魔法を教えることになった。
テニスボールを飛ばすところから始まってボールに乗って飛ぶところまでは皆さん簡単に習得した。
それでプロテクトスーツを着てワイヤーアクションみたいな飛び方を教えたんだがこれも簡単に習得した。
そこから先は空中で踊りながら飛ぶような話なので指示は振付師の人に任せてダンサーの人達に踊って貰っていた。
見ていてダンサーの一人が長いこと回転していて止まらないので沃土が心配して声を掛けたら回るのを止めて「すごい、いつまでも楽に回っていられる」と言い出してみんなで色々回りはじめた。
それは半分宙に浮いた状態なら慣性力は同じだし長いこと回っていられるけどよく目を回さないね?
普通は目を回して魔法が使えなくなるのではないかな?
俺が遣ったら転がるよ、以前転がった経験があるし。
俺も体を造り終えたら出来るようになるかな?
回るのは振付師が途中で止めたけどみんな目を回した様子が無かった。
後は振付師の指示に従ってみんなでフワフワ飛びながら踊っていた。
回転も宙に浮きながらゆっくりだ。
「こんな風に踊るならみんな体も鍛えてあるんだし、プロテクトスーツは必要ないのではないか」と俺が振付師に言ったら、「宣伝用だから着て踊るのは決まっている。ただデザインを考え直さないとカッコ悪いな」と答えた。
ダンサー達はみんな機嫌良く帰って行ったな。
岸さんによると1週間と経たないうちにダンサーの4人は魔法に熟練してきていろいろ出来るようになったらしい。
飛んだ感じも綺麗で元々の運動神経も違うんだろう、俺みたいに魔法で何とかバランスを取っている感じではないみたいだ。
だったら俺より早く生身で飛べるようになるかもしれないな、教えてほしいなぁ、以前はダンスの範囲でしかやる気が無さそうな話だったのに。
機会が有ったら俺は岸さんと一緒に行きたいんだけど会社が止めている。
どうやらダンサー達と会うのはCMとか動画で公開するまでは無理みたいだ。
参考にしたいのにサンプル動画とかも社外秘だそうで見せてはくれない。
岸さんはダンサー4人にデータボックスも教えたらしいが1人はデータボックスなしでも似たような感じのことが出来るみたいだ。
元々脳の出来が違うんだね、見ただけで記憶するとか話には聞いていたけど本当に実在したんだ。
ダンサー達の間では魔法も踊る為の技術として定着する感じだし。
会社も所属団体と契約してダンサーの人数も増やしているみたいだから、ダンサー達のおかげで今回は俺達が駆り出されることもないだろう。
ボールの発表会の時と違って見た目も大事だからな。
俺も身体つきは良く成って来たけど顔と動きはどうしようもない。
あぁでも、顔の方はフルフェースの被り物にすれば何とかなるか。
駆り出されることはないと思うけど……もう岸さんと俺以外は違うこと遣っているからなぁ。
スポーツ界では俺達がボールで飛び始めた頃からこの手の物を動かす魔法は禁止されているというか魔法を使ったら別競技扱いになっているらしい。
俺はプロスポーツには余り興味が無いので最近知って少し調べてみた。
武術や格闘技なんかは魔法を新しい技術として取り入れることに熱心なんだ、そりゃそうだ取り入れないと魔法を使う素人にも負けちゃうしな。
でも球技なんかは魔法をOKにしたらボールを直接操ることもできるし収集が付かなくなる。
天谷師匠に競技中だけでも魔法を使えなくする良い方法はないか聞いたけど、自身に使う魔法を防ぐ効果的な方法はないとのことだ。
理論的には魔素を希薄にすれば使えなくなるはずだけどそんな方法は知らないそうだ。
調べたけど誰も遣ったことが無いから知らないだけで遣れないことが証明されてはいない。
飛ぶ魔法が一区切りしたら考えてみようかな?
今の所はルールで競技中の魔法を禁止して個人と周りが使わない様に監視するしか手が無い。
意力魔法回路は維持するより壊す方が容易だから監視が有れば何とかなるんじゃないか?
天谷師匠が教えている武技は修行が進んで熟練すると技によっては脊髄反射で自然に生体魔法が出るようになるから自分で止めるのも難しい。
危険だからある程度修行が進んだら生体魔法が発動しない様に日常は生体魔法回路のスイッチを切り替えるとのことだ。
飛ぶ魔法を組み込んだとして寝ているときに飛んだりしたら嫌だよな。
意力魔法は意力で魔法回路が出来ても夢をどうしようが現実に干渉するわけではないから発動しないと言っていたな。
確かに火の魔法を使う夢を見ただけで現実に物が燃えたら大変だ。