12 左右の脳の使い方2
勇一と隆弘は沃土と一緒に来て天谷師匠に弟子入りした。
来る途中で話したけど何か行き詰まっているみたいで渡りに船だったようだ。
天谷師匠は予想通り核物質の無害化の話をしたらあっさり弟子入りを許可した。
奥さんのシイャン夫人は、日本語は流暢なんだがなんと核物質の事も放射能の事も分からなかった。
ウランとかプルトニウムとか原爆とか水爆の話をしても全然反応がない。
どうやら存在そのものを知らなかったらしく、話の途中で神様情報を調べて気持ち悪そうにしていた。
あれは神様情報で調べたらいかん情報だ、原爆で死んだ時の体験情報なんかに繋がったらと考えただけでもゾッとする。
そんなのはどっかの宗教の聖人とかに任せておけば良い。
天谷師匠と奥さんが外国語で暫く話し込んだ後で俺達4人は術師の弟子に成ることが出来た。
話し込んでいたのはどうやらマスターではないので術師としての弟子は採れないという奥さんを説得していたようだ。
それからの話はどう考えても核物質の無害化が優先するので俺は聞き役に徹することにした。
話の内容から術師と言うのは本来は魔法を研究したり応用する事を考える人たち全般を示していて広くとらえれば天谷師匠も術師に含まれる。
一般的には何故か魔法を使って情報を集めたり、罠を仕掛けたり解除したりする人を示しあまり直接戦闘は行わない。
シイャン師匠は天谷師匠を補佐しようと式神や使い魔を使役することを覚えた。
罠とか毒は知らないと解除も解毒も出来ないので知識はあるが使用経験は少ない。
核物質についての知識は足りないが無害化については解毒に使う物質を分解する魔法なんかが応用できないか考えている。
ただ魔法で無害化しても世界を騙しただけなので遣り方によっては時間が経つと元に戻るから注意するように言われた。
普通の毒は無害化して体外に排出すれば元の毒に戻ってもあまり問題ないが核物質は違うからな。
政治問題化するかもしれないが無害化後に元に戻っても問題ないように拡散して希薄化するしかないかな?
元に戻らないようなやり方が見つかれば良いけど。
シイャン師匠は術師として弟子を採るのを渋っていたようだが本当のところはかなり嬉しいらしくて舞い上がって話が暴走していた。
「まず術師としての基本的な魔法についての認識を教えます」
「魔法はそもそも生体魔法回路を使った意志を必要としない魔法が自然で基本です」
「生物は長らくこの生体魔法回路を使う魔法で自身の能力を補強したり、能力を追加したりしてきました」
「やがて進化の過程で意識を持った生物の一部が意力で魔法回路を造り世界に干渉するようになりました」
「そして進化の過程で知恵を持つ生物が現れて意識的に意力で魔法回路を造り世界に干渉するようになりました」
「一般的に魔法と言えば意力で魔法回路を造る方を示しますが本来は意力魔法・意力魔法回路と言わなければいけません」
「分かりやすく区別するために生体魔法回路を使う魔法を生体魔法と呼びます」
「術師は色々な魔法を使いますが自身に使う魔法については生体魔法回路に組み込むのが基本です」
「生体魔法回路に組み込んだ魔法は常時発動になりますが発動を無効にする技術が色々あるので大抵の魔法は組み込み可能です」
「生体魔法回路に魔法を組み込むのは生命エネルギー場を弄ることになり身体に影響があるので慎重にやる必要があります」
「生体魔法回路に組み込むと子孫に魔法が受け継がれる可能性があるので注意が必要です」
「生体魔法回路へ魔法を組み込む技術を教えるのは血筋を整える魔法で体を造ってからです」
「生体魔法は自身に発動するのですが魔法によっては攻撃に使うことが出来ます。例えば生物には微弱な電気が流れていますがこれを生体魔法で増幅して魚を感電させて漁に使うことが出来ます」
「式神は使役が難しいので初心者には教えません」
「使い魔は信頼関係のあるペットがいれば教えることが出来ますが使役するつもりならペットにはある程度の知能がある方が良いです。もちろん訓練が必要です」
「罠とか毒については核物質の無害化を考えるのと並行して教えます」
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独演はまぁ同じことを繰り返しながら右往左往していたが纏めるとこんな感じだ。
