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俺が異世界で何度でも人生をやりなおす!

作者: 倉田四朗

 ある日、俺は死んだ。


 30歳の誕生日のことだった。


 帰り道、深夜の交差点で信号が変わるのを待っていたら、飲酒運転のミニバンがいきなり突っ込んできてはね飛ばされたのだ。俺はそのまま近くの電柱に頭をぶつけ、かち割れた頭から流れ出す血を頬に感じながら、車の中から出てきた爆笑する若者たちの声を聞いていた。


 激痛のなか、俺の脳裏には今までの人生が一気に押し寄せた。


 友達のできなかった小学生時代。


 クラスの女子に『気持ち悪い』と言われ続けた中学生時代。

 

 あまりの成績の悪さにこっぴどく怒られた高校時代。


 何も為せなかった大学時代。


 そして今、終わろうとしている会社員時代。


 いやだ―― 


 俺はそう思って声をあげようとしたが、喉からあふれたのは血の泡だった。若者たちのゲラゲラとした笑い声が強くなった。


 いやだ――死にたくない。


 人生をやりなおしたい。


 この人生はなにかの間違いだったのだ。こんな世界に生まれてきてしまったことが失敗だったのだ。


 もしも、ここではないどこかに生まれていたなら、俺は――


 俺は死んだ。










 物心ついたときには、俺はそんな記憶を持っていた。


 子供心に、この記憶は妄想や夢ではないという確信を抱いていたし、その記憶がもたらす激しい後悔の念が、常に俺を努力に駆り立てた。


 俺は今、王国一の大魔導師だった。


 ユトピア王国の大貴族、ノブル家に産まれた俺は、高名な騎士である父と優しく美しい母の愛をたっぷり注がれて育った。


 10歳のころに館の書庫の魔導書をすべて読破し、国王主催の魔法コンテストで優勝したことをきっかけに、まわりの人間たちはみな俺にすり寄ってきた。


 幼いころから寄り添ってきたメイドのエルシィを結婚相手に選んだときは周囲の反対も大きかったが、俺はそれで幸せだった。お互いの初恋だったのだ。


 そして俺はその後魔術の研究に明け暮れるうちに、気づいたら老人になって、寿命を迎えようとしていた。


 俺のベッドのまわりには大勢の人間がつめかけていた。妻のエルシィもいたし、息子夫婦や、可愛らしいふたりの孫もいた。彼らはみな、俺が逝こうとしていることを悲しんでいた。


 だが、俺の頭にチラついていたのはべつの考えだった。俺は思った。


 いやだ――


 俺は大魔導師なんかになりたくなかった。俺はほんとうは、父のような立派な騎士になりたかったんだ。

 

 騎士として魔物を打倒し、貧しい人々を守って感謝されたかった。裕福な貴族たちの、下心のある好意なんか気持ちが悪かったんだ!


 いやだ――死にたくない。


 呼吸がだんだん苦しくなる。目がかすんで、頭がぼんやりしてくる。すぐそばの家族の声がだんだん遠ざかる。


 いやだ、死にたくない。もう一度人生をやりなおしたい。


 そうしたら、俺は――


 俺は死んだ。







 俺は産声をあげた。


 俺の意識ははっきりしていた。


 俺はすでに2回死んだことも覚えている。


 3度目の人生は、きっと悔いなく生きてやる。










 俺は産まれた。


 5度目の人生だった。


 諦めてたまるか。俺は俺が納得できる死を迎えるまで、生き続けてやる。











 10回目の人生だった。


 なぜこうも上手くいかないのだろうか。なぜいつも後悔ばかりが残るのだろうか。なぜいつも――









 24回目の人生で、俺ははじめて自殺を選んだ。












 もう何回目の人生かもわからない。

 

 生まれるたびに俺の頭には膨大な人生の記憶が蓄積されていく。

 

 生まれながらにして様々な人生のよろこび、怒り、悲しみ、たのしみを知っているのに、これからの人生にどうやって希望を持てばいいのだろう?








 



 数えきれないほどの死と誕生を経験した俺は、すっかり心が疲れてしまっていた。

 

 薄暗い部屋でベッドに仰向けになって天井を見上げていると、この先の人生への絶望だけが頭にうずまいてくる。


 いつのまにか、俺は泣いていた。


 いやだ――


 もう生まれたくない。ここではないどこかになんていきたくない。


 せめて何も知らなかったころに戻りたい。人生のよろこびについて無知だったあのころに。


 あの、最初の人生に――


 ――そうだ、なにも悪い人生じゃなかったじゃないか。


 小学生のころは、友達はいなくともたくさんの本を読んで褒められたじゃないか。


 中学生のころは、女の子に好かれはしなかったが、悪ふざけができる友達が何人かいたじゃないか。


 高校生のころは、勉強そっちのけで部活に打ち込み、県大会でいいところまでいったじゃないか。


 大学生のころは、時間を持て余すほどにたくさん遊んだじゃないか。


 そして死んだあの日も、俺は、妻と娘の待つ家に帰ろうとしていたんだ!



「うわああああああ!」



 俺は絶叫した。


 俺はどうしてあの人生を否定してしまったのだ。


 あの最初の人生こそが、正真正銘、俺の人生だったんじゃないか!


 唯一の、大切な――


 俺はベッドから立ち上がり、机の引き出しからピストルをとりだして、その銃口をくわえこんだ。


 おねがいだ――


 最初の人生にもどしてくれ。

 

 あの深夜の交差点さえ通らなければ、妻と娘に会えたんだ。


 そうしたら、俺は――


 俺は死んだ。











 俺はハッと目を覚ました。どうやらいつのまにか眠ってしまったらしい。


 静かな電車内には疲れた表情をした人々がまばらにいて、窓の外では街の灯りがどんどん後方に流れていく。


 なんだかとても長い夢を見ていた気がしたが、腕時計を確認すると、電車に乗ってから30分程度しか経っていない。もうすぐ、自分が下りる駅だった。


 そこで俺は、今日が自分の30歳の誕生日だったことを思い出した。

 

 美咲はもう眠ってしまっているだろうが、妻の加奈子は起きているだろう。さいわい明日は土曜日だ。どうせならうんと夜ふかししてやろうか。


 帰りがけにコンビニでビールとケーキを買っていこう。ケーキはもちろん三人分。美咲はチョコレイトが好きだから、チョコレイトケーキだ。


 ああ、でも気をつけなきゃ、金曜日の夜は事故が多い。安全な道を通って帰ろう。


 電車が駅についた。扉が開くと、俺はホームに降り立った。


(幸せだなぁ、俺って)


 なんとなく、そう思った。







おわり

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