01 17歳のあの日
17歳のあの日、俺、神尾 修は魔法が使えることに気が付いた。
試験最終日の前日の夜はいつものように一夜付けの勉強をしたのだが何故か内容がすんなりと頭に収まり『この調子がなら赤点は取らずに済みそうだな』と考えて試験に挑んだらすんなりと解答欄を埋めることができた。
試験が終わって従兄弟の沃土に話しかけた。
「今回は赤点取らずに済みそうだ。簡単だった。沃土はどうだった?」
「楽勝でしょう。得意科目だし。それにあの先生の試験は教科書そのままの内容しかでないから神様と繋がっていれば時間は掛かってもできる問題ばかりだからね」
「俺は前回は赤点で今回も赤点だと補習で夏休みの前半の予定が埋まるところだったんだよ。それにしてもやけに簡単だったよな」
「難易度は変わってないはずだけど?あの先生は教科書の内容が変わらない限り同じ問題を出すみたいだし、改訂があっても出版社が変わってもそれに合わせて修正するだけみたいだよ」
「じゃあ先輩から情報を集めればOK?」
「さすがにそこまでは甘くない。問題を多めに作ってそこから選んで作るから試験ごとに組み合わせが変わって毎年同じなのは1問ぐらいだって」
「でも神様と繋がっていればできる問題なら勉強しなくてもいい?」
「最低限、一度は教科書を読まないとダメだね。繋がっていても取っ掛かりに入力情報がないと情報は上手く引き出せない。答えに繋がる情報が記憶に全然ないと試験問題から情報を引き出して試験中に調べることになるから時間がかかる。記憶が鮮明なほど神様から関連情報が引き出しやすくなって相互作用で記憶がより鮮明になる。ネットでも入力情報の絞り込みを上手くしないと知りたい情報はなかなか引き出せないだろ?あれと一緒。まぁ寝ないで授業を受ければ改めて教科書読まなくても合格点はとれるね」
「それができないから一夜付けをするんじゃないか。試験がなかったら教科書なんて開かないよ」
「あと神様情報は元が故人の体験情報だから自分で上手く入力情報を絞り込まないとグロい情報が入って大変みたいだよ。人を殺す時の情報とかに繋がると自分が殺したみたいに感じるとか出てたな。夜はネットで情報が飛び交ってただろ?『俺は神様と繋がった。預言者と呼んでくれ』『俺も神様と繋がった。魔法も使えるようになったし、賢者とでも呼んでくれ』『みんな神様と繋がった。約束の日の到来だ』『神様と繋がってエログロ見放題。でも自分でしているみたいでなんか気持ち悪くなってきた』『魔法でパワーアップ!貧弱な俺も指先で500円玉を2つ折り』こんな感じで」
「夜は試験勉強しかしてない。でも神様と繋がるのも魔法も騒ぐようなことか?普通のことじゃないか」
「鈍いのかそれとも適応性が高いのか。あ~昨日のこと思い出してみて神様と繋がっていましたか?」
「繋がっていたよ。人はみんな神様と繋がっている。当たり前のことじゃないか」
「あ~聞き方が悪かった。昨日の昼は神様と繋がっているのを気付いていましたか?魔法も使えなかっただろ?」
俺はこの時、初めて何かが起きていることに気が付いた。
「……言われて気が付いた。確かにその通りだけど、でもそんなに騒ぐようなことか?」
「死んだ人の個人情報が解放されたんだよ。目端の利いた犯罪者は国外逃亡してると思うよ。国家機密もないも同然だし、故人の悪事も発覚するから国内外で政治問題化する案件が目白押しで政治家はスキャンダルへの対応で動きがとれなくなる。海外では暗殺、謀殺当たり前の国も多いからもっと酷いんじゃないかな。神様と繋がって嘘もつけなくなったし、今日明日にでも世界中で非常事態が宣言されると思うぞ。事実を権力で捻じ曲げてきた政治指導者なんてどこにでもいるし、政治的な正統性やそもそもの正当性に欠ける支配者もどこにでもいる。世界は一気に乱世に突入だ。これに乗じたクーデターや革命、独立運動も起こる」
「そうなの? あまり考えたことはないな」