沃土は嬉しそうに聞いていたが、他の人は途中からポカンとしていた。
天谷師匠が途中で止めなかったらまだだいぶ続くことになったんだろうな。
沃土と一緒に帰る途中、バスの中で話した。
「魔法について新しい情報が聞けて有意義だったけど変だったよな。嘘は言ってないから聞かなかったけど」
「シイャン師匠が核兵器について全然知らないのも変だけど、外国人で日本語を知らなければ話が通じてなかった可能性はある。でも夫婦揃って魔法について詳しすぎるだろう?あの日以前から魔法が使えた国があってそこから来たみたいだ。でも神様情報のどこにもそんな国の情報はない。術師についても調べたけど出てきたのは古代魔法人らしき人の情報でどう見ても近々の歴史にはない。タイムマシンに乗って過去から来た古代魔法人みたいなんだ。でも天谷師匠が現代人なのは間違いない。行方不明の間どこに行っていたんだろう?過去に行って戻って来たとかか?」
「栗原先輩が天谷師匠夫婦は公式には日本人の記憶喪失者扱いだって言ってた。シイャン師匠は警察が調べてもどこの国の人か分からないってさ。以前、沃土が天谷師匠に突っ込んだ話を聞こうとした時に『その話はもう少し信頼関係ができてから』とか言われていただろう?俺はいつも通り棚上げしておくよ」
「そうだな。魔法についての知識は今のところ正しいし、実践もしている。胡散臭くても得られる知識が有用なことは間違いない。血筋を整える魔法も効果が出ているしな。医療関係の研究者の人が子供を連れて来ていただろう?子供の病気が良くなったと喜んでた」
「病気だったのか。俺は自分の子供まで連れて来てデータを採ってるのか研究者も大変だなと思ってた」
「まぁ、データも取っているんだけどね。その人は元々熱心だったけど子供の体調が良くなってからは益々熱心になった」
「そうだ、プロテクトスーツの試作品が出来たって沃土も来る?俺は週末に岸さんと行く予定だけど」
「あぁ、俺も行くよ。飛ぶ魔法についてはプロテクトスーツの件が片付いたら一段落だな。研究所の方も人手が増えてきたし岸さんもいるしな」
「俺はそのスーツを使って生身で飛ぶ方法色々考えようかと思っているけど。飛ぶために生体魔法回路にどんな魔法を組み込んだらいいのかも考えないといけないし………そうだ、一番初めに生体魔法回路に組み込む魔法は決めた?俺はデータボックスにしようかと思ってる」
「俺はまだ決めていない。なんでデータボックスにするの?」
「天谷師匠が言うには俺は片方の脳の意志をデータボックスの維持に使っていて意力魔法を使う時に片側の脳しか使っていないってさ。それで意力魔法回路を維持して魔法を使っているつもりでも意力魔法回路の作成と世界への干渉を交互に連続して行っているだけなんだって。この話は前にも話さなかったっけ」
「うん、その話は聞いた。それでなんでデータボックスを一番に組み込むの?」
「その時に左右の脳の意志を意力魔法回路の維持と世界へ干渉するための意力に分けて使えば魔法が使えると言われたからそうしようと思うんだ」
「………それは何か意味があるのか?別々の魔法を使った方が良くないか?」
「意味がある。一つは生体魔法と似た状況になる。魔法回路を維持して魔法を使い続ける実験が出来る。もう一つは意力魔法回路を維持することでエネルギー効率が良くなる。意力魔法回路は維持するだけなら意志だけで出来る。でも作成には意力が必要だ。その分の生命エネルギーが節約できるから魔法によっては今までの倍継続できる。実験には重要なことだと思うんだ」
「あぁ、理解した。確かに実用上はともかく実験によっては有用そうだ。出来た方が良いな。俺もそうしようかな」
「まぁ、左右の脳が上手く併用できていないと意味がないけどね。データボックスを常時使用していたから出来るはずなんだけど」
「それなら試してみたら良い。データボックスは止めて再開しても前のデータは温存されているから問題ないはずだ」
「いや必要ない、データボックスは情報を引き出すだけで左右の脳を分けて使うことになるから同じだ。意力魔法回路を維持するのに意志が一つと情報を引き出すのに意志が一つで分けて使うことになる」
「それではデータボックスの作成と情報の引き出しを交互に遣ればできるから駄目だ。結果は同じなんだろう?違いが分かるのか?」
「一寸待って。え~と手の上でボールを浮かせてとこのまま情報を引き出すと……ほら出来た。確認終了。浮かせるのを止めて情報を引き出す。まずは魔法回路は維持したまま……次に交互に……確かに違う。ほら沃土もやってみな」
「なに?」
「だから左右の脳を分けて魔法を使うのと片方の脳だけで魔法を使うので違いが分かるのか遣って試した。遣って見ると違いが分かるけど左右の脳を分けた方が情報が流れるように入る感じで片方の脳だけの方は情報がコマ送りで入る感じだ。実際に見るのと映像記録やアニメを見る違いかな。熟練したらあまり違いは無くなるんじゃないかな?ほら、遣ってみたら」
沃土がなかなかできないので説明しながら俺が遣ったのと同じ様にボールを浮かせるところから遣らせたらすぐ出来るようになった。
「ほら違うだろう?こんな短時間じゃエネルギー効率とかあまり関係ないけど。長時間だったら結構違ってくると思うんだよ。あとで天谷師匠に確認しよう」
「本当だ。確かに違うな。比較しないと分からないけど。他の魔法でも同じように見えて違うんだろうな。俺もデータボックスの魔法を一番に生体魔法回路に組み込むことに決めた」
その後はこの新しく習得した技術で何が出来るか考えては話したり勇一と隆弘にもこの新しく習得した技術を教えたりしてバスに乗っていた。
この技術は勇一と隆弘も意外と簡単に習得できていたな。
まぁ、コツに気が付くかどうかの習得自体は簡単な技術なんだろう。
翌週、天谷師匠にこのことを話したら笑われた。
「普通は意力魔法を使う時に片方の脳で意力魔法回路を維持してもう片方の脳で世界に干渉するんだ。みんな無意識に遣っているから気が付いていないだけだ。君も普段これは左脳でとかこれは右脳でとか考えていないだろう?だから左右の脳を分けて別々に使うのが難しいんだ。魔法の併用が難しいのもこのせいだ。君達はデータボックスを維持して魔法を使うのが当たり前みたいに遣っているけど普通は出来ないんだよ。修君が始めたんだろう」
「俺は記憶力がいまいちで面倒だからデータボックスは常時使用にしていただけで、これで他の魔法も普通に使えてるし、周りのみんなも出来るから普通だと思いますけど」
「普通は他の魔法を使う時にデータボックスの使用を一旦止めるんだ。その方が楽だから」
「でもそれだと実験を思い返す時に大変ですよ。全然、楽ではないですよ。普段でもこうしていると思い出すのがすごく楽だし」
「それでも普通の人は魔法を使うのが楽な方を選ぶんだ。そんなことを遣るのは左右の脳を分けて別々に魔法を使う鍛錬をしている者だけだ。君の周りの人は君が当たり前の様にそうしているから遣り始めたんだろうけど初めは苦労したはずなんだ」
「そうなの?沃土はどうだった?」
「俺は修がそうしているの知って始めたから。ほら最初の実験の後で『物覚えが良くなったな』と言ったら『データボックスだよ。前に話しただろ。便利なんだよ』と答えて、本当に便利なんだなと思って使い始めたからあまり苦労した覚えがない。他の連中も似たような感じじゃないか。ボールに乗って遊んでいるうちに普通に魔法を使えるようになるし。勇一なんか『データボックス便利だぞ』と何遍も聞かされてたから一番初めに覚えたみたいだし」
「君達は本当に面白いね。俺は習得するのに結構苦労した覚えがある。遊びながら習得した訳でもないし、魔法をいろいろ覚えた後だったからかもしれないな。ボールに乗って遊びながら習得するのはいい方法だよ。成体になって一番に君達と同じ様にすれば楽に習得できそうだ」
「「師匠はどうやって習得したんですか?」」
天谷師匠は自身が習得した方法を教えてくれた。
方法はアイテムボックスに物を収納して魔法を使うことで、アイテムボックスを使うのは失敗すると収納した物が出てきて周囲に分かり易いからだ。
遣っていることは基本的に俺達と変わりない、違うのは武術の鍛錬で魔法を使いながらのところだ。
遊んで楽しみながら知らない内に習得するのと遣れたら強くなれるからと修行して習得する違いだ。
他にもいろいろ話したけど魔法とは関係ない内緒の話で天谷師匠の許可がないと公開できない。