「日本で考えようか。日本は立憲君主制で国としての歴史的な正統性を国民はほぼ納得しているし、民主主義国家で近々の政治権力の正統性も法的に確保されている。だけど政治家が正当かどうかを疑う人は多い。裏で悪事をしている政治家たちのことだ。そこに故人の政治家の悪事が全て発覚したらその悪事に加担した人は芋づる式に引きずり出される。官僚や民間にも波及するだろうね。ネットを見るとそんなことを探るのが好きな人の情報でいっぱいだよ。まぁ、日本は非常事態を宣言して国内情勢の安定を最優先、国内外の邦人の安全確保とかやることは山積するから当面は過去の追及は棚上げだね。そして危機感を共有する国と会合を持って世界情勢の安定化を進める。といったとこかな」
「よく頭が回るね。感心するわ。なんか不安になってきた」
「ほとんどがネット情報の受け売りだから感心しなくてもいいよ。ネットでの妄想話で盛り上がっているだけだしね。俺なんて朝までネットに張り付いて情報を集めて、教室も朝からその話で盛り上がって試験の話はお前としか話してないよ」
「朝会った時に話してくれればよかったのに。周りが騒がしいのは試験の話かと思ってた」
「朝会ったときは話し掛けたら『試験が終わるまでは話しかけるな』と言われたのでね。電話もメールも返信がないし、まさかここまで何も知らないとはね。感心するよ」
「赤点のことで頭がいっぱいでニュースも見てないし、神様のことも魔法のことも言われて気が付いたんだ。なんかもう自分でも呆れるしかないね」
「朝のお前の様子を見て神様のことも魔法のこともまだ認識できていないと思っていたよ。このクラスにも認識できない奴がまだいるから。まさか当たり前だと思って気が付いていないとはね。俺の知る限りはお前しかいないけど意外とたくさんいるかもしれないな。俺もネットで盛り上がっていなかったら似たようなものだったかも。ネットの妄想話は置いといて魔法の使い方や神様情報の引き出し方は知っているほど役に立ちそうだし面白そうだからまだまだ盛り上がりそうだな。試験休みの間は徹夜でネットだね」
後は日本と世界がどうなるかとかの妄想話で盛り上がってから帰宅した。
その日の夜に政府が非常事態を宣言したけど俺は呑気に「非常事態宣言北」とかネットで盛り上がっていて試験休みが終わるまでそんな感じだった。
試験休みが終わって学校に行って緊急職員会議とかで自習のままでなかなか授業が始まらない。
昼休みに沃土が情報を仕入れてきた。
「なんか試験結果で揉めてて授業ができないらしい。最終日の試験だけ科目に関係なく異常に結果が良くて問題になっている」
「え~と、どこが問題なの?成績が上がって良かったよね?」
「だから全員ならまだ問題はなかったけどどうやら神様情報が使えるかどうかで差が開きすぎてこのままだと試験で8割正解でも学年で下位の点数みたいだ。最終日の試験科目だけだけどな」
「確か、成績は絶対評価だから点数が良ければ問題ないはずだけど?」
「高校は何とかなっても大学進学はそうはいかない。神様情報が引き出せるかどうかで差が開きすぎる。それに神様情報の使い方に慣れていない段階でこれだと使い方のノウハウでも確立したら差が開く一方だ。それとこのままだと来期からは成績優秀者が続出して今の3年生なんて受験の頃には記憶重視の科目は去年の最難関レベルの入試問題でも満点が続出するだろう。知識量で能力を図るような今までの教育のやり方は破綻するのが目に見えている。それでどうしようか揉めているわけさ。『このままで責任上は問題ないけど近々破綻しそうなことをやり続けるのはどうなのか』といったところらしい」
「知識量で能力を図るとかは置いといて少なくとも勉強したかどうかは確認できるんだから今のままでいいんじゃない。俺なんか暗記科目克服のためにネットで検索して新しい魔法も覚えたのに無駄になったら悲しい」
「へぇ~、それでどんな魔法を覚えたの?」
「データボックスって名の魔法で自分専用の記憶媒体を作って体験情報を記録するんだよ。それがさ便利なんだよ。本をパラパラと捲って見るとデータボックスに記録が残って後で画像が引き出せる。それで頭の中で静止画像にして読めるから苦労して記憶する必要がないんだ。それに何回も静止画像を引き出すと読まなくても内容が頭に浮かぶようになるんだ。俺は小神様って呼んでる。思兼神とか妖精とか呼んでる人もいたな」
「それは何度も本を読んで記憶するのとあまり変わらない気がするけど違うの?」
「全然違う。思い出すのが簡単だし、それに忘れなくなるんだよ。小神様から情報を削除しない限り残るんだ」
「そうやって魔法利用のノウハウができるとますます幼体と成体の差が開いて行くわけだね」
「でもどうしようもないだろう?」
「どうしようもないけど、幼体と成体を同じ基準で評価しても意味がないのは明らかだから今までみたいに年齢で仕切るのは無理だな。成体になれば魔法のノウハウを覚えて追いつくだろうから教育制度をどう擦り合わせるかが課題かな。いずれ大学でも問題になるから政治問題化するさ。うちの高校は私立大学付属の一貫校だから問題を先送りしても何とかなるから大丈夫だよ。元々ほとんどがそのまま大学に上がる予定だし」
「そうだよ。うちの高校はそのまま大学に上がるから問題ないよ。今幼体の奴も大学に入った後で成体になれば追いつくんだしさ。まぁそれまでは子ども扱いだけど。2年経てばみんな同じさ」
「でも考えてみろよ。ネット情報だと早い女子は小6で成体になるんだぞ。精神年齢は小6で知識量は今の俺たちと同じで魔法も使えるようになる。なんかうまいことしないと精神疾患が増えそうだよ。知識量は以前の秀才以上で魔法を使えば運動能力も上がる。上手くやれば文明も発展しそうだけどな」
「なんか考えすぎだよ。神様との繋がりも魔法も使ってみると面白いからどんどん楽しくなるよ。神様情報を使えるとみんなの使える知識量はほぼ同じになるけどその知識をどう使うかは人それぞれだし、魔法もみんなが使えるようになるからどう使うかも人それぞれ、急に能力が増えてあたふたしているけど使い方が決まればみんな落ち着くと思うけど。これから成体になる奴は心構えが持てるし、周りに聞けばいずれ自分にどんなことが出来るようになるか情報もとれる。確実に当たるくじを持っているようなものだから楽しみにした方が良いし、楽しみにしていると思うけどなぁ。魔法が無いから有るに変わったばかりなんだ魔法の限界もよく分かってないし、妄想し放題で楽しいじゃないか」
「今は突然成体であることに気が付いた人が多数だけどこれからは成体になることを自覚しているからまた違ってくるかもしれないな。でも俺は半世紀ぐらいはごたごたを引きずる覚悟をしておいた方が良いと思うぞ」
その日は授業もなく終わり、翌日に試験結果がでたが俺の最終日の試験は満点だった。
問題は先送りにされて、担任から成績については夏休みの間に学校の方針を決めてから通知する旨の保護者向けのプリントを配られて、そして普通に授業が始まった。
夏休みに入る前はクラスに幼体の奴がまだ2人いて、勇一は以前は俺と成績の下位順位を争っていた奴で隆弘は成績は良いけど目立たない奴だ。
俺は幼体がどんな感じなのか興味があったので2人とよく話していた。
2人とも神様情報が使えないが神様との繋がりはあの日から感じているようだ。
それに魔素の流れが上手く感じ取れないみたいで魔法も使えないけど違いは感じているみたいだ。
勇一は「カメラのピントが合わなくて画像がぼやける感じ」で隆弘は「周波数があっていなくてラジオから雑音が聞こえているみたいな感じ」らしい。
勇一は俺の答案を見て「神様情報を使えると100点取れるようになるのか」と言い、俺は隆弘の答案を見て「神様情報なしで92点は凄い。俺は以前は40点なかったから。神様情報で100点になった感じだからな」と言った。
俺は2人みたいな経験はないから結構面白く話ができた。
面白かったのは隆弘の母親が以前のままの感覚で成績が気になって五月蠅くて今回の先送りの件で学校にクレームをつけたらしい。
そして同じようなクレームがいくつもあって夏休みに入ってすぐに保護者に対する説明会を開くことになったみたいだ。
俺の家では妹の学校でも似たような説明会があって日程が重なって「中学生はともかく高校生なんて本人に任せておけばいいのに」と母親がブツブツ言って俺の方の説明会は欠席にしていた。
隆弘の母親も日が経つにつれてトーンが下がってきて最近は「説明会なんて開かなくてもいいのにねぇ。面倒くさい。そう思わない、隆弘」と時々同意を求めるらしい。
隆弘は『お母さんそれはあなたのクレームが原因です』と思いながら「そうだね」とか「欠席すればいいのに」とか適当に返事しているみたいだ